孫呉の外史(拠点-2)
3/雪蓮
早朝、空が白んでき始めた頃、珍しくいつもよりも早起きをした雪蓮は、特にやる事も見いだせぬままに、当てもなくぶらついていた。
「はぁ・・・やることがないわ。退屈・・・・?」
ふと、足が止まった。武人としての感覚が、この先に張りつめている空気を感じ取ったらしい。
「・・・一刀?」
雪蓮は空気から伝わってくる気配からそのもととなる人物を連想した。
そして、次第に足は気配の許へと歩を進めていく。
「すごく、静かで澄んだ〝氣〟・・・とても綺麗」
凄くドキドキする。こんな感覚は生まれて初めてだ。自分を含め、この国のほとんどの将たちは、恐らくこんな気配を感じた事はあるまい。
――例えるなら清流。
静かに流れるそれは、ただ美しい。
伝わってくる気配は、まるで自分が森の中を歩いているかのような錯覚を覚える。
「一刀、貴方は何をしているの?」
気になって仕方がない。一刻も早くその場に辿り着かねばと、足が早まった。
「つーいた♪かーず・・・・・・」
言葉は最後まで続かなかった。
ひょっこりと顔をのぞかせ、そこにいるであろう彼の名は彼の姿を瞳に納めた瞬間に引っ込んでしまったのだ。
――中庭には、確かに一刀が立っていた。
瞳を閉じ、ただそこに立っている。時折、風がそっと彼の髪を撫でるが、それでも佇んでいた。
その光景はただただ美しく、侵し難く、そして神秘的だ。
まるで、彼自身が場の空気に溶け込んでしまっているのではと錯覚してしまいそうなほど、一刀の〝氣〟は澄んでいた。
(綺麗・・・とても)
雪蓮は改めて思う。
一刀と手合わせをした時にも感じた事だが、この光景を間近で見て改めてその事実を思う。
離れた所から一刀を見守る雪蓮は、不意に思う。
(貴方は私を受け入れてくれるかしら?どうしようもなく昂った時の・・・〝あの〟私を)
――恐怖。
一刀は知らない。昂った時の自分を。
(一刀といる時に〝昂った〟事・・・ないのよね)
一刀を伴った戦場で、あの場だけが持ち得る独特の空気と血の匂いに酔いしれるほど戦った事がない。彼がいる時は、そうならないための抑え役がいるからだ。
母である香蓮。友である冥琳。宿将の祭。他にも、蓮華、思春、明命、穏・・・。
氷花と燕は一刀と同様にこの事を知らない。
しかし、この二人に関しては恐らくは心配ないであろうと雪蓮は踏んでいた。
何故ならば、二人もまたこの時代に生まれ、生きてきた者たちだからである。
だが一刀は違う。彼は自分達が生まれ、生きてきた世界とはまるで違う場所で生きていたものなのだ。戦う覚悟も、その戦いで奪った命を背負う覚悟をしたといっても、自分達とはまるで違う存在。
――彼は強い。だがそれ以上に優しい。
だからこそ自分はこんなにも彼にもう一つの顔を知られるのが怖いのだ。
「雪蓮?」
「ふえっ!?」
自分を呼ぶ一刀の声がいきなり耳に入ってきた。
それが、雪蓮には突然過ぎた。あんまりにも突然だったので、素っ頓狂な声が出てしまった。
あまりにも思い詰め過ぎたせいか一刀の接近に気がつかなかったらしい。
「えっと・・・おはよう」
「おはよう。にしてもどうしたの?随分早い時間帯だけど・・・」
「勝手に目が覚めただけよ。貴方こそ、今日は随分と早いじゃない」
「雪蓮と同じ。二度寝しようかとも思ったんだけど、寝付けなかったからね。じゃあ折角だしって感じかな」
「真面目ねー」
気付けば自分も笑っていた。さっきまで自分は思い悩んでいたというのに、彼の傍にいるだけでこんなにも自分は笑えてしまう。
――ああ・・・彼がこのまま、今の自分だけを見てくれたならどれだけ幸福なのだろうか。叶わぬと知りながらも、そう願わずにはいられない。
それぐらいにこの刹那のひと時が愛おしく感じた。
――だが、これだけは何があっても無駄な願いだ。
たとえ、彼が一切戦場に出なかったとしても不可能。〝孫呉〟にいる限り、遅かれ早かれ確実に知られることだろう。
(誰かに知られるのが、こんなにも怖いだなんて・・・)
「雪蓮!」
「わっ!?吃驚したぁ」
「なんか変だよ?さっきから思い詰めたような顔してるし・・・何かあったの?」
