No.127056

真・恋姫無双『日天の御遣い』 第四章

リバーさん

真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。

今回は第四章。
ようやく我らが覇王様の御登場です。

2010-02-27 19:57:56 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:11328   閲覧ユーザー数:9265

 

【第四章 曹操】

 

 

 事態が再び進み始めたのはある日の正午。

 空は青く、どこまでも晴れていた。

 

「いらっしゃ…………あ?」

 

 いつものように徐母の営む料理店で働いていた旭日は、いつもように客が来たのかと振り向き、いつもとは違う客の登場におざなりな挨拶を途中でやめた。

 そこにいたのは、思わず息を呑んでしまうほど見目麗しい三人。

 一人は美しい黒の髪をたなびかせ、こちらを力強く睨んだ赤色の服の美女。

 一人は淡い青色の髪で右目を隠し、こちらを冷静に射抜く青色の服の美女。

 最後の一人は輝く金の髪を二つにまとめ、赤と青の二人を従えて圧倒的な存在感を放つ美少女。

 まず間違いなく村で見かけたことのない三人だ。仮に村の人たちが彼女たちを隠していたとしても、これほどまでの存在を隠し切ることは不可能だろう。

 

「あーっと……どちらさん?」

「陳留の州牧をしている者よ。ここに九曜という者がいると聞いたのだけれど、いるかしら?」

「州牧? ああ、そういや官軍が来たって誰かが言ってたな。もしかして嬢ちゃんたちがそうなのか?」

「貴様、華琳さまの質問に答えんかぁっ!」

 

 凛とした綺麗な声を発したのは金の美少女。

 怒気を孕んだ大声を発したのは赤の美女。

 あまりの剣幕に奥にいた琴里と徐母が慌てた様子で駆け寄ろうとするが、旭日はそれを手で制す。

 

「……騒々しい嬢ちゃんたちだな、ったく。さっきの質問の答えはイエス――九曜という者は確かにいるよ。俺がその九曜、九曜旭日だ」

「そう、貴方が」

 

 予想していたのか、金の美少女は値踏みするような目で見つめてくるだけだった。

 次に口を開いたのは青の美女。

 

「おぬしが九曜なら話は早い。我等に付き合ってもらおうか、少し聞きたいことがある」

「だが断る」

「………………は?」

「断る、つったんだよ。見ての通りこちとら仕事中だ、仕事中。付き合わせんのも聞きたいことも仕事が終わってからにしな」

「な、ん……こっこの無礼者が!」

「……無礼?」

 

 殺気を惜しげもなく出す赤の美女とは正反対に旭日の表情は無。屈強な男でさえ竦んでしまうだろう圧力をものともせず「それはこっちの台詞だ」と冷たく吐き捨てる。

 

「州牧だかなんだか知らねえがな、いきなり押しかけたくせに名乗りもなく、こっちの都合を無視して付き合え? なんだそりゃ、ふざけるのも大概にしやがれ」

「なっ……!」

「俺はそれが例え誰であろうと、なんであろうと、無礼者に礼を返す気は微塵もねえよ。……もっとわかりやすく言ってやろうか? 権力振りかざしたいなら余所でやりな、思慮の足りない、州牧さんっ」

 

 シニカルな笑みが彩るその言葉が、一線を超えた。

 どこから取り出したのか赤の美女は大剣を握り締め、青の美女は弓を構え、どちらも爛々と目を憤怒に燃やす。

 だが、対する旭日も負けてはいない。

 そもそも、官軍が来たという時点で旭日はかなり苛ついていた。村が盗賊に襲われても見て見ぬ振りし、琴里の小さな肩に苦悩を背負わせ、助けることも救うことも何もしなかった官軍を旭日は好ましく思っていない。更に先のような一方的な物言いをされては――我慢できて、たまるものか。

 憤怒に燃えるのは旭日とて同じ。

 刀は手元にないが、その程度の理由ではこの怒りは抑えられない。

 一触即発の雰囲気が流れそして――

 

「おやめなさい!」

 

 ――覇気が込められた金の美少女の一喝に、場にいる全ての者が動きを止めた。

 

