暑い夏もだいぶ落ち着き、セミの声が聞こえなくなった頃、アイツと出会った。
楽しい楽しい夏休みが終わって、澪の奴が練習練習とうるさい。
ついでに今年は梓もそれに加わっていてどうやら本気で練習しなきゃいけないみたいだ。
そりゃ、私だって演奏するのは好きだけど、ムギの持ってるくるケーキは美味しいし。
「うーむ、いかんいかん」
下校途中、つい独り言を言ってしまった。
「ん?どうしたんだよ律?」
「なんでもないなんでもない」
しっかりと澪にも聞こえてたみたいだ。
不思議そうな顔をしていたが次第に興味がなくなったようだ。
「そろそろ、学校祭だなぁ」
腕を頭の後ろに回し、何気なくそういった。
「そうだぞ?だからこれからはしっかり練習しないとな」
「うんうん」
私としてはちゃんと答えたつもりだったけど、澪は不安そうな顔をしていた。
そして、私が風邪を引いたり、唯が風邪を引いたりしたけどライブは無事に終わった。
まあ、完璧っていうのには程遠いけど。
反省会という名のお茶会も終わって、下校した。
この時はまだ、誰かが私を学校中探し回ってたことなんて考えもしなかった。
家に帰って普段どおり過ごし、少し暗くなった頃、急にジュースが飲みたくなって私は近所のコンビニに行くことにした。
目当てのものを買うと、それは突然起こった。
「あの、すみません!」
急に声をかけられて何事かと思った。
周りに人はいないから、たぶん私なんだろう。でも、確認のために聞き返してみた。
「え?ワタシ?」
ぶんぶんと頭を振っている男の人。ちょっと不審な感じがする。
誰だろう、知り合いにこんな人いたかな?
もしかして、ナンパ?なんてな。こんな下手くそなナンパする人はいないか。
「・・・な、なんでしょう?」
愛想笑いで一応話しに応じた。いきなり逃げるのも変だし。もしかしたら知り合いなのかもしれない。記憶には無いけど。
どうやら、ライブを見てくれた人だったようだ。一瞬だけスカウトの人かとも思ったけど、よく考えればこんなトコでそれはないよね。
少なくともファンになってくれたらしくて、それは素直に嬉しかった。
あまりうまくいかなかった演奏をすごく褒めてくれた。どうやらあんまり音楽は知らないみたい。
何の用なのかを聞くと突然、
「あの、付き合ってください!」
と、告白された。
「ごめんなさい」
唯がハーモニカの演奏を断った時のような速さで断った。
なんていうか、いきなり過ぎるし。
断ったにもかかわらず、この人はなかなか諦めない。
恋愛についてはあんまり考えてなかった。興味はあったけど、今はそれよりも軽音部のみんなと居るほうが楽しい。
急な出来事かつ初めて体験する出来事に私はギクシャクしていた。どうやら相手も似たような感じみたいだ。
私はコンビニの前で不審な行動をしていたことに気づいた。
すると、彼もそのことに気が付いたのか公園に行かないかと誘われた。
あまり頭が回らなくて思わず「は、はいっ」と答えてしまった。
けど、少ししてから考えが浅かったことに気が付いた。
・・・うわぁ、カップルだらけ。はっ!?もしかしてこの人、なし崩し的に私のことを!?
