【第三章 展開】
「九曜様、一番卓にこちらの野菜炒め、七番卓には奥の炒飯をお願いします」
「りょーかい」
「おっ、頑張ってるな九曜さん。おいオメーら、真面目に九曜さんが働いてっぞ、今日もここで昼にしようぜ」
「くすくす……九曜様は人気者ですね」
「……野郎に好かれても嬉しくないけどな。ったく、むさい連中がいつまでも入口にいるんじゃねえよ、営業妨害だろうが。さっさと卓に着きやがれ」
ひでえや九曜さん! と騒ぐ男の客たちを「うるせえ」の一言でばっさり切り捨てながらも旭日は料理を運び、空いている卓に訪れた客たちを案内する。ぞんざいかつ店員にあるまじき態度なのだけれど、それに異を唱える者はいない。
村の皆から徐母と慕われている、徐庶の母の料理店は今日も大いに繁盛していた。
料理が美味しいのは勿論あるが……主な理由はやはり、働いている態度の悪い店員にあるだろう。
二週間前――つまりは旭日がこの村にやってきた日、住み込みで働ける場所を紹介してくれと彼は姓に徐を持つ二人へ申し出た。相変わらず目的らしい目的はないものの、ちゃんと生活していくには金が必要である。この世界に落ちてすぐさまサバイバル生活を余議なくされたので、その重要性は嫌というほど身に沁みていた。徐母の、村を救った礼を兼ねた恩情により、彼女が営む店に雇ってもらえたのは幸いだろう。(徐母は村を救ってくれたのだから働かなくても構わないと言ったのだが、旭日が頑として譲らなかった)
村を救った英雄が働く店には自然と人が集まり、態度こそ悪いが人好きする性格の彼に惹かれて更に集まる。
かくして店は大繁盛し、二週間の短い期間で旭日は村の人々に受け入れられることとなった。
「旭日さんっ」
「ん? おう、琴里〈ことり〉か」
ようやく客の入りが落ち着き始めた頃、一人の少女が微かに息を切らして店内に飛び込んできた。
琴里とは少女――徐庶の真名だ。
村を救った礼と、これからは同じ屋根の下で暮らすからとの理由で、彼女の母に雇われることが決まった即日に預けられた。真名に対して苦い記憶があり、返す真名がない旭日はもらえないと断ったのだが……どうやら義理堅さは母親と、頑固さは旭日とどっこいどっこいらしい。真名を預けると言ったら預けるの一点張りに押され、結局は旭日が折れた。
「お疲れ様です、旭日さん。今日も盛況みたいですね」
「徐母さんの料理は美味いからな」
「確かに母さんの料理は絶品ですけど、理由は多分それだけでは……」
「ああ、美人だもんな、徐母さん。目当てに来る野郎がいても不思議じゃねえか」
「………………むぅ」
美人と笑って言う旭日に少し不満気な顔をする琴里。
「……何をむくれてるんだ?」
「むくれてませんっ!」
「いやいや、どう見てもむくれてるだろ。可愛い顔が台無しになってるぞ」
「かっ可愛いって……ひゃわわっ」
ぽふりと赤茶色の頭を撫でてやれば、途端に琴里は頬を朱に染めた。
むくれたり赤くなったり忙しい嬢ちゃんだな、と彼女の様子に首を傾げてる辺り、旭日の鈍感さは深刻だろう。
「さて……琴里が来たってことは、もういつもの時間になったってことだよな。徐母さん、抜けても構わねえか?」
「ええ、後は己一人でもなんとかなりましょう。但し、夕飯までには帰ってきてくださいね」
「りょーかい。んじゃ琴里、さっさか行くとしようぜ」
「ひゃわっ、は、はい!」
顔を赤くしたまま慌てて旭日の背中を追う琴里を見て、徐母は微笑む。
ああ、ようやく娘に春が訪れたのだな――と。
琴里は撃剣――投げることや突き刺すことに特化した剣の使い手だ。
敵との距離が近ければ懐に飛び込んで撃ち、距離が遠ければ投擲して撃つ。
間合いの内と外から攻める撃剣。
そんな剣術ゆえどうしても暗殺の気が否めないが、小柄な琴里には合っていた。事実、琴里の腕前は相当なものであり、並みの者なら防御さえままならないだろう。
そう――あくまで、並みの者なら。
「くっ…………!」
「無闇やたらと振り回すな。そんな短い剣じゃかすりもしねえよ」
ひゅんっ!
