皆さまどうもお久しぶりです。赤眼黒龍です。国家試験まで残すところ2週間となり、日々忙しい毎日を送っております。
勉強の息抜きにと少しずつ書いていたのですが、気が付いたら書き終わってしまっていたので急遽更新することにしました。それと共に今回お詫びとお知らせがあります。
まずはお詫びについて。
前回の巻末で個人ルートに関してのアンケートを取らせていただいたのですが、今回の話では、7番しか書いておりません。実際はもう2つ、1と3も書いてはいるのですが、7を思った以上に力を入れて書きすぎてしまい、おまけ的な要素が強くなり過ぎたことと、文章が長くなりすぎるという理由により、今回記載を断念しました。アンケートまで実施しておきながら身勝手な理由で中止した事をお詫びするとともに、次回の11話に収録したいと思いますので、ご容赦ください。
次にお知らせですが、今後より一層忙しくなっていくので次の更新が4月中旬から5月になりそうです。出来るだけ時間をとって更新できるよう努力はしていくつもりですが、おそらく一月以上は更新できなくなると思います。一身上の都合で読者の皆様を待たせてしまうこととなりますが、ご理解いただけると助かります。
少し長くなってしましましたね。それでは記念すべき2ケタ突入の10話楽しんでいただければ幸いです。どうぞ。
夕刻。一人の老人が畑から帰っている最中だった。少し疲れたので休もうと近くの切り株に腰かける。老人の右手には薄気味の悪い森が広がっていた。
老「相変わらず薄気味の悪いところじゃのう、この森は」
そう思いならその森を眺めていると後ろから老人に声をかける者がいた。
「翁よ。少しいいか?」
老人が振り返るとそこには黒衣に黒髪の短髪、黒い瞳で腰に白くて少し湾曲した剣をさし空色の刃を持つ戟を持った武人らしき男が立っていた。
老「なんじゃね、お若いの。わしに何か用かね?」
「一つ尋ねるが、ここは“魔の森”で間違いないか?」
男が指差す方向。そこには先ほどと変わらぬ薄気味の悪い森が広がっていた。
老「そうじゃが、そんなことを聞いてどうなさる?」
男はその問いに応えることなくじっと森を見つめていた。
老「あの森には近づかん方がええ。中に入って今まで戻って来た者は一人もおらん。命が惜しければ引き返すことじゃ」
「・・・・・」
男は無言のまま森に近づいていく。
老「おい、あんた」
「この森で私を待つ方がいる。私はどうしてもそのお方に会わねばならんのだ」
振り返った男の顔には信念のこもった強い瞳が輝いていた。老人はその目に少し圧倒されながら男に問う。
老「・・・・あんた、いったい何者じゃ?」
真「御堂。曹猛徳のところで客将をしている、天の御遣いなどと呼ばれている男さ」
そう言い残し男は森の中に消えた。数年後、老人は孫たちにこう語ったという。
老『わしはあのとき御遣いが神に会に行くのを見送ったんじゃ』と。
真は華琳から貰った3日間の休日の前の日の夕方には陳留を発ちその日の夜には魔の森に入っていた。
真「やはり良く似ている。大地も木も空気も天帝の森と同じだ」
濃い霧が立ち込める薄暗い森。周囲には純度の高い氣が満ちている。目を閉じ大きく息を吸い込めば辛く激しい訓練の日々を思い出した。
真「雷皇に認められてから使いこなせるまで朝から晩まで森で訓練に明け暮れったけなぁ。本当によく似ている」
既に日は落ち、辺りを夜の静けさが包む。真は足もともほとんど見えない暗闇の森の中を何の迷いもなく進んでいく。そしてやってきたのは樹海が少し開け夜空の見える場所だった。
真「やはりここも同じか。月は満月。あの日と同じだ」
夜空に輝くのは、真が初めて雷皇を手にして天帝の森に入ったあの日、迷い続けて力尽き倒れた成親が見たあの日、見上げた空に光っていた満月と同じ月だった。
真「さて、同じやり方で通じるかな?」
真は蒼天(真の戟)を地面に突き立て、腰に帯びている雷皇をゆっくりと抜く。そして満月にその切っ先をむけて静かに唱えた。
真「我が名は御堂真。天の加護を受け雷皇に選ばれし者なり。雷皇よ。今、我が願いに応じ神への道を示せ。我は御堂真、雷の守護者なり」
すると月から一筋の光が舞い降りる。刀身にまっすぐ吸い込まれるように伸びた光を浴びて、刀身が青白く強く輝く。その光が完全に刀身に収まると今度は刀身から森の一点を示すように一筋の光が伸びる。それはそこから現れた。
真「・・・・まさか・・・・お前たちは・・・・・」
驚きのあまり目を大きく開く真。そこから現れたのは2頭の巨狼。一頭は蒼銀、一頭は白金。伝説にある常陸成親と共に戦乱を終わらせ、天皇国日本の守護聖獣として崇められている2頭の巨狼に間違いなかった。
その内の一頭、白金の毛並みの巨狼が真に歩み寄る。近くで見るとその体格は馬とほぼ同等の大きさを誇る。そんな巨狼が真の前で腰を下ろす。そして鼻先で自分の背中を指し示した。
真「乗れというのか?」
真の問いに対し低く唸り声を発し応える巨狼。真は雷皇を鞘に戻し蒼天を引き抜くと巨狼の背にまたがった。その体はとても心地よい暖かさで、毛並みは月光を浴びて金色に煌めきその手触りはとても良い。
巨狼たちは真がしっかりと乗ったのを確認すると森の中へと消えていった。
深い霧の中を進むこと15分。霧が薄くなり始める。そしてその霧を抜けた先には鳥居がありその先には質素な作りの祠があった。
