No.127493

「無関心の災厄」 シラネアオイ (9)

早村友裕さん

 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

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2010-03-01 19:11:48 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:702   閲覧ユーザー数:695

            「無関心の災厄」 -- 第一章 シラネアオイ

 

 

 

第9話 アルカンシエルの店長と叔母

 

 

 

 萩原の葬式の日は、サクラ満開の暖かで穏やかな日だった。

 オレと夙夜は、桜崎高校からそう遠くない、観光客もちらほら見られる、そこそこ有名だという大きな寺で行われる葬式に向かった。

 高校生のフォーマル、制服に身を包んで。

 到着した時にはすでに式が始まっていた。

 何の事はない。オレの隣のこのマイペース同級生が寝坊しやがったというただそれだけの理由だ。

 会場だけじゃなく、その周囲までしめやかな雰囲気に包まれていて、会場に近づくにつれ、夙夜への嫌みを連発していたオレも自然と静かになった。

 少し視線を巡らせれば警察の姿が見え隠れしている、葬送と似つかわしくないこの光景、見ていると鬱になりそうだ。

 

「あ、柊。香城も来たか」

 

「遅かったね」

 

 会場に到着したオレたちを、他のクラスメイトが出迎えた。

 皆一様に制服姿で、まるで朝、登校して教室に入ったかのような錯覚に襲われる。

 いつもまとめ役だった萩原がいない。

 不思議な感覚だった。

 

 

 

 普段なら絶対に我慢できない筈の長い読経が、オレの感情を沈めていく。部屋全体を包み込んで、すすり泣く声も沈鬱な空気も全部とりこんで。

 淡々と、静々と、粛々と。

 昨日から理不尽な事件《イベント》の連続で煮詰まっていたオレの頭は、少しずつ整理されつつある。

 

 あと一つだけ足りないピース。

 

 線香の匂いが、現実に意識を引き戻す。

 美人ってわけじゃないけど女の子らしくて、明朗快活、文武両道の女子高生。萩原の遺影を瞼に焼きつけて、オレはしばらく目を閉じる。

 萩原、オマエ、なぜあの場にいたんだ?

 オマエも何か珪素生命体《シリカ》に関係があったりしたのか?

 あんな処にいなければ、おそらくあんな事にはならなかったのに。

 萩原の弔い合戦、なんていうとカッコいいが、そんなもんじゃない。特別仲良しだったってわけでもない。

 でも、アイツは『才女』だったから、ちょっとズレているオレたち文芸部の事さえフツウに見守っていてくれた。

 真実を求める動機なんて、それだけで十分じゃないか?

 これはオレの意地。『口先道化師』『部外者』『傍観者』『名前だけ主人公』――その他もろもろ、多くの名を抱えたオレの精いっぱいの抵抗。

 

 世界の方がオレを選んでくれないのなら、オレが世界を選んでやるよ。

 

 そう思った瞬間、オレの目の前からあれだけ消えてくれなかった血濡れの裏庭が、ふっと消えた。

 呪文のように響く低い読経に紛れて、オレは隣のマイペース男に声をかけた。

 

「なあ、夙夜」

 

「なあに? マモルさん」

 

「少しだけ、手助けしてくれないか?」

 

 オレが、そちら側の世界に飛び込む手助けを。

 そんなオレの言外のコトバは伝わったのだろうか。

 

「いいよ」

 

 いつものノーテンキな笑顔。

 

「さんきゅ」

 

 笑顔。

 ありがとな。

 

 

 

 

 ところがどっこい、気持ちが高揚したって、体がついて来るわけじゃない。

 何時間もの正座に耐えたオレの足は、とっくに限界を越えていた。

 やべえ、これ、オレの足じゃないみたいだ。

 と、見渡せば同じように崩れ落ちるクラスメイトたち。

 

「みんな大丈夫?」

 

 既に立ちあがって全員を見渡しているのは香城夙夜。

 この野郎、一人涼しい顔しやがって!

 

「何でお前は平気なんだよ、香城!」

 

「んー、俺、田舎育ちだから?」

 

「知るかボケぇ!」

 

 高校生たちのうめき声(死を悼んで発しているいるわけではない)が堂内に響き渡った。

 

 

 

 

 なんとかシビレ地獄を脱出して寺を出たオレは、とりあえず夙夜を連れて先輩の働く店に向かっていた。

 昨日の晩の、珪素生命体との約束を守るため。

 桜崎通り裏手の『アルカンシエル』――フランス語で『虹』という意味を持つ花屋に向かっていた。

 からんからん、と軽快な音を立てて扉を開くと、聞き慣れた声が迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませですぅ」

 

