真・恋姫†無双外史 「魏after 再臨」
(一)
――覇道を成し遂げ、天命を成す。
この曹孟徳、覇道を歩んだことを誇りこそすれ、後悔はしていない。
ただ、ふと満月を目にした夜、彼との約束を、胸に刻んだ誓いを思い出す。……胸に手を当て、眼を閉じて彼の姿を追う。
駆け抜けた日々に彼がいる……、私の傍にはまだ彼はいるのだ。
「北郷一刀」
この曹孟徳と共に覇道を歩み、魏を支え、幾度となく私を助けてくれた男。
彼が消えてから半年。魏は彼が消えた現実を受け入れつつあった。
* * *
華琳の元から離れてから一年が過ぎた。
あの夜の後、周囲から突然人が変わったと心配される事があった。華琳たちの話ができるはずもなく、いつも返答に困っていたのを覚えている。
今の生活には何か物足りず、充実しているとは言い難い。だけど彼女達に恥ないような生き方を心掛けているつもりだ。
今年で高校最後の夏休み、受験勉強そっちのけで鹿児島の祖父ちゃんの道場へと足を運んだ俺は、そこで剣の修行に打ち込んでいた。
朝露が降りる清々しい朝。静寂に包まれた道場へと足を踏み入れると、ふと見慣れない物が置いてある事に気付いた。上座に祭られているそれは、流れるような美しい刀身をした大小二振りの装飾刀だった。
「――この刀が気になるか?」
いつの間に近付いたのか、気配を消し、俺の背後に祖父ちゃんが立っていた。
「……びっくりした!」
「それは胡蝶ノ舞と呼ばれる刀じゃ。なんでも不思議な力を持つ刀だそうでな……北郷家の家宝じゃ」
「胡蝶ノ舞か……」
華琳達と出会い、俺が別の世界から来たことを説明していたときにした話を思い出す。
胡蝶ノ夢――中国の戦国時代、荘周が夢を見て蝶なりに、それを思う存分楽しんだ後に夢から覚める。果たして自らが夢を見て蝶になったのか、蝶が夢を見ているのかそれは誰にもわからないという話。
結局、天の御使いと名乗ることになったわけで……
その刀は、名前に相応しく蝶のような美しい模様が鞘に装飾されている。観賞用と言ったところか。
その後、祖父ちゃんに殺意の籠った竹刀でぼっこぼこにされ……、気絶した俺は、久しぶりに華琳が出て来る夢を見た。
(二)
闇の中、世界が鮮烈に赤く染まる。割れた窓から炎が吹き上がり、火の粉が赤い龍のように天へと昇る。多くの兵士達が消火活動を行い、猛々しく声が飛び交う。
「……ここは?」
辺りを見渡し、中国風の建物を目にした瞬間、俺の手が震え出す。
――この場所に見覚えがある。
そうだ、ここは魏の都、許昌。華琳達のいる城だ! 俺は華琳達がいる世界に戻って来たのか!?
だが赤く照らされた長い廊下とその壁には、赤い鮮血が無数に飛び散っていた。……普通ではありえない光景に、底知れぬ不安が俺を襲う。
火事、おびただしい血痕、足は自然と華琳がいるであろう部屋へと走り出していた。
「くそっ!」
平和の礎を築いた曹魏に恨みでもあるのか、戦いに未だ未練があるのか。
腹に力を入れて、華琳の真名を叫ぶ。全身に血を巡らせる。
「間に合ってくれ!」
華琳の部屋に続く道には誰もおらず、不気味な暗闇がただ口を開けていた。
* * *
「火事ですって? 親衛隊も消火活動に向かわせなさい!」
季衣と流琉の二人が返事をし、私の部屋から出ていく。
「こんな真夜中に火事だなんて……火の不始末かしら?」
だが、西の建物は文官達が政務を執り行う場所、煙が立つような原因は微塵も考えられない。食堂がある位置でもないし、とすれば……
――何か裏がありそうね
そう思った瞬間、扉の向こう側から徐々に嫌な感覚が伝わってくる。……呼吸を落ち着かせ、絶を持って扉の向こう側へと気配を探る。
しばらくすると、足を潜めた者たちが扉の前に……数人? いや、かなりの数だ。
殺気をまき散らして扉の前に立つなんて、この曹孟徳が気づかないと思ったのかしら。
……だとしたら、舐められたものね。
扉の向こう側から声が掛けられる。
「曹操様、いらっしゃいますか?」
絶を握りしめる。返事は……しない。
ノブが動き、ゆっくりと開く扉の影から、魏の鎧を身に付けた男が姿を現す。
(三)
巨大な鎌の先が、男の鎧を貫き破りながら肉を裂き骨に喰い込む。その隙間から勢い良く血が噴き出し、天井が赤く染まる。
その男が部屋に吸い込まれたかと思うと、掛け声と共に勢い良く弾き出された。
「くそっ、曹操を仕留めろ!」
* * *
華琳の部屋の前には、何故か多くの兵士達がいた。俺を見て呆気に取られているのか、誰も止めることなく道を通してくれる。
華琳の部屋の前に到着し、勢いよく扉を開ける。
「――華琳! 無事か!」
絶を構えた華琳と、彼女と向かい合った兵士達がこちらに振り向き、一斉に視線を俺に向ける。
誰一人動こうとはせず、俺の様子を窺っていた。
もう一度声を掛けて彼女の傍に寄ると、彼女は最初こそ驚いた顔をしていたものの、顔を伏せ、だんだん手が震えて……ふるえて?
