No.127154

マジコイ一子IFルートその7

うえじさん

マジ恋IFシナリオです。本当の本当にこれで終わりにしようとしたんですが、やっぱり長くなってしまいました。
なるべく短くしようと書いてるんですが、やっぱり長くなってしまう……
多分次で本当に終われたらいいな……
でも挿絵を2枚つけましたので……

2010-02-28 04:45:58 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2411   閲覧ユーザー数:2292

「ワン子ォォォォォ!!!」

「しっかりしろワン子―――――っ!!!」

「ワン子ッ!!!」

「一子殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 その光景で4人の男は理性を失った。

キャップとガクト、そして普段おとなしいモロまでもが一子を助けようと舞台へと駆け上がる。あずみの抑止も振り切り猛然と英雄も突撃していく。相手との戦力も鑑みず、この惨状を見ても臆することなく、誰ひとり危険を顧みずに一子の元へと駆けつけていく。

ある者は幼いころからともに成長してきた仲間であるからと、それ以上の理由は不純だというように彼女の元へと走っていく。

またある者は自身の恋した女性であった。かつて己が断念してしまった夢。同じ境遇でありながらもただ進み続けるその雄姿に感銘を受けたからこそ、彼女が気づ付くことが許せなかった。彼女はここで終わってはならないと、そう切に願うからこそ彼は走る。自らが持つ地位も権威も何もかもかなぐり捨ててでも守り抜きたい人がそこにいるのだから。

「みんな……ごめん!!!」

「すみません……英雄様!!!」

 一子に接近する4人は舞台に入ったところで全員倒れる。

 キャップとガクトとモロは頭に強烈な鈍痛を受け、転がるように倒れていく。とっさに京が放った、とっておきの一つ、パチンコで瓦礫を精確に飛ばしたのだ。怪我や障害が残らないよう細心の注意をもって放たれた三つの弾丸は的確に彼らを昏倒させた。

 その後すぐさま3人を担ぎ京のいる場所へと連れてきたのはまだ口元に血の痕の残るまゆっちだ。

「ありがとうまゆっち。怪我は大丈夫?」

「は…い、なんとか致命傷は回避しました」

 そう言いながらも脇を密かにかばう動作でわかってしまう。今こうしてしゃべることすらきついのだと。それほどまでにモモ先輩は圧倒的であったのだ。

 そしてそれと同時に元の安全地帯へと戻るのはあずみと彼女に抱えられた英雄。とっさに首に吹き矢を放ち眠らせたのだ。

「……ぐ、はな…せ。あずみぃぃ!」

 とっさにとはいえ、確実にプロレスラーでも瞬時に眠らせる強力なタイプの眠り薬を刺したはずなのに英雄はうっすらと意識を保っていた。

「すみません英雄様。後でどのような罰もお受けいたします。なので、今はお願いします。あの場所へ行かないでください」

 その声は事務的なものであったが、ところどころ感情の揺れが抑えきれないところがある。それほどまでに彼女もまた苦悩していた。

 

 誰も駆けつけられない状況でも、彼女は決して諦めようとは考えなかった。

(……勇、往……邁、…進!)

 こうなることは試合をするまえからわかりきっていることであった。あの川神百代と対峙するということは、それだけで災害と正面からぶつかるようなものであるのだから。

 相手は策も細工も一切ない純粋な災厄。目の前にいるものを容赦なく飲み込む歩く脅威である。そんな規格外と対等にやりあってもかなうはずがない。そもそも戦闘にすらなりはしないだろう。

 しかしそれでも彼女は諦めなかった。諦めることなどできるはずがなかったのだ。

(大和……は。こ、んなわ…たしにも、全力で……力を貸してくれた……!)

 彼が作戦を提案した時の顔は忘れない。今まで見たことない表情だった。今にも泣きだしそうな子供みたいな顔。

 大切な人を守るために身につけてきたこの力がまったく及ばない悔しさ。そしてその未熟を最愛の人に託してしまうことの後悔。きっと私が大和だったとしたら我慢できなかったかもしれない。

 彼に、そんな思いをさせてしまった。それだけが、これまでで唯一の後悔。

(だから……こんな、ところで…………)

 すまない、と彼が言った言葉が心に響く。

 

――大和は何も悪くないよ――

 

 絶対に勝ってくれ、と泣きながら放った彼の言葉が全身を駆ける。

 

――だから、泣かないで大和――

 

 周囲を歪なまでに歪めながら鬼神は倒れている一子のもとへ歩み寄る。

 その顔はひどく邪気を帯びていたが、それでいて純粋さも秘めているように見えた。どこまでも戦うことを求め、ひたすらに自分と渡り合える強者を欲する。その感情は決して邪なものではなく、故にその暴走は手のつけようがなかった。

