第十一章~今再び君の元へ~
それは、一刀が陳留に到着するおよそ一日前の事、場所は洛陽の城内・・・。
「なぁ、秋蘭・・・」
「何だ、姉者」
「一体、この大陸で何が起きているのだ?」
「・・・?いきなりどうしたのだ?」
「うん、いや・・・。この前の建業の事と言い、五胡の侵攻の事と言い、蜀での正和党の反乱と言い、
急に戦事があちらこちらと起こっている。そうだろ?」
「確かにそうだな」
「華琳様の言うとおり、この大陸に再び動乱が起こっている。だから我々もそれに備えて、軍備の増強を
しているわけだが・・・ついこの間まで平和だったはずなのに、一体これからどうなるのかなぁと・・・な」
「・・・・・・」
「夏侯惇将軍、夏侯淵将軍」
城の石畳の廊下を歩いていた春蘭と秋蘭の元に一人の兵士が駆け寄っていく。後ろから呼びかけられた二人は
足を止め、兵士の方に顔を向けた。
「ん?何だ、貴様?」
「お前は確か警備隊の人間だったな・・・、我々に何用だ?」
秋蘭の発言を聞き終えた兵士は話を続ける。
「はっ。・・・実は先程、街の警羅をしていましたら、北郷隊長の事を耳にしましたので、その事を御二方の
耳にもと・・・」
北郷という単語を聞いた瞬間、二人の顔が一変し、二人は互いに顔を見合う。
「・・・それで、お前が耳にしたというのは?」
秋蘭は兵士から北郷に関するその詳細を求めた・・・。
「か、華琳様!」
華琳の執務室に、春蘭が慌てて入って来る。部屋には王としての業務をこなす華琳と
それを補佐する桂花がいた。
「どうしたの、春蘭?そんなに慌てて・・・。また何かやったのかしら?」
華琳はそんな春蘭に呆れながら、一体何をそんなに慌てているのかを尋ねる。
「い、いや・・・華琳様。私がどうという事じゃなくてでして・・・!」
「・・・でしょうね。仮に何かしでかしたのなら、馬鹿正直にここに来るはずないものね」
「ちょっと待て桂花!何だその物言いは!!」
慌てている春蘭に、桂花が横からちゃちゃを入れてくる。
「止めなさい二人とも!私は忙しいのよ、口喧嘩なら外でやってくれる」
「「は~い・・・」」
華琳に叱られる二人・・・。そこにもう一人、秋蘭が遅れて部屋に入って来た。
「華琳様・・・、失礼します」
「秋蘭、あなたまで・・・。一体どうしたの?」
「姉者?華琳様にまだ言っていないのか?」
華琳の発言から、秋蘭は春蘭に確認する。
「うぐ・・・、すまん。まだ言えていない」
春蘭はバツがあるそうに答えると、秋蘭は軽くため息をついた。
「申し訳ありません、華琳様。実は先程、警備隊の者からの報告で・・・」
「警備隊の警羅報告なら後で聞くわ。今私は・・・」
「北郷に関する事なのですが・・・?」
一瞬、華琳の左眉が動く。そして手に持っていた筆をゆっくり硯の上に置いた。
「聞きましょう」
「はっ。では・・・」
秋蘭の報告は以下のものであった。
先程、廊下で会った兵士の話によると、街の警羅の途中で、ここより東からやって来たという旅商人が
道端で商売を商っている所を通り掛かった際、たまたまではあったが天の御遣いの話をしていたのを耳にした
兵士はその商人から詳細を聞いてみると、洛陽に来る道中・・・山陽と陳留のちょうど真ん中の場所にて
北郷一刀と思われる青年に陳留までの道を尋ねられたとの事であった・・・。天の御遣いかと尋ねると、
彼は人違いだと鼻で笑ったらしい・・・。
その旅商人は魏領内で運営されている人が乗り降り出来る様になっている馬車(バスの馬車版である)
を利用して来たのであったが、その青年は金が足りないという理由から馬車の停車場所で別れたらしい。
さらに、その旅商人を乗せていった馬車の運転手からも話が聞けたようで、どうやらその運転手は元・警備隊
出身で一刀のもとで働いていた事もあり、彼と面識もあった。運転手の話によると、どうやらその旅商人の言う
通り、一刀と思われる青年を途中下車地にて見かけたとの事であったが、勤務中であったためその時はそのまま
行ってしまった、ということであった・・・。
「・・・成程、しかしそれだけでは信用性に欠けるわね・・・」
「はい、ですが・・・」
「何?」
「一週間程前、山陽付近の村が五胡の残党に襲われた事件は覚えていらっしゃいますか?」
「・・・ええ。確か、近くに駐在してい隊が駆けつけた時には、すでに五胡の残党達は皆
死んでいたらしいじゃない?それが一体・・・?」
「実はその報告には続きがありまして、その時はあまりに信憑性に欠けた内容でしたので報告しなかった
のですがその村唯一の飯屋にて、北郷思われる人物が老人と一緒にいるのを目撃したという証言が
ありました・・・」
「何ですって・・・?本当なの?」
「はい・・・。ただ先程も言った様に、・・・見間違いの可能性があったため伏せていました
が・・・。今回の報告から考えると・・・、どうもそれが事実の可能性が上がってきました」
「・・・?どうしてそうなるんだ?」
良く分からないという顔して、秋蘭に尋ねる春蘭。
「山陽からここ、洛陽に行くなら・・・陳留を経由していた方が最短で着けるからよ・・・。全く、それも
分からないなんて・・・あなた、よく魏の将がやっていられるわね・・・」
秋蘭に代わって、桂花が説明する。説明し終えた桂花は、春蘭に向かって溜息をついた。
「まぁ・・・、そういう事だよ姉者。・・・それを踏まえた上で、どういった経緯かは分かりかねますが、現在
北郷は陳留に徒歩にて向かっていると思われます・・・。今までの証言からして、恐らく明日明後日には
陳留に到着する計算になります」
長い報告を終えた秋蘭は華琳の意見を仰ぐため、華琳の方を見た。
「・・・そう、よく分かったわ。報告ご苦労だったわね、秋蘭」
そう言って、華琳は再び筆をとると、そのまま業務に戻った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そんな華琳の反応に思わず、三人は固まった・・・。彼女のその反応は、彼女達の予想していたものと