「か、華琳さま……」

「はぁ……私としたことが、その男の言う通り些か礼を欠いていたわね。二人とも、武器を引きなさい」

「しかし!」

「春蘭、秋蘭。私の言うことが聞けないのかしら?」

「華琳さまぁ……うぅ、わかりました」

「……御意」

 

 渋々といった感じで武器を引く二人の美女に溜め息を吐き、金の美少女は悠然な態度で旭日に向き直る。

 

「すまなかったわ、九曜とやら。私の名は曹孟徳。それから彼女達は、夏侯惇と夏侯淵よ」

「ふんっ」

「………………」

「曹孟徳に夏侯惇と夏侯淵って……マジかよ」

 

 圧倒的な存在感を放っている三人だ、大物だとは予想していたものの……これは、予想以上にもほどがある。

 乱世の奸雄、曹操孟徳。

 そしてその腹心、夏侯惇と夏侯淵。

 三国志の支柱の一つを担う面々を前に、驚かないほうが無理な話だ。

 

「(つうか……やっぱ曹操たちも女の子なんだな)」

「さて、先にも言ったように貴方に聞きたいことがあるの。時間が合わないようであれば、仕事が終わるまで待つけれど……どうすればいいかしら?」

「……食えない嬢ちゃんだ」

 

 こんな派手な連中に待たれては営業妨害もいいとこだ。徐母の料理を楽しみにしている村の人々の為にも、そして何より琴里と徐母の為にも、ここはさっさと用事を済ませて帰ってもらうが吉だろう。

 

「入口に立たれてたら営業に差し支える。さっさと席に着けよ」

「あら。いいの?」

「断っておくが、茶も料理も出す気はねえからな」

 

 態度のなっていない店員ね、と曹操が言い。

 それが売りの一つなんでね、と旭日が返す。

 かくして。

 事態は進み――始まった。

 

 

 

 

「で? 天下の魏王曹操サマが俺に聞きたいことってのは?」

 

 三人と向かい合うように対面の席に着き、そう旭日は切り出したが、曹操は何故か眉根を寄せて変なものを見るような視線を送ってくる。

 

「なんだよ」

「……なんでもないわ。秋蘭、お願い」

「はっ」

 

 曹操の様子は気にかかったが、とりあえず夏侯淵の話に耳を傾ける旭日。

 内容は大きく分けて二つ。

 一つめはこの村を曹操が治めることになったのはつい最近で、盗賊への対応が遅れたことに関しての謝罪(これについては旭日も勘違いしていたことを素直に謝った)と村を盗賊から守ったことに対する感謝。

 二つめは村の長が誇らしげに語ってくれた、盗賊を圧倒的な武で撃退した九曜旭日という流れ者の男について。

 

「……つまり、いきなり現れたお前は何者なんだ、ってことか?」

「まあ、そういうことになるな。はっきり言っておぬしは怪しすぎる。賊を一人で撃退したことは勿論、村の長の話によれば、ここの自警隊――守衛のみなら自警隊の域を超えているが、その指導も行ったそうではないか」

「あんのお喋りじじい……」

「その反応を見る限り、どうやら真実のようね。賊を一人で撃退できるほどの武、この私でさえ思いつかなかった知を有しているのにも関わらず、九曜旭日という名を今まで聞いたことがない。おまけに長は貴方が陳留の側から流れてきた、とも言っていた。これで不思議に思わないほうがどうかしてるわ」

 

 曹操の言はもっともだ。

 仮に自分と曹操の立場が逆だったなら、同じく怪しいと思うだろう。

 

「私が聞きたいのはただ一つ。貴方は――何者?」

「何者、ね……そんなこと聞かれても、流れ者の請負人、としか言いようがねえな」

「貴様ぁっ! わけのわからんことを言わず、ちゃんと華琳さまの問いに答えんか!」

「春蘭。少し黙っててちょうだい」

「かっ華琳さまぁ……」

 

 しょぼんと肩を下げる夏侯惇。

 それを見た旭日の「……まるで犬だなおい」という呟きは、幸いなことに聴こえなかったらしい。

 

