黄巾党の首領が打ち倒され、黄巾党の活動も、大がかりなものは見られなくなったある日、ヨシュアは特にあり当てられた仕事もなかったので剣でも振ろうか、と城庭へと向かっていた。だが、城庭にはすでに先客がいた。城庭には二人の少女が真剣な目つきで対峙している。
(あれは、明命と思春だったかな?)
二人は微動だにせず互いの隙を窺っている。お互い、ヨシュアと同じように隠密タイプなのだろう。今でこそ生前のレーヴェと同等、または超えるかもしれない戦闘力を身に付けたが(レーヴェが生きていたら、さらに彼は強くなっているだろうが)、やはりヨシュアの本領は隠密と対集団戦だった。
「………」
「………」
ヨシュアは邪魔にならないように気配を消して近づき、二人を観察する。一撃で決めるつもりなのだろう、二人は呼吸も独特の呼吸法で抑え、お互いの隙を探っている。しばらく二人はずっと対峙していたが、とうとうしびれを切らしたのか、明命が先に動き、思春に向かって武器を振り下ろした。だが、冷静に対処した思春はその攻撃を掻い潜り、明命の首筋に曲刀を突き付けていた。
「…私の勝ちだな」
「…負けてしまいました」
勝負がついたのを見ると、ヨシュアはゆっくりと二人に近づいていった。
「二人とも、お疲れ様」
「あ、ヨシュア様!」
「ヨシュアか」
「さっきのは、明命がしびれを切らしたのが敗因だね。明命は攻め急いでしまったせいで、冷静に思春に対処されてしまった。もっと我慢強く待ってから、思春の隙を見つけるべきだったね。または自分で隙を作り出すか」
明命は自覚しているのか、反省したような顔で頷いている。
「ところで、ヨシュア様は…鍛錬ですか?」
明命は、ヨシュアが持っている双剣に気付いた。思春はその双剣を見て、軽く眼を細めている。ヨシュアは明命の言葉に頷くと、双剣を軽く振り始める。そして体が温まってくると、相手がいると想定して、動き始める。今回の相手は重剣のアガット。真正面から受け止めるには重すぎる斬撃をイメージしながら、彼の動きを思い出しながら、戦いを始める。自分の身の丈ほどもある重剣を、軽々と操り、敵を粉砕するその剣戟。ヨシュアはそれに出来るだけまともに刃を合わせないようにして、避けきれないと判断したものだけ刃を軽く合わせて軌道をずらす。そして、自身の速さで撹乱し、アガットの懐に入ったところで停止した。実際はここまで簡単にはいかないのだろうが。ヨシュアは双剣を下ろし、一息つく。それを見ていた明命は、興奮して口を開いた。
「ヨシュア様、すごいです!私にはあんな動き真似できません!」
あんな動き、というのはトップスピードに乗った時の、瞬間移動に見える移動のことだろう。実際、最盛期の頃は、ヨシュアのスピードに完全についてこれる相手はいなかった。リシャールにすら、完全にみきることは不可能とまで言わしめていたのだ。まぁ、リシャールたちはそれならそれで、対抗する手段を編み出してはいたのだが。
「…ヨシュア、私と手合わせしろ」
唐突に、思春がそう言った。思春には何か思うところがあるのだろうか、真剣な、それでいてどこか焦っているような光がその眼にはあった。ヨシュアはそれがなんなのかは分からないが、特に断る理由もないし、思春がそれで何か得るものがあるのなら、ということで、二つ返事で了承した。
二人は少し距離を置いて対峙する。気づけば、周りには酒をもった祭や雪蓮、仕事を終えてきたのか蓮華、穏たちがいた。…冥琳がいなかったので、恐らく雪蓮や祭の分の仕事を押し付けられたのだろうが。そう思いながら、ヨシュアは双剣を構えた。その視線の先では、思春がじっ、とこちらの隙を窺っている。
(…隙がない)
思春はヨシュアの隙を窺いながらそう思った。双剣を構え、じっと動きを止めているヨシュアに全く隙はなく、その構えにも全く揺らぎがない。そして自身のほんのちょっとした隙も見逃さないかのように、鋭い目でこちらを射抜いてくる。明命との鍛錬では明命がしびれを切らしたのだが、今回は自分がしびれを切らしてしまい、斬りかかってしまっていた。
