No.133682

現代恋姫演義 一刀のお姉ちゃんズは 魏の三羽烏 ~炎の文化祭編~ 後編

藤林 雅さん

とっくに忘れ去られた時に最終章投稿。orz
前から四ヶ月ほど経っていますが、よろしかったらご覧になってくださいませ。
当方のホームページで公開している『天上人演義 第二部』もよろしくお願いします。
それでは。

2010-04-01 20:03:33 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:11955   閲覧ユーザー数:8752

「ねーカズ君、どーしたの?」

 

 言葉と共に一刀の視界にひょっこりと現れたのは、眼鏡を掛けた末の姉である沙和であった。

 

「――へ?」

 

 一刀の間の抜けた声が沙和の耳に届く。

 

「だから、こんなところでぽけーっとした顔で立ってなにしてるの?」

 

 その言葉に一刀は我を取り戻し、辺りを見渡す。

 

 聖フランチェスカ学園の校門の前にも学園祭の活気が届き、人々の喧騒がわずかながらも響き、人通りもまばらながら見受けられる。

 

 一刀は沙和に視線を戻し、自分がどうやら惚けていた事に気づく。

 

 そして、その原因が先ほどまで一緒に居た天和からの感謝のキスという事実を思い出し、恥ずかしさと嬉しさで頬を朱に染めた。

 

「むっ! お姉ちゃんセンサーに反応ありなの!」

 

 何やら眉を顰めて、なにやら憤慨している沙和から一歩後ろに下がり、一刀は「コホン」とわざとらしく咳をする。

 

「なんでもないよ沙和お姉ちゃん」

 

「ほんとかなー」

 

 自分より一つ年上の姉ではあるが、こういった仕草がちょっと幼く見える沙和に苦笑する一刀。

 

「……えっと、今日も可愛いね」

 

 一刀は沙和の私服姿を見て褒め言葉を掛ける。

 

 本日の沙和の装いは、カジュアルなタンクトップの上からブルーのダンガリーシャツを着こなして、袖を巻くりひじから先の腕を出し、膝上の丈のスカートを幅広ベルトで固定しつつ、ロングブーツを履いていた。

 

 一刀の脳裏には先日、沙和と桃香に付き合わされて、荷物持ちとして渋谷を振り回された光景が浮かび上がったのは本人だけの秘密である。

 

「カズ君。ありがとなのー!」 

 

 弟の褒め言葉にハグで応える沙和。突然のスキンシップに一刀はたじたじになる。

 

「沙和。一刀が困っているからその辺にしときなさい」

 

 そう言って、彼女を諌めたのは真ん中の姉である凪であった。

 

 一刀の視線が彼女に向く。

 

 背筋がシャンと伸びて強いまなざしが、健康的で活発なイメージを与える彼女だがその性格は基本的に大人しい。妹の往来での行為を窘める凪の出で立ちは、落ち着いた色合いのパーカーにロングのデニムという格好で、スニーカーを履いている。

 

「凪姉さん」

 

 凪の登場に一刀の表情が綻ぶ。

 

「むー。凪ちゃんと沙和の扱いが雲泥の差なの……」

 

 何だかんだで一番彼の面倒を見てきたのは、凪であるから仕方がないといえば仕方がないのだが、弟ラブというか一刀コンプレックスの沙和には彼の反応が面白くなかった。

 

「……ん。約束の時間に間に合ってよかったよ」

 

 そう言いながら、一刀の着ている制服の襟を直しながら微笑む凪である。

 

「もー凪ちゃんこそ カズ君とラブラブしてるの!」

 

 沙和は二人の間に割って入って一刀の腕を取り、自分の腕と組む。

 

「ら……らぶ、らぶって、そんな――」

 

「沙和お姉ちゃん、いくらなんでも――」

 

 二人は互いに頬を真っ赤に染める。

 

 やっぱり似たもの姉弟だと沙和は「はぁ」とあきれと羨ましさが混じった何とも言えない溜息を吐くのであった。

 

「ところで、真桜姉は?」

 

 一刀は、わざとらしく話題を変えるように姿が見えないもうひとりの姉の姿をキョロキョロと探す。

 

「真桜姉さんは、生徒会主催のイベント準備の手伝いがあるからって先に入っているはずだよ」

 

 凪の言葉に一刀は、華琳の指揮下の許、テキパキ動く生徒会役員達と気だるそうに設営を手伝っている長姉の姿を頭の中で思い浮かべつつ、なるほどと頷いた。

 

「じゃあ、真桜姉とは後で合流するという事で俺が学園祭を案内するよ」

 

「うん」

 

「ああ」

 

 こうして三人は仲良く聖フランチェスカ学園の校門を通過するのであった。

 

 

 

――余談ではあるが、来賓の受付をしていた流琉に天和を連れてきた時と同様に渋い表情をされたのは言うまでもない。

 

 

 

 一刀は、天和を連れて歩いていた(正しくは天和に付き添っていた)時と同様に周囲から突き刺さる視線のようなものを感じていた。

 

 時折、彼の耳に届く呟きは――

 

 

 

 ――おい、あいつさっきまでとは違う女の子と歩いているぜ。

 

 ――まじかよ! しかも今度は二人でどっちもまた可愛いじゃんか。

 

 ――あのひと高等部の北郷君よね?

 

 ――なんでも、学園の女の子を毒牙にかけているとか。

 

 ――早坂君と同じで二大プレイボーイって噂よ。いやらしい! 【※春恋*乙女の主人公の事です】

 

 ――はぁ、はぁ、カズトたん。もえ。

 

 

 

 何か最後に電波のようなものが混じっていたような気がするが、概ねこんな感じである。

 

 幸いな事に姉二人は、露店に夢中で気づいていないというのが幸いというべきか。

 

 一刀は人知れず、溜息を吐くのであった。

 

「? カズ君。溜息を吐くと幸せが逃げるのなの」

 

 腕を組みながら歩いている沙和がキョトンとした表情を浮かべながら、露店で買ったリンゴ飴をペロペロとなめている姿を見て、「まあこれも役得なんだから仕方がないか」と考える一刀であった。

 

 そんなことを考えていると突如、一刀は背中にずっしりとした重みを感じる。

 

「カズぅ。姉ちゃんにもリンゴ飴こうてぇなぁ~~」

 

 甘えるような声でダレるように背中に張り付いてきたのは、長姉である真桜であった。

 

 本日の彼女の装いは、VネックのTシャツの上にフード付のジャケットを着込み、胸と腰部にある大きなポケットには工具類やゴーグル入れ、ロングのデニムにミリタリーブーツという格好である。

 

「わ! びっくりしたなの!」

 

「姉さん!」

 

 突然現れた姉に沙和が目をパチクリさせて驚きの表情を浮かべていたが、凪はさして驚いておらず落ち着いた様子で、おさげ髪の銀髪をなびかせる間に一刀へと張り付く真桜を文字通り引き剥がした。

 

「イタッ! イタイって! 凪ぃ~!」

 

「凪姉さん。真桜姉が痛がってるから」

 

 真桜の腕を容赦なく極める凪を一刀が宥める。

 

「凪のアンポンタン! 腕ぇ折れるかと思ったやんか!」

 

 瞳に涙を浮かばせながら真桜は、一刀の肩に捕まりサッと彼の後ろに隠れた状態で悪態を吐く。

 

「こんな場所で一刀に迷惑をかける真桜姉さんが悪い」

 

 凪の言葉に真桜のみならず沙和までもが、顔を引き攣らせた。

 

「どんだけ、一刀至上主義やねん!」

 

「沙和も凪ちゃんは明らかにブラコンの域を超えていると思うの~!」

 

 姉妹の言葉に凪は、二人は何を言っているんだ? と、可愛らしく首を傾げる。

 

「……アカン。わかっとたけど、重症や」

 

「凪ちゃんここでその表情は、反則だと思うの……」

 

 一刀はそんな姉達のやり取りを見ながら周囲がざわついているのを感じ、原因が自分であるにも関わらずに恥ずかしくなるのであった。

 

 

 

 

「お兄ちゃ~ん!」

 

 姉達を宥めて、どう矛先を収めようかと思考していた一刀に慣れ親しんだ声が届く。

 

「鈴々」

 

 顔を確認せずともそれが、妹分としてとても可愛がっている劉三姉妹の末っ子のものだと知ると一刀の顔に微笑が浮かぶ。

 

 屋台が立ち並ぶ学園の校庭を土煙をドドドドドと巻き上げながら爆走する聖フランチェスカ学園の制服を身につけた赤髪の少女こと鈴々は、兄として慕っている一刀との距離をあっという間に詰めて、彼の胸に向かってダイブを敢行する。

 

「よっと」

 

 いつものように胸に飛び込んできた小柄な鈴々を難なく手馴れた様子で優しく受け止める一刀。

 

「オッス! なのだ。お兄ちゃん」

 

「今日も元気だな鈴々」

 

 まるで向日葵が咲いたような元気な笑顔で見上げている鈴々を地に下ろしてから髪を少し乱暴にわしゃわしゃと撫でる。

 