全く違うものであったため、思考停止してしまったのであった。
「あの・・・、華琳様?」
春蘭が先に口を開く。
「あら、まだ何か報告があるのかしら・・・?」
「いえ・・・そうではなくて・・・ですね。それだけ・・・ですか?」
「それだけとは・・・?」
「いやぁ、ですから!その・・・、これから何処かに行くという予定とか・・・。」
「別に今日は何処かに視察する予定は無いわよ?」
華琳は業務をこなしながら、会話を続ける。彼女の視線は竹簡の方に向けられていた。
「あの・・・、華琳様?」
今度は桂花が口を開く。
「何、桂花・・・?」
「お、お疲れのようでしたら・・・、ここは私に任せて少しご自分のお部屋でお休みになって・・・。」
「私は別に疲れてなどいないわよ?」
華琳は業務をこなしながら、会話を続ける。彼女の視線は竹簡の方に向けられていた。
「華琳様、北郷を迎えには行かないのですか?」
最後に秋蘭口を開く。それは他の二人が言いたかった事であった。
「どうして?」
「どうしてって・・・華琳様?秋蘭の話・・・聞いておりましたか?」
すかさず春蘭が華琳に確認する。
「そうね。聞いていたわ。一刀が陳留に向かって来ているという話でしょう?」
「でしたら・・!」
「春蘭、あなた・・・今私達が、この国が置かれている状況がどのようなものか分かっていない様ね・・・。」
華琳は業務をこなしながら、会話を続ける。彼女の視線は竹簡の方に向けられていた。
「あの五胡の大軍勢の侵攻から、国境付近では何度も五胡と衝突し、この間だって擁州に侵攻してきた五胡
を撃退したばかり・・・。一人の男に現を抜かしいる場合では無いでしょうよ。」
華琳の言う通り、約五十万の大軍勢が魏領に攻め入ってから、間も置かず、国境付近にて五胡と魏軍が
何度も衝突していた・・・。五十万程では無かったが、西方の涼州・擁州に五胡の侵攻を許してしまっていた
のであった・・・。
「それは、そう・・・でしょうが・・・。ですが、華琳様。あの男一人で果たしてここまで来られるか・・・。」
桂花は苦しいながらも、何とか発言する。
「そ、そうです!桂花の言う通りです!あ奴が一人でここまで・・・、それどころか陳留に辿りつけるか!!」
それに春蘭が続いた・・・。が華琳はそれでも筆を止める様子は無かった・・・。
「あの男だって馬鹿では無いわ。もし本当に陳留を経由して来ているのなら、そこの警備隊に保護されて
・・・後は向こうから勝手に来るでしょう。その時に・・・。」
「・・・曹孟徳とあろう方が、一人の男に会うのに何を恐れているのですか?」
華琳が話を続けようとしたその時、沈黙を通していた秋蘭が突然、彼女の話を遮った。
華琳の話と一緒に、華琳の手も止まる・・・。
「何ですって・・・?」
華琳は少し不愉快そうな表情で秋蘭を見上げた・・・。
「しゅ、秋蘭・・・?」
隣で聞いていた春蘭は目を丸くしながら、秋蘭を見る。
「先程から黙って聞いていれば、最もらしい事を仰られているつもりのようですが、要するに
あなたは北郷に会うのが怖いと?しかもそれを我等に悟られまいと必死に取り繕って・・・、これは
また随分とふ抜けた人間になられましたね」
「・・・・・・」
秋蘭の暴言を黙って聞く華琳。
「秋蘭、いくらあなたでも言葉が過ぎるわよ!!」
一方、その暴言に華琳に代わって怒る桂花。しかし、秋蘭はそんな桂花に目もくれず、話を続けた。
「一体何が怖いのでしょう?あの時の様にまた自分の前からいなくなる事が・・・?それとも今の無様な
自分の姿を晒す事が・・・?それは北郷で無くとも、これ以上そんなふ抜けた姿を晒し続けられてしまえば、
私達も幻滅の一つや二つはしますよ・・・」
秋蘭は右目に掛かる前髪をかき上げると、華琳を見下すように見る。
「おい、秋蘭!?一体どうしたんだ!いくら何でもそれは言い過ぎだぞ!!」
華琳に向かって冷たく言い放つ秋蘭のその横で慌てふためく春蘭。
「私が心から敬愛する曹孟徳は自分が欲するものは自らの手で手に入れて来ました。そして・・・
周りから如何な事を言われようとも、如何なる障壁にぶつかろうとも自分の信じる道を決して曲げる事
無く、真っ直ぐと突き進んでいく御方。北郷もそんなあなただからこそこの世界から消滅すると知って、
それでもあなたの支えとなったのではないでしょうか・・・?」
「・・・・・・」
秋蘭の暴言を未だ黙って聞く華琳。その表情にもはや怒りの色は無く、全くの無表情・・・。冷め切った
無表情がそこにあった。それでも、秋蘭は話す事を止めない。
「ですが今のあなたはどうでしょうか?私の知る曹孟徳であれば、話を聞き終えたら一目散にこの部屋から
飛び出すはずなのですが・・・。北郷が来るのをそこでびくびく震えて待っているようでしたら、私が
代わって北郷を迎えに行きます。あなたはそこで私が奴を連れて帰るのを待っていればいい・・・」
「「なっ・・・」」
秋蘭のとんでもない発言に、怒り心頭だった春蘭と桂花は唖然とし、華琳は下を俯いてしまう。
「私の内心を告白すると、この事をあなたに報告なんてしたくなかった。それでも早く北郷に会いたいという
衝動を押さえ込み、わざわざその役所をあなたに譲ってやろうという・・・私達の計らいをあなたには汲んで
欲しかったのですが・・・、非常に残念です」
そんな罵りにも近い言葉を華琳に放った秋蘭は彼女に背中を向けると、そのまま扉の方へと向かう。
「桃香や雪蓮ならともかく・・・、まさかあなたにそこまで罵られようとは・・・。曹孟徳も・・・
随分と舐められたものね」
秋蘭の足が止まる。そして下を俯いたまま、言葉を紡ぐ華琳。その言葉には怒りとも悲しみともとれない
・・・、表現しがたい感情が籠っていた。
「華琳様・・・」