「・・・・・・」
言葉が出なかった。
というより、何も言えなかった。
――どれくらいの間、沈黙していただろうか。
一刀が溜息を吐いてようやく雪蓮はハッと我に返った。
目の前にはムスッとした一刀の顔があった。
「雪蓮」
「な・・・何、かしら?」
なんてぎこちない対応だろうか。ああ自分が滑稽に思えてきてしまう。
気分が沈みこんでいると、一刀が唐突に手を掴んだ。
「!」
「デートしよう」
「?でぇと・・・って何?」
「ん、ああ・・・わかりやすく言うと・・・逢引」
「え!?ええええええっ!?」
自分でも驚くくらいに大きな声が出た雪蓮だった。
昼になって、二人は出かけたのだが。
「――でね・・・・」
「・・・・・・」
さっきから一刀が何か言っているみたいだが、彼の言っている事が右から左へと流れてしまっている雪蓮。その彼女の視線は、自分の左手に注がれている。
――感じるは自分以外の温もり。
(・・・意外と大きいな・・・一刀の手)
ああ、きっと自分の頬は緩んでいる事だろう。もし誰かにでも見られたなら。
(見られたら・・・)
チラリと視線をずらした瞬間、雪蓮を取り巻く全ての時間が停止した。
視線の先にいるのは――。
「母・・・様。祭・・・」
「え?あ、本当だ。香蓮!祭さん!」
一刀が手を振ると、ニヤニヤと笑う母とその友はソレに応えるのだった。
四人が会合するほんの少し前。
天気よく、外で食べた方が幾分か気分がいいということで、香蓮と祭は店の外に設けられた席で昼食をとっていた。
「考えてみれば、堅殿と外でこうして昼餉を共にするのも随分と久しぶりじゃの」
「そうだな。ま、ここ最近は色々と慌ただしかったからな」
「堅殿は、あの件以来元気じゃの。儂も手を出してみるかのう・・・」
「・・・さて、アレは見た目通りの優男ではないぞ。何せ、あたしが足腰立たなくなったからな。久方振りだったとはいえ、あれには流石に驚いた」
「堅殿、それは真か?」
ハッとつまらなさそうに嘯いてから香蓮は口を開く。
「あたしがこんな事で嘘なぞ吐くか。あれで初めてなぞ・・・性質の悪い冗談だ全く」
ぐちぐちと文句を言いながらも、香蓮の顔はそれとはまるで逆。嬉しそうな表情は、年頃の娘のようにさえ思える。
「言うておる程、不満そうではありませぬな」
「ククッ、どうだろう・・・・・・な?」
「堅殿、どうされた?」
香蓮の視線は自分に向いていない。彼女の視線を追い、横を見てみればそこにはとても珍しい光景があった。
一刀に手を引かれ、顔を赤らめ頬を緩ませている雪蓮である。
「く、・・・声を出して笑いたい」
「?ならば笑えば良いではありませんか」
「阿呆。見ろ、雪蓮の幸せそうに緩みきった顔を。あんな顔、そうそう拝めるものではないだろうが・・・。冥琳がいないのが残念で仕方ない」
それはまさに珍しい物を見つけた時の子供の顔である。祭は一瞬、友の年齢を疑ったが、生憎とそこに触れると自分にも触れる事になるので華麗にスルーする。
祭の一瞬の表情の変化を見て、それでいいと言わんばかりに二、三度頷く香蓮。
そして再び我が娘に視線を移すと、はたと視線が見事にあってしまった。
表情から一気に血の気が引いていく我が子が面白くて、顔がどうしてもニヤついてしまう。
その親子のやり取りが微笑ましくて祭はそっとほほ笑む。一方の一刀はそんな三人に気付くことなく手を振っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
同じ卓に座る四人は一切言葉を交わしていない。
――無言。
ピリピリした空気で周りの客が店内に引っ込む等距離を取る対応をとっていた。
故に、おおよそ感覚にして二、三メートル程の無人地帯が出来上がっている。
(俺、選択を間違ったのか・・・)
一刀は蝦蟇になったような気分を味わっていた。
雰囲気的にも、一言目がそのまま死につながりそうな感じになっている。他の三人が一言目を発する事に期待しているのだが、祭は口元に指を宛がい笑いを堪えており、香蓮と雪蓮の親子に至っては物凄く睨みあっていた。
(あ、アイコンタクトで会話してる!)
