抱き上げた風の身体は信じられない程に冷たくて……
握りしめた風の手はいつまで待っても握り返される事はなくて……
どれだけ名を呼び続けても、風が目を開けてくれる事はなくて……
『………………風は、死んだのよ。一刀』
そんな華琳の言葉は、俺を絶望の淵へと叩き落とすのに十分なものだった。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
恋姫†無双 終わらぬループの果てに
第19話 21週目 その11
賊討伐を終えた翌日の朝、北郷 一刀は絶叫と共に目を覚ました。
「北郷様! いかがなさいましたか!?」
「大丈夫ですか!?」
途端に叫び声を聞きつけた警護の兵士達が彼の部屋になだれ込んでくる。
しかし、今の一刀には彼らに気を回す余裕などない。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
荒い呼吸を整えようともせず、放心状態で震えている一刀。
今の彼からは大陸最強と持て囃される天の御遣いの面影など微塵も感じられない。
それほどまでに風が死ぬという悪夢がもたらした衝撃は大きかった。
「かずと!」
「兄ちゃん!」
「兄様!」
そんな一刀のもとに恋、季衣、流琉の3人が血相かいた様子でやって来る。
3人ともたった今目を覚ましましたと言わんばかりの格好で、所々寝癖も残ったまま。
おそらく一刀の叫び声を聞いて飛び起き、そのまま慌てて駆けつけてきたのであろう。
「恋殿ぉ~、待ってください~」
さらに少し遅れて陳宮もやって来たが、この子は単純に恋を追いかけてきただけである。
「…かずと、平気?」
「兄ちゃん、何かあったの?」
「大丈夫ですか、兄様?」
3人は部屋に入るや否や一刀のいる寝台に駆け寄った。
しかし、彼のあまりにも弱々しい姿にその表情を一層不安げに歪ませる。
恋に至っては今にも泣き出してしまいそうだ。
それでもなんとか一刀を元気づけようと思い思いに話しかけていく。
「………………っ!」
やがて3人の想いが通じたのか、放心状態だった一刀が意識を取り戻した。
虚ろだった目に光が戻り、何かを確認するかのようにゆっくりと辺りを見回す一刀。
そして初めて自らの周囲にいる恋達の存在に気がつく。
「……え、恋? それに、季衣や流琉も……皆、どうしてここに?」
事の張本人が事態を把握していないというある意味滑稽な状況だが、それを笑う者は誰もいない。
意識を取り戻してなお、彼の身体の震えは収まっていなかったからだ。
そんな一刀を気遣いつつ恋達、そして兵士達はここにいる経緯を説明する。
「………………そうか」
彼女達の言葉を聞いた一刀はそう一言だけ呟き、ゆっくりと息を吐きながら目を閉じる。
ドス黒く染まった衣服。
冷え切った小さな身体。
握り返されることのない手。
そして、どれだけ呼び続けても開かれることのない彼女の目。
目覚めてからかなりの時間が経っているにも関わらず、彼はあの悪夢の内容を鮮明に覚えていた。
「……うん、もう大丈夫。心配かけてゴメンね」
その光景を振り払うかのように目を開けた一刀は、恋達を安心させるよう笑顔を見せた。
だが、残念ながらそれはこの状況では逆効果にしかならない。
一刀が無理をしているのは誰の目にも明らかだったからだ。
しかし恋達が口を開くよりも早く、遠征軍の大将としての顔になった一刀が続ける。
「それと、今すぐ全軍に通達して欲しい事があるんだ。あのね………………」
正面から戦えば敗色濃厚…いえ、敗北必至な蜀との決戦。
様々な要因が重なって結果的には前の世界とほぼ同じ戦力差で迎えたこの戦いですが、
風達は思わぬ所で絶体絶命の窮地に追い込まれてしまいました。
「……不味いですね」
当初から野戦に見切りをつけ、華琳様には内緒で早々に籠城戦へ移行しようとした風。
しかしいざ撤退する時になって華琳様の説得が予想以上に難航。
劉備さんとの舌戦で頭に血が上っていたことに加え、
遠征に出発するお兄さんに対しあれだけの大見得を切ってしまったことが災いしたのでしょう。
最終的にはどうにか納得していただき城まで退いていただけたものの、この遅れが致命的でした。
城門閉鎖と同時に現在使用していない地下の用水路を塞ぐよう命じたのですが間に合わず、
封鎖完了の直前で敵の一部に城内侵入を許してしまったのです。
先に城へ撤退していた桂花ちゃんも用水路の事は気付いていましたが、
籠城戦の準備で手一杯だったようですしね。
「侵入してきた敵の数はおおよそ100人程度で、指揮を取っているのは星ちゃんですか。
追撃の時も見かけませんでしたし、籠城戦を見越して初めから別働隊として手配していたようですねー」
