話は、一刀が干将莫耶を貰う数日前に遡る。
北狼が、一刀の為に噂に聞いていた干将莫耶を、帝に頼み賜ろうと皇宮に足を運んだ日。
謁見の間から下がった北狼は、帝に内密な話があると呼び出されていた。
「して、天子様。私に何かお話があるとか」
「うむ。北の、折り入って頼みがあるのだ。それと、この場にいるのは朕の忠臣のみ。昔の様に話してはくれまいか?」
「お心のままに……。それで、宏の。話とは何だ?」
「話と言うのは他でもない。朕の息子達に関する事なのだ……」
「宏の息子さん達か。上はまだ四つで、下の子は一つだったな」
北狼が時の帝と親しく話せる理由は、彼らが幼少の頃からの親友なためだった。
二人で共謀し皇宮を抜け出しては、怒られ。敬語等使おうものなら、宏は何も言わないが寂しそうにしていた。
だからこそ北狼ともう二人の幼馴染は、公の場以外で友人然とした口調で話すようにしていた。
「うむ。それであっておる。朕も、そろそろ体がいう事を利かなくなってきた。そろそろ十常侍や何進が動く気配を見せているそうだ」
「だが、宏の政策で民を苦しませているが、抑えてきたんだろ? なぜ、今になって……」
「朕よりも、弁か協の方が動かし易いと感じたのだろうな。何せ、まだ子供だ。お飾りにはもってこいなのだろう」
「なるほどな……だが、宏もまだまだ逝くつもりはないんだろ?」
「当然だ。朕はまだまだ息子達を見ていたい。だが、後十年生きられるか分からん、だからこそ北の。後の事を、お前に頼みたいのだ。
それと、貴殿の息子にもな。よい息子なのだろ?」
劉宏の言葉に、北狼は当然だとばかりに一つ頷く。そして、内密な話な理由が漸く分かった。
十常侍や何進が動けば、宮廷内に安全な場所はない。それに、高官とはいえ官職の自分に、公に頼む事が出来ないのだろう。
しかし、息子達の遊び相手としてなら、息子を紹介しても差当たっての問題はない。だが――。
「息子を弁様と協様に、お目通りするのは可能だな。だが、一つ気になる。私の息子だけを会わせると、良からぬ事を考える者は出るんじゃないか?」
「ふっ、朕を見縊るでない。そう思って、あの二人にも召集の手紙を出しておいた」
「ああ、あの二人にも世継ぎが生まれてたな。ここ数年、会ってないから、お祝いの品と言葉しか贈っていなかった。悪い事をしてしまったな」
「……やはりか。二人に会う度に、朕が文句を言われておったわ。洛陽に住んでいるくせに、どうして会いに来ないのかとな。まあ、いい。
それで、頼まれてくれるか?」
「親友の頼みだしな。それに、郷……ああ、息子の事なんだが。民に慕われてるんだが、同年代の友人がいなくてな。これを機に、友人を作ってくれればいいさ」
「そうか……。いつも苦労をかけて済まぬな。お主が法を取り締まってくれるから、そこまで治安も悪くならず、民に余計な負担を強いないで済んでいる」
「いいって。暗愚な態度を取り続けるのも大変だろ? 民の事は、私に任せてくれ。――では、陛下。下がらせて頂きます」
「よい、下がれ」
干将莫耶を受け取った日に、この様なやり取りがあり、話し合った結果、一ヵ月後にする事が決まった。
二人の親友が、洛陽に着くのも同じ位との事だったので、丁度良かったのだ。
そして、干将莫耶を受け取った一刀は、基礎体力に問題がないと峰が言ったので、刀での鍛錬を受けていた。
「いいですか。もう一度、教えます。先程、私が戦う様子を見せましたね? その時の私が目の前にいると考え、刀と振って下さい。
そして考えるのです。若様が右から刀を振り下ろした場合、私がどう動くのか。私が左から剣を降って若様が流した後に、私がどう動くのかを。
手足の重りにも意識を集中して下さい。……そう、ゆっくりと、剣筋がぶれない様に」
「う、うん……」
そう。一刀は手足の重りを身に着けたまま振っていた。それも、かなりゆっくりと。これは、峰の教えだった。
重りを着けたまま鍛錬をすれば、歩いている時以上の効果が望めると。
だが、重量が同じままでは、負担の方が大きくなり過ぎる為、初期の頃の重りを使っていた。
