「そういうあなたは噂の無差別襲撃犯かしら?」
孫策の返答。暗にその通りだという内容を混ぜ込んだ質問。
後ろ暗いことは何一つないという態度に祐一は少し驚嘆する。
「まあ、もう用事はすんだからあんなことはしないさ。冷静にしてくれた人もいたわけだし。」
「へぇ…それでそんなあなたが私に何の用?」
「一つ確かめたいことがあっただけ。この策をとった人間の中身ケダモノか、愚物か、臆病者か、賢者か、はたまた王か。」
「あら、あなたなんかにいちいち確認されなくても私は孫呉の王よ。」
「立場なんか聞いていない。むしろ半端に立場を持ったやつなんかはくだらない思想持ってることも多いしな。」
眼をスッと細め祐一を射抜く。若干の殺気さえ込めて。
「そう、あなた何様のつもりなのかしら?」
「臆病なケダモノだった男さ。今だって、間違っても王や賢者じゃない。」
鬼丸の鞘を握る手に少し力が入ったが、間違っても臨戦態勢とは言えない。そして殺気にひるんだ様子はない。何を思うかは読みとれない。
「へぇ、じゃあ言うだけ言ってみなさい。」
「……お前は兵士になんて言って攻撃させた?」
「……は?」
孫策にとって、それはあまりに予想外な切り口であった。故に即答し損ねた。
「…火を放った近くに、黄巾党に捕まった奴隷がいるとは想像しなかったか?」
返事を聞く気はないのか、気にせずに次の質問を繰り出す。
「“眼の前に居る奴らは人間じゃなくケダモノだ”と言い聞かせなきゃ剣を振るえない臆病者に戦わせて、人間もケダモノも関係なく殺しつくす火計を仕掛けたのか?」
そのまま止まらずに最後まで言い切る。
「それとも、臆病ものに剣握らせて、黄巾党以外の無垢な人間も自分の策で焼き殺すことを理解してもなお火計を選択するだけの覚悟はしたのか?」
殺気などまったく出さず、ただ威圧感だけを向けて、
「答えて見せろ。王だと言い張るなら、俺の考えられる以上の覚悟を。」
問いかける。
「大変教師を逃がすなーーー!」
「「「「おおおぉぉぉー!!」」」」
「たいめんきょーきをおえーーー!」
「「「「おおおぉぉぉー!!」」」」
黄巾党の追撃を行う官軍。そして、
「………なあ、桂花。」
「………何よ?」
「………張角って、“大賢良師”だよな?」
「………言わないで。頭がどうかしちゃいそう。」
それを眺める曹操の本陣に居る一刀と桂花。話題逸らしに一刀は別の質問を向ける。
「…それじゃあ、あの官軍を率いてる二人は誰なんだ?」
「華の旗が華雄っていって将軍よ。それから何の旗が何進っていって皇后の姉で肉屋の娘。」
「お肉屋さんねぇ…」
「……憎たらしいことに朝廷の官位で言えば軍部の頂点である何進の方が高いのよ。華琳様ですら足もとに及ばないくらいに。」
「華琳よりもっ!?」
こんな会話がなされたのは、ちょうど祐一の質問が終わったころだった。
「餓鬼道に堕ちたヒトを人間とは言わないのよ。それを許せば腐った人間は周りの人間を腐らせる。」
祐一の眼を見返し、雪蓮は言葉を紡ぐ。
「この場で黄巾党を始末できなきゃ、ここで燃え死んだ奴隷なんて比じゃないくらいの無垢な命を危険にさらすことにもなるのよ。」
「………」
祐一は何も答えず、無言で促す。
「………それに私たちは祖国のために、この乱を利用するのよ。」
「策殿!?」
「大丈夫よ、祭。袁術の密偵はこっちに来てないし。」
「………それで?」
本来ならこの場で出るはずの無い言葉がでる。それに驚き声を上げる祭と、大したことないという雪蓮。
「私たちの父祖代々の土地である呉を取り戻すためなら、あなたが言葉にした程度の覚悟、とっくの昔に終えてるわ。兵たちだって同じ。」
「人間を殺してる自覚はあるんだな?」
「ええ。人間を殺した自覚ならあるわよ。それでも、これが自分たちの目的のためにも、非力で無垢な民にとっても最善だと確信しての行動だと天に胸を張っていえるわ。」
不敵な笑みを浮かべて見つめてくる雪蓮の顔を見る。
一つの偽りさえ許さない。一つの強がりさえ許さない。後づけならば許さない。
そう訴えかける眼でもって。
それでも、雪蓮はわずかにも瞳を揺らさず、不敵な笑みは崩さない。
「なら、もう俺から聞きたいことはない。そちらは何かあるか?」
祐一はそう言って探るような眼をとき軽く微笑んだ。
「そうね。聞きたいことはホント山ほどあるけど。」
「あんまり時間かけないでくれると助かる。」
「まず、あなた誰?」
「相沢だ。真名は祐一。好きなように呼んでくれ。」
「……そんな自己紹介じゃ、相沢としか呼びようがないんじゃないの?それとも今のは真名を預けるってこと?」
「好きなように呼んでくれ。」
「……じゃあ相沢、あなたも私にその覚悟とやらを見せてみなさい。それ次第であなたが敵味方関係なく殴り飛ばしたっていうのもチャラにしてあげる。」
軽く笑いながらわかってるねぇ、と小さく呟き雪蓮の眼を射抜く。
「俺は絶対に後悔をしない。それが、それだけが俺の覚悟だ。」
「後悔をしないですって?」
「ああ、反省するときも、己の非を認めるときもある。それでも俺は絶対に後悔をしない。」
殺気ではない。威圧でもない。それでも言葉をはさむことを許さない何かを込めて。
「いつ、どこで、誰に、どうやって殺されようが、死ぬときに『ああしておけばよかった』と思うような思い出を二度と作らない。」
あえてそれを言葉で表すならば、それは【強さ】だろうか。
「二度と後悔をしない。それが俺の誓いで、信念で、覚悟だ。どこの誰に何と言われたって、曲げるつもりはないし、ないがしろになんてさせない。俺があの中を突っ込んでったのも同じ理由だ。
己の浅慮に反省はしたから次は同じ行動をとらないとは思うが。」
「………そう。」
彼の強さは全てを飲み込もうとする。自分というものを強く持っていなければ、きっと自分の誓いを塗り替えてしまうのではないかと思うほどに。
理由なんてない。
眼の前に居るのが、そういう存在だという以上の説明をすることができない。
だけど、
「あなたの決意もまがい物じゃないようね。いいでしょう、あなたにやられた私たちの兵の中で死人は出てないらしいし。でも次はないと知りなさい。」
飲まれるわけにはいかない。自分は王なのだから。
「次こんなことがあれば問答無用であなたを殺すわ。『何処でどう殺されても後悔しない』とあなたは言ったのだから。」
揺らがせたりはない。自分たちの目的を。誇りを。
Tweet |
|
|
21
|
0
|
追加するフォルダを選択
十四話投稿です。
雪蓮と祐一の会談ですね。黄巾党の話の山はとりあえずこれで過ぎました。
祭さんが空気になってしまって、すごい後悔してます。
二人を別行動にさせとけばよかった…。