カルノの足下から湧きだした光の帯は、一瞬にして円を描く。それは魔方円。魔法の構成を図式にすることで、自身の幽星体(アストラル)が負うべき魔法構成の負荷を軽減する魔法媒体。それを自らの魔力を用いて描き出す。
魔力によって即席で魔法円を作り出すという複雑な魔法過程をカルノは、ほんの一間で済ませてしまう。それも彼が『四重星(カルテット)』の実力者ということを表す証拠。幽星気(エーテル)の光変換により作り上げられた魔法円は、術者の魔法制御を補助するために、輝きを一層増していく。そして、カルノのするりと伸びた腕が掲げられる。日が完全に沈み暗闇に落ちた空を指差す彼の姿は神聖な情緒すら感じさせる。
その指が指す空に、何かが生まれ出る。エディの『霊視』には、その何かの正体がはっきり視える。水だ。カルノの魔力に操られた水球が空に浮いているのが確かに視えた。大きい。先程放った『水撃』で使った水量などよりも遙かに大量の水が浮いている。その水球はまだまだ大きく恰幅を増していく。
その水は一体どこから湧き出しているのか。錬金術過程を経て、空気中から作り出しているにしては多量過ぎる。その水の出自は、エディの『霊視』でも読み切れない。
〔あれは召還魔法じゃよ。どこぞの貯水池から水を召還しておるだけじゃ。魔法円による召還。あやつの得意魔法じゃろ〕
エディの心中の声を聞いたのであろう。ユーシーズも空を見上げて言い添えた。
闇夜の空に浮かぶ透明な水だというのに、ローズも当然のように宙に浮く巨大水球に気付いていた。彼女の顔を硬く、その白い歯が露わに見えた。
〔くっくっくっく。あの二人、さすがよの。カルノが注意を引き、『白いの』が足止めをする。そして、宙より落とす決めの一撃。上下に振り分ける連携かえ。これはなかなか見物よの。未だにあのジェルとやらは、あやつを地に引きずり込もうとしておる。上と下、どちらを防ぐかの二択かえ〕
打ち合わせたのではないだろうに、効果的な連携をして見せた『四重星(カルテット)』の二人。阿吽(あうん)の呼吸がローズに牙を剥いた。これが学園上位四人という、エディには望んでも手に入らない高みの魔道。
エディは舌を巻くばかりの魔法施行だというのに、ローズは苦々しい表情はするが、未だに慌てた様子はない。
カルノの水球は遂に臨界を迎える。宙で維持できる限界まで張り詰めた巨大水球。エディでもわかる。その天より落ちてくる大水がどれほど凶悪か。
ユーシーズの言う通りなら、その水はカルノが召還した正真正銘、単なる水だ。魔法で仮初めの現体を得た魔法でもなければ、カルノの魔力で操られているわけでもない。ただただ、空から落下する激流。それが頭上から。そう考えただけでエディは身震いする。
(あんなの、止めれないじゃない!)