「こ……」
「こ?」
「……この賊風情がぁぁぁぁぁ!」
そう言うと、華琳は俺を壁に蹴り飛ばし、俺に向かって絶を投げつけた。
身体に物凄い衝撃が走った後、ゆっくりと目を開けてみる。
――ちょっ! 華琳さん!?
か、壁にざっくり突き刺さってるですけど!?
絶の長い柄は俺の体を斜めに走り、俺の首を落とさんと絶の刃が輝く。
「そこの仮面の男っ!……貴様はは、死ぬほど殺してあげるから覚悟なさい!」
華琳が一瞬で距離を詰め、俺の腰に手を伸ばす。脇差を抜いて……襲い掛かってくる兵士たちを切り捨てていく。
仮面男? ……あぁ、防具の面でわからないのかって、――何で剣道の防具が!? 道理で視界が狭いと……、しかも家宝の日本刀が何故俺の腰に?
理由を考えていると、敵を斬り続けている華琳が、ちらちらとこちらを見てくる。……どうしたんだろうか?
「貴方、私の真名を叫んで助けに来たのだから、敵ではないのでしょう?」
「勿論だ!」
肩を上下しながら叫ぶ。
「ならそんなところで突っ立ってないで、早く助けてっ、・・・私にっ! 殺されなさいっ!」
――殺されるの!?
なんとか絶の縛から逃れた俺は、華琳と目の前の敵を迎え撃つことにする。
俺が敵の攻撃を受け止めて、華琳が息の根を止める。はたまた、敵は華琳と一合もできず、武器ごと切り捨てられていく。
「ふむ。軽くて頼りなさそうな剣だけど……素晴らしい切れ味ね。気に入ったわ!」
余裕の笑みを浮かべて日本刀を分析しながら、彼女は襲いかかる敵を切り捨て、次々と後方へ流していく。
「狭い部屋の中の戦いなら、絶よりもこちらのほうが有利か――」
いったい何人切り捨てたのだろうか、後ろにはきっと山のように死体が積み重なっていることだろう。
たじろく相手に華琳が剣を突きつける。
「我が名は曹孟徳、魏の王である! この私に剣を向けたこと、その命を持って償え! さぁ、命のいらない輩は掛かってきなさいっ!」
返り血で真っ赤に染まった華琳の姿と覇気に、臆した暗殺者たちが逃げて行く。
「華琳には、敵わないな……」
彼女のその小さくて大きな背中を見詰める。……俺の身体が透けて行く。
――華琳
(四)
「華琳様ー!」
「華琳様ー! ご無事ですか!」
駆けつけてきたのは、春蘭と桂花だった。
「春蘭、逃げた賊を追いなさい!」
「はっ! 追え、追えー! 一匹たりとも賊を逃がすなー!」
春蘭の部隊が敵を追いかける。
「華琳様、お怪我はありませんか? ……どうなさいました華琳様?」
「桂花、私と一緒にいた仮面の男は?」
「仮面の……男ですか?」
辺りを見渡せば、血の池と山の様な死体だけ。
「いえ、私たちが駆けつけたときは、華琳様御一人でしたが……」
「……っ」
* * *
華琳の暗殺計画が失敗に終わり、仮面の男は忽然と姿を消した。
これといった情報も得られぬまま朝日が昇り、皆が玉座の間に集合する。
桂花が冒頭で今回の騒動について報告をする。
「侵入した賊は西の館に火を放ち、兵が手薄になったその隙に華琳様のお命を狙ったものと思われます」
「華琳様お一人で賊を相手にしていたとか~、親衛隊は何をしていたのですかぁ?」
風が眉を吊り上げ、真剣な眼差しで季衣と流流に問い掛ける。
「華琳様の危機に気づき、いざ戻ろうとしたのですが……」
二人はシュンと肩を落とし、申し訳なさそうに報告する。
確かに、西の館から人の流れを逆行し、私の部屋まで駆けつけるのには時間がかかり過ぎる。
桂花と春蘭の部隊が遠回りをして駆けつけた頃には、賊はすでに逃げ出した後だったのだ。
「――親衛隊のすべてを消火に回してしまったのは、あまりにも迂闊だったわ」
この曹孟徳とあろうものが、少々平和ボケをしていたのかもしれない。
「季衣と流流、それに風はこの件について、早急に対策を練りなさい」
「はぃ~」「御意!」「了解です~」
「それで……、いち早く私の危機を察し、駆けつけてくれた仮面の男は?」
――ピシッ!