真「ここまで運んでくれてありがとう」
真は巨狼の背から降り、巨狼たちののど元を撫でる。2頭は気持ちよさそうに目を細めた。ひとしきり撫でると真はそこに蒼天を突き立てその横に崩天を揃えて置く。そしてゆっくりと祠に近づき5メートルほど手前で正座する。そして腰から雷皇を鞘ごと抜き自分の前に置くと深々と頭を下げた。
巨狼たちは跪いた真の両横に立つと、天に向かって吠える。次の瞬間、その場の光景は一変した。先ほどまであった森が一瞬にして消え失せ神秘的で神々しい光が辺りを包む。そして祠の扉がひとりでに開き中から三つの光が飛び出す。その光は真の前に並び、強く光り始める。光が収まった時には3人の男女がそこに立っていた。
??「面を上げよ」
その声に従い真がゆっくりと顔を上げる。
??「久しいな、御堂よ」
真「雷帝様もお変わりなきようで」
真に雷帝と呼ばれた男。身長は180強で筋肉質のがっしりとした身体。雷皇と同じ青白い短い髪。同色の鎧を身にまとい、頭には兜ではなく額と顎の両側のみを護るようになっている額当てをつけていた。顔は少し厳つく、口調と相まって厳格な印象を受ける。
??「久しぶりですね御堂殿。お元気でしたか?」
真「はい、風帝様。貴方様もお変わりないようで」
風帝と呼ばれた女性。新緑のような鮮やかな緑の長く滑らかな髪。髪と同色の天女の衣のような服を着た絶世の美女である。やさしく穏やかな印象を受ける顔。左が髪の色と同じ緑、右が晴れ渡る空のような青の左右違う色をした瞳を持っている。天帝に仕える7人の神の中で最も慈愛に満ちた女神として知られる。司る力は『癒しと加護』。
風帝は真の事が気に入っているようで、真は今までに何度か彼女に会ったことがあった。
そして2人の奥に立つもう一人の男。
真「お久しぶりにございます、天帝様。この度は拝謁を賜わり恐悦至極に存じ上げまする」
金色の光をまとう男。しかしこれと言って特徴はない。中性的で女性にも見えなくはない顔立ち。170弱の体は筋肉質でもなく、かといって痩せ細っているわけでもない平均的な体型。見た感じの印象では彼が天帝だと信じる者は少ないだろう。むしろ雷帝の方が創造主だと言われてしっくりくるくらいだ。
しかし誰もが会った瞬間に彼を天帝だと理解する。それは金色の光を放つからではない。それは神を従えるからでもない。精神の奥底、生命の根源ともいえる何かが人の心に彼が天帝なのだと直接理解させる。目の前にいるのは天帝。世界を創造した神であり、他を隔絶する力を持つ絶対神なのだと本能的に理解するのだ。
天帝は真に笑いかけ、穏やかな口調で語りかけた。
天帝「御堂よ。良く来たね。私に何か用かい?」
声は14,5歳の少年のような声をしている。その口調は偉そうなものではなく、むしろ親しい友に話しかけるようなものだ。
真「はっ。私がこの世界に来た理由を知りたければここに行けと」
真が視線を天帝たちの後ろの祠のさらに後ろに向ける。
真「そこにいる許子将殿に言われて参りました」
すると真の視線の先、祠の後ろから黒い街頭で顔のほとんどを覆った人物がでてくる。それは間違いなくあの時の占い師、許子将に間違いなかった。
真「やはりあなたは仙人でしたか」
天帝「そうです。あなたを導くために一役買ってもらいました」
許子将は天帝たちに一礼するとその場から消えた。気配もないところをみると仙界へ帰ったようだ。
真「御呼び頂いたということは話していただけるのですね? この世界の現状と私の役割を」
天帝はにこりと笑うと手を横に軽く振る。するとそこに椅子が4つ現れる。天帝は真にそこに座るよう促した。
天帝「それではこの世界の成り立ちから話しましょう。雷帝」
雷帝「はっ」
丸く並べられた椅子の真ん中に立体映像が浮かび上がる。そこには1人の少年の映像が映っていた。
雷帝「この男は北郷一刀。この世界の根本を創造した男だ」
真「根本を創造した男・・・ですか? 見たところどこにでもいる普通の少年のようですが・・・」
雷帝「実際この男には何の特殊能力もない。出来たのは偶然なのだ」
真「偶然ですか?」
雷帝「うむ。この男が思い描いた想像が偶然と奇跡が重なって形を成した世界。それがこの世界の原型だ」
真「ここもそうなのですか?」
天帝「それは少し違うのですよ。この世界にはもう一つ、力が加わって全く違う世界になったのです」
雷帝「この男、北郷一刀が創造したのはあくまで外史にすぎない。いうなれば正史という大樹の枝の一本にすぎない。しかしこの世界は違う。お前という因子が加わることでここは既に正史となっているのだ」
真「正史に? 何故そんなことが?」
雷帝「思い出せお前がこの世界に来る原因となった出来事を」
あの日、とある宗教集団を国家の敵とみなし殲滅しに行った。しかし真にはそれがどういう関係があるのか分からない。
雷帝「あのとき部下たちを爆発から護ろうと力を解放したな。あれがもう一つの因子だ」
天帝「あなたの剣、神刀雷皇には私たち創造神たちの力が宿っています。その力が単なる一外史にすぎなかった世界を新たな歴史にしてしまった。いうなればこの世界は天界を挟んでと隣り合う2本の木のようなものです」
真はそれを聞いて一つ気がかりなことがあった。そんなことをして元いた世界は大丈夫なのかと。
