「無関心の災厄」 -- 第一章 シラネアオイ
第15話 ケモノの呟きと道化師の雄叫び
「珪素生命体《シリカ》は、『異属』を消せ、という唯一最大の命題を与えられているために、互いを消し合い、珪素生命体《シリカ》の残滓に惹かれるという特性も相まって、今ではその数が激減しています。その現象を防ぐために、私たちは活動しているのです」
珪素生命体《シリカ》が激減している。
それはそうだ、生み出されることなく減っていくだけの存在は、いつか滅びるしかないだろう。それを食い止めようと思えば、保護下に置き、『異属』と接触しないようにさせるしかない。
そのための保護。
つまり、コイツはずっと本気でシリウスの保護を行おうとしていたわけだ。
「シリウス」
「なあに、マモル」
不思議そうに見上げてきたネコの蒼い瞳は、純粋だった。一転の濁りもないサファイアブルー。
「シリウス、オマエはどうしたい?」
「どう、って?」
聞き返されて困った。
どう問えばいいだろうか?
「この個体を放置すれば、国家に捕獲されるのは時間の問題です」
萩原加奈子を殺した犯人として、か。
口をつぐんだオレに、白根は追い打ちをかけた。
「ですから、私がすべての責任で以て片付けます」
「どういう事だ?」
「その珪素生命体《シリカ》を保護し、事件すべての元凶は私であったという事実に書き換えを」
「なっ……」
それは、白根があの殺人事件の犯人として投降するという意味だ。
「そうしたら、どうなるの?」
シリウスの純粋な興味。
白根は、腕の傷を押さえながら淡々と答えた。
「人間の社会には、規則が存在します。そして、罪を犯したモノはその規則に沿って裁かれます。犯した罪と同じだけのモノを返されるでしょう」
「同じだけ……?」
首を傾げるシリウス。
「じゃあ、ボクは消えたらいいって事なのかな?」
「……!」
純粋が故、率直。実直。
そして、ケモノに近い素質を持ちながら人間の思考を与えられてしまったアンバランスなこのネコに、消滅への恐怖はなかった。
そんな結論は誰も望んでいないのに。
「ボクはマモルのお友達を消しちゃったから、ボクが消えるのが規則なんだね」
「違います。私は爪で切断されてしまった彼女を即死と判断し、すぐにその場を離れました。そして、男子生徒が発見し、あの騒ぎとなりました」
白根の声が静かに響く。
「彼女を殺したのは私です」
「でも、ボクが『犯した罪』は、そういうモノなんでしょう?」
罪。
そうだ、シリウスが萩原の命を奪った事は事実。
言葉を失ってしまったオレを見て、聡いネコの子は理解する。
「それに、ボクの存在で、ボクの仲間は同じ目に遭う」
そんな事はない、と言えない。
何しろ、シリウスの言葉は真実だから。
もし彼が国家組織の方に捕まれば、確実に珪素生命体《シリカ》全体に危害が及ぶ事は否めない。有機生命体に非干渉であるがゆえ保たれていた均衡が崩れてしまう。
「だから」
でも、駄目だ。
その言葉は、朽ちない筈のオマエに引導を渡す最後の刃。
「ボクが消えればいい」
「やめろ、シリウス!」
それ以上の事を口にしたら。
それ以上の事を望んでしまえば。
ホントウに消えてしまうから。
朽ちない珪素生命体《シリカ》を唯一無に帰すマイクロヴァースが、シリウスの思いに反応して発動してしまう。
マイクロヴァースは、死に至るような損傷を被った時、または、本人の意思によって発動する。
だからもし、シリウスが消えることを願ってしまったら、本当に消えてしまうのだ。
「やめろっ……だってオマエ、まだ名前もらって少ししか経ってないだろうがっ」
ついさっき。
ほんのついさっき、あのヤマザクラの下で先輩がつけた名前。
「名前ってのはヒトに呼ばれるために在るんだよ! オレはせっかくのオマエの名前をもっと呼んでやりたいんだよ!」
一年前の懺悔。
アイツにも、もっと笑わせてやりたかった。
