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真・恋姫無双 ~美麗縦横、新説演義~ 蒼華繚乱の章 第五話

茶々さん

茶々です。
お久しぶりです。

まずはここまで投稿が伸びた理由なのですが……実は第四話を投稿してすぐ、後々の展望その他をまとめたデータが丸ごと消滅しまして…ハイ、PCの故障です。

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2010-02-19 22:26:19 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:2659   閲覧ユーザー数:2338

新・恋姫無双 ~美麗縦横、新説演義~ 蒼華綾乱の章

 

*この物語は、黄巾の乱終決後から始まります。それまでの話は原作通りです。

*口調や言い回しなどが若干変です(茶々がヘボなのが原因です)。

 

 

第五話 共闘 ―詭計、偽りの面―

 

 

 

夢というものは、僕にとって何ら価値のあるものではなかった。

 

痛み。

憎しみ。

 

そういった感情しか湧きあがらない過去を幾度垣間見た事か。

 

孤独。

絶望。

 

そういった現実から逃げだしたくて何度空想を望んだ事か。

 

夢の世界にあれば、少なくとも夢の内は静かでいられる。

そう思い、願い、ただひたすら夢を見る事を望み、僕は幾度となく襲う悪夢の合間僅かに見えるそれを求めた。

 

 

 

だが、今朝方の夢ほどおかしなものはなかっただろう。

それは過去でもなければ空想でもない。

 

何ら覚えのない風景に他ならなかったのだから。

 

 

 

 

 

鮮烈な印象は、赤。

血の色、火の色、装飾の色。

 

いずれにしても、景色は一面赤に等しかった。赤以外の色が殆ど見当たらないくらいに赤々としたその空間に、誰かがいる。

 

腰かけているのは……誰だ?

傍らに転がるのは……誰だ?

何かを叫ぶ声が響く……誰だ?

 

分からない。

分からない。

 

だが、それは決して望むべく姿ではない。

願うべきあり方でもない。

 

なのに―――だというのに。

 

何だ?

この、突き立つが如き痛みは。

 

         

 

前に学校で習った四字熟語に、ぜひとも『空中分解』という言葉を入れてほしいと思う。

それくらい、眼前の光景は呆れて何も言えない様な状況だった。

 

(……まぁ、最大の兵力を持っていた袁家があれじゃあ仕方ないだろうけど)

 

連合に参加した諸侯の内、その多くは呂布の武威の前に怖れを為した。

あれほどの惨劇を目の当たりにすればその気持ちも分からないではないが、しかしそれがここまで連合の足並みを乱す事になるとは想像もつかなかっただろう。

 

……いや、華琳の諦めきった様な嘆息を聞くに彼女は大体予想してたのか?

 

兎にも角にも、諸侯は一様に尻ごみして中にはそそくさと撤退の支度を始めた連中までいる始末。

それを非難する奴、言葉を巡らして被害を免れようとする奴が入り乱れているのだから、最早軍議は混乱以外の何者でもなかった。

 

 

 

「下らないわね」

 

天幕の上座に腰かけて、バッサリと華琳は言い切った。

 

「酷ッ……これでも結構考えた方なのに」

「言った筈でしょ?貴方の知識が必ずしも全て正しいとは限らない。その有用性はその時に応じて私が選択する、と」

 

言って、華琳は再びため息を洩らした。

 

「そんなに悪いかなぁ……」

 

俺個人としては、少なくとも現状を打開出来る一番の案だと思ったのだが、どうにも華琳のお気に召さなかった様だ。

 

「『連合の中で有能な者を選りすぐって協力して虎牢関を打ち破りましょう。今は争うよりも帝を救う方が先決です』?綺麗事以外のなにものでもないじゃない」

 

華琳の傍らに立つ桂花がさも馬鹿げているとでも言いたげに俺の提案を要約した。

 

つまりは今桂花の言った事を俺が――もう少し話がややこしくなってはいたが――提案し、それを切って捨てたのが先程の華琳の言葉だ。

 

「一刀、貴方の目は決して節穴ではないでしょう?…それとも、何故私が貴方の提案を拒んでいるのか、理解出来ないとでも?」

 

怒りを抑えた様な声音で、華琳は言う。

 