そして、現代で言うイメージトレーニングをさせ、敵がどう動くのかを考えさせる下地をも作っていた。
「……そこまで」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
峰が止めると同時に、一刀は大の字で地面に横たわって、息を整え始める。
「そのままの状態でいいので、私の質問に答えて下さい」
「う、うん」
「仮想の私に、何度刀は届きましたか?」
「恥ずかしながら、一回も……」
「いえいえ。それが当然の結果ですから、恥ずかしがる事はありません。やはり若様は教えがいがありますね。
普通でしたら見栄を張って、数回と答えるのが子供ですから。
さて、今回の鍛錬で私から一つ助言を」
「なに?」
少し落ち着いたのか、地面に座り直してから問いかける一刀。その様子に、峰は一つ頷くと語り始める。
「若様は、まだ自身の体が子供だという事を、忘れがちですね。それと、聞かせて頂いた、北家の体の特性も忘れているご様子。
よいですか? 若様の体は、剛ではなく柔なのです」
「剛じゃなくて、柔?」
「そうです。力ではなく、速さで。強い力を、柳の様に受け流す。旦那様から頂いた曲刀は、ありがたい事に二振り。
一本で受け流し、一本で相対する者を斬り付ける。大抵の者が氣を使い、一本を強力で振り回す昨今。ですが若様は、二本を速さで使い、それに対抗するのです」
峰の言葉に、一刀は思案に耽る。峰の言う事は正しい。自分では、いくら筋力をつけようとしても、限界があるのだから。
だが、力が無ければ、相手の攻撃を逸らす事も出来ないのではないかと思い、問いかけた。
「若様のお考えは正しいです。最低限の力がなければ逸らす事が出来ず、武器を弾き飛ばされてしまいます。
そこで必要になってくるのが、氣です。現在は鍛錬を行っておりませんが、もう少し体が出来たら、それも始めましょう。
では、氣を使っても足りない場合ですが――」
峰の言葉を真剣に聞いている一刀は、うんうんと何度も頷きながら続きを待っている。目を輝かせて。
その様子に、峰は苦笑を浮かべたが、まあいいかと続ける。
「受けなければいいのです。攻撃自体を。よいですか? 如何に攻撃を逸らしても、手や腕。足には少なくない負担が掛かります。
幸いな事に、若様は七歳の時から始めた鍛錬によって、足腰は問題なく。更に、重りでの付加で、上半身も安定してきています。
それならば、相手の攻撃を避ければいいのです。もちろん、避けきる事など、到底不可能です。
どうしても避けきれない物だけを選別し、それだけを受け流す。一刀で無理なら二刀で。二刀でも無理なら、体全体を使って。
いいですね、それが若様の戦い方になります。明日は、そこを重点的にやりましょう。では、今日は、体の疲れを癒す様に。――隠れて鍛錬をするのも、ダメですよ?」
「うん、分かった。ありがとう、峰さん」
峰の言葉に一刀は元気に答え、座ったまま重りを外し、干将莫耶も持ってその場を後にする。
その後姿を見送りながら、峰は思う。恐ろしいと。
(若様の剣筋はぶれはしたが、小さい物だった。子供では、到底出来る筈の無い鍛錬を黙々とこなす。
二桁の年になっていないのに素直に話を聞くし、指示を破らないし……本当に素晴らしい原石だ。
あの子供達に、若様を少しは見習ってもら……いや、無理だな)
峰の言う子供は、北家に来る前に見ていた子供達の事である。
そこでも子供の警護をしていたのが、何を考えたかそこの当主が、武の鍛錬をさせて欲しいと頼んできた。
断る訳にもいかず、引き受けたのだが……。泣くわ、叫ぶわ、喧嘩をするわ、文句を言ってくるわと大変な思いをしたのだ。
更には、子供にさせる鍛錬の内容ではないと、頼んできた当主が怒り出す始末。それを聞いた峰は、唖然としてしまった。
(おいおい。十四歳と十一歳の息子に、それはないだろ)と。
その日の内に、峰は暇を言い渡された。そんな峰に、家に来て欲しいと頼んだのが、北狼だったのだ。
無茶ばかりする息子を、見ていてあげて欲しいと。
