第二章~擦れ違う運命~
「北郷一刀が再びあの外史に降り立った・・・?」
「どういう事だ。あの外史の北郷一刀は別次元の外史へと飛ばされたはずだろう?」
「・・・・・・」
「成程。しかし、あなたがここにいらっしゃったのは、それだけを言うためだけでないの
でしょう?」
「・・・・・・」
「ふむ・・・」
「貴様の尻拭いに協力しろ、という事か?あまり笑えんな」
「左慈・・・、言葉が過ぎますよ」
「・・・・・・」
「しかし、そうなりますと我々は完全に後手に回る形になってしまいましたね。
このままではこの外史もあれによって喰らい尽くされてしまいます」
「・・・・・・」
「分かりました、では我々もあの外史に降りましょう」
「・・・・・・」
「ああ、彼ですか?彼はとうに降りて行きました。あそこには彼の探し物があるようですから」
「・・・・・・」
「大丈夫でしょう、術はちゃんと機能していますし、念のために『玉』を埋め込みました」
「しかし、奴の変貌ぶりはなかなかのものだったな。同一人物とは思えない」
「それだけ、彼の怒り・悲しみが深いのでしょう」
「・・・・・・」
「・・・失礼しました、今はそんな事よりも北郷一刀を探し出す事が重要でしたね」
「・・・・・・・・・くくっ」
「どうかしましたか、左慈?」
「いいや、何でもない。では行くぞ、あの外史に」
「・・・う、ううん・・・」
まどろみの中・・・、少しずつ意識が戻ってくるのが、感覚的に分かる。
今何時だろう?
今日の授業はなんだったけ?
朝飯はどうしよう?
そんな普段通りの起きた後の予定などを計画する。
そして大まかにまとまったので、重い瞼を開く・・・。
「・・・ここ、どこ?」
少なくとも俺の部屋じゃない。周囲を見渡すと、ここは開けた森の中。
アスファルトではない土の地面がよく舗装された1本道の真ん中に俺一人がぽつんと立っていた。
「どうなっているんだ?俺・・・知らないぞ」
自分の置かれた状況を整理するため、直前の記憶を手繰り寄せる。
資料館の手伝いを終えて、寮に帰る途中・・・フードを被った奴に絡まれて・・・光に浴飲み込まれて・・・。
「そうだ!くそ、あいつ・・・」
改めて周囲を見渡すが、やっぱりあいつはいなかった。
いきり立っていても仕方がないので、深呼吸して落ち着く。
「はぁー・・・。そう言えば、この感じ・・・」
少し落ち着くと、気づいた事がある。
ここに来たことは一度もない。だけど、どこか懐かしいような・・・まるで故郷に久しぶりに帰って来たような感覚だ。
「もしかして・・・」
俺はポケットにしまってある携帯を取り出す。
「やっぱり圏外か・・・」
画面には「圏外」の二文字が映っている。
もしかしたらという可能性が確信に変わった瞬間だった。
「ここは・・・あの世界。華琳達がいる三国志を舞台にした世界・・・!」
不安は喜びに変わった。やっと戻って来れたんだ。
もう一度会いたい、何度も願い・・・望んでも決して叶わなかった。でも、ようやく叶った。
「・・・って、こんな事してる場合じゃないな」
浮かれていた気分から戻ってきた俺は携帯を仕舞ってこれからどうするか考えよう。
あの世界だとしてもどこか分からない以上、どこに向かっていけばいいのか分からない。
とりあえずこの一本道を前に進むか、それとも後ろに進むか。
「まぁ・・・、今の俺がどっちに進もうがあまり違いは無いか」
近くに落ちている木の枝にでも行き先を決めてもらおう、と近くに落ちていないか探していると・・・。
「おう、兄ちゃん。珍しい服着てんじゃねえか」
声が掛けられた方に目をやると、
「・・・・・・」
そこには3人組の男が立っていた。左にはチビ。右にはデブの巨漢。真中にはちょび髭のリーダー格。
頭に黄色い布を巻き、鎧より軽そうな防具を身につけていた・・・と、言うよりも。
「・・・あの、ちょっといいかな?」
「あん、何だよ?」
「前にどこか会っていない?」
「はあ?何言ってんだ、お前?」
「・・・・・・」
でも、やっぱり見覚えのある顔なんだよな。というか、この状況にも既視感があるというか。
ええっと、確かあの時は・・・。
「まあ、そんな事はどうでもいい。それより兄ちゃん、金出してもらおうか?」
その言葉と共に俺の頬に触れたのは冷たい鉄の感覚。
「てめぇの持っている金とそのキラキラした服もだ!」
あぁ、思い出した。
やっぱりこういう展開になるか、と心の中でつぶやく。
あの時は恐怖のあまり言う通りに金を出して、それでチビ助に蹴飛ばされたんだったけ。
・・・で、確かその後に。
「待てぃ!!!」
「「「「???」」」」
うーん、ここも同じか。強いて言うなら、前回より登場するのが早かったかな。
「だ、誰だ!」
ちょび髭の男が叫ぶが、その姿が見えない。
「・・・あ、あれは!」
ある木の枝の上に声の主はいた。
「たった一人の庶人相手に、三人掛かりで襲いかかるなどと・・・その所業、言語道断!!