真「それで、元いた世界は? 陛下たちに影響はないのですか!?」
雷帝「落ち着け御堂よ。向こうには何ら影響はない。天界を通して繋がっているとはいえ、まったく別の歴史だ。何ら問題はない」
その言葉にほっと胸をなでおろす真。
天帝「この世界の成り立ちはこの辺でいいかな? では次にこの世界でのあなたの役割だが、風帝」
風帝「はい。この世界でのあなたの役割は王を見つけ導くことです」
真「風帝様。それはつまり・・・・」
風帝「はい。雷皇の主を見つけ、その者と共に世界を安寧へと導く。それがあなたの役目でありこの世界を最初に創造した北郷という少年が、自分がそうありたいと願ったことなのです。まあ、本人は無意識のうちでやったことなので自覚はないのでしょうけど」
真「承知しました。しっかりと見定めたいと思います」
天帝「実はもう一つお願いしたいことがあります。太平要術という書があります。それを回収してほしいのです」
真「確かそれは・・・・」
雷帝「知っているのか?」
真「はい。今仕えている曹操が探している書が確か太平要術だったと思います」
天帝「だったら話は早いですね。実はあれは少々厄介な書でして。元々は仙界で保管されていたのですがいろいろあってこの世界に流れてしまっているんです。是非それを回収していただきたい」
真「承知いたしました。御堂真、謹んでお受けさせていただきます」
天帝「頼みます。さて、そろそろ私は天界に戻りますが、雷帝と風帝はどうしますか?」
雷帝「しばしここに残ります。久しぶりに御堂の修業をしておきたいので」
風帝「私も残ります。少し話したいこともありますので」
天帝「そうか。では御堂、また会える日を楽しみにしている」
真は天界に帰っていく天帝を最初と同じように跪いて見送った。
天帝を見送った真は早速雷帝とともに修業を始めていた。真は禅を組み目を閉じ息を整える。
雷帝「では同調を始める」
雷帝は真の頭に右手を乗せると氣を送り込み始める。真はそれを自分の体内で循環させ雷帝へと戻す。その量は段々と多くなり、それに伴い2人の体から発する青白い光も輝きを増していく。
雷帝「・・・・」
真「・・・・」
輝きが極限まで達したところで循環を徐々に抑えていき、完全に光が消えたところで雷帝は真に話しかけた。
雷帝「相変わらず見事だ。お前の氣は我が力との相性は抜群だ」
風帝「本当に見事なものですよ」
2人の神に褒められ若干嬉しそうにありがとうございますと真は答えた。
雷帝「しかし・・・これはこれで問題だな」
風帝「ええ」
真「何か問題でも?」
風帝「同調率が高すぎるのです。このままではあなたの体に影響が出かねません」
本来、神の力というのは文字通り神ゆえに持つことができる絶対的な力であり、人には過ぎた力だ。世界を創造するほどの力。1人の人間が扱えるような代物ではない。真とて例外ではなくその力の全力解放はそのまま自身の死に直結する。そうならないのは雷帝がその力にリミッターをかけているからだ。
これまではそれでよかった。しかしそれを真の同調率の高さが乱しつつある。同調率の高さはすなわち使用できる神の力の強さを表す。上昇した真の同調率が雷帝の掛けたリミッターの効力を弱めてしまっていたのだ。
雷帝「これからは使う力はできるだけ抑えろ。召喚も鎧までだ。アレを使えばお主自身もただでは済まん」
真「わかりました」
はっきりと言い切った雷帝の有無を言わさない一言に真は真剣な面持ちで頷いた。
風帝「しかし、凄まじい成長ですね。正直驚きました」
雷帝「以前より氣を使う頻度が高いからだろう。平和の裏での隠密と戦乱ではおのずと違いはでる」
各国への斥候、賊の討伐、春蘭たちとの訓練と真の氣を使う頻度は日本にいたころよりもずっと高かった。さらに血雨、獅子哮波などの大技も使ったことが真の練度を飛躍的に上昇させていた。
雷帝「今のままなら問題ないだろう。問題がでるようならここへ来るといい。もう一度リミッターをかけ直す」
真「はい」
真はその後雷帝、風帝と世間話をし、翌朝、日の出と共に森を後にする事にした。
真「それではまたお会いできる日を楽しみにしています」
雷帝「待て、御堂。こいつらも連れて行け」
雷帝の横には昨日真を出迎えた二頭の巨狼がいた。
雷帝「古の戦の折、常陸成親に預けた天狼の子孫だ。日本にいるときは必要ないと思っていたが、この世界では何かと役に立つだろう。連れていくがいい」
風帝「名はあなたが付けてください。それがこの二頭との誓約になりますので」
真は二頭に近づくとその頭をゆっくりやさしく撫でる。二頭は気持ちよさそうに目を細めた。白金の方の巨狼は真に撫でられるのが気に入ったのか自分から頭を擦り寄せる。一方蒼銀の巨狼はじっとその場に座ったままだ。
あの日、夜空に輝く満月の光を浴びて神秘的に輝く二頭の姿を思い出す真。そして二頭をこう名付けた。
真「蒼銀の巨狼よ。今よりお前の名は蒼月(そうげつ)。白金の巨狼よ。今よりお前の名は月読(つくよみ)だ」
遠吠えで答える二頭。これが後に真と共に戦場をかけ伝説となり後の世に国の守護獣として崇められていくことになる二頭との出会いだった。
真「御堂真だ。これからよろしく頼む」
その光景を静かに見守っていた雷帝が口を開く。
雷帝「なあ、風帝よ。思い出さないか?」