 くるりと振り向いた先輩は、前回と違う衣装で花の中に立っていた。

 今回のコンセプトは、『風車の少女』。赤いベストと長めのスカート、白いエプロンも眩しく、足元は木靴、とまあディテールまで凝っている。

 まるで操り人形が生命を得て動き出したかのようだ。

 くっく、と笑うと先輩はむっとした顔をした。

 

「人を見て笑うなんて、マモルちゃんは失礼なのです」

 

「すみません、先輩が、あまりに……」

 

「あまりに、なんですぅ?」

 

「……可愛らしかったので」

 

 オレの答えがお気に召したのか、先輩は機嫌を直してもう一度花の水やりを始めた。銀色の如雨露《ジョウロ》から、きらきらと水の雫が注いでいく。

 

「元気そうでよかったのです。昨日のマモルちゃんは今にも死にそうだったのですよ?」

 

「すみません、ご心配おかけしました」

 

「ふふふ、で、今日はいったいどうしたのです? 元気な姿を見せに来てくれたわけじゃなさそうですよ?」

 

「ええ、そうです」

 

 先輩は、こう見えて鋭い。

 そうじゃなきゃ、オレや夙夜にあだ名をつけなりなんかできないが。

 

「先輩、珪素生命体《シリカ》に興味、ありませんか?」

 

 

 

 

 

 ひととおりオレの話を聞いた先輩は、にこりと笑った。

 

「ワタシも行くです。連れて行ってほしいのです。その子に会ってみたいのです」

 

 そしてエプロンだけを外すと、奥に向かって声をかけた。

 

「カスミさん! ワタシ、ちょっとだけ外出したいのです」

 

 すると奥から、妙齢の女性の力ない声が返ってきた。

 

「んー、構わんよ、私は今日、本職が休みだからここでゆっくりしようと思ってたところだ」

 

「ありがとうなのですぅ」

 

「何より、可愛いスミレの頼みを私が断るわけないだろう?」

 

 きゅっきゅ、とスニーカーの音。

 奥から、声の通り、妙齢の女性が現れた。

 少し眠そうな瞼、ラフなシャツ姿で七分のデニムにスニーカーという、さっぱりした印象の装い。真ん中で分けた長い亜麻色の髪がさらりと揺れた。正統派ではないが、人目をひく美人だ。年齢は20代半ばと言ったところか。

 すらりとした長身は、オレより高いかもしれない……いや、オレまだ成長期だから。まだ伸びるからね。

 どうやらこのヒトが花屋の店長と思われる。

 するとそのすっきりした美人は、オレの隣のヤツを見て肩を竦めた。

 

「おお、夙夜、お前も来てたのか」

 

 は?

 何? オマエも知り合いか?

 

「へへ、久しぶり」

 

「何だよ、元気なら連絡くらい寄越せよ! 心配するだろ!」

 

「でも、叔母さん、忙しいと思って」

 

「そんな余計な気遣いはいらん。お前の生活費を払ってるのは誰だと思ってやがる」

 

 大股で歩いてきて夙夜の鼻をつまんだ彼女は、やはりオレより背が高い。

 いや、ちょっとだけだぜ? 2センチ、4センチ……いや、5センチくらいかな。

 ヒールだってんなら分かるが、スニーカー。好意的に見積もっても170後半は……

 

「じろじろ見るな、少年。私がデカイのが気になるんだろう?」

 

「あ、いや、そんな事は」

 

「いやいやいいんだ、馴れてるから」

 

 ひらひらと手を振る店長。指長え。ピアノとか得意そう。

 ってかおい、フったのはそっちだろ。

 ヤベえ。

 オレの中の警鐘が鳴る。

 悪いが、すでに天然を相当数抱え込んでるんだ。これ以上オレは突っ込めないぞ?

 

「が、このメンバーという事は、お前が『マモルさん』か」

 

「あ、オレ、柊護《ひいらぎまもる》です。初めまして」

 

「やはりそうか。そうじゃないかと思ったんだ」

 

 うんうん、と勝手に頷く女性。

 何者だ。

 そのさっぱりした美人店長は、同じくらいの身長の夙夜の肩に手を置き、にやりと笑う。

 

「私は香城珂清《こうじょうかすみ》。この、香城夙夜の叔母にして、養い主だ」

 

 ああ。

 この話聞かなさ具合と、あとそのやる気なさげな目も、並ぶとちょっと似てるな。

 とりあえずなぜ夙夜の叔母が先輩の花屋の店長で、夙夜の養い親なのかは不明だが。そして年齢が少々若すぎる気もするが、女性に年を聞くなどという失礼を犯すわけにもいかない。

 

「お前の事は夙夜とスミレからよく聞いてる」

 

 ああ、出来る事なら関わりたくねえ。

 しかし、この状況で関わるな、というのは不可能。

 

「……お二人には、お世話になってます」

 

 ああ、どこへ行く、オレの日常。

 オレ自身を置いて行かないでくれ。

 

 

 


 
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