秋蘭が華琳に声をかけると、華琳は顔を俯かせたまま、ゆっくりと席から立ち上がる。
「覚悟は・・・出来ているのでしょうね?」
「如何様にも」
「・・・・・・」
「か、華琳様っ!わ、我が妹の失態は・・・姉である私の失態でもあります!ですからここは・・・」
秋蘭を庇うように、彼女と華琳の間に入り込む春蘭。
「誰があなたに発言を許したの、春蘭!?」
「ひぅ・・・っ!?」
しかし、華琳の怒鳴り声によってそれは阻まれた。すると、華琳は後ろの壁に掛けられていた自分の武器『絶』
を手に取った。
「華琳様!?」
華琳の行動から嫌な予感が頭を過った桂花は思わず声を荒げる。しかしそんな桂花に目もくれる事無く、
華琳は絶を持ったまま秋蘭の前に立った・・・。春蘭と桂花に緊張が走る・・・。それに対して秋蘭は
澄ました顔をしている。いや・・・、そう装っているのかもしれない。
「秋蘭・・・」
「はっ・・・」
華琳がゆっくりと、顔を上げる。
「私が不在の間・・・、ここの事は全てあなたに任せるわ。いいわね?」
「・・・承知致しました」
「ありがとう・・・」
秋蘭の横を過ぎる瞬間、小声でそれだけを言い残し、華琳は一目散に部屋から出ていった・・・。
「うぇ・・・えぇ!?」
「はぁ・・・!?」
春蘭と桂花は、状況がいま一つ理解出来ず頭にはてなを浮かべながら混乱していた。
「・・・・・・」
―――大変だなぁ、華琳の家臣ってのも・・・
ふと、いつかの一刀の言葉が秋蘭の耳に蘇る・・・。
「・・・・・・ふぅ、全くだ。本当に世話が掛かるお人だよ、一刀・・・」
一人納得する秋蘭。そんな彼女を囲むかのように、他の二人は秋蘭の目の前に顔を寄せる。
「秋蘭!?一体何を考えているんだ、お前は!!」
「全くだわ!!あんな暴言を華琳様に吐くなんて・・・。あなたもとうとう春蘭みたいに、頭がおかしく
なったの!?」
「何だと!?誰の頭の中身がおぼろ豆腐だぁっ!!」
「誰もまだそこまで言っていないでしょう!!」
「まだとは何だ、まだとは!?」
秋蘭を余所に、二人は鼻と鼻がぶつかるすれすれの所でいがみ合う。
「こら二人とも。私を挟んで喧嘩しないでくれないか?」
そう言いながらも、どこか満足げな顔をする秋蘭であった。
―――日輪が地平線から登り始めた刻
―――この地平線が続く大地を一頭の馬が駆け抜ける。その馬の名は『絶影』
―――名前の由来は影を留めないほどの速さからとされる・・・
―――そしてその絶影にまたがるはその主、曹孟徳こと華琳・・・
―――今、彼女はかつて失ったものをもう一度、手に入れるため・・・
―――周りの物など目もくれずただ前だけを見つめていた。その先に、彼がいると信じて・・・
一刀が陳留に到着した頃、陳留の警備隊本部にて・・・。
「そう・・・、まだ一刀はここに来てはいないの」
華琳は、応接間にて、陳留警備隊隊長から一刀の事で事情を聞いていた。
「はい、我々も北郷総隊長に関する情報は逐一集めてはいるのですが・・・、まだここ陳留に到着したと
いう報告はまだ入っていません」
「・・・・・・そう」
長い沈黙が続く・・・。華琳の顔が俯こうとした・・・その時であった。
「隊長!・・・こ、これは曹操様!?失礼いたしました!」
慌てた様子で一人の兵士が応接間に入って来る。華琳の姿を見て、兵士はすぐさま気を付けの態度を示す。
「気にしなくていいわ。それより、何かあったのでしょう?私には気にせず、言いなさいな」
「はっ・・・。じ、実は先程、北郷総隊長と思しき人物を街の中で・・・」
その瞬間、華琳の目が大きく見開き、華琳はすかさず椅子から立ち上がる。
「・・・あなた、悪いけれどその人物を見つけた場所に案内なさい」
「御意!では、こちらへ!」
そして華琳は兵士の案内で、一刀が入って行った店前へと着く。
「そう、ここ・・・」
店を見上げながら、兵士に確認する華琳。
「はい、この店に入るのを部下達と一緒に見ましたので」
「・・・・・・」
「曹操様・・・?」
問いに答えたにもかかわらず、何の反応を示さない華琳に兵士は尋ね返した。すると突然、華琳から笑みが
こぼれたのであった。
「・・・何でも無いわ。ちょっと行ってくるわね」
「は、はっ・・・」
そして、華琳は店の中に入って行った。
店の中に入った私は店の中を見渡す。店内は客と店員達で賑わう中、店の奥の方を覗気込むとそこには
他の客達とは雰囲気が異なる黒髪の男がこちらに背を向けた状態で座っていた。
「・・・・・・」
私はその男の元へ駆け寄ろうと奥へと足を進めようとした時、私の横を駆け足で通り過ぎようとする
店の女店員が目に入る。彼女の右手には白い器に盛られた出来たての炒飯があった。
「ちょっと、あなた。」
私はすかさずその店員を呼びとめた。
「はい、なんでしょう?」
店員は、足を止めると私に振り向いた。
「その炒飯・・・、奥の机の男が注文したものね?」
「そうですが・・・。それが何か・・・?」
「これは私が運んであげるから。それと、あなたのその前がけも貸しなさい」
「は、はい・・・」
その店員は疑問を抱きながらも否応もなく私に炒飯と白い前がけを渡してくれた。
私は前がけを身につけると、そのまま両手で炒飯が盛られた器を持ってその男の元へと近づいた。
「お客様ー!ご注文の炒飯、お待ちどう様で~す!」
「あ、はい!店員さん、こっち、こっ・・・ちぃ・・・・・・」
憎たらしい程に清々しく答えながら、私の方に顔を向ける。
「・・・っ!!」
その憎たらしい程に清々かった顔が一瞬にして青ざめ、ガタガタを体が震えているのが分かった・・・。
それから約半刻・・・、店先では大勢の野次馬でごったがえし各々が店の中を覗いていた。その反面、
まだ昼の真っただ中にもかかわらず店の中はがらんとしていた。客も当然ながら、厨房にいるはずの店員や
料理人さえもいなかった。だからと言って、別に今日が休業日という訳では無い。では何故か・・・?
