第五章~朱色の君よ~
ひょんなことから謎の旅の武器商人・露仁と一緒に洛陽へと向かうことになった俺、北郷一刀。
崖から落とされたり、急に胸が痛くなって気を失ったり、気がついたら建業から幽州のド田舎に何故かいるし・・・。
この世界に戻って来てから、俺は散々な目にしかあっていない。
皆と再会できるのは一体いつになるだろう?
そんなことを考えながら、俺達は深い森の中を丈の高い草々を手で掻き分け、道なき道を進んでいた。
「ふむ、 道に迷った」
一瞬、耳を疑った。だが、目の前の爺さんの様子を見れば聞き間違いでないと分かった。
「おいぃぃぃいいいっ!?ちょっと待ってくれ!
どうして地図を広げて進んでいたはずなのに!どうしたら道に迷うんだ!」
「・・・それはのう、北郷・・・」
「?」
そう言って、露仁墨で描かれた地図を俺に見せる。
「どうやら別の場所の地図を見ていたようじゃ」
「ちょっ!?あんた・・・!」
「てへっ♪」
露仁は舌を出して、自分の頭をこつんと可愛く軽く小突いた。
「かわい子ぶって許される歳じゃねぇだろ!!!」
「じゃあどうすればいいんじゃ!!」
「それはこっちの台詞だ!あんたを信じて付いて来た結果がこれだよ!
森の中で迷子になって、一体どうやって森の外に出るんだよ!!」
「・・・知るか!!」
「知るかで済ませるな!!どうするんだよ!?」
「やかましいわ!お前に儂の何が分ると言うんじゃ!!」
そう言って、露仁は杖代わりにしていた一本の木の枝を俺に向かって振り下ろした。
「うおわッ!」
俺は枝の先が当たるのを恐れて横に避けた。
「およっ?」
枝は露仁の手を離れて、明後日の方向の草むらの中に入ってしまった。
ゴツンッ!
「ガゥッ!!!」
「「え?」」
その時、草むらの向こうで動物の鳴き声が聞こえてきた。
俺達は気になってその草むらを注意深く見ていた瞬間、草むらの中から大きな影が飛び出してきた。
「「・・・・・・・・・」」
影の正体、突然の事だったため数秒間思考が停止してしまった。
だが、すぐに我を取り戻し、改めてその影の姿を見る。
何でもない、一匹の大きな熊だ。
その熊は額を手で擦りながら、俺たちを恨めしそうに睨んでいた。
「「うわぁぁぁああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」」
俺と露仁は熊の前から全力で逃げ出した。当然ながら、熊は俺たちを追いかけてくる。
熊に捕まるまいと必死になって、森の中を走り続けるのであった。
・・・洛陽に着くのはまだまだ先になりそうだ。
―――怪物の暴動から二週間が過ぎた建業
蜀・成都からようやく冥琳、蓮華、穏達が戻って来た。
城の宮殿にて建業で起きた出来事の一部始終を雪蓮から聞かされていた。
「・・・とまぁ、大体こんな感じかしら?」
話を聞き終えた三人の表情は初めて聞いた時の雪連のそれと同じものだった。
半信半疑、いや一信九疑といった方が正しいだろうか。
「そんな顔で見ないでよ。私だって正直こんな話、信じられないんだから」
「でしたら・・・」
「けど、しょうがないじゃない。シャオや明命だけじゃなく、他の皆もそう言うのだもの」
暴動事件を引き起こした張本人はすでに存在しないため、目撃者の証言のみしか残っていないのが現状であった。
怪物の痕跡は一刀によって全て消滅してしまったため、二週間が経過した今でも事件の解明に至っていなかった。
「そうか。ならば、致し方なし、か・・・」
一つ溜息をもらしながら冥琳は仕方なしと受け入れる。
隣にいた穏は何か閃いたように口を開く。
「話は変わるんですけど、その巨人さんをやっつけたのが北郷一刀さんだそうすね~。
その北郷さんの行方とか・・・何か分かったのでしょうか?」
すると、玉座に座る雪連の横に待機していた思春が一歩前に出る。
「現在、付近の調査を続けておりますが、有力な情報は未だ得られておりません」
