「祐一さん大丈夫かな…」
「というかなんで祐一さん居ないんですか!?」
「えっと、ちょっとお花を摘みに~って言って外に行ったけど。」
「あの人がそう言ったなら本気で文字通りお花を摘んでいる気がしてなりません…」
だいたいお花を摘みにというのは女性の表現方法です。という言葉は出なかった。
此処は劉備軍本隊。愛紗と鈴々の部隊は既に先行して前線で戦闘を始めている。
砦の前は左右に狭い上、複数の諸侯が同時に前線に出ているので本隊を投入できたのは孫と曹のみ。官軍は完全に出遅れていて一部隊さえ満足に前線に出せていない。
砦から炎が燃え盛っていることは既に確認できているし、さっき開門したこともきちんと伝わっている。
本当なら祐一に何人か兵を持たせて張角とかを探索させたいところなのだがその所在は知れず。
普通の兵士に張角達を捜索させたところで曹操たちに対抗できる成果は期待できないだろう。一応出してはいるが。
「まったく!非常識にもほどがあります!!」
「なんだあいつは!?非常識にもほどがある!!」
手を組む、ということをしていないのだから自分たちの都合のいい行動、予想通りの行動をとるとは限らない。それは当然のこと。
それでも、最低限の常識のようなものはある。
黄巾党は砦や指導者を守り、集結した諸侯と戦う。
集結した諸侯は砦を落とし、指導者の首級を獲るために黄巾党と戦う。
それがこの戦場における常識、前提条件である。
諸侯同士は言ってみれば「早い者勝ちうらみっこなしの砦及び首級争奪戦」をしているだけで、先を争うことはあれど互いに戦闘をすることはない。
だからこそ背中を気にして戦うようなことは無いのだ。
だがその中で一人、あまりにその常識を無視した人間がいる。
ひたすら、愚直に前を目指して、そのために邪魔になるものを問答も所属確認も無用とばかりに力ずくでどかして走り抜ける。
漆黒の羽織を纏い、長い前髪で目元を確認できない。雲霞のごとき兵士の中を駆け抜けるその人物の顔は確認できない。
一般兵では、下手すれば服装さえも認識しきれてないのではないかとも思うほどにその男は早く、止まらない。
時折聞こえる叫び声からどうやらそいつの性別が男らしいとわかる程度だ。
砦や指導者を守るために戦っているものを、黄巾党を討つために戦っているものごと蹴り飛ばす。
その戦闘能力は今まで名前が知られていないことが不思議なほどに高い。しかし、一騎当千というものではない。
事実、一瞬視界にとらえた姿は、肩のあたりに刺さった矢を抜き捨てた所。
呼吸は遠目に見ても普通の状態ではない。走っているからというには余りに肩の動きが大きすぎる。
明らかに疲労困憊。
「何なんだ…あいつは……!!」
既に砦は開門している。彼我の戦力差によるものなのか砦前での戦闘は未だ終わっていないが突入部隊が砦の中に突っ込むくらいはもうできるだろう。
いや、ついさっき鬨の声が聞こえたし、既に砦の内部に攻め込んでいるかもしれない。
突入部隊を率いている王、自分の親友を思いせめてこの男と出会うことが無いようにと願う。
この男より、自分の親友である雪蓮の方が戦闘能力は高いだろうとは思う。
それでもなお、こう思ってしまうのだ。
あの男と雪蓮は会わせてはいけない。
これが、雪蓮がいつも言っている勘というものだろうか。
もしもいつも雪蓮が勘だと言って色々言ってくるのがこれほどの恐怖や寒気を伴うようなものならば、それはとてつもないものだと思う。
論理的な理由もないのに、どうしようもなくそう思える。否、そうとしか思えないのだ。
どうして自分がそう思ったのかもわからない。会わせたところでどうなるとも思えない。万が一戦うことになったとしても雪蓮の方が明らかすぎるほどに分がある。
それなのに、結論が変わらない。
あの男と雪蓮を会わせてはいけない。
「いっ、今こそしょ、しょーねんば…だよ!みんな!頑張って!!」
「……何進よ。どこでどう頑張ればいいのだ?」
「……いじわる…」
参戦するにはあまりにも時期を逸してしまっていた。まとまった部隊を一つ入れることもできないような状態を眺めるしかない華雄は、もはや怒りの感情も湧かない。
諸侯に利用されるという危険は無くなったが、官軍の無能さをさらけ出したともいえる。
「が、頑張って~!」
情けなく、意味も持たない何進の激励の言葉がこだました。
黄巾党本隊がいた砦。
黄巾党の人間は散り散りになって逃げたか、砦の前で勇敢に戦っているか。
そこで黄巾党の人間が、それを討ちに来た諸侯の軍がどんな死に方をしようが、こんなにも心を揺すぶられるはずはなかった。