「質問を変えましょう。貴方の出身地は?」

「日本だけど……今はまだ倭とか、邪馬台国とか、そこら辺だろうな」

「どれも聞いたことのない地名ね……では、貴方は《天の御遣い》の予言を知ってる?」

「っ………………ああ」

 

 それは数日前に、琴里の口から聞かされていた。

 

『旭日さんは、《天の御遣い》なのではないですか?』

 

 管輅という名の占い師が唱えた、流星に乗って現れ乱世を救う救世主――天の御遣い。

 琴里には知らぬ存ぜぬを貫いて誤魔化したものの(聡明な彼女のことだ、絶対に誤魔化されてはいないだろうが)、旭日は自分がそうなのではないか、そんな確信めいたものが胸中にあった。

 無論、天の御遣いなんて馬鹿げた存在になったつもりはない。つもりはないけれど――状況がそれを否定する。

 見知らぬ荒野に寝ていたこと。

 三国志の世界に時間旅行していること。

 真偽はともあれ、自覚はどうあれ、自分がその天の御遣いであってもなんらおかしくはない。

 

「……天より飛来する流星、《天の御遣い》を乗せ乱世を鎮静す。だったか? あの曹操がそんな妄言を信じるとはな」

「あら、妄言と馬鹿にできたものじゃないわよ。なんと言ったかしら――そう、劉備という者が《天の御遣い》を手に入れたらしいしね」

「なっ……!?」

 

 劉備――おそらく劉備玄徳だろうか、その者が天の御遣いを手に入れた?

 じゃあ、自分は、一体――

 

「――ふふっ」

「………………っ!」

 

 曹操の含みある微笑に、我を取り戻す。

 

「乱世を救う救世主が現れた……ね。そいつは嬉しい限りだ、さっさと平和にしてくれるよう、祈っとくよ」

「ええ、《天の御遣い》は予言通りに現れた。けれどまだ、終わりじゃない」

「あ?」

「貴方が言った予言は正解であっても正確ではないわ。正確には――『流星は二つ、一つは光天、一つは日天、流星は異なる天の御遣いを乗せ乱世を鎮静す』――よ。そういえば、少し前に陳留の近くにも流星が落ちたらしいのだけど……貴方、知らない?」

「……さあ。知らねえな」

「それは残念ね。春蘭、秋蘭、帰るわよ」

 

 微笑を浮かべたまま曹操は席を立ち、いきなりな主に戸惑う部下二人を従え店を出て行こうとする――が。

 くるりと出入り口で振り返り、旭日の目を見つめて言う。

 

「一つ訊き忘れていたわ」

「まだ楽しい質問のお時間が続くのか……」

「これが本当に最後の一つよ。確か請負人、だったわね。貴方はそれに誇りを持っているかしら?」

「……請負人に誇りなんざあるかよ。誇りを持たないからこそ、誰かの何かを請け負える。だが――矜持はあるぜ。請け負ったものは最後まで請け負う、唯一にして無二の矜持がな」

「そう、それはいい矜持ね。その身塵になろうとも大事になさい。では旭日――縁が合えばまた、会いましょう」

 

 そして今度こそ、曹操は店を後にした。

 立ち去っていく三つの背中が見えなくなったところで、ようやくとばかりに旭日は椅子に全て体重を預ける。

 琴里と徐母が心配そうに駆け寄ってくるが、それに何かを返す気力もないほど疲れ果てていた。

 

「……っとに、食えない嬢ちゃんだ」

 

 しかし、呟く声音とは正反対に、堪え切れない笑みが顔に浮かぶ。

 こんなに楽しい気分は久しぶりだ――と。

 

 

 

 

「どうやら、あの男がもう一人の《天の御遣い》で間違いなさそうね」

 

 九曜旭日との邂逅を終えた華琳は、春蘭と秋蘭の二人に向かってそう呟いた。

 

「は? あの九曜という輩が……ですか? まさか、そんな、私にはただの無礼者としか思えません!」

「失礼ですが華琳さま、私も姉者と同じでとてもそうは……」

 

 おそらく自分を無礼者と呼んだことが許せないのだろう。二人の彼に対する評価は下の下だ。

 二人の絶対なる忠誠を嬉しく思う反面、あんな些細なことに囚われて視野を狭くされては困るとも思う。

 