その原因は、店の奥の机に座る男女二人にあった。
「・・・・・・♪」
「・・・・・・」
女は頬杖しながら、頬笑みを絶やさず反対側に座る男を眺め・・・。
男はガタガタと震える小動物のように小さくなり、目線を下に向けていた。
「どうしたの、一刀?早く食べないと、折角私が運んできた炒飯が冷めちゃうじゃない?」
「は・・・、はぁ・・・」
まさに修羅場・・・、人々はこの修羅場の結末を店前から見ていたのであった。
「ねぇ・・・あの人、曹操様よね?」
「もしかして、向こうに座っているのは・・・天の御遣い様じゃない?」
「御遣い様が天の国から戻っていたという話はほんとうだったんだな」
「かかさま~?あの人たち、なにしてるの~?」
店の外の野次馬達のどよめきが店の奥にいる二人の所まで聞こえる。だが、一刀はそんな事など
どうでも良かった・・・。今、自分が置かれているこの修羅場を如何にして切り抜けるかを必死に考えていた
のであった。目の前の彼女から発せられる殺気に近い何かをひしひし感じながら・・・。
しかし、可笑しな事である。この世界から消えてから1年、目の前の彼女にもう1度会いたいと何度も願い、
そしてやっとの思いで再会できた・・・はずにもかかわらず、喜びや嬉しさが湧いて来ないのだから。
今、彼を支配するのは恐怖・・・、ただそれだけであった。
「あ、あの・・・華琳、さん?」
滞っていた会話を視線だけを目の前の華琳に向けながら、たどたどしい声で再開する一刀。
「な~に♪」
それに対して、華琳は恋人のような甘えた声で返した。
「ぁ、あの・・・その・・・、怒って・・・ますよ、・・・ね?」
至極当然の事を華琳に尋ねる一刀。彼の気のせいか、一瞬彼女のこめかみに血管が浮き出たのが見えた。
その瞬間、彼の背筋に戦慄の悪寒が走る。
「あらぁ~・・・。そんな風に見えるのかしら?だとしたら、それは気のせいよ。
私は・・・、ぜ~んっぜん!これっっっぽちも!!怒ってなんかないわよ♪
あなたに会えて・・・私はとてもとても嬉しいのよ・・・何せこの二年間私達を放っておいてぇ?
戻って来たらあっちこっちと私達を振り回してぇ?それで・・・やっと会えたのだしぃ♪」
滅茶苦茶、怒ってらっしゃる~、この人っ!全身から脂汗を流しながら一刀は心の中で叫んだ。
とても目の前の彼女をちゃんと見る事も出来ず、下ばかり見ていた。
「あ、ああ・・・あの、華琳・・・さん。自分も・・・華琳さんに会えて凄く・・・嬉しいです、はい」
恐怖に打ち付けられながらも、一刀は声を絞るようにして話す。そんな彼を見ていて楽しいのか、華琳は
不敵な笑みをこぼす・・・。
「ふうん・・・、もしそう思っているなら、今ここで・・・私に言うべき事があるのではないかしらぁ?」
「え~っと・・・な、何を・・・?」
ビュンッ!!!
「・・・っ!?」
一刀のこめかみの真横を何か細い何かが通り過ぎるが、一刀には最初それが何か分からなかった。
ガッ!!!
その直後、一刀の後ろの方で突き刺さる様な音が聞こえてくる。一刀を恐る恐る後ろを見ると、店の柱に
対して垂直に突き刺さる木で出来た一本の箸。更にその箸には一匹の蛾が刺し貫かれていた。恐らく、一刀の
後ろを飛んでいたのであろう蛾。華琳はテーブルに置かれていた箸を手に取り、それで・・・。
「・・・・・・」
一刀は理解する。そうか、あの蛾は俺の身代わりになってくれたんだ。
俺に代わって犠牲になってくれたんだ。きっとあの蛾がいなければ、今頃俺はあの蛾と
同じ運命を辿っていたに違いない・・・。
「何を・・・ねぇ?」
華琳の声にびくっと強張る一刀。油の切れたからくりの様にギコギコ音が今に聞こえてきそうな引っかかった
動きで顔を前に戻す。
「それを私の口から言わせたいのかしら・・・、か~ず~と~っ!」
この時、一刀は華琳の背後に鬼をみた・・・。
「すいませんでしたぁ・・・!!」
一刀は情けなくも、椅子から降りるとすぐさま土下座の体勢を取るとすかさず謝罪の言葉を華琳に捧げる。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
二人の間に長い沈黙が続く。時間が止まったような錯覚に襲われる一刀。これから降りかかるであろう、
怒りの撤鎚を待ち続ける・・・。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
しかし、今だその沈黙は続く。
「あ・・・、あの、かり・・・んさん?」
沈黙に耐えられず、床にすれすれまで下げていた一刀は頭を上げようとした瞬間・・・。
ドサッ!