「わきゃー」と声を出しながらも鈴々は嬉しそうに一刀のスキンシップを受け入れていた。

 

 そんな一刀達の許へ遅れて駆け寄ってくる影が二つ。

 

「これ鈴々! はしたないまねをするでない」

 

 艶やかな黒髪をサイドでポニーにした少女愛紗が、息も切らさずに軽やかな足取りで追い付く。

 

「はぁ、はぁ、はぁ~ もー鈴々ちゃんったらズルイよ! ひとりだけ一刀君と仲良くするなんて!」

 

 最後に息も絶え絶えに、聖フランチェスカ学園の制服の上からも確認できるたわわに実った胸をたゆんたゆんと揺らせてきた桃香。

 

 一刀の幼なじみである劉三姉妹の揃い踏みである。

 

「ツッコミどころはそこなんや」

 

「あははは、桃香お姉ちゃんだから仕方ないのだ」

 

 桃香の発言に真桜こそがツッコミを入れ、鈴々はある意味達観した言葉を呟き、両手を頭の後ろで組みながら「にゃはは」と笑う。

 

「愛紗お疲れ様」

 

 凪が眉を逆八の字にさせて鈴々を叱ろうとする愛紗を声を掛ける事で落ち着かせる。

 

「――失礼しました。今日は学園祭にわざわざ来ていただいてありがとうございます」

 

 愛紗が凪に敬意を表して頭をペコリと下げた。

 

 何かと暴走する事があるお互いの姉妹のブレーキ役の二人には何か通ずるものがあるのかこの二人結構、仲良しなのだ。

 

「愛紗ちゃんそれじゃあ他人行儀過ぎるよ」

 

「今日は楽しく遊ぶ為にフランチェスカに来たんだから堅いのは厳禁なの」

 

 こちらはこちらで何かとオシャレ談義や流行についてガールズ・トークをする事が多く仲の良い桃香と沙和。

 

「でも~一刀君。学園祭にお姉さん達ばっかりに構って幼なじみをほっとくのは、感心できないかな~」

 

 桃香は笑顔ながらも自己主張をし、一刀が自分達に誘いの声を掛けなかった事にちょっと不満げに抗議する。

 

 助けを求めようと愛紗に一刀は視線を向けるが、当の彼女も言葉には出さないものどこかしら批難するような瞳を彼に向けていた。

 

 視線を交わすだけで相手の意思を互いに読み取る事が何よりの信頼の証でもあるのだが、今の一刀にとってそれはかえってカウンターと化す。

 

「残念だったね~桃香ちゃん。カズ君は私達のほうが良いって事なの」

 

「そうなの? お兄ちゃん」

 

 キョトンとした表情しながら問いかけてくる無垢な鈴々に当事者達だけではなく、事の成り行きを見守っていた周りの野次馬の視線も集まり、一刀は針の筵にさらされた気分になった。

 

「――まあ、今は沙和ちゃん達に譲ってあげるよ」

 

 ヘビに睨まれたカエルのようにダラダラと冷や汗を掻いていた一刀は桃香のその発言を聞き、「え?」と間の抜けた表情を浮かべる。

 

「なんや、今日はアッサリと引くんやな桃香」

 

「ええ。こっちには秘策がありますので」

 

 つまらなそうな表情をする真桜に桃香はニッコリと笑顔で返す。

 

「秘策?」

 

 凪の問いに桃香は、一枚のプリントを見せる。そこには本日開催される『聖フランチェスカ学園主催 文化祭 ~プリンセスコンテスト~』とあり、大会の優勝者に贈られる副賞に『キャンプファイヤーのパートナーの指名権利』という文字に北郷三姉妹は気付いて、「あっ」と声を上げる。

 

 桃香は腕を組んでどこかしら勝ち誇った表情を浮かべた。

 

 そんな彼女を見て、一刀と愛紗は心の中で可愛らしさが前面に出ていてちっとも威圧感がないなと思ったりしている。

 

「この大会に私達三人が出場して、誰かが優勝をすれば一刀君を後夜祭のパートナーに指名出来ます!」

 

 桃香の宣言に周りの野次馬達からもどよめきがおこる。

 

「で、でもでも! 桃香ちゃん達がいくらカワイイって優勝できるとは限らないの~!」

 

 沙和の反論に桃香は口元をニヤリとさせる。

 

(――桃香さん悪役がさまにならないな)

 

(――姉上は、あれで自分は、かなり役にはまっていると思っているからタチが悪いんだ)

 

 一刀と愛紗は顔を寄せ合ってヒソヒソとそんな言葉を交し合っていた。

 

「まあそういうことなんで、沙和ちゃん達は後夜祭で一刀君と私達のラブラブ・ダンスを見ててね。さ、愛紗ちゃん、鈴々ちゃん行くよ」

 

 桃香はそのまま愛紗と鈴々を連れ立って行ってしまう。

 

「お兄ちゃん、またあとでねー」

 

「すみません。失礼します」

 

 妹達はそれぞれ一刀達に言葉をかけてから先に行く姉を追いかけるのであった。

 

「……どーゆことや」

 

「どういう事って言われても」

 

 真桜の批難を含んだ視線にタジタジとなる一刀。

 

「まずいの! カズ君と桃香ちゃん達か後夜祭でラブラブなの!」

 

「沙和落ち着いて」

 

「凪ちゃん! ラブ、ラブなの! 愛は地球を救うなの!」

 

 悔しがる沙和を凪が宥めるが、肝心の彼女は桃香に火を着けられたようでヒートアップしてゆく。

 

「こうなったら沙和達がコンテストに出て桃香ちゃん達の野望を阻止するの! カズ君は、沙和達の共有財産なの!」

 

「共有財産って……」

 

 沙和の意気込みに一刀は少し、引き気味になる。

 

「……しかし、沙和や真桜姉さんは兎も角、私はコンテストに出ても無駄なんじゃないか?」

 

 そんな凪の発言に皆信じられないといったふうに「はぁ?」と声を出す。

 

「本気で言ってるの凪ちゃん?」

 

「そんな事は無いと思うけど」

 

「凪。鏡でよー自分の顔見た方がええで」

 

 三者三様にそんな事は無いと言うが、凪は、頬に貼ってあるキズテープに指で触れながら萎縮して背を丸める。

 

 そこで三人は凪が事故で負った体中にあるキズを気にしている事に気付く。

 

「――凪ちゃん。コンテストに出るの」

 

 沙和は凪の手を両手で包み込んで真剣な眼差しでそう告げる。

 

「そやな。カズを劉三姉妹の手ぇから姉ちゃん達が守らなあかんし、ウチも協力するさかい」

 

 真桜も凪の肩にポンと手を置いて笑顔を彼女に向ける。

 

「……でも、私は」

 

 それでも躊躇する凪に沙和と真桜は一刀に視線を向けた。要は、「何とかしろ!」と言いたいらしい。

 

「――えっと、俺も凪姉さんの普段とは違う綺麗な姿を見たいな」

 

 一刀の言葉に凪は顔を上げて視線を彼へと向ける。

 

「じゃあ、そーゆことで決まったの!」

 

「ほな、エントリーしにいこか」

 

 凪が何かを言う前に強引に沙和と真桜がグイグイと引っ張って行く。

 

 沙和と真桜は一刀に「よくやった」と笑顔を送り、コンテストにエントリーするために向かうのであった。

 

 ひとり取り残された一刀は、微笑みを少し浮かべる。

 

 大好きな姉達がコンテストに参加する事になり正直、驚いてはいたが自慢の姉達の艶姿を想像したりして、何だかんだで楽しみなようであった。

 

「……ちょっと早いけど、華琳達の所へ戻ろうか」

 

 午後から予定されているプリンセス・コンテストの審査委員を生徒会長から頼まれている一刀。

 

 陽は丁度、頂点に差し掛かり校庭に出ている屋台にも学園祭を謳歌する人々の熱気で溢れている。

 

 そんな中を一刀は軽やかな足取りで進むのであった。

 

 

 

 聖フランチェスカ学園の体育館は人、人、人で溢れかえっていた。

 

 老若男女、生徒、父兄を問わず学園祭に参加している者達がこぞってこの会場に集まる。

 

 皆のお目当ては生徒会主催の『聖フランチェスカ学園主催 文化祭 ~プリンセスコンテスト~』であった。

 

 共学化した後もお嬢様学校として名高い当学園に於いて、このような催し物が開催されるとは誰も思わなかった。

 

 そして、以前そういった校風が根付き、裕福な家庭で育った婦女子が未だに当学園を選び、巷ではレベルの高い女の子達が通うといった話で持ちきりである。

 

 そういった環境の中で今回開催されるコンテストの注目度はあらゆる意味で期待度が高く、本年度学園祭の目玉となっていたのだ。

 

「あーテステス。マイクテストなのです。えーご来場の皆様、大変お待たせしました」

 

 体育館の舞台上に現れた風がマイクをポンポンと叩きながら集まった者達へ向けて声を掛ける。

 