頼まれた峰は、今度はお守りかと思ったが、北家の評判を知っていたので、悪い待遇はされないだろうと考え、引き受けたのだった。
しかし、そこで見た一刀の姿は――。
と、そこでまで考えて、北狼が呼んでいる事に気付き、執務室に向かった。
「悪いな、峰。来てもらって」
「いえ、旦那様。して、ご用件はなんでしょうか?」
「いや、なんだ……。郷はどんな感じだ? 見てやると言っておきながら、全てお前に任せてしまっているのでな。
気になってしまったのだ」
「なるほど、そうでしたか。若様も、分かっておいでですよ。旦那様の仕事が、最近多い事を逆に心配されておりました。
ああ、鍛錬に関してですね。一言で申し上げると、素晴らしいですね」
「ほう。お前をして、そう言わせるか」
「いえいえ、私など武将の方と対等に戦う事など出来ません。それ位の力しかありません。ですが若様の才能は、本当に素晴らしいですね」
「ふむ。天賦の才を持っていると?」
「いえ、若様に天賦の才はありません。若様がお持ちの才は、努力の才ですね」
「努力の才……」
北狼の呟きに峰は一つ頷く事で答え、続きを話す。
「若様は、愚直に努力を重ねます。自分には出来ない、出来ないから諦める。という物がありません。
やり続ければ、いつかは出来る。出来ないのは、今の自分に力が足りないからだと。そう考えている様です。
そう出来るだけの、心の強さもあるようですからね。本当に素晴らしく――恐ろしい」
「恐ろしい? 何が恐ろしいのだ?」
「一度や二度の挫折では、心は折れないでしょう。
ですが、自分の力が足りずに、大切な何かが失われた時、それを受け止め切れるかどうか。
今まで自分がしてきた事は、無駄だったのだと思った時。若様の心は、折れるかもしれません。それが恐ろしいのです」
「なるほどな。それは、周りに支える者がいたとしてもか?」
「そこまでは、想像出来ません。支える者がいたとしても、支えきるだけの器がなければ、意味がないかと」
峰の語った内容は、北狼にとって無視する事が出来ない物だった。
今はまだ戦に出る年齢ではないから、安心出来る。だが、将来の事は分からない。
自分達がいれば問題ないのかもしれない。だが――。
(あの噂も気になる。今はまだ水面下で動いている様だが……)
顎に手を当てて悩む狼を、峰はジッと見つめる。答えを待つように。
(一ヵ月後。あの二人の子供が、一刀の良き友人になってくれればいいのだが……。
――ん? そういえば、あいつらの子供は娘ではなかったか? いかん、いかんぞ! 一刀の愛らしさに、あいつらの娘達に襲われてしまう!
いや、だが、一刀には心から信頼出来る友人は必要だ。いや、だが――)
真面目に一刀の将来の事を考えていた北狼だったが、唐突に頭を抱えて天を仰いだり、首を振り出して、峰は一株の不安を抱いた。
曰く、本当にこんな当主で大丈夫なのだろうか。はやく、どうにかしなければ。と汗を一筋流しながら考えたとか、考えなかったとか。
峰から言われる鍛錬を、黙々と一刀がこなしていき、ついに一ヶ月の時が過ぎた。
そして今、一刀は人生の中でも一番の危機に面していた。
(落ち着け、落ち着くんだ。ここはどこ? 洛陽の皇宮でしょ。僕の隣にいるのは? 曹操さんと孫策さん。
僕の後ろで騒いでるのは? 夏候惇さんと夏候淵さんの姉妹。それと、周瑜さん。
僕の膝の上には? 後の帝の弁様と協様。で、僕の現状は? ――絶体絶命の危険到来中)
「孫策。いい加減、その手を離したらどうかしら?」
「え~。どうして離さないと、いけないのかしら?」
「これ、ごう。ちゃんと頭をなでい。ほんごうは余のゆうじんなのであろう?」
「だぁ~! だぁ~!」
「離せ、秋蘭! 華琳様をお助けせねば!」
「落ち着け、姉者! あそこには、御子様もおられるのだぞ!」
「頼む、雪蓮……。後で私と変わってくれ……」
(どうしてこんな事になったんだっけ……。えっと。今日の朝に、いきなり父上に皇宮に行くから着いて来いって言われて。
今まで一度もなかったのに、珍しいなと思ったけど。好奇心に負けて、着いて行ったんだよね?
