No.134674

ミラーズウィザーズ第四章「今と未来との狭間で」11

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第四章の11


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2010-04-06 03:10:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:364   閲覧ユーザー数:362

「如何にも!」

 図太い声だった。端から聞いていれば図太い管楽器の重低音のように聞こえる。

「HAHAHAHAHAHAHA! やっと出番が回ってきました。お呼びが掛からなかったらどうしようかと、ドギマギしておりましたぞ。全く、真打ちは最後に登場するものと相場は決まっておりますが、隠れ待つ身は心の臓に悪いというものですな。HAHAHAHA」

 その声はローズが腰掛けている木のさらに後方、目を細めないと見えないぐらいに程遠い場所から聞こえてきた。しかし、奇妙なことに声のする方向をいくら探しても声の主は見付からない。

(何? どこなの?)

〔エディ、もっと上じゃ〕

「上?」

 エディの漏らした声にジェルとカルノも視線を上げる。

 いた。森の木々の中でも一本だけ高く突き出したメタセコイヤの木の上、枝葉が茂る上部という意味ではなく本当に木の頂点、どうやってそんな細い枝でバランスを取っているかと疑問が浮かぶ場所に器用に立っている男が一人。

 目深に貫頭衣をかぶり、木杖を腰から下げていた。それは一目で魔法使いとわかる出で立ち、しかしエディにはどこ系統の魔道なのかピンとこない魔道衣の男だった。なぜ目深に顔を隠しているのに男だとわかるかと言えば、魔道衣の上からでもわかる筋肉質の体が魔法使いとしては異様であるだからだ。そんな大男が、乾いた高笑いに妙なポージングで立っているのだ。エディにしてみれば、脳裏に疑問符っしか浮かばない。

「HAHAHAHA。少女の危機を間一髪で救うおいしい役回り。ローズフィッシュ卿の粋な計らいに感謝しませんとな。HAHAHAHAHAHA!」

 大男の乾いた高笑いはまだまだ続く。その体格も相まって声量はかなりのもの。日の沈んだ森中に、場違いに明るい声だった。

「何あれ?」

 純粋に、脊髄反射でエディが疑問を漏らした。ジェルとカルノも、体を正体不明の木の根で縛り付けられているにもかかわらず焦りよりも先に、呆れがくるのか、首を捻るばかり。

「さぁ、僕に聞かれても」

「馬鹿と何とやらは高いところが好きと言いますし。この場合、前者ではありません?」

「え~、私、結構高いところ好きなんだけど……」

「そういえば、エディは昔から無意味に景色を見下ろすのが好きでしたね」

「ジェルさんだって『飛翔』で上から私を見下ろしてような気がするけど」

「それは、宙に上がれば、常に地表を見下ろすことになりますけど、別に用もなく空に上がったりしません」

「いやいや、あなたたち! 何無視しているのですか! 満を持しての小生の華麗なる登場シーンですぞっ! もっと『こう』あるのではないですか?」

 木の上から大男が慌てた様子で叫(わめ)いてきた。

「んん? えっと、そんなこと言われても……」

〔くっくっくっ。おそらく、ああいう輩は、名を問うて欲しいんじゃろうて〕

 ユーシーズはにやにやと顔を緩めて腹を抱えていた。

「えっと、あんた何?」

 どうしようもなく、仕方がないといった面持ちでエディが聞いた。

「おお、私の名を聞きましたか? 聞いたのですね? ふっ。このサー・ダイ・ゴーイン。敵に名乗る名などないっ! HAHAHA。ちなみに三十二歳独身。職業貴族、絶賛恋人募集中。つきましては、お嬢さん。一つお茶でもご一緒に如何です?」

 どうにも支離滅裂だ。こんなときにこんな場所で、一体何を言いたいのかさっぱりわからない。

「はぁ? あなたなんですの? こんなときにお茶だなんて!」

 ジェルは困惑しっぱなしで、眉を潜める顔がさらに深く額に皺を寄せた。

「勘違いしないでください。誰もあなたには言っていません。私、年増には興味ありませんから」

「と、年増ですって! わたくしがですか! まだ二十歳にもなっていないわたくしが年増ですか! あなた今、二十八と仰ったじゃないですか。それなのにわたくしに何て無礼な!」

「HAHAHAHAHA。何歳でも年増は年増なのですよ。私は、そちらのお嬢さんに言っているのです。横から割り込まないでください」

 と、大男は腰に下げた杖を軽くさすった。それに合わせ魔力の鼓動がする。すると、ジェルを縛り上げていた木の根が蠢きだし、彼女の胸元を更に締め付ける。

「きゃっ、何をっ」

「HAHAHAこんなモノを垂らしているから悪いんです。そちらのお嬢さんのようにもっと慎ましければ!」

「そちらのお嬢さんって、もしかして私……?」

「ダイ・ゴーイン卿! その茶番はいつまで続ける気だ?」

「おっと、小生としたことが、ローズフィッシュ卿をお待たせするとはこれまた遺憾」

 と、わざわざ両手を上に掲げ、「とうっ!」というかけ声とともに、木のてっぺんからダイ・ゴーインと呼ばれた大男は飛び降りてきた。魔法を使った様子はない。自前の肉体のみをつかって何メートルもある木上から着地してみせた。