偵察に出した兵からの報告。
既に恋ちゃんがこちらの陣営に加わっている以上、
自軍のみでこの戦いに臨まなければならなかった蜀軍。
それでも手持ちの戦力が変われば戦略も変わるのは当たり前の事であり、
少し注意すれば容易に見抜ける事でした。
どうやら風も前の世界での記憶を当てにし過ぎていたようです。
とは言え後悔している場合ではありません。
ただでさえ全軍の士気が下がっている今、一刻も早く侵入した敵を排除して味方の混乱を収めなければ。
万が一にでも封鎖した城門が開けられたらおしまいですからねー。
(もしもの事を考えて真桜ちゃんに残ってもらったのは正解でした)
将が足りないという理由で今回は城に残ったままだった真桜ちゃん。
華琳様と桂花ちゃんには引き続き籠城戦の指揮に専念してもらわなければなりませんので、
こちらは風と真桜ちゃんで何とかするしかありません。
しかし真桜ちゃんには申し訳ありませんが、星ちゃん相手だと分が悪すぎます。
まぁ、武に関して言えば風は最初から戦力外なんですけどね。
「……久しぶりだな、風」
そして、残念ながら事態は風の予想通りになってしまいました。
城門の開閉装置がある部屋で待機していた風の前に現れたのは先程ここを出て行った真桜ちゃんではなく、
いまや蜀の国において一軍を任されている趙 子龍こと星ちゃんでした。
反董卓連合の際に何度か見かけましたが、
こうして顔をつき合わせて言葉を交わすのは本当に久しぶりです。
出来ればもう少し穏やかな場で再会したかったのですが、仕方ありませんね。
「ええ。お久しぶりですねー、星ちゃん」
「趙雲将軍、あまり長くは保ちません。お早く…」
星ちゃんの背後には共に侵入してきたであろう兵士が数人続いています。
ここに来るまでにかなり数を減らしたようですが、それでも城門を開けるには十分。
対してこちらは風と風の護衛を合わせてたったの5人。
鳴りやまない剣戟の音から判断して真桜ちゃん達が全滅したという訳ではなさそうですが、
完全に足止めされているようでこちらに戻って来るのは無理そうです。
どうやらここまでのようですね。
「………無駄な抵抗をしなければ殺しはしない。大人しく我らに下れ、風」
「せっかくの申し出ですが、お断りさせていただきます」
おそらく星ちゃんに出来る最大限の譲歩であろう最期通告をすっぱりと拒否します。
今もなお皆が戦い続けている中、風だけが命惜しさに投降するなど出来ようはずがありません
また仮に捕虜になった場合は確かにこの場を生きて切り抜けられるでしょうし、
劉備さんの性格や風の天女としての名声を考えると処断される可能性も低いです。
ですが向こうに諸葛亮さんや鳳統さんがいる以上、捕虜になってしまえば利用されるのは必然。
例え生き長らえるために必要な選択だとしても、お兄さんの負担になるなんて論外です。
そんな事になるくらいなら、風は迷わず死を選びます。
「………ならば仕方ないな」
風の返答に一瞬だけ悲しそうな表情を見せた星ちゃん。
しかしすぐさま蜀の将軍としての顔に戻ると、淡々とした動作で槍を構えます。
それは武芸に関して素人同然の風が見ても解るくらいに綺麗で緩みのない構えでした。
「程昱様には指一本触れさせない!」
「お前達の好きにさせるか!!!」
風の周りにいた護衛の兵士さん達が星ちゃんへ殺到します。
しかし星ちゃんは立て続けにその4人の首を跳ね飛ばすと、そのまま風との間合いを詰めて槍を突き出します。
数瞬の後、風の身体はこの槍によって貫かれている事でしょう。
(せめて痛みを感じないよう星ちゃんに頼んでおけばよかったですかねー?)
そんな何処か他人事のようなことを考えながら、風は静かに目を閉じます。
そして真っ暗になった先に思い浮かんだのはやっぱりお兄さんでした。
(………お兄さん)
もしも世界がループして再び会う事が出来たその時は………また、よろしくお願いします。
「させるかッ!!!」
「……え?」
何処か遠くの方から聞こえてきた誰か…いえ、聞き間違える筈のないお兄さんの声。
死を前にした事による幻聴か等と考えるよりも早く、風は反射的に目を開けてしまいました。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
そして目の前に現れたのは、肩で息をしながら拳を突き出しているお兄さんの姿だったのです。
「……おにい、さん………え? お、お兄さんッ?!」
そのままお兄さんの姿を茫然と眺めていた風ですが、しばらくしてからハッと我に返ります。
遠征先から戻るには最短でもあと半日はかかるはずなのに、どうしてお兄さんが風の目の前に?