そんな外道の貴様らに名乗る名前などないっ!!」
ドガァッ!!!
「ぐふっ・・・!」
ドスンッ!!!
「なっ・・・!何だこのおん、ぐはぁっ!」
ドガァッ!!!
「ぎゃあっ!!!」
瞬く間に彼女は野盗の三人を蹴散らしていく。
「なんだ他愛のない・・・、所詮は弱者しか相手にできんということか」
「いや・・・あのぅ・・・」
「く、くそ・・・、おい、お前ら、逃げんぞ!!」
「へ、へい!」
「だな~!」
「逃がすものか!!」
「あ、ちょ・・・、待っ」
俺も言いたい事があったが、その時にはあの3人組と彼女の姿はもう無かった。
「・・・・・・」
全く、この世界の人達はどうしてこうも人の話を聞かないんだ・・・。
俺は堪らずため息をつく。
けど・・・間違いない。彼女はあの時の女の子だ。・・・となると、ひょっとして?
「大丈夫ですか~?」
おっとりとした間延びのある、特徴的なしゃべり方。
「怪我はしていませんか?」
しっかりとした口調ではきはきしたしゃべり方。
その声に、俺は聞き覚えがあった。
「「「あ・・・」」」
意外な場所で、ある意味予想通りの二人と再会した。
「お久し振りなのです~、お兄さん」
「またお会い出来るとは思いもしませんでしたよ、一刀殿」
「うん、ほんと・・・久し振りだね。風、稟」
そうだ。あの時も、最初に出会ったのはこの2人だった。
「そっか、華琳達も蜀に来るのか」
「そうなのです~」
風が乗っていた馬に乗せてもらい、その代わりと俺が馬の手綱を持って馬を操る。
久しぶりの乗馬に緊張したが、幸い馬が大人しく素直だったので問題はなかった。
ちなみに風は俺の目の前にちょこんと乗っている。
二人の話だと、俺がいなくなった後、魏・蜀・呉は年に1回、互いに国の繁栄のため、技術・知識を提供し合いつつ、親睦を深める意味も含めた立食「パーティー」が催しているらしい。
今年は蜀の劉備さんが主催で、華琳や孫策さんが蜀の成都に来るそうだ。
風と稟は華琳の命で蜀へ先行して華琳達を迎え入れるための下準備をするべく、道案内兼護衛役の趙雲と一緒に成都に向かっていた。
そこで俺が賊に絡まれているのを偶然見かけたのだそうだ。
あの時も、華琳より先にこの3人に会っていた、ある意味、華琳以上の縁で結ばれているのかもな。
「・・・どうかしましたかな?」
「また助けられたなって思ってさ。趙雲さんには本当、感謝してもしきれないくらいです」
「ほう、北郷殿がそこまで仰るのでしたら成都に着いた暁には・・・」
「俺に出来る範囲内であればいくらでもお相手しますが・・・」
「むむむ・・・、お兄さんが言うととても厭らしく聞こえますね~」
「む、むむむ・・・」
「ハハハハ、成程・・・風は私が北郷殿と仲良くするのが面白くないようだな?」
「そんなことはないのですよ~」
「ふむ、だが・・・彼が天に還られた後、一人想いに耽っていたのではないか?」
「・・・・・・。風は、稟ちゃんの様な変態さんではないのですよぉ」
「ちょっと風!都合が悪くなったからって、私に擦りつけないで!」
そうして和気藹々と言葉を交わすところを見るにやっぱり仲が良いな。
「もっとも・・・先ほどの賊程度、自分が出しゃばらずとも北郷殿だけで対処出来たでしょう。
余計な事をしたと思っていたのですが・・・」
「余計だなんて・・・そんなことはないよ」
「おやおや、謙虚な御方ですな。
初対面の人間を真名で呼んだ世間知らずの貴族の御子息と同一とは、信じられませんなぁ・・・」