「・・・っ!?」
頭の上から何か押し付けられ、再び一刀の顔は床とにらめっこする。
「・・・駄目。それだけじゃ・・・まだ足りないんだから」
静かな声で華琳は呟くように一刀に囁く。その声には怒りではなく、哀愁に近いものを一刀は感じた。
「二年・・・、あなたがいなくなった後、春蘭達をなだめるのにどれだけ苦労した事か・・・。
一体あの娘達がどれだけ悲しんだ事か・・・。・・・あなたにはきっと分からないでしょうね。
・・・私だって」
「・・・・・・」
一刀は何も言わず、黙って聞いていた。この2年、華琳達は一体どんな思いで過ごしてきたのだろう。
華琳の言うとおり、彼は知る由が無かったのだ。
「だから、そんな言葉だけじゃ・・・まだ足りないんだから。あなたがいなかったこの二年間・・・
これからちゃんと埋め合わせしないと承知しないんだから・・・」
「・・・ごめん、なさい・・・」
一刀がそう言うと、彼の頭に圧し掛かっていたものが無くなる。一刀は、華琳が右足で自分の頭を押し付けて
いた事をここで初めて分かった。一刀はゆっくりと立ち上がると、目の前で俯いている小柄な女性と対峙する。
「・・・華琳」
一刀が彼女の真名を呼ぶ。
「一刀・・・」
華琳は一刀を見上げ、彼の名を呼ぶ。
「そ、曹操様!!・・・あっ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
店前の人ごみをかき分けて店に入って来た一人の警備隊の兵士、何か慌てた様子ではあったが・・・。
彼は自分がどれだけ場違いかを瞬時に理解した。
「ごゆるりと」
兵士はそのまま人ごみの中へと戻ろうとした。
「ちょ、ちょちょッ・・・!?気を利かして戻らなくていいから戻らなくて!!」
一刀は慌てて兵士を止める。今さらここでやり直すのも恥ずかしいだろ?と一刀は心で呟く。
「はっ!しかし北郷総隊長・・・」
「何かを急ぎの用だったんだろ?だったら早く報告しなよ・・・うぎゃあ!?」
一刀は突然、自分の脛を抑える。一方、華琳は軽くため息をつく。
兵士には何が起きたのかいまいち理解できていなかった。
「・・・で、一体何用かしら?」
「はっ!つい先程、洛陽方面の狼煙台から緊急時の狼煙が・・・確認されました!」
一刀と華琳が陳留にて再会を果たしていた頃、洛陽では・・・。
ビュンッ!!
どこからともなく放たれた火矢が一軒の家を打ち抜き、矢の火は瞬く間に家に燃え移る。
しかし、そこに凪が放った気弾が撃ち込まれ、火は爆発と共に消火される。
「楽進将軍!東地区の火が強く、消火に移れません!!」
「分かった。ならば、ここはお前達に任せるぞ!!」
「「「はっ!!!」」」
凪は真桜、沙和と共に街の各地で発生する火事の消火に回っていた。
「あ、凪ちゃん!こっちなの~!」
凪を見つけた沙和は大きく手を振って凪を呼び寄せる。それに気づいた凪は沙和に駆け寄って行く。
「沙和!どうした!!」
沙和が指を指す方向に凪は目をやるとその先には消火が遅れ、すでに半焼している家があった。
「この家の中に逃げ遅れた人がいるみたいなの!」
「分かった!私が先陣を切る!!沙和、私の後に!!」
「うん、分かったの!!」
凪は再び、右拳に気を込め、家の玄関に気弾を放った。
魏の洛陽・・・、つい数刻前までは平穏であったはずの街が今ではあちらこちらにて黒煙を上げ、街中では
逃げまどう者、消火に回る者、人々の避難の先導に回る者・・・そして、街で暴れる所属不明の武装集団と
戦う者がいた。
「ちょおりゃぁぁああああ!!」
「どぉおおりゃぁぁああああ!!」
ブウゥゥゥウウンッ!!!
ボオォォォオオンッ!!!
季衣と流琉が一撃を放つ。
「・・・ッ!?」
その一撃によって、敵はあさっての方向に吹き飛ばされるも、それは全体の一割にも満たない数、すぐさま
別の者達が二人の前に執拗に立ちはだかる。
「季衣、流琉っち!」
馬に乗って二人に近づいてくる霞。
「霞ちゃん!」
「霞さん!」
「何や連中、猿みたいにあっちこっちにすばしっこく動いてやりづらいったらありゃせんわ!」
「うん、さっきから全然当たらないよ~・・・」
「そっかぁ・・・。春蘭達はどないしとん?」
「春蘭様は秋蘭様と一緒に、北地区で交戦しています!凪さん達は風さんの指揮の元で火事の消火に!
稟さんは住民の誘導をしているはずです!」
「春蘭秋蘭は北地区にいるんやな?なら、うちは南地区を回って見るか?」
そう言って霞は馬をさっき来た方向の反対へと走らせた。
「はぁああああああっ!!!」
ブゥオンッ!!!
「・・・ッ!?」
春蘭が振り下ろした太刀が敵を斬り倒す。
「・・・くそぉ!次から次へと・・・一体どこから湧いて出て来るのだ!?」
何処からともなく現れる所属不明の敵、その姿はどれも前進が黒い甲冑を身に纏いの肌も漆器の様な黒く、
そして鈍く輝き、その腕にはめられた籠手の先には獣の爪の様に研がれた二本の刃が備わっていた。
そんな黒尽くめの武装集団が、街の外からではなく街の中から忽然として現れ街を容赦なく襲撃する。
「夏侯惇将軍!現在、中央地区が襲撃され甚大な被害が出ている模様!夏侯淵隊も中央に向かっています!」
「何だと!?一体いつの間に!?・・・よし!急ぎ中央に下がるぞ!!」
「「「応ぉおおおっっ!!!」」」
「凪ぃ、大変や!!今中央の方が襲撃くらって被害が半端無いって報告が入ったで!!」
消火、住民の救助に当たっていた凪と沙和の元に、新たな情報を持ってきた真桜がその内容を報告する。
「良し!沙和、ここはお前に任せていいか?」
「大丈夫なの!任せてなの!!」
沙和はピースサインを出してそう答える。
「行くぞ、真桜!!この街を・・・、隊長の街を守り抜くぞ!!」
「当たり前やろ?隊長がもうじき帰って来るんや!その前にこの街を御釈迦にさせるにはいかへんで!!」
凪と真桜は急ぎ、中央地区へと向かって行った。
「稟ちゃ~ん!住民の皆さんの避難はどうなっていますか~?」
住民の避難を誘導していた稟の傍に風が駆け寄って行く。
「風・・・。北と西、東はすでに完了しているけれど、中央と南地区がまだ逃げ遅れた者達がいる!