「そうなのよね~。
一体どんな子なのかなって、少し楽しみだったのに・・・」
「何か言った、雪蓮?」
「べっつに~♪」
「ところで蓮華。あなたはさっきから黙っているけど、どうかしたの?」
話を変えようと、雪蓮は先程から静観している蓮華に話しかける。
「・・・・・・」
いきなり振られたにもかかわらず、蓮華は黙ったまま雪蓮の方を見ている。
「蓮華様?」
そんな彼女に、穏は心配気味に彼女の名を呼ぶ。
「・・・正直な所を言わせてもらいますが、姉様のお話はあまりに絵空事。
私は・・・その話を全てを鵜呑みする事を出来かねております」
「さっきも言ったけど、私だってこの話を信じているわけじゃないわよ」
「小蓮達がそう言ったから・・・ですか?」
「もちろんそれもあるけど、建業が誰かのせいで滅茶苦茶にされた。
これは紛れもない事実で、実際に街の被害を見た貴女だって分かるでしょう?」
「・・・はい」
「ならば一刻も早く犯人をあぶり出して、そいつにはそれ相応の報いを受けて貰う。
とりあえずこれが私の今の方針。分かってくれる、蓮華?」
「・・・はい」
蓮華は渋々ながらも一応の納得をする。
「そういえば、華琳殿は如何した?確かお前と共に建業に来たはずだけど・・・」
「ああ、華琳達ね。そう言えば忘れてた。実はね・・・」
「華琳様、一体書状には、何が書かれていたのでしょうか?」
秋蘭は華琳に尋ねる。
「・・・五胡に北方の砦を襲撃され突破されたそうよ。数はおよそ二十万、だそうよ」
「「「っ!」」」
春蘭、秋蘭、桂花は表情を硬くする。
「今、冀州中山まで侵攻され、霞は常山付近で防衛線を張ってるようね」
「な、何ですとっ!?」
「いくら霞でも、それだけの数を一度には対応できまい・・・」
霞の部隊は、主に奇襲を前提に構成された少数精鋭部隊である。
数の暴力を正面から受け止めるのは不得手であった。
「えぇ、その通り。桂花、洛陽にはどれだけの戦力を残しているのかしら?」
「魏に残存する兵力はおよそ二十万。各防衛拠点から集めれば、三十万程かと」
「霞一人でそれだけの兵力を扱える技術は持ち合わせてはいないでしょう。急ぎ洛陽に戻るわよ!!」
「ですが華琳様!北郷は!北郷はどうするのですか!?」
「春蘭!今はあの男の事は忘れなさい」
「な・・・っ!?」
華琳の冷めた言葉に驚きを隠せない春蘭。その華琳は雪蓮の方に顔を向ける。
「雪蓮、良いかしら」
「ええ、北郷一刀は私達の方で行方を追ってあげるわ。だから急ぎなさい、自分の国を守るためにね!」
「当然よ。・・・聞いての通りよ、あなた達!一刀は雪蓮達に任せ、私達は野蛮人から魏を守るわよ!」
「「「御意っ!」」」
華琳達は侵攻して来た五胡軍を撃退するべく、急ぎ洛陽へと戻っていった。
「五胡が魏領を攻めるか・・・」
「急にどうしたんでしょうね~?」
五胡が魏領を攻めるのは珍しい。普段は蜀の西方、または涼州から侵攻してくる。
だが、今回の場合では魏領の北方から攻めてくる事は今までにない事態であった。
「さてね。連中が何を考えているのかなんて、私だって分からないわ。
分かろうとも思わないけどね」
「姉様、華琳達に手を貸さなくてよろしかったのでしょうか?」
「問題無いでしょうよ。手伝うって言っても、華琳だったら必要ないって断るでしょうしね」
「そう、ですね」
そんな時、王宮に一人の兵が入って来る。
「孫策様、西方に向かわせた部隊から気になる報告が!」
「北郷一刀かしら?」
「いえ、さすがにそこまでは・・・。
ですが西方の村々で不審な人物の複数の目撃があったとの報告がありました!」
「不審人物ねぇ・・・。他には?」
「はっ。実は、その目撃された場所の近くで、同時に行方不明者が出ているとの事です」
「行方不明者ときたか。・・・どうする、冥琳?」
「どうする、とは?調査する、以外に何か案があるのかしら?