いや、分かってはいるし俺もその気持ちが分からないでもないけど……。

 

「ならもう一度だけ言ってあげる。この連合に、手を組む程の価値のある人間はいないわ。それが私の、曹孟徳の決定よ」

 

言いきって、華琳は席を外した。桂花もそれに続き、俺とすれ違いざまに――聞き間違いかもしれないけど――小さな声音が耳に届いた。

 

「…春蘭を傷つけた者がいる中で、むやみやたらに手を組める訳がないでしょう」

 

遣る瀬無い様な、憤った声だった。

 

       

 

姉者が傷つけられた。

その事が私の冷静さを欠き、気がつけば本陣近くへの敵の侵入を許してしまった。

 

姉者の左目を奪ったのは、先日華琳様が温情をかけた――斬首の所を両耳を削ぎ落す事で許した――徐栄。

神速と謳われる張遼との戦いの最中で彼の者が射た矢は姉者の左目を射ぬき、その絶叫を聞いた私はすぐさま徐栄を殺してやろうと思った。

 

だが、私より早く徐栄の首を刎ね飛ばしたのは、他ならぬ張遼だった。

 

『武人と武人の真剣勝負に水差したんや…覚悟は出来てるんやろうなぁッ!?』

 

悦に浸っていたその男の首は宙を舞い、気がつけば彼女は虎牢関へと戻ろうとしていた。

目の前にいた、傷を負った姉者を無視して。

 

『……勝負はお預けや。傷治してからやろうや』

 

彼女なりに気をつかったつもりだったのだろう。傷を負った相手を倒す事を――戦時でありながら――止めたその心意気は賞讃に価するが、しかし―――

 

『―――待て!!』

 

目に矢が突き刺さったまま、姉者は立ち上がった。

そして次の瞬間―――更なる雄叫びと共に、それを引き抜いた。

 

『聞けぃ!我が精は父より、我が血肉は母より授かりしもの!だが今この我が身我が魂魄の全ては曹孟徳のものである!なれば主に断りなく失くす事はまかりならん!天よ、見よ!我が眼、永久に我と共に在らん事を!!』

 

そう叫び、そして矢の先にあった目玉を食らった。

 

その光景が酷く美しく、そして何処か神聖で、戦いの最中でありながら敵味方関係なく、誰もがその光景に見入っていた。

 

『さぁ張遼!今一度、私と戦え!!』

『…おもろいなぁ!最高やなぁ、あんた最高やで!!こないに血が滾ったんは久しぶりやで!!』

 

言って、両者は再び得物を構え―――しかし突然飛び込んだ影にその動きを止めた。

 

『…………』

 

全身を漆黒の装束で覆い、腰元にやや小さめの剣一対を携えた、男。

言い知れぬ存在感は、まるで燃え盛る炎を一瞬でかき消したかの様に二人の昂りを抑えた。

 

『なっ…なんや急に』

『……銅鑼が鳴った。引くぞ』

『ハァッ!?これからって時に何を―――』

『恋は撤退を始めている。俺達だけ残って足を引っ張るつもりか?』

 

男が張遼に何か言って、それに反発したが結局は言いくるめられた様に――酷くつまらなさそうな面持ちで――張遼は構えを解いた。

そしてそのまま――呆気に取られていた姉者を余所に――さっさと手勢を纏めて虎牢関へと引き上げていった。

 

『本陣の救援に向かった司馬懿が負傷した』という知らせを聞いたのは、暫くして姉者が痛みに耐えきれず膝をついてからだった。

 

 

 

それからしばらくして、連合軍の中で一つの仇名が囁かれた。

 

隻眼の将、『盲夏候』と。

 

        

 

「三万……だと?」

 

呂布らが撤退して間もなく開かれた軍議が終わり、自陣へと戻った朱里の報告を聞いた愛紗――関羽の真名――は、驚きに目を見開きながら問い返した。

 

「あくまで先程の襲撃の中の死者の数です……が、負傷者を含めれば恐らく五万。先日の中央軍の被害が十万近かったのに比べれば『まだ』少ない方です」

 

朱里の言葉に、天幕にいた将は一様に絶句した。

そんな中にあっても、愛紗は続けざまに叫ぶようにして問うた。

 

