No.122717

バカップル選手権

まめごさん

大型書店内の離れ小島、文具売り場で働くアルバイトの遠野さん。

この話はフィクションです。実在の会社、人物、他諸々とは一切関係ありません。ないんだってば。

あと、一部下品な表現がありますがお許しください。

2010-02-06 13:38:29 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:799   閲覧ユーザー数:784

「はぁ眠い。仕事辞めたい午後三時」

今日も今日とて、暇な文房具売り場。

「年末年始が嘘のようですねぇ」

隣で大橋嬢も深く頷く。

 

年末年始。

販売業においては一番の掻き入れ時の時期。

大勢の人が街に繰り出し、離れ小島であるはずのここにも大量に押し寄せてきた。

「カウンターお願いしまーす!!」

「手帳のお問い合わせお願いしまーす!!」

「お次お待ちのお客様どうぞーっ!!」

売り場はさながらバトルフィールド。

「上野!電話出る前に前に出ろ!」

「手帳カタログ誰かどこかに持って行きました!?」

「次長課長はどこ行った!?」

「カウンターお願いします!」

「遠野さん!このカードの在庫どこですか!?てか50枚ってあります!?」

「次長は行方不明です!」

「レジが動くな!案内なら俺が行く!!」

「課長はB2(トイレ)行ったまま帰ってきません!」

「あんの俳諧老人どもがああああ!!」

 

一月も末になり、ようやく売り場も落ち着いた頃、本日は楽しい新年会である。

といっても内輪だけの集まりだ。

「二月入ってから新年会ってどんなけ遅れてんだよ。しかもいつもの居酒屋だし」

「いーじゃん別に。安くて美味くて早いんだもの」

のっそり横にやってきたのは村田君。遠野さんの二カ月先輩である。

まだ入りたての頃、色々教えてくれた恩人でもある。

この人がいなかったら、三日でやめていたかもしれない、と遠野さんは思っている。おかげで今では上司に「いやプー」と口答えするほど立派に育ってしまった。

「さーて、今日は飲むぞー。それまで体力温存だ!というわけでストック行ってきまーす」

踊るような足取りでカウンターを出る遠野さんを見て、村田君はため息をついた。

「いいか、あいつに日本酒を呑ませるなよ。えらいことになるからな」

はあ、と大橋嬢は首をかしげる。

「そういえば、遠野さんっていつもビールと焼酎ですよね。日本酒のんだらどうなるんですかぁ?」

「一回目は俺の膝の上に乗ってきた。二回目は上野をグーで殴った」

「…酒乱ですね」

「酒乱だよ」

これから起こる悲劇を、村田君はまだ知らない。

「お疲れさまでしたあぁぁぁー!!」

勢い余ってガーンとぶつかるジョッキが10個。

居酒屋「満天」でかなり遅い新年会がスタートした。

全員、そこそこいける口である。競り合うようにビールを流し込んでいるうちに、あっという間に酔っぱらいの集団が出来上がった。

どこをどう経過したのか、彼氏彼女の話になった。まではよかった。

「はーい、議長!僕はここにバカップル選手権を開催したいと思います!一位は支払いナシってゆうのはどうでしょうか!?」

お調子者の上野が手を挙げると、間髪いれず大橋嬢も手を挙げた。

「はいはいはいはい!一番手、大橋行きますぅ!」

付き合ってまだ一カ月経っていない彼と彼女は、たまに駅構内で追いかけっこを繰り広げるらしい。しかも「どろぼー!」と叫びながら。

「迷惑だ!なんてはた迷惑な人種なんだ!!」

「えー。結構楽しいですよぅ。みんなびっくりしてこっちを見るんですぅ」

そりゃ見るだろうよ!よい子のみんなはまねしちゃ駄目だよ?

 

「二番手、行きます」

隅っこに陣取っていた遠野さんがグラスを挙げた。すでに焼酎ロックへと移行しているらしい。

彼氏と同棲している遠野さん、一緒にお風呂に入っている時だった。

身体を洗っている彼氏の腹の肉をつまんでみると、

「お、おやめくださいませ、遠野殿」

と恥じらうではないですか。

「よいではないかー。よいではないかー」

そのうち二人で

「殿中でござるー。殿中でござるー」

と仲良く叫んでいたそうな。

「馬鹿だねー。呆れるくらい、馬鹿だねー」

「バカップル度は大橋嬢の方が上だな」

「ちっ」

「わたしは和泉(いずみ)君を立候補します」

落ち着いた声で、社員の北さんが挙手をする。

「僕ですか?何かありましたっけ?」

和泉君は男前である。

いつも落ち着いて貴公子然としているその姿は、韓流ブームの火付け役になった、かの俳優に似ており「離れ小島のペ」と呼ばれている。本人は不服であるらしいが。

「雨の話」

「雨…?ああ、あれですね」

小さな劇団に所属している和泉君、ある雨の日のことだった。

「雨だね」

「雨ね」

隣の同劇団員の彼女も微笑んで答えた。

そのまま、降りしきる雨の中、傘を片手に二人でクルクル踊っていたらしい。

「…バカップル!バカップルがここにいるよ!?」

「バカップルとは心外な。いかに内面を表現するのが役者の…」

「和泉君の劇、見に行きましたけど、インにこもっていて意味が分りませんでした。なんか、独りよがりでオナニーって感じ」

ああ、北さん、酔っ払ってますね?

「芸術なんてものは、所詮、オナニーなんですよ」

「違いますー。演劇に関してはいかにエンターテイメントまで昇降させるかなんですー」

「そこ、そこ!高尚かつ下品な話をしない!」

 

「村田君は?彼女いるんでしょう?何もないの?」

「俺は…」

「あーるーよーねー」

沼の底から這い上がる魔女のような声が聞こえて、村田君は寒気がした。

遠野さんだった。その片手に握られているものは…。

「誰だ、奴にポン酒を与えたのはっ!?」

「自分で注文してましたよ」

「村田君ねーえ。音大で声楽やっている彼女が、ロミオとジュリエットやっていて、ジュリエットにシンクロしすぎちゃって、振られたんだよねー」

ああああ。

空気が凍った。

「あっちゃんはロミオぢゃない!!」

それが彼女の最後の言葉だった。

ロミオじゃないよ、俺。どうしろっての!?

白タイツにかぼちゃパンツをはいたらいいの!?

あまりのショックに、遠野に愚痴った俺が馬鹿だったよ。ああ、馬鹿だったさ。

素面の遠野は半年間、沈黙を守っていたが、酒の力で解禁されてしまったらしい。

 

「…まあ、飲みましょう!」

「そうですよぅ。ジュリエットなんてこの世に星の数ほどいるんですから!」

「いるのか!?いるものなのか!?」

その後、村田君はやけ酒しつつ、遠野さんにデコピン三連発で報復したそうだ。

優勝者に決定したものの、全然、嬉しくなかった。

 

翌日。

遠野さんは、鏡に映った自分のデコを見て、久々にやってもうたと後悔した。

 


 
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