「ぐ・・・」
さりげなく、俺が過去に負った心の傷を抉る趙雲さん。
真名の習慣を知らなかったとは言え、今思い出しても自分でも情けなくなる話である。
「星ちゃん、あまりお兄さんをイジめてあげないで下さい。
こう見えて、意外に繊細なのですよ~」
そこに風がフォローに入ってくれる。
「おっとこれは失礼。これ以上からかうと北郷殿の前に風を怒らせかねませんな」
そう言って笑って誤魔化すと、馬を少し先へと進ませる趙雲さん。
しかし、あの人も不思議な人だな。華琳とは違った意味で恐ろしい・・・。
「あの、お兄さん・・・」
俺の気を引くように風が裾を引っ張る。
もしかしてやきもち妬いて・・・いや、それを聞くのは野暮だろう。
「悪かったよ、風」
「?」
「何でもない。久し振りなんだ、もっといろいろ聞かせてくれ」
そう言いながら、風の頭を軽く撫でる。
「おー・・・」
こそばゆいのか、頬を少し赤らめる。
「そう言えば、稟?」
「はい、一刀殿」
「お前、眼鏡はどうしたんだ?向こうに忘れてきたのか?」
ずっと気になっていたので、ツッコミを入れる。
まあ、伊達眼鏡ってわけじゃないのだから忘れるという事は無いのだろうが・・・。
「・・・やはり、変ですか?」
「変・・・ってわけじゃないんだが・・・」
確かに眼鏡を掛けてない稟には違和感があった。勿論、眼鏡無しもそれはそれでありだと思うけど。
「実は・・・『こんたくとれんず』をしているんです」
「コンタクト・・・レンズ?!あの、度の入った膜状のものを目に入れる・・・あれか?」
「はい。少し前に真桜が開発したものでして。その実用試験を兼ねて私が使用しているんですが・・・」
「二年の歳月をかけてついに完成させた自信作らしいゼ」
「おおーーホウケイ!ただいるだけの存在では無かったんだな」
風の左手のホウケイが今初めて喋った事に、一種の感動を感じた。
このホウケイ、よく見ると、背中に二枚の羽がついていたり、頭の帽子の先に玉二個がぴょんとついていたりと以前より変わっている。
「はぁ・・・、お兄さんと会ってすっかり忘れていました」
そう言って、風はホウケイの両手をひょいひょいと動かす。
「いや・・・、そういうのは自分で言っちゃ駄目だろ?」
それはともかく・・・話を戻そう。確かに真桜にコンタクトレンズの話をした事があった気がするな。
「使い心地はどうなんだ?」
「そうですね、目に直接入れるのには少し抵抗がありました。
ですが、使ってみると違和感がありませんし、何より視界も良好で悪くはないです。
眼鏡をかけていないのに眼鏡をかけた時と変わらないのは、不思議な感じがしますが」
「そうなのか」
あいつ、とうとうそこまでの技術を身に付けてしまったのか。真桜、なんて恐ろしい子。
「でも、コンタクトにした方の稟はそれはそれで有りだと思うよ」
「ほ、本当ですか・・・?」
「そりゃもちろん。な、風、ホウケイ!」
「はい~、全くお兄さんの言うとおりですよ~♪
稟ちゃんは元が良いんですからもっと自信を持つべきです」
「それであと鼻血癖が無ければ良いんだがナ♪」
「うぅ・・・」
「こら、ホウケイ!本当の事でも今はそれを言う所じゃないですよ!」
「それ、フォローになっているのか・・・?」
その後も、3人(+α)でこの空白の2年間を埋め合わせるかのようにお互いの事を話した。
俺が消えた後、皆はどうしていたのか?