 風の傍らに眼鏡を掛けた少年が続く。

 

「これより、聖フランチェスカ学園主催、第一回プリンセスコンテストを開催致します」

 

 少年こと一刀の悪友及川の気合いの入った言葉に会場に集まった人達からホール内に拍手喝采が巻き起こる。

 

 風と及川のコンテスト司会進行により、ライトが舞台上の隅の方へと動く。

 

 そこに用意された机には審査委員とあり、順に稟、華琳、一刀、紫苑、干吉の五人が座っていた。

 

「ではでは、当コンテストの審査委員の紹介ですよー」

 

「まずは、生徒会執行部より会計の郭嘉稟さんや!」

 

 及川の紹介に観客からパチパチと拍手があがり、稟は立ち上がってやや緊張気味に頭を下げた。

 

「続いて我等が、生徒会長の曹操華琳様っ!」

 

 今度は、「華琳様ー!」と男女の区別無く各々の思うままに声が上がる。

 

 華琳は、立ち上がって手を差し向けてその歓声を制した。

 

 こんなコンテストを考えた人物とは思えない程のカリスマ振りである。

 

「そして一般生徒からの参加。北郷一刀君や!」

 

 悪友の紹介に観客の拍手が続き、一刀は立ち上がり頭を下げた。

 

「知る人ぞ知る、聖フランチェスカ学園の年下キラーの異名にふさわしい審査振りを期待しましょうー」

 

 風の説明に観客からドッと笑いが巻き起こり、一刀はズッコケる。

 

「何をしているの貴男は」

 

 華琳に睨まれて、肩身狭くパイプ椅子に座り直す一刀であった。 

 

「続いては当学園が誇る保健室の癒しこと黄忠紫苑先生や」

 

 白衣姿の紫苑が笑顔で観客の拍手に応える彼女に「紫苑せんせー」と生徒達から声が上がった。それは彼女が生徒達から信頼をされている証である。

 

「審査員の最後のひとりは、当学園の生徒ながらライトノベルの作家としても活躍中の仙道干吉君!」

 

「作家と言ってもジャンルはボーイズ・ラブですけどねー」

 

 風のツッコミにも動じず、干吉は胡散臭い笑顔を観客に向けて拍手に応えていた。

 

「以上、こちらの五名がひとり持ち点が十点として当コンテストの審査をして頂きます」

 

「会場の皆さんからは選出された方に投票用紙をお渡ししていますので、投票へご協力をお願いするですよ」

 

 及川と風が後ろに下がり、ドラムロールが始まり、スポットライトが舞台上を交差する。

 

「それでは早速、いってみよかー! エントリーナンバー一番の大学部二年公孫賛白蓮先輩どうぞー!」

 

 ジャーンという音と共に登場したのは、白のワンピースにリボンの付いた帽子を手にしたポニーテール姿の女性であった。

 

 深窓のお嬢様という出で立ちに会場からどよめきが起こる。

 

「はいはーい。それじゃあ、インタビューですよ」

 

「えっと公孫賛先輩は、今回のコンテストに参加したきっかけが所属しているテニスサークルでの罰ゲームとのことですが」

 

「……まさか自分が負けるとは思わなかったんだほっといてくれよ」

 

 マイクを向けられた伯珪がどんよりとした幸が薄そうな雰囲気で話す。

 

「んー中々の不幸っぷりですが、どうでしょうか審査員長の華琳様」

 

「普通ね五点。私が控え室に用意させた数々の衣装からそれを選んだセンスも含めて普通。まあ、最初だから標準点としては最適じゃないかしら」

 

 風の問い掛けに華琳は自分の採点内容をばらして容赦なくコメント。

 

 ガクリと項垂れる白蓮であったが、華琳にとっての『普通』は結構、評価が高かったりする。

 

「ではではー傷心の先輩に北郷先輩から何か一言どうぞー」

 

「えっ! 俺?」

 

 風から突然、コメントを求められ自分を指さしながら困惑する一刀だが、審査委員である以上何かコメントしなければならない。

 

「……髪型がどうしても活発な印象を与えてしまいますから、髪を下ろしてみてはどうでしょうか?」

 

 一刀のこのコメントに華琳は「へぇ」と満足げな呟きを漏らし、紫苑は「よくできました」と言わんばかりに微笑む。

 

「おーさすがはスケコマシとして名高い北郷先輩のコメントは違いますねー」

 

「いやいや、アレ天然やさかい」

 

 風の言葉に及川のツッコミが入り、会場が笑いで沸くのであった。

 

「では、公孫賛先輩ありがとうございました。続きましてはエントリナンバー二番。大学部三年の華雄優希(ゆうき)さんです。どうぞ~!」 

 

 風の間伸びした声に続き、証明が消えて再びドラムロール開始。そして、ジャーンという音が鳴る。

 

 舞台の中央に現れたのは、短髪の空手着姿の女性であった。

 

 いや、美人ではあるのだが何故、空手着といった感じである。

 

「破アァァァー!」

 

 そして、観客の達の驚きが冷めない内に、パフォーマンスとして目の前に用意した十枚の瓦を手刀で一閃。

 

 見事にその全てを破壊し満足そうな笑顔を浮かべる華雄。

 

「……えっと、華雄さんはこのコンテストの主旨はわかっているのでしょうか?」

 

 静寂と化した観客に代わり、風がマイクを差し出して質問をする。

 

「うむ! この学園で最強の女は誰かを決める催し物だと聞いている」

 

「――郭嘉さんコメントをお願いするで」

 

「わ、私ですか? ……元気があっていいとおもいますよ」

 

 及川に話を振られた稟が、眼鏡のブリッジを押さえながら、どうとも取れる当たり障りのないコメントを述べる。

 

「……二点ね」

 

 横で不満げに呟く華琳に一刀は溜め息を吐くのであった。

 

「――何ィ! これは美少女コンテストだと!? 貴様ァ! どういうことだ!」

 

 どうやら風に説明を受けた事で現状を理解した華雄は、瓦を用意した空手部の後輩の襟を掴み持ち上げる。

 

「押忍! 部長の美しい姿を学園のみんなにも知って貰いたかったからです!」 

 

「修正!」

 

 バキッという音と共に顔を殴られ宙を舞う男子空手部員。

 

「――お前等も共犯か!」

 

「「「「押忍!」」」」 

 

 次々と殴られる男子空手部員。しかし、その表情は皆、嬉しそうにしていた。

 

 そんな大学空手部の即席コントに観客達は拍手を送る。

 

 これ美少女コンテストじゃね? というツッコミは今、ここに於いては野暮であった。 

 

 

「はーい。それじゃあ、次にいくですよー」

 

 その後は滞りもなく順調にコンテストは進んで行く。

 

「今度は、従姉妹でエントリーしてくれた高等部の美少女達や! エントリーナンバー八番、錦馬(にしきば)翠ちゃんと、同じく九番錦馬(にしきば)蒲公英ちゃんどうぞー!」

 

 そして、ついに一刀の知り合いが舞台に上がってくる順番となった。

 

 演出の後、舞台のスポットライトに当てられて登場したのは、一刀のクラスメイトにて友人である翠とその従姉妹である蒲公英であった。

 

 舞台に現れた二人の姿に会場がどよめく。

 

 何故なら、翠が黒を蒲公英が白を基調としたフリルの可愛らしい衣装。

 

 所謂、ゴシックロリータ。通称ゴスロリの衣装で登場したのである。

 

「なかなか思い切った選択ですね」

 

 干吉の言葉を聞きながら一刀はちょっとドキドキしていた。

 

 いつもは気安い友人で活発な翠が、髪をおろして恥ずかしそうにモジモジしているからである。

 

 友達が改めて女の子である事を思い知らされ、そのギャップに一刀の心は揺れていた。

 

「あらあら、一刀君。翠ちゃんに見惚れちゃって」

 

「し、紫苑先生ぃ! ――ってぇ!」

 

 紫苑に抗議しようと一刀は声を上げたが、誰かに足ギュッと踏まれ、一刀はその犯人である華琳を睨むが、当の彼女は「フンッ!」とソッポを向いたので、怒りの矛先がうやむやになるのであった。

 

 ちなみに華琳の機嫌が悪い理由が自分にある事に一刀は気付いていないのはお約束である。

 

「はいはーい。お姉さんの方は、ちょっと無理っぽいですから、蒲公英ちゃんに質問ですよ。どうして、このコンテストに参加したんでしょうか?」

 

 風に差し出されたマイクを蒲公英は受け取り、一刀の方にチラリと視線を向けた。

 

「?」

 

 一刀は、その視線が自分に向けられているものだとは分かったが、何を意味するものかが理解できなかった。

 

 そんなキョトンとしている一刀に蒲公英はニッコリと微笑んで、その後すぐに何か悪戯を思いついた子供のようなイイ笑顔を浮かべる。

 

「実は、お姉様と一緒に気になる先輩がいるんですけど、今日はその先輩に私達の魅力をアピールしようと頑張ってみましたー!」

 

