(冒頭~始まり~)
泉三地区と呼ばれるこの地域は、ごく普通の街だ。
街――――というからには、ビルが立ち並んでいて、人口の密度が高いであろう都市。
という印象を抱いてしまうかもしれないのだが、
これといってビルは少なく、人口に関しても都市に比べれば、たいして多くもない。
かといって、少ないわけではないのだけれど。
「めんどくせー……」
気だるそうに、疲れを見せる表情で、少年――――御坂冬耶は言うのだった。
泉三地区から、歩いて一時間強。
御坂ともう一人の少年は、
数ある地区の中でも、都市らしいであろう、代南中央地区に来ていた。
「いやっほぅ!おい冬耶ッ!!あの子、可愛くねえか!?」
自分に声を掛けてきた少年の方に向き直ると、御坂は面倒臭そうに言った。
「…………お前さ、長々と歩いてきたってのに、その元気はどこから出てくんの?」
「何言っているんだ冬耶。可愛い子を見れば嫌でも……違うな。嫌なくらい元気になるんだぜ?」
「いや……、なんだぜ?とか言われてもさ……瀬戸。それお前だけだからな」
瀬戸渉。それが彼の名前だ。
唯一、御坂と関わる事の多い人物である。
因みに、単純で単純な馬鹿だ。とにかく、アホな奴だ。
「オレだけッ!?マジでか…………ありがとよ」
何を勘違いしたのだろうか、礼を言われる意味が分からなかった。
やれやれ……、と御坂は肩を竦める。
そんな御坂に対し、瀬戸は――――
「オレだけ……、皆とは違ってオレだけ…………」
…………気持ち悪かった。
それにしても、と御坂は周囲に視線を移す。自分達が生活している泉三地区とは違い、代南中央地区は盛んであった。学生達にとっては遊びが中心で、社会人にとっては働く場所として。
泉三地区に比べれば、随分と人の数も多い。
都市というには、少しばかり違うのだが。
簡単に言えば、泉三地区が『町』だとすると、代南中央地区は所謂『市街地』である。
南の方角に位置しており、人が集中していたりと。
そういった事から、代南中央地区と名付けられたそうな。
……そんな事はどうでもよかった。
「……、いつまで気色悪い真似してんだよ。それより、俺を連れ出したって事は何か用事でもあったのか?」
学校から帰宅し、のんびりしていた時に瀬戸がやってきて、『中央に行こうぜッ☆』などと喋るや否や、御坂が拉致されてしまった次第である。
「冬耶……、オレは馬鹿だが気色悪くはないぞ?いや……、気色悪くはないけど馬鹿だぜ」
意味不明だった。
「それさ、言葉を逆にしただけで、意味合いは全く一緒じゃないのか?」
瀬戸は少し間を置いてから、『一緒だな』と頷いた。
何なんだコイツは……、と御坂は呆れた様だった。
「んで、結局何なんだよ?」
「何が??」
「俺を連れ出した理由だよ」
「あー……、忘れちまったッ☆」
瀬戸はちょこんと舌を出して、自分の頭に拳をコツンとのせた。
御坂は額に手を当てると、溜め息をついた。
なんだかなぁ……、そう思っていると、
「……おい、おい冬耶ッ」
瀬戸が小声で、御坂を呼ぶ。こっちこっち、と手招きをしていた。
今度は何だよ……、と御坂は面倒臭そうに頭を上げ、瀬戸の方へと視線を戻す。
「………………」
そこには、一人の男。地面に鞄か何かが落ちていたのだろう。男の手には、その鞄らしきモノが握られていて、ガサガサと漁る様に中身を確認していた。
堕落放浪者(ファーレン)。居場所もなく、見捨てられ、常識から外れ、心を捨て、自ら堕落の道を選んだ者達。人々はその者達を、堕落放浪者と呼んでいる。
御坂の視線の先にいる男こそが、堕落放浪者と呼ばれる――――異常者だった。
「何でこんな……、人が多い場所に……?」
おかしい、と御坂は思った。それに、堕落放浪者にしては服装が少しばかり綺麗に見える。本当に堕落放浪者なのだろうか――――と。
「冬耶、落ち着け。とりあえず、この場を離れようぜ」
瀬戸は思ったよりも冷静だった。どうしてこの状況で落ち着いていられるんだろうか。
「お前……まさか、知っていたのか?」
「知っていたというか、興味本位っていうか……、まさか本当に出やがるとはな」
……興味本位ってレベルじゃねえぞおい!!と突っ込みを入れたかったが、御坂は我慢した。
気付けば、周りの人々は近くの店やゲームセンターに避難をしており、既に瀬戸もいなくなっていて、残っていたのは御坂だけだったからだ。大声を出せば、堕落放浪者に気付かれるだろう。
「…………ゥ、ァ」
呻く様な声をあげ、こちらに視線を向ける堕落放浪者。
気付かれてからでは遅かった。今から避難をすれば、他の人達を巻き込む事になる。そうなってしまったら、冗談では済まされない。
御坂は身構える。襲ってくる事を考え、すぐに反応を出来る様に。
「………………」
沈黙――――あたりは静寂に包まれた。
(何だ?)
堕落放浪者はこちらに視線を向けているだけで動かない。全く、と言っていい程に。
「ゥ……ガァッ!!」
堕落放浪者が苦しんでいる?何故――――と御坂は疑問を抱く。堕落放浪者を苦しめるようなモノは見当たらない。むしろ、そんなモノはどこにも――――ない。
瞬間、堕落放浪者は自らの喉を引き裂いた。周りには血飛沫が舞う、まるで噴水の様に。
「――……ッ」
言葉が出なかった。というより、出せなかった。
首筋に爪を立て、その爪は皮膚を裂き、肉を抉り、溢れ出る血をあたりに撒き散らし、口元からは水の様に血を垂らしながら。
堕落放浪者は自分の生を、自身の命を、自らの手で――――終わらせた。
御坂には理解できなかった。理解できるはずがなかった。
どこまでも、いつまでも異常であり、堕ちた者達の事など。
そして、地に倒れ、その身を血で汚し、堕落放浪者は生命を失った。
未だ降る血の雨で赤く染まりながら――――御坂はただ、俯いているだけだった。
人目から少し避けた所に、小学生くらいの幼い少女がいた。
「…………やっぱり、堕落放浪者は堕落放浪者なのね。どこまでも勝手な連中だわ。まぁ……分かりきっていた事、だけれどね」
そう言って、少女はうなだれた。
堕落放浪者の行動は突発的……なのだが、それは――暴走をしやすい、ということにも繋がるのだ。
「まぁいいわ、これからどうしようかしらね?」
ふふっ、と少女は笑い、その場から姿を消した――――
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平和でもあり、平和でもない世界――。
平穏でもあり、平穏でもない世界――。
主人公、
御坂冬耶は一定である日常の生活(リズム)に退屈していた。
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