**秋**
空を白い影が覆った。
それは雲ではない、胞子だった。数知れぬ大量の胞子が東京の空を、いや日本の空を覆っていたのだ。
発生源はわからなかった。科学者たちは口をそろえて「環境汚染が原因の異常発生だが人体には問題はない」と結論付けた。
政府も「あまり外には出ないように」と注意はしたもののそれ以上の対応を行うことはなかった。
誰一人としてこれから起こりえる事態を予測できる者はいなかったのだ。
木枯らしに枯葉が舞う。深まり行く秋を感じつつ私は空を見上げた。悪魔の種は今夜もやみそうにはなかった。
##冬##
人々は忘れてしまった。
あのことを……『今』を生きることに精一杯の人間たちにとってはあんなことは日常茶飯事なのだろうか?
あの事件さえも多々ある環境異変のひとつとして片付けられてしまう。人工物の中で自然を語るエゴイストたちの弁じるエゴロジーのひとつの議題としてスポーツ新聞の隅に飾られただけ……
「人間どもは自分たちの愚かさを知らないんだよ」
つぶやいた私の言葉をいったい誰が聞きとめよう。人工物を動かす歯車のひとつであるだけの人々は自分の存在を見失わないようにするだけで精一杯なのだから……
正月という何の行事を終え、元の喧騒を取り戻したこの町に白く冷たい絨毯が敷かれた。まるでこの穢れた町を清めるかのように、白く光りながら雪はいつまでもいつまでも降り続けた。
■■春■■
白い桜が咲いた。
開花宣言からまもなくして、日本中に白い桜が咲き乱れた。
テレビの中で科学者どもが飽きもせず大層な議論を交わしているが、そんなものが当てになろうはずがない。自らに起きている『異変』にさえ気づくことのない愚かな者たちにいったい何がわかろうか?
毎年人間の血を吸い上げほんのりと色をつける『桜』―――今年、大地に人の血が流れ込むことはなった。そのことに気づくものはいない・・・
周りを見回す前にまずは自分を見直すべきであろう。『灯台下暗し』という言葉はお前たちが作ったのだろう?
無能な人間どもを嘲りつつ私はつぶやく。
「これで桜も見納めか……」
春一番に舞った白い花びらを手に私は桜の木を後にした。
栄養源である人の血を吸えない桜の樹木たち。彼らは次第にその身を枯らしていった。
□□夏□□
「冬に眠りし かわゆき花よ 夏に目覚めて その身を晒せ……」
口をついてあふれる歌は、なぜか知ってる不思議な歌。
―――何一つ変わらない夏。去年と同じ暑い夏。何一つおかしいことはない。ただ今が『約束のとき』だった。ただそれだけのこと……
「冬に眠りし かわゆき花よ 夏に目覚めて その身を晒せ……」
私は再びその歌を口にする。
何も変わらない夏。セミは相変わらず夏を歌う、鳥は空を舞った。
―――ただ、『始まった』だけ。ただ眠っていた花が目覚めただけ……
人間たちは自分たちの変化に気づくことはできなかっただろう、変化は一瞬―――目から、口から茎を伸ばし言葉にできないほどに美しい花を咲かせた。足から伸びた根はしっかりと大地をつかみ腕より伸びた葉は太陽の光を受け輝きを放つ。まるで虫の中でひそみ、いきなり花開く冬虫夏草のように……
人に寄生した胞子は人の血を吸いつつ時を待つ、そして今、20XX年の今、目覚めのときを迎えた。何も奇妙なことはない。全てが定め。新しい時代のプレリュード……
緑輝く大地に立ち、私は花を摘む。そう、穢れを脱ぎ捨て輝くこの世で一番きれいな冬虫夏草を……
END
あとがき
この作品は自分が高校のとき「星新一のショートショートコンテスト」で佳作をいただいた記念すべき作品に加筆・修正を加えたものです。原本は目覚めは1999年になっていました。時は流れているのね(-_-;)
ちなみに本物の冬虫夏草は人間に寄生はしません(当たり前)キノコなので葉っぱも花もありません。作者の勝手な想像の産物です。でも結構不思議なものなので興味のある人は図鑑で調べてみてください。
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執筆はもう十年以上前、1999年を意識して書いてました。