元の世界に戻った俺がそこで何をしたのか?
そんなこんなと話しても、話題が途切れる事は無かった。
それから程なくして、俺達はようやく成都に到着した。以前よりも人が増え、城下は大きくなっている。
店の軒先には、真桜が作ったと思われるカラクリが見受けられた。
城の方に向かう途中で趙雲さんがとある店で小柄な壺を受け取っていたが、何が入っていたのだろう?後で聞いてみよう。
城の近くまで来ると、俺達に気づいたのか大きく手を振る人がいるのが分かった。
「星ちゃ~ん、お帰り~。道中何もなかった?」
「ただ今戻りましたぞ、桃香様。その事なのですが、実は面白いモノを拾ってきました。
曹操殿に贈る品としては申し分ないかと」
そう言って、趙雲さんは俺を劉備さんの前へと連れていく。
「どうも・・・」
「あれ、あなたは確か・・・」
「俺の事覚えているの?」
彼女と直接会ったのは、董卓連合の時と、三国連合結成時の祝いの時ぐらいしかなかったが・・・。
「ええ・・・と本堂でしたっけ?」
「誰がお寺だッ!北郷ね!ほ・ん・ご・う・か・ず・と・っ!!」
・・・この時の俺は、このまま華琳に会えると疑わなかった。
俺がこの世界に戻ってきた理由も知るはずもなく、ただ皆に会えるのだと考えていた。
―――場所は変わり、魏の洛陽
「華琳様、出立の準備が整いました!」
「・・・・・・」
「華琳様、どうなされましたか?」
「え、ああ・・・そうね。風と稟はもう成都に着いたでしょう」
「いえ、そうではなくてですね・・・、出立の準備が出来たという話だったんですけど」
「そ、そうだったわね。ごめんなさい、春蘭、秋蘭」
「華琳様・・・」
「華琳様、ここにおられましたか?」
「あら、早かったわね、桂花。留守番の子達をちゃんとなだめてられたのかしら?」
「は、霞に国境付近の監視を、万が一の事態に凪、真桜、沙和の三人に不在時の指揮を任せてあります」
「結構・・・、さすが桂花ね」
「そんな・・・勿体無いお言葉です、華琳様」
「華琳さま~~、まだ出発しないんですか?」
「季衣、待たせてごめんなさいね。今すぐ出立するわ」
「わっかりました!じゃあボク、流琉や他の皆に言っておきますねー!!」
「ええ、頼んだわ」
「は~~い・・・!」
「ふふ・・・。では私達も行きましょうか。
風と稟も私達が来るのを首を長くして待っているわ」
「「「御意」」」
華琳達が蜀の成都に向かう準備をする。一刀が成都に到着し、劉備に会っていた時の出来事であった。
それから3日後が過ぎた。予定通りならば今日の夕刻に華琳達が成都に到着する。
もうすぐ会えるんだ。
皆、怒るだろうか?それとも喜んでくれるか?
それとも・・・、そんな事ばかり考える一方、心のどこかで皆に会うのを躊躇っている俺がいる。
劉備さんから「自由に使って下さいね」、と案内された来客用の部屋の寝台の上で、腕を枕に横になっていた。
もう昼は過ぎていたが、何故か食欲が湧かなかった。
何することもなく、左手を天井向けて掲げていた・・・そんな時だった。
「北郷様。いらっしゃいますか?」
扉を叩く音とおどおどした少女の声が扉の外から聞こえてきた。
「あ、ちょっと待ってて・・・」
俺は寝台から降りて扉に向かう。
「今、開けるよ」
ゆっくりと扉を開くと、そこにメイド服を着た小さな女の子が立っていた。
そして、その子の手には芋の煮っ転がしのような食べ物が添えられた皿があった。
「あ、あの・・・、北郷様。まだお昼食をとられていませんでしたよね?