風帝「ええ。まるで常陸殿が甦ったかのように見えます」
2人の神は古の記憶と目の前の光景を重ね合わせていた。真は蒼月に跨ると再び雷帝たちに向き直る。
真「それでは改めてこの二頭はありがたく連れて行きます」
雷帝「武運を祈る」
風帝「お体には気をつけて。後、私の娘を頼みます」
真は風帝の言葉に笑みを浮かべる。
真「相変わらずあの者たちを娘とお呼びになるのですね」
風帝「ええ。あの娘もアレのせいで苦労したようですが、あなたが一緒なら大丈夫でしょう。頼みましたよ」
真「お任せを。それでは」
そう言い残し真は走り去っていった。
雷帝「さて、奴にどんな未来が待つのか。そしてどんな未来を描くのか」
風帝「見守ると致しましょう。私たちのいるべき場所で」
そう言い残し2人の神は消えていった。
蒼月と月読の力は想像以上だった。二頭は馬の何倍もの速度で走り続けた。しかも馬とは違い、馬に走れない場所も平然と走りぬけるため迂回路をとる必要もなく街や村のみを避けながら後は一直線に陳留を目指した。そしてその日の昼には陳留の近くまだ帰ってきてしまっていた。
二頭はそれだけ走ったにもかかわらず疲れたそぶりもない。改めてこの二頭がただの獣でないことを思い知った。
そしてようやく陳留が視界の先に見えてくる。そこで真はようやくある疑問に気づいた。
真「そういえば、いきなりこいつらを連れて帰って騒ぎにならんだろうか?」
真の疑問は悪い方で的中していた。城大騒ぎとなっていた。
兵士A「申し上げますっ。街に接近する巨大な二頭の獣らしき物を確認。まっすぐこちらに向かってきます!」
会議の最中だった華琳、桂花、秋蘭、明雪。華琳はいきなり飛びこんできて慌てた様子で報告する兵士に問いかける。
華琳「らしき物とはなんだ? はっきりと報告しなさい」
そう言った直後、別の兵士が同じく慌てて駆け込んでくる。
兵士B「申し上げます!」
明雪「今度は何!」
兵士B「はっ。街に接近する物体は巨大な狼と確認」
秋蘭「巨大とはどのくらいだ?」
兵士B「有に馬ほどはあります」
秋蘭「馬鹿な。馬と同じ大きさの狼など聞いたこともない」
兵士B「しかし「申し上げますっ!」」
明雪「今度はなんだ!」
またもや別の兵士が駆け込んできて明雪がその兵士に怒鳴りかける。
兵士C「はっ。接近する二頭の巨狼に跨る人物を確認。御堂将軍です」
桂花「何やってるのよあの馬鹿男は!」
苛立たしげに吐き捨てる桂花。華琳はすぐさま秋蘭に指示を出す。
華琳「秋蘭。真を迎えに行ってすぐここに連れてきて。それと民も混乱しているでしょうから凪たちを連れて行って事態の収拾を」
秋蘭「承知しました。直ちに」
秋蘭は足早に会議場を後にした。
秋蘭が凪たちと兵20名を連れて城門に駆け付けた時には辺りは大騒ぎになっていた。群衆が何かを取り囲んでいる。すぐさま兵士たちに指示し群衆をかき分けていくと半径5メートルほどの円の中心にたたずむ真と二頭の巨狼がいた。
秋蘭「真」
真「秋蘭か。すまない。少々思慮に欠けた。大騒ぎになることぐらい想定すべきだった」
秋蘭「どういうことだ? それにその狼はなんだ?」
真「城で話す。これ以上ここにいるのはまずい。先導を頼めるか?」
秋蘭「わかった。凪、兵に指示を」
凪「はっ」
真「あと蒼月には、蒼銀の方の狼には近づかないように言っておいてくれ。こいつは自分が認めた人間以外に触れられるのを嫌う。ちょうどあんな風にな」
真の視線の先では不用意に蒼月に近づいた兵士の1人が威嚇されて慌てて逃げていた。
真「さっきのもこれが原因だ」
秋蘭「わかった」
その後すぐに真は蒼月に跨ると兵士たちに囲まれ城にむかった。城に入ると華琳、明雪、桂花、春蘭、季衣が待っていた。
真「今戻った。すまない、いらぬ騒ぎを起こしてしまった」
華琳「まあ少し騒ぎになった程度だから大目に見ましょう。それよりもその狼は何?」
真「こいつらか。蒼銀の方が蒼月、白金の方が月読。以前話した成親を助け、乱を治めた二頭の狼の子孫で天界に住む天狼だ。雷帝様が連れて行けとおっしゃられたんでな、ありがたく連れてきた」
季衣、桂花、凪、沙和、真桜は何のことか分からず首をかしげていたが、他の4人は驚いた顔で二頭を見た。
華琳「これがあの・・・・・」
真「蒼月にはむやみに近づかんようにな。噛まれても知らんぞ?」
桂花「そんな危険なものを連れてきたわけ!? ちゃんと躾ておきなさいよ!」
真「こいつらは家畜ではない。自らの意思を持ちその意思に従って行動する。しかもこいつらは言いかえれば神獣だ。そんなことをすれば天の裁きを受けるぞ」
華琳は二頭の巨狼をじっと見つめていた。美しく輝く毛並み。誇り高き魂。ぜひ触れてみたいと強く思った。
華琳「真、どうやったら触れるの?」
桂花「華琳様!」
真「言っただろう。こいつらは自分の意思で動く。こいつらが華琳を認めればいい」
そう言うと真は蒼月に触れる。蒼月は頷くように首を振ると華琳に近づいていく。
春蘭「危険です華琳様! お下がりください!」
明雪「華琳、下がって!」
間に割って入ろうとする2人を華琳は右手を上げて制する。蒼月は華琳のすぐ前で立ち止まるとまっすぐその瞳を見つめた。
華琳(なんて深い蒼の瞳。それに何? この心の中を見透かされているような感覚は?)