「わ、わたし、帰りますね!」
危ない危ない。変な男に捕まるところだった。そう思った矢先、
「ちょ、ちょっと待った!」
振り向く前に手をつかまれ急に怖くなって、渾身のボディーブローを放ってしまった。
うまい具合にみぞおちにクリーンヒット。でも、それでも彼は手を離してくれなかった。なんと言う執念。
苦しみながらも行かないでくれと必死に頼まれる。周りのことも考えとりあえず落ち着くことにした。
なかなか回復しないのでどうやら本当にクリーンヒットだったみたい。流石に心配になった。
「ご、ごめんっ。大丈夫?」
「いや、いいんだ、俺が悪いから・・・ゲホ」
思っていたより悪い人じゃないのかもしれない。
殴られたのに謝ってるし。悪い人じゃないけど、どうやら変な人ではあるらしい。
私とだいぶ年が離れているように思う。会って間もない人にこういうのは何だけど、たぶん精神年齢はあんまり変わらなさそう。
事情を聞くと、どうやら私に一目惚れしたらしい。
こんなこと経験なかったから恥ずかしかった。でも、少し嬉しかった。
だから、正直に今の気持ちを話して諦めてもらおうと思った。今の私には軽音部がある。
「でもやっぱ、私は、今そんなこと考えられなくって・・・その」
そういうと、彼は私が思っていた表情とは別の顔になっていた。
まるで初めから諦めていたような感じ。断っておいてなんだけど、少しだけむかっとした。
だからつい、自分からデートに誘ってしまった。
「ごめんね、こんなところまでつき合わせちゃって、それじゃ・・・」
「でも、一回くらいなら、いいですよ、デート、とか」
思わぬ形で言ったため少しどもった。でも、それが逆に良かったみたいだ。
「ま、まままま、まじで!?」
これでもかというほど喜んでいるのが分かった。なんか、エサをやっともらえた犬みたいな感じだなと思った。
「せ、せっかく告白してもらったし、私、初めてだったし、き、記念に!」
予想以上に喜んでくれたのがなんかこそばゆくて私もよくわからないことを言ってしまった。
こうして振ることを前提にしたデートをすることになった。
そしてまたまた予想外の展開が。
「じゃ、じゃあ、今神社で祭りやってるんだけど、いかない?」
「え、今!?」
一週間くらい間が開くものだと思っていたのにそれはいきなり訪れた。
ここで断るのも変なので、
「わ、わかった」
と了承した。
神社までの道、緊張もほぐれていろんな世間話をした。何より9コも離れてるのにタメ口の許可が出たのは良かった。
堅苦しくて難儀していたから。それからはわりと楽しく話せた。なんだかやけに嬉しそうだったなぁ。
お祭り会場に着くともうすっかりお祭りだった。
突然、手をつなぎたいって言ってきたので焦って断ってしまった。
考えてみれば、デートでは普通なのかもしれない。それに悲しそうな表情をされると罪悪感がわく。
「その、ほら、今は、まだ、な?」
余程そのフォローが嬉しかったんだろうか、なにやら奢ってくれるらしい。
リンゴ飴を見つけて早速ねだってみた。
「ちょっと待ってて」
フリスビーを投げられた犬みたいに走って買いにいってくれた。
なんかひどい例えだけど、きっと合ってる。
帰ってくるとなんでか二つ持っていた。一つは少し小さめで、苺飴かな。
「お待たせ~」
「ん?なんで二つ?」
「んー、気持ちかな」
つらっと恥ずかしいこと言うやつだなと思っていると、ふとあることを思いついた。
「ふーん・・・気持ちねぇ?」
試すようにしばらく見つめているとそのことに気がついたみたいで慌てて言い訳しだした。
「いや、そういうんじゃなくて、オマケ、みたいな?」
「へぇ~・・・?」
慌ててるのがなんだか楽しくなってきてそのまま見つめていると思わぬ反撃がきた。
「だ、だからさっきだって言っただろっ。好きだって・・・」
「なっ・・・」
さっきまで優勢だったはずの私は面食らったような顔になった。
「さ、さっきは『付き合って』だった!好きだなんていわれてないもん!」
「じゃあ・・・好きです、付き合ってください」
「だ、ダメだろ、そういうこといっちゃ・・・」
妙にドキドキした。意味は大して変わらないはずなのに。
ごまかすように彼が乾いた笑いをした。
もう何度か断ってるのに、なかなか諦めないことが少し気になる。
私から喋らないと無言になってしまいそうだったのも手伝って聞いてみた。
「な、なあ?」
「ん?」
「なんで私のこと、その、好きになったんだ?」
「なんでって・・・」
理由を聞く前に私から気になっていることを聞いた。
「だってほら、澪の方が可愛いし、ムギだってお嬢様だし、唯だって天然だろ?梓だって小さくて可愛いしさ?」
あのライブを見て一目惚れしたというなら、私より目立つのはたくさんいる。
一番後ろのドラムよりも普通はヴォーカルの方が注目されるんじゃないか?