で、皇宮に着くと、色々な人が父上に話しかけてきて、父上が許可を貰ってるから、散歩して来いって言って。
ああ、あそこで散歩に行ったのが原因なのか。いや、そもそも、皇宮に着いて来なければ良かったんじゃ?)
北狼に言われ、初めての場所との事もあって、一刀は皇宮の散歩へと繰り出した。
その先で、何があるかも知らずに。
(ん? 何で、僕以外に男の子がいるんだ? それに、抱えてる赤ん坊、可愛いな)
「きょうよ、よいか。余は次のみかどなのじゃ。じゃから、大きくなったら、余を助けてたもれ」
「だぁ~!」
「おお、そうかそうか。助けてくれるか。きょうは、本当によい弟じゃなぁ~」
赤ん坊を抱えてる男の子は、赤ん坊の反応が嬉しかったのか、頬擦りを始める。赤ん坊もそうされるのが嬉しいのか、笑顔で受け止めていた。
(ああ、僕も弟が欲しくなってきた……。今度、父上に頼もうかな?」
「だれじゃ!」
「だぁー!」
頭で考えているつもりだった一刀は、自分が口に出しているとは露にも思っていなかった。
一刀の言葉に、男の子は激しく反応する。
ここまで入り込める賊がいるとは思えなかったが、協を護れるのは自分だけだと、護れる様に強く抱きしめる。
「うぁ~……」
「おお、すまん。いたかったか、きょう?」
「あぅ~……きゃっきゃっ!」
(何、この子達。すごくかわいいんですけど)
そう思ってから、一刀は男の子を驚かせない様に、ゆっくりと近付きながら話しかける。
「驚かせたみたいで、ごめんね? 僕は北郷。君達は?」
「ん? ほんごう? おお! お前が、余のともだちか!」
「え?」
「なんじゃ、ちがうのか……? 父上は、そういっておったのだが。今日、ほん家のむすこが来て、余のゆうじんになってくれると……」
男の子は涙をためて、一刀を見る。この出来事に慌てた一刀は、思わず頭を撫でてしまう。
「ご、ごめんね? そ、そういえば、父上がそんな事を言っていたね! うん、言ってた!」
「そ、そうじゃろ! やはり、お前が余のゆうじんなんじゃな!? む、やめるでない! もっとなでるのじゃ!」
男の子が笑ったので、一刀は撫でるのを止めようとした。だが気持ちよかったのか、もっと撫でる様に催促してくる。だから一刀は、男の子の気が済むまで撫でる事にした。
弟が欲しいと思った一刀にとって、断る事が出来ない力を持っていたのだ。
「うむ、もうよいぞ。しかし、なでるのがうまいの。とてもきもちよかったぞ」
「そうかな? じゃあ、僕がここに来た時は、撫でてあげるね。あ、そうだ。君の名前を教えてくれる?」
「余か? 余は、りゅうべんじゃ! 次のみかどなのじゃ!」
「……りゅうべん? 劉弁? っ! 申し訳ありませんでした!」
「な、なんじゃ、とつぜん。なにをあやまっておるのじゃ?」
「恐れ多くも、御子様の頭を撫でるなど……」
「おお! きにするでない、余とほんごうはゆうじんなのであろう? ならば、きにすることは、なにもないのじゃ。それとことばも、もどしてほしいのじゃ」
「ぁ~……。御子様がそう言うなら」
「それと、余はみこという名ではないぞ! 余は、べんじゃ! べんとよべ!」
「わ、分かったよ、弁。これでいい?」
いいのかなぁ~と思いつつ、頼まれたのだから仕方ないと、一刀は最初の口調に戻していた。
その事が余程嬉しかったのか、弁は協に笑顔で「余にゆうじんができたぞ、きょう!」と語っていた。
協も、兄が喜んでいるのが分かるのか、嬉しそうに頬をペチペチと叩いていた。
「弁、えらいね。ちゃんと、お兄ちゃんしてるんだね」
「ほんごう……ながいから、ごうとよぶぞ? それはかんちがいじゃ」
「勘違い? でも、今きちんと――」
「きょうと会えたのは、ひさしぶりなのじゃ。母上が、会うのをゆるしてくれないのじゃ……」
「弁……」
弁は泣きそうな顔で、弟の協の顔を見る。協は、兄が自分を見てくれているので、変わらず頬を叩いているが。