「オレはオマエといて楽しいよ。だから、もっと一緒にいたいと思う。それはシリウス、オマエも同じじゃないのか? こんな時間に学校まで来たのは、そのせいじゃないのか?」
「ボクもマモルさんといて楽しかったよ。だから、マモルさんが悲しむのは嫌なんだ」
「だからっ」
何故伝わらない。
オマエが消えるとオレはまた悲しむのだという事がどうして分からないんだ。
「でも、ボクは名前を持つ『ニンゲン』を消した。マモルは悲しかったんでしょう? それにこのままだと、ボクと同じ珪素生命体が大変な目に遭うんでしょう?」
「誰かを消したから自分も消えるなんて、そんなめちゃくちゃな論理があるか! 罪滅ぼしってんなら生きて償え!」
「償うって、ナニ? 生きるって、ナニ?」
蒼い硝子玉。
そこに感情はない。
いつもぴんと立っていた尻尾は、地面にぐったりと横たわっていた。
「ボクはマモルを悲しませた。仲間にも、酷い事をした。でも、ボクさえ消えれば問題ないんでしょ? だからボクは消えるよ」
ダメだ、もう。間に合わない。
「シリウス――! 消えるな。オマエまで消えたら、オレはまた悲しむだろうが! またオレにあんな……」
血。切断面。顔。
銀色。消滅。ヤマザクラ。笑顔――
「またあんな辛い思いなんて」
我儘な言葉だ。
こんな我儘じゃ、きっとシリウスには届かない。
「行くなっ、シリウス!」
まだ名前を呼び足りない。
これからもっと、何度も何度も呼んでいくはずの名前だったのに。
「シリウス!」
ああ、シリウスのこの笑顔は、とてもよく覚えている。
きっとそれは、笑わない珪素生命体が唯一赦された笑顔なんだろう。
ねえ、先輩。
『コトバは魔法だ』なんて、本当はウソなんだろ?
口先でイキモノの生死を変えられるのなら、この世に死なんてモノは存在しねえ。
たった一言、『レイズ』というだけで蘇る、そんな御伽話は、創りモノの中にしか存在しないんだ。『光あれ』って出来る眩い世界なんて、空想の産物なんだ。
王子様のキスで生き返るってのなら、オレは何度だってそのヤマザクラの幹に口付けてやるよ。
バカ野郎。
オレには、いつだって何も出来はしない。
どんな言葉を使ったって、どんなに考えを巡らせたって結局、梨鈴もシリウスも救えないから。
本当にコトバが魔法だというのなら、オレにシリウスを救う魔法を教えてくれ。
今なら薄っぺらいオレのプライドなんか全部捨てて、本当のバカ野郎はオレだと認めたうえで、それを知るヤツの前に跪いてもいいから――
でも、オレの祈りは届かなかった。もしくは、届いても間に合わなかった。
オレたちの見ている目の前で、シリウスはやっぱりサクラより星空より美しい最後の笑顔で、全身から美しい銀色の光を放ち始めた。
さらさらと崩れ始めた身体は、驚くほどあっけなく消えていって。
何度も何度も読んだ名前に、ネコは少しだけ尻尾を振って。
風の中に、まぎれて、何もかもを、無に帰した。
静かな校舎に、オレの絶叫が響き渡った。
そして静かな、悲しげな夙夜の懺悔が夜風に響いた。
「ごめん、マモルさん」
オマエが謝ることじゃない。
そう言いたかったのに、オレの喉からは呻き声しかでなかった。
まるで悲哀を助長するかのように、サクラの花が散る。
真夜中の学校で消えていったネコを導くように。
悲哀を呼び込んだ完全なる美の罪を問うかのように
また何も救えなかった道化師をあざ笑うかのように。
そして、無関心に災厄を導いたケモノを責めるかのように。
これですべてが終わったのだと告げるかのように。
Tweet |
|
|
2
|
2
|
追加するフォルダを選択
オレにはちょっと変わった同級生がいる。
ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。
次→http://www.tinami.com/view/129852
続きを表示