一歩前に出れば簡単に喰らい付けるような距離で見つめ合う両者。1分程経った頃、蒼月はゆっくりと頭を下げた。
真「撫でていいってさ」
華琳「え?」
真「背に乗せる気はないが撫でるくらいならいいらしい。ある程度は君のことを認めたようだよ華琳」
華琳はそっと蒼月の頭に触れる。触れた手からは滑らかな手触りと心地よい温もりが伝わってきた。蒼月も気持ちよさそうに目を細める。
明雪「私たちは触れないの?」
真「蒼月次第だな。月読なら大丈夫だが」
秋蘭「そうなのか?」
真「蒼月は気位が高い。自分が認めた人間以外に触れられるのを嫌う。だが月読はどちらかというと友好的だ。敵意がない限り嫌がる事はないだろう」
試しに季衣が月読に近づきそっと触ると嫌がる様子はなく、逆に気持ちよさそうに目を細めお返しとばかりに季衣の顔を舐めた。
真「街の巡回には月読を連れていこうと思う。蒼月は俺の部屋で雷皇の警備だ。こいつらは雷皇に触っても平気だからな」
普段真は街の巡回の時雷皇を部屋に置いて部屋の前に警備の兵を置いていた。巡回中、偶然雷皇に触れて民が死んだなどということになったら大変だからだ。それにいざ有事の際には雷皇を取りに戻らなければならなかったのだが蒼月がいれば持って来てもらえる。真は雷皇の所有者として二頭との間に精神のリンクがつながっている。さっき蒼月の考えがわかったのもそのためだった。
秋蘭「しかし、お前が付いているとはいえ街に連れていくのは危険ではないか?」
真「こいつらをただの狼と一緒にしてもらっては困る。人並みに高い知能を持ち状況判断能力は一兵卒じゃ足元にも及ばない。さらに人語も理解する。どっかの誰かよりも下手をすれば頭はいい」
視線を向けられた春蘭と季衣は首をかしげていた。
華琳「これからどうするの? まだ休暇は残っているでしょう?」
真「ああ。すぐに出る。元々用があって少し戻っただけだからな。凪」
凪「はっ」
真「お前も連れていく。準備しろ」
凪「は?・・・は、はいっ!」
凪は慌てて走り去っていった。
華琳「今度は凪を連れてどこに行こうというの?」
真「それは帰って来てのお楽しみだ。だが、いい土産を期待していてくれ」
すると凪が馬を引いて戻ってきた。
真「凪、馬はいらんぞ」
凪「すぐ近くなのですか?」
真「いいや。月読に乗れ。馬では日が暮れる」
月読は凪の横までいくと腰を下ろした。鼻先で自分に乗るように促す。
凪「よろしいのですか?」
真「駄目ならば月読はそんなことしていないさ。早くしろ」
凪は月読に跨る。立ち上がると馬ほどの高さになった。馬と違いやわらかい毛が何とも心地よく乗り心地は抜群だ。
真「明日には戻る」
そう言って真たちは再び城を後にした。陳留を出てしばらくしてから凪は真に問いかける。
凪「これからどこへ行くのですか?」
真「少し手伝ってもらう。お前にもいい訓練になるだろう」
凪「訓練?」
真「速度を上げる。しっかり摑まっていろ」
蒼月と月読は速度を一気に上げ荒野を駆けて行った。
翌日の昼、予定通り真たちは戻ってきた。だが真たちは2人ではなかった。
??「ここが陳留・・・・・」
真「・・・は来るのは初めてか」
??「はい」
??「私は二度目です」
??「・・・・・・」
凪「??殿、大丈夫ですか?」
??「心配ないよ。わっちは主を信じている」
??「そうです。御遣い様は嘘をおっしゃられません!」
真「3人とも行くぞ」
真は3人を促すと城に向かった。
城に着くとすぐさま謁見の間に通された。そこには主要な将が揃っている。
華琳「早かったわね。その2人が土産ということでいいのかしら?」
真「ああ。2人とも挨拶を」
??「はいっ! 姓は龐、名を徳、字を令明と申します。よろしくお願いいたします」
龐徳は栗色のショートボブ、童顔の可愛らしい少女だ。身長と年齢は凪たちと同じなのだがどうしての少し幼く見える。服装は赤のチャイナ服に胸当と手甲をつけて背中に戦戈をクロスさせて背負っている。
??「わっちは姓を徐、名を晃、字を公明。よろしく頼む」
わっちという独特な一人称を使う徐晃。特徴的なのは燃え盛る炎のような赤く長い髪と左目を覆う眼帯であろう。右目は新緑のような緑色。顔立ちはキリッとしていて少しつり目。年齢は明雪と同じで夏候姉妹に負けず劣らずのスタイルをしている。赤と黒を基調とした鎧を身にまとっている。武器は身の丈を超える幅広で片刃の大剣。分厚い刀身は盾としても用いることが可能だ。
明雪「徐晃・・・・・。確かどこかで聞いたことがあるような」
華琳「思い出したわ。一時期このあたりで野盗狩りとして有名だった『焔の大剣姫(ほむらのたいけんき)』がそういう名だったわ」
『焔の大剣姫』。かの黒髪の山賊狩りと呼ばれた関羽と並び称された武人。何の見返りもなく民を救い、今でもその人気は根強い。あらゆる攻撃をはじき返し一刀のもとに薙ぎ払う。その業火のごとき攻撃力と赤い髪が相まってついた異名が焔の大剣姫。その名は国中に響いていた。そして彼女が訪れた街には必ず幸運が訪れるともいわれている。
徐晃「確かにわっちは以前そう呼ばれておりました。しかし今は主に仕える一介の武人にすぎませぬ」
真「龐徳はここへの仕官が目的だが、徐晃は俺の私兵だ」
明雪「龐徳。仕官したいとのことだが、武官ということでいいのか?」
龐徳「はっ。以前より曹操様にお仕えすべく御遣い様のもとで武を学んでおりました」
凪「私も昨日立ち合いましたがなかなかのものかと。真桜と同等か少し上かと思います」
真「徐晃は春蘭たちと同等だな。氣を使わずにこいつの防御を抜くのはなかなか骨が折れる。それに仕官したことがないからまだまだ甘いが智の方もなかなかだ。鍛えればいい将になるだろう」
華琳「そう。・・・・・・いいわ。2人がそこまで認めた相手ならば我が将としての役目、十分に果たせるでしょう。龐徳、我が将として一命を賭して戦い、我が覇道の礎となりなさい」
龐徳「はっ。曹操様、忠誠の証しとして我が真名をお受け取りください。我が真名は時雨(しぐれ)でございます」