一体どんな会話を目でかわしているのだろうと気にはなったが、何となく内容に察しがついた瞬間に気にするのを止めた。
――中々に面白い物を見せてもらったな。ククッ、随分と〝女の子〟を楽しんでいるようじゃないか。
――一刀に抱かれて、年甲斐もなくニコニコしていたのはどこの誰だったかしらね?
――何だ?女の嫉妬は見苦しいぞ。手を出してもらえない事を僻むものではない。
――・・・誰が!
――ほう、違うとでも言うつもりか?その割にはあたしに向けての怒気やら嫉妬の念やらを感じるがな。
――思い上がりも甚だしいわね。何様のつもり?
以上が二人のアイコンタクトの内容の一部である。一刀が本当に察する事が出来ていたかは定かではないが、自分が関わると決してプラスになる事がないということだけは察する事が出来たようで、無視を決め込んでいたのである。
――するとそこで。
「あ!ひばな、かずと見つけた!!」
「燕ちゃん、お手柄です。一様!!」
「は、ハイッ!?」
突然の声に問答無用で礼儀正しい反応をしてしまう。
「姿がお見えにならないから急な用でも出来たかと思えば・・・ご説明いただけますね?」
あまりの迫力に蛇に睨まれた蛙になってしまっている一刀。そんな察しの悪い彼に対し、氷花は思いっきり嘆息する。
「一様・・・今日は非番ですか?」
「あ!」
「御理解していただけたようで。雪蓮様、香蓮様、祭様、申し訳ありませんが一様を連行させていただきます。よろしいでしょうか?」
当人にその自覚はないだろうが、三人は氷花の迫力に押されてこくこくと頷いていた。
そうして一刀は、氷花と燕にずるずると引っ張られていくのであった。
一刀が去った後は、まるで嵐が去った後のようにしんとしていた。
「氷花・・・すさまじい迫力じゃったの」
「アレは怒らせてはいかんな・・・冥琳といい勝負だ」
「圧倒されたわ・・・」
そうしてまた最初と同じ沈黙が訪れる。違いがあるとすれば、空気が張り詰めていないことぐらいだろうか。
「で?お前は一体一刀に対して何故一歩引いた位置を歩いていた?」
「――」
「策殿、儂らにまで隠す事はなかろう?今は三人しかおらぬわけじゃし・・・の」
一旦間を置いてから雪蓮は少しだけ重たそうに口を開く。
「嬉しくて仕方ないのに・・・素直に喜べないのよ」
「ああ・・・〝昂った〟時のお前を一刀は知らないんだったな・・・成程、打ち明けられない事に対して後ろめたさを感じているわけか」
「むぅ・・・残念じゃが、それは策殿自身で解決するしかないのう」
「言われなくても分かってるわよ・・・」
「それならいいのだ、が・・・・な」
突然、香蓮の顔から血の気が引く。何事かと二人が彼女の視線を辿り、そして同時に血の気を引かせた。
視線の先に立つは呉が誇る軍師。その名を周公瑾――なのだが、三人からすれば閻魔大王か何かの類でしかなく、ガタガタと体が震えている。
「伯符。貴女、本日の仕事はどうされたのかな?」
「――――」
言葉が出ない上に冷汗も止まってくれる気配さえない。
そして、その隙にとそぉっと席を立ち上がろうとした二人は、ものの見事にその試みを封殺される。
「さて・・・昼餉をとるにしては随分と時間が掛かっているようですね?」
「いや、な冥琳・・・これには・・・な、祭」
「ううううむ、公瑾よ。これには深―い事情というものがあってだな」
「言い訳は結構です。仕事を放り出した件に関しては、次の非番の日を返上して頂きます」
取り付く島が一切ない。二人は諦めるように了承するのだったが。
唯一、雪蓮だけが黙ったままだった。冥林が返事を求めても黙り込んだまま。
そんな状態が暫く続いて。
「・・・・・・冥琳」
「・・・何だ?」
「私が〝昂っても〟・・・一刀は変わらず私の手を握ってくれるかしら」
――自分の掌を見つめる親友の問いに、冥琳は答える事が出来なかった。
その日の夜。一刀は雪蓮の部屋を訊ねた。
強引に連れ出した事に対してのお詫びとの事だった。