まさか幻覚…と、本物のを風が見間違える筈がありません。
それについさっきまで風の目の前にいた星ちゃんは何処に?
「はぁ……はぁ……はぁ~……間にあって良かったよ、風」
「……あ、いえ、その、ありがとうございました、お兄さん」
心からホッとしたような表情のお兄さんに流され、風はついついお礼を言ってしまいます。
いえ、別にお礼を言うのは当たり前なので問題ありません。
ただ今は他に聞かなければならない事がたくさん……
「……かずと、速い」
「ゴメンね、恋。つい焦っちゃってさ」
……あったのですが、恋ちゃんの出現によって再び言葉を失ってしまいました。
お兄さんだけならともかく恋ちゃんまで? 本当に一体どうなっているんですか?
「…埋まってる」
「ん、ああ、趙雲さん? 割と手加減なしで殴り飛ばしたからね」
お兄さんの口から出た星ちゃんの名前に反応し、風は壁の方に先に視線を送ります。
そこには恋の言葉通り、石の壁に埋まっている星ちゃんがいました。
……改めて言いますが、本当に星ちゃんの身体が石の壁にめり込んでいます。
多分お兄さんが星ちゃんを殴りつけた結果こうなったんでしょうけど、
一体どれだけの力を込めて殴ったんでしょうか?
と言うか星ちゃん、生きてます……よね?
「…さて、それじゃあ早速やりますか」
「……え?」
ふと見ると、お兄さんは何故か城門の開閉装置に手をかけていました。
その動作を目の当たりにした風は咄嗟に声を張り上げます。
「ダメです!! 今城門を解放したら…『ガチャ!』…あっ!」
風の制止も空しく、お兄さんの手によって開閉装置は作動。
閉ざされた城門が大きな音を立てながら開いていくのが解ります。
「お兄さん! 一体どういうつもりでこんな真似を!?」
何のために風がここで星ちゃんと対峙したと思っているんですか!
味方を全滅させると同意の行動を取ったお兄さんを風は本気で怒鳴りつけました。
ですがお兄さんは全く慌てた様子もなく、さも当然のようにこう言い放ったのです。
「決まってるじゃないか。反撃開始ってことだよ…っと」
「えっ、きゃあ!?」
突然の浮遊感。
風はいつの間にか背後に回っていたお兄さんに抱きあげられてしまいました。
………お兄さんの腕の中、凄く落ち着きます。
いえ、そうじゃなくて反撃開始というのはどういう事ですか?
確かにお兄さん一人で敵の全軍を追い返す事も出来るでしょうけど、
それなら城門を解放する必要はないはず。
「とりあえず城壁の上にいる華琳達と合流する。
恋、悪いけど壁に埋まってる趙雲さんを引っ張り出して一緒に連れて来てくれるかい?」
「…わかった」
恋ちゃんはお兄さんに言われた通り壁に埋まっている星ちゃんを引っ張り出すと、
荷物かなにかのように肩に乗せて担ぎます。
それにしても星ちゃん、本当に生きてますよね?
ピクリとも動いてないんですけど。
「心配しなくても趙雲さんはギリギリ生きてるよ。
それより、少しの間大人しくしててくれな?」
「……あっ、はい」
まるで小さな子供をあやすかのような言葉の後、お兄さんは風を担いだまま走り出します。
結局聞きたかった事は何も聞けず、疑問だけが残ってしまいました。
だけど、この心地良さの前ではそんな悩みなんてどうでもよくなってしまうから不思議です。
今はただ、お兄さんの腕の中でこの温かさを感じていたい。
……そんな考えで頭がいっぱいになってしまった所為か、
風は突然やってきた眠気にあっさりと呑みこまれてしまいました。
「……おにい、さん」
「ん、どうした?」
急速に意識が遠のいていく中、風は何とか口を開いて声を出します。
いくらなんでもこのまま寝てしまう訳にはいきません。
だから最後の気力を振り絞って………
「たすけにきてくれて、ほんとうに…ありがとうございました………おにいさん、あいしています」
……いうべきことは、きちんといわないとだめですから、ね。
「ふふっ、どういたしまして。俺も風の事、愛してるよ」
助けられたことで緊張の糸が切れ、溜まっていた疲労が一気に噴き出したんだろう。
腕の中で眠ってしまった風を起こさないよう注意しながら城壁の上にやって来た俺は、
つい先ほどまで籠城戦の指揮を取っていた華琳らとともに戦場を見渡す。
そこでは俺の無茶な命令による強行軍で戻って来た遠征軍の皆が側面から蜀軍を強襲し、
その動きに呼応する形で城から出た兵が正面から突撃を仕掛けていた。
しかし元々の数の差と疲労の度合いから考えると、この仕掛けはあまりにも無謀。