袈裟懸けに振るった刃が何もない空を切る。攻撃の速さには自信があったのだけれど……どうやらそれでもまだ遅いらしい。最低限の動きだけで余裕たっぷりに回避されてしまった。
ならばと小柄な体躯を活かして懐に飛び込むも――
「一撃必殺を狙うのは結構だが、狙いが見え見えすぎる。防いでくださいと言ってるようなもんだ」
――胸を狙った刺突は、待ち構えていた日色の刀身になんなく阻まれた。
「懐に飛び込んだら必ず命を仕留めろ。それが厳しい時はまず腕を仕留めろ。武器が振るえなきゃ防御も何もできやしねえ」
「っは、はい……!」
荒い息で頷き、剣を引き戻す反動を利用して後方に退がる。
ここは言われた通り腕を狙ってみるのが訓練としては最善なのだろうが、それが通用するような相手ではない。よくて回避、悪くて反撃されるのがオチだ。
間合いの外まで退がったところで短剣『八咫〈やた〉』を投擲する、が。
「無為も甚だしい愚行だぜ。俺は撃剣……だったか? そういうのに精通しちゃいねえけど、今みたいなのは駄目だ。隙がねえのに投擲しても武器を一つゴミにするだけでお終いさ」
ぱしりといとも容易く刃先に弾かれる。
自警隊の面々が遠巻きに見守る中、訓練を始めておおよそ一刻。
こちらの息は荒れに荒れ。
対するあちらは汗の一滴すら流していない。
もしもこれが実戦だったらと思うと――背筋が凍る。
もう、何度死んでいるのだろう。
圧倒的な力の差。
最初から勝てる気なんてありはしなかったが、それでも少しは善戦するのでは、そんな考えを持っていた。
善戦?
なんと愚かで甘い考えだ。
息を乱すことさえできない今の有様は、自分の苦戦以外のなんでもない。
「どうした、攻めるのはやめか? だったら今度は――防いでみなっ!」
煌めく日の光。
瞬く間に距離を詰めて放たれた一撃だ、避けることは不可能。
防がなければ――でも。
その斬撃はとても荒々しいのに、とても綺麗で。
「あっ……!?」
あまりの美しさに目が眩んだことで防御が遅れてしまい。
威力に耐え切れず弾かれた短剣は宙を舞って、地面へ突き刺さる。
「……訓練の真っ最中に呆けるなよな」
「ひゃうぅ……す、すいません」
まさか見惚れてましたとは言えるわけもなく。
今日もまた、旭日の圧勝で訓練は終了した。
『徐庶ちゃん。徐庶ちゃんの願い、俺に請け負わせる気はねえか?』
そんな旭日の申し出を琴里はありがたく受け取り、ありがたく請け負ってもらった。
琴里の願いは強くなること。
村を守り抜けるくらい。
強く、強くなること。
請負人である旭日が請け負ってくれたのは、そこに至るまでの過程二つ。
一つは村の自警隊の指導。
とは言っても旭日が直に何かをするわけではない。あくまで自警隊が効率的に村を守る方法を琴里に教えただけだ。しかしその方法は極めて斬新で、かの高名な水鏡先生に教えを請うた自分でさえ思いつかない画期的なもの。おかげで五度目になる盗賊の襲撃は完全勝利と評しても過言ではないくらい、被害を全く出さずに勝利を納めることができた。(勿論、旭日が戦闘に参加してくれたことも主な勝因だが)
もう一つは先の訓練。
隊が強くあるにはまず頭が強くなる必要がある。ならばと琴里は旭日に鍛えてもらうことにした。
『俺は撃剣なんて知らねえし、誰かに何かを教えるのも下手だ。どれだけの効果があるかはわからねえぞ』
そう旭日は言っていたものの、格上の相手と戦うのはかなりの効果があり、琴里は二週間前とは見違えるくらい強くなっていった。……まだ旭日に遠く及ばないし、さっきのような失態も多々あるが、それでも以前の自分よりは確実に強くなった。
琴里の「強くなりたい」という子どもじみた無茶な願いを、旭日は確かに請け負い、叶えてくれた。
受けた恩は多く、請け負ってもらったことは大きい。
それに比べ自分たちは――自分は彼に一体何をやれたのだろう?