「じゃが! きょうはごうがきてくれから、いっしょにいていいと、言ってくれたのじゃ! じゃから、ごう。ありがとうなのじゃ!」
「弁~!」
「なんじゃ、なにをする! これ、はなさんか!」
「やだ! 絶対にやだ!」
子供特有の可愛い笑顔でお礼を言われた一刀は、もう我慢出来なかった。出来ず、思わず二人を抱きしめてしまった。
「ええい、うれしいがくるしいのじゃ! きょうも、ごうになにか言ってたもれ!」
「あぶぅ~!」
「無理! 二人共可愛すぎる! はなさ――ぶっ!」
「御子様に何をしておるかー!」
「春蘭、待ちなさい! ……間に合わなかった。大丈夫?」
「姉者……それはまずいぞ」
春蘭に蹴り飛ばされた一刀を、華琳が安否を尋ねている間に秋蘭が二人に追いつき、姉の行為に額に手を当てていた。
「おぬしら、余のゆうじんになにをしておるのじゃ! ごう、だいじないか!」
「いてて……ああ、弁。大丈夫だから、心配しないで。それと、君もありがとう」
「……」
「……ん? どうしたの?」
一刀を助け起こした華琳は、一刀の顔を見て黙ってしまった。
そんな華琳の様子に首を傾げながら問いかけるが、何も答えずに見続けていた。
「あなた、私とどこかで、会った事あるかしら?」
「いや、ないと思うけど? 僕、洛陽から出た事ないし」
「そう……。まあ、いいわ。それで、あなたは、御子様に何をしていたのかしら?」
「ごうは、なにもしておらんぞ! それに、余のゆうじんをけるなど、ゆるされるとおもっておるのか!」
「み、御子様のご友人でしたか! それは大変失礼を――」
「あー。いや、いいよ。ほら、弁もそんなに怒らない。別に怪我もしてないし。ね?」
「むぅ……。ごうが、そういうならいいのじゃ」
剥れながらも了承した弁を、偉い偉いと頭を撫でる一刀。それを唖然と見てるしかない、華琳と秋蘭。
そして、なぜ怒られたのか分かっていない春欄と、不思議な空間が形成されていた。
弁に肩車をせがまれ、してやる一刀を見ていて、華琳は不思議な物を感じていた。
(おかしいわね。いくら春蘭が暴走して蹴ったとは言え、私から男に近付くなんて。普段なら、秋蘭に任せるはず。
でも、あの時は私から行くのが当然と思ってた。それに、御子様達が心を許す相手……いいわね。
……いい? 私が男を? どうして、そう思ったのかしら?)
華琳は、自分の考えに答えが出せないでいた。
しかしその思考は、一人の兵士が近付いて来た事で、途切れる事になる。
「申し訳ございません。曹家の方々と、北家の嫡男、郷様。御子様を連れて、私に着いて来て下さい。
孫家の方々がご到着されましたので、来て欲しいとの事です」
「分かったわ、ご苦労様。行くわよ春蘭、秋蘭」
「はい!」
「御意!」
「分かりました。ほら、呼ばれてるから降りて」
「いやなのじゃ! このままいくぞ!」
「だぁ! あぶぅ~!」
「はぁ……分かったよ」(怒られるの、僕なんだろうなぁ……)
兵士を先頭に、華琳、春蘭、秋蘭。そして一刀。肩車をしてもらってる弁と、一刀の腕の中の協という、不思議な一団が皇宮の廊下を歩いていく。
侍女や兵士達は一刀を見て、最初は不快な物を見る様な目でいたのだが、御子達の笑顔を見て、唖然としていた。
年相応の笑顔が、そこにはあったから。
兵士に連れられて一つの部屋の前に着くと、そこには一刀の父、北狼が待っていた。
「来たか、一刀。……一つ聞きたいのだが、いいか?」
「……なんでも聞いて」
「なぜ弁皇子を肩車し、協皇子を抱えているのだ?」
「余がたのんだからじゃ!」
北狼の質問に一刀が答える前に、弁が笑顔で答えてしまった。それで謎は解けたのか、その後は何も聞かず。
ただ、一刀を労う様な視線で見るだけだった。
そして北狼が扉を開けると同時に、拳が北狼に向けて迫っていた。
突然の出来事に、一刀達は慌ててしまうが、北狼は微塵も慌てず、それをいなして拳を返していた。