 片手を元気よくあげてアピールする蒲公英に会場は一気にヒートアップし、女の子達からは「キャー」と歓声が上がった。

 

「ではでは~さっきからお顔を赤くしながら二人を見つめている北郷先輩にコメントを頂きましょう」

 

 風の提案に及川が一刀にマイクを渡した。

 

「……えっと、二人とも、すごく……似合っていて――」

 

 一刀のコメントに期待、不安、怒り、嫉妬、羨望、などの様々な感情が込められた視線が集まる。

 

 特に目の前の悪友は、ニヤニヤと笑っているのが一刀には非常に恨めしかった。

 

 だが、上目遣いに不安そうにしている翠と満面の笑みを浮かべている可愛い後輩である蒲公英の為に一刀は勇気を振り絞る。

 

「か、可愛いと思います」

 

 そう言って一刀は、マイクを及川に突き返す。その表情は茹蛸のように首まで真っ赤であった。

 

 隣りにいる華琳は先程までの感情を霧散させて、一刀の態度に新しい玩具を見出したとばかりにサドの女王様ばりに冷酷に微笑む。

 

 逆位置の紫苑は一刀の純な姿に母性本能がくすぐられたようで、どこかしら潤んだ瞳を一刀に向けていた。

 

 どっちにしろ一刀はとんでもないフラグを立てたようである。

 

 そして、当事者のひとりである翠は、一刀の言葉特に「可愛い」というフレーズを頭の中で何回もエコーさせてリフレインさせていた。

 

 目はグルグル回り、湯気が出そうなほどに紅潮した頬に、頭の中に反芻する言葉。

 

 翠はゴスロリ衣装姿で舞台の上でフラフラになり、ついには、ピューと沸騰する。

 

「△■○#×♪Ю!!」

 

 そして、訳のわからない言葉のようなものを残して舞台からすごい勢いで走り去った。

 

「お、お姉様!?」

 

 従姉の豹変振りにさすがの蒲公英も慌てて彼女を追いかけるのであった。

 

「罪作りな先輩ですね~」

 

 風の言葉に及川と稟と干吉の眼鏡トリオがその通りと言わんばかりにウンウンと頷くのであった。

 

 だが自分の発言により、恥ずかしさでどこか穴があったら入りたい気持ちになっていた一刀にその言葉は届く事はなかった――

 

 

「それじゃあ気を取り直して次、いってみよかー!」

 

 ノリノリな及川の言葉で照明が暗転し、ドラムロールが鳴り出す。

 

「ではでは、今度はなんと美人三姉妹の登場ですよー」

 

「エントリーナンバー十番北郷真桜さん、十一番北郷凪さん、十二番の北郷沙和さんの北郷三姉妹の入場や!」

 

 ジャーンという効果音と共に照明が明るくなり舞台の中央に一刀の姉達が現れる。

 

 観客は現れた三人の姿に魅入られたように感嘆の声が上がった。

 

 三人の出で立ちは色とりどりの艶やかな着物姿であった。

 

 しかも、華琳が用意した着物である。半端なく上物であり、着る者を選ぶ良い代物であったが、皆それを着こなしていたのである。

 

 真桜は赤を基調とした着物を身に付け、着物の上からでも分かる東洋人離れしたボディラインとのギャップが良く、凪は黄色の反物に灰色の蝶をあしらった明るい着物が彼女の三つ編みにした長い髪に合い恥ずかしそうに手にした扇で己の顔を隠す所がポイントが高い。そして、二人の着付けを担当した末妹の沙和は落ち着いた色合いの紺の着物を見事に着こなし、うなじを色っぽく魅せていた。

 

 三者三様の姉妹の艶姿に観客は見惚れたのであった。

 

「はーい。それでは、出場した経緯をお願いしますですよー」

 

 沙和が代表でマイクを受け取る。

 

 そして、彼女は息を大きく吸い込んで――

 

「桃香ちゃん達にカズ君は絶対! 渡さないのー!」

 

 沙和絶叫。

 

 せっかく、観客の心を魅了していたのに全てが台無しである。

 

 真桜は「はぁ」と溜息を吐き、凪はひたすら恥ずかしくなって萎縮するのであった。

 

「では、コメントを三姉妹の弟であるカズぴーに……」

 

「ノーコメント」

 

 及川の追撃を一刀は拒否する事でうやむやにする。

 

 会場の観客達から一斉に一刀に対するブーイングが飛び交う。

 

 それでも頑なに一刀はコメントをしなかった。

 

 彼の心情を汲み取った華琳が苦笑しながら代わりに三姉妹に褒め言葉を聞かせ、稟にもコメントを求める事でうやむやにしてくれた。

 

 さすがに姉達に観客の目の前で「綺麗」だと褒める勇気は一刀に無かったのである。

 

 そんな彼の心を読む華琳はやはり只者では無かった。

 

 

 

「では、次は北郷三姉妹にライバル宣言を受けたこちらも三姉妹でエントリーしてくれた聖フランチェスカ学園高等部所属、劉姉妹の登場ですよー」

 

「エントリーナンバー十三番、劉桃香先輩。十四番、劉愛紗ちゃん。十五番の劉鈴々ちゃんの登場や」

 

 今までと同じようにして演出が行われ、舞台の中央に三人のシルエットが映り、ジャーンという効果音と共に劉三姉妹の姿が現れた。

 

 その瞬間、会場全体が驚きの喧騒に包まれた。

 

 舞台上に現れた三人の姿。いや、鈴々が着ているウサギのモコモコした可愛らしい着ぐるみ姿は、兎も角として問題は、桃香と愛紗である。

 

 二人の格好は、ウサギはウサギでも黒と白のバニーガール姿で登場したのであった。

 

 学園内でも美人でスタイルも良いと誰もが評価する桃香と愛紗の姿に会場は熱気を通り過ぎ、狂気に包まれたのである。

 

 愛紗スキーの華琳でさえも思いもよらなかった彼女の姿にハァハァと危ない息をして、まるで全身を舐めまわすかの如く目で犯す。

 

 その姿は彼女が男であったら即、現行犯逮捕ものである。

 

 対する一刀は、幼なじみ二人の姿に複雑であった。

 

 小さな頃から仲良く遊んでいるだけに桃香の心内もある程度、読めていたのだがこれはいくら何でもやり過ぎだと彼女の突発的な行動を心配するのであった。

 

 そんな事を考えていた一刀に桃香の視線が重なる。

 

 逆に言えば、桃香も一刀の心内が読める立場にあった。

 

 会場が狂喜乱舞に包まれているのを良い事に審査委員の一刀の所までやってくると、笑顔で彼だけに聴こえるように耳打ちする。

 

「……一刀君が望むなら、私は何でもしてあげるよ? 今度、お家に遊びに来てくれたらもっとスゴイもの見せてあげよっか?」

 

 桃香の魔性の言葉に初心な一刀は机に頭を打つ形で轟沈。

 

 後からついてきた鈴々が堕ちた一刀を指で楽しそうにツンツンとしている。

 

 理性が切れた華琳がバニーガール姿の愛紗に飛びつこうとするのを裏方で真桜の設営した照明操作していた桂花が必死に止める姿を見た桃香は、一刀の態度に満足げな笑顔を浮かべてあわや操を奪われようとしている妹を助けるために、その場を離れるのであった。 

 

 そして会場が落ち着きを取り戻すのに結構な時間を要したのは想像に難しくないことであろう。

 

 

「では、本コンテスト最後の出場者ですよー」

 

 いまだ、先ほどの興奮が醒め止まないざわついた会場内で風の言葉がマイクに乗って響き渡った。

 

「エントリーナンバー十六番、董卓月ちゃんの入場やで」

 

 及川の宣言に照明が暗くなる。

 

 だが、今回はドラムロールの演出が無く、スポットライトが舞台の端の辺りを照らすのみで動かない。

 

 先ほどまでと違う演出に観客達が少しざわつきだす。

 

 そして、音楽が流れはじめた。

 

 曲は結婚式の披露宴でよく使われるBGMでメンデルスゾーンの結婚行進曲である。

 

 観客のざわめきと共にスポットライトに照らし出された純白のウェディングドレスを纏った少女がゆっくりとした足取りで舞台に現れた。

 

 恥ずかしさと緊張で真っ赤になりながらも少女こと月は舞台の中央へ辿り着く。

 

「よしっ!」

 

 観客席でコンテストを見ていた私服姿の千砂がガッツポーズをする。

 

 余談ではあるが、何故彼女がこのような反応をしたのかを説明すると、黎明館でアルバイトをしてくれている月からコンテストに参加したいと相談を持ちかけられたのだ。

 

 大人しい彼女が何故と考えたがその理由を聞き、「私に任せて」と承諾し、彼女にウェディングドレスを着せるという荒技をやってのけたのである。

 

「月ちゃんの健気な想いに気付きなさいよ」

 

 千砂は誰とは言わないがその視線は、舞台上の審査委員席へと向けられていた。

 

「いやーこの演出はすごいですねーさっそくですが、出場した理由を聞かせて下さい」

 

