「無関心の災厄」 -- 第一章 シラネアオイ
第10話 名付け親と天狼のモーメント
桜崎高校の所在地は、都内とはいえ3方を山に囲まれた半盆地で、高校から15分も歩けばすぐ登山道にぶち当たる。
その中でも、標高も低く登りやすい、定年後のハイキングコースよろしく高校の裏に聳えるのが『神楽山』だ。春は桜、秋は紅葉、その合間にも新緑や雪景色を楽しませてくれる、地元密着型の山、よく地元の小学校校歌に登場するアレだ。
かくいうオレの母校の校歌にも登場する――『雲に聳える神楽山 生徒見守り微笑んで』なんてな。
そんな神楽山の中腹にぽつりと佇むヤマザクラは、一年前までオレたちと共に在った梨鈴《リリン》という名の珪素生命体《シリカ》の墓標だった。
二年前にこの街へやってきた珪素生命体《シリカ》、キツネ少女にオレたちは『梨鈴』と名をつけて、可愛がっていた。しかし梨鈴は、突然この街に現れたネコの『異属』と戦い、負けてマイクロヴァースが発動し、消えた。
ようやく傷つかずに、簡単にではあるが口に出せるようになったその記憶は、今も新しい。
オレはゆっくりとヤマザクラの樹の下に座った。そこは、花びらで桃色の絨毯になっていた。
たしか一年前、珪素生命体《シリカ》との戦闘でぼこぼこに殴られ、顔を腫らしたアイツはこの場所に座って、言った。
『マモルさん、ヤマザクラの花言葉って知ってる?』
『……知るか』
『あなたに微笑む、だよ』
だから何だ、ともオレには言えず、珪素生命体《シリカ》のキツネ少女が最後にくっきりと焼き付けていった脳裏の笑顔に、胸を締め付けられていた――
一瞬フラッシュバックした過去を拭い去り、オレはもう一度、散ってしまったヤマザクラを見上げた。
少し、太陽が傾いて空に橙色が見え始めている。
昨日から絞られ続けたオレのココロは豆腐の搾りかすくらいにぼろぼろだぜ。
しかし、思い出の残るこの場所は、ほんの少しだけオレを落ちつけてくれた。夙夜も先輩も、きっとそれが分かっている。
「ふふ、ここに来るのは久しぶりなのです」
オランダ衣装でくるくると野原を駆ける少女――なぜだろう、年上だというのにとっても微笑ましい。
あ、オレ今、現役男子高校生にあるまじき遠い目になってねぇ?
暖かい風が吹き抜ける場所。
梨鈴の眠る場所。
「あ、来たよ」
夙夜の声がする。
そして、ソイツが指さした先には、昨日の晩に邂逅したネコ少年が立っていた。
暗闇では分かりにくかったが、少々生意気そうな目鼻立ち、すんなりと細くのびた手足、しなやかなネコの珪素生命体《シリカ》だ。
「来てくれたんだね、お兄さん」
「ああ。約束しただろ?」
肩を竦めると、ネコ少年は恐る恐る広場の中心に歩みだしていた。
一番近くにいた先輩が、その少年の元に駆けつけて、よく梨鈴にしていたようにぐりぐりと頭を撫でまわす。
突然の出来事に反応できなかったのか、少年は硬直するが、先輩はそんな事お構いなしだ。
「ふふふ、可愛いのですぅ。おめめが蒼いのです。綺麗なのです。明るいお星さまみたいなのです」
「せ、先輩、その子困ってるから……」
「――ちょっとだけ、知ってる子に似てるのです」
一瞬。
ぽつりと呟いた先輩は、すぐににこりと笑い、その少年に名前を付けた。
「キミは『シリウス』なのです。おめめの色がシリウスのお星さまと一緒なのですぅ」
少年は呆然とした。
が、すぐにそれが自分に付けられた名なのだと知り、ぴぃん、としっぽを立てた。
あ、喜んでる。
「シリウス、か。よろしくね、シリウスくん」
空を向いた尻尾を左右に揺らし、耳を動かしながら、ネコ少年、改めシリウスは夙夜にお愛想し、オレの方に寄ってきた。
いや、間違い。
一足跳びにオレへと襲いかかってきた。
「ぎゃーっ!」
思わず悲鳴をあげて死のタックルを避けたオレに、先輩の不満げな声がかけられる。
「マモルちゃん、シリウスくんの感謝の気持ちを避けちゃダメなのです」
「んなこと言っても、確実にオレ死ぬ! 珪素生命体のタックルなんて食らったらオレ、死ぬから!」
先輩相手に敬語を忘れて叫び上げ、オレはシリウスから距離をとった。
無理無理無理。
オレとシリウスが睨みあう中、夙夜がのんびりとオレに言う。
「当たる瞬間に、ちょっとだけ急所をずらすんだよ。そしたら死なないから」
「バカ野郎、オマエ、自分の事じゃねえからって、しかも当たる瞬間に避けろとか、オレはオマエじゃねえんだよ! そして死なねえからっていいわけでもねえ!」
死ななくても大怪我だろうが! マジで!