だが、その拳は当たる事はなかった。先に拳を繰り出していた者が、受け止めていたからだった。
「……おい、曹の。俺以外だったら、どうするつもりだ」
「何を言う、北の。ちゃんとお前って分かってたから、やったに決まってるだろ?」
「まあまあ、二人共。挨拶が済んだのだから、こっちに来い。宏のも苦笑してるぞ」
北狼の手を握っている男は金髪の男性で、小奇麗な服を着ていた。
そして二人に声を掛けてきた男性は、赤い服を身に纏うピンク色の髪をしていた。
「曹の。いい加減、この手を離してくれないか?」
「北のが力を抜いてくれれば、離すぞ」
ふふふ……と笑いながら、お互いに力を様子がない。
今までこんな父親を見た事がない、子供達は何が何だか分からず、呆然としていた。
「……もういい。お前ら、そこの広場で思う存分、再会を満喫してろ。お嬢ちゃんに、そこの坊ちゃん。部屋に入ってこい。
あの二人、会うと何時もあんな感じだ。考えるだけ無駄無駄」
「うむ、そうじゃな。じゃが、朕は久しぶりに見れて、何だか嬉しかったぞ」
「そうかもな。俺も最後に見たのは、子供が生まれる前か」
往年の二人は、そういうと同時に笑い始めていた。
子供だけが置いてきぼりな空間が広まっていた。扉の外からは、打撃音が途切れる事なく聞こえてくるし。
時折、「お前の娘には、俺の息子はやらん!」とか、「何で決まってるんだ! こっちこそ、くれと言われてもやらんぞ!」とか、
「お前が俺の嫁に振られたのが、まだ気にくわんのか!」とか、「バカ言うな! 俺の嫁は天下一よ!」とか、「俺の嫁は世界一だぁ!」とか、
聞いていて恥ずかしい声が聞こえてくるが、気のせいだ。気のせいだと、一刀と華琳達は思うようにしていた。
「あいつら、本当に変わらんな。どっちも、嫁さん天下と親バカだからな」
「しかし、羨ましくもある。朕は立場上、ああは叫べんのでな」
どうやって、この場を抜け出そう。そう考えていた一刀の背中に、何かが滑り落ちていくのを感じた。
「わひゃっ!」
「ちょ、ちょっと。どうしたのよ?」
「い、いや。何かが背中を……」
「背中?」
一刀の言葉に子供達全員が振り返るとそこには、しゃがみ込んだ笑顔の雪蓮と、冥琳が苦笑して立っていた。
「あなたは、誰かしら?」
「あら、名前を尋ねるなら、先に言うものじゃない?」
「それもそうね。それに、あなたにも名乗ってなかったわね」
華琳はそう言いながら一刀を一瞥した。
「私の名前は曹操。外で騒いでる金髪の方の娘よ」
「私は夏候惇。華琳様の物だ!」
「姉者……。私は夏候淵。夏候惇の妹で、華琳様の従姉妹だ」
「あら、ご丁寧にどうも。私は孫策。孫堅の娘よ」
「私は周瑜。孫策の、まあ親友だ」
『で、あなたは誰?』
ここに来るまで、ずっと弁を肩車して、協を腕に抱いていた一刀は、五対の目に見初められていた。
「えっと……。僕は北郷。姓が北で、名が郷。よろしくね?」
そう言って、ニコッと笑いながら答えた一刀だった。
だが、その笑顔を見て、五人とも真剣な顔で黙ってしまった。
何か失敗したかな~と思っている一刀に、雪蓮が問いかける。
「ねぇ? 私と北郷って、会った事……無いわよね?」
「曹操さんにも聞かれたけど、無いと思うよ? 僕はこの洛陽に住んでるから、そっちは見た事あるかもしれないけど」
「そう、よね……なんでかしら? あなたのさっきの笑顔、何だか懐かしいって思ったのよね」
「雪蓮もか。北郷、本当に会った事ないのだな?」
「うん。僕が覚えてる限り、無いよ」
「本当にないのだな? 北郷」
「ないってば、夏候淵さん」
「貴様、ウソを言ってるのではないだろうな!」
「ちょ! ウソなんかついて無いってば! 落ち着いてよ、夏候惇さん!」
おかしい。そう華琳は感じていた。
雪蓮と冥琳が言っている事は、華琳も感じている事だったからだ。
(それに、孫策と周瑜だけじゃなくて、春蘭と秋蘭も同じみたいね。……どうして私達だけが、そう思うのかしら?