雪蓮からすれば同意の上でのことだから気にしなくてもいいと言ったのだが、一刀はそれでもというので部屋に招くと酒瓶を取り出して見せた。
御丁寧に杯まで持ってきている。
「どう・・かな?」
「美味しいわ。うん、合格点」
ニコッと笑ってみせると安心したと言わんばかりに一刀はホッと胸を撫で下ろした。
その仕草が面白くて、それだけで雪蓮には充分に酒の肴になり、酒がすすんだ。
「ねえ・・・一刀」
「ん?」
「・・・・・・ううん、なんでもないわ。お酒、ありがと♪」
「お気に召したようでなによりです、姫」
「だーかーらー、私は姫じゃなくて王だってば♪」
楽しげに会話をしながらも、こんなにも笑える自分がいる事に雪蓮は驚いていた。
「雪蓮」
「・・・?」
スッと酒瓶を差し出してからになった杯に酒を注ぐ一刀。何だろうと思いつつ、取り敢えず注がれた酒を飲み干した。
「また二人で街に遊びに行こう・・・今度はちゃんと非番の時・・・ね?」
今日何度も見た笑顔だった筈なのに、雪蓮はただ一刀の笑顔に魅入ってしまう。
お陰で間が出来てしまい、一刀が不安そうな顔をしていた。
慌てて謝る雪蓮。そして――
「期待してるわ」
――一刀ならきっと・・・。
そんな淡い期待と微かな怯えの気持ちを抱えたまま、雪蓮はそれでも笑みを浮かべてそう答えるのだった。
4/冥琳
北郷一刀は仕事に励んでいた。
警備隊はすこぶる順調。一刀は、〝警備隊の隊長〟として有名人になっていた。
「ふぅ。〝隊長さん〟か〝御遣い様〟よりよっぽど気が楽でいいや」
日々仕事に励む一刀は、この世界に来た時以上に充実した日々を送っていた。
この日、書簡の処理ではなく実務。つまりは警羅である。
「ふぅ、そろそろ昼だね」
「ですね。いい具合にお腹が空いてます」
「・・・・・・ご飯」
「・・・どこかに入ろう。燕の目が据わってきてる」
「はい」
二つ返事で頷く氷花。どうやら限界に達した燕は相当危険らしい。
そうして、三人が入った店。そこには意外な顔がそこにあった。
――「おや?お前たちも昼なのか?」
周瑜公瑾――冥琳だった。
「なんていうか・・・お店に失礼人なるけど、冥琳もこういうところで食べたりするんだね」
一刀がそう訊ねると、冥琳ではなく店のおばちゃんが代わりに答えた。
「公瑾様はたまにお見えになられますよ。ウチの青椒肉絲を気に入っていただいております」
「そういうことだ。私とてこういう味が欲しくなる時がある。お前達が私の食事事情をどんなものと考えているかは知らないがな」
箸の動き一つとってもやはりどことなく品がある。
お陰で三人揃って突っ立ってしまうほどに呆けてしまっていた。
やれやれ、と冥琳は溜息を吐いて三人を座るように促す。
そうして、三人も冥琳に倣って青椒肉絲を注文した。
「ご馳走様。ん~大満足。燕、落ち着いた?」
「すぅ・・・すぅ」
お腹一杯になったせいか、燕は静かに眠っている。すっかり眠ってしまっている燕を確認すると。一刀はやれやれと肩を竦め、氷花はくすりと笑った。
「大丈夫みたいですよ。いつも通りの燕ちゃんです」
「みたいだね。さ、午後の仕事といきますか・・・燕、行くよ」
「ふみゅ~・・・かずと、眠い」
「はは、仕事が終わったらゆっくり寝ていいから。今は頑張ろう」
閉じた瞼を二、三度擦ってからうーんと伸びをして立ちあがった。
が、その足取りはやはり寝起きのためか若干ふらついている。
このままではままならないと判断して、燕の肩を支えようとしたら、冥琳が呼びとめた。
燕を氷花に任せ、店に残った一刀は冥琳の向かい側に座った。
「えっと、聞きたい事って何?」
「いや、書簡ではなく、お前の口から直接聞いてみたいと思ってな。どうだ?警備隊の調子は」
なるほど、と一刀は納得した。書いた報告書、聞いた話だけでは知る事が出来ない事は世の中たくさんある。現場を見たり、当事者たちから話を聞いてこそ見えてくるものもあるのが世の常。故に、一刀はごく自然に冥琳の問いかけに納得する事が出来た。
「そうだね。最初のころと比べれば人手不足もある程度は解決してるし、仕事に支障をきたす事もだいぶ減ったよ。まだ完全とは言えないけどね」