南地区には霞殿達がいるから問題無いと思うけど、中央区は今・・・」
「中央は恐らく洛陽の街で一番危険な区域ですからねぇ・・・。春蘭ちゃん達や凪ちゃん達も向かって
はいますが、・・・敵の方達も良く調べたものなのですよ。こちらの警戒網を見事かいくぐり、なおかつ
こちらの戦力を程よく分散させられてしまいました・・・」
「敵の狙いは、中央のこの国の中枢・・・?華琳様が不在だった事が不幸中の幸いかしら・・・」
「とはいえ、戦力が薄くなっていた所に総攻撃されては中央区は大打撃を免れませんねぇ。・・・我々
だけで果たしてどこまで持ちこたえられるかぁ・・・」
風の顔に一瞬、不安がよぎった・・・。
「がはっ!!」
「ぎゃぁあっ!!」
洛陽・中央地区・・・、普段は大勢の人で賑わう大通りは魏軍、謎の武装集団による
攻防戦が展開されていた。
しかしその見慣れない攻撃に兵士達は対応しきれず、春蘭達は苦戦を強いられていた。
「はぁぁあああっ!!!」
ブゥオンッ!!!
春蘭が敵に放った一撃は空を切る。目の前にいた敵はその異常な飛躍力で家の屋根に足を付け、そこに
別の敵が春蘭に攻撃を仕掛けていく。
「何のぉっ!!」
春蘭はその攻撃を太刀で切り払うとそのまま攻撃に転じたが、またしても回避されてしまう。
「くそぉっ!!さっきからこちらの攻撃が当たらない・・・!」
春蘭は攻撃が敵に見事なまで避けられ、焦りと苛立ちを見せ始めていた。
「姉者!!無事か!!」
そんな所に妹の秋蘭が現れる。彼女を姿を見たからか、春蘭の顔から焦りと苛立ちが消える。
「秋蘭!何なのだ奴等は!五胡なのか?それとも正和党か!?」
「分からん。・・・ただ、以前の報告で呉の領地にて目撃されたと言う正体不明の武装集団
と酷似しているが・・・」
「春蘭様!秋蘭様!!」
そこに凪と真桜が部下を引き連れ、ようやく到着する。
「凪、真桜!!お前達も来てくれたか。消火の方はどうなっている?」
「はっ。消火は一通り完了し、後の事は沙和に指揮を任せています」
「そうか。では凪、お前は我々と共に敵の撃退を。真桜は後方の桂花と合流し桂花の指示に従ってくれ!」
「はっ!!」
「了解や!!」
そして、真桜は後方へと下がって行く。
「よし!秋蘭!凪!行くぞ!!」
「春蘭ちゃん達が頑張ってくれているおかげで、住民の皆さんの避難も順調のようですねぇ~」
「えぇ、・・・しかし、連中は一体如何な手段を用いてこの街に侵入したのかしら。ねぇ、風?」
「ぐぅ~・・・zzZ」
「こんな時に寝るなぁっ!」
稟はビシッと寝ている風に突っ込みを入れる。
「おぉ・・・!ここ最近、眠る間も惜しんでお仕事していたせいでつい・・・」
「それは私も同じよ・・・!おかげで、最近は肌が荒れて・・・げふんげふん!そ、それよりも!」
「まぁ・・・ともかくとして。五十万の五胡が押し寄せて来た時以降・・・、人の出入りを厳しく
取り締まったりして、不審者に対する警戒は厳重にしていましたぁ~」
「そう、確かに・・・警備隊の数も通常の倍以上の数を動員し、不審者の取り締まりを徹底させてきた。
今回の五胡の侵攻は、間違いなく向こう側に情報を流す協力者がいたからこそ・・・。その協力者を炙り
出すために、三国の情報網に様々な工作などを施して、情報漏洩を最大限抑えてはきた」
「色々な場所で情報の制限をして、それでも情報が五胡の人達に流れてしまった場合は制限がなされていない
所と絞る事が出来るというわけですがぁ・・・」
「協力者と思しき人物がこの国の内部の者である事まで絞る事が出来た。けれど、そこから先への糸口すら
見つからない。怪しい人物はしらみつぶしに当たっては見たが、どれも的を得た結果は得られなかった」
「むむむ・・・、一体誰なんでしょうねぇ~。五胡に媚を売る売春さんは~・・・」
風は溜息とつくとふと、空を見上げる・・・。
「・・・そこで止むを得ず、魏領内の警戒態勢を強化し、そこから協力者を炙り出すという強引な手段を
とったわけだけど・・・。そんな状況の中で別の組織の暴動を許してしまうとは・・・。まさか連中こそ、
その協力者・・・?それとも全くの無関係・・・?風、あなたはどう思う・・・、風?」
稟は風に意見を聞こうとしたが、風から返事が返ってこない。いつものように寝たふりをしているのかと
風を見るも、別段寝ているわけでは無く、空を見上げたまま固まっていた。一体の何を見ているのだろう?