……なんだか悔しいわね。そうだ、いい事思いついたわ。一人だけ涼しい顔をしているなんて、天が許しても私が許さないわ)
会心の笑顔を浮かべる華琳。そんな華琳の雰囲気に、一刀は背中に汗が垂れるのを感じていた。
(あれ? この感じ、どこかで……)
「ちょっといいかしら?」
「何よー? 今、北郷とは私達が話してるんだけど?」
「いえね? 北郷はここに来るまで、ずっと御子様を肩に乗せてるでしょ?
だから話すにしても、椅子に座って貰った方がいいと思ったのよ」
「そうなの? それなら、椅子に座って貰った方がいいわね」
雪蓮と華琳に言われ、一刀は椅子に座る。それを見て、華琳は心の中で(予定通りね。これで、私が膝に座れば……)と思ったのだが――。
「むぅ……。では、ごうよ。余ときょうを、ひざにのせよ!」
「うん? 今度は膝? いいよ」
(よくないわよ! 予定が狂うじゃない!)
そう言って協を冥琳に預かって貰い(何だか、その方が安全だと思った)、弁の脇に手を入れて膝の上に乗せて協を受け取る一刀。
片手ずつ二人を支えて、膝から落ちない様にする一刀の姿を見た雪蓮は。
「北郷、何だか手馴れてない?」
「ん~、子供とよく遊んでるからかな? まあ、僕も子供だけどね?」
「ちなみに、北郷はいくつなんだ?」
「僕? 九歳だよ。それがどうかした?」
「ふむ、五歳差か……。悪くないな」
「ちょっと冥琳、何を考えてるのよ?」
「いや、こっちの話だ。気にするな」
(気にするわよ! 何で、そこで年の事が出るの? ……私、何でこんなに苛ついてるのかしら?
でも子供に優しいって時点で、今まで会った屑とは違うわよね。それに来る途中で聞いた話でも、悪い噂なんて、一つも聞かなかった。
民にも好かれてる。自分にも厳しくしてるって話だし……。そうよ、私は将来の部下に欲しいと思ってる。だから、こんなに気にしてる。そうね、そうとしか思えない……)
そう自分に言い聞かせるように、頭の中で考えているのだが。
「華琳様。よろしいのですか?」
「何がかしら?」
「いえ。何かをお考えだったのでは?」
「ふふ……さすが秋蘭ね。ただ、予定が狂ってしまったのよ。さて、どうしましょうかしらね」
「では、華琳様! 次の策をすればいいんですよ!」
「次……? ああ、確かにそうね。春蘭、いい事言ってくれたわ。どうやら私とした事が、冷静ではなかったようね。褒めてあげるわ、春蘭」
「か、華琳様~」
「姉者は可愛いなぁ~」
そして春蘭の言葉通り、華琳が右腕に抱きついて一刀を慌てさせ。
一刀が慌てている間に、無意識に左腕に雪蓮が対抗する様に抱きつく。
抱きついた雪蓮を見て、なぜか羨ましいと感じてしまう冥琳。
抱きつく華琳を見て、春蘭が暴走し。それを止める秋蘭。
膝の上の弁と協は、頭を撫でろと催促してくる。
自分の息子や娘を止めずに笑っている二人の親と、外でまだ騒いでいる残り二人の親。
(もう、誰でもいいから……僕を助けて……)
一刀の心の叫びは誰にも聞き届けられず、その意識が途切れるまで続いていた――。
だが翌日には、もっと悲惨な目にあう事を、一刀はまだ知らない。
次回に続く。
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むぅ……。思う様に話が書けません。
余計な部分を省いているつもりなのですが、それでもまとめきれてないみたいです。
今回の話では、最後の部分が駆け足気味になってしまったかな?と思ってますが、ご了承下さい。
それで、コメントであった質問の答えです。
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