~豪臣の部屋~
「ただいま」
「お帰りなさい」
豪臣が帰ると、朔夜はお座りの状態で待っていた。
「どうしたんだ?何か言いたいことでもあんの?」
豪臣は、首を傾げてベッドに腰を下ろす。
「仙氣らしき氣を感じました」
「っ!」
豪臣は、勢い良く振り向いた。
「いつだ?」
「1時間ほど前です。二度感じました。おそらく同じ術者です」
豪臣は、淡々と答える朔夜の言葉の中から、気になる点を見つけた。
「仙氣を感じたんだろ?何で仙人じゃなくて術者なんだ?」
「豪臣や陳の仙氣とは、似て非なる物でしたから」
「・・・貂蝉のときも、仙氣に近い、って言ってたな?なら、貂蝉じゃないのか?」
豪臣の問いに、朔夜は首を振る。
「違います。貂蝉は変態ですが、氣に関しては澄んでいました。しかし、今回感じた氣は、濁りを感じましたから」
「澄んでいる、ねぇ・・・おぇ!」
(想像したら、気持ち悪くなってきた)
豪臣には、貂蝉が清らかな者である、とは言えなかった。
「うっぷ・・・ふぅ。で、1時間前だったっけ?その時間なら、丁度、李儒の様子を窺ってたか離れてすぐか、って時間だな」
「とりあえず、この天水に、善からぬ者が存在することを頭に入れて置いて下さい」
朔夜は、そう言って丸くなった。
(善からぬ、ね。それは、その術者なのか李儒なのか。はたまた両方か。キナ臭いことだな。ま、考えても仕方ない。そう言った頭を駆使することは、筆頭軍師様が何とかするだろ)
豪臣はそう考えて、床に就いた。
~賈駆政務室~
次の日の朝。
「ハァ?筆頭の地位が欲しい?」
豪臣は、李儒たちの話を聞いたまま詠に話した。
「何?ホントに、そんなこと言っていたわけ?」
「ああ。昨日の晩に聞いたばかりの話さ。鮮度バッチリの情報」
「あんた、莫迦じゃないの!?そんなことのためだけに、こんなことやる訳無いじゃない!」
詠は、怒鳴りつけてくる。
「まあ、俺もそう思うけどな。ただし、話し半分で頭に入れとけよ」
「は?何言ってんのよ?」
詠は、不審げに見てくる。
「だ~か~ら。あいつらは、嘘か真か確かにそう言ったんだ。俺に気づいて無いなら、言ってたことが奴らの真意。気づいていたなら、しばらくは、そう見えるように振舞うはずだろ?」
「・・・だから半分、ね」
豪臣の説明に、詠は肩を落とす。
「すぐには、ことを起こさない。そう見ておくわ」
「そうしろ。ついでに、その期間で出来るだけ味方を作っとけよ」
(俺の知る歴史通りに進むと仮定するなら、李儒の野郎は董卓悪政の立役者?・・・いや、黒幕になりかねない)
「そんなこと、あんたに言われなくても分かってるわよ!」
詠は、そっぽを向く。
「・・・でも、時間があるかもしれない、って分かっただけでも助かったわ」
そう言って、詠は、チラッ、と豪臣を見る。
「で、その・・・ありが、とう」
「ん。どういたしまして」
(素直じゃないねぇ)
赤面する詠に、豪臣は苦笑して答えた。
<月>
~鍛錬場~
豪臣が天水に着いて、2週間が経った朝。
豪臣はこの2週間。月に、乗馬を習っていた。
理由はもちろん、豪臣があまりにも下手過ぎるためだった。詠によって、後ろ暗い政務には、あまり参加させてもらえていなかった月。そのため、時間のある月が、ほぼ付きっ切りで指導をしていた。
豪臣は、その甲斐あってか人並み程度には乗れるようになっていた。
そして、朝の乗馬を終え、日課になっている練習後の話をしている。
「もう、一人で乗っても大丈夫ですよ」
月が、そう切り出してきた。
「そっか。いや~、ありがとう月。ホント助かったよ。初め、詠に言われたときには、どうしようかと思ったからな」