そんな音を立て、華琳の周囲の温度が氷点下に変わる。氷の笑顔に見詰められ、軍議に出ている皆が凍りつく。
皆、噂には聞いている。
「……この曹孟徳の目の前でぇ、絶対で神聖なるぅ、真名を大声で叫んだぁ、仮面をかぶった無礼千万極まりない男は……見つかったのかしら?」
三回語尾を上げ、途中もの凄い早口で捲し立て、最後はとても優しく。
それはもう不愉快極まりないと、華琳の口から質問が投げかけられた。
「は、はい。凪や沙和達に捜査をさせておりますが、い、未だに見つかっておりません」
裏声になりながらも、冷静に稟が質問に答える。
「華琳様? お言葉ですが……本当にそのような輩はいたのでしょうか」
春蘭がこの空気を読みつつも、思った事を素直に質問する。
「春蘭は、私が夢を見ていたと?」
「いえ! そう言う訳では……。ただ、窓から逃げた痕跡もなく、私たちが入ってきた扉からでしか逃げ場所はありませんし……」
「華琳様、この桂花奴もそこの春蘭と同じ意見でございます」
春蘭の言葉に、一緒に居た桂花も同調する。
「そうね……でもそいつが存在した証拠はあるのよ、この剣よ」
仮面男の腰から引き抜いた剣を秋蘭に手渡す。
「……装飾剣、ですか」
秋蘭が鞘から剣を抜くと、細く伸びる美しい刃に光が反射し、それを見た風が口を開く。
「孫策さんの南海覇王に似ていますが、また違う形をしてますねぇ~」
華琳が興奮気味に答える。
「切れ味は絶以上。そうね粗悪品の剣なら斬り落とすことができるはずよ」
「ほぉ」
秋蘭が感嘆の声をあげ、霞が素直に疑問を口にする。
「そんなにすごいんか? その剣」
「えぇ、首を跳ねるのが楽しくなるくらいにね」
ここで発言すれば、ならそれを証明してみせましょうと首を跳ねられそうな……、そんな静寂が支配する玉座の間に、好奇心に負けた真桜が質問する。
「た、大将? その剣、ちーとばかし見せて貰っても……?」
「そうね真桜、この剣の量産なんてできないかしら?」
その剣をじっくりと眺め、この芸術的な形と、切れ味が鋭いという言葉に、一つの解が導き出される。
「これ、隊長から教えてもらった、ニホントウに似てる・・・いや、その物ちゃいますのん?」
「ニホントウ?」
「北郷が住んでいた国のカタナという剣か?」
その秋蘭の言葉に真桜は頷く。
「……」
華琳が沈黙する中、魏の将たちが解決への糸口を掴み引き寄せて行く。
「でも一刀やったら、なんで仮面なんて?」
「蜀の都では、なんでも蝶の仮面をつけた正義の味方が、街の話題を独占しているとかぁ~」
「大将助けて正義の味方気取りかいなぁ。隊長のやりそうなこっちゃなぁ~」
「それに一刀殿なら、華琳様の真名を呼ぶことも至極当然です」
なら?……また消えてしまったというの?……なぜ?
「あのバカっ! 死ねばいいのにっ!」
「華琳様ぁ~、お兄さんの捜索隊……出しますかぁ~?」
玉座に深く腰掛けた華琳が、瞳を閉じて溜息を吐く様に答える。
「……その必要はないわ。もし一刀がこちらに戻ってきているのなら、顔の一つでも見せるでしょう――」
そう、これだけは確信できる。一刀の帰る場所はこの曹孟徳の元しか無いのだからと……
「そうね。どの面下げて戻ってくるのか、楽しみね……、一刀」
確信に満ちた魏王は、心の底から滲み出る何かを口元に浮かべて、何か呟いていた。
「ねぇ……、流琉?」
「……何、季衣?」
「兄ちゃん、こんな状況でも帰って来るのかな?」
「季衣……」
うなだれるように二人が肩を落とした後、華琳は思い出したかのように告げる。
「それよりも、暗殺の事実があったこと、内密に他国の王に伝えておくように、以上!」
あとがき
まずは……
謝罪1、昇龍伝、人。順調に遅れています。すいません;
謝罪2、昇龍伝、人。次、終端ですとか言いながら、予想以上に長くなって終わりませんでした……。もちっと、二話ほど続きます。
謝罪3、昇龍伝止めて、こっち書く。
お前は一体何をしてるんだと、言いたい人もいるかと思いますが……、こういうネタもありかなと……。昇龍伝を書く前に書いていた小説です。今日、急いで調整したので、沢山、誤字脱字がありそうで。でも今日しか出来ないネタですが、お楽しみ頂ければと思います。
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エイプリルフール企画ということで、一つよろしくお願いします!