旭日が求めた報酬は二つ。
一つは住み込みで働ける場所を紹介すること。
母の店で旭日が働き出してから、どんなに母や村の皆に笑顔が増えたことだろうか。
もう一つだって、誰の為の報酬なのかわかったものではない。
「琴里、これはどういう意味になるんだ?」
「あ、それはこことここを繋げるんです」
「そういうことか。サンキュ、ようやく理解できたよ」
「さんきゅ?」
「あーっと……ありがとう、ってこと」
微笑んで告げる旭日の顔を直視できず、琴里は熱くなった顔を隠すようにそっぽを向く。
琴里と旭日は夕飯を母と三人で和やかに食べた後、琴里の部屋で勉学に励んでいた。机の上には様々な書物が所狭しと積まれ、旭日は顔を顰めつつもそれらに目を通し、わからないことがあれば隣りにいる琴里へと尋ねる。
この世界の知識を教えてくれ――それが旭日の求めた二つめの報酬だ。
琴里が舌を巻くほど斬新な知を有しているにも関わらず、どういうわけか彼は文字や一般常識、更には真名に対する理解までもがさっぱりだった。なので村で最も賢い琴里が授業をやることになったのだが……旭日の理解力は素直に凄いと思う。あっという間に簡単にだが文字を覚え、常識を知り、自分が教えることはどんどんなくなってきている。この勉強会も、そう長く続ける必要はないだろう。
「………………やだな」
「ん? なんか言ったか?」
こちらを向く旭日に「なんでもありません」と返せば、首を傾げながらもすぐに本へと目を戻す。
旭日は知らない。わかってない。
最初はただの好奇心からくるものだった。彼は何者なのか、どうして村を救ってくれたのか、それが知りたくて接していた。
だけど彼の優しさに触れ、彼の温かさを感じて。彼のことをもっと知りたいと、もっともっとわかりたいと思うようになって、想うようになって――いつしか、好奇は好意に変わっていた。
旭日は知らない。わかってない。
この二人きりの勉強会は琴里にとって、かけがえのない一時だということを。
切に――願う。
「(こんな日々がずっと続けばいい。…………でも)」
でも、それはきっと叶わない。
旭日がどんなに優れた請負人であっても――叶えては、くれない。
きらきらと夕日のように輝く衣服。
聞き慣れない言葉。
真名を持っていないこと。
頭に浮かぶのは、とある占い師の予言。
「……旭日さん」
そして、琴里は言う。
「旭日さんは、《天の御遣い》なのではないですか?」
ズキン――と。
音を立てたのは揺れる椅子か、それとも――
【第三章 天解】………………了
あとがき、っぽいもの
どうも、リバーと名乗る者です。
とりあえず、オリキャラのみの出演はここまでになります。
次回からはちゃんと恋姫たちが登場しますので、どうか応援のほどをお願いします……!
ええと、ちなみに徐庶が撃剣を扱うというのは史実にもあります。
ただその撃剣、投擲の剣術だったり懐に飛び込む剣術だったり曲芸だったりと曖昧で、自分は投擲と懐に飛び込むを合わせた剣術にしました。軍師が戦うのはどうかなーとは思っていたのですが、穏も確か戦えるんだし大丈夫だろうと……えと、思った次第でありまして……
強さは沙和と同じか少し下、くらいでしょうか。
では、誤字脱字その他諸々がありましたら、どうか指摘をお願いします。
感想も心よりお待ちしています。
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真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。
今回は第三章。
まだオリキャラのみの出演となります。