「敵の損害は!?いくら呂布や張遼が一騎当千の兵といえど、兵士までそうという訳ではなかろう!?」

「あの……て、敵兵と思われる死体が、八つあったそうです…」

 

愛紗の剣幕に若干怯えながら答えたのは、目深に帽子を被った少女。

朱里と共に劉備軍に仕える軍師で鳳統、字を士元である。

 

その報告を聞いて、愛紗は思わずめまいを覚えた。

 

「こちらの三万に対して僅か八人……彼の者たちの軍は兵卒に至るまで強者が揃っているというのか?」

「確かに精鋭だとは思いますが……恐らくは呂布さんの活躍が兵たちの鼓舞に直接関係しているのではないかと」

 

淡々とした口調で――ただし頬を冷や汗が伝いながら――朱里は自論を述べた。

それを聞いて、誰もが口を噤んでしまった。

 

 

 

天幕に降りる沈黙を破ったのは、普段より幾分か高揚を抑えた様な星の一言。

 

「何とも恐ろしいな……しかし、対してみたいという思いもある」

「止めとけ止めとけ。虎相手に真正面から挑んだって喰い殺されるだけだ」

 

それを遮って呆れた様な声を出したのは、椅子に腰かけた男性。

粗暴という文字をそのまま人にしたかの様な印象を感じさせるその男性は、ざんばらに切り揃えられた黒髪から覗く瞳に星を見据えて続けた。

 

「俺らは何やりに来てんだ?一騎討ちなんざ後でやれ後で」

「ほう?では周倉、そなたは武人としての血が滾らんとでも言うのか?」

「死ぬの分かってて挑むほど馬鹿に成り下がった覚えはねぇっつってんだよ」

 

言って、彼――周倉――は机の上に足を投げ出す様に置いた。

そして指で頭を指しながら、付け足す様に口を開いた。

 

「狩りってのはただ仕留めりゃいいもんじゃねえよ。ちったぁ『ココ』使いな」

「…なら、お主には何かしら策があるのか?」

「あったらとっくにやってるっての」

 

バッサリ言って、次に朱里の方を見た。

 

「で?我らが幼き軍師殿は何か考えがあるのでは?」

「だから、私はもう大人の女性です!……ってそうじゃなくて、ええとですね…」

 

思わず声を大にして叫び、然る後赤面する朱里。

その光景に声を洩らしながら笑う周倉と「にゃはは!やっぱり朱里は子供なのだっ!」とか言って呵々大笑する鈴々――張飛の真名――に、周囲は苦笑いを零した。

 

呆れた様な、何処か楽しそうなその光景は、主である桃香――劉備の真名――が望み続ける光景。

大陸に生きる者全てに笑顔を齎したいというその願いを知る愛紗は、僅かな時であれその望みを叶えた自らの右腕でもある周倉を叱責しようと思った口を閉じた。

 

        

 

「―――失礼する」

 

笑い声が漏れていた劉備軍の天幕に、水を打った様な凛とした声音が響く。

けして大きくない筈のそれは、しかしその天幕にいた諸将に沈黙を降ろさせた。

 

「…そなたは、先日の」

「曹操軍が将夏候淵、字を妙才という」

 

薄い青の髪を下ろした女性、秋蘭の登場に席は静かになった。

その沈黙をどう受け取ったのか、秋蘭は兎に角自分の役割を果たす為に口を開いた。

 

「虎牢関攻略が為に、劉備軍大将劉玄徳殿。並びに軍師殿に、我ら曹操軍の天幕へとおいで頂きたい」

「なっ……虎牢関を破れるとでも言うのか!?あれだけの戦力を持つ董卓軍を、打ち破る術でもあるとでも言うのか!?」

「はわッ!?あ、愛紗さんそんなにおっきな声を出さないでください!!」

 

咄嗟に愛紗の口元に飛びついた朱里がその口を塞ぐと、庇われる様にして後ろに立っていた桃香が朱里の手伝いをする。

 

「ふがっ!ふぁふぃふぉふふ!?ふふぃ!(うわっ!何をする!?朱里!)」

「と、兎に角今は静かにしてください!」

 

言って、声を荒げる愛紗を周りの人が抑え込むのを見届けてから、朱里は秋蘭に向き直る。

 