 目の前に飛び降りてきた大男の魔法使いに合わせ、ローズも木の枝から地に降り立ち、二人は並び立つ。

 筋肉質の大男と幼い面立ちの少女、あまりのも不釣り合いな二人。大男のわけのわからぬ発言に緊張感は吹き飛んだが、それでもこの二人が放つ空気はただならぬものがあった。

「ダイ・ゴーイン卿。作戦中はいつもの戯れ言はよせとあれほど言っておいたというのに」

「戯れ言ではありません。私、あんなウシ乳は認めません。まだあちらのお嬢さんのような、こう慎ましい方が。しかし、無論のこと、最も素晴らしいのはローズフィッシュ卿の見事に平坦な」

「死ぬか? ゴーイン卿」

 本日、最も殺気のこもった声が聞こえたが、大男は取り合わずににやけるばかり。

「ちょっと、ブリテンの! その大変失礼な男は何なのです! わたくしを年増だ、う、う、ウシ乳だと、失礼な!」

「ん? コイツか、コイツはただの幼女趣味の筋肉馬鹿だ。分類上は変態で構わないさ。見ればわかるだろ?」

「くっ、そんな変態を連れ歩くだなんてブリテンの者はなんて非常識な! この、放しなさい」

 ジェルが必死に藻掻くが体に食い込んだ木の根はビクともしない。それどころか藻掻けば藻掻くほど、力強く締め付ける。

「HAHAHAHAHA、無理ですぞ。小生の魔力が生暖かく育て上げた宿り木は、凡人の筋力では無理無理無理ぃ! HAHA」

 と、本人は腕の筋肉を張り詰めて見せつける。まるで、自分の腕力ならば、この木の根がねじ切れるとでも言わんばかりだった。

 何かに気付いたカルノは顔色を変えた。

「……この根は、耐魔性を帯びているのですか!」

「気付かれましたか? 魔法使いを捕縛するための特製です。小生が持てる魔道の粋を集めた秘術なれば当然当然」

 ジェルとカルノは先程から何度も試みているようだが、『四重星』の二人をもってしても、体に絡み突く呪樹の根はビクともしない。

「使い手は変態だが、効果は上々だろ? 残念ながらこいつも『魔術師の弟子(マーリンサイド)』、実力だけは確かだ。ただ、準備に小一時間かかるのは、どうにかして欲しいものだがな」

「無理を言わないでくだされ。ご要望通り一度捕らえてしまえば何人たりとも逃れられぬ一品。これほどの耐魔性を出すためには、必要最低限の時間ですぞ」

「まさか、あなたが時間稼ぎだったなんて。学園からの逃亡で、ここに誘い込んだというのですか!」

 この森にまで来てしまった経緯が頭を巡る。エディはローズに手を引かれて森に入り、そしてジェルから逃げるにしても彼女の力を借りた。そして、ローズはいつの間にかエディ達に追いついていた。確かに、エディがジェルから逃げ惑うにしても大まかな方向に導いたのはローズだった。

「そうさ、お前達の連携もなかなかのものだったが、戦術が薄っぺらすぎだ。決める時に決める。それが戦場の鉄則。お前等のやってることは、所詮魔法使いごっこというわけさ」

「くそ、元々、私たちを捕らえるために誘い出しただなんて」

「ん? 誰がお前らだと言った。私が誘い出したのはエディだけさ。お前等はおまけだ」

 エディは面食らう。そうだ、先程も、そのようなことを聞いた覚えがある。エディを誘うような言葉をローズは口にしていた。

「どうして、私を? 私に何の価値があるのよ! 私は、私はただの落ちこぼれで……、ただ、おじいちゃんが学園長なだけで……」

「かっかっか。お前、自分のことがよくわかってんじゃないか! お前に他にどんな価値がある。お前に近づく奴はみんなそうなんだよ。あの人畜無害そうな顔をしているマリーナ・クライスだってお前が学園長の孫だから世話焼いてんだ。それぐらいは自覚するおつむはあるんだな、エディちゃ~~~ん」

「ああああああああ」

 エディは奇声を上げた。背筋が震えていた。苦しくて悲しくて、友達と信じていた者がエディに事実を突き付ける。優しさなんて何処にもない。何の取り繕いもない、エディの現実を突き付ける言葉。

(ローズが、あのローズが、なんてことを言って、私、私、知ってる。そんなこと知ってる。ローズの言う通り、私自覚してる。私、落ちこぼれで、マリーナがどれだけ優しくしてくれても、そんなの全部薄っぺらい仮初めの友情で、私のことなんか誰も理解してくれてなくて、私なんて本当は独りで、何の役にも立たなくてっ!)

〔エディ……〕

 あの戦禍の魔女でさえ、エディにかける言葉はなかった。エディの心の声が聞こえる幽体の魔女には、エディがひた隠しにしている彼女の本心が切々と伝わってくる。エディは何もわからぬ馬鹿ではない。何も知らぬ能天気ではない。エディは自分の現実を理解して、それでもなお、落ちこぼれという立場に居続けて堪え忍ぶ者だった。

 


 
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