〔避けるにしても、足下は泥の海じゃ。それに『沈む』のを禁じてしまっては、地を蹴ることも出来ん。体を沈めんで跳躍など出来んからの〕
ユーシーズの見立てが正しいのか、ジェルの魔法の効果なのか、『禁呪』で地に引き込まれることから逃れたはずのローズだが、宙にある大水から逃れようとする行動が取れていない。
〈我は解放すっ!〉
カルノの呪言(スペル)。建物一つ丸々飲み込んでも足りないという巨大水球が、ローズの頭上で弾け落ちた。
「ローズ!」
エディの声虚しく。カルノの召還した水は、為す術なく立ち尽くすローズを飲み込む。まだ少女といってよい小柄な体は激流に飲み込まれ、かき消えた。
水が地を叩く轟音。そのあまりの爆音に耳が痛い。水の自由落下というのは、それほどのに威力あるものとは思いもしない。文字通り滝と化した水流は、一滴残らず大地を穿ち続ける。
「そんな……。ローズ……」
エディの声色は弱々しかった。
「避けなかった、のですか?」
水球の逆落としが、そこまで効くとは、自身でも半信半疑なのか。カルノの言葉は曇っていた。語尾に疑問の色が残っているのは、地面に叩き付けられた水が、水しぶきを上げて辺りに薄霧を作ってしまった所為だろう。
「いえ、わたくしの『土門開開』が引きずり込んだ手応えがありましたわ」
「それじゃあ、ローズは!」
「地中で押し潰されていますわ。ブリテンの『魔術師の弟子(マーリンサイド)』でもあっけないものです。ただ、二人掛かりでないと劣勢だとは、わたくし達も修練が足りませんわ」
と、ジェルの肩から力が抜ける。手こずりはしたが、自らの魔法が通じたことに安堵した様子だ。
(ローズ。あなたは本当に私の敵だったの……)
意気消沈するエディは、普段から親しみ深い森の無残な姿に後ろめたい気持ちを感じた。この魔法戦で、辺りの風景は一片していた。薙ぎ倒された木々は一部が燃えて灰となり、大地は泥の池と化す。そして、宙から落ちた水は鉄砲水となって四方に濁流となって散っていった。これが魔法の力。
(こんなことをするのが魔法使いなの? 私の憧れた魔法使いって、こんなものなの?)
虚しい。戦って傷付いて、得るものなんて何もない。これが魔法の本質だとすれば、こんなものに命を賭ける価値があるとは思えない。エディは人知れず拳を握り締めていた。
〔ほんに、詰めが甘いの……〕
思い詰めていたエディは、ユーシーズの言葉に顔を上げる。もう経験で知っている。ユーシーズ・ファルキンの忠告はいつも正確だ。間違ったことなど一度もない。つまり、今も――。
「待って!」
何が視えたわけでもない。とにかくユーシーズの忠告をジェルとカルノに伝えなければ。その一念で声を張り上げた。
「何ですの?」
そう問いつつ、ジェルは『飛翔』の魔法構成を組み立てていた。エディの言葉の意味もわからずに、その得意魔法を編み込む。あらゆる状況に対処する為に、危険を察知すれば無意識に魔法構成が行えるまでにジェルは鍛錬されていた。
しかし、彼女が『飛翔』の魔法により空を翔けるとはなかった。
〈汝等の逃遁を禁ず〉
禁令の言。そんなことが出来るのはローズと呼ばれていたブリテンの使徒しかいない。
『飛翔』により飛び上がろうとしていたジェルは、禁令により飛翔を禁じられ、体勢を崩して墜落する。運がいいのか悪いのか、自らが作り出した泥の池に突っ込むことで、墜落の衝撃は和らいでいた。その代償は、純白の魔道衣ごと体が泥にまみれる。
「かかかかか。いい気味だね。私の大事なスカートを泥で汚した罰さ」
「ローズっ!」
「おうよ。エディ。まさか、この私がやられたとでも思ったのかい?」
「え、いや、その……」
まさか、自分の呼び声に返答が返ってくるとは思ってなかったエディはぎこちない。
エディがローズ・マリーフィッシュという名だと思っていた少女は森の木の幹に腰掛けていた。
いつの間に、そんな場所に移動したのか。それよりも、どうやってカルノとジェルの連携から逃れたのか。最もその疑問が強いだろうジェルが、泥溜まりから立ち上がって問う。
「確かに手応えはありましたのにっ! あなたどうやって!」
純白だった魔道衣も見るも無惨、彼女の全身は泥にまみれて汚く染まっていた。
「兵を伏しておくのは基本だと言ったろ」
ローズがその言葉を口にした、その刹那、エディ達三人の足に何かが絡みついた。
それは木の根だった。突然地中より伸び出た物体に驚く暇もなく、動くはずもない植物の根枝が意志を宿したかのようにエディ達の体を縛りあげていく。
「何ですのっ!」
明らかに魔法の所行に捕らえられ、ジェルは先程と同じ言葉を吐き捨てる。
「これは宿り木? ブリテンのドルイドか!」
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魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第四章の10
しばらく執筆がストップしていましたが
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