華琳「時雨。確かにあなたの真名受け取ったわ。これからは私のことは華琳と呼びなさい」
時雨「ありがたき幸せにございます」
華琳「徐晃、あなたは真と同じく客将として迎える。我が覇道のためその力を尽くせ」
徐晃「御意」
真「ちょっと待て」
時雨の時のように真名を交換しようとしたところを真が止める。
真「徐晃」
徐晃「はっ」
真「はずせ」
徐晃「・・・・御意」
徐晃は左目を覆う眼帯に手をかけゆっくりとはずし始める。
真「徐晃の左目は見えないわけではない。ある理由から左目を隠していた。そしてその目が俺が徐晃を直属の部下とした理由の一つでもある」
眼帯が完全にはずれ床に落ちる。真、華琳、凪、時雨以外の人間が息をのんだ。場の空気が凍りつく。
真桜「ま・・・魔眼・・・・」
真桜が小さく漏らした一言。魔眼。オッドアイとも呼ばれる左右違う色をした瞳。本来左右同じ色であるはずの目が違うこの瞳を人々は古来より異端と呼び悪しき象徴として恐れた。この世界でもそれは例外ではなくこの瞳を持つだけで迫害の対象とされた。
眼帯の下に隠れていた左目は晴れ渡る空のような青。徐晃の目はまごうことなき魔眼だった。
桂花「あんた! なんてものを連れて来たのよ! 華琳様を不幸にするつもりっ!!」
真「黙れっ」
鋭い視線に殺気を込めて桂花を睨む真。桂花は思わず一歩後ずさる。
真「この眼をそんな下賤な名で呼ぶことは許さん! それは神に対する冒涜だ」
華琳「そういえばさっき言ったわね。この目が部下にした理由の一つだと。どういうことか説明してもらえるかしら?」
真「日本、天の国では左右違う色の目を持つ者は幸福の象徴とされる。なぜなら天帝に仕える7人の神のうちの1人がその瞳を持つからだ」
明雪「神がこの目を?」
真「風帝様。天帝7将の一柱にして最も慈愛と慈悲にあふれた女神。司る力は癒しと加護。近くにいるだけで周囲の人間に幸運をもたらし、軍には勝利の加護を与える。そして風帝様と同じ瞳、右目が緑、左目が青の瞳は『風帝眼』『女神の双眼』『幸福の瞳』と呼ばれ天の国で最も幸運とされる瞳だ」
季衣「へ~すごい目なんだ。でもきれいだね徐晃さんの目」
徐晃「ありがとう・・・・」
自分の目をこんなに素直に褒められたことがなかった徐晃は少し照れている。
華琳「私の真名は華琳よ。これからはそう呼びなさい徐晃」
桂花「華琳様!」
華琳「黙りなさい桂花。もしそのせいで我が覇道が潰えたとしてもそれは私の天命がそれだけであっただけのことよ」
華琳にそこまで言われると黙るしかない桂花。
秋蘭「しかし、我々はいいとしても民はどうするのだ? いくら将軍とはいえ、このままでは恐れて近づかないなどという状況になりかねん」
真桜「せやなあ。魔眼の話は子供でもしっとる事や」
真「その程度のことを俺が予測していないなどとでも思ったのか?」
明雪「何か策でもあるの?」
真「あるというよりは既に策は実行してある。この街、いやこのあたりの街や村で今の風帝様の話を知らん者はいまい」
真は徐晃の眼のことを知ってからすぐさま行動に移った。まずは兵や民たちと話す流れの中で今の話をさりげなくする。すると今度はそれを話した兵や民がまた別の誰かにそれを話す。さらにそこから行商人や他の諸侯たちの間者がそれを聞きさらに広まる。この話は既に陳留を中心として驚くべきスピードで大陸中に広まりつつあった。
真「俺を手に入れたがっている諸侯たちは俺に対する印象をよくしたいためにそういう人間への迫害を禁止する。それがさらにこの瞳に対する考え方の改善につながる。少なくともこの州内に魔眼という考えはほとんど残っていない」
華琳「いつの間にそんなことを」
真「俺は元隠密。情報統制はおてのものだ」
真の驚くべき手際の良さに改めて驚かされる一同だった。
徐晃「曹操殿。いえ、華琳殿。わっちが主よりいただきし真名、お受け取りください。火乃華と申します」
華琳「確かに預かったわ火乃華。それよりも、あなたが彼女の真名をつけたの真?」
真「そうだ。火乃華は元々真名を持っていなかったのでな。主従の証しとして俺が名付けた。ちょうどいいから俺と2人との出会いの話をしようか」
そういうと真は語り始めた。
真「初めて会ったのはちょうど俺が建業から戻った日のことだ」
時雨「あの、天の御遣い様でいらっしゃいますか」
後ろから掛けられた声。振り向くとそこには1人の少女が立っていた。
真「たしかに俺はそういう名で呼ばれている男だが、俺に何か用か?」
時雨「申し遅れました。私の名は龐徳。御遣い様にお願いがあってまいりました」
真(こいつが曹魏の義将として名高い龐徳か)
真「用か。それは今すぐでなくては駄目か?」
時雨「え?」
真「今は偵察帰りだ。曹操への報告もあるし、何より俺自身も疲れている。明日の昼、再びここで落ち合うというのではダメか?」
時雨「いえ! 話を聞いていただけるのでしたらいくらでも待たせていただきます」
真「そうか。なら明日の昼ここでまた会おう。龐令明殿」
城の方へ歩き去る真の背中が見えなくなるまで時雨はじっと見送っていた。
時雨「私の字。まだ名乗ってないのに。やはりあの方は天より参られたお方なんだ」
そんな男に話を聞いてもらえる。期待に胸躍らせ明日の昼を待ち遠しく思いながら宿へと戻っていった。
翌日予定通り落ち合った2人は茶屋に入り話しを聞いていた。
真「それで俺に用というのは?」
時雨「2つお願いがございます」
真「2つ?」
時雨「はい。一つは私に武の指南をお願いしたいのです」
時雨の話ではとある武人から才はあるとは言われたのだが武を学ぶ師がおらず華琳の元に仕官したいのだが自分の武に自信がないとのことだった。
真「その武人とやらに頼めばいいんじゃないか?」
時雨「確かにそうできれば一番なのですが。もう一つのお願いというのがその方のことなのです」
真「どういうことだ?」