穏。お前はこの件、どう見る?」
「そうですね~。ひょっとしたら、建業を襲った化け物さんに関係する事かもしれませんね~。
亜紗ちゃんはどうです?」
「ふぇえ!・・・わ、私ですか!?
そ・・・、そう、ですね。真偽を図るためにも、ちゃんと調査する必要があるかと思います」
結果的に三人の軍師の意見を聞いた雪蓮はうんうんと頷きながら考える。
「・・・そうよね。今の私達に出来そうなことはそれしかなさそうだしね。
あなた、今すぐ報告者をここに連れて来て。詳しい話を聞きたいから」
「御意!」
兵はすぐさま宮殿から去る。
「そ・れ・じゃ・あ・・・誰に行って貰おうかしら?私が行っても良いんだけど・・・」
「駄目だ。あなたには呉の王としてここに居て貰う」
「ですよね~。もう、いじわる冥琳」
「では、私が行きます」
前に一歩出る蓮華。
「その理由は?」
「先程も述べたように・・・今回の件、私には理解できない事ばかり。
故に私自身を納得させるためにも、自分の目でその真偽を図りたいのです」
「そ。あなたがそう言うのならそうするといいわ。
ただそうなると、蓮華だけを行かせるのは少し心許ないから・・・」
そう言いつつも、雪蓮は思春に視線を送る。それに気づき、思春は頷いた。
「雪蓮様。ここは私がご同伴いたします。必ず蓮華様をお守りいたします」
「ありがとう、思春。それじゃ頼んだわよ、蓮華」
「「御意っ!」」
「ふむふむ、成程・・・。
やっぱりこれ以上『情報』を組み込んじゃうと建業の時みたいに暴走しちゃうか。
原因を解決出来たとはいえ、まだまだ改善の余地がありそうだねぇ」
左手に広げる資料を読みながら愚痴を零す。
「だけど、そろそろ実際に使ってその性能を知りたいなぁー。どこかにいい実験対象はないかなぁ~」
そう言って横に積まれる資料の山を漁る。
「他の二人も頑張っているようだし、僕もそれに負けないように頑張らないといけないなぁ♪」
どことなく嬉しそうに言う。そんな時、誰かが近づいてくる。
「・・・ん?あれ、どうしたの?」
「うむ、どうやらあの蛸一匹が逃げ出してしまったようでな」
「えぇー!?逃げ出しちゃったの?何やっているんだよ~!!」
「すまんな。どんな味がするのか、気になってのぅー」
「ちょッ!あれ、ただの冗談じゃなかったの!?」
「・・・まぁ、それはよいのだが、他にもう一つ言わねばならん事がある」
「いや、良くないよ!!・・・まだ何かあるの?」
「どうやらこの近くに蓮華様が来ておるようだ」
「え、本当!?孫権ちゃんがこの近くに来てるの!」
「大方、近くの村々での儂等の動きが向こうに届いたのじゃろう」
「そっか・・・。あの子がねぇ~。・・・何て言うのかな、ちょっと運命を感じて来るよ」
「貴様のような変態に運命を感じられては、蓮華様も腹を割いて死んだ方がマシじゃろうて・・・」
「ちょ、そこまでいう!?」
「そんな事よりどうする?このまま何もせず泳がせておく気か?」
「・・。いや。実は、そろそろ実用も兼ねて実践投入してみようと思っていたトコだし。
実験の相手としては申し分ないよね~♪」
グラスに残っていた酒を一気に飲み干すとささっと立ち上がる。
「じゃあ、手伝ってくれ。彼女を盛大に歓迎してやろうよ!あっははははははは!!!」
高らかに声をあげて笑うその姿は無邪気な子供のようであった、残酷なまでに。
魏領北部。とある林の中を流れる小川の側。
川の水を両手で汲み、自分の口の中に注ぐ一刀がいた。