明命との鍛錬よりも長い時間睨みあったあと、とうとう思春が斬りかかってくる。ヨシュアはそれをぎりぎりまで引き付けたあと、一瞬でその攻撃を掻い潜り、背後に回った。思春の曲刀は空を斬り、ヨシュアを見失った思春は、しまった、という顔をしていた。そして後ろから首筋に双剣を突きつけた。
「…私の負けだ」
思春の敗北宣言に静まっていた場が騒がしくなる。祭や雪蓮は酒を飲みながら、よくやった、流石だ、などと言い、蓮華や穏は改めて見直した、などと言っていた。雪蓮や祭は気づいているのだろうが、ヨシュアには、思春がなにか焦っているような気がしていた。
「…私はこれで失礼する」
そんな騒ぎをしり目に、思春はそれだけ言ってその場を後にした。ヨシュアはそれを見送ったのだが、なんとなくその背中に焦燥や恐れが感じられるような気がしていた。
その夜、ヨシュアは思春の部屋を訪れていた。少し様子のおかしかった思春がやはり気になったのだった。部屋に行くと、思春は特に何も言わずに部屋の中に入れてくれた。部屋に入ってからお茶が出され、しばらく黙っていたが何も変わらないのでヨシュアは話を切り出すことにした。
「思春、君は何をそんなに焦って、何をそんなに恐れているんだ?」
ヨシュアの問いに最初はこそ、何も焦っていない、何も恐れていない、と言い張っていたのだが、ヨシュアの目はごまかせないと悟ったのか、その胸の内を話し出した。
「先の戦いで私は蓮華様を守ることができなかった。いや、お前がいなければ蓮華様は死んでいた。お前は蓮華様も雪蓮様も守ると言い、それを実践して見せた。私も蓮華様を守ると誓っていたが、あの通りだ。蓮華様がこんなことを言わないとは分かっている。だが、私はいつ、蓮華様が私ではなくお前を傍に置く、と言いだすかと恐れている。いつか自分の力不足で蓮華様を失うかもしれないと恐れているのだ」
それは思春の正直な気持ちだろう。今まで自分が蓮華を守っていた。だが、いきなり現れた男が蓮華と、その姉である雪蓮を守ると口に出し、そしてそれを、自分の目の前で実践して見せた。それが思春を不安にさせた。ヨシュアはしばらく考えていたようだが、やがて口を開いた。
「だったら、守れるように強くなればいいんじゃないかな。僕も、大切な人を今度は守れるように、この力を得た。僕の場合は目標とできる人がいたから、その人の強さに近づけるように、追いつけるように、彼を目標にしてひたすら自分を鍛え続けた。だからこそ、あのとき僕は蓮華を守ることができたんだ」
「…私も、鍛え続ければお前のようになれるのか?」
「なれる、なんて無責任なことは言わないよ。でも近づくことはできる。それに、蓮華を守るのは思春の役目だと思っているよ。僕は雪蓮の傍にいる事がやっぱり多いと思う。そうしたら必然的に蓮華の傍にいる事はあまりできない。僕だって人間だから、傍にいなければ守ることなんかできないよ。だから、蓮華を守るのは君の役目だ。君が守れないときは、そのときは僕が守るよ」
ヨシュアの言葉を黙って聞いていた思春は、ぽつりと口を開いた。
「お前は守れなかったことがあるのか?」
「あるよ」
思春の言葉にヨシュアは即答した。その答えに、そうか、と頷くと思春はまた口を開いた。
「そうだな、お前の言うとおりだ。今守れないのならば守れるように私が強くなればいいだけのことだったな。ヨシュア、これからはお前の鍛錬に私も同伴させてもらってもいいか?」
「いいよ」
ヨシュアはそれにまた即答した。
その翌日から、今までより一層鍛錬に励み、また、ヨシュアと度々手合わせをしている思春…と明命の姿が目撃されるよになった。
あとがき
ということで外伝と銘打った拠点パートでした。当初は思春と明命中心に行く予定でしたが、直前で変更しました。特に理由はないですが。
少し長い期間更新できませんでしたが、これからも少し時間がかかるかもしれませんので先にお詫びしておきます。
では、また次の話で会いましょう。
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おひさしぶりです、へたれ雷電です。
今回は予告通りに拠点パートみたいなものです。