殺し殺される世界には慣れている。
死体を厭う感情はマヒしている。
白兵戦主体の戦争なんて言うのは経験がなかったが、半年間も義勇軍として転戦しているんだから特にこの場で何かを感じることもないはずだった。
それが、眼の前の光景を想像しただけで冷静な思考を失った。
あまりに懐かしいそのふざけた臭いと光景が、祐一の足を完全に止めた。
燃え盛る炎。
焼け落ちる本丸。
既に炭と灰になった倉庫と宿舎。
炎の中で剣を振るう戦士たち。
断末魔の絶叫さえも飲み込む炎。
肉の焦げたにおい。
倒れ伏した戦士はどれもあまりにむごたらしい。
それは彼にとって、あまりに懐かしい光景。
こんな結末が嫌だった。
初めて人間を殺した日。
意識が戻った時はたしか雪が降っていた。
血と炎で真っ赤な世界。
真っ白く染まっていくのが嫌だった。
後悔は今日の出来事でお終いにすると誓った日。
その光景と、あまりによく似ていて。
炎は善も悪も関係なく全てをなくそうとするから。
あの日あそこに居たあの人たちも炎が、俺が殺してしまったから。
きっとここに居た、旅人や農民として生活してきた奴隷とか、生きるための唯一の手段として賊を選んだ人の家族とかも平気で炎は殺してしまったから。
「ふざけんなよ……」
この光景に思いいたってからここに到着するまで冷静な思考を保ててはいなかった。
それでも、耳にした言葉の中でどうしても許せないものがあった。
「……人だと思うなだと?……ケダモノだと?」
火計をしかけたのがどの陣営か、通り抜けてきた陣営がどこだったのかは確認していないから知らない。官軍だったのか呉軍だったのか公孫軍だったのか。
だけど、ソレは祐一にとってあまりにも許せない言葉。
「そんな言葉で自分を偽らなきゃ剣を握れない臆病ものが……善も悪も関係なく殺しつくす策をとったってのか?」
握りしめた拳から血が流れる。
「なめたことしてんじゃねぇぞーー!!!!」
祐一は走り出す。彼の向かう先を確認するものは居ない。
「………」
「姐さん?どうかしたんですか?」
「…いえ、あの、太郎さんも次郎さんもそうなんですけど、何故私を姐さんと呼ぶのですか?真名を預けたんですから美汐と呼べばいいじゃないですか。」
「いえ、特に理由はないんですが……しいて言えば何となく?」
「………そうですか…」
「……なんかかなり真剣な顔してたんですけど、そんなこと悩んでたんですか?」
「そんなこととは失礼ですね。祐一さんがミッシーとか呼んでくるせいで私の真名が軽く扱われている気がしてたんです。充分大問題ですよ。」
「俺たちは三人まとめて太次三郎とか呼ばれてたこともあったくらい…というか今でもそうやって呼ばれることあるくらいなんで、お頭はそういう人なんだと思う方が身の為ですよ。」
「そうですか。」
美汐はさして興味なさそうに返答して、三郎が声をかける前と同じような顔でぼんやりと炎に巻かれている黄巾党の砦の方を見る。
「…………姐さん、恋の病ですか?」
「そうですか三郎さんは明日の食事はご飯粒三粒でいいんですねわかりました。」
「えっ!?いや、姐さんすいません!!」
祐一がいつもしているようにからかって場の雰囲気を変えようとしてみたが、とんでもないクロスカウンターが入った。
土下座で謝る三郎。
「三郎さん?何をしているんですか?そんなことをしたら私のさっきの言葉が本当みたいじゃないですか。」
追い打ちを放つ美汐。
しかし、それでも見ている方向も、その表情も変わらない。
しばらくの沈黙の後、その沈黙を破ったのは美汐であった。
「………三郎さん?さっき、祐一さんの叫び声とか、聞こえませんでしたか?」
「へ?いえ、俺はとくに何も聞こえませんでしたが…」
「そう、ですか……。」
「(……さっきの俺の恋の病発言、案外図星だったりしたのか?)」
だが、美汐が感じた祐一の叫び声は断末魔の声とか夕日が沈むビジュアルが同時に再生されるような告白みたいなものではない。
なんと言っているのかは分からない。ただ、怒りに満ちた、とても悲しい叫び声。
ただ、聞いているものの胸を締め付ける、悲しみの感情を怒りでコーティングしたような、そんな叫び声が聞こえた気がした。
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十二話投稿です。
とりあえず、祐一君がこんなになるとは自分でも思ってませんでした。……以前も書いたかもしれないですけど、祐一のギャップが自分の想像を完全に超越している…