「……コホン。そのお話は、他にどの諸侯に話されているのですか?」

「…察しが良くて助かる。質問に答えよう」

 

若干驚いた様な――その反応に満足した様な――笑みを浮かべながら、秋蘭は答える。

 

「今回華琳様が共闘を呼び掛けたのは、此処を除けば孫策軍だけだ」

 

 

 

「七乃~七乃~妾は怖いのじゃ~!呂布が怖いのじゃ~!!」

 

冷や汗を大量に流しながら震える袁術の姿に愛らしさを覚えながらもどうにか落ち着かせて、七乃――袁術の寵臣である張勲の真名――は陣の外に出た。

 

主である袁術を寝かしつけて、混乱の極致にある自陣を立て直す為である。

 

(流石にこれは……キツイですねぇ…)

 

呂布に受けた人的被害は数万。恐慌状態に陥り兵士は散り散りに逃亡し、現在では当初の兵力の四分の一以下にまで減っていた。

遠戚にあたる袁紹の陣営は十分の一近くまで減っているのだからまだマシな方なのだろうが、それでも痛手に変わりはなかった。

 

(それにしても……どうやって虎牢関から誘き出しましょうか?)

 

自分の主君は都合の悪い事は直ぐに忘れる癖がある。

面倒事を丸投げする読みやすい性格で、そこが愛らしいと感じている辺り七乃ももうだめかもしれない。

 

だが、問題はその遠戚の袁紹だ。

人一倍名誉欲の強い彼女では、どうせまた無理難題を押し付けてくるに違いないと七乃は踏んでいた。

 

その厄介事のお鉢が、自分たちに回ってこないとは限らない。

一応傘下に孫策軍はあるものの、遠からず裏切るであろう連中が大人しく言う事を聞くとも思えない。

 

だとすれば、最悪独力であれを打ち破らねばならなくなる訳で……

 

「お困りの様ですね」

 

不意に耳を打った静かな声。

何処か嘲笑めいたそれの主を探して振り向くと―――

 

「貴方は…」

「一つ、策を授けて差し上げましょうか?」

 

もしその場に現代人の一刀がいたら、恐らくこう表現するだろう。

 

「虎牢関の敵を誘い出す、奇策を―――」

 

『天使の様な笑みを浮かべて、悪魔も怯える冷徹な策だ』と。

 

 

 

「ちょ、張遼将軍!大変です!」

 

その翌朝、一人の兵士が慌しく霞の所へ駆けつけた。

 

「何や、朝っぱらから騒がしいなぁ」

「と、とにかく城壁へ出てください!」

 

寝起き眼だった張遼だが、兵士の様子から尋常ならざる事態である事を察し、直ぐに顔が将軍のそれとなる。

急いで城壁へ駆け上り、関の前を見渡し―――然る後絶句した。

 

「な、何やこれは……!」

 

関の正面に広がる光景に、張遼は我が目を疑った。

そこには八つの首――先日の戦いで戦死した呂布の部隊の兵士達の首――が串刺しにされた状態で無残に晒されていたのである。

 

     

 

「どう言う事なの!アレは!?」

 

袁紹が構える大天幕に華琳が怒鳴り込んだ。

鬼もかくやという形相は、普段からは想像も出来ない程に怒りを露わにして袁紹に詰め寄った。

 

「な、何事ですの、いきなり!?」

「外に並んでる首の事に決まっているでしょう!?よくもあんな恥知らずな真似が出来たものね!?あなたが本当に民の事を考えてこの連合を呼び掛けたなんて思っていなかったけれど、大義を掲げた以上はもう少し常識を弁えて行動すると思っていたわ!」

 

机を叩き、隠そうともせず怒る華琳。

ビクリと肩を震わせた袁紹は、しかし絞り出す様にして声を上げた。

 

「み、見損なわないで下さいます!?わたくしがあの様な悪趣味な作戦を考える筈ありませんわ!」

「なら誰がやったと言うの!?」

 

ギラリ、と華琳の目が光る。

 

「ちょ、張勲さんですわ!」

「張勲?袁術の部下の?」

「そ、そうですわ。『ああすれば呂布は出てくるに違いない。張遼の方は恐らく罠だと気づくだろうけど、それだけに呂布が出たら自分も出ざるを得ない』…と、そう言うんですもの!ですから、わたくしは悪くありませんわ!」