「うーん・・・。なんでだろうね?」
気の無い返事、というより、本心から分かってなさそうな返事。大丈夫かな、この人。
「ちょっ!わかんないのかよ!」
その様子に思わずつっこみを入れてしまった。どうして私の周りにボケばっかり集まるんだろうって思った。
「いやいや、そんなことはないんだけど、恥ずかしいっていうかさ」
「ほー?女子高生をコンビニから出てくるとこを狙って告白するよりか?」
不思議と困っている様子を見るといじめたくなってしまう。でも、意外と真面目な顔で返事が帰ってきた。
「それはほら、『今しかない』って思ったから」
そう聞いて不覚にも少しだけポッとなってしまった。だから照れ隠しにもう少しつっこんで聞いてみたくなった。
「だったら、好きになった理由いうチャンスも今しかないぞぉ?」
彼が何か真剣な顔をしたのでもう少し責めようとすぐに二言目を次いだ。
「それにもしかしたらその理由で私がときめくかも知れないだろ?」
その言葉にハッとしたような顔になったのでまずいと思って、ごまかした。
「な、なんてなー」
声が上ずってしまった・・・。ごまかしきれなかったかもしれない。
「それじゃあ理由いってみようかな?もしかしたらにかけて」
どうやらホントのところを話してくれる気になったらしい。じっと見つめて次の言葉を待つ。
「ライブの時、なんか・・・その、輝いて見えたんだよ」
「輝いて?」
意味が分からなくて聞き返してしまう。
「そう、輝いて。だからなんと言うか、やっぱり俺にもわからないんだ」
彼は言った後、照れくさそうに笑っていた。確かに、恥ずかしいセリフだと思う。
「・・・。な、何変なこというんだよ!ライトが当たってただけじゃないのか?」
一瞬、ほんの一瞬だけ、私の時間が止まった。ときめいたって言うのはこういうことなのかもしれない。恥ずかしくなってつっこんだ。
顔が熱くなってたから、真っ赤になってたかもしれない。
「まあ、理由なんてあってないようなものだよ」
よかった。これ以上追撃されると色々とおかしくなってしまうところだった。
彼もそうだったようでまた笑ってごまかしていた。
それからしばらくお祭りを楽しんだ。
彼は気づいてないようだったけど、私はほとんど恋人同士のように振舞っていた。
とはいっても、デートしたことないから良くわかんないんだけど。たぶん、こんな感じだろう。
そして、そんな空気が一瞬で吹っ飛ぶことが起きた。
軽音部のみんなと鉢合わせしたのだ。
私は慌てて彼の後ろに隠れたが、唯のやつが目ざとく見つけてくれた。
「あ!りっちゃーん!」
元気に声をかけてくる。まだ状況に気づかれてないようだ。
『くぅ・・・なんて目のいい奴だ』
すぐ後から他の三人も続く。
「律~、お前お祭りにいくんだったら連絡しろよ・・・あ」
「あらあらあら・・・」
「ちょ、ちょっと唯先輩!」
他の三人はすぐに気づいたみたいだ。って、考えたら後ろに隠れなければ気づかれなかったんじゃないか?
自分の行動を呪いつつ、挽回するために平静を装った。
「や、やあ、みんな!き、きぐーだな、こんなところで」
う、みんなの視線が・・・。
「どうも初めまして。りっちゃんと同じ軽音部の琴吹紬といいます~」
「り、律がお世話になってます。ベースの秋山澪です」
「ど、どうも初めまして!律先輩の後輩の中野梓です」
な、何、彼氏にあいさつするみたいにしてるんだよぉ~・・・。
ムギ以外動揺してるし・・・。そして、残った一人は、
「それで、その人は誰なのりっちゃん?」
『―――っ!?』
天然の恐ろしさを改めて思い知った。唯め・・・。
「あ、あははー。じゃあ、そういうことで」
このピンチを乗り切るにはスルーしかない。そう思って回れ右をして逃げようとしたところをしっかり澪に捕まった。
「待て?」
肩を手でつかまれて止められる。
「秘密にしてたのは分かるけど、しっかり説明するべきじゃないのか?」
その真剣な口ぶりと表情に気圧される。動揺した頭を必死に回してひねり出した答えは、
「そ、その・・・。し・・・し・・・」
「し?」
「し、親戚の!親戚のお兄さんだよ!そう、親戚の!」
我ながらうまいこと言った!・・・とは、思えない。疑いの視線が突き刺さる。
「親戚~?」
「そう、親戚の!ほら、ライブ見に来てくれたんだ!」
なんとかこの話に真実味を持たせないと。そう思って彼に話を振る。
「そ、そうなんです。どうも、みなさん、初めまして。律がお世話になってます」
