第十章~青き龍は正義の一刃に討たれん~
―――日はとうに沈み・・・、空は闇へと染め、星達が地上を照らす・・・
―――その地上にて、赤く染まっている所があった・・・
―――その赤は、星達の光をかき消し、その暗く染まる闇夜さえも赤く染め上げる・・・
俺はその日、母さんのつかいで少し離れた町の方まで出かけていた。
でもその日は、町に行く時にいつも通る道で雨に降られたせいで途中で雨宿り、町に着いた時は
昼をとうに過ぎていた。町で母さんに頼まれた物を買い終えた時にはすでに夕刻、空と山は赤く染まっていた。
村に帰る時にはもう日が沈んで、俺は暗い林道の中を歩く羽目になった・・・。
「・・・あれ?」
ふと、村の方角を見る・・・。村の方の空が赤くなっていた。夕焼け空かな・・・と思ったが、方角的に
それは無かった。じゃあ、何だろう・・・?・・・次第に、不安な気持ちが膨らんでいった。
「・・・っ!!」
不安でたまらなくなった俺は暗い林道を走り出した。その赤い空の下を目指して・・・。
―――誰かの悲鳴が夜の澄んだ空気を切り・・・
―――誰かの泣き声が山々にまで届き、響く・・・
―――虚しくも、誰にも届くことなく・・・
―――次第に聞こえなくなっていく・・・
「なぁ・・・っ!?」
手に持っていた荷物を落とす。荷物は地面に落ちると袋から飛び出し、割れたり、土にまみれた。
数刻ほど前は、あんなに平和でのどかだった村が・・・、今家々から火が上がり、火の海と化している現実を
俺は受け止められずにいた。受け入れ難い現実に呆然とする・・・。
「はっ・・・!父さん、母さん・・・静奈!!」
我に返った俺は、家族が無事かどうかを確かめるために俺は燃え盛るの村の中へと行く。
その炎の熱さに体から汗が流れ落ち、息をするたびに熱くなった空気が、俺の喉を焼く様な感覚を覚える。
「父さーん、・・・母さーん」
必死になって、家族の名前を叫ぶ。叫ぶたびに熱くなった空気が俺の喉を焼く。
「静な・・・ッ!?」
俺の目に疑いたくなるような光景が映る。
「お、おじさん、おじさん・・・!!」
いつも俺と静奈に良くしてくれる隣家のおじさんが道の真中に倒れていた。
俺はおじさんの傍に駆け寄り、何度も呼びかけ、背中を揺する。でもおじさんはうんとすんともしない。
そして背中を揺すった俺の手は血に濡れていた。よく見ると、おじさんの背中には大きな切傷があった。
「おじさん・・・、そんなおじさん!おじさん!!一体・・・どうしっ・・・!?」
俺はようやく気が付いた・・・。おじさんだけじゃなかった。辺りにはおじさんの様に大きな傷を負って
倒れている村の皆の姿が至る所に見られた・・・男、女、子供関係なく。皆、俺が良く知る人達、いやこの村で
俺が知らない人なんていない!この村が・・・一つの家族を形成していたのだから・・・。
俺は倒れている一人一人に駆け寄る・・・が、誰一人起きなかった・・・。
「うぎゃあああっ・・・!!!」
ドサッ!!!
家の角から血を流しながら、人が飛び出して来て、そのまま地面に倒れる。そして家角から別に誰かが出てくる。
「ん・・・?おい、こっちにまだ生きている奴がいんぞ!」
俺の知らない人間だった・・・。この村の人間じゃない奴が血を滴り落ちる剣をその手に握っていた。
「まだ生きて残っていやがったのか・・・。さっさと殺すぞ!!」
また一人、この村の人間じゃない奴が出てくる。殺すって・・・、俺を?
まさか・・・、こいつらが皆を・・・?この熱い中にいながらも、全身に寒気が走る。殺されるという恐怖が
寒気として体を駆け巡る。二人の男が俺に近づいてくる。逃げなきゃ殺される・・・!逃げようと体を動かそう
とするが、恐怖あまり腰が抜けてしまったせいで立つことができない・・・。
「あ・・・、あああ・・・」
体が震えを上げる。そんな俺に構う事無く、男達が俺の前にまで来た。
「悪いなぁ、坊主・・・。でも、俺達の顔を見ちまった以上生かしておくわけにはいかないんだよ・・・」
そう言って、一人の男がその血に濡れた剣を振り上げる。
や、やばい・・・殺される。殺される、殺される、殺される、殺される、殺される・・・!!!
「ぎゃあああっ!!!」
突然後ろにいたもう一人の男が、悲鳴と共に倒れる。目の前の男は後ろを振り返る。そこには別の男が一人
立っていて、まるで一匹狼の様な気高さを持った人だった。
「な、何だてめぇは!?」
男がその人に尋ねる。
「・・・外道に名乗る名など・・・、持ち合わせてなどいない」
ザシュッ!!!
「ぶぎゃああっ!!!」
男の質問に答えると同時にその人は、男を右手に持つ蛮刀で切り捨てた。俺は・・・助かったのか・・・?
「大丈夫か、少年?立てるか・・・?」
「は、はい・・・」
そう言ってその人は俺に手を差し伸べる。
その人の優しい言葉に、俺を支配していた恐怖が消える。俺は助かったんだとようやく確信して、
俺はその手を取る。
「君はこの村の人間か・・・?」
俺を立ちあがらせるとその人は俺に問いただした。俺はその質問に首を縦に振る事で答えた。
「そうか・・・、実はたまたま近くを通りかかったのだが・・・」
その人が何かを話す・・・。その時、俺は忘れていた事を思いだす。
父さん・・・!母さん・・・!静奈・・・!!