よろしければ、余り物で作ったのですけどお召し上がりになって下さい」
そう言って、皿を俺に差し出す。
わざわざ俺のために作ってくれたのか・・・。なら、断るわけにはいかないよな。
「ありがとう、月ちゃん。俺なんかに変な気を回させちゃって」
「へぅ・・・そんな」
月ちゃんの頬が赤くなる。
「そういえば、今日は1人?詠ちゃんは?」
普段、二人一緒にいるので、少し気になって聞いてみた。
「詠ちゃんですか?今、恋さん達と一緒に街に買い出しに行ってますが・・・」
恋とは呂布の事だろう。城の中で、よく動物たちとじゃれ合っているのを見かける。
「そっか、ゴメンね。忙しいのに時間をとらせちゃって」
「へぅ・・・、そんな事は・・・。あ、食べおわりましたら扉の側に置いておいて下さい。
では、失礼します!」
「あ、ちょっと・・・!」
俺の言葉に耳も傾ける間もなく月ちゃんは逃げる様に向こうへと走って行ってしまった。
・・・食欲はないけど、仕方がない。芋を口に含む・・・。
「お?出汁が芋にしっかり染み込んでて、軟らかさも丁度いいな」
食欲がなくても、これならなんとか食べられそうだ。
俺の身の回りを世話してくれている月ちゃんと詠ちゃん。
反董卓連合の時、洛陽で俺が保護した少女達だ。
あの時は劉備さんに任せたきり、その後どうなったか分からなかったけど、劉備さんの所で侍女として働いていたらしい。
俺の世話役を担当してもらっているのだが、後で劉備さんから聞くと自ら買って出てくれたそうだ。
あの時の恩返しのつもりなのだろうか?
月ちゃんは、さっきの感じ通りのおっとりとした子で何かと世話を焼いてくれる。
詠ちゃんは、月ちゃんと全く正反対の性格でいわゆる・・・ツンツン子。
あの子も俺の世話役らしい・・・けれど、どうも良く思われていない感じがする。
ある時、月ちゃんと話していると彼女を俺から遠ざけようとする。
俺は試しに聞いてみる。
「私が何も知らないとでも思っているの?あんたが魏の種馬って事は分かっているんだから!
月に手を出そうって魂胆、全部お見通しなのよ!」
「でも、それならどうして俺の世話係になってくれたの?」
「ぬぅ・・・、兎に角!あんたは何もせずただ黙って私達の言う事を聞いていればいいのよ!」
「無茶苦茶だなぁ・・・」
「何ですってぇっ!」
「ごめんなさい北郷さん。詠ちゃんも、あの時の事を本当に感謝しているんですよ」
「ちょっと、月!何言ってんのよ!」
「だけど詠ちゃん・・・。最初に見つけたのが北郷さんだったから・・・」
「ぅ・・・、そ、それは・・・そうなんだけど・・・さ」
「・・・・・・」
まるで春蘭と秋蘭を見ているみたいだった。
そう思っていると、ふとあの二人のことを思い出していた。
・・・俺の事、どう思っているのかな?
皿の料理も空っぽになりまた暇になる。
今日は風と稟は共に、華琳達を迎える準備で大忙し・・・。
「どうしたものか・・・」
まぁ、部屋にいても仕方がないので、少し外を見て歩こう。
そう思って、窓の外を見ていると。
「ん、あれは・・・?」
見覚えのある2人の少女に、窓越しに声をかける。
「2人とも、そんな大きな籠を背負って何処にいくの?」
「あ、北郷の兄ちゃん!!鈴々達はねぇ、これから山に山菜を採りに行くのだ!」
「山菜採り?」
「はい、今日の食事会に山菜料理を出そうかと思いまして。今の時期、山に行けばたっくさんの
山菜が採れるんです!」
張飛ちゃんの説明に、補足を加える諸葛亮ちゃん。そんな2人が少し微笑ましくなる。
「あ・・・」
今一瞬、そんな2人の姿が・・・季衣と流琉の姿が被る。
「どうしのだ?」
「う、ううん・・・何でもないよ」
「ふう~ん・・・」
その大きな瞳は、俺の表情を捉える。まるで俺の心を透かすかのように。
「そ、そうだ!張飛ちゃん、俺も・・・俺も山菜取りに付いて行っていいかな?!」
誤魔化すように、慌てて話題を変える。
「んにゃ、もちろんなのだ!!なっ、朱里?」
「はい、もちろんです!」
「よし、じゃあちょっと待ってて。すぐ支度するから」
そう言って、俺は大急ぎで服を着替えた。
成都の裏に位置する山。
俺と張飛ちゃん、諸葛亮ちゃんは山菜採りに坂道を登っていく。
坂道に関係なく、張飛ちゃんはどんどん先へと上っていく。元気だな~。
「あの~、北郷さん」
「ん、何?」
張飛ちゃんの元気な姿に和んでいると、諸葛亮ちゃんが呼びかけて来た。
「どうして、私達と行く気になったのですか?」
「え・・・?」
「あ、いえ・・・、北郷さんと一緒に行きたくないって意味じゃなくてですね!
