プロローグ『リアル』
世界は、なんて堕落しているのだろう?
この世界に、価値はない。それは誰もが理解している常識である。口に出して意見を共感するのもおこがましい、産まれたばかりの赤ん坊が初めて知る常識である。
腐敗し、寄生し、堕落している。
皆、それに気付かないわけではない。
それを受け入れ、幸せを目指しているのだ。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・あ、あは、あははははははははははは!
我ながら、面白い発想だ。
こんな静止した世界で、何ができる?どんな幸せがある?所詮、人は苦しみながら生き、喚きながら土に還る。
それがこの堕落した世界の必然である。
それでも、死という要素に魅力を感じるというわけではない。
死。
それは、言ってみれば未知の世界。ならば、そこに幸せになる可能性も秘めているとも言えなくはない。
・・・・・・だが、よく考えればすぐに分かる。
全ての生物はこんな世界で生にしがみつく。とても愚かで、滑稽。
しかし、それが最も無難であると言い切れなくもない。
そうなのだ。
もし自害をしたとしよう。それは「無」かもしれいし、もしかすれば死語の世界とやらが存在するかもしれない。
どの世界が待ち受けているかは死んでみなければ判らないが、もしもこの堕落した世界よりも下らない世界ならば、それは地獄と呼ぶにはあまりにも相応しく、あまりにも悲しい。
生きているモノが自ら死の世界に足を踏み入れることはできるが、死者の世界から生の世界にはどんな生き物でも介入できない。
ならば、そんな大きな博打なんてやらず、快楽に身を委ねようではないか。
―――快楽など、存在しないが。
私の名は、亜麻(あま)。この世界に失望している普通の22歳の会社員。性別はそのままの女で、外見は・・・・・・どうでもいい。所詮、60億を超える遺伝子の組み合わせで造られた不完全な作品。ならばそんなものに自負をすることに意味は持たない。
趣味は去年までは海外旅行。理由は簡単。世界中の何処かに堕落していない世界がないか、それを自らの足で探し回ったのだ。
もちろん、そんなものはない。元々もしかしたらといったレベルで始めた暇つぶしの旅行だ。世界遺産も、観光名所も、各地に住む住人さえも。全ては作り物に過ぎなかった。
そう。そんなこと、初めから判っていた。ただの確認に過ぎない。
私は勤務終了と共に帰宅し、電車に揺られながら家に帰る。
何も無い、透明な毎日。
ここで勘違いしないでほしいのは、別に刺激を求めているわけではない。
ただ、つまらない。
それだけである。
そう。つまらない。
今の私、私の思考がつまらないのではない。
世界がつまらないのだ。
その思考に辿り着くまでにはいくつか理由があったが、それは全て内面的な要素だった。
虐待を受けたとか、何か大きなトラウマを抱えたとかそういうわけではない。
私は純粋に「おもしろい」という感情が欠落しているのだ。
精神病の一種である『うつ』の類かもしれないが、そんなことにも興味がない。
そうやって自分自身を見つめると、自分がひどく欠落した人間かがいかにわかる。
玄関に上がると同時にスーツを脱ぎ、1M単位で衣服を脱ぎ捨てながら歩く。すぐに下着姿になると、亜麻は冷蔵庫からビールを取り出し、そのまま自室に流れて行く。ベットにゆっくりと腰を下ろすと、テレビは点けずにただビールの蓋を開ける。
「・・・・・・。」
亜麻は両手でビールを傾けながらコクコクと中身を飲み干し、次のビールに手を伸ばす。
すると、すぐに酔いが回り、心地よい感覚に見舞われる。偽者だと分かっていても、亜麻が生きてきた経験で唯一落ち着ける行為なのだ。
そこでふと、視線が枕に落ちた。
今日の朝に見た夢が気になったのだ。
近くの大手デパート。そこの飲食店の一角。そこで、亜麻は異常な女性の向かいに腰掛ける。
異常というよりは異端という言葉の方が近いだろうか?