稟も風に真似て空を見上げた。
別の頃、春蘭達は敵に翻弄されつつも、なんとか戦況を押し返しつつあった。
「よぉしっ!その調子だ!!そのまま一気に連中をしとめるぞ!!」
「「「「応ぉおおおっっ!!!」」」」
春蘭の檄に兵士達が呼応する。とそこに・・・。
「春蘭!!助けに来たでぇえっ!!」
と叫びながら、馬に乗った霞が騎馬隊を率いてやって来た。
「霞!そちらの方は片付いたのか!!」
「おうよ!うちにかかればあ~んな連中・・・、と言いたい所やけど正直かなりきつかったわぁ」
そう言って霞は後ろを振り返る。それにつられて春蘭も後ろを見ると、騎馬隊の兵達は皆血みどろで
ぼろぼろな姿にあった。
「・・・そうか。お前の隊でも苦戦を強いられたいたのか」
春蘭の言葉に霞は顔を悔しさに歪む。
「あぁ・・・。まるでうちらの動きが読まれているかのように、連中動き回りおってからに。こないやり
にくい相手はないでぇ!」
「全くだ。・・・何と言うのか、その・・・こちらが次にどう動くかをすでに分かっているような・・・
そんな動きをしよって。まるで我々をおちょくっているみたいだぞ!」
さっきまでの戦いを思い出し、その時の苛立ちが再び顔に現れる春蘭。
「霞様!ご無事でしたか!!」
そこに、秋蘭と別行動を取っていた凪がやって来る。
「おう、凪ぃ!見ての通りやで!!」
「凪。そちらの戦況はどうなているのだ」
「問題は無いさ、姉者」
「おう秋蘭!・・・何やぁ、お前も総大将が板についとるやないかぁ?」
霞はからかうように秋蘭に話しかける。それに対して秋蘭は、軽く鼻で笑い飛ばす。
「華琳がいなくて、代わりにお前が総大将って聞いた時はちぃとばかり面喰ったけど、
中々のものやないかぁ?」
「・・・まぁ、それでも華琳様には遠く及ばないさ」
「何やぁ、謙遜しちゃって・・・。なぁ、凪?」
と、凪に話を振る霞。
「はい。秋蘭様の指揮があったからこそ被害を最小限に抑え、敵の侵攻を食い止める事が出来ました!」
「ふふっ・・・。褒めても何も出て来んぞ・・・」
そう言いながらも、秋蘭は何処か誇らしそうであった。
「春蘭じゃこうはいかへんやろうな・・・」
と、横目に春蘭を見る霞。
「ちょっと待て、霞!!それはどういう事だ!?」
霞を追い詰めて顔を近づける春蘭。
「春蘭さまぁーーーっ!!!」
自分の名を呼ばれ、春蘭は顔を向けると通りの向こうから慌てた様子の季衣と流琉が部下達を連れてこちらに
掛け込んで来る。
「ん?・・・何だ、季衣と流琉ではないか。お前達も手を貸してくれるのか?」
「あ、いえ・・・その、むしろその逆というか・・・」
「ん・・・?」
春蘭の問いに季衣は困った顔で今一つ歯切れの悪い答えをする。そんな季衣の反応に
春蘭は頭に?を浮かべる。
「・・・流琉?そちらで何かあったのか?」
向こうの方で何かあったのだろうと秋蘭は代わりに流琉に尋ねてみる。
「あ、はい!実は・・・」
秋蘭に尋ねられた流琉はそれに答えようとした時・・・。
「ぐわああっ!!!」「があああっ!!!」「ぶぎゃああっ!!!」
季衣と流琉が来た方向から複数の叫び声が上がり、いち早く反応した季衣はすぐさま後ろを振り返る。
「やばっ!!もう来ちゃったの!?」
「来た・・・って、何が来たのだ?」
「っ!?何だ・・・あれは!?」
秋蘭はあれを指差す。彼女の指が示す先・・・そこには、常人の倍はあるだろう長身に他とは異なる甲冑に
包まれた大男。その手に異様な雰囲気を持った巨大な剣を携え、他の黒尽くめの武装兵を引き連れ、自分達の
兵達を薙ぎ倒しつつこちらに近づいてきていた。
「な、何だあいつは!?」
「今までの奴等とはまるで別格な感じやなぁ・・・、滅茶苦茶強いんがここからでもひしひしと
伝わってくるでぇ!」
「恐らく、奴こそ・・・敵の総指揮官、という事だな」
その秋蘭の言葉に春蘭が強く反応する。
「ならば、奴を倒せば・・・っ!!」
そう言うと、春蘭は新たに現れた巨漢・に突撃していった。
「春蘭様ぁっ!!」
「ちょ!春蘭!!季衣と流琉っちが逃げ出すような相手に突っ込む奴がどこにおんねん!?」
「姉者!!不用意に近づくな!」
季衣と秋蘭の静止の言葉など耳を傾けず、春蘭は周りの敵の合間を掻い潜り、その巨漢へと近づいて行く。
春蘭本人は気付いていないが、黒尽くめの武装兵は敢えて春蘭に道を開けていた。自分達の総大将に春蘭
を捧げるかのように身を引いていた。その妙な行動に、秋蘭も違和感を感じた。
「はぁあああっ!!!」
「駄目だ、姉者!引くんだっ、姉者!!」
ブゥンッ!!!
秋蘭が叫んだ時には春蘭は振り上げた達を巨漢に勢いを付けて振り下ろしていた。
ガッゴォオオオッ!!!
鈍い金属音が大通りに響く。振り下ろされた太刀は春蘭の頭上まで振り上がり、彼女の両腕を大きく引っ張り、
その体はすこしだけ浮き上がる。
「っ!?」
春蘭の渾身の一撃は鷹鷲に弾き返され、その反動がそのまま彼女に跳ね返ったのだ。
「春蘭!!」
「まさか・・・あの春蘭様の一撃を容易く返すとは・・・」
「いかん・・・、姉者!逃げろぉ!!」
「な・・・、あっ!?」
秋蘭の言葉に春蘭が気が付いた時には、鷹鷲はその大剣を振り払おうとしていた。
「くっ・・・!」
ブゥウンッ!!!
