「それはね、戦前のイタリア映画の女優たちに愛されていたデザイナーのアクセサリーのレプリカ。隣にネックレスがあるでしょ。そっちと同じ作者でね、知らないかしら、ヨーロッパ中で活躍したロシア人女優の、エミーリヤ・フェリシンて女優さんのために作られたものなんだけど」
ふと、自分ばかりが話に夢中になっているのに気付き、私は一旦子供のようによく動きたがる自らの舌の動きを止めた。
目の前の少女はその口元に、なんとも表現しがたい静謐な笑みを浮かべて私の指差したアクセサリーを見つめている。愛情か羨望か憧憬か、私の商品たちを見つめるその瞳は美しかった。私には彼女の考えていることは推し量れない。
「あなた、本当に好きなのね」
閉ざしたはずの口からポロリとそんな言葉が漏れる。
私の経営するアンティークショップに彼女が訪れるのはこれで2度目だった。扱う商品が商品なので、彼女のような年の頃の客は珍しかったが、最初の来店ですぐに彼女の顔を覚えたのはそれが理由ばかりではない。容姿は確かに可愛らしい。しかし特別美しいわけではない。「魅力的」という言葉が最も近いが、「個性的」という言葉はいささか遠いように感じられた。
「エミーリヤ・フェリシン」
そう呟いて、彼女はゆったりと笑む。
「でもやっぱりこのティアラとネックレスのセットが好き」
彼女は私の目を見つめながらショーケースの左端を指差す。60年代から70年代にかけて作られたフランス製のアクセサリーだった。
「フェリシンも好きそう」
彼女は首をかしげながらそう冗談めかす。私は楽しくなって笑った。思えばこんな若い女の子に私の長々としたアンティーク談義をできる機会はなかなかない。若い人が「美しい」だけではない、アンティークに付随する歴史に興味を持ってくれるのが嬉しかった。
ありがとうございました、そろそろ失礼します、と告げる彼女に、また遊びに来てね、と手を振って、私は店のカウンターの中からその後姿を見送った。
普段から客の少ない店だ。店の中はしんと静まり返り、馴染みの閑古鳥も鳴き出したようである。今の間に最近入荷した商品の陳列を始めるとしようか。そうだ、新しい商品をあの子にも見せてあげればよかった。すっかり失念していた自分の頭をを掌で軽く叩いてやる。
今回入荷した商品は、レースの飾り襟が数点と食器類が主であるが、他にもやはりフェリシンが愛用したと言われるアクセサリーを何点か、フランスの馴染みの販売主から買い受けている。
そういえばキャドがどうとか言っていた。
キャドはフランス語でプレゼントを意味する。「おまけ」を入れてくれたのだろう。個人で輸入の仕事などをやっていると、たまにこういうことがある。
一通り陳列を終えてから、私はフェリシンのアクセサリーと「おまけ」が入っているであろう箱を開けてみた。
「あらあら」
見れば箱の中には、包装が解けてフェリシンのネックレスがぐるぐると巻きついてしまったアンティーク人形が静かに横たわっていた。しかし華奢ながらも豪華なそのネックレスに身体を包まれたその人形は、どこか誇らしげで嬉しそうに見える。
「ちょっとごめんなさいね。悪いけどこれはあなたのじゃないのよ」
そう囁きながら人形からネックレスを外してみると、なぜだか、どこかで見た顔だ。
「フェリシンも好きそう」
冗談めかして言った彼女の顔が脳裏に浮かぶ。
ははあ、と思って、私は再び人形にネックレスを付けてやった。
アンティークショップには色んな客が集うものだ。なかには新居を見物に来る客もいる。
「あのう、この人形のネックレスはどこのものですか」
「それはフランスから輸入したネックレスで、エミーリヤ・フェリシンっていう女優さんがつけていたもののレプリカなんです。でもすみません、それは売り物じゃないんですよ」
私の店のカウンターに、フェリシンのネックレスをつけた、静謐な笑みを浮かべているアンティーク人形が置かれるようになってから、「彼女」は現れなくなった。ひとりの客としては。
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いくつかの実在するモチーフで一つの物語を作ってみました。