意図を分かってくれたようで話を合わせてくれた。でも、もう一押し欲しかったので彼に設定を貼り付ける。
「お兄さんはドラムやっててさ、それで相談にのってもらってたんだよ!」
ビックリした顔になっている彼。そういえば、楽器ぜんぜんダメなんだっけ・・・。
「へぇー、そうなんですか?」
唯は気づいていないのか、目をキラキラさせている。
「そ、そうなんだよ!きょ、今日は走り気味だったかなぁ?」
年貢の納め時かと思っていると彼は話を続けた。
「律はいつも走り気味なんですよ、お兄さんからも言ってやって下さい」
澪も同意見らしい。少しムカっとしたので思わず彼にホントのところを聞いてしまった。
「ちょっと?ドラムのこと知ってるの?さっきの話じゃ楽器触ったことも無いって言ってたじゃん?」
「ちょ!知ってたのになんでドラムやってるなんて言ったの!?」
後ろを向いて二人で作戦会議?を始める。明らかに不審だった。
「あの?」
ムギが私の肩を叩く。
「はいいいいい!?」
ビックリして背筋が伸びた。
でも、ムギはピンチを分かってくれたのか小声で話してくる。
「ホントのところは明日教えてね?」
「いや、ほんとそういうんじゃなくて」
「あらあら?でも、これ以上時間かけると、彼の方が落ちそうよ?」
あからさまにあたふたしている彼を見て、これ以上は無理だと判断する。
「うぐ・・・。分かった、分かったからお願い」
「ふふふ」
ムギを味方に出来たものの、明日に大変なイベントが発生してしまった。
「さぁ皆さん、親戚同士水入らずにしてあげましょう?」
「それもそうだな」
「うんっ」
「はいっ」
ムギに倣ってみんなも質問攻めをやめてくれた。
何とかピンチをしのぎきった。というより先送りにしただけだけど。
「それじゃあ、明日、学校でね?」
ムギからのその一言で釘を刺される。意味深なウィンクを残して去っていった。
私は、笑っていない笑顔で軽音部ご一行を見送った。
「「ふぅ~・・・」」
二人同時にため息。今まで生きてきて最高のピンチだったんじゃないかと思う。
「危なかった・・・。本当に危なかった・・・」
額の冷や汗をぬぐう。振りのつもりが本当に汗をかいていて驚いた。
「あれで少しでもドラムのことつっこまれてたら完全にばれてたよ」
「あははは・・・。まあ結果オーライだなっ」
悪いこと言ったとも思ったけど、元はといえばこの人の所為だ。
落ち着いてきたと思ったら急に彼が思いついたような顔をした。
「待てよ?もしばれたら律ちゃんは引けなくなるんじゃ・・・?」
「・・・へ?」
意味が分からなかったので固まっていると、
「ほら、『彼氏でーす』って言ったらどうなるのかな、ってね」
と、とんでもないことを言い出した。
「ちょ、ちょちょ!やめろよ!絶対ダメ!」
慌てて禁止した。顔も熱い。この野郎ぉ~・・・。
「だ、大丈夫、言わないよ」
分かってくれたのか一応否定してくれる。
「まったく。もしそんなことになったら・・・」
「そんなことになったら?」
「・・・どうなるんだろ?想像つかないなぁ」
「試してみようか?」
「ば、ばーか!」と、舌を出してあっかんべーをする。
どうも慌ててる時は彼が一枚上手のようだ。年の功ってやつかな。平常時はそんなこと無くて、私の方が立場が上だけど。
バカといわれても嬉しそうに笑っているのを少し不思議に思った。
「修羅場抜けたら汗かいたね。冷たいものでも買う?」
ひと段落したところで彼が提案してきた。確かに暑い。気温の所為だけじゃなさそうだ。
「うーん、そうだなぁ。あ、あれがいい!カキ氷!」
「ほいほい、味はどうする?」
そこで一つ思いついた。さっきやられた分をきちんとお返ししないとな。
「あ、いや、カキ氷くらい私がおごるよ。さっきからおごっもらってばっかりだし」
「それは全然かまわないよ。俺の無理に付き合ってもらってるわけだしね」
まったく気づいていないようだ。見てろよぉ。
「まあ、いーからいーからっ」
気づかれる前にさっさと買いに行く。
何も知らずにボケッとしている彼。
「お待たせっ。味聞いてなかったから適当に選んできた!」
満面の笑みで言ってやる。断れないように。
「あの、これは・・・何かな?」
苦笑いといった表情で聞いてきたので、
「生チョコレート味」
と、さも当然という感じで答えてあげた。
「な、生チョコ!?」
困惑しているので作戦の第一段階は成功ってとこだな。
「色々と試そうと思って!」
気分が乗ってきて敬礼して答えた。