とにかく、その女性は何もかもが異なるのだ。青い白人のような瞳に、凛とした姿勢。黄金で繊細な美しい髪に、高級そうな唇。
しかし、そんなものはどうでもいい。日本人ではないにしろ、所詮同じ種類の動物。当然、彼女が異端という理由はこれではない。
彼女自身が持つ、独特な雰囲気。
威圧感。存在感。オーラ。
どれもこれもが、常人を激しく下回っている。
こう・・・・・・言葉で並べると少し難しい印象だが、一言で表せばこうなる。
『興味がない』
誰も圧倒できない、消える寸前のロウソクみたいな威圧。
そこに存在していないようで存在している稀薄な存在感。
まるで空気と一体化でもしている印象を受けるオーラ。
期待もしていなければ、絶望もしていない。それでいてただ日常を作業と受け止めているあの青い瞳。
外見的な姿形は異なるものの、何もかもが一致している。
そう。
それは、私と同じ種族だったのだ。
少し話が脱線したので夢の話に戻ろう。
私と彼女はデパートの屋上へと移動する。この時、私は客観的視点で見て興奮しているように見えるが、その会話の内容までは思い出せなかった。
そして、私は何の躊躇いもなく、彼女をビルの屋上から落とした。
それも、幸せそうに笑いながら。
加害者がこんな白昼に堂々と人を殺めたのだ。次に取る行動はそう多くない。
これがただの殺人現場の主犯ならば、罪の重大さを認めるだろう。その途中、発狂してしまう人もいるかもしれないが。当然、可能性の一つとしては逃亡もしないとは言い切れない。
その加害者である私が取る最悪の行動。
私は、それを自ら選択をしたのだ。
自らの身体をも、地面に向け放ったのだ。
「ぅふ・・・・・・。」
夢とはいえ、あまりに突発的だったので自嘲してしまう。
ゆっくりと上体を下げ、枕に頭を収める。白い天井が見えた。
「このまま、ずっと気持ちよく眠れたらなぁ・・・・・・。」
当然だが、それは『死』を意味する。もちろん。亜麻はそれを望んでいない。
生死共に地獄が待っている。
それを知っているのだ。
「ぁ・・・・・・。」
冷蔵庫には、食料もアルコールも切れていた。
つい、と視線を反らし、カレンダーを確認する。
10月6日。給料が振り込まれたばかりだ。
亜麻はアルコールを補給するため、家を出て近くのコンビニに向かった。
しばらく歩いて見える、全国チェーンのコンビニ。そこに入ろうとしたときであった。
「きゃあああああああ!」
女性の甲高い悲鳴。自然とそこに目を移すと、一人の女性が大量の血を流しながらうずくまっていた。
「と、通り魔だわ!」
「救急車、救急車を呼べ!」
全国規模で見れば頻繁にある事件だが、身近でこういうことが起きるのは初めてだ。
だが、それに亜麻は動じなかった。
苦しそうに地面を転がる男性を冷ややかに見下すと、ほんの束の間だけ目を瞑り、それからコンビニに入ろうとした。
「幸せだね。」
この場からは想定もできないその言葉に、亜麻はゆっくりと振り返る。
そこには中高生ぐらいの少年が、私服の姿で存在していた。
「どちらにせよ、もう連鎖は止まらない。」
少年は、助けを求める男を感情の無い表情で眺めながら言い放った。
「・・・・・・。」
『連鎖は止まらない』
その言葉に、不思議と惹かれた。まるで、今までずっとこの言葉を聞かされていた様な、不思議であやふやな感覚であった。しかも懐かしさまで感じる。だが、それら全ての要素は―――嫌悪感だった。
「君。」
生まれてからずっと人との接触を絶っていた亜麻が他人に興味を持つのは、これが初めてであった。
「ショウだよ。」
ショウと名乗る少年は、まるで亜麻が話しかけるのを前提とした態度であった。
「そう。・・・・・・それじゃ。」
コンビニには寄らず、亜麻はすぐに踵返すと、少年の名前だけ聞いてその場をゆっくりと離れていった。
ウーーウーー。
『救急車が通ります!道を空けてください!』
ウーーーウーーー!
騒がしい町。
それはそう。無差別に人を切りつける人間が出没したのだ。
なら、あの少年。ショウはどうなのだろう?
「・・・・・・ぃゃ。」
思わず口から漏らしてしまった嫌悪の言葉。だが、この時亜麻はまだ気づいていないのだ。
好きの反対は、嫌いではない。
無関心なのである。
それは嫌悪という感情だが、初めてショウという子供に向けられた感情であった。
・・・・・・ショウという謎の少年に。
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オリジナル小説です。
ちょっと神話系が書きたくて昔書いてみました。
次へ→第一章『世界の仕組み』:http://www.tinami.com/view/132391