「そういえば、2月に入ったわねえ」
「ええ、そうですね」
「そろそろアノ季節なのね」
帰り道、何となしにミシェルがそう言った。
(ん? 2月って何かあったっけ?)
だけど、ルカも当たり前のように頷いた。
どうやら分かってないのは、私だけらしい。
「何があるの?」
「アルト、あなた……」
「ちょ、ちょっと、何でため息つくの?」
呆れたようにミシェルがため息をついて、額を押さえた。
――忘れるはずのないような重要なことがあるっていうの?
「ルカ――何とか言ってやってチョウダイ。この鈍いお姫様に」
「あはは。アルト先輩、2月といえば、バレンタインじゃないですか」
「あ!」
ルカの言葉に2月の恒例行事を思い出す。
そういえば、ここ最近、学園中が妙に浮き足立った空気になってたっけ。
我が美星学園は母体が日本なこともあって、2月のバレンタインは卒業式と同じくらい学園中が色めき立つイベントだった。
――どっちも私にとってはあまりいい記憶のないイベントだったけれど。
「まあ、アンタには思い出したくないイベントかもしれないけど。
あれはちょっとした見物だったものねえ」
「う……だって、中等部じゃ、あんなことはなかったし」
眉を顰めたのがミシェルに気づかれる。
去年、高等部になって初めての2月14日はとんでもない一日だった。
できれば、思い出したくない程度に酷い目にあった。
「芸能科じゃ、暗黙でバレンタインのチョコはご法度ってことになってるんだっけ。
まあ、それにしても、下駄箱の蓋が壊れるくらいのプレゼントの数だなんて、さすが銀河に名高い早乙女一座のアルト姫よねえ」
「ミシェル!」
芸能科にいた時はバレンタインデーだからといって他の日と何も変わらなくて。
でも、航宙科に転科して初めてのバレンタインデーはとんでもない日になってしまった。
朝、登校したら、下駄箱からチョコレートが溢れ出てて、靴を直そうにも直せない状況になってた。
チョコレートを全部取り出してミシェルに貰った紙袋に詰め込んで、壊れた下駄箱の扉を無理矢理しめて教室に行ったら、そこはそこで惨状と化してて。
――机に入りきらないチョコレートが机の上に山積みになっていて、級友たちが遠巻きにひそひそ話してる有様だった。
皆に後ろ指を指されるし、学園の備品壊したことで怒られるし、散々な一日だった。
「ふふん。さて、今年はどうなるかしらねえ。去年は全部一人一人に受け取れないって返しにいったんだったわよね」
「うん」
「ホント、真面目ねえ。別にそういう気がなくても全部受け取ってもいいと思うけど」
「だって、そんなわけには……」
確か、その当日もミシェルに同じようなことを言われたような気がする。
別に相手は受け取ってもらいたいだけでそこまで求めてないだろうから、受け取っても問題ないわよって。
それでも、私には受け取ることなんで出来なくて、返せる相手には全部返しに周った。
バレンタインデーでチョコレートのプレゼントを受け取るってことは相手の気持ちを受け入れるってことだと思うから、ちゃんと話をしたこともないような相手から、受け取るなんて出来るわけなかった。
「私は全部ちゃんと受け取ったわよ?」
「全部?!」
「そ、ぜーんぶ。男女関係なく、ね」
「さすがミシェル先輩」
ルカが賞賛の意味を込めてぱちぱちと手を叩く。
私はただぽかんと口を開けて、驚くしか出来なかった。
ミシェル、去年のアレを全部受け取ってたなんて思わなかった。
「うふふ。褒めてくれてありがと、ルカ」
「真似出来ない……というかしたくない、そんなの」
今度は私が額を抑える番だった。
浮いた話の絶えないミシェルだったけど、まさかバレンタインのチョコを全部受け取ってたなんて。
多分、私の貰ったのとそんなに変わらない数だったと思うんだけど。
「あ、あの!」
「ルカ、どうしたの?」
「先輩お二方を見込んでお願いがあるんですけど……」
「あら、珍しい。一体、なぁに?」
いきなり改まった感じのルカに目を丸くする。
お願いって、一体なんだろう?
「ミシェル先輩、アルト先輩。バレンタインのチョコ、一緒に作ってください!!」
「え?」
「ルカ、エライ。とうとうチョコあげる決心したのね」
「は、はい」
真っ赤になってるルカに驚く。
ルカにそんな相手がいたなんて。
私は全然気が付いてなかった。
――ミシェルには分かってるみたいだけど、一体、誰だろう?
「ルカ、誰にあげるの?」
「ええっと……美術科のナナセ先輩に……」
美術科のナナセ――確か、同じ学年でランタのバイト仲間だったはず。
大人しい感じだったような気がするけど、まさかルカが彼のことを好きだなんて思わなかった。
「頑張りなさいね、ルカ。応援してるから」
「じゃあ、いいんですか?」
「モチロン。一緒に作りましょうね、バレンタインのチョコ」
「え? ミシェル、作れるの?」
当たり前のようにルカのお願いを聞き入れたミシェルに思わずそう言ってしまった。
ミシェルって、料理とか出来るって聞いたことがない気がする。
「アルト、アンタねえ……。このミシェル様に出来ないことなんてあると思う?
それに毎年チョコくらい作ってるわよ」
「それ、ホント?」
むっとした表情のミシェルに人差し指を目の前に突きつけられた。
――何か悪いことしたような気になるけど、そんな話今まで聞いたことなかったし。
「当たり前でしょ。愛の伝道師を自負する私よ?
それより、アルト。あなたこそ、チョコなんて作ったことないんじゃない?」
「う……」
「これだから、箱入りの姫はねえ。ダメね」
「私だって、作れるわよ!」
「ふふん。じゃあ、お手並み拝見しようじゃない。ルカ、皆で一緒にチョコレート作りましょうね」
売り言葉に買い言葉。
してやったりとにやりと笑うミシェルにしまったと思う。
我ながら簡単な挑発に乗ってしまったけど、仕方がない。
ここは腹を括るしかない……かな。
「はい! ミシェル先輩、アルト先輩、よろしくお願いします!」
「まかせて」
「う、うん」
きらきらと嬉しいオーラのルカに無理矢理笑顔を作って頷く。
ううう、これは正真正銘、頑張らないといけないのかもしれない。
いつもながら、流されやすい単純な自分の性格が恨めしいかも。
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マクロスFの二次創作小説です(シェリ♂×アル♀)。バレンタインデーを題材にしたパラレル性転換二次小説になります。