「んぐ、んぐ、んぐ。・・・ぷはぁっ!良かった、この川の水は飲めそうだな」
この川の水が飲めると分かり、腰に備えていた竹製の水筒を川に沈め、水筒に川水を注ぎ入れる。
「しかし、さっきのは本当にやばかった。危うく熊の餌になるトコだったぞ・・・」
熊との命がけの鬼ごっこを思い出した途端、彼の背筋に悪寒が走る。
もう忘れよう、そう思った時、ふとある人物の姿が見えない事に気が付く。
「・・・あれ、そういえば露仁はどこに行った?」
自分の連れである老人の姿を探す。右を振り向くとその老人がいたので安著した。
だが、その安著はすぐさま別の感情へ移行する。
「・・・・・・」
言葉が無かった。
一方で露仁は両足を冷たい川の中に入れ、悦に入った表情をしていた。
「ふい~~♪」
それだけなら問題は無かった。川が流れる方向に問題であったのだ。
その理由は下の図を見て頂ければ恐らく分かってくれるだろう。
「露仁」
「ん?なんじゃ、北郷?」
「いや、『なんじゃ』ではないでしょう!?
俺が水を汲んでいるのに、どうしてそんな所で、両足を川の中に入れているんだよ!汚いだろうがっ!!」
「何じゃと!?お前は、わしの足は汚いと言うかっ!?」
「あんたでなくとも、他人の足が浸かっていた水を、俺は飲む気はないっ!」
「北郷!!言っておくがな・・・、わしは誰よりも清潔さを大事にしておるのじゃ!
そのわしに汚い等という言葉を使うとは!!」
「は?」
「何じゃ、その顔は!?『は?何を言っているんだ、この爺は』っと言いたげなその顔はっ!!」
「そこまでは思ってはいないが・・・、でもあんたの生活の様子を見る限りだと信じられないな~」
実際、清潔に気を遣った生活をしているようには見えなかった。
ある時は、地図を見ているにも関わらず、すぐに道に迷い、熊などの肉食動物に襲われる。
ある時は、明らかに危なそうな茸や山菜を採ってきては鍋に放り込み、決まって腹を壊す。
またある時は、寝像の悪さから崖や川に幾度か落ち掛け、九死に一生を得る体験をする。
等々・・・これ以上を語るときりがなかった。
「ふん、所詮お主の目も節穴ってことじゃわい!ほりゃあ!」
「うわぁ!止めろって!」
露仁は川に浸けていた足で一刀に水を飛ばす。それはまるで子供だった。
そんなこんなで休息と飲み水の確保を済ました二人は荷物をまとめて先程来た道へ戻る。
「ところで露仁、聞きたい事があるんだが・・・」
「ん、何じゃ?女子の好みか・・・?」
「誰がそんな事を聞くかって。・・・違うよ。この剣のことだ」
そう言って、一刀は腰に下げていた剣に目を向ける。
「まだこいつの名前を聞いていなかった気がしてさ。何て言うのかなって思ってさ」
「ああ、そいつか。そいつにはな・・・、名前が無いんじゃ」
「名前が無い?」
「うむ・・・、どこの誰が作ったのか不明。
儂が見つけた時は刀身のみでな。柄と鞘は儂が刀身に合わせて拵えたのじゃ。
物珍しさから皆一度は手に取るのが、その変わった刀身のせいで使い方が分からんと誰も買わんのじゃよ」
「・・・・・・」
一刀は足を止め、名も無き剣を抜く。
日本刀に似た弧を描いた刀身を陽の光に当てると僅かに青く見える。
名前がない剣に一刀はかつての自分の姿を少しだけ重ねた。
「なら・・・さ。俺がこいつに名前付けていいか?」
「あぁ?儂は構わんが・・・急にどうした?」
「何となくさ・・・運命を感じるっていうのかな?