「そうか。まあそればかりはすぐにどうにかする事は出来んな」
「だね。まあボチボチ解決するさ」
「そうしてくれ。期待してるぞ」
不敵に笑う冥琳に、一刀は〝はは・・・〟と軽くひきつった笑みを浮かべた。
一刀と別れた後、冥琳は執務に戻る最中にふと立ち止まった。
視線の先には笑顔で笑う子供達がいて、その中心に一刀がいる。
服を引っ張られたり、悪戯されていたりともみくちゃになっていたが、それでも一刀は笑っていた。
(さて、あれは笑っているが内心は困っている顔だな。)
冥琳が穏やかな顔をして見ていると一刀が家屋の壁に手をついて子供達に背を向けた。
子供達はというと、一刀からある程度離れて何かを待っているような素振りをしている。
(?一体何を始めようというのだ)
などと冥琳が首を傾げていたら。
「だーるーまーさんが・・・転んだ!」
言い終えて子供たちに振り向く一刀。子供達は、先程よりも少しだが一刀に近づいている。そして、再び顔を戻し一刀は先程と調子を変えて同じことを言う。
一刀が声を出している間に、子供達は一刀に近づいていく。
そうして再び一刀が子供達に振り向き、子供達は足を止める。しかし、その中で不意に動いた子供がいて、一刀がそのことを指摘する。すると、指摘された子供は一刀の隣まで足を運ぶ。
(どうやら、北郷が喋っている間のみ近づけるようだな。言い終えた後に動いたら・・・負けといったところか)
理由もなく、冥琳は見届けてみようと思った。軍師の性か個人的な好奇心かは知るところではないが、興味を持った事は事実らしい。
やがて、一人また一人と子供は動き一刀の傍に集まってゆく。
「えいっ」
ぽすん、と子供の一人が一刀の背に触れる。
「お兄ちゃんの負け~♪」
わっと沸く子供達。その誰もが笑顔だ。
それを黙って遠くから見つめる冥琳。
「私は・・・私たちはホントにロクな死に方が出来んだろうな。あの男はああして笑っている方がよほど様になっている」
自分の業の深さを思い知る。些か冥琳の気分が沈んでいると、後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「冥琳?」
「・・・・蓮華様?」
孫策伯符の妹君である孫権仲謀――蓮華だった。
「冥琳が一刀の事を聞きたいだなんて意外だわ」
「やはりそう思われますか・・・これでも私なりに気にはかけているのですが」
「ごめんなさいね。言い方が悪かったわ」
お気になさらずに、とだけ冥琳入って二人は帰路につく。
「そうね。一刀は不思議な人・・・かしら。一刀と話していると難しく考えている自分が馬鹿馬鹿しく思えてしまうの。そして、肩の力が自然と抜けるわ」
流石に意外だった。この少女は、姉が姉のために反面教師になってしまい。非常に真面目な性格をしている。その真面目さは、時として融通をきかせなければならない場面で災いになってしまっているのだ。
自分も真面目な性格をしていると自覚しているが、彼女に関していえばその上をいっていると断言できる。
その少女が、これ程穏やかな雰囲気になっている事が冥琳からすれば非常に珍しかったのだ。
「冥琳から見ても私はやっぱり真面目すぎるのかしら?」
「は?」
「そういう顔をしていたもの。こんな風に話す私が珍しいって」
「申し訳ありません。失礼を承知で申し上げさせていただくなら・・・蓮華様はほんの少しでよいのですが、伯符や文台様を見習われても良いと思います」
「そう・・・貴女もそう思うのね」
「貴女も・・・とは、まさか北郷も?」
ええ。と蓮華は苦笑しながら答えた。
執務室に戻った冥琳は、仕事に手を付けずに思案していた。
「・・・・・・北郷、か」
香蓮、雪蓮、蓮華、祭、穏、思春、明命、氷花、燕、いずれもが、大小の差はあれども皆が皆一刀と出会い変化を見せている。恐らくは自分もだろうと思いながら冥琳はなお考える。