 月の姿に呑まれている観客達をよそに風は動じず、司会進行役を務める。

 

「えっと、その……このコンテストに参加したのは、もし優勝出来たら、副賞にある……」

 

「あーキャンプファイヤーのパートナーの指名権利のことですね。ようは、お誘いしたい殿方いるということですか?」

 

 風の問い掛けに月はゆっくりと頷く。

 

 観客が「おおっ~!」どよめいた。

 

 可愛らしい少女にここまでさせた男にも興味がわくのか、ざわめきもおこりだす。

 

「それでは生徒会長、コメントをお願いします」

 

 及川からマイクを受け取り、華琳が立ち上がる。

 

「ふふふ。さっきの桃香先輩や愛紗も良かったけれど、アナタも中々、素晴らしい逸材ね。楽しませて貰ったわ。コンテストの結果がどうなっても、その心はアナタの意中の男に通じるはずよ。頑張りなさいな」

 

 華琳のコメントに観客も同意するように拍手を送った。

 

「はい。董卓さんありがとうございました」

 

「これで全出場者が揃ったんで、審査委員と選出された方達による集計をとるから今少し待ってやー」

 

 及川の言葉により、コンテストは結果発表前の集計に移るのであった。

 

 

「マズイわね」

 

 華琳は腕を組みながら一言そう呟いた。

 

 それは、集計の結果である。

 

 様々な想いを秘めた少女達にコンテスト自体は大成功といっても過言ではない。だが、それ故に選考は困難を極めた。選出された一般投票も見事に票が割れて僅差になり、思いもよらない集計結果が出たのである。

 

 会場は結果発表を前にして観客達の喧騒に溢れていた。

 

「華琳様。これ以上時間を引き延ばすのは難しいかと思われます」

 

 稟の言葉に華琳は指を口元と顎に添えて「ふむ」と何かを思案しはじめた。

 

「いやいや、ここまで個性的な女性が集まると、この結果では納得できない人達もいるでしょう」

 

「そうね。みんな一所懸命に頑張っていたわね」

 

「しかし、どーしたもんや。郭嘉ちゃんの言う通り、観客をこれ以上抑えるのは無理やで」

 

 干吉の言葉に紫苑が同意を示し、及川は司会進行役としてこの場をいかにして切り抜けるかを考える。

 

「華琳どうする?」

 

 一刀の声に華琳が顔を上げた。

 

「ここは私に任せて」

 

 自信たっぷりに華琳は皆にそう告げ、舞台上へと戻っていく。

 

 彼女の後列には、コンテストの出場者の皆が一同に集まって並んでいる。

 

「はーい皆さん、お待たせしましたですよ。これから生徒会長よりお話があるそうですー」

 

 華琳は事態の収拾にあたっていた風に何かを告げ、彼女からマイクを受け取った。

 

「みんなに伝えなきゃ行けない事があるわ」

 

 華琳の言葉に皆、静かになり会場が静寂に包まれた。

 

「コンテストに参加してくれた人達は、みんな魅力的でこの聖フランチェスカ学園の文化祭に華を添える事が出来たのは事実。だけど、それ故に誰が一番という明確な結果が出なかったの」

 

 静かにしていた観客達がざわめきだす。それを見て、華琳はニヤリと微笑んだ。

 

「そこで、このコンテストで誰が一番かを証明するために追加審査を行おうと考えているわ」

 

 華琳の提案に観客達が賛成の意を示す声を上げる。

 

「そして、追加審査の項目は――」

 

 観客も後ろに並んでいる出場者達も息を呑んで華琳の言葉を待つ。

 

「――水着審査よ!」

 

 華琳がそう宣言した刹那、嵐のような喜びの歓声が会場内に巻き起こった。

 

 人々の歓喜に華琳は、生徒会長として満足そうな表情を浮かべる。

 

 だが、その話を聞いたコンテストの参加者であるひとりの少女が、一歩後ろへと下がる。

 

 それは着物姿の凪であった。

 

 彼女は自分の身体を抱えるようにガクガクと震え、表情も青ざめていた。

 

 そして、ついにはその場から走り出す。

 

「凪っ!」

 

「凪ちゃん!」

 

 傍にいた真桜と沙和が凪の逃走に気が付き彼女を追いかける。

 

 二人は姉妹であるが故に凪がどうしてこの場から逃げたのを誰よりも知っている為、その表情に焦りがあった。

 

 三人がその場から離れた事は幸いにも観客には気付かれていない。

 

 だが、桃香達劉三姉妹は、凪達がこの場から離れた事とその理由も理解していた。

 

「あーあ。これじゃあ、一刀君を後夜祭で貰っても嬉しくないよ……もーいいや」

 

 桃香は、もーやめたとばかりにそう呟いた。

 

「そうですね」

 

 愛紗も姉の言葉を肯定し、頷いた。

 

「むー決着は次に持ち越しなのだ!」

 

 鈴々も納得がいかないと可愛らしい顔に怒りを表していた。

 

 そして、二人のバニーさんと着ぐるみ少女が舞台から離れる。

 

 さすがにここに至って、事態の変化に気付きはじめる観客と華琳達審査委員。

 

「ちょ、ちょっと、どこに行くのよ!」

 

 マイクで呼び止める華琳に桃香は振り返る。

 

「私達、棄権しまーす」

 

「なっ、そんなの認められる筈は、ないでしょ! ――愛紗の水着姿を堪能できるいい機会なのに!」

 

 何か後半、自分の欲望が漏れている華琳は慌てるが、桃香達はそれを気にせず舞台から去っていった。

 

 こうなると会場は収拾が付かずに混乱しはじめた。

 

 一刀も審査委員として事態の収拾に努めていたが、姉達がこの場から去った事が気がかりで集中出来ないでいた。

 

「北郷。どうしたんです。何か、困った事でもあるのですか?」

 

 干吉の言葉に一刀は今、己が本当にすべき事に決意を固める。

 

「仙道。悪いけど俺、抜けるわ。華琳には持病のねんざで頭痛がするから帰ったとでも言っておいてくれ」

 

「無茶苦茶な理由ですが、友人の頼みとあらば喜んで……きっと、お姉さんも待っているはずですよ」

 

 干吉の思いがけない言葉に一刀は驚いたが、彼は苦笑を浮かべながら「さあ」と促す。

 

「ありがとう仙道。この借りは必ず」

 

「ええ、学食のAランチで手をうちますよ」

 

 干吉の言葉に頷いて一刀は、会場を後にするのであった。

 

 

 

 夕焼け空に染まる雲。

 

 学園祭の喧騒が遠く聞こえる。

 

 凪は、学園の校舎の屋上へと辿り着き、そこに座って俯いていた。

 

 借りている着物が汚れる事すら今の凪には余裕がなく、ただあの場から逃げ出した事を自戒していた。

 

 弟に、一刀に自分の着物姿を見て貰う事が出来、少々浮かれすぎていた事に凪は溜め息を吐く。

 

 そこに屋上の扉が開く音が聞こえ、彼女は身を硬くする。

 

「こんなところにおったんか」

 

「凪ちゃん心配したのー」

 

 だが現れたのは自分の姉妹達だった事に安堵する凪。

 

 沙和は半泣きの状態で凪に飛びつく。

 

「ごめんね。凪ちゃん。沙和がコンテストに参加しようって言わなきゃこんな事にならなかったの」

 

「ウチも悪ノリしすぎたわ。堪忍してや」

 

 真桜もバツ悪そうに頭をポリポリと掻いて凪に謝罪する。

 

「ううん。悪いのは私だよ」

 

 誰も原因には触れない。

 

 何故なら、口に出さずともわかっているから。

 

 姉妹の中で誰よりも真っ直ぐで純情な凪は、己が過去に事故で負った傷跡を気にしている。

 

 水着を着て肌を晒すというのは、それを否応無く見せる事につながるからだ。

 

 そうでもなくても、正常に見えるために眼帯で隠す訳にもいかない右目の傷跡を見て驚く人達がいるのだ。

 

 そういった他人の前で自分の肌を見せる事など凪にとっては自殺行為に近かった。

 

 いや、他の少女達と並び、異質な自分を弟に比較されるのが恐かったのだ。

 

 そんな凪の心情を真桜と沙和は理解している。

 

 二人の気遣いに凪は心から感謝するのであった。その思いを飛びついてきた沙和の髪を撫でる事で表した。

 

 再び、屋上の扉が開かれる。

 

 三人がそちらの方へ視線を向けるとそこにいたのは、肩で息をする一刀であった。 

 

 一刀は息を整えると三人の前にやってくる。

 

「捜したよ。まさか、屋上にいるとは思わなかった」

 

 額から流れる汗をそのままに一刀は笑顔を姉達に向けた。

 

「……ゴメン一刀。私のせいでコンテストを台無しにして」

 

「ううん、悪いのは沙和なの!」

 

「いいや、それを止めんかったウチにも非があるで」

 

 姉達の謝罪に一刀は首を横に振った。

 

「別にそれを咎める気でここに来た訳じゃないよ。姉さん達が心配になったから」

 