 今まで決して届くことないと諦めていた者が自らを脅かしかねない存在であったと知ったとき。最愛の妹を傷つけまいと、必死に苦悩していたことがとんだ思い違いであったのだと理解したとき。

 それまで抑えていた極上の欲求が、タガを外して溢れ出た。その時のなんと嬉しかったことか。あのワン子が自分を負かしかねないと示している、それだけで彼女にはもう何もいらなかった。

 まだ到底このレベルまで到達していないがそんなこと関係ない。今はただ単純にヤリ合いたい。ただそれだけだ。

「ドウシタワンコ?ワタシヲタノシマセテクレ」

 上から見つめる百代。その手には禍々しいオーラが渦巻いている。

「グ……クッ!」

 身体を起き上がらせようと必死に力を込めるも、その両手はピクリとも動きはしない。

「グ……ァアッ!」

 それでも無理やり力を込める。

 もはやこの身が朽ち果てても構わないと、だから最後に一撃撃つだけの力を出してくれと、全身にありったけの力をこめ続ける。

(脳が、焼き切れそうだ……)

 眼球の中で爆竹が爆ぜるような苦痛が響く。それは目に映るもの全てが有毒であるかのように、彼女の脳に直接ダメージを与え続ける。

(目の前……お姉さま……たたか…て…………わたし、は………………?)

 血の味と臭いに満ちた世界は全てが赤く見える。今は立っているのだろうか、それともまだ倒れているのか。もはや正常に稼働しない精神は現状を確認して羅列することすらできなくなっている。

(なん…でわた、し。ここ……に…………)

 痛い……とっても痛いよ……。なんで、なんで私はこんな……

 

「一子ォォォッ!!!」

「!?」

 それは遠くリング上の隅から聞こえた。思わず顔を向けてしまった。

 叫んだのは大和だ。彼はただ一言彼女の名前を呼ぶと、無言で彼女を見つめ続ける。

「………………」

「……や、やまとぉ」

 彼は今はっきりと彼女の名前を叫んだ。ワン子ではなく一子と。彼女の本当の名前を声高らかに。

「……グ、ぁぁぁああぁあぁああああああああああああああ!!!!!!!」

 それだけで十分だった。混濁した精神は明瞭になり、ピクリとも動かなかった腕も、脚も、その隅々にまで力が漲っていく。

 立ち上がるのに1秒も必要なかった。跳ね上がるように飛び起き、そのまますぐそばに落ちていた刃のついた方の薙刀をつかみ、構える。

 その姿、表情、気迫にはもう一切の揺らぎは見られなかった。依然と同じかそれ以上の集中が彼女をさらに洗練していく。もはや動くことすら危うい状態にも関わらず、悠然と。

「クハハ、イイゾワンコ。ワタシハマダタリナインダ……」

 その光景に最も愉悦に浸ったのは誰でもない百代だ。まだ自分を楽しませてくれると、尽きぬ興味を持てあます子供のように胸躍らせ一歩、また一歩と近づいてくる。

 彼女の遊びはまだ終わらない、終わらせるはずがないとその闘気がかつてない程に膨らんでいき、その密度と質量から空気が戦慄くように甲高い音をたてていく。

「…………」

 一子はもう一切反応しない。ただ目の前の敵に対し最後の一撃をもって打ち破るのみ。短くなった薙刀は小太刀程の長さとなり、必然的に構えもショートレンジのものへと切り替わる。本来はない構え。しかしどんな状況下でも彼女は最善を尽くし、最大の効率をもって臨む。

 まるで刀を構えるように腰を沈める。それはこれからくる土石流のような猛攻に決して流されないようにするためのようにも取れる。

 構えを見た百代はそこでついに狂喜を満たした。

「ヨシ、コレデケッチャクトイコウカワンコ」

 彼女もそれまでとは違う緩やかな動作で構えにはいる。必殺を銘打つ最強の一撃を放つ体勢。それまで武術に費やしてきた年月、技術の向上のために消費してきた数多の才能、その全ての集大成たる奥義を彼女は放とうとしていた。

 

「行くわよ……お姉様!」

「アア、ワンコォッ!」

 

 そこで最後の攻防は始まった。

 極限まで力を溜め、地を蹴る百代。地面が爆発するほどの威力をもって最速を作り出し一子との間合いを詰める。

 時間の感覚など意味をなさない空間。動作の前後さえあればその過程すら省略される程高速であり高密度な次元に彼女はいる。その中で彼女は相手を正面から砕くため、真正面から相手を撃破することにこだわり奥義を放つ。

 鬼神の放った技は実にシンプルであった。

 『川神流・無双正拳突き』。極大に高まるエネルギーを凝縮させ、それを最高の加速ととみに射出し、打ち込む。その動作自体は一般の正拳突きと大差のないものだ。ただ違うところがあるとすれば、その威力の破格さにあるであろう。

