*いつか君に届いて*
男の子「ねぇ、なんでお祖母ちゃんは鏡に映らないの?」
祖母「さぁ、なんででしょうねぇ……」
お祖母ちゃんと呼ばれたその人は、男の子の問いに少し困ったが、すぐに笑って答えた。
鏡の前に立った二人に対して、映っているのは男の子だけだった。
この世界には未知なる事が沢山ある。それは、あなたの知らないところで。
これは、そんな話の一つである。
日差しが眩しい朝、目が覚めて時計に目をやる。七時四十分。
「……七時四十分!? やばい、ギリギリだ!」
――俺は上條達也、十七歳の高校二年生だ。って、説明している場合ではない。早く学校へ行く準備をしないと、遅刻する状態にある。
慌てて一階のキッチンを通り過ぎる達也を見て、母親は言った。
母「ちょっと達也、鏡見た? 寝癖がすごいわよ」
達也「げっ!? でも俺、鏡持ってないし……」
――鏡は嫌いだから、鏡を持っていない。理由は良くわからないが、嫌いなのだ。
母「お祖母ちゃんの部屋にあるでしょう? 三面鏡が」
達也「ああ、そっか」
つい先月、祖母は祖父を追うように亡くなった。祖母は祖父ととても仲が良くて、よく二人で散歩に出かけていたのを覚えている。
一階にある祖母の部屋に入ると、すぐに三面鏡はある。その三面鏡は昔からあるようで、かなり年季が入っているものだった。
達也「ふぅ……」
寝癖を直そうとブラシを取って鏡を覗き込むと、鏡には自分の両後ろに二人の女性が立っているのが映っていた。
達也「……はい?」
達也はその女性が立っていると思われるすぐ後ろを振り返ってみる。しかし、誰もいなかった。もう一度鏡を見ると、やっぱり映っている。ロングヘアーの女性が右側に、セミロングヘアーの女性が左側に。
達也「え?」
次の瞬間、その二人は鏡から飛び出してきた。
二人に体当たりされ、達也とその二人は同時に倒れてしまった。
達也「うわっ……」
二人にのしかかられた状態の達也は、どかそうにも相手が女性だったことに、手のやり場に困った。
「ご、ごめんなさい」
ロングヘアーの女性が起きあがりながら言う。
「いたた、ったく……なんてタイミングなの!?」
セミロングヘアーの女性も続いて言った。
達也「……君等、いったいなに!?」
達也は、二人の女性が鏡から飛び出してくるという今の状況を理解出来ずにいた。
「無事に行けたようだね、じゃあ後はよろしく」
次に聞いたのは、鏡の中の達也が喋った言葉だった。
達也「な、なにこれ? ……今、俺がしゃべったの?」
わけのわからない状況に混乱していると、セミロングの子が話し始めた。
「そうね、まず紹介が必要よね。私は橘優佳(ゆうか)。そっちは姉の静琉(しずる)。よろしくね」
どうやらロングヘアーの女性が姉で、セミロングの女性が妹、ってことらしい。それと近くで見ると同級生っぽく、女性と言うより女の子って言った方が正しい表現である。
優佳「で、続けるけど、私達は鏡の向こうの地球から来たの。目的は規則を破ってこっち側に来た私達の同胞の強制送還。理解できた?」
達也「えっ……ええ?」
いきなり良く分からない事言われ、何がなんだかと思っていると、静琉と呼ばれる子がフォローしてくれた。
静琉「優佳、それじゃあ説明不足で達也さんには理解できないわよ」
達也には、鏡から出てきたことすら理解出来なかったが、話を進める。
達也「いきなりだし、意味不明だし……って、あれ? 俺、名前教えたっけ?」
静琉は達也の反応を見て、当然ですよねという返事をした。
静琉「最初から、説明しますね」
そう言うと、静琉と優佳は立ち上がり、説明し始めた。
静琉「地球を含む銀河系には、達也さん達からは見えない大きな鏡があるのです。ところが私達には見る事が出来て、私達はそれをスペースミラーと呼んでいます。そしてそれに映った地球に住むのが私達なのです」