 

袁紹がプイとそっぽを向く。

確かに、戦術的に考えてみればそれは正解なのかもしれない。天嶮の要塞に籠る敵を誘い出すには、多少の非道にも目を瞑らねばならない。

 

そう、頭では理解していた筈だった。

 

「どちらにしても同じことでしょう!?」

「で、でも今のままではこちらに損害が増えるだけでしたもの!華琳さんだって打開策を必要としていたではありませんの!」

「それはそうだけれど、やり方というものがあるでしょう!?」

 

だが、実際はどうだ。

自分でもよく分からない矛盾を抱えながら、それでも華琳は湧き立つ感情を隠そうともせず叫ぶ。

 

と、そこへ一人の兵士が駆け込んできた。

 

「董卓軍が動き出しました!先頭の数百騎には深紅の『呂』旗!更にその後ろに紺碧の『張』旗を掲げた二万程の兵が続いていると言う事です!」

 

「チッ!──こんな無様な戦をさせられるのは初めてだわ!麗羽、この屈辱忘れないわよ!」

 

華琳は吐き捨てる様に言うと天幕を後にした。

残された袁紹はと言えば、先日までの塞ぎこみは何処へいったと言わんばかりに元気を取り戻し、喚き散らす始末。

 

「―――美しくありませんね」

 

その喧騒を聞きながら、男性はそう呟いた。

 

 

 

「仲達!」

「此処に」

 

自陣に戻って早々、華琳は怒鳴る様にして司馬懿を呼びつけた。

 

「例の策は?」

「既に万事、手筈は整っております」

 

既に迎撃に出た春蘭、秋蘭。

本陣の前衛を守る季衣と、華琳に変わり指揮を執る桂花。そして両者についていった一刀は既に本陣におらず、天幕の中には華琳と司馬懿だけが残っていた。

 

「……これ程屈辱的な事はないわ」

「ですが、敵は『好都合な事に』打って出ました。これを逃す手はないかと」

「分かっている―――仲達、直ぐに手勢を率いて虎牢関へと向かいなさい。今のうちに、誰よりも早くあの関を落とすのよ」

「承知しました」

 

天幕から身を翻す司馬懿。

華琳は湧き立つ激昂故に、普段であれば即座に気づいたであろうそれを見落としていた。

 

天幕より出る司馬懿の口元が、ほんの僅かに歪んでいた事に―――。

 

        

 

「殺す!お前ら、すぐに殺す!!」

 

怒りに燃える深紅の『呂』旗を掲げた一団は、雲海の如き連合の群れを真っ二つに切り裂く様にして本陣へと迫る。

 

その先頭に立つのは、火球の様に疾走する赤兎馬に跨った少女、呂布奉先。

天下無双の飛将軍は、手に携えた戟を縦横無尽に振り回し暴れまわる。

 

「う、うわぁぁぁ!!!」

「駄目だ、敵うわけがねぇ!!」

 

正に人馬一体。

恐怖に耐えきれず、戦意を失った兵は次々とその怒りに喰い殺されていく。

 

感性がままに暴れるその姿は、いっそ舞踊が如く途切れることなく続く。感じるがまま、思うがままに続くそれは、舞い散る血飛沫すら予定調和の様に艶やかに、華やかに演じられた。

 

 

 

永劫、袁紹の首が宙を舞うまで続くかと思われたそれは、しかし突如飛来した漆黒の閃光に遮られた。

 

「―――!!」

 

何かが爆発するかの様な轟音と、飛来する無数の砂塵。

目の前を襲ったそれは、しかし直感で危機を感じて取った呂布には通じず、彼女は後ろに飛びのく事でそれを避けた。

 

「……誰」

 

怒りを隠そうともしない、低く冷え切った声音。

視線が物理的干渉を伴えば、それだけで人を射殺せそうな程に鋭いそれを真正面から受ける様に、彼は立っていた。

 

「―――江東の小覇王が一の牙」

 

黒く、どこまでも黒く染められた鎧兜に身を包み、全身から溢れ出る覇気は一流の武人にしても辿りつくか否かという境地。

大地を切り裂いた十字の戟の中心を鷲掴みにして、引き抜く。

 

「太史子義」

 

