…かちっ。
しゅん、しゅん、しゅん…
…体が、重たい…。
意識ははっきりせず、夢と現実の境をふわふわと漂っている。
『…まるで、海の中のようだなあ…』
『…え?!あ!!すみません、主任。起こしちゃいましたか』
今日でこの研究室に泊り込んで1週間目になる。
私はどうやら給湯室で転寝していたらしい…。
連日の泊り込みで体が疲労のピークに達しているのだろうか。
目は覚めてはいるものの、瞼はなかなか開こうとしない。
『いや、いいんだ。こんなところで転寝してる私が悪いんだから。
…私にも、1杯貰えるかい?』
しばらくすると、部屋中に芳醇な香りが漂いだした。
『…いよいよ今日、ですね?』
淹れたてのコーヒーを差し出しながら、彼は私に確認するように言ってきた。
私はその問いに軽く頷きながら、ゆっくりとそれを口に運んだ。
明け方の、少し肌寒さが残る場所にもかかわらず、
彼の頬は興奮冷め遣らぬと言わんばかりに、紅葉している。
彼はこの実験が始まってからずっと精力的に参加している、若い研究員であった。
『…君は、今回のSNEILの事、どう思う…?』
『どうって…。SNEILは主任が中心のチームじゃないですか!!
それなのに…、何も感じないのですか…?』
彼は、コーヒーカップを無造作に机の上に置きながら、言葉を続けた。
『…僕は。このSNEILは天からの啓示だと思っています…』
『…啓示…?』
私の表情が一瞬曇ったのを、確認してなお、彼は言葉を続けた。
『…研究者としては、あるまじき言葉ですよね…。でも、主任は感じませんか?』
『確かに、あの実験結果には目を見張るものがある。もし、SNEILの作用が
確定できるものになったら、人類にはこれほどの発見はあるまい…。だが…。』
『…だが・・・?』
『自分で手がけた事なのに…。どうしても拭えないんだ、この何ともいえない違和感。
目に見えてはっきりと証明しているにもかかわらず、何かが違うって感じてしまう…。』
『…主任…』
『…すまない。私のほうが、非科学的な事を言い出してるな…』
そうだ…。何をこんなに疑ってしまうのか。
素直に喜べばよいではないか。
過去、偉大な発見をしてきた科学者達でさえも、
その結果が『偶然の産物』だったということはよく聞く話ではないか…。
今回のSNEILプロジェクトも、きっとそうなるのかもしれない。
…だが、しかし…。
私が、自分の中のもどかしさと葛藤していた、
まさにその時である。
『…大変です!!主任!!早く実験棟の方へ着て下さい!!』
…このとき、私はまだ気づいていなかった。
自分自身がすでに、その違和感の渦に絡め取られていることに…。
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私は間違っていたのだろうか…