俺は皆の元に向かう。
「お、おい何処に行くのだ?!」
その人の言葉を聞かず、俺は・・・自分の家に向かう。
「父さん!!母さん!!静奈ぁ!!」
皆の名前を叫び続ける・・・。
でも、誰も答えてくれない・・・。俺は自分の家の前に着く。家の戸は乱暴にこじ開けられたいた。
俺はそこから家の中を見る・・・。その光景に、俺は・・・。
「なっ・・・あ、あぁ・・・!!」
家の中が、家具や床、天井・・・あらゆるものが赤く染まっていた。
床には・・・人であったであろう、亡骸が三つ転がっていた・・・。
何もかも遅すぎた・・・、父さん達は・・・、無惨にも殺されていた・・・。
体から力抜ける・・・、俺はその場に座り込む。そのまま三人の亡骸を見つめたまま・・・。
俺は何を思ったのか・・・、足を引きずるように上半身だけで静奈の・・・、年が少し離れた小さい妹の傍に寄る。
その手には、この間・・・一緒に山に遊びに行った時に摘んできた・・・一本の綺麗な花を握っていた。が、それも
血によって赤く染まっていた・・・。
「・・・・・・っ!!!」
俺は思わず、静奈を抱きしめる。温もりを確かめようと力一杯に静奈の体を抱きしめた・・・。
でも、それでも温もりは感じなかった・・・あったのは、人間のものとは思えぬほどに、悲しくなるほどの冷たさだけあった。
「あ・・・、あぁ・・・、あああああ・・・・・・!!」
俺の体は再び、震え出す。どうしようもない感情が・・・俺を支配した。そしてその感情が、俺の中から溢れ出した。
「あああああああ・・・っ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ
ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
―――そして残るは、絶望・・・
―――その絶望は、いつしか憎しみへと変わっていった・・・
「・・・い、姜維・・・、姜維!!」
「え・・・?」
昔に思いふけっていたところに突然党員の一人に呼びかけられ、姜維は現実に戻る。
「え・・・?じゃないだろう。さっきから呼んでいるのに・・・どうしたんだ?」
「ああ・・・、いや別に」
「そうか?まぁいいか・・・、それよりさっき軍議で樊城の防衛拠点を攻める事になったぞ・・・」
「樊城ですか・・・、白帝城から目と鼻の先の?随分思い切りましたね・・・」
樊城を突破すれば、その先には白帝城。今、白帝城は蜀軍が本陣として劉備達が滞在している。
「しかも、今そこには関羽がいるそうだ・・・」
そこにもう一人の党員がそう言いながら近づいてくる。
「関羽って・・・、軍神と謳われる・・・あの関羽ですか?」
「その関羽だ・・・」
「・・・・・・」
「なんだよ姜維?びびってんのか?」
「そ、そんな事は・・!?」
「だが、確かに・・・関羽を相手にするのは出来れば避けたいなぁ」
「ですよね・・・」
「しかし、彼女を倒したとなれば、蜀軍に大きな損害を与える事が出来る。幸い、向こうの兵数は
こちらとさほどの差はない・・・」
「兵数ではそうだろうがよ・・・」
何分、向こうはあの乱世を生き抜いた精鋭達・・・。数で負けていないにしても戦力的に見れば、向こうの方が
上である事は明らか・・・、真っ正面から戦えば、返り討ちにあうのは必定であると党員は思っていた。
それを見透かすように、もう一人の党員が話す。
「その事について、廖化さんに考えがあるそうだ・・・」
「考え・・・、ですか?」
一体何だろう・・・?と姜維は首を傾げた。
「それは廖化さんから直接聞いた方が早いだろうさ。さ、行こうぜ。皆が待っている」
「分かった。じゃあ行くか、姜維」
「はい」
姜維は立ち上がると、すぐ党員二人の後を追う。すると、後から来た方の党員が彼の目の前に何かを差し出す。
「何ですか・・・これ?」
見た所、飴玉程の大きさの水晶玉が紐にくくりつけられた感じの装飾品のようだ。
「来る途中でよ・・・これをお前にって女の子から預かったんだよ」
「え・・・、女の子ですか?」
そう言って、姜維は女の子から預かったという水晶玉を受け取る。
「ああ、中々可愛かったぜ~♪何だよ~、お前も隅に置けないな!」
顔をにやつかせながら、姜維の肩に手を回す党員の一人。その党員の冷やかしに、顔を真っ赤にする
姜維であった・・・。
「よしよし・・・、上手いこと無双玉が姜維の手に渡ったか。後はあいつの怒り憎しみが玉に呼応すれば
・・・。しかし、樊城か・・・。関羽にとってこれほどの皮肉は無いだろうぜぇ・・・?」
物陰に隠れていた伏義は、笑みをこぼしながらその喉を鳴らしていた・・・。
別の頃、荊州・樊城の防衛拠点にて・・・。
「関羽将軍、東に放った偵察部隊が戻ってきました。どうやら、正和党に動きがあったようです。」
「そうか。では、迎撃の準備を整えろ!」
「はっ!」
正和党が動き出した事を察知した関羽達は、それに備え、戦闘態勢に入る。拠点内で兵達が慌ただしく動き回る。
そんな中、一人の若い兵士が愛紗に話しかけた。
「関羽将軍」
「どうした?」
「いえ・・・、大したことでは無いのですが、ここ最近の悪天候が続き、河川の水量が増加しているのが
少し気になりまして・・・」
若い兵士に言う通り、ここ最近立て続けに大雨という悪天候が続き、その結果、樊城の後方に位置する
大きな河川の水量が増していたのであった。もともと、この辺りは洪水の被害が多い事もあり、この若き兵士は
それを懸念した上での進言であった。
「ふむ・・・。だが、万が一に備えすでに堤防を作ったのだからその辺りの心配は必要なかろう」
無論、愛紗もそれは承知の上であった。そのため、早い段階で周囲の河川の岸に堤防を張る事で、洪水の被害を
出さないよう配慮していた。
「は、はぁ・・・」
「そんな事より、お前・・・、こんな所で油を売っている暇があるのならば、他の者達の手伝いなり、何なり
とやるべきではないのか?」
愛紗は少し叱りつける感じにその兵士に説教する。これに若い兵士は怖気づいた。
「は、はっ!失礼しました!!で、では自分はこれで・・・」
兵士は愛紗に向かって軽くを会釈すると、慌てて何処かに行ってしまった。
「全く・・・」
この時、自分自身が後でひどく後悔する事をまだ知る由も無かった・・・。
ここより後方の、河川の反対側に位置するもう一つの拠点・麦城・・・。
ここは防衛としてではなく、白帝城と樊城の防衛拠点を繋ぐ連絡拠点として機能していた。そのため拠点にいる
兵士は樊城に比べはるかに少なかった。
ザシュッ!!!ザシュッ!!!ザシュッ!!!
「うぎゃあああっ!!!」
「いぎゃあああっ!!!」
「ヴえぇえええっ!!!」
武装した三人の蜀軍兵士が一瞬にして体を四つに分断された肉片と共に大量の血が噴き出す。
この拠点は襲撃を受けていた。敵の数は・・・一人、たったの一人の男であった。しかし、その男に拠点に
駐在していた兵士達が次々と殺されていった。何故ならば速すぎるため、敵が彼等の目に止まらぬほど速く
動くため、彼等がそれに追いつけないのであった。その神懸った俊足に誰一人追いつけず、そして一瞬にして
体を切り刻まれて・・・逝った。
「い、いかん・・・!この事を関羽将軍と劉備様に報告を!」
「は、はっ!!」
この状況を芳しく無いと判断した拠点隊長は二人の部下に伝令の役を与えた。
二人の兵は急ぎ馬に乗り、拠点をそれぞれ反対方向に駆けて行った。
「逃がさねぇぞ・・・」
ザシュッ!!!ザシュッ!!!ザシュッ!!!ザシュッ!!!