豪臣は頭を掻きながら礼を言う。
豪臣が言っているのは、豪臣が天水に来て2日目の昼の話だ。
【回想・始】
豪臣は月に誘われて、月、詠の二人と昼食を取っていた。
「そう言えばあんた。馬を持って無いけど、あの朔夜って虎に乗って旅をしてるわけ?」
その昼食の途中、詠がそんなことを訊いてきた。
「いや。朔夜にはあまり乗らないな。単に、旅の連れ、って感じだよ」
「じゃあ、全部歩いて旅をしているんですか?」
と、今度は月が訊いてくる。
「ああ。元々、歩くことは好きだからな。あんまり苦にならないんだ。
それに、乗馬が苦手でさ。洛陽から馬に乗って見たんだけど、落馬しまくって朔夜が怒って食べちゃった」
笑って答える豪臣。流石に、潰したから、とは言えない。
「馬にも乗れないなんて・・・情けないわね、あんた」
「いや、まぁ、そうなんだけどさ。苦手なものはしょうがないだろ?それに今まで、乗馬の経験なんて無かったんだから」
豪臣が、情けなさそうに言う。
すると、詠が少し考えた後で口を開く。
「ねぇ、月。月が、こいつに乗馬を教えてあげたら?」
【回想・終】
もちろん、このときの詠の意図を、豪臣は理解していた。
自分が政務をしているとき。李儒派の人間にちょっかいを出させないために豪臣の傍に置く、と言うものだ。
そのことについて、豪臣に文句は無く、少しは信用してくれたのかな、くらいに思っていた。
そして、この2週間。月に何かしら、行動を起こす者は居なかった。
これは、詠の読み通りなのか、元々李儒にその意図が無かったのかは分からない。が、二人は、穏やかな2週間を過ごしていた。
「それにしても、悪かったな、月。2週間も付き合わせてしまって」
豪臣は、そう言って軽く頭を下げる。
すると、月は
「いえ、良いんです。私は、太守として役に立てていませんから」
悲しそうに、そう答えた。
「役に立てて無いって・・・何で、そう思うんだ?」
「だって、詠ちゃんに任せっきりですから。私が必要なのは、落款をするときくらいです」
月は肩を落とし、だんだん、顔も俯いてくる。
「ホントに、そうなのか?月は、政務に関わって無いと、ホントに思っているのか?」
「私が関わることもあります。でも、必ず詠ちゃんが一緒です。詠ちゃんに負担ばかり掛けて、自分はただ落款しているばかり。このままじゃ、いつか倒れてしまうかもしれません」
月は、完全に俯いてしまった。
(そう言うことか)
豪臣は納得して、月の前に膝立ちになり手を取った。
「ふぇ?」
豪臣の行動に、月が首を傾げる。
豪臣は、そんな月に目線を合わせて言う。
「月。君はとても凄いな、ホントに」
「いえ、違うんです!私は、自分の役目を・・・」
そこまで言ったとき、豪臣は首を振る。
「俺が言っているのは、董太守の話じゃない。月の話だ」
「月、ですか?」
「ああ。確かに、君は太守として未熟かもしれない。気構えも手腕も、まだまだかもしれない。けどね」
豪臣は、優しげな眼で、その不安そうな眼を見据える。
「そんな君を、助けたいと動いてくれる者が居る。損得勘定無しで、だよ。これは、とても凄いことなんだよ?」
「凄いこと、何でしょうか?」
月は、縋るように訊いてくる。
「もちろんだ。これは、月という存在の魅力がなしていることなんだからな。誇れることだ」
「誇れること」
豪臣の言葉を、反芻する月。
「で、せっかく、支えてくれる人が居るんだけど。そんな人が居るのに、甘えてばかりで自分は役に立たない。何も出来ない。君は、そう言って同じ場所を回ってばかりで良いのか?」