達也「はぁ……」
達也は、とりあえず相槌を打つ。
静琉「達也さん側の人達は、窓ガラスに映った自分の様に、例え見えても無い世界だと思っていますが、そこには達也さんの世界と同じ文明が存在し、同じ人が同じ様に住んでいます。……ただ一つだけ、違う事を除いて」
達也「一つ?」
静琉「はい。それは達也さん側の人が鏡に映る時、私達も同じように鏡に映らなければならないという規則があるのです。けれど、それに嫌気をさした人は規則に反して違うポーズを取ったり、鏡に映らなくしたり、仕舞いには達也さん側の世界に来てこちらの自分を殺して、自由になろうとしだしたのです」
達也「……それってこっちじゃ、心霊現象やドッペルゲンガーって呼ばれているやつじゃ……?」
静琉「そうです。達也さん側の人達には理解できない事ですから、そう考えても仕方のないことですね。最近、それであまりにも規則を破る人が増えてきたので、私達姉妹がこっちに来て手伝う、という訳になったのです」
達也「へぇ~……って、手伝うってどういう事?」
優佳「こっちに来た者を強制送還するのをやってもらうのが、あなたってわけ」
優佳は、達也に銃の形を作った手を向けた。
達也「ちょっと待って! なんで俺なのさ?」
優佳「さっき喋ったあなたと同じ人がそれを管理する責任者の一人なの。で、その人と同じあなたが選ばれたってわけ」
達也「マジ、ですか。……話は大体わかったと思う……けど、ホントにそんな人がいるの? まぁ、君等が俺の前に現れたって事を考えれば、あるのかもしれないけどさ……」
優佳「あら? あなたの身内に一人いるじゃない。その昔、規則を破って愛する人の元へ行った人が。こっちに来たから、鏡には映らなかったじゃない?」
――自分の身内で鏡に映らなかった人……。
達也「……まさか、祖母ちゃん!?」
優佳「そう。鏡に映らなかったのは、映りに来る人がいなかったから」
昔から祖母と一緒に鏡の前に立っても、祖母だけが映らなかった。それは、達也にとって今でもわからない出来事の一つだった。
達也「それで鏡に映らなかったのか。……という事は、君等も同じ人がこっちにいるわけだよね?」
優佳「そういう事。更に言うと、こっちに来ることって結構危険な事をしているのよ。同じ人に会ったら、自分が消えるか、こっちの世界の自分を殺さなきゃ、共に消滅してしまうから。ドッペルゲンガーを見た人は死ぬって言われているのはこのことで、殺さずに二人とも消滅してしまったら、神隠しって言われているみたいね」
その説明は、今までわからなかった幾つかの不思議なことを、一度に謎解きされたかの様な内容だった。
優佳「補足しておくけど、鏡を挟めば同じ人が会っても消える事はないってことは、分かるよね?」
達也「ああ、じゃなきゃ鏡を見ただけで消えるってことだしね」
もしそうなるのであれば、誰も鏡なんて見たりしない。
静琉「状況が呑み込めてきたようですね。はい、ではこれを」
静琉から渡されたのは、三十センチ程度の長さの棒だった。
達也「なにこれ、……短刀?」
鞘を抜くと刃があり、それはどこか透けている様に見えた。
達也「これを、どうするわけ?」
優佳「それで刺すの、鏡から来た人を。そうすることで強制送還できるから」
達也「刺すって……物騒だなぁ。……あ! ところで今、何時?」
静琉「えっと、8時をちょっと過ぎましたね」
静琉は自分の腕時計を見て答えた。
達也「ち、遅刻だ……」
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大学の長い通学時に少しずつ作ってた作品です。