 一刀の言葉に三人は少し驚いたが、冷静に考えると弟はもともとそういう性格だと思い出す。

 

「それにあのまま水着審査に参加してくれなくてホッとしたよ……他の男達に姉さん達の水着姿を見られなくて良かった」

 

 この一刀の言葉に凪は、目を見開いて驚き、沙和と真桜は、ニヤニヤと笑い出した。

 

「そっかーカズ君。お姉ちゃん達の水着姿を見られるのがそんなに嫌だったんだ~」

 

「そかそか。でも安心し。そーゆことならウチらは一刀の前でしか肌をさらさんことにするわ」

 

 一刀にそれぞれ抱きついて最近、自分達よりも背丈が大きくなった一刀の顔を見上げながら微笑む沙和と真桜。

 

 いきなり姉達に抱きつかれて顔を真っ赤にさせる一刀。

 

「……一刀。それは、私に対しても同じことなのかな」

 

 その中で、凪は思い詰めた表情でそう問うた。

 

「……姉さんのきれいな肌を他の男達に見られるのはヤダ」

 

 一刀は少し拗ねた表情で凪に答えた。

 

 凪の表情がそれで和らいだ。

 

 真桜と沙和は「でかした」と言って一刀へのご褒美とばかりに己の身体をより密着させる。

 

 姉達とはいえ、異性に抱きつかれ男では感じる事の出来ない柔らかな身体の感触といい匂いに一刀はクラクラとしてしまうのであった。

 

 屋上にキャンプファイヤーの音楽がふと聞こえてきた。

 

「あーもう後夜祭が始まってるのー」

 

「今から行っても中途半端での参加になりそやな」

 

「……ごめん」

 

 沙和と真桜の言葉に凪がシュンとする。

 

 そんな姉達を見て一刀は微笑む。

 

「だったら、ここで踊ろうか」

 

 一刀の提案に皆、驚きつつも笑顔になる。

 

「四人だけのダンスパーティーなの!」

 

「それもええな」

 

「うん。そうしよう」

 

 音楽に合わせてまず、沙和が一番手として一刀とフォークダンスを始める。

 

「ねぇねぇカズ君。今日は楽しかった?」

 

 踊りながらそうたずねる姉に一刀は頷く。

 

「うん。とっても楽しかったよ」

 

「じゃあ、じゃあ、聞くけど、お姉ちゃん達の着物姿と桃香ちゃん達のバニーさんカズ君はどっちが良かった?」

 

「――ノーコメントで」

 

 どっちにころんでも酷い目に遭う事を本能で悟った一刀はそう答え、沙和が不満そうな表情を浮かべる。

 

「でも、お姉ちゃん達の着物姿はとてもきれいだよ……まだドキドキしてるし」

 

 一刀の思いがけない言葉と照れた顔に沙和は満足するのであった。

 

 音楽が一巡して今度は踊り手が真桜に替わる。

 

「姉ちゃんはうれしいで。カズもいっちょまえにこうして女性をエスコートできるようになったと思うと」

 

「まあ、色々と真桜姉には鍛えて貰っているからね」

 

 真桜の言葉に一刀は苦笑しながら返す。

 

「そかそか。でも、今日のコンテストを見る限りまだまだ乙女の心には疎い所があるようやから、これからも精進するんやで」

 

「了解。真桜姉の期待に応えるよう頑張るよ」

 

「ん。イイコや」

 

 音楽が一巡する前に真桜は、一刀の身体にちょっと強めに抱きつく。

 

「――今日のカズに対する姉ちゃんからのご褒美やで。堪能できたか?」

 

 真桜の大きくたわわに実った胸の感触に初心な一刀は真っ赤になってコクコクと頷くしかなかった。

 

 沙和が真桜の抜け駆けに気付き、戻ってきた彼女に批難を浴びせているが、当の本人は慣れた感じで聞き流している。

 

 そして、最後の踊り手である凪の手を一刀は優しく取る。

 

 二人とも静かに音楽に合わせてダンスを踊っていたが、やがて凪が口を開いた。

 

「……一刀」

 

「ん?」

 

「今日、色々と見て桃香や愛紗、鈴々の他にも一刀にたくさんのガールフレンドがいる事がわかったけど……」

 

 そこで凪は口をつぐんでしまう。だが、少しの間をおいて決心したように再び喋り出した。

 

「――誰かとお付き合いする気はあるのか? その……一刀もそういった恋愛をする年頃になった訳だし」

 

 凪の言葉に一刀は驚きを感じていたが、姉が「自分達の事はいいから自分の幸せを考えろ」と考えているのが何となくわかりそんな心優しい彼女に微笑みを浮かべる。

 

「そうだね。これから先の事はわかんないけど、今は――姉さん達でいっぱいいっぱいかな」

 

「え?」

 

 凪が、ダンスを止めて思わず一刀の顔を見上げた。

 

「だって、こんな素敵なお姉ちゃん達に囲まれて過ごしているんだ。他の女の子達に浮気できないでしょ?」

 

 一刀の少しおどけた言葉に凪はそれでも微笑みを浮かべる。

 

「……そうか。それじゃあ仕方がないな」

 

 二人のやりとりを聞き、沙和と真桜は素直じゃない凪にニヤニヤといやらしい笑みを向ける。本当は嬉しいくせにと。

 

 そして、音楽も終わりに近付いて手を取り合った一刀と凪が離れようとしたその瞬間――

 

 

 

 

『いたァ! 屋上に北郷一刀とその姉達を発見しました!』

 

 音楽を遮る形で桂花の声がスピーカに乗って届いた。

 

 そして、屋上の扉が強くバタンと開かれる。 

 

 美しい顔立ちに怒りの表情を携えた華琳を先頭に制服に着替えた劉三姉妹に翠と蒲公英それに続いて申し訳なさそうにしている稟と紫苑。

 

 何故か、ここに居る左慈が続きおもしろそうにしている半ば野次馬状態の風と及川が笑っている。

 

 そして最後に一刀に「すみません止められませんでした」と言葉とは対称にイイ笑顔を浮かべていた。

 

「ど、どうしたの?」

 

 一刀の言葉に華琳が吠えた。

 

「どうしたの? じゃ、ないわよこの馬鹿! 審査員の仕事を抜け出した上に副賞の景品が逃げるなんてコンテストが台無しじゃないの!」

 

「は?」

 

 一刀が華琳の言っている事が理解できずに首を傾げる。

 

「もー一刀君たら、あんな可愛い娘を虜にするなんて、お姉ちゃんは怒ってるんだよ」

 

 リスのように頬を膨らませてプンプンと怒っている桃香。

 

「しかも、このような所で凪さん達とあ、逢い引きとは……一刀! そこになおれ!」

 

 何故か薙刀を手にしている愛紗に凄まれる。

 

「にゃははは。でも、お兄ちゃんが優しくてカッコイイてことでしょ? なら、仕方がないと鈴々は思うのだ」

 

 脳天気に鈴々が笑っている。けど、姉達を止める様子は無い。

 

「か、一刀、お前あたしにあ、あんな恥ずかしい格好をさせておいて自分は逃げるなんて男の風上にもおけないぞ!」

 

「……本当は副賞の件がうやむやになってホッとしていたくせにお姉様は素直じゃないんだから」

 

「たんぽぽ!」

 

 頬を紅潮させながら一刀を批難する翠に呆れた様子でツッコミをいれる蒲公英。

 

「ごめんなさいね。みんなを止める事ができなくて」

 

「申し訳ありません」

 

 紫苑と稟が謝罪をする。

 

「北郷、キサマ! これはどういう事だ!」

 

 一刀の行動に何故か非常にご立腹している様子の左慈。

 

「いやぁ~かずぴーモテモテやなぁ。羨ましいで」

 

「そうですねーいずれその中に風も先輩の毒牙にかかってハーレムに加わると思うとドキドキです」

 

 茶化す悪友及川にトンデモ発言をかましている風。

 

「まあ、これで北郷を確保する事は出来ましたからコンテストの体裁は守られるでしょう」

 

 一刀に味方していたはずの干吉が掌を返したように逆の立場につきウンウンと頷いていた。

 

『これを持ちまして聖フランチェスカ学園の文化祭を終了します。ご来賓の皆様お疲れ様でした――』

 

 フォークダンスの音楽が止み放送部からのアナウンスが響き渡る。

 

 だが、屋上で続いている喧騒は未だ止みそうにもない。

 

 こうして今回の聖フランチェスカ学園の文化祭は終わるのであった――

 

 

 

おまけ その一 花嫁姿の少女が望むもの

 

 

 

 話は前後するが、一刀達が去った後、プリンセスコンテストがどうなったのかを少しだけ。

 

 華琳の提案した水着審査は六人の棄権により有耶無耶とされたが、混沌と化した観客を静めるために救済処置として観客全員の票決採るという事で騒ぎは何とか収まった。

 

 その結果、優勝したのはウェディングドレスで男女問わず観客を魅了した月が選ばれたのである。

 