「貴女達は気付かなかった? あの男、私を曹操と呼んでいたのよ。操の名を教えなかったのにも関わらず、ね」

「そういえば……いっいやそれは、華琳さまの名声を耳にしていたからでは?」

「州牧すら知らなかったのに曹操の名だけを? ありえないわね」

 

 その逆だったらまだしも、州牧を知らず曹操の名を知っているなんてありえない。

 過日に仲間となった少女――季衣がいい例だ。

 彼女は陳留の刺史(あの時はまだ刺史だった)のことは知っていたが、曹操の名までは知らなかった。

 

「それだけじゃないわ。あの男がさも当たり前のように口にした、魏という言葉。……これが何を意味するかわかる?」

「…………いえ」

 

 首を横に振る秋蘭。

 そうだろう。

 知らなくても当然だ。

 わかないほうが普通だ。

 

「魏というのはね。私が考えていた、国の名前の候補の一つよ」

「……は?」

「どういう意味ですか……?」

「まだ誰にも――貴女達にも言っていないわ。けれど、あの男は知っていた。操の名ばかりでなく、知ることが不可能な魏のことも、まるで常識のようにね」

 

 はっと秋蘭が理解に目を見開く。

 春蘭は……陳留に帰ってからゆっくり説明してやろう。

 

「ではまさか……本当に?」

「操の名と魏という国の名。聞き覚えのない出身地。夕焼けを切り取ったような輝く衣服。そして《天の御遣い》の話をした時の不自然な態度。まず間違いないでしょう」

「なんと……」

「もう一人の御遣いを見たことがないから、断言はできないけれど……あれだけ日の色を纏ってるんですもの。こちらが《日天の御遣い》かしらね」

「あの……華琳さま? 秋蘭?」

「姉者には後で説明する。ですが――いえならば、放って置いてよろしかったのですか?」

 

 秋蘭の言葉は正しい。

 乱世に向かって覇を唱えるにはまだまだ力が足りない今、天の御遣いは実に魅力的な存在だ。

 天の御遣いの名が持つ威光。

 この村の自警隊に授けたものが天の知識だったら、それも欲しい。

 仮に旭日が天の御遣いでなかったとしても、春蘭と秋蘭の殺気を真っ向から受け止められるほどの者だ、手に入れて損はない。

 だけど。

 

「今はまだ何をしたって無駄よ。言っていたでしょう? 請け負ったものは最後まで請け負う、それが唯一にして無二の矜持だ――と。流れ者であるあの男が未だここに留まっているのはおそらく、何かを引き受けているゆえ。その何かが果たされない限り、動くことはない。……何より、民を守っている存在を守るべき民から取り上げることなんて、この曹孟徳にはできない」

「華琳さま……」

「えと……華琳さま? 秋蘭?」

「春蘭には後で説明するわ。それにね、わかるのよ。あの男――旭日は近い将来、必ず表舞台に出てくる」

 

 この馬鹿げた世を終わらせたい。

 この腐った乱世を壊したい。

 そう、目が語っていた。

 

「………………ふふっ」

 

 堪え切れず、華琳は笑みを浮かべる。

 こんなに楽しい気分は久しぶりだ――と。

 

 

 

 

 曹操と邂逅した日から十日が経った夜。

 徐母の家の屋根に上った旭日は一人、空を見つめる。

 綺麗な月だ。

 月とは、人に汚されていない夜空とはこんなにも綺麗なものなのだと、旭日はこの世界に落ちて初めて知った。

 

「……これで大地も綺麗だったら、言うことなしなんだがな」

 

 汚れなき空とは反対に、大地は人の汚れに満ち満ちている。

 官匪の圧政。

 盗賊の横行。

 極めつけは最近になって現れ出した、黄色い布の集団。

 もしも旭日の知る史実通りに物語が進むのなら、この世界はひどいことになるだろう。

 今の乱世を乱世と呼べなくなるくらい――無惨が過ぎる有様に。

 

「――旭日さん」

 

 わざわざ確認せずともそれが誰なのかわかっていたが、旭日は振り返って声の持ち主に目を向ける。

 