「・・・・・・っ!!」
身体が浮き立った状態でありながらも、春蘭は防御の体勢を取る。放たれた鷹鷲の豪撃は自分の剣にて
喰い止めはしたものの、その重さと衝撃までは受けきる事は出来ず、春蘭の体はなす術も無く吹き飛び、
横の家の壁に激突する。壁は見事に破壊され、そのまま春蘭は家の中へと消えた。
「しゅ、春蘭さまぁーーっ!!!」
「ちょ、まじかいな・・・。春蘭を、一撃で・・・!!」
「姉者・・・、姉者ぁああああああっ!!!」
秋蘭は一人単身で敵陣の中へと走りだす。
「ちょっ!秋蘭待たんかい!!一人で突っ込むなや!!凪!」
「はいっ!!」
霞と凪は単身突撃する秋蘭の後を追いかけるも、他の敵達がそれを許さなかった。二人の進路を遮るように、
黒尽くめの武装兵達が立ちはだかる。
「なっ・・・!?またお前等かいな!?邪魔すんなやぁっ!!」
霞は偃月刀を振りかざし、そのまま突撃していった・・・。
「姉者ぁあああっ!!!」
秋蘭は、春蘭が消えて行った家へと向かう。その先には春蘭を吹き飛ばした大男が立ちはだかっていた。
「邪魔をするなぁあっ!!!」
ビュンッ!!!
秋蘭は走りながら鷹鷲に狙いを定め、矢を数本放つ。鷹鷲は秋蘭が放った数本の矢を大剣にて薙ぎ払い、
自分の間合いに入って来た秋蘭に横薙ぎを放つ。しかし、秋蘭はその横薙ぎの下をかいくぐり、回避すると
攻撃直後の鷹鷲に隙が生じる。秋蘭はそれを見逃さず、最後の一本である矢のを放つ。
ビュンッ!!!
「ッ!?!?」
その矢は鷹鷲の後左肩を刺し貫き、鷹鷲はそちらに気が向く。秋蘭は家の中を確認すると、奥の方で
うずまって倒れている春蘭の姿を見つける。
「姉者!」
秋蘭は壊れた壁から家の中へと入ると春蘭の元へと駆け寄って行った。
「姉者!姉者っ!!目を開けてくれ!姉者ぁああっ!!」
秋蘭を春蘭の名を呼びながら肩を揺すり続ける。
「・・・ぅ、ぅう・・・しゅ、しゅう・・・らん?」
「姉者・・・!」
意識を取り戻した春蘭を見て安著する秋蘭。だが、春蘭の顔が一瞬にして青ざめる。
「秋蘭!!」
「・・・?がぁっ!?」
春蘭を青ざめさせたもの・・・、秋蘭の後ろに立っていた大男であった。だが、秋蘭は春蘭に気を取られて
いたため、後ろの大男に気が付かなかった。
「が・・・ぁ、あっ・・・ぁあ・・・!!」
秋蘭が後ろを振り返ろうとした瞬間、鷹鷲の手が彼女の細い腰を乱暴に掴み上げる。
秋蘭は腰をしっかりと掴まれ逃げる事が出来ない。秋蘭はすかさず手に持っていた弓・餓狼爪の鋭く尖った
先端で自分の腰を掴む手に刺す。すると、その痛みから大男は掴んでいた秋蘭を振り払うかのように投げ
飛ばし、秋蘭は壁に空いた穴から再び外へと飛び出すと、石の様に地面をごろごろと転がっていく。
「しゅ、秋蘭・・・ぐぁっ・・・!!」
春蘭は立ち上がろうとするが全身に痛みが走り、思うように立ち上がれない。鷹鷲はそんな春蘭に目を
くれず、投げ飛ばした秋蘭の後をを追いかける。
「ぐ・・・、ぅうぅ・・・ぁあっ!!」
秋蘭は地面に打ち付けた体の痛みに顔を歪ませながらも何とか起きあがろうとする。そんな彼女を大きな影が
覆い尽くす。それに気が付いた秋蘭は顔を上げると、そこには直立不動の鷹鷲が大剣を携え、こちらを
見下ろしている。秋蘭は餓狼爪を探すが、それはちょうど大男の後ろに落ちていた。鷹鷲の大剣が
ゆっくりと・・・振り上げられる。
「あかん!!もう間に合わん!!」
「秋蘭様ぁあっ!!」
「秋蘭さまぁあああ!!」
「秋蘭様ぁっ!!」
「しゅ、秋蘭ーーーーーーっっ!!!」
―――彼女達の声は、秋蘭の耳には届かなかった・・・
―――秋蘭の脳裏に、一人の青年の姿がよぎる・・・
―――二年前、彼に救われたこの命・・・。ここで尽き果てるのか・・・
―――北郷っ・・・!!!
ブゥオンッ!!!
大剣が振り下ろされた瞬間、彼の名を心の中で叫んだ・・・。
ガッゴォオオッ!!!
「「え・・・?」」
「なっ・・・!」
「なんやて・・・?」
「あ、あいつは・・・!?」
そこに居合わせていた者達は目の前で起きた事が理解出来ず、一瞬時が止まったかのように思考が停止した。
彼女達の視線は一人の人物に注がれ、その人物から逸れる事はない。何故ならば、秋蘭の・・・彼女の目の前に
いたのは・・・。
「大丈夫か・・・、秋蘭?」
「お、お前は・・・」
呆然とする秋蘭。そんな彼女を確認しようと、後ろに目をやる。
「悪い・・・、待たせたな」
「・・・北郷」
懐かしい・・・彼の横顔を見て、秋蘭は彼の名をつぶやいた。
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こんにちわ、アンドレカンドレです。
前回の自分の発言が出過ぎたものだったため、一部の人達に不快な思いをさせました。この場を以て深くお詫びします。しかし、だからといってその考えを変えるつもりは僕はありませんし、その考えを受け入れろとは言いませんので、ご理解のほどを(何だかそういう話題が上がって、怒るのは一向にいいけど、サイト内で非難の言葉を吐いている光景がちょっと嫌だったので、見ていて気分が悪い・・・。別の場所でしろという話・・・)。
さて、今回も台詞回し、表現の修正。新規に絵を描き下ろし、一部の絵の修正を行いました。特に秋蘭が華琳に発破を掛けるシーンは台詞、絵のを追加するなどをしました。こうして見るとこの回は秋蘭が主役だ、ほんとに・・・(秋蘭は俺の嫁・・・、異論は認めないwww)。
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