ええ・・と、今日は華琳さん達が来る日じゃないですか?」
「・・・そう、だね」
「予定ではあと数刻で到着します。なら、北郷さんは城で華琳さん達を待っていた方が良かったのでないのかなって思うんです。
北郷さん、もしかして華琳さんに会うのが怖いんですか?」
「・・・う」
さすが伏龍・諸葛孔明・・・。核心の一言に返す言葉がなかった。
「にゃあ、北郷の兄ちゃんは曹操のお姉ちゃんに会いたくないのか?」
「い、いや、そんな事は・・・」
張飛ちゃんのその大きな瞳に捉えられる。
もう隠しきれない・・・か。素直に口が開く。
「会いたい・・・、すごく会いたい、皆に。でも、心の何処かで会うのを躊躇っている自分がいるんだ」
「なんでためらっちゃうのだ?」
「・・・もう、2年も経つんだ。何も言わないで、勝手に居なくなってから2年が経つんだ。
今さら・・・、どんな顔して会えばいいのか、分からないんだ?」
思わず、言ってしまった。
こんな事、言った所で、どうにかなる事でもない、そう思っていると。
「こんな顔、なのだ♪」
「・・・・・・」
言葉を失う・・・。一瞬、だが長い間が生まれる。
「ぷっ・・・」
その間を切ったのは、
「ははははははははははっ・・・・・!!!」
俺の笑い声だった。
「そうですよ、鈴々ちゃんの言うとおりですよ、北郷さん♪理由は何であれ、笑って会いにいけば
いいんですよ」
「そうなのだ!そうなのだ!」
2人に言われて、自分が悩みが大した事じゃなかったのにやっと気付く。
少し落ち着いて、息を整える。
「ありがとう、張飛ちゃん、諸葛亮ちゃん」
「「えへへへ・・・」」
2人はちょっと照れくさそうだった。
「おーーい、張飛ちゃーーーん!!!」
あれからどれだけ経っただろう・・・。山菜採りに夢中になり過ぎたか?
「諸葛亮ちゃーーーーーん!!!」
気付けば俺は一人森の中で迷子なってしまった。
2人の名前を呼ぶが、返ってくるのは俺の声だけだ。このままじゃ山を下りられない。
でも変だ。2人とはぐれないように注意していたんだけどなぁ・・・。
「参ったな。せめて、この森から出られたらな・・・、ん?」
深かった森が大分開け、前方に光が見えた。
「やっと森から出られそうだな」
そう思い、少し駆け足気味歩く。森から出れば、なんとかなるかもしれない。
「うわわわっ!?」
前に出した右足を慌てて下げる。
「危な・・・ッ!」
道が急になくなり、目の前に崖が広がっていた。ここから落ちていたらと思うと肝が冷える。
そういえば諸葛亮ちゃんが言っていたな。この辺りは崖や谷間があるから気を付けろみたいな事を。
恐る恐る崖の下を覗き込んでみる。底が暗く、下には何があるのか分からない。
「うう・・・、怖い怖い。こんな所からは落ちたくないな」
「そうか残念だ。そのまま落ちてくれれば、俺の手間が省けたのだがな」
「え・・・」
ドスンッ!!!
「は・・・?」
後ろから声を掛けられた思った瞬間だった。多分、背中を蹴られたのだろう。
崖から落ちたと理解した時にはすでに手遅れだった。
「うわあああああああぁぁぁぁーーーーーー!!!」
空に手を伸ばしたところで地に届くはずがなかった。
谷底に落ちていく中、俺の目に入ったのは崖から突き落とした犯人の姿。
宗教の信者が着てそうな白装束を身に纏った、俺と歳の近そうな男がそこに立っていた。
帰ってこれたのに・・・!
やっと皆に会えるのに・・・!
会う覚悟が出来たのに・・・!
「華琳ーーーーーーーーーーー・・・