援軍の到着によって攻勢に出た俺達の行動に蜀の連中は一時的に面喰っているものの、
すぐに立ち直って再び押し返されてしまうだろう。
だが、今回のこの状況に限っては何の問題もない。
何故なら蜀軍の後方から更なる援軍……
俺達と同じで予定より早い帰還となった春蘭達が迫っていたからだ。
「おっ。蜀の連中、撤退を始めたみたいだな」
そうこうしている間に蜀の軍勢は撤退を開始。
本格的に春蘭達が合流すれば数の差もなくなるし、その状況で完全包囲されれば完全に詰みだ。
これが劉備だけなら星の安否が気になりそのまま撤退のタイミングを逃しそうだけど、さすが諸葛亮。
この辺りの判断は的確で早いな。
星の事も多分捕縛されたか討ち取られたものとして割り切ったに違いない。
「それにしても、春蘭達がこんなに早く戻って来るなんて思わなかったよ」
「本当なら春蘭達が到着するのは今日の日暮れ頃になるはずだったから、私も驚いたわ。
まぁ、それ以上に一刀達が今ここにいる事の方が驚きなのだけどね。
確か翌日の朝にしか戻って来れないはずじゃなかったかしら?」
「いやぁ~、はははっ」
華琳の台詞に思わず苦笑い。
本当なら戦闘後の休養と事後処理の関係上、遠征先でもう一日ほど滞在する予定だった。
その予定を俺が職権乱用して無理矢理変更したのである。
理由は言わなくても解るよな?
「しかしまぁ、あれだな」
視線を下げ、俺の腕の中で幸せそうに眠る風を見る。
あんな悪夢に感謝なんて絶対したくないけど、風を死なせずに済んで良かったよ。
……うん、本当に良かった。
「ところで、一刀?」
「ん? なんだ、華琳」
「いつまで風を抱いたままでいるつもりなのかしら?」
「…え? いや、ほら、こんなに気持ち良さそうに寝てるのを起こすってのは可哀想だろ?
それにいつの間にか服の袖を掴まれててさ、放してくれそうにないから」
「……風が自分から目を覚ますまではそのまま、と言いたいの?」
「………う、うん」
「………へぇ、そうなの」
「………………」
「………………」
………え? もしかしてここで終わり? オチないの?
ちょ、こんな不吉なフラグ残したまま終わらないでくれ!!!
あとがき
どうも、実に4ヶ月ぶりとなるささっとです。
まずは何の報告もなしに長期間休止してしまい、本当に申し訳ありませんでした。
簡潔に述べさせていただきますと、
長期休止の理由は予定外にリアルが忙しくなった事とスランプが重なった事です。
おかげで二次創作どころかアニメやゲームといったジャンルへの意欲・興味自体が希薄になり、
TINAMIを含めた様々なサイトの閲覧もパッ見だけでほとんどしなくなっていました。
最近はそれなりに時間が取れるようになり趣味に使える時間が増えてきたのですが、
まだ微妙にスランプが続いていて思うようにキーボードが打てません。
それでもこんな私を見捨てずに応援メッセージをくださった皆様の存在を糧にして、
どうにかこうにか今回の話を投稿する事が出来ました。
これからしばらくの間はこんな調子で更新が遅れてしまうかもしれませんが、
今後ともよろしくお願い致します。
今回の話に関するあとがきですが、とりあえず王道的な展開で一刀君に風を救っていただきました。
前回の終わりと今回の冒頭が微妙に繋がってないような気もしますが、そこはスルーしてください。
本当は風を救出した後で蜀軍相手に怒りの一刀君無双をさせようかとも思ったんですが、
怒りよりも風を無事助けられた事による喜びと安心が勝ったという事でこうなりました。
もし風が掠り傷の一つでも負っていたら間違いなくブチ切れていたでしょうけどね。
そういう意味で今回の星ちゃんは色々とお疲れ様でした。
次回は美味しい役回りをあげる(予定だ)から許してね!
ちなみに一刀と恋が城門の閉ざされた城に入った方法ですが、
真桜の作った防御兵器に乗っかって城壁の上から入りました。
前話へのコメント、および支援ありがとうございました。
友達登録もお気軽にどうぞ。
P.S.俺の二次元に対する想いが再び爆発すれば、スランプなど……畜生っ!
Tweet |
|
|
197
|
20
|
追加するフォルダを選択
風の死という最悪の悪夢から目を覚ました一刀。
ただの夢だと割り切ってしまうにはあまりにも現実的過ぎたそれは、
目覚めてなお一刀の記憶に深く刻み込まれていた。
果たしてこの悪夢の意味する所は何なのか、そして一刀の選択は……