「ぐぎゃああ!!」
「ぎゃああっ!!」
「ぶごほっ!!」
「があああ!!」
拠点内に断末魔がこだまし、手と足、そして首が宙を舞い、地面は兵士達の血で赤く染まる。
男は地面に転がる腕や足を踏みつけながら一人残った拠点隊長へとゆっくりと歩んでいく。隊長は剣をその男に
向け、果敢な姿を見せる。
「貴様、一体何者だ!正和党の人間か!!」
男は突然、歩みを止めると、拠点隊長を睨みつける。その目に射抜かれた拠点隊長はほんの一瞬ではあったが
びくっと反応し、身体を硬直させてしまった。それを男は見逃さなかった。
ザシュッ!!!
「ひぎゃぁああああああっ!!!」
拠点隊長の胴体が無残に引き裂かれる。引き裂かれた下半身から空に向かって大量の血が噴き出し、その場で
膝を折り前に崩れ倒れる。
「へへ・・・」
伏義は小刀にべっとり塗れた血を舌で舐め取る。その表情はまさに悪魔、それ以外に形容できる言葉がない。
「急げ!急げ!早くこの事を劉備様に伝えなくては!!」
馬の背中に乗り、その馬を急かす兵士。風が彼の全身を叩きつけられる。麦城で起こった事態を白帝城にいる
桃香に伝えんと、手綱を強く握り締め、前のめりになる。
ブゥオンッ!!!
「・・・?」
ふと、背中に風の様が当たった様な衝撃が渡る。だが今の彼には大した事では無く、何事も無かったと、彼は
白帝城に向かう。
「え・・・?」
だが、突然として目の前の景色が真中で分断される。何が起きたのか、兵士には全く理解出来ず、そうしている
間にも景色がどんどん左右に分断されていく・・・。そして、彼の意識も左右に分断された・・・。
ドサ!!ドサ!!ドサッ!!!ドサアァッ!!!
四つの肉片が進んでいた方向に向かって勢いよく地面を転がっていく。その勢いが無くなり肉片は地面で
静止する。それはその兵士と彼が乗っていた馬であったもの・・・。彼と馬は体の中央からバッサリと切られ
左右に分断されていたのだった。派手に転がったせいで血と体の内容物がその周辺に散らばっている。
「・・・これで連絡拠点は完全に死んだな」
その男、伏義はゆっくりと立ち上がるとそのまま何処かへと消える。
「さて・・・、俺がしてやるのはここまで。後はお前等で頑張んな・・・」
同時刻、樊城の防衛拠点では・・・。
「正和党の様子はどうだ・・・」
「は・・・!現在、ここより約三里ほど先で部隊を展開!数はおよそ四千!さらに後方には攻城兵器が確認できます」
「そうか。では、我々も投石機の準備を!連中が近づいてきたら、兵器事石の下敷きにしてやれ!」
「「「はっ!!!」」」
「関羽将軍!こちらに誰かが向かって来ております!」
城壁にて、工作兵達に指示をする愛紗。その指示に従い、工作兵達は投石機の準備に取り掛かる。
愛紗は前方に布陣する正和党を自分の目で確認する。すると、向こうから三人の人間が馬に乗ってこちらに
向かって来ている。そしてその三人中にの廖化がいた。
「・・・舌戦をかわすために突出して来たか・・・」
「如何なさいますか?」
一人の兵が愛紗に話しかける。
「ここは向こうに合わせよう・・・。我々も舌戦に行くぞ!」
「はっ!」
愛紗の他、二、三人が後に付く。
防衛拠点手前にて廖化と付き人の党員二人は馬から降りる。
馬を落ち着かせると、廖化は数歩前へ進んだ。
そして城壁の上を見上げると、そこには数人の部下を引き連れた愛紗がいた。
先に口を開いたのは、廖化であった・・・。
「久方振りですな、関羽殿!あの時以来ですから約二十日でしょうか?」
「そうだな・・・!あの時はまさかこのような日が来ようとは思わなかったが・・・」
「ええ、全く・・・。このような形で関羽殿と再びお会いになろうとは思いもよりませんでした」
「・・・それで、お主がここに参ったのはいかな用があっての事か?」
「別に大した事ではありません。あなた方の背後におられる・・・、劉備殿にお会いしたがため。
・・・他意はありません」
そう言って、廖化は軽く笑みをこぼした。そんな彼の態度に動じる事無く、話を続ける。
「他意がない・・・?桃香様のご意向を拒むだけで無く、あのような宣戦布告状を送りつけ、あまつさえ
これだけの軍勢を引き連れて・・・他意がないと言うのは、些か苦しいのではないだろうか?」
「宣戦布告した以上、軍勢を引き連れている事に何らおかしい事は無いでしょう」
「あのようなふざけた内容を宣戦布告というか!?お前達がしでかした事を・・・桃香様になすり付けようとは
、甚だしいのも大概にして頂こうか!!」
廖化の発言に対して、言葉に怒りを込める愛紗。しかし廖化はそれに動じる事無く、話を続ける。
「ふざけた・・・?自分達がした事をそのまま我々の咎とし、裁こうとする考えの方がよほどふざけているでしょう。
甚だしいのは、果たしてどちらの方だか・・・」
「何だと・・・」
「別にあなた方を責めているわけではありませんよ。ただ、あなた方の中に・・・我々を良く思っておられない
方々がいる事は・・・、私も承知しておりましたが・・・、今回の事は少しばかり卑怯ではないかと思いまして」
「まだ、そんな戯言を・・・!ならば、そうだと言う事を武力では無く、言葉で用いるべきでは無いか?!」
「武力では無く、言葉・・・?理想のためと・・・武力で相手を屈服させてきたあなた方から、まさかそのような言葉が
聞けようとは失礼ながら大笑いですな!!」
「何っ!?」
虚を突かれたのか、愛紗は目を見開く。
「そんなあなた方から逆賊の汚名を着せられた我々に、武力以外にどのような手段あるというか!?」
「何・・・だと!?一体何の話だ!」
「・・・何の話?白々しい事この上ありませんな!関羽殿!!分からないと言うのならば、あなたの劉備殿に聞いて
みたら如何だろうか!」
「くっ・・・!!」
「・・・まぁ、お互いに罪のなすり付けあうのもひどく見苦しいでしょうから、そろそろ終わりにしましょう」
全てを言い終えた廖化は後ろの二人を連れ、そのまま正和党の本陣へと帰って行く。その一方、愛紗は意味が
分からないと言わんばかりの顔をしながらその姿を黙って見送る。その手は血がにじみ出るほど強く握りられていた・・・。
「お帰りなさい、廖化さん」
本陣に戻って来ると、すぐさま姜維が近寄って来る。
「あぁ、俺らしくもなく・・・少し喋り過ぎたが・・・」
そんな彼に顔を向けながら、廖化は照れくさそうに話し出した。
「で、これから俺達はどうしますか?」
「ああ、俺達はこのまま連中の目を引き付ける。雨が降りだすまで・・・な」
「雨・・ですか。降るんですかね・・・」
そう言って、上を見上げる。青い空の所々に、雲が浮かんではいるが雨が降る様子はまるでない。
「俺を信じろ・・・」
「は、はい。そりゃもちろん!」
そんな彼に廖化は照れくさそうに話し出したの言葉に、頷く姜維であった。
一方、樊城の防衛拠点内の休憩所・・・。
そこには水一杯を何度も一気飲みする愛紗がいた。
「だ、大丈夫ですか・・・関羽様?」
彼女の側にいた侍女が苛立つ愛紗を心配そうに話しかける。
「もう一杯!」
そんな侍女の心配を余所に愛紗は空になった茶碗を侍女の前に差し出しさらに水を要求する。