「この変化をもたらすあの男の魅力は、見方によっては危険かもしれんな。だが・・・その力が、孫呉に・・・この大陸にどんな未来をもたらしてくれるのかを見てみたいと思うのもまた事実」
全く判断がつかない。そして、やはり自分も変わっているのだと確信する。
以前までの自分であったなら、即断できたことだろう。
だが、その判断を下しかねている。
「・・・フッ。これに関しては時間を掛けて見極めればいい、か。・・・ん?」
とそこで外が夕闇に包まれている事に気付く。たったこれだけの結論に至るのに随分と時間を使ってしまったようだ。午後に回していた書簡は全く処理されておらず、山積みになっている。
「やれやれ・・・まあ急がず焦らずやるとしよう」
自業自得。気を引き締めなおし、冥琳は執務にとりかかるのだった。
書簡の半分が片付き、一息つこうと思った頃、部屋の戸を叩く音がした。
そうして入っていたのは、一刀だった。
「や、雪蓮に話を聞いてさ。差し入れ持ってきたよ」
「雪蓮が?」
「うん。『冥琳が仕事漬けになってるから・・・一刀、なんか差し入れしてあげて』って」
「・・・アレも暇ではないと思っていたのだがな」
「まぁまぁ・・・取り敢えず一息ついてよ。揚げたてが美味しいしさ」
「お前が作ったのか?」
「まあ、ね。はい・・・お茶と開口笑(中華風揚げドーナツ)だよ」
「・・・いい匂いだな」
ゴマの香ばしい香りが食欲をそそる。
皿から開口笑を一つ取り上げ、そのまま口に運ぶ。
「ほう・・・」
表面はサクッと中はしっとりとしたそれは非常に美味しく、なおかつ表面の胡麻がよいアクセントとなっていて抜群の相性を誇っている。
一口目を咀嚼し終え、お茶をすする。そこで一瞬だけ冥琳の表情が曇った。
「菓子の方はともかく・・・茶は及第点だな」
「面目次第も御座いません。なんなら淹れなおそうか?」
「不要だ。それより、お前も食べたらどうだ?」
言われて、ではお言葉に甘えてと一刀も開口笑を食べる。自分でも出来がいいと感じたのか、満足げな表情をしていた。
が、茶を啜った瞬間に冥琳と同じように表情が曇る。
「少し渋いね」
そうだなと冥琳は苦笑し、一刀もそれに倣った。
一刀からの差し入れを食べ終えた冥琳は再び机に向かい合う。一刀は後片付けのために既に部屋を去っている。
(肩の荷が下りた感じだな。・・・先程よりも体が軽い。原因は・・・北郷しかないか)
考えるまでもない結論だったせいか、思わず苦笑がこぼれる。
それから気分を引き締め、スイッチを入れ替えた冥琳は残りの書簡を片付けていくのだった。
あとがき
えー・・・ごめんなさい。
平謝り全開です。
拠点第一弾より一カ月以上の間が開いてしまい誠に申し訳なく思っております。
大筋の形は見えているのになかなか文として形に出来ずに、今回のような事になってしまいました。まだまだ続くというのにこれでは、これから先がいささか不安に思ってしまう私がいます。
何となくですが壁にぶち当たった感覚でしょうか・・・そんなものを感じております。
しかし、〝こんなお話にしたい〟が、ある程度は見えている以上・・・壁に負けずに頑張ろうと思います。
色々とダメな作者ではありますが、ながーい目で見守ってください。
さて、話を切り替えてアンケートの順位を発表しようと思います
1位/雪蓮・・・23票
2位/香蓮・・・22票
3位/冥琳・・・21票
拠点採用の面子の順位はこのような結果となりました。以下の順位はおまけです
4位/蓮華・・・17票
5位/思春・明命・・・11票
7位/・・・祭・・・8票
8位/穏・・・2票
以上がアンケートの集計結果となりました。
それでは次回のお話でまた・・・
Kanadeでした。
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おおよそ一カ月ぶりの投稿・・・みなさんお久しぶりです。
拠点第二弾の二作目・・・楽しんでいただけたら幸いです。
最後のページにいつものあとがきとアンケートの順位発表を掲載しておりますのでよかったら最後までお願いします