そんな様子をくすくすと見守る先輩。
あ、こんな光景、見たことある――
油断した次の瞬間、凄まじい重さの珪素生命体の体がオレの背中に直撃し、オレは、地面と仲良くごっつんこした。
春の陽気の中、野原でじゃれること約一時間。
オレの体力はもう限界。
もう無理、マジ無理というオレの必死の訴えで、帰還が決定した。
それには、先輩と夙夜の腹ぐらいが多分に関係しているに違いないのだが。
「ねえ、お兄さん」
「オレはマモル、だ」
「じゃあ、マモル。また会える?」
シリウスの瞳。
蒼い、蒼い、硝子玉のような感情ない瞳。
「ああ、たまには遊びに来てやるよ」
「ありがと」
彼らは、笑わなくても全身で表情を示す。
ほら、今も嬉しそうに尻尾が左右に揺れている。
そうだな、明日も来てやろうかな。
山を下るオレは、言わずとも何かを心に抱いていた。
それは、シリウスに見た梨鈴の面影だったり、楽しかった青春の日々――というには脚色が過ぎるが――だったりした。
あれから一年も経つのか。
初めて感慨深く思い出す事が出来た思い出は、それでもちくりと胸のどこかを刺激した。
「ワタシ、今度はお花の種を持って行くのです。シリウスくんと一緒に植えるのです」
嬉しそうな先輩の赤いリボンがくるくると風を巻き込んで翻る。
「楽しそうですね、先輩」
「ありがとうなのです、マモルちゃん。シリウスくんは、きっといい子なのです」
「また一緒に遊びに行きましょうよ。放課後、迎えに行きますから」
「うふふ、いいですねー」
「でもその時は、あの、ピンクのエプロンドレスがいいと思いますよ、オレは」
そう言うと、先輩はきょとん、と首を傾げた。
「そうなのですか? でもマモルちゃんがそう言うならそうするのです」
よし、ぐっじょぶオレ。
そんなオレたちの様子を、少し後ろから夙夜が見ている。
誰にも聞こえないように、ぽつりと呟いて。
「ごめんね」
聞き間違いかと思ったが、それはどうやら夙夜の口から漏れた言葉らしい。
何がだ、と聞き返そうとした時、なぜか、オレたちの目の前に制服を着た警察官が二人、立ちはだかっていた。
待ってくれ、どういう状況だ、コレは。
目の前の警官二人とは、どう見ても友好的な関係を築けなさそうなんだが。
一人は若くて背の高い、精悍な印象の警察官。もう一人は、それより少し年上の、やる気なさげなおっさん刑事。ぼさぼさと無精ひげが生えている。
そして、特別刑事ドラマが好きでもないオレでも言われる前に予想できる、使い古された言葉が待っていた。
初めて目にする警察手帳を目の前に突き付けて。
「柊護くんと香城夙夜くんですね? 桜崎警察の者です。ちょっと署までご同行願えますか」
できればもう少しひねった言葉を使って欲しかったよ、刑事さんたち。
昔に比べるとかなり視聴率が下がってるという、毎週火曜の刑事ドラマの視聴率を上げるためにもな。
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オレにはちょっと変わった同級生がいる。
ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。
次→http://www.tinami.com/view/128941
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