俺がこの剣と巡り合ったのは、もしかしたら偶然じゃない気がしてさ」
「・・・よく分からんが、つまり気に入ったと言うことか?」
「まぁ、そう言うところかな?」
一刀は思案する。
この親近感とも言える感じを抱かせるこの剣の名前をどうするか。
「・・・・・・うん、決めた!『刃(じん)』。・・・こいつの名前は刃だ」
「お前さんの名前『一刀』を文字って・・・『刃』か?何と言うか・・・随分安直じゃのう」
「いいんだよ、それで。重要なのは名前の良し悪しじゃないから」
そう言って、一刀は刃を再び鞘に戻した。
「忘れとるようじゃが、それは貸しているだけじゃからな!」
「はいはい、分かってますよ」
「こら、貴様!そのまま借りパクする気だな!そうはさせんぞ!!」
二人は揚々と道を進む。洛陽に着くのはまだ先になりそうだった。
建業から西に五里ほど先の木々や草が茂る未開拓の地。
臣下・思春と数十名の部下を率いている蓮華の姿があった。
「蓮華様、あまり奥へ向かわれない方がよろしいのでは?」
獣道同然の道を進む自分の主を案じる思春。
先刻、近隣の村々に立ち寄り、不審人物や行方不明者に関する情報を聴取した。
その結果、目撃証言の多くが住民者達でも立ち寄らない、この未開の森を中心に発生している事が判明した。
蓮華は更なる調査を決めて今に至るのだった。
日が傾き始めたにも関わらず、蓮華は森の奥へと進んでいく様子を懸念して、思春は進言したのであった。
「だけど思春。目ぼしい情報を何一つ得られていないわ。ならばもう少し調べないと・・・
「ですが、期限が今日までという訳ではありません。最初から無理をされては後に響きます」
そう指摘され、蓮華は同伴していた兵士達の様子を窺う。
すると、兵士の何人かが疲弊の色が顔に出ている事に今初めて気が付いた。
「・・・ふぅ。思春の言う通りね」
「蓮華様」
「どうも先の件を受け入れらなくて、気ばかり逸っていたみたい。
そのせいで周りが見えていなかった。私は皆の上に立つ者だと言うのに情けない・・・」
「いえ、蓮華様の心中を考えれば、致し方ないとかと。私も此度の騒動を受け入れられずにおりますので」
「思春も?良かった・・・私だけじゃなかったのね」
「はい」
蓮華は溜息をつく。
「全く、身の丈九尺の化け物が街で暴れ回った?
それだけならまだしも、それを収めたのが北郷一刀?手から光を飛ばして跡形もなく消し飛ばした?
・・・何度聞いても意味が分からないわ」
「そうですね。手から光が飛ぶ、というのが特に分かりません」
「シャオだけならまだしも、明命や他の兵士、それに民達も同じ事を言っているのよ。
皆して私達を騙しているとしか・・・」
「そうですね。そちらの方がまだ現実味があります」
「そうでしょう?」
「はい」
「なのに姉様ときたら、どうしてこんな与太話を少し真に受けているのかしら」
「いえ、雪蓮様も半信半疑なご様子でしたが」
「そ、そうだったかしら?」
「・・・はい」
二人の間に少しの沈黙。そして二人は一緒に笑った。
建業に戻ってから、気を張り詰めていた二人がようやく心を解す事ができたのだ。
「ふふ・・・っ。思春、皆に来た道を戻るよう指示してくれるかしら?」
「はい。ではこのまま・・・」
ドシュッ!!!