「屋根に上るなんて、意外とお転婆なんだな、琴里。知らなかったよ」

「旭日さんこそ、こんなところに上ったりして……母さんに見つかったら怒られますよ?」

「……内緒にしといてくれ」

「じゃあ、二人だけの秘密、ですね」

 

 くすくす笑ってそう言うと、琴里はすぐ隣りに腰を下ろした。

 

「本当に……行っちゃうんですね」

「……ああ。俺が請け負うことはもう、何もねえからな」

 

 明朝、旭日はこの村を出て行く。

 琴里は見違えるほど強くなり、自警隊の守りも格段によくなった。賊に襲われても負けはしないだろうし、その時は曹操だって、軍を動かしてくれるはずだ。会ったのはあの一度きりだが、何故かそう確信できる。

 だからもう、自分が何かを請け負う必要はない。

 だからもう、自分が村に留まる意味は――ない。

 

「請け負いは果たした。請け負うものはなくなった。なのに、俺がまだここにいたら、その全てが無駄になっちまう。お節介を焼いて、焼きすぎて焦がしちまう」

「……はい。自分も母も村の皆も、旭日さんに依存しつつあります。貴方がいてくれれれば大丈夫、貴方がいさえすれば安心だ。そうやって貴方に何もかもを押し付け、自分たちは自分たちの弱さに甘んじつつあります」

「そんなのはご免さ。最後の最後で台無しにするなんざ、俺は絶対に許せねえ。どいつもこいつもようやくいい顔するようになったんだし、な」

「全部、旭日さんのおかげです。旭日さんが助けてくれたから、請け負ってくれたから自分たちは笑えるんです。なのに、自分たちは貴方に何も……」

「……っとに真面目な嬢ちゃんだな」

「え――ひゃわわっ!?」

 

 表情を曇らせる琴里の頭をぐしぐしと撫で、旭日は言う。

 笑って、言う。

 

「何も返せないって? 何もできないって? そう思うんなら笑えよ、琴里。返せない分だけ、できない分だけ、笑顔を浮かべろよ。可愛い嬢ちゃんの可愛い笑顔が、俺にとっちゃ何よりも最高の報酬だ」

「旭日さん…………ふふっ。本当に、旭日さんには敵いませんね」

 

 そっと肩を寄せてきた琴里を、静かに受け止める。

 

「……旭日さん」

「ん?」

「旭日さんは、《天の御遣い》なのではないですか?」

「そんな大層なもんになった覚えはねえけど……俺は、この世界の人間じゃない。気付いたら陳留、だったか? そこの荒野で寝ていたんだ」

「では……やはり」

「陳留の近くに流星が落ちたと、曹操も言っていた。俺がその《天の御遣い》サマでもおかしくはねえな」

「おかしくないどころか、自分としては大いに納得できるのですけど……天命に準じるのですか?」

「さあな。俺がどんな役割を担っているのか、俺にもわからねえ。だから――俺は行く。行ってくる。行って確かめてくる」

「………………」

「行って何か――それがなんなのかはまだわからねえが、何かを請け負ってくる」

 

 それは乱世か。

 それは平和か。

 それは世界か。

 まだわからない。

 

「旭日さん」

「ん?」

「死なないで、くださいね……」

「………………ああ、死なねえよ」

 

 だが、なんだっていい。

 何かを守れるのなら、なんであろうと請け負ってやる。

 綺麗な月の浮かぶ綺麗な夜空の下。

 旭日は強く、日色の目に覚悟を灯した。

 

 

 

 

 そして迎えた、日が昇りきってない明朝。

 旭日は琴里と徐母の二人に見送られ、村を出ようとしていた。

 

「世話になったよ、徐母さん、琴里」

「それはこちらの言です。九曜様には感謝してもしきれぬほど御世話になりました」

「旭日さん……どうかお元気で」

「二人も、元気でな。他の連中にもそう伝えといてくれ」

 

 彼女たちの他に見送りはいない。

 湿っぽいのは嫌いだと、二人以外の誰にも旭日は村を出ることを告げなかった。

 

「それにしても……本当によかったのか? 路銀だけでなく、こんな立派な服までもらっちまってさ」

 