その言葉に、月の眼に力が漲ってくる。
「そう、ですよね。努力を怠っていても、何も始まりませんよね」
「ああ、そうさ。君は、これから何だからな」
「はい!」
豪臣の言葉に、月は笑顔で頷く。
「ハハ!やっぱり、笑顔の方が可愛いぞ」
豪臣は、そんな月の頭を撫でた。
すると
「へ、へぅ~///」
先の力強さは何処へやら、赤面して縮こまってしまう。
それも見た豪臣は
(ああ・・・なんだろう。あのときの感覚が・・・)
月と出会ったときに感じたものを、思い抱いていた。
そして
ナデナデナデナデナデナデナデナデナデナデナデナ・・・・・・・・・・・・・・・・
撫で続けた。
そして、撫で続けられる月は
「へ、へぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~・・・・・・・・・・・・・・・・・」
と、恥ずかしそうに、鳴き続けるのだった。
ちなみに、これは詠が昼食を誘いに来るまで続く。そしてその後は、詠の『豪臣タコ殴りショー』が行われた。
<詠>
~賈駆政務室~
月が決意して数日後のこと。
「ふ~ん。そんなことがあったんだ」
詠は、納得したように頷いた。
詠は、ここ数日、精力的に政務に参加する月を見て疑問に思い、そのことを豪臣に訊いていたのだった。
「ボクは、月を負担だなんて思ってないのに」
詠は、悲しそうにそう呟いた。
「でも、悪い気はしないだろ?」
「誰も嫌だなんて言ってないでしょ!」
「はいはい」
豪臣は、苦笑する。
「まぁ、政務に参加するのは、別に良いのよ。ただ・・・」
「ただ、心が耐えられるかが心配か?」
詠は、溜息を吐く。
「あんたが分かってるかは、知らないけど。政治は、民のためになる綺麗事ばかりじゃないし。それに、いきなりあんな量の政務をこなしたら、体が持たないわよ」
つまり、汚い政治の世界に深く首を突っ込んで、月の心が侵されないかが心配。倒れるかもしれなくて心配、ということだ。
だが、豪臣は心配していなかった。
「はぁ。詠、ちょっと来い」
豪臣は溜息を吐き、詠の手を取る。
「ちょっ!何すんのよ!?」
豪臣は、詠の抗議に耳を貸さずに引っ張って行った。
~鍛錬場~
詠が連れてこられたのは、豪臣が乗馬の訓練に使っている鍛錬場だった。
豪臣は、あらかじめ練習のために借りて置いた馬の下へ向かった。
「何を始めるつもりよ?」
「まあ、見てなって。よっ!」
豪臣はそう言って、馬に乗る。
そして、馬の腹を蹴って走らせてみた。
詠は
(へ~。凄く上達してるじゃない)
と、素直に驚いた。
詠が豪臣の乗馬を見たのは、これで二回目。一回目は、この鍛錬場を初めて使ったとき。落馬しまくる豪臣を見て、溜息を吐いていた。
そのときの豪臣に比べたら、今は雲泥の差だ。
そう考えていると、豪臣が下馬して戻って来る。
「どうだった?」
「前に比べたら、マシになったんじゃない?で、こんなことを見せたかったわけ?」
素直に褒めない詠が訊く。
「ああ」
「はぁ。あんたね。ボクはこれでも忙しいんだから、こんなこと一々見せないでよ!」
素直に答えた豪臣に、詠は溜息を吐き怒る。
しかし、豪臣は苦笑いで頭を掻き
「何だ、分からなかったのか?」
そう訊いてきた。
詠は分からず、首を傾げる。
「つまり、2週間前の俺が、今の月だ。で、俺に乗馬を教えた月が、お前だ」
そこまで言われて、詠は気づいた。
「つまり、ボクが教えろ、と?」
「ん~。ま、教えるのは当たり前だけど、上手くコントロールして欲しい、てことだな」
「こんとろーる?」
詠には、聞き覚えの無い言葉だった。