圧倒的な闘気。

言外に語る強さ。

 

それを全身で感じ取った呂布は、更に殺気を倍増させて睨みつける。

 

その瞳に映るのは、怒りか。憎しみか。それとも―――

 

「飛将呂布…いざ、参るぞ!!」

「―――なら、お前から殺す!!!」

 

それとも、武人としての滾りか。

 

           

 

「……これで、最後か?」

 

服に纏わりついた埃を払いながら、司馬懿は傍にいた副官に尋ねた。

 

「はっ!既に各所、制圧を完了しております!」

「結構。ならば引き続き警戒を怠るな」

「はっ!!」

 

副官が持ち場に戻るのを見届けてから、司馬懿は自分の掌に視線を移した。

 

(……あれは、何だったのだ?)

 

脳裏をよぎるのは、先日の董卓軍の襲撃。

そして本陣近くで邂逅した、あの青年の姿―――

 

 

 

「…お前が、司馬懿か」

 

上から下まで真っ黒な鎧兜。

さながら江東の『黒鬼兵』かと思い―――しかしそれより余程禍々しい殺意を感じて取り、即座に却下した。

 

「……だとしたら、何だ?」

 

表では冷静を装いながら、しかし心中では焦りを感じていた。

 

本陣近くの守備をしていた部隊が壊滅したという報を聞いて、すぐさま陣形を変えて迎撃したまではよかった。

だがそれは「普通の敵」だった場合の話であり、まさか万夫不当の勇を持つ武人が呂布、張遼の他に敵陣にいようとは予測も出来なかった司馬懿は自らの浅慮を悔いた。

 

「―――死ね」

 

一閃。

身を翻したその場所を、銀色の剣が切り裂いた。

 

そこからは武技の一方的な応酬。

元々武官でない司馬懿にはそれだけの攻撃を防ぎきる技量もなく、しかも先日から頭を襲っていた激痛が此処にきて一段とその激しさを増していた。

 

僅か数合もしない内に、司馬懿は息も絶え絶えになりながら青年を睨んだ。

頭の激痛、身を切り裂く痛み。その両方にいつ倒れてもおかしくないというのに、それでも司馬懿は倒れなかった。

 

否、倒れる事を許されなかった。

 

「……ハッ、生殺しとはいい趣味をしているな」

 

倒れれば、その瞬間殺す。

言外にそう語る彼の斬撃の一つ一つに、司馬懿は掌で踊らされている様な錯覚に陥った。

 

自分の性質をよく知る相手でなければ、こんな回りくどい戦い方はしないだろう。

だが、司馬懿にはこんな知己はいなかった。

 

「何を恨んでかは知らないが、殺すならさっさと殺してくれると有難いのだが?」

「―――まだ、わからないのか」

「…何をだ」

 

問うて、僅かに気を抜いたその瞬間―――

 

「忘れたのか?『仲達』」

 

それまでとは比べ物にならない程の激痛が、彼を襲った。

 

 

 

(……そこで意識が途切れて、確か目を覚ましたのは天幕だったか)

 

そうして目を覚まして直ぐに脳裏に浮かんだのは、この戦いの『これからの』展開。

まるで全てを『知っている』かの様に、それからの展望がまざまざとみえたのである。

 

あの八つの首を晒す事も―――

呂布が打って出る事も―――

 

「報告!報告!!」

 

そう、そして―――

 

「敵将張遼、我らが軍門に降りました!!」

 

神速の張文遠が、自らの主の元に降るのも。

 

           

 

後記

茶々です。

データ消えて筆意喪失気味の茶々ですご無沙汰です。

 

色々伏線というか何というか……そんな感じのがいっぱいいっぱいな第五話です。そしてまたしても司馬懿が中心に……orz。

 

 

 

脱線しますが、第四話のコメントを拝見しました所『関羽と太史慈の手合わせの結果は?』というご質問があり、今度幕間と題して投稿しようかと思っていたのですが…先に言いました様に、データがアレなので先にバラします。

 

結論からいえば、関羽の勝ちです。ただそこに至る過程が書きたかった……orz。

 

 

 

連合編は、あと二つか三つを予定しています。

その後は原作通り官渡を予定していますが……さて、どうなることやら。

 

それでは。

 

 


 
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