「か、は・・・!」
何処からともなく飛んできた小刀が一人の兵士の喉元を貫いた。
口を金魚のようにぱくぱくと開閉させながら、その場に倒れ、帰らぬ人となった。
「思春っ!」
「蓮華様、傍を離れないよう!お前達、周囲を警戒しろ!!」
蓮華達は瞬時に臨戦態勢に入る。
思春は鈴音を携えて周囲に目を光らせる。
周囲に人影はない、乱立する木々の合間の闇を見透かすように見る。
聞こえるのは風で木の葉や草が擦れる音のみ。
全ての神経を研ぎ澄まし、その音に紛れる異なる存在を探し出す。
そして、何処からともなく小刀が飛ぶ。
「ふんっ!!」
思春は小刀を叩き落とすと、飛んできた方向を見た。
先程までいなかったはずの人間がそこに立っていた。
その者は白装束で身を包み、フードを深く被っているためその顔は分からなかった。
「貴様、何者だ!?」
思春は白装束の人間に問う。だが、その者は何も答えず沈黙で返した。
「もう一度問う!何者だ!!」
その者はまたも沈黙で返す。
そして、代わりにと左手を上に伸ばす。その瞬間、背後より二つの影が現れる。
影の正体は顔を包帯で巻いた忍者の風貌をした、明確な敵だった。敵は腕の籠手に備わった剣で思春に襲いかかる。
「思春!」「
「「甘寧様!!」」」
「ちっ!」
思春は敵から距離を取る。
気づけば敵は十、二十、三十・・・と増え、蓮華達を囲んでいた。
「それが貴様の答えか?」
「・・・・・・」
思春の問いにまたも沈黙で答える白装束の者。もはや問答の必要はないと思春は判断した。
「良かろう。
ならばこの甘興覇が貴様等を黄泉地へと誘おう!!」
別の場所で男はこの様子を覗っていた。
机の上に置かれた四角い箱。
前面から光が発せられており、そこに蓮華達が映っていた。
彼は椅子に座りながら、その箱に映像を見ていた。
「さーて、始まったようだね?良いねー、カッコいいじゃな~い、甘寧ちゃん♪」
楽しそうに座っている椅子をぐるぐる回す。
「で~も~、その余裕、一体どこまで続くかな~。
果たして、甘寧ちゃんは孫権ちゃんを守りきれるのでしょうか!僕はここから、ゆっくりと見せてもらうよ~」
「はぁあっ!」
ザシュッ!!!
敵の攻撃を受け流し倒す思春。だが、敵の勢いは決して衰えずを襲い続けた。
敵は籠手に備わる剣で思春に斬りかかる。単純な動作、故に切り返すのは容易だった。
だが、思春が反撃に移る瞬間、間合いを取って回避する。
「ちっ、またか!」
思わず舌打ちをする思春。
相手の攻撃をいなすのは容易、だがこちらの攻撃が当たらない。
理由は機動性を重視した装備であるためだけではないだろう。
こちらの動きが読まれているのかのような動きに思春は苦戦していた。
「孫権様、ご無事ですか!」
兵士が蓮華を守るように陣形を取り、群がってくる敵達と対峙する。
「ええ、何とか・・・。しかし、この者達は今まで何処に?」
倒しても倒しても、次から次へと襲いかかって来る敵達に次第に焦り始める。
「・・・思春、思春は何処にいるの!?」
ガンッ!!!キンッ!!!ゴンッ!!!
木々の合間を思春は颯爽と駆け抜ける。そこに敵が追い付くと再び刃を交える。
剣同士がぶつかる度に火花が散り、鈍い金属音が森の中で響く。
「はぁあああっ!!!」
ザシュッ!!!