 次席は、ゴシックロリーターで勝負を賭けた翠であったが、蒲公英と票を割る形となってしまった。

 

 観客達の拍手の中、聖フランチェスカ学園初のプリンセスコンテストで優勝という栄誉を得た月は表彰をガチガチに緊張した様子で受ける。

 

 トロフィーと共に賞品が授与され、副賞のダンスパートナー指名権利と書かれた副賞を手にすると月の顔に喜びの表情が浮かんだ。

 

「ではでは、董卓さん。早速ですが、副賞のダンスパートナーは誰にしますかー?」

 

 風にマイクを差し出され、月は「えっ!?」と驚く。まさか、この場で言わなければならないとは思わなかったからである。

 

 へぅっと困っていた月の視線に観客席で応援してくれている千砂の姿が映った。よく見ると彼女の足元には、ロープでぐるぐるに巻かれて口も布で縛られたミノムシ状態にされている親友詠の姿もあった。

 

 さらに先程、授与式でトロフィーと賞品の授与をしてくれた華琳の視線に気付く。

 

 応援してくれた人達のためにも(彼女の中では詠もそれに含まれている)月は勇気を振り絞り、マイクに向かって口を開いた。

 

「わ、私は――ダンスパートナーにこ、高等部二年の……ほ、北郷先輩を指名します!」

 

 ――言った。少女は言い切った。

 

 普段、大人しい分その心に秘めたものを表に出す強さは誰に劣るものでもない。

 

 観客席は狂喜乱舞に包まれる。千砂の足元に転がっている詠がだけが泣いていた。

 

「しかし、困ったわね」

 

「え?」

 

 だが、華琳が月の告白に水をさす。

 

「いえ、まあ一刀を指名するのはいいんだけど彼、さっきの騒動で行方をくらませてここにいないのよ」

 

「へぅ~」

 

 華琳の言葉に月は瞳に涙を潤ませてへこむ。

 

 ――こんな可憐な少女を泣かせるとは北郷一刀許すまじ。

 

 それがこの場に居た者達の共通の思いであった。

 

 そこからは華琳の指示が飛ぶ。

 

 行方をくらませた一刀を確保するために、風紀委員の生徒達を動員し、自ら陣頭指揮を執る。

 

 その際、学園祭に戻って屋台を巡っていた一刀の幼なじみである劉三姉妹に協力を仰ぎ、聖フランチェスカ学園での捜索が始まったのである。

 

 これが屋上での出来事に繋がるのであった。

 

 で、問題の月に対する副賞の件だが当人は、姉達と屋上でダンスをしていたという事が発覚し、後日、彼女に一日付き合うという形で事なきを得た。

 

 心の底から喜ぶ月を目の前にして鈍感な一刀は「俺でいいのかな?」と相も変わらず朴念仁ぶりを発揮していたが、彼を想う少女達は手ごわいライバルが増えたと警戒を強めるのであった。

 

 後日、休日にデートという形で月と一刀は一緒に遊ぶ事になったのだが、そこになぜか詠もくっついてきた。

 

 本人曰く、監視役ということらしい。殺気をぶつけてくる詠に一刀は困り果てていたが、それでも月は嬉しそうに三人で休日を楽しく過ごしたのである。

 

 これがきっかけとなって千砂の協力もあり、一刀は月と詠の二人と友人となっていくのだが、それはまた別のお話である。

 

 

おまけ その二 一刀の妹ナンバーワンは誰?

 

 

 

 

 文化祭の余韻も過ぎ、通常の学園生活に戻った聖フランチェスカ学園。今日も午前の授業が終了を告げるチャイムが生徒に一時の休息をもたらす。

 

 一刀は、学食でパンを購入し、先に校庭のベンチで待っている及川達の下へと移動していたが、階段を下りる手前で顔見知りと出会う。

 

「か、一刀先輩!」

 

「……こんにちわ」

 

 後輩の朱里と雛里の料理部コンビである。朱里は勢いあまった挨拶を雛里は朱里の後ろで半ば隠れながらも一刀に挨拶をする。

 

「よっ、二人とも」

 

 妹分のように可愛がっている二人に一刀は笑顔で挨拶を返した。

 

「あ、あの昨日、部活で雛里ちゃんとチーズケーキを作ったんですけど、先輩よかったら貰ってくれませんか?」

 

「……貰ってくださいませんか?」

 

 朱里と雛里はじっと一刀の瞳を真剣なまなざしで見上げている。

 

「貰っていいの? 嬉しいなぁ」

 

 一刀の言葉に二人は顔を見合わせ、明るい笑顔を浮かべた。

 

 そして、朱里は手にしていたケーキの入った箱を一刀に向かって差し出す。

 

「あ、あの先輩、それとですね……」

 

「一刀せんぱーい」

 

 箱を渡し、朱里が何かを言いかけたその時、さえぎるように一刀を呼ぶ声が届いた。

 

 一刀達がそちらに目を向けると、こっちに向かって走る明命とそれに引っ張られるようにしてもうひとりの女の子が続くのが見えた。

 

「明命、わ、私がお邪魔しちゃ迷惑ですよ」

 

「そんな事ないですよ。ちゃんとお願いすれば一刀先輩はわかってくれますよ」

 

 片眼鏡(モノクル)をした少女こと亜莎が慌てた様子で親友である明命を止めようとするが、何故か上機嫌な彼女に聞き入れて貰えなかった。

 

「で、でも……」

 

「? 亜莎も一刀先輩と遊びたいって言ってじゃないですか」

 

「み、明命!」

 

 明命が口に出した言葉に亜莎は、頬を真っ赤に染めてあうあうと困り始めた。

 

「こんにちわ明命、亜莎」

 

 傍にやってきた後輩に一刀は挨拶をする。

 

「はい。こんにちわです先輩」

 

「あ、あの、こんにちわ……」

 

 笑顔の明命と恥ずかしそうに顔を俯かせながらも挨拶を一刀に返す亜莎。

 

 この恥ずかしそうにしている亜莎も蓮華つながりの紹介で知己を得た一刀の後輩であった。

 

 一緒にやってきた明命とは性格が動と静で対極にあるが、それ故に惹かれあいとても仲が良い間柄である。

 

「で、一刀先輩にお声を掛けた理由なんですが……」

 

「……うん」

 

 明命の言葉に歯切れの悪い返事をしている一刀は、後ろから突き刺さる朱里の不満そうな嫉妬の含んだ視線と雛里からは哀しみと羨望が含まれた視線を向けられて背中に冷や汗を感じていた。

 

 ちなみに一刀は何故、二人からそのような視線を向けられている本当の理由はわかっていない。

 

「今度の日曜日私と亜莎をこのニャンニャン・キングダムに連れて行ってくれませんか?」

 

 太陽のように明るい笑顔でお願いをする明命。

 

 先だって文化祭にて窮地を救ってくれた恩がある彼女のお願いを一刀は断れる事など出来ようもない。

 

「えっと……」

 

 朱里と雛里の視線を感じながらどう答えたものかと考えているとそこにもう一組の少女達がやって来た。

 

「兄様」  

 

「兄ちゃーん」

 

 流琉と季衣の仲良しタッグである。

 

 季衣が走りこんできて一刀の腰に抱きつくようにタックルをかます。

 

「ああ~!」

 

「っ!」

 

「はわわっ!」

 

「あわわ~」

 

「こ、こら季衣! 兄様に迷惑かけちゃだめだよ!」

 

「えーそんなことないよ。ねー兄ちゃん?」

 

「ん? ああ、まあケガしないように気をつけるんだぞ」

 

 季衣を腰からはがして着地させる一刀。

 

「ところで二人も何か俺に用事があるのか?」

 

「あっ、はい。あの今日は張り切ってお弁当をいっぱい作ちゃいまして、兄様におすそ分けに来たんです」

 

 そう言って流琉は巾着に包んだ弁当箱を一刀に差し出す。

 

 朱里と雛里からはチーズケーキを貰い、明命と亜莎からは休日に遊ぶお誘い、そして流琉からお弁当の差し入れ。

 

 さすがに鈍い一刀もこの展開は本能がマズイと警鐘を鳴らしていた。

 

 そして、その予想通り少女達の間で稲妻が奔る。

 

「さ、最初に一刀先輩をお誘いしたのは私達ですよっ!」

 

 朱里が一刀の手を取って交渉権を主張する。

 

 雛里も黙っているがコクコクと頷き、一刀の服の袖を掴んでいた。

 

「えーでも、私は先輩に文化祭でお世話になったお礼にお願いを聞いてくれるって約束しました!」

 

「それに、最初に声を掛けたからと言って先輩をその、独占するのは良くないです」

 

 明命が、文化祭で一刀を救った借りを持ち出し、亜莎も朱里の言葉を咎める。

 

「そうだ、そうだ! おーぼーだぞ!」

 

「兄様が困っているじゃないですか!」

 

 今度は、朱里達の反対側の腕を季衣と流琉は引っ張った。

 

「イ! イタタタッ!」

 

 その様子はさながら大岡裁きのような展開になる。 

 