もちろん私の分は普通のブルーハワイ味だ。
「男は度胸!だろ?」
と、駄目押しする。思わずニヤニヤしてしまう。
「お、おうよ」
諦めて一口食べた。自分で買ったものの、どんな感じか全然想像できない。
「お・・・、うまい!」
思っていた答えと違ったので少し悔しかった。
彼のリアクションを見ようと急いで自分のを食べていると独特の頭痛がした。
「げ、マジで?」
思わず本音が出てしまう。
「げって・・・」
苦笑しながら私にも勧めてきた。
「食べてみる?」
美味しいならやっぱり興味はある。
「う、うん」
スプーンですくって、口の前に出されたので反射的にそれを口に入れてしまう。
「・・・うまくはないわね」
そう、別に美味しくは無かった。チョコとカキ氷が完全に別物として口の中にある。
チョコを食べてから氷をなめたような。完全に別居状態って感じ。冷たい氷とつめたいチョコだ。生チョコですらない。
「そうだねぇ」
悟った感じでそう答える彼。
「騙したなぁ?」
「コレでお相子、だろ?」
「むー」
うまいことやり返された悔しさと、さりげなく間接キスしてしまったことの恥ずかしさからほっぺたを膨らまして抗議した。
どうやら別の効果があったようで、彼はにへらと笑っている。
時間もだんだんと遅くなってきて、お祭りも終盤といった感じだった。
あってからまだ数時間もたっていないような気もするし、すごく長い時間いるような気もする。
私を気遣ってか彼から終わりを切り出した。
「さてと、それじゃあ帰ろうか」
それがとても不思議な感じがした。
「・・・ん」
だから、はっきりとした返事が出来なかったのかもしれない。
もったいない気はしない、といえば嘘だ。
私は間違いなく、彼と一緒にいた時間を楽しんでいた。それも驚くほど自然に。
でも、彼の告白を断ったのは私だ。楽しかったのは確かだけど、やっぱり恋人関係になるわけにはいかない。
それでも、私のわがままかもしれないけど、せっかく出来た友達をこれでお別れというのはいやだった。
だから―――。
「ん?何?」
「にぶちん!手、つながないのか?」
「え、いいの!?」
「早くしないと、気が変わっちゃうぞぉ?」
なんだか恥ずかしくなってきて手を少し引いてしまったら、焦って握ってきた。
「そんなに焦らなくたっていいだろ」
あまりに一生懸命だったから茶化したくなってしまった。
「ホントに引っ込めそうだったから、つい」
照れ笑いしながらも彼は少し強く握ってきた。少し汗をかいているようだ。
男の人の手も暖かいということを知った。少しだけ大人になった気がした。
「今日は、アリガトな?緊張はしたけど、デートっていうのがわかった気がする」
「こちらこそ。女子高生の若さをもらえた気がするよ。楽しかったよ」
「なんだよー?ジジくさいなぁ」
そういってつないだ手を振り回した。
ホント、変なやつ。ここでかっこつけたセリフでも言えば落ちるかも知れないのに。なんて思った。
「半分は冗談だよ。でも楽しかったのは本当。祭りが楽しかったのは何年ぶりだろうなぁ」
「大げさだなぁ」
「ほんとだってば」
「そっか。それなら良かった。記念になった?」
「うん、なった。なんなら記念碑たてたいくらいさ」
「・・・ばーか」
「これもホントだって」
「どこに建てるんだよ?記念碑」
「んー、やっぱ神社かな?『りっちゃんとのデート記念』ってね」
「何だよソレ。神社に迷惑だろ?」
「やっぱそうかな?」
「誰だかわかんないだろ、私の名前書いてあっても」
「いやいや、将来有名になってるかも知れない。そん時にフライデーとかに撮ってもらうんだ。『スクープ!あの田井中律に恋人発覚か!?』とかって」
「何年前の話蒸し返すんだよそのフライデー」
そんな下らない話も楽しかった。最後まで冗談で通す気なのかな。
やっぱり一度振られているのに真剣になんてなれないか。彼はどう思っているんだろう。そればかりが気になっているのは事実だ。
私は・・・。
そうこうしているうちに彼が初めて声をかけてきた交差点に着いた。つまり、お別れの場所。
「・・・それじゃあ、ここでいいや」
「そっか」
どちらから、ということも無く自然と手が離れた。
虫の音と遠くから聞こえる車の音がやけに印象的だった。
寂しげな雰囲気、私はいやだった。だから少し冗談をいった。
「ホント、ありがとな?美味しかった」
「生チョコカキ氷?」
「バカっ」
彼ものってくれたけどそれがなんだか寂しかった。