 旭日は今、いつものシャツの上に徐母から頂いた、黄昏色の輝きこそしないが綺麗な服を着ている。おそらくは旭日の為にしてくれたのだろう、襟や胸元に九曜紋の装飾が施されたそれはとても立派で、本当にもらっていいのか疑問に思ってしまう。

 

「構いません。元は己の夫が戦地に赴く時に着ていたもの。必ずや、九曜様の身を守ってくれることでしょう」

「似合っていますよ、旭日さん」

「そう、か? …………うん、よし」

 

 頷いて、旭日は荷物の中をがさごそと探り、あるものを取り出した。

 

「それは?」

「ヘアピン――髪留めだよ。俺の妹が使ってたものなんだが……琴里、少しじっとしててくれるか」

「え、あ、ひゃわわっ」

 

 そうしてそっと東菊の花を彼女の髪に咲かせてやれば、長い前髪に隠されていた目が僅かだが露わになる。

 

「やっぱ美人は目を見せなきゃな。この服の代わりと言っちゃなんだけど、琴里に預けとくわ」

「ふぇ? で、でもこれ、大切なものなのでは……」

「ああ、大切だ。だから次に会う時まで、ちゃんと付けててくれ」

「………………っ!」

 

 それはまぎれもない、再会を誓う約束だった。

 彼は、言葉にしなかった琴里の切なる願いすら請け負うというのだ。

 敵わないな――と琴里は思う。

 こんなに嬉しいことはない、とも。

 

「ありがとう、ございます……大切に、大切にお預かりいたします……っ」

「……おう、頼んだぜ。それじゃあ――」

 

 そして。

 

「――それじゃあ、またな」

 

 そして、旭日は村を出て行った。

 

「……後を追わなくてよろしいのですか?」

 

 旭日の背中が小さくなったところで、徐母は言った。

 

「己の身を案じ、水鏡様の私塾から帰ってきたこと、母としては嬉しく思います。ですが今は乱世、己ごときの身の為に大局を見失うのは愚の極みでしょう」

「母さん……」

「あの御方はまさしく日天――天より世を照らす日の光。これからどんな道を進むか、凡人の己にはわかりかねますが……しかしその道の先にはきっと、乱世の終わりがあるはずです」

「………………」

「琴里は、琴里の歩みたい道を、歩むべき道を歩みなさい。それが母にとって、何よりの孝行になります」

「……ありがとうございます、母さん」

「なれば」

「ですが自分はまだ、この村に留まります。今の自分ではあの方の枷にしかなりません。あの方の重荷にしかなれません」

「琴里……」

「自分は強くなる必要があるのです。武においても、知においても。あの方の枷にならないように、あの方の重荷にならないように、強くなる必要があるのです。だから、今は、まだ。ですが……ですがいつかきっと、娘は孝行を果たしましょう」

「……己の知らぬ間に随分と成長したのですね、琴里。そのいつかを、母は心待ちにしていますよ」

「はいっ!」

 

 琴里の髪に咲いた、東菊の花が揺れる。

 花言葉は、しばしの別れ。

 そして――いつかまた、会う日まで。 

 

 

【第四章 奏送】………………了

 

 

あとがき、っぽいもの

 

 

どうも、リバーと名乗る者です。

ようやく本当の意味(?)で魏ルートに突入しました……ど、どうだったでしょう?

我らが覇王様たちの言葉遣いはちゃんとなっていたでしょうか?

違和感があれば是非にご意見のほどをお願いします。

 

ええと、ちなみに旭日が琴里に預けた東菊の花(ヘアピン)にはもう一つ、『しばしの憩い』という意味があります。

旭日と琴里の憩いは今回で別れになり、再会は……まだ未定です。史実通りに進めるなら劉備の下に行くのでしょうが……うーん…………

 

では、誤字脱字その他諸々がありましたら、どうか指摘をお願いします。

感想も心よりお待ちしています。

 

追記

 

呉ルートだけやけに史実に沿い過ぎだと思うのは自分だけでしょうか?

 

更に追記

 

旭日が徐母に貰った服ですが、校章が九曜紋に変わった聖フランチェスカの制服のオレンジバージョンと考えてください。

 

 


 
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