 ふと、一刀の視線にこの騒ぎを聞きつけていつの間にか集まった生徒達の中に干吉と及川の姿を見つけ、思わず助けてくれとアイコンタクトを送った。

 

 メガネブラザーズはとても言い笑顔で「やなこった」と親指を下に向け、それだけに留まらず懐からデジカメを出して、容赦なく一刀達を激写する。

 

「ちょ! お前等――「「「「一刀先輩!」」」」 「「兄様(ちゃん)!」」――」

 

 だが止める事も叶わず、少女達に迫られてタジタジになる一刀であった。

 

 後日、学園新聞のゴシップ記事としてこの事は掲載される。

 

 タイトルは『聖フランチェスカ杯 北郷一刀の一番の妹は誰だ! 選手権』 こうして一刀はまた伝説をひとつ作るのであった。

 

 

 

 後日、新聞が学園の掲示板に張り出され、クラスの女子達から批難の眼差しを受けていた一刀とそれを見守っていた華佗の許に及川、左慈、干吉が訪れる。

 

「ま、身から出たサビというやつだから、この機会に普段の自分を反省する事だな」

 

 椅子に足を組んで座りながらクックックッと笑う左慈。

 

「しかし、一刀。仲の良い後輩がまた増えたようだな」

 

 華佗は一刀の為に机の上で胃の処方箋を用意しながらそう呟いた。

 

「この前の六人にプラスして、劉三姉妹の鈴々ちゃんに紫苑先生の娘である璃々ちゃん、小蓮ちゃん、音々音ちゃん、蒲公英ちゃん、生徒会ところの風ちゃんとも仲がええしな……おおっかずぴーの妹が一ダース!?」

 

 「なんやて!?」と叫びながら驚く及川。

 

「及川君。それだけでは足りませんよ。文化祭のコンテストで優勝した董卓さんも数に入るでしょう」

 

 的確な干吉のリサーチに一刀は机の上に頭から倒れる。

 

「お前の見境のなさは最早、病気だな」

 

「ふむシスターコンプレックスというヤツか? さすがに心の病は専門外だな……」

 

 左慈と華佗の言葉が一刀の胸に止めとばかりに突き刺さるのであった。

 

 

おまけ その三 お姉ちゃんズの嫉妬

 

 

 

 文化祭が終わって以来、何かとドタバタしている一刀にとって実家でまったり過ごす事が一番の安らぎとなっている。

 

 今日はこれといった予定もなく、休日を家の中で過ごす。

 

 リビングでソファーにもたれながら真桜が借りてきたDVDを凪と共に三人で観賞していたのだがその最中、街に友達と遊びにでかけていたはずの沙和が急に帰ってきて、ドカドカと音を立てながらこちらへと向かってくる。

 

 そしてリビングの扉をバン! と強く開けるとズカズカと三人のいるソファーの前までやってきた。

 

「お帰り沙和。何かあったの?」

 

 暴走することもあるけど普段、温厚な沙和がここまで怒るというのはただごとじゃないと判断した凪がソファーからゆっくりと立ち上がり優しい口調で尋ねた。

 

「何かあったのじゃないの! これを見てなの!」

 

 沙和は怒った表情で手にしていた一冊の雑誌の開いているページを勢いに乗って差し出す。

 

「なんや急に。えーと、人気急上昇のアイドル数え役萬☆しすたぁずの天和ちゃんに年下の恋人発覚!?」

 

 真桜の読み上げる記事に一刀はギクッと身体を震わせる。何かこのままここにいるとヤバイと察知し、そっと立ち上がろうとするが、凪に腕をしっかりと捕まれ再びソファーに腰をおろす。

 

 そこには、白黒の写真だが天和が聖フランチェスカ学園の制服を着た男子生徒と腕を組んで学園祭を楽しんでいる写真が数点掲載されていた。

 

 男子生徒のプライバシーを考慮してか正面から顔を映した写真は載っていないが、一刀の姉達にはその男子生徒が誰だかすぐに理解できた。

 

「お友達と楽しくお茶して時にこの雑誌の話になって読ませて貰ってビックリしたの!」

 

 沙和が帰ってきた理由は、この雑誌に載っている男子生徒が『一刀』であると判断した事に他ならない。

 

「どうゆうことやカズ?」

 

 真桜が冷たい視線を一刀に向けて問い質す。

 

「お姉ちゃん達に黙って、アイドルといちゃいちゃしていたなんて信じられないの!」

 

 沙和の一刀を批難する声がリビングに木霊した。

 

「え、えっと、何というかその――」

 

 一刀はキスできる距離まで顔を近づけてきた真桜と沙和をどう宥めようかと思案していたその矢先、机に置いていた彼の携帯電話にメールの着信を告げるメロディが流れた。

 

 凪は、背面にあるディスプレイに表示されている『天和さん』という文字に思わず、携帯を手に取る。

 

 普段は一刀のプライバシーに干渉する事など無いが、状況が状況だけに凪は折りたたんでいる携帯電話を開きメールをチェックする。

 

 メールに何が書かれているかは、真桜と沙和に囲まれている一刀に確認する事は出来ない。

 

 だが、凪の表情に明らかに怒りの感情が見えたその瞬間、彼女は一刀の携帯電話を両手で握り雑巾を絞るように捻って、三秒足らずで鉄クズにしてのけた。

 

 一刀は壊された自分の携帯がそう遠くない自分の未来を映し出しているように感じ恐怖に怯える。

 

 そして、それは現実となる。

 

 

 

「「「カズト――!」」」

 

「ご、ごめんなさぁ――い!」

 

 嫉妬という名の猛獣と化した姉達に一刀はあっけなく囚われの身となる。

 

 凪と沙和に身体を抑え付けられ、四つんばいにされ真桜が後ろに回り、お子様にはとても言えない大人のオモチャを取り出す。

 

「ま、真桜姉! いくらなんでもそれはマズイってば!」

 

 言葉を無視して真桜は手にしたその棒状のオモチャを一刀のお尻に向かって――

 

「アッ――!」

 

 一刀の牡丹の花がポトリと枝から落ちるのであった。

 

 

おまけ その四 やっぱり最後は……

 

 

 

「へぇ。それは災難だったね一刀君」

 

「一刀が悪いんだから凪さん達に非は無いと思う」

 

 ここは、浅草に店を構える劉三姉妹の実家である中華料理店の店内である。

 

 カウンター席でシクシクと乙女のように泣いている一刀を慰める白いチャイナ服を身に着けた桃香と厨房で中華鍋をふるってチャーハンを作る緑のチャイナ服姿の愛紗。

 

 そして一刀の横では、大きなラーメンドンブリに賄いのチャーハンを山のように盛りつけた赤いチャイナ服を着た鈴々がレンゲを手にカチャカチャと音を立てながらチャーハンを凄い勢いで食べている。

 

 店じまいをした店舗に一刀が逃げ込んできた時は驚いたが、理由を聞き桃香は苦笑し、愛紗は一刀のだらしなさを批難し、呆れるのであった。

 

 桃香は、口では何だかんだと言いながら一刀のために頑張ってチャーハンを作っいる妹の素直じゃない性格にニコニコと微笑む。

 

 ついでに後ろ手でそっと胃腸薬の用意も忘れない。

 

「……俺、もうお婿に行けない」

 

 経緯を聞いた後という事もあり一刀の言葉に桃香は再び、苦笑するしかなかった。 

 

「ごちそうさまなのだ」

 

 どうやって一刀を慰めてあげようかと思案していた桃香をよそに鈴々はマイペースでチャーハンを食べ終えてレンゲをドンブリの中に放り込む。

 

 そして横でめそめそしている一刀に向き直り、ポンと優しく彼の肩を叩く鈴々。

 

「……鈴々?」

 

「お兄ちゃん心配することないのだ。お兄ちゃんがどんなになっても鈴々がちゃんとおムコさんに貰ってあげるからもう泣いちゃだめなのだ」

 

 向日葵が咲いたような笑顔で鈴々は一刀に心配しないでいいと告げる。

 

 鈴々のゴーイング・マイウエィな言葉に桃香と愛紗が古典的にズッコけた。

 

 だが一刀は瞳に涙を滲ませる。それは悲しみではなく嬉しさから出たものだった。

 

「……鈴々」

 

「……お兄ちゃん」

 

 じっと見つめ合う二人。

 

「鈴々っ!」

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 そして感極まって熱く強くガバッっとハグする一刀と鈴々。

 

「りんりーん!」

 

「おにいーちゃーん!」

 

 ――どうにかしてくれこの兄妹。

 

 抱きしめ合う一刀と鈴々を見ながら、桃香は思う。

 

 (ひょっとして一番手強いのは、一刀君のお姉さん達でも華琳ちゃんでも愛紗ちゃんでもなくて、鈴々ちゃんなのかなぁ?)

 

 でも、それはそれで鈴々を起点として三人で一刀を囲ってしまえばいい。と、そんな風に今後の戦略を考えるちょっと腹黒い桃香お姉ちゃんであったとさ。

 

 

 

 

終劇

 


 
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