 撃ち放たれた百代の拳は周りの空気を巻き込み、さながら爆風のごとく破壊の因子を全て一子に向けていた。

 確認できたところでその威力は想像できない。熊を屠るための技だと言われればそのように思え、ビルごと大破させることもできるのだと言われれば容易に信用でき、さもなくば山を砕くと言われても疑問を抱かせない。それほどまでに未知数の脅威を内包する一撃。

 事実、この技を発動した時にはルー師範代と鉄心の顔色が一瞬で変わったことをキャップ達は見逃さなかった。

 地上最大最悪の災害が襲いかかる。

 慈悲も祈りも通じなく、求めても焦がれても一切の容赦も許さない人工の天災は目の前で爆風と化して一子に降りかかる。

 どんな英雄であろうと、いかな天才鬼才と言われようがそのスケールから違う災いの前にはなんら小細工は通じないのだと、生まれながらの災厄は告げるように拳を一子に打ち込む。

 ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!

 

音すら押し潰される豪風は、確かに一子に直撃したのだと言わんばかりに会場内を荒れ狂う。

 爆風と衝撃と轟音と閃光に、その場にいた人間は全ての感覚器が壊れてしまったのではないかと色々混乱する。

 しかし風間ファミリーだけは違った。

 意識を取り戻したみんなは、その爆発の被害を見ても一切気に留めない。確かに霞む中心点、爆災時を取り囲むように延々と立ち込める粉塵の中に立つ人影を。

 

 

『ワン子、いいかよく聞け。姉さんに勝つこととはなんなのか』

 薄らと粉塵が霧散していき、会場の観客達にも徐々にその様子が露わになってくる。

 

『おまえは将来師範となる百代姉さんを補佐したい。そうだろう?』

 その様子に辺りは静かになるが、その時誰もが違和感を感じていた。

 

『なら勝利条件は簡単だ。』

 静か過ぎる、と。あまりにもあの戦場は静か過ぎた。

 

『ワン子、おまえは姉さんを止めろ。ただそれだけだ!』

 壮絶を極めた戦場にはなんにも感じられなかった。敗者の感情も、勝者の感情も一切ない。その場の有する独特の孤独感もなければ、凄惨たる戦いの痕跡すら一片の感傷を起こさせない。

 

『だが、ただ止めるだけじゃだめだ』

 無。一切が感じられないこの空間は、何もない虚無のように感じられた。だがそれは間違いである。

 

『姉さんを止めるということは、暴走を止めるということだ』

 あらゆる情報が一時的に寸断された状態が正しい。それはまさに時が止まったような嫌な錯覚。今にも飛び出そうな喜怒哀楽の感情はこの局面に押さえつけられ、理解することすら許されなかった。

 だが……

 

『姉さんは力こそ強大だがその分精神面が不安定な部分もある。戦いの闇に陥りやすい人なんだ。あの人は』

 粉塵が消えていくとともに、その効力も徐々に消滅していく。

 

『だから、万が一姉さんがなんの制約も無視して暴れた時にワン子。お前が止められなくちゃならないんだ』

 完全に視界が確保された時、そこには二人の女性が立っていた。

 

『たとえ実力が天と地ほど離れていようと。姉さんすらその真意に気づいていなくても……だ』

 もはや邪気のかけらすらなくなっていた百代。その手は空を切るように前へ突き出されたまま動かない。

 

「な……ぁ……!?」

 彼女は状況が全く把握できない状態にあった。

「…………ぁ、はは」

 目の前にいる人物に見覚えがある。

 それはかつて妹として迎え入れた最愛の人物であり、無二の存在。

 人懐っこくて無邪気で好奇心が強くじゃじゃ馬な娘。天真爛漫なその存在は周囲からよく愛されるマスコットのような愛らしさをもっていた。

「なん……で、ワン…………」

 そんな自慢の妹はいつも自分を慕い、追い続けてくれた。こんな力だけしか取り柄のないような自分に、それでも憧れの念をもって。その眼差しがとても心地よかったことを覚えている。

「よか……た。お、ねぇ……さ……ま」

 だから、彼女には幸せになってもらいたくて……

「わた…しは……!?」

 振るえる手にそっと妹は手を差し伸べる。

 自らが悪に徹することで夢を諦めさせようとした彼女が、それでも自分を愛していると言うように。優しく、ただひたすらにやさしく。

「私の、勝ちね…お姉、さま……」

 その言葉に込められた慈愛の感情はこの試合が終結したことを告げていた。

そしてそれは、それでも彼女を責めようとする意志の一切ないものであり、この試合における全ての真意を伝えるものでもあった。

「ワン……こ……」

「よか…った。もと、に………………もど…………」

 そこでついに川神一子の身体が紙きれのように、宙を舞うようにそっと地面に崩れ落ちた。

 まだ夏の匂いの強い昼下がり。会場はそれでも熱をもたない。


 
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