時雨「私から見ても素晴らしいお方なのです。他を圧倒する武、高い志と義の心をもっていて民にもやさしく困っていれば手を差し伸べ見返りを求めることもない」
真「そこまでの人物ならば各諸侯たちが放っておかんだろう」
時雨「実は・・・その方はある理由で、それだけのためにその力を使うことができません。だからこそ御遣い様にその方と会っていただきたいのです。天からいらっしゃったあなた様ならばあの方の素晴らしさをわかっていただけるはずです」
真「・・・・・・」
真は時雨の目を正面からまっすぐ見つめた。その瞳には一点の曇りもない。
真「いい目だ・・・・」
真はスッと立ち上がる。
真「行こう」
時雨「えっ?」
真「会いに行こうじゃないか。ちょうどこの後仕事はない」
時雨「い、今からですか!? ここから馬でも2刻はかかりますよ!」
真「任せろ。お前を連れて半刻以内にたどり着いてやる」
真はさっさと勘定を払い時雨と店を出ると時雨を素早く抱き上げ縮地で彼女の故郷の村へと向かった。
時雨「本当に着いちゃった」
真の言葉通り半刻もせずに目的の村に到着していた。
真「お前の家はどこだ?」
時雨「こちらです」
時雨に案内されてついたところは村でも裕福な一軒だった。
時雨「お父さん、お母さん、戻ったよ」
父「お帰り時雨。早かったじゃないか。そちらの方は?」
真「曹猛徳が客将、御堂と申します。お見知りおきを」
真の名を聞いて天の御遣いだと慌てだす時雨の両親をなだめ本題に移る。
時雨「徐晃様は今いらっしゃる?」
父「ああ、離れにいらっしゃるよ。御遣い様、徐晃殿をよろしくお願いいたします」
真「承知した。もとより悪いようにする気はない」
徐晃が使っているという離れに行ってみるとそこには刃渡り五尺、幅一尺六寸はあろうかという巨大な大剣を構えた赤い髪の女性がいた。
真「彼女が」
時雨「はい。あの方が焔の大剣姫、徐晃様です」
真は一目見て確信した。彼女は強いと。同時に思った。彼女はどこまで戦えるのだろうと。
真「龐徳」
時雨「はい」
真「少し彼女を試す。手出し無用。黙って見ていてくれ」
そう言って戟を構えながら徐晃に近づいていく真。時雨はその後ろ姿を黙って見送った。
真「見事なものだ。その細腕でその巨大な大剣を軽々と振り抜くとは。流石は世に名高き焔の大剣姫と言ったところか」
徐晃「貴殿は何者か?」
真「なに。名乗るほどの者でもない。ただ貴殿と手合わせを願うただの武人にすぎん。いかがかな?」
滑らかな動作で戟を構える真。その隙の無い構えに真の実力の一端を感じ取った徐晃は同じく己の獲物を構える。
真「いざ、参る」
先に動いたのは真。戟を斜め上段から袈裟切りで振り下ろす。徐晃はそれを冷静に受け止めると剣も腹で真を吹き飛ばす。真はその力の流れに逆らわず後ろに飛んでまた戟を構えた。
真「なかなかやるじゃないか。並の武将なら三途の川を拝んでる頃だ」
軽口をたたく真に対し徐晃は警戒を崩さず真の出方を窺っている。
真「次はどこまでついてこれるか試すとしよう、か!」
真はまたもや徐晃に斬りかかる。今度は一撃だけではなく次々と斬撃を放ち徐晃に反撃の隙を与えないようにする。しかし徐晃もやられてばかりではいない。余裕を持って真の攻撃を受けながら反撃を加えていく。凄まじい攻防に時雨は息をのんだ。
しかし均衡は次第に崩れ始める。徐晃が遅れ始めた。いや違う。真の攻撃が次第に早く、鋭く、強くなっているのだ。
徐晃「くっ」
苦悶の表情を見せながらも必死に攻撃をさばく徐晃。気づけば完全に防戦一方になっていた。
時雨「すごい。あの徐晃様が防御に回るしかないなんて」
そしてついに完全に防御の隙を突かれ剣が弾かれる。なんとか手放すことはなかったがよろけて数歩後ろに下がってしまう。一方真は最後の斬撃を放った状態のまま徐晃が態勢を立て直すのを待っていた。徐晃の脳裏に何故追撃してこない?という疑問が浮かぶ。真は徐晃が構えなおしたのを見てから自分も構えた。
真「確かに見事。俺の斬撃にあそこまでついてこられる者はそういまい。うちの将軍たちでも何人ができるか」
うちの将軍たち。この言葉から目の前の男がどこかの諸侯かそれに仕える人間だということが分かる。なら何処の誰か。そう考え始めていた徐晃の思考は真のある一言に崩される。
真「なあ、大剣姫殿。その眼帯、いいかげん外さないか」
徐晃、時雨「「!!」」
驚く2人。真はそんな2人に気づいていないかのように言葉を続ける。
真「右に対して左に若干反応の遅れがある。あんたほどの武人ならその程度の誤差、ここまでの武を身に付ける過程で修正しているはずだ。それなのにできていない。それはなぜか。普段はその眼帯、外して両目で生活しているからだろう?」
徐晃「・・・・・」
図星だった。旅をしていた以前なら気付かれはしなかっただろう。しかしこの家で厄介になり始めてから家の中では眼帯を外して生活していた。この瞳を見ても気にすることなく変わらない態度で接してくれるこの家の者たちに対する礼儀と考えていたからだ。一月にわたるそんな生活が徐晃の戦いの感を少し鈍らせていた。
真「貴殿が何を思ってその眼帯をつけているのかは知らん。だが私はその下がどうなっていようと気にしない。秘密にしろというなら今日の事は一生この胸にしまっておこう。だから外してくれないだろうか? そして見せてくれ。貴殿の本気というやつを」
ただ呆然と真の言葉を聞きいっていた徐晃。しばしの空白の後、やっと静かに口を開く。
徐晃「時雨殿。この男を連れて来たのはあなたか?」
時雨「はい・・・」
怒らせてしまったかと思いやや気まずそうに答える時雨。だが徐晃は気にした様子もなく、むしろ嬉しそうにニヤッと笑う。
徐晃「感謝する」
時雨「え?」
驚く時雨をよそに徐晃は左目を覆う眼帯に手をかけるそしてそれをあっさりと外した。支えを失い地面に落ちる眼帯。そして露わになった左目には美しい青い瞳が輝いていた。
徐晃「魔眼と呼ばれし我が眼。自ら人目にさらすのはいつ以来だろう」
真「・・・・・・」