「は、はい・・・」
仕方がないと思いながらも侍女は茶碗を受け取ると水を注ぐ。
「どうぞ」
侍女が茶碗を愛紗に差し出すと、黙ってまた水を飲み干す。しかし、それでも彼女の中のもやもやしたものが
消え去る事は無かった。廖化の最後に言った言葉が頭から離れない・・・。
「一体・・・、桃香様が何をしたというのだ・・・」
「関羽将軍!!」
「!!ど、どうした!」
突然、大声で呼ばれ愛紗は驚きながらも呼ばれた方を向く。
「正和党本陣に動きがありました!!おそらく攻城戦を仕掛けてくるかと思われます!!」
「そうか、分かった。すぐに行く!」
「はっ!!!」
兵達に命令を出す愛紗。そんな時、彼女の手に水滴が落ち、愛紗は空を見上げる。
「雨か・・・」
わずかながらも、小雨が降って来た・・・。
「廖化さんの言った通り、雨が降ってきたな・・・」
とある山中、そこに数人の党員が隠れるように潜んでいた。
「よし、そのままゆっくりと堰を降ろせよ・・・!」
川の上流では樊城付近を流れる中流と比べ、そこにすべり落ちれば助からないほどの水位が上昇していた。
その上流中腹に、川を挟んで立つ数人の党員達はゆっくりと注意を払って何重にも重ねられた堰を降ろしていった。
「よーし、そこだ!そのままで固定するぞ!」
指揮をしていた党員の呼び声で降ろされた堰が止まる。そこで川の水量を調節するための仮堰が出来あがった。
岸ぎりぎりまで上昇していた水位がその堰を境に大分下がっていた。
「後は本隊の動きに合わせるぞ!本隊が撤退した所を見計らって・・・」
指揮していた党員が他の党員達に作戦成功のため的確な指示を出していく。
「良し、弓隊!撃てぇーー!!」
城壁にて弓を構えた兵士達が、愛紗の号令で引いた矢を放つ。
「弓隊、ってええーー!!」
城壁の下で攻城戦を仕掛けていた正和党の一人が弓隊に号令を放つと、同時に放たれた矢達は交差しながら
下へ、城壁へと飛び交っていく。
拠点の前方、左右横に展開されつつある正和党の陣を切り崩すべく、愛紗率いる蜀軍は城壁に弓部隊を設置し
援護射撃を行いつつ、城門前を固めつつ戦闘を展開し、今の所どちらも一歩も引かぬ攻防が繰り返される。
「投石準備!狙いを定め次第、撃て!!」
廖化が投石機の工作部隊を指揮をする。投石機に設置された岩は城壁の向こう側へと放たれる。
その岩によって、拠点内の建物、道が破壊されていく・・・。
「ひるむな!こちらも投石機で向こうの投石機を破壊するのだ!!」
愛紗の号令によって城壁に設置された投石機から岩が放たれる。その岩は正和党の投石機に激突する。
一つの岩が一台の投石機の足の部分を折る。
「いかん!皆、退避!退避だー!」
廖化はいち早く党員達に撤退を促すと、投石機の周囲にいた者達は急ぎその場を離れる。
足を折られた投石機は自身の重みに耐えられず、横へと倒れた。
「よし、いいぞ!そのまま次の投石機も破壊するのだぁ!!」
「「「応っ!!」」」
「急げ!こちらも連中の投石機を破壊する!」
「「「応っ!!」」」
矢と岩が戦場を飛び交う中、雨もいつしか本格的に降り出してきた・・・。
「うぉおおおっ!!」
ザシュッ!!!
「ぐわぁっ!!」
「でやぁあああっ!!」
ザシュッ!!!
「ぎゃあっ!!」
拠点の前方、左右横では正和党員達と蜀兵達が白兵戦を展開していた。雨のせいで、視界が悪くなり、水を
吸った衣服、兵装が皮膚に纏わりつき、そして吸った分重みが増し、さらに水を吸った地面が泥状と化し、
彼等の手取り足取りを損なわせていた。
「はぁあああっ!!!」
ザシュッ!!!
「がはぁっ!!」
そんな中、姜維が一人の蜀兵一人を自身の大剣で薙ぎ倒した。
「くそ・・・、雨がどんどん強くなっていくな」
彼の体を雨が強く打ちつける。先程まで小雨程度だったはずが、今では土砂降り状態にまでひどくなっていた。
周囲は人が入り乱れ、地面は水を吸って泥状に変わり、足を持っていかれる・・・。泥で濁った水たまりがあちら
こちらででき、そこに何度も足が入って水しぶきがあがった。
「姜維!無事か!!」
一人の党員が姜維に近づく。
「はい!何とか・・・」
「時間だ・・・。廖化さんから撤退命令が出た。俺達はこのまま隊の殿を務めるぞ!!」
「はい!分かりました」
党員の言葉に縦に頷くと、廖化は党員と一緒に撤退の体勢に入った。
「関羽将軍!正和党が撤退していきます!!」
正和党は突如として退却する。投石機を放置したまま正和党は元いた本陣へと撤退したのだ。
「引いて行くか・・・。この雨の中での戦闘は厳しいと判断したのか?」
「雨の中では、敵味方の分別が難しくなりますからね。如何なさいますか?」
報告に来た兵はこのまま追撃するか、こちらも体勢を立て直すかを愛紗の指示を仰いだ。
「ここは下手に追撃するよりも、このまま雨が弱まるまでに体勢を整えよう。各兵にもそう伝えるんだ!!」
「はっ!」
兵は他の兵達に伝えるべく愛紗に一礼しその場から離れる。しかし雨が止む気配は一向に無かった。いつに
なればこの雨が止むのか、空を見上げながらそんな事を考えていたそんな時であった・・・。
「関羽将軍!」
「ん?・・・またお前か。今度は何だ?」
自分の名を呼んだのは、先程の若い兵士であった。愛紗は呆れながら慌てている彼の話を聞く。
「はっ!雨が降ってきましたので、念のため河川の様子を見て来たのですが・・・」
「何だまたその話か・・・。先程言ったであろう、万が一に備えすでに堤防を・・・」
同じ事を繰り返すのかと呆れ返る愛紗。雨が降って来たせいでまた増水でもしたのだろうと軽く思っていた。
だが、彼の話は違っていた。
「いえ・・・、そうでは無くてですね!」
「では何だ!」
「河川の水量が・・・、逆に減っているんです!」
「はぁ・・・?」
一体何を言っているのだ?と顔で語る愛紗。それに構わず兵士は話を続ける。
「ですから、河川の水量が雨が降る前よりも減っているんですって!雨が降れば、水量が増えるはず
なのに・・・。逆に降る前よりも極端に下がっているんです!」
「なん、だと・・・!?」
しかし、事態はそれだけに留まらなかった。愛紗は改めて正和党の本陣を見る。本陣ははこの拠点よりも
高台の所に展開されている事に今、初めて気が付く。この時、愛紗はようやく理解し、彼女の頭に二文字が
浮かぶ・・・だが、全ては手遅れの状態にあった。
「急ぎ、高台に登るように下にいる者達に伝令するんだ!」
「は・・・?」
「いいから、早く行け!!奴等は水攻めを仕掛けて来るはずだ!!急いで高台に移動するんだ!!!」
「は、はっ・・・!!!」
若い兵士は慌てて下にいる者達に高台に登る様進言する。
「前線の部隊の撤退を確認しました!」
山の中から、戦いの様子を窺っていた一人の党員が、大声で他の党員達にその状況を報告する。
それを聞いた一人の党員が、縦に頷く。
「よし・・・今だ!!堰を切れぇ!!!」
そして一人の党員が堰を固定する縄を剣で切った・・・。
ザシュッ!!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・!!!!!!!
「な、何だこの音!?」
拠点内で地響きが鳴り渡る・・・、最初は地震かと誰もが思った。その時であった。
「お前達、逃げろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
愛紗の叫びが届いた時には、すでに遅かった・・・。
ドゴオォォォォォォオオオオオンッッッ!!!!!
・・・突然の出来事であった。
拠点の数十人がかりでやっと開く巨大な扉が独りでに開いた、否、独りでではない。
扉を開けたそれは、開いた扉の隙間から怒涛の勢いで入り込んできたのだ。それは水だった・・・。
扉を開けたのは大量の濁った水だったのだ。大量の水が拠点の低地にいた者達を容赦なく飲み込んでいく。
高台である城壁にも水の脅威が襲いかかる。勢い余った水が城壁の兵士達と投石機を連れ去って行く。
河川から溢れ出した水によって堤防は決壊、そのまま拠点内とその周辺を浸水してしまったのだ。
水の勢いが収まった頃には、河川を溢れた水は拠点の城壁のやや下にまで達し、下に降りる事は不可能な
状態にあった。拠点を満たす水の中には逃げ遅れた兵や侍女などが変わり果てた姿で漂っていた・・・。
「・・・・・・・・・」
あまりにも一瞬の出来事に言葉を失う愛紗。
「関羽将軍!正和党の軍勢が船団を組んでこちらに向かってきています!!」
正和党達は数隻の小型船に乗り、この拠点へと進んでくる。布で隠していたのは兵器では無く船だったことに
今更気付くのであった。
「関羽将軍!ここは急ぎ後方の麦城に撤退すべきです!ここにいては正和党が・・・!!」
「・・・くぅっ!止むを得ない・・・。皆の者!急ぎ船団を構成し、麦城に撤退する!」
「「「「応っ!!!」」」」
正和党が到着する前に、愛紗達はこの拠点にあらかじめ用意されていた船に乗ると、そのまま拠点を離脱した。
「上手くいきましたね・・・」
「そうだな」
「正直に言うと、この作戦を聞いた時はどうかなって思っていました」
「そうか・・・。実は俺もそう思っていた」
「やっぱりそうですよね」
「だが、ここからだ。ここから彼女達をどこまで追いつめられるか・・・」
「はい、分かっています・・・」
姜維と廖化がそんな会話を船の上でしていた。
『いえ・・・、大したことでは無いのですが、ここ最近の悪天候が続き、河川の水量が増加しているのが
少し気になりまして・・・』
ふと、あの時の若い兵士の言葉を思い出す。この時に気が付きべきだった・・・、水攻めの可能性を。
本当に迂闊だった・・・、何故こんな簡単な事に気が付かなかったのか。向こうが一枚上手・・・、いや
向こうからして見れば、これほどのおいしい状況を利用しない手はない・・・。向こうの立場に立って考えれば、
すぐに考え付く事が出来る計画だった。となれば、これは自身が招いたもの・・・。奴等を一介の傭兵集団と
端から過小評価し、わずかばかりの油断を見せてしまった自分自身の愚かさが招いた結果・・・。
「くそっ!」
愛紗は小舟の先端を握り拳で叩く。悔しさから口から一筋の血が流れる。愛紗が率いる船軍は急ぎ河川の
向こう麦城へと進める。そこでの起きた惨劇を知るはずもなく・・・。
樊城の攻防があった頃の白帝城・・・。
「糜芳さん、糜竺さん。それではよろしくお願いしますね」
「はい、では行って参ります!」
馬の上から軽く会釈すると、糜竺は妹の糜芳と兵数十名と共に白帝城を発った。
その彼女達の姿が見えなくなるまで、朱里は城門前で見送っていた。
「行ってしまったか?」
そんな彼女の後ろから確認するように、訪ねて来る星。
「はい、たった今」
「そうか。私も見送ってやろうと思って来たのだが、一足遅かったようだな」
そう言って、星は糜芳と糜竺が向かった方向に目を向ける。
糜芳、糜竺はここ数日、定期連絡が絶たれている麦城・連絡拠点の様子を確認するべく、朱里の進言により
麦城へと向かったのであった。
「ところで軍師殿・・・、あなたに一つ尋ねたいのだがよろしいだろうか?」
「はい。何でしょうか?」
「こ度の戦・・・、正和党の反乱を軍師殿はどう見ておられるだろうか?」
「・・・・・・」
星の問いに、朱里は顎を手の甲で支える様にして考え込む。しばらくして考えがまとまったのか、朱里は
口を開く。
「元々・・・、正和党の存在はあまり良いものではありませんでした。中には、彼等を潰そうという声も
私の耳にも入ってきていましたし、ひょっとしたらそんな人達が裏で・・・とも考えていたのですが、
わざわざ戦に発展させる理由は無いはずです」
「そもそも事の始まり・・・、いやそれは前々からあったが、こ度の戦のきっかけとなったのは先日の巴郡で
の大火災・・・。あの事件があったからこそ、戦が始まった。そしてあの事件の真相は今だ闇の中・・・。
だからこそ、互いに疑心暗鬼が芽生えた」
「私達は正和党の仕業と・・・、そして正和党は私達の仕業と・・・指を指し合って、罪の擦り付け合い。
話し合いの場も設ける事も無く正和党は私達に宣戦布告をしてきました」
「たった一つの刺激があれば、それは戦へと咲き誇る・・・。桃香様が送った書状が気に喰わないもの
だったのだろうか?」
「そんな・・・、怒らせるような事は書いてはいなかったはずですが。私と雛里ちゃんでちゃんと見直し
ましたし・・・」
朱里が困った顔をしながら星を見る。星は頭を抱えながら思わず溜息をつく。
「・・・・・・。つまり、戦が起こる道理が見当たらない?」
「・・・申し訳ありません」
「まあよいさ。今はこの戦を早く終わらせる事が先・・・そうであろう、朱里よ?」
「はい」
堤防が決壊、浸水した樊城の防衛拠点を捨て、撤退した愛紗達。
後方から追撃してくる正和党から逃げる様に・・・。船での移動から陸での移動に変えると急ぎ、麦城に向かう。
そこで彼女達が見たモノは、彼女達にとってはあまりに残酷なものであった。
「こ、これは・・・!?」
麦城連絡拠点は、もぬけの空であったのだ。ただし、それは兵達が逃亡したためでは無い。
拠点内にはそこに駐在していたであろう兵士達が無残な姿となって地面に転がっており、血の匂い、人間の臓器
特有の臭さと死臭が立ち込めていた。その異臭に愛紗も思わず手で鼻をつまんでしまう。その光景にやられ、
嘔吐する者がいれば、気を失う者もいた・・・。
「何と言う事だ。すでに麦城が陥落していたとは・・・」
一人の兵士が呟く。
「しかも、拠点としての機能が完全に死んでいる・・・。これでは、篭城は無理です!」
もう一人の兵士が続いて言う。
「・・・・・・・・・」
愛紗は思わず、下に俯いてしまった・・・。彼女の自慢の黒髪も元気を失い、重力に従い垂れ下がっている。
そこに一人の兵士が近づいて来る。
「関羽将軍!西の方面から砂塵を確認しました!旗は「糜」!」
その言葉を聞いた愛紗は、その俯いた顔を上げる。
その数、およそ五十程度の兵を率いてきた糜姉妹が馬から降りると、陥落し開ききった城門から麦城へと入って
来る。その城内の惨劇を目撃し二人は思わず、口と鼻を手で塞ぎ目を背けてしまった。そんな二人に愛紗が近づ
いていくと、糜芳と糜竺は愛紗に対して姿勢を正す。
「糜竺達か・・・」
「関羽将軍!一体・・・これは!?」
慌てた様子で、糜竺は愛紗にこの城内の惨状を尋ねる。
「・・・済まない。我々も今しがた来たばかりで・・・。そういうお前達は何故ここに?」
申し訳なさそうな顔で愛紗が糜竺の問いに答え、逆に二人に問い返す。すると、姉の後ろにいた妹・糜芳が
代わってその質問に答える。
「私達は諸葛亮様の命で、定期連絡が断たれた麦城の様子を確認するため、ここへと赴いた次第です」
糜芳の話を聞いていた愛紗の顔が心なしか、少し歪んでいるようにも見える。
「・・・そうか。樊城にも定期連絡が来ていなかったから、少し妙だとは思っていたが・・・」
愛紗が言い切る前に、兵士の声で遮られた。
「関羽将軍!後方、約六里に砂塵を確認!恐らく、正和党かと・・・!」
その報告に、他の兵達に一気に動揺が走る。
「馬鹿者!!うろたえるな!!!奴等が追撃して来ている事は分かっていた事のはずだ!!」
動揺する兵達を一喝する愛紗。彼女の一言に糜竺は反応する。
「関羽将軍、樊城に居られたはずのあなた方がここにいると言う事は・・・?」
「・・・・・・・・」
もしかしたらという思いから出た糜竺の質問に、愛紗は口を噤んでしまう。彼女の反応に、糜竺は全てを
理解してしまった。
「そう・・・ですか。よくご無事で」
「・・・うむ」
「関羽将軍・・・」
噤んだ愛紗の口がゆっくりと開かれる。
「・・・・・・、お前達が連れて来た兵の数は?」
「五十です。よもやこのような事態になっていようとは・・・、思いもしなかったため」
「そうか・・・。では、迎撃は無理だな」
「どうなさるおつもりですか?」
糜芳が愛紗にこれからどうするかを聞く。愛紗は意を決した顔を示し、糜姉妹に言った。
「我々はこれよりここ・・・麦城を破棄し、この領域より離脱する!!お前達には兵達の先頭に立ち、
彼等を誘導して欲しい」
「関羽将軍は・・・?」
「私は・・・お前達が逃げやすくなる様、殿を務める」
「それは危険です!!」
「承知の上だ。だが、やらなくてはいけない・・・。樊城での失態を雪がんがため、私が皆の逃げ道を守る!」
「「関羽様・・・」」
愛紗のその強い決意を見せつけられ、姉妹の声が重なる。
「頼んだぞ・・・。私の部下達を無事、桃香様の元へと・・・」
「・・・分かりました。では、急ぎ隊を編成します。完了次第、ここを離脱します!!!」
そして糜竺は糜芳を連れ、隊の編成を兵達の元に駆け寄る。一方、愛紗は後方で立ち上がる砂塵を見つめていた。
「廖化さん!この先の蜀軍の拠点の城門が開いています!!」
軍の先頭を駆けていた一人の党員が後方の廖化に報告する。
「罠か・・・?」
「分かりません。ただ、その城門の前に関羽と思われる人物が一人立っています!」
「関羽殿が一人で・・・。他の兵達はどうした?どこかに隠れているという可能性は無いか?」
「その可能性は否めないかと・・・」
「・・・よし!では、ある程度近づいたら弓隊を前に!!拠点の城壁、城内、森の中。隠れられそうな場所に
矢の雨を注いでやれ!!!」
「「「応っ!!!」」」
「急げぇ!!奴等は待ってはくれぬぞ!!」
愛紗は城内で撤退の準備をする兵達を急がせる。兵達も急ぎ、城内から離脱していく。そこに前方から
近づいてくる正和党から放たれた大量の矢が麦城に降りかかる。
「うぎゃあっ!!!」
「んぎゃあっ!!!」
矢が兵達を刺し貫き、その場に倒れる。
「急げ!!急げ!!!早くこの城から出ていけ!!!」
あの矢の雨を青龍偃月刀で切り抜けた愛紗は兵達を急がせる。
「廖化さん!どうやら向こうは撤退の準備をしているようです!!」
先行していた党員が廖化に報告する。そこから向こうが罠を張っていない事が判明した。
「尻尾を巻いて逃げる気かよ!」
廖化の隣りにいた姜維は怒りを露わにする。
「撤退もまた戦略の一つだぞ、姜維。しかし・・・あの関羽殿が抵抗の一つも示さず、安々と
拠点を破棄するとは少し解せないな」
廖化は姜維をなだめながらも、どこか納得がいかないという顔をする。
「どうします!このまま連中を逃がすんですか?」
「そんな事はせん。この勢いを殺す理由は無い・・・。ここで関羽を追い詰めておけば今後の戦いでこちらに
優位に進める事が出来るからな」
「・・・分かりました!俺、廖化さんの言葉を信じます!!」
そう言うと、姜維は軍の先頭に馬を進める。正和党の先頭は、今まさに麦城の城門前に仁王立ちする愛紗と
接敵しようとしていた・・・。
同時刻、場所は成都・・・。
パリンッ!
「きゃっ!」
「月!?どうしたの!」
場内の厨房にて、メイド服を身に纏った二人の少女が食器を片づけていた時。月が手を滑らし、一個の湯呑を
床に落としてしまった。
「ご、ごめん・・・詠ちゃん」
今にも泣きそうな顔をする月。
「いいわよ、そんな事。それより怪我は?指は切っていない?」
そう言いながら、詠は月の手を取り、何処か切っていないかを確認する。
一方、床に落ちた湯呑は無残にもその原型をとどめておらず、破片と化していた。
二人は気が付いていなかったようであるが、その湯呑は・・・愛紗が愛用していたものであった。
「はぁぁああああああっ!!!」
ザシュッ!!!
「ぐわぁっ!!!」
「くっ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・」
次々とかかって来る正和党の党員達を青龍偃月刀で切り払っていく。
すでに場内はもぬけのから・・・。兵達は糜姉妹の誘導によって、この領域から撤退していた。
しかし、愛紗はその場から離れようとはしなかった。少しでも彼等を遠くへ逃がすため、正和党の侵攻を
体一つで防いでいたのだ・・・。
「全ては桃香様のため・・・この関羽雲長、ここで倒れる訳にはいかない!!!」
「関羽、覚悟!!」
「うおおおおっ!!」
再び左右から正和党党員が襲いかかって来る。
「でやああああっ!!」
ザシュッ!!!ザシュッ!!
「ぐはっ・・・!!」
「ぐっ・・・!!」
一人は足を、もう一人は肩を青龍偃月刀の刃先がかする。
「桃香様のため・・・。悪く思うな!」
「ぬうっ!?」
愛紗は足を切られ、立てなくなった党員に青龍偃月刀を突き立てようとした時・・・。
「させるかよぉっ!!」
「・・・っ!?」
ガキイィィィィッ!!!
横から襲いかかって来た斬撃を青龍偃月刀で受け止める愛紗。ぶつかった衝撃の重みで愛紗は少しばかり
後ずさりする。
「姜維っ!」
止めを刺されかけた党員は自分を助けた仲間の名を呼ぶ。その名を聞いた愛紗は目の前の少年を見る。
「姜維・・・。確かあの時の・・・成程、まさかこのような形で再び会うことになろうとは」
「そうだな!・・・と言っても、別にこれと言って言葉を交わしたわけじゃなかったがな」
「確かに、あの時は目線を交わしたのみ・・・。そして今度は刃を交わしている!!
はぁあああっ!!!!」
「姜維っ!気を付けろ!!」
ガキィイイっ!!!
「ぐっ・・・!!」
愛紗による青龍偃月刀の一撃を大剣で受け止めるがその重みに負け、受け身をとれぬまま地面に叩き伏せられる。
その衝撃がそのまま呼吸器に達し、姜維は一瞬呼吸が出来なかった。たったそれだけの事ではあったが、実力は
圧倒的な差があるのは誰が見ても分かる事であった。
「く・・・、いかん!姜維一人で軍神・関羽に勝てるはずが・・・」
肩を押さえる党員が二人の圧倒的な実力差を理解していた。姜維は剣を杖にして立ち上がる。
「くそ!流石軍神・・・、たった一人でこの強さかよ・・・!」
「無論だ!私は桃香様の矛、例え民達から忌み嫌われようとも貴様達逆賊を討ち倒すまで倒れる訳には
いかん!」
愛紗の口から『桃香』という言葉を出た瞬間、彼の中で何かが切れる音がした・・・。
「・・・そうやって、・・・建前作って、都合の悪いものを全部葬るつもりかよ・・・。俺の村の様に!!」
再び剣を構え直す姜維。彼の中の何かに火が付いたように、姜維の雰囲気が一気に変わる。
「村だと?一体何を言って・・・!?」
姜維はそんな愛紗にお構いなしと再び立ち向かっていく。その時、彼の上着の内ポケットに入っていた・・・
あの時、仲間から手渡された飴玉のような水晶玉がうっすらと紫色に輝き出す・・・。
ガキイィィィィインッッ!!!
「くっ!?」
突然として姜維の剣の速さと重みがが増し、愛紗は辛うじて偃月刀で受け止める。一体彼の何処にこれほどの
力を隠していたのだろう。そして水晶玉が更に輝きを増していく。
ブゥオンッ!!!
またさらに速くなった。愛紗は彼の斬撃を体捌きで紙一重に避け、攻撃直後の姜維に反撃する。
ブゥオンッ!!!
「なっ!?」
だが、すでにそこに姜維はおらず、愛紗の放った一撃は空を切った。そして今度は自分の番と、姜維が愛紗に
斬撃を振り下ろした。
ガキイィィィィインッ!!!
愛紗は彼の一撃を偃月刀の刃で受け止めると、そこで二人の競り合いが始まる。
「お前達はいつもそうだ!何が理想だ!何が大徳だ!何が民のためだ!!そんな綺麗事を並べやがって!
お前等が言うと虫唾が走るんだよ!!俺達の時は何もしなかったくせしてっ!正義の味方ぶってんじゃねぇ!!」
「さっきから好き勝手な事を・・・!お前は一体何様のつもりでそのような事を言うのだ!?先に仕掛けて
きおったお前達が正義だとでも言うのか!?」
「あぁ、そうさ!!俺はそう信じている!少なくとも、劉備みたいな無能者を都合の良い偶像の様に祀り
上げているお前達なんかよりずっと信用できる!!」
「貴様・・・、桃香様を愚弄する気か!?」
「あいつだけじゃない!お前も同類だ、軍神関羽!!」
「何ぃっ!」
そこで互いを弾き合い、距離を取ると二人は得物を構え直し、再び仕掛けていく。
「はぁあああっ!!」
「でやぁああっ!!」
ブゥオンッ!!!
ガッゴォオッ!!!
ブォウンッ!!!
ガッギィイッ!!!
二人が放つ一撃がぶつかる度に金属音が鳴り、火花が散る。互いに引けを取らぬ攻防・・・。他の正和党員達は
いつしか二人の戦いに魅入ってしまっていた。
「貰った!」
ブゥオンッ!!!
そう言うと同時に、愛紗は姜維に横薙ぎを繰り出す。だが、姜維は自分の大剣を重しにして愛紗に飛び込んで
いくようにして前転を決める。
「な・・・っ!?」
愛紗の放った横薙ぎは姜維の大剣にぶつかるもそれが大剣に勢いをつけさせてしまい、前転を決めた姜維は
その勢いを遣って愛紗の頭上を一気にすり抜け、愛紗の背後に着地する。
ドガァッ!!!
「ぐはっ!」
着地直後の姜維が放った回し蹴りが愛紗の背中を捕える。無防備の背中を蹴られ愛紗は前のめりになるも、
前に数歩歩きながら後ろを振り返る。そこには姜維が大剣の切先を愛紗に向けていた。
「偽善者の言葉なんか信用できるか!その偽善者の仮面ごとお前をぶった斬ってやるっ!!
死んでいった皆の・・・仇だぁぁぁあああっ!!!」
姜維は大剣の峰の部分を右肩に乗せたまま、前のめりになった体勢で愛紗に突撃を仕掛けていく。
とても単純な動き・・・これなら、と愛紗が思った瞬間、水晶玉の輝きはついに内ポケットの外にまで漏れる。
その瞬間であった。
「な、なに・・・消えたぁっ!?」
突然姜維の姿が消えた様に見える。次に彼の姿を捉えたのは・・・。
「死いぃぃぃねぇぇえええっ!!!」
「・・・っ!?」
自分の間合いの内側・・・、姜維は既に剣を振り落とす体勢に入っていた。今からでは反撃は間に合わない、
そう判断した愛紗は偃月刀の柄の中央で、彼の一撃を受け止める態勢を瞬時に取る。
ブゥオンッ!!!
彼の大剣が愛紗の青龍偃月刀の柄の中央部分に振り落とされた。
ザシュゥゥウウウウウウッッッ!!!
「がはっ・・・!?」
この時、蜀の青き龍が地に墜ちた・・・。
同時刻、魏領・陳留・・・。
ここもまた2年という月日が過ぎ、街の姿は大きく変貌していた。そんな街の姿に、久方振りに訪れた一刀は
面喰ってしまっていた。
「ここが・・・陳留?あの頃より、随分と栄えているな・・・」
そんな事を考えながら一刀は陳留の街へと入って行く。見た事も無い建造物が乱立し、道は多くの人が行き
交い、道端では出店風の商店や旅商人達が品を広げ、大きな声で通行人に宣伝している者がいれば、歌を歌う者達や
大道芸を披露している者達もいた。楽しそう歌っている少女達の姿がなんとなく天和達と被る。所々にて、警備隊と
思しき姿の者を何度か見かけたが、一刀には全く見覚えの無い者達であった。
「まぁ・・・、2年も経てば街も変わる・・・か」
嬉しい様な、寂しい様な・・・。心中複雑な思いの中、一刀は一軒の店の前で足を止める。
「ここは・・・」
変わり切ってしまった街の中で、唯一見覚えがあるこの店。ここはあの時・・・一刀が華琳達に尋問された時に
使った料理屋だった。
「変わらないものも・・・確かにあるか」
そろそろ昼時もあって、店の中は多くの客で賑わっていた。それを見て一刀の腹の虫が鳴く。
「少し早いけど、飯にしようかな」
一刀は店の中に入っていった。
「すいません!炒飯1人前!奥の机に!」
「あいよ!」
一刀は厨房に向かって食べたい料理を注文すると、そのまま店の奥の空いている席に向かう。来ていた外套を
隣の椅子にかけ、鞘に収まった刃を壁にかけると自分も席に着く。
「ふう・・・」
一息を着いた一刀はおもむろに、尻ポケットから折りたたまれた紙を机に広げる。そこには小さく簡易的では
あったが、洛陽までの道が描かれていた。
「陳留が・・・、ここだから。洛陽はここだな」
人差し指で、陳留の位置を指し示すと、そのまま流すように左へとずらし洛陽と書かれた場所で止まる。
「あそこから陳留までで、だいたい4日だから、ここから洛陽はその半分の2日で着く計算になるな」
そう言い終えると、一刀は手元の金銭を数える。
「・・・・・・微妙だな。ここで飯を食べたらぎりぎり、後は野宿したりして経費を削っていくしかない」
露仁が居なくなってからちょうど4日が過ぎていた。たった1人でここまで来たが、まさか1人旅がこれほど
寂しいものとは、思ってもいなかった。1人でいると、嫌な事を思い出してしまったりして自己険悪になる。
あの時・・・何とか伏義を追い払う事は出来たが、結局の所・・・何一つ分かっていない。逆に分からない事が
増えてしまって、あの時露仁が何を伝えようとしていたのかすらも。最も1人で考えても答えが出るはずも無い。
考える事はいくらでも浮かんできても、どれ一つ解決の兆しが見えない。駄目だ駄目だと頭を横に振って、
もう一度考え直そうとしていると・・・。
「お客様ー!ご注文の炒飯、お待ちどう様で~す!」
と元気のいい店員さんの声が聞こえた。
「あ、はーい!店員さん、こっち、こっ・・・ちぃ・・・・・・」
おもむろに顔を上げた一刀は白い器に山盛り盛られた炒飯を運んできた店員の方に顔を向ける。
「ッッッ!?」
その店員があまりにも予想外な人物であったせいで堪らず吹き出し一刀の体から一気に血の気が引き、一瞬に
して身が固まる。彼の顔がみるみると青ざめていき、開いた口は塞がらず、金魚のようにパクパクとさせる。
「・・・どうかなさいましたか?お・きゃ・く・さ・ま♪」
店員は清々しい程の笑顔で一刀に接待をするが、その笑顔が逆に一刀を恐怖のどん底に落としたのであった・・・。
Tweet |
|
|
18
|
2
|
追加するフォルダを選択
こんにちわ、アンドレカンドレです。
昨日にはすでに再編集出来ていたのですが、挿絵を新たに書き下ろす必要性があったため、今日になってしまいました。サイト内では某二次創作者の作品が盗作され、本人のテンションが下がっているとか・・・、一日も早く立ち直ってほしいとは思いますが、個人的にはそんなに深刻な事態でも無いだろうにと楽観的に見ている。向こうも事後報告はしたのだし、それでいいじゃないのか?とあちらは知らなかったのだし・・・、盗作したって認めたんでしょう?向こうもやってしまったと思っているだろう・・・と僕は思う。
中には謝れ!謝罪しろ!って言う人がいるけど、僕はそういうのは好きじゃない、僕がそういうのが嫌いだから。何だか謝る事を強要されているみたいで。もし僕が悪い事をして謝るべき状況にあったとしても、こんな風に言われたら強要されているみたいで謝る気が失せてしまうもの・・・。
続きを表示