「ああ、すまない。つまり、上手く制御しろ、って話だ。今の月は、やる気は十分だ。そんな状態で、多くのことを教えたら全部やろうとしてしまうかもしれない。だから・・・」
「制御?」
「そ。月には月のペース、じゃないや・・・そう!歩幅、って言えば分かるかな?それを、守らせないとな」
「そうよね、何、悲観的になってんだろ。ボクが、ちゃんとしなきゃいけないわよね」
詠は、拳を握る。しかし、豪臣は、その拳の上から手を乗せる。
「そう気張るな」
「え?」
激励だと思っていたのに、そう声を掛けられて、詠は戸惑った。
「ボクが言ってること、何か違う?」
詠に、不安そうに訊かれた豪臣は首を振る
「そうじゃない。俺が言いたいのは、一人で気張るな、ってことだ」
「一人で?」
「ああ。せっかく月と二人で支え合って行けるのに、また一人で背負いこむ気か?親友なんだろ?」
「あっ・・・」
詠は気づいた。今、自分がやろうとしたことは、前と何も変わっていない、と。
「そう、ね。二人で、頑張って行くのよね」
「月も、そう望んでるさ」
落ち込む詠の肩に手を置き、豪臣は言う。
「制御、とは言ったが、それは覚えるまでだ。今、俺が一人で乗馬していた様に、月だって一人で出来る様になる。そのとき・・・」
「二人で支え合って、ね?」
「ああ、親友だろ?」
「そうよ。親友なんだから」
豪臣の言葉に、詠は、頑張っていこうと思った。
こんな自分のために頑張ってくれる月のために。こんな自分に大切なことを教えてくれた豪臣のために。
「頑張ってる月のために、頼りにしてるぞ、筆頭軍師!」
「任せなさい!ボクは、筆頭軍師なんだから!」
二人は、ガッチリと握手を交わすのだった。
<朔夜>
~豪臣の部屋~
天水に来て2週間が過ぎた。
豪臣の部屋から、あまり出られない朔夜。
部屋から出れば、文官たちからは逃げられる。武官からは武器を突きつけられる。侍女には気絶される。
だから朔夜は、今日も部屋に籠る。
そして
「最近、あたしの出番が無いですね。仕方ないですけど」
そう呟く。
そして、昼寝をするのだった。
あとがき
どうも、虎子てす。
作品の話しです・・・
月の話を書いてたら、拠点っぽくなったので、詠の話もそんな感じに追加してみました。
ラブ要素は無いですけど。
さて、この董卓編も次回で終了です。それが終われば、2、3話洛陽編で、義勇軍編に入っていく予定です。飽く迄も、予定ですので悪しからず。
さて、だいぶ休んでいたQ&Aです。15~20話までにあった質問です。
Q.鈴花ってどんなタイプ?
A.そうですね、言ってみれば桂花とは逆ですね。もうすぐ、出番が多々ありますのでお楽しみに。
Q.青竜の“竜”って、“龍”じゃないの?
A.基本的に、東洋では竜。西洋のドラゴンを龍とする、って聞いたことがありましたので。あと、辞書などで引くと“青竜”で出てきますよ。
Q.お礼がお礼になってないよね?
A.ま、時代ですかね。風評が何より大事な時代ですから。
Q.朔夜の人化は、まだなの!?
A.洛陽編をお楽しみに
と、こんな感じです。
次回投稿は、早ければ8日。遅くとも9日終了までにと予定しています。
作品への要望・指摘・質問と共に、誤字脱字等ありましたら、どんどんコメント下さい。
最後に、ご支援、コメントを下さった皆様。お気に入りにご登録して下さった皆様。
本当にありがとうございました。
ではでは、虎子でした。
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あとがきに、Q&Aがあります。
拙い文章ですが、よろしくお願いします。