徐晃「幻滅したか? 見たいと願った物がこんな忌まわしいもので」
真「いや。逆に感謝するとしよう」
徐晃「? まあいい。ここからがわっちの本気だ。とくと見るがいい」
真「謹んでお相手いてしよう」
そこからの攻防は有に一刻に及んだ。その間、徐晃の表情は今まで見たこともないほどうれしそうだった。自分の目を見ても何も思わず徐晃という個人をしっかりと見てくれる。そんな人物に出会えたことが徐晃にとって何よりもうれしかった。
徐晃「結局本気を出させられなかったな」
座り込み肩で息をしながら徐晃は小さく言った。だがその表情に悔しさの色はなく、すがすがしい顔をしている。
真「気づいていたのか」
徐晃「当然だ。わっちがどんなに本気を出しても余裕をもって対処していた。そんなことをされたのは初めてだ」
真「名を聞いていいか?」
徐晃「そういえば名乗ってなかったな。わっちの名は徐晃。貴殿は?」
真「御堂。曹操のところで客将をしている」
徐晃「曹操殿のところの御堂って・・・・まさかっ」
真「そのまさかでまちがいないだろう」
徐晃「なるほど。御遣い殿とは、強いわけだ」
真「それを言うなら大剣姫の名にたがわぬ戦いぶりだったよ、徐公明」
徐晃「わっちの字までご存じとは」
真「天の知識というやつさ」
そう言って徐晃に手を差し伸べる。
徐晃「なるほど」
徐晃は差し出された手をつかむと真に引っ張られて立ち上がる
真「徐晃よ、俺に仕えないか?」
徐晃「それは曹操殿に仕えろということか?」
真「いいや。天の御遣い個人に仕えないかと言っているんだ」
徐晃「何を馬鹿なことを。わっちの目は魔眼。人に悪しき災いを招く魔に魅せられた瞳。御遣いともあろうお方が自ら魔を呼び込む気か?」
真「くだらないな。両目の色が違う程度でそれが悪しき物などと、偏見を持った馬鹿がほざいた戯言にすぎん。それどころか俺にとってお前の瞳ほど幸運なものはない。かの慈悲深く慈愛に満ちた女神の瞳が悪しきものなどであるものか」
そういうと真は華琳たちにしたのと同じ話を2人に聞かせた。話を聞いている間、徐晃は何かをずっと考えていた。話し終えた真は徐晃の目を真正面から見つめ言った。
真「今まで悪しきものと呼ばれていたのならば俺がそれを変えてやる。もしおまえをその目だけで認めぬ者がいるなら俺が認めさせてやる。お前にとって辛かったこの世界を俺が変えてやる。だから俺と来い、徐晃。俺がお前の居場所をつくってやる。俺には、お前が必要だ」
真剣な声。その言葉の一つ一つが徐晃の心の傷にしみ込んで癒していく。かつてここまで自分のことを真剣に考えてくれた者がいただろうか? いない。かつてここまで自分を必要としてくれた者がいただろうか? いない。かつて自分の目をここまでまっすぐに見てくれた者がいただろうか? いない。そう思うと自然と目から涙がこぼれ落ちていた。
真「もう一度言う。共に来い。お前の世界、俺が変えてやる」
徐晃「・・・・はい・・・・・」
時雨「徐晃様」
徐晃は真の前に跪き頭を下げる。
徐晃「姓を徐、名を晃、字を公明。真名も持たぬこの身なれど、今より主の盾にして矛。この身の命数尽きるその日まで命を賭してお仕え申し上げます」
真「真名はないのか」
徐晃「はっ。わっちの親はおりません。育ての親である徐家の両親は真名を授けようとしてくれましたが迷惑がかかっては申し訳ないと思い断りました」
真「ふむ・・・・。なら俺が付けてやろう」
徐晃「御堂様が?」
真「古来より名を授けるというのは主従の証とされる行為の一つだ。これが徐晃に対する俺からの信頼の証だ。受け取ってくれ」
徐晃「謹んで」
真「『火乃華』というのはどうだ?」
徐晃「火乃華ですか?」
真「ああ。戦いの中で風に舞う花びらのように揺れる炎のように赤い髪。それに戦っている間すごくいい顔をしていた。手合わせの終わった後の笑顔はまさに花のようだった」
顔をボッと赤くする徐晃。
真「だから炎の花で火乃華」
火乃華「ありがたく名乗らせていただきます。わっちの真名は火乃華。この名、ありがたく頂戴いたします・・・・・・」
真「これが出会いかな。後は2人で時雨を鍛えながら俺の話が広まるのを待っていたというわけだ」
華琳「なるほどね。火乃華。我が名においてけしてあなたの目を悪しき物などと呼ばせはしないわ。皆もいいわね」
頷く一同。さっきの話を聞いて否という者などいるはずもなかった。
火乃華「恐悦至極」
そう言った火乃華の顔は本当に幸せな笑顔だった。
華琳「で、この2人はどうするの? 火乃華はあなたの私兵だからいいとしても時雨まで編入すると流石に将が多すぎるよね」
明雪「私の隊に入れてはどうかしら?」
真「いいや。2人ともうちの隊に組み込む」
そう言った真に桂花が噛みつく。
桂花「何を馬鹿な事を言ってるのあんたは。華琳様もおっしゃっていた事を聞いてなかったわけ!?」
真「もちろん聞いていたさ」
華琳「何か考えでもあるの?」
真「ああ。俺は今までなかった新しい部隊をつくろうとおもっている。そのためにはどうしても有能な副官が5人必要なんだ」
華琳「・・・・・いいでしょう」
桂花「華琳様っ!?」
華琳「あなたの言う新しい部隊、いかほどのものか楽しみにさせてもらうわ」
真「期待に添えるように全力を尽くすとしよう」
凪、真桜、沙和、火乃華、時雨。この後、御堂と共に戦場をかけ多大な戦果をあげ、魏の主力部隊の一翼をになう事となる5人がここに集った。そして彼女たちは雷の守護者に仕えたことから後にこう呼ばれることとなる。『雷天の五本刀』と。
いかがだったでしょうか? 次回は2人のプロフィールでも乗せようかなと思っています。実際にするかどうかはわかりませんが、まあ軽い気持ちで楽しみにしておいてください。
感想、誤字の修正等もどんどんおよせください。
それでは次回、11話でお会いいたしましょう。
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皆様久しぶりです。