「しんみりするのはいやなんだよ」
そういって俯いてしまう。
「そんなポーズだとなおさらしんみりしちゃうよ」
「そう、だな」
心配するようにそんなことを言われたら、背を正すしかない。
少し無理をして顔を上げる。そんなつもりじゃなかったのに、目の辺りが熱くなる。
でも、暗いからきっと彼には見えていないと思う。
「まったく、あんたが私を好きになったりするからだぞ?」
悔しくなって八つ当たりのようにいったけど、彼は何も言わず微笑んでいた。
「か、カッコつけるな!」
顔全体に血が集まるような感覚がして思わず怒ったようにそういってしまった。
彼は微笑みながら「ごめん」とだけ言った。
「一回だけ、って約束だからな?」
どっちかというと、自分に言い聞かすように。振ったのに『また』なんていえるわけない。
「そうだね」
あっさりとした答え。なんだか不安になって思わず聞き返してしまう。
「それで、いいの?」
「律ちゃんがそう望むなら」
あくまでも自分に選択権は無いという感じで言った。
「ず、ずるいぞ!」
少しだけ考えるような素振りをしてから、私の目を見て。
「じゃあ、最後に一つだけ」
「うん?」
恥ずかしいのか顔が赤くなっていた。でも、真剣な表情だった。
「キス、してもいいかな?」
「・・・な!?」
正直、予想外というわけじゃなかった。でも、いざ言われるとやっぱり驚く。
「ダメ、かな?」
“やっぱり”というのがその前についているような気がした。断られるのを前提で言ってるみたいで嫌だった。
「・・・。わ、わかった。最後、だからな」
「ありがとう。目、閉じて」
「・・・ん」
だから、覚悟を決めて目をつぶった。勢いに任せている部分がなかったといえば嘘だ。
でも、この瞬間だけは本当にしてもいいと思っていた。
・・・ッ
けど、彼はそうはしなかった。
唇じゃなくておでこにしたのだ。
私は、思わず怒って聞いてしまった。何故だかはわからない。
「へ!?な、なんで、なんでおでこなんだよ!」
すると彼は困ったような顔で言った。
「ファーストキスなんじゃないかなぁと思って。どうせだったら律ちゃんの好きな人に捧げるべきだろ?」
そんなこと、今気にすることじゃない。目をつぶった時に覚悟したのに。そういうことも含めて納得したのに。
「な、なんだよそれ!そんなんで・・・なんで・・・」
少し声が震えてしまっていた。怒りなのか何なのか分からないけど感情が高ぶっていた。
「俺はヘタレだからねぇ」
自分を笑うように彼はそんなことを言う。
「バカ・・・」
「うん、バカだ」
この怒りがどこへ向ければいいのか分からない。
肝心なところで甲斐性がなかった彼か。
それとも、告白を断った自分か。
「大馬鹿だ」
「うん、大馬鹿だね」
だから、ただただ目の前の彼にぶつけるしかなかった。それなのに。
「ありがとう。付き合ってくれて。本当に楽しかった。」
そんなことを言いながら、私の頭に手を置く。子供を諭すみたいに。
「それじゃあ、さよなら」
「・・・うん、ごめん」
不貞腐れた子供みたいに俯きながら謝る。彼は不思議そうだった。
「ごめん?」
「私が付き合うって言えばこんな風に・・・」
思わずそんなことを言って、その先を続けようとしたら遮られた。
「いいんだ。軽音部、楽しそうだし。彼氏なんて律ちゃんならいつでもできるよ。だから、いいんだ。一日だけで」
本心でそう思っているのかはわからない。いや、きっとそうじゃないということは私にだって分かる。だから・・・。
「じゃ。・・・また」
「うん・・・、また」
「しんみりするのやだったんじゃないの?」
だから、そんなことを言われたら私は笑顔で別れるしかないじゃないか。
「うるさいばーか!」
そういってやると、彼は満足そうに笑ってくれた。
振り返らないようにその場から帰る。その帰り道、とても顔が熱くなった。
私ってもしかしてすごく恥ずかしいことしたんじゃ?
ああ、そういえば明日、ムギたちになんて言おう?
まだまだ問題が山積みだ。
色々考えなきゃいけない。だから、彼のことも頭の隅っこにおいておくことにした。
これで終わり、というわけじゃない気がするから。
END
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りっちゃんと俺。のりっちゃん視点の話です。
妄想小説ですが、主人公はりっちゃんなのでその成分は少し薄め。
でも、主人公補正ついてるのはご愛嬌。