鈴音の剣先が敵の頸を捉える。空中にいたがため、回避する事が出来なかった。
攻撃を当てにくい相手に、思春は冷静に対処していた。
「何処をみておる?」
「何っ!?」
次に襲い掛かってきたのは白装束を身に纏う者だった。
右手に持っていた三本の小刀を同時に投げる。思春は鈴音の一振りで三本同時に叩き落とす。
「ふ・・・、貴様も出来るようだな!だがそれでは私には勝てないぞっ!」
「・・・敵を前にして喋り過ぎだな」
思春は両腕を下ろしたままの白装束の者へ突っ込んでいく。
「はぁあああっ!!!」
一気に間合いを詰め、白装束の人物に横薙ぎを放つ。
だが、その一撃は親指と人差し指でいとも容易く遮られてしまった。
「くっ!?」
鈴音に力を込めるも全く微動だにしない。
と思った瞬間、いきなり体がぐるんと一回転、為す術もなく背中から地面に叩き落された。
「がはっ!!」
受け身を取れず、思春の表情は苦しみに歪む。それでも自分の愛刀は決して離さなかった。
そんな彼女を白装束の者は見下ろし、フードの下で笑みを零した。
「やれやれ・・・、暫く見ないうちに随分と腕が鈍ったようじゃな」
改めて聞いた白装束の者の声。
その声に聞き覚えがあり、まさかと思い、思春はフードの中を覗いた。
「な・・・ぁ!?」
白装束で隠された顔が一瞬見える。思春はその顔に見覚えがった。
「黄蓋、殿・・・?」
「きゃあ・・・っ!」
その悲鳴に反応する思春。
鈴音は以前、相手に取られたまま、なので足を使った。
仰向けの状態から両足を駆使して回転蹴りを放つ。白装束の者は鈴音から手を離し、その蹴り技を回避する。
「蓮華様!」
蹴りの勢いを使って立ち上がると、急ぎ蓮華を探す。
虚をつかれた敵の一撃で体勢を崩して地に伏せる蓮華の姿を見つける。
愛しき我が主の姿。だが、その蓮華に複数の敵が剣を振り上げる。
「やらせるか!!」
白装束の者を無視して思春は蓮華の元へ馳せる。
「蓮華様ぁっ!!!」
急ぎ蓮華の元に向かう。
だが、次々と襲いかかる敵が思春の行く道を阻む。
「くそっ!どけぇっ!!」
阻む敵を一々相手にしない。鈴音で適当にあしらい、先を行く。
だが、そうしている間にも蓮華に剣が振り下ろされる。
「蓮華様ぁっ!!!」
敵の攻撃を躱し、蓮華の救出に向かう。
「蓮華様!!蓮華様ぁあああ!!!」
だが、もう間に合わない。
「っ!!」
蓮華は自身の最後を悟り、目を閉じた。
「蓮華様ぁあああああああああああああああっ!!!!」
思春の叫びが虚しく響き渡る。力が及ばず、彼女は一瞬諦めかけてしまった。
ザシュゥウウウッ!!!
「・・・・・・なっ」
思春は状況を理解できずにいた。
「・・・っ?」
いくら待っても敵の一撃が降りかかってこない。蓮華はゆっくりと目を開いた。
蓮華の目に映った光景。
蓮華に剣を振り下ろした敵は皆、地面に斬り伏せられていた。
そして、自分を守るように構える男の背中がそこにあった。
血の様な朱色に染められた外套を身に纏い、両眼は鉢巻状の細長い布で隠していた。
また、左目には布で隠しきれない大きな傷痕が残っていた。
「・・・誰、あれ?」
予想外の第三者の介入に驚きを隠せない。
「何さ・・・何さ、何さぁあああーーー!ほんとに誰よ、あいつ?!」
そしてその驚きは怒りへと変わる。
「ラスボスをあと一撃で倒せるって所で、ゲーム機の電源が切れた時の気分にそっくりだよぉぉおおーーー!」
映像が映る箱を乱暴につかみ、その不快の元凶を睨みつける。
「・・・・・・っ!!」
何かに気づいたようで、先程まで怒りは一瞬にして消えた。
「・・・う、そ。ほんとに?でも、あの目の傷は確かに・・・。でも、あり得ないよ。
だって彼は・・・彼はあの時に・・・僕がこの手で・・・」
何かを理解したようだが、その結論を肯定と否定の繰返しをする。
「・・・・・・そうか、あいつらか。あいつ等の仕業か!?
・・・うふ、うふふふふふふ・・・ふふはははははははははははははッ!!!」
頭を肩より深く下げると、両肩を震わせながら笑いだす。
体を思い切り仰け反らせ、それでも笑うのを止めない。
「あはははははははははははははッッ!!!最高だ・・・。最高だぁぁああ!面白いよ、この展開!!
いいじゃん、いいじゃん。いい感じじゃーーん!!あっはははははは、あはははははははははッ!!!」
「・・・お、お前は?」
「・・・」
蓮華の問いに答える様子はない。彼の目前には数人の敵が彼を殺すべく隙を窺っている。
しかし、誰一人襲い掛からない。彼に隙がないからだ。
「ッ!!」
男は敵に仕掛けていった。先に動いた男に敵は飛び掛かる。
ザシュッ!!!
男の放った斬撃が敵を斬り裂く。
攻撃直後の男に別の敵が手甲の剣を振り下ろすが、男はそれを受け流し、すかさず頸を刎ねた。
更に二人の敵が左右から同時に襲い掛かる。
だが、男は地面を蹴って上空へ飛ぶ。
そして体を捻らせ、下にいる敵二体を上から纏めて串刺しにした。
次々に敵を屠る謎の男。
その男によって肉塊と化した敵の骸から青い炎が発生し、そのまま全身を焼いていく。
蓮華達が倒した際には起らなかった現象である。
一体何が起こっているのか、蓮華達には理解できなかった。。
男の背後を取った最後の一人が剣を振り上げながら突っ込んでくる。
だが、男が後方転回を繰り出たことでその剣は空を斬った。
逆に背後を取られた敵は男の放った斬撃でその体を切り刻まれていった。
首を刎ねられ、両腕を落とされ、最後に上半身と下半身を分断された。
切断面から大量の血が噴き出し、男はその返り血を浴びる。
「す、凄い・・・」
蓮華はその異様な光景をただ見ている事しか出来なかった。
なお、青い炎で焼かれた敵はすでに跡形も残っていなかった。
先程以上の数の敵に囲まれるが、男は怖気づく様子は一切なかった。
しかし突然、敵達の間で何か合図を送るように、首と顎を使って近くの者へと伝達していく。
その瞬間、敵は一斉にその場から離脱、逃走を図る。
俊敏な機動性もあって、謎の武装集団は森の中へと姿を消した。
「・・・・・・」
謎の武装集団の突然の撤退に、残された者達は困惑する。
そんな中、彼一人は平然と血で汚れた剣の刀身を外套で拭い、そのまま鞘に戻す。
「く・・・」
地面に突き刺した剣を杖代わりに蓮華は立ち上がる。
「蓮華様!」
「思春・・・!」
自分の名を呼びながら近づいてくる思春に気付く。
「蓮華様、よくぞご無事で!」
「ええ・・・、あの男に助けられたから」
そう言って、目の前の返り血に濡れた男を見る。
「・・・誰か存ぜぬが、蓮華様を救ってくれたこと礼を・・・」
「・・・・・・」
男は思春に目もくれず、今だ青い炎で焼かれる死体の前で片膝を折り、何かを調べ始めた。
「・・・おい、何をしている?」
「・・・・・・」
思春の問いを無視し、男は青い炎を素手ですくった。
炎は男の手の上で燃え続けていたが、男が炎を握った瞬間、消し飛んだ。
男が何をしているのか理解できず、蓮華と思春は困惑、黙ってしまった。
「この感じ。やはり奴も・・・女渦もここにいるのか」
一人呟き、男はその場を立ち去ろうとする。
「おい待て!貴様・・・」
思春の言葉を聞かず、男は木の枝に飛び移り、瞬く間に姿を消した。
「全く、何だったのだ!!」
思春は、彼のそんな態度に怒りを示す。
「じょか・・・?」
一方、蓮華は彼の話の中に出てきた一つ単語をポツリと呟いた。
今回の調査では北郷一刀の行方、建業襲撃に関する有力な情報を得る事は出来なかった。
逆に白装束が率いる謎の武装集団と正体不明の男の登場によって謎を増やす事となった。
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こんばんわ、アンドレカンドレです。
前回、新しく一刀君と露仁の珍道中を書きました。これからも断片的に描いていくつもりです。さて今回は改訂前で言う所の第六章。分かる人には分かるかもしれないお話です。
では、真・恋姫無双~魏・外史伝・再編集完全版~ 第五章~朱染めの君よ~をどうぞ!!!