戦局は予想通り。いや、匈奴軍が涼州軍の中央軍本陣前に張り巡らせた馬防柵と拒馬槍の防衛陣を突破出来ず、さらに馬防柵前には落とし穴と大量の足がらめが設置されており、拒馬槍は何重にも張り巡らされている上に、簡単に撤去出来ない仕組みになっていたため、匈奴側からすればどうしても突破出来ず、攻めあぐねる他無かった。
しかも長槍を持った歩兵の槍襖が匈奴軍の攻勢をさらに困難にし、馬防柵と拒馬槍を守っていた。
その合間から弩兵の強力な矢が放たれ、後方からは矢の雨を降り注がせる弓兵部隊が備えており、本陣を攻め上がる所か良い的になるだけであった。
「一先ず、此処までは予定通り、か。」
「ですが、そろそろ向こう側も動き出す頃かと。何時までも的になるとは思えませぬ。」
「まあな、右翼と左翼の状況は?」
「既に全軍位置に着き、いつでも行動可能です。
! 若殿、匈奴軍が動き出しましたぞ!」
「ああ、右翼と左翼に合図を!」
匈奴軍は攻め破れないと見たか、防衛陣を迂回して本陣に横撃を仕掛ける戦術に出たのである。
そう動くのを、待っていたんだ!
俺の号令と共に、本陣の牙門旗側左右の旗が振られる。それは、あらかじめ決めていた合図であった。
見る見るうちに、涼州軍右翼と左翼が、本陣前とは少し異なるが、馬防柵と拒馬槍の防衛陣が形作られる。
匈奴軍が本陣を攻め落とそうと躍起になっても、何れ堅牢な防衛陣に梃子摺り、匈奴軍が横撃を仕掛けて来る事を予見していたのである。
そのため龐徳は右翼左翼の主軸を務める軍を本陣のある丘裏に、歩兵は用意していた防衛陣の機材を持たせ、所定の場所から少し離れた場所に潜ませていたのである。
そして匈奴軍が本陣に向けて突撃して来たのを確認し、本陣攻撃に躍起になっているのを尻目に、右翼と左翼は所定の位置に到着、体勢を整えたのである。
そして、その作戦は成功した。本陣前の防衛陣を迂回して横撃を仕掛けようとした匈奴軍は、これまた強固な防衛陣にガチガチに守備を固められ、突破出来ない。
匈奴軍からしたら、これは後方を除けば包囲された事になる。本陣と同じく、右翼と左翼の防衛陣の後ろには、長槍隊と弩隊が控えており、その後方に控えている弓兵部隊が矢を雨のごとく降らせて来たのである。
これは、いにしえの趙国三大天が一人、李牧が匈奴を打ち破った戦術を、龐徳が採用し、ただし馬防柵と拒馬槍を含め、さらに強力な威力を発揮する弩隊を数多く揃え、それを3組に分けて1組ずつ斉射させると言う、所謂「長篠の戦い」の「鉄砲三段射ち」を弩で再現したのである。
弩は極めて強力な矢を放つ事が出来るが、連射出来ないと言う大きな欠点がある。
これを克服するために龐徳は、数多くの弩隊を揃え、「三段射ち」運用法で克服したのである。
他にも連弩と言う連射式の弩があるにはあるのだが、威力が落ちるので今回のこの戦ではあくまで長槍隊と弩隊の援護、即ち弓兵部隊と同じくくりにしたのであるが、実は結果的にこの連弩もかなりの威力を発揮し、後に正式採用され、運用される事になる。
戦局は最早一方的であった。大軍でもって押し寄せて来ただけに、開いている後方に逃れようにも身動きが取れないと言う、匈奴軍とは思えぬ醜態となった。
それでもなんとか体勢を立て直そうと必死に檄を飛ばす匈奴の単于の耳にも、いや戦場のほぼ全ての匈奴兵の耳にも届く、轟音が響いたのである。
ドガーーーン!!
その音は匈奴軍後方から突如響いた。しかも一回ではない。
ヒュルルルルと言う音の後に、再び凄まじい轟音が響いたのである。
それはさながら、雷鳴にも似た音であった。
思わず耳を塞いでしまう轟音は、人間にも効果があるが、もっと効果が働いたのは、匈奴兵が騎乗する馬であった。
「すご〜い・・・よほど至近距離で爆発しないと殺傷力なんて無いのに。面白い様に混乱してるね〜。」
やけに間延びした声の主、俺のかなり遠い従姉にあたる龐柔(俺は姉上と呼んでいる)が驚きを隠せない様子だった。
俺を除けば唯一生き残る龐家の人間である。元々龐家の分家であったが、10年前、龐一族は俺を除いて族滅したのである、が少し経って姉上は辛うじて生き延びていた事が判明。
そのため、馬騰様は姉上を龐一族の分家から本家の一員とさせたのである。
当時の負傷も今は完治し、軍を指揮する将の一人として今回の戦にも従軍しているのだ。
「元々あの爆弾は音で匈奴軍の馬を混乱させるのが目的で作りましたから。
破壊力にはそもそも期待しません。
あの様な轟音を経験した事の無い匈奴軍、それ以上に馬からすれば、どうしても狂乱状態に陥り、混乱は避けられません。」
そう、それは火薬を詰めた球に導火線を付けたもの、爆弾であった。それを投石機を用いて匈奴軍に投げ込んだのである。威力は低いが、音で馬を驚かせたのだ。
恐らく匈奴兵も初めての経験であろう。どんなに押さえつけようとしても馬が言う事を聞かず、振り落とされる者も現れる始末である。
一方、涼州軍は爆心地からは離れており、音が響いてもたいした反応はない。無論、それを狙って匈奴軍後方に爆弾を打ち込んだのだ。
「右翼の翠様、左翼の蒲公英様。共に上手くやってくれましたね。」
「お二人は涼州が誇る将軍。だから右翼と左翼を担当して貰ったのです。このくらい当然でしょう。」
「そうね、所で鷹ちゃん(おう、と読む 龐徳の真名)?」
「・・・何でしょうか? 姉上?」
「どうして菖蒲(あやめ、と読む 龐柔の真名)の事姉上って呼ぶの? それに敬語なんて要らないよ?」
「・・・年齢考えて下さい姉上。いくら何でも昔みたいに姉上の事を呼べる訳無いでしょうが。
後、此の敬語は地です。」
「嘘〜。じゃあなんで李烈じいや(じいの事)とかだとそんなに自然に敬語無しでしゃべれるの〜?
昔みたいにぃ、お姉ちゃん、って呼んでよ〜。」
「・・・後、時と場合も選んで下さい。今は戦争中ですよ。」
とっとと打ち切った。このままだといつまで経っても終わらん。何やら後ろで「じいや〜鷹ちゃんが可愛く無い〜」等とごねているが無視だ無視。
ええい全く! 眼下では必死に戦う兵士達が居ると言うのに。何だお前達、そんな生暖かい目で俺を見るなッ!
「伝令! 右翼、左翼共に爆弾を射ち終わりました。これより後方に回り込み、突撃を開始するとの事です。」
それは、戦局の最終局面に突入する事を告げる伝令であった。
一瞬、姉上のせいで緩んでしまったが、それを聞いた瞬間、本陣に控えた全ての俺の兵士達に緊張感が戻る。姉上も先程の駄々を捏ねる姿が一変した。
「伝令ご苦労。指定した拒馬槍を撤去する様、下の部隊に伝えて。」
「ハッ!」
「いよいよですな・・・。」
「ああ、弓兵部隊にも伝令を出せ。防衛陣まで移動、ただし撤去される拒馬槍付近には近寄るなと。」
「ハッ、ただちに。」
伝令が飛ぶと、すぐに軍は動き出す。俺達本軍騎馬隊の前に布陣していた弓兵部隊が防衛陣付近に移動し、拒馬槍の撤去が始まる。
既に大混乱状態の匈奴軍はそれに気付く者が居ても、弩隊や弓兵に射られて近寄れない。
そして、ついに拒馬槍が取り払われる。取り払われた箇所は3カ所。
「じいは1万5千を率いて右側から突撃! 姉上は同じく左側を突撃!
残った2万を俺が率い、中央を突破、蹂躙する!」
俺は右手に握った大槍を掲げる。刃の部分が分厚く、それで射て研ぎ澄まされた、俺の宝刀である。
「龐徳軍全軍に告ぐ!」
そして、宝刀を振り下ろしながら、俺は号令を下した。
「我に続けぇ!!」
はい、駆け足でしたがプロローグの3話目を投下です。此処まで読んで下さった方、ありがとうございます。
大戦、と言う割にはあっさりと決着が着きそうな匈奴戦。
正直、長引かせるつもりは無かったので悩みはしましたがこういう一方的な描写にさせていただきました。
作中にも出ている通り、李牧が匈奴を破った戦術を、改良して迎撃。それに馬防柵と拒馬槍(丸太に足を着けて、さらに尖らせたものを組み付けて騎馬の侵入を防ぐ仕組み 龍狼伝に出て来たのを採用)を組み合わせる事で防御にも優れた鶴翼から包囲、殲滅すると言う形にしました。
他にも長篠の戦いの応用(最も、本当は鉄砲三段射ちはしていないのでは? と言う説が今は有力らしいです。)で、匈奴軍をガリガリ削りました。
匈奴からすれば本当の地獄はまだ始まったばかり。そして龐徳無双がそろそろ発動します。
後、龐徳の真名を「鷹(おう)」にしました。理由はふと思いついたからです。
他にも龐柔(菖蒲)を女性にしたり、じいに名前(李烈 蒼天航路に同じ名前あり 思いつかなかったので採用)と色々とオリキャラを目立たせてみました。
他にも名前だけですが翠と蒲公英も出てきました。恐らく次回で台詞も出せると思いますが、仕事が始まるので更新が遅くなりそうです、ホントすいません。やっと就職出来たので・・・。
それでは、4話目で会いましょう。
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思いっきり駆け足になった匈奴戦。
25万対40万なのにもう決着まで後少し。
後、今回のお話で龐徳がどう言う人物なのか簡単に想像がつくかと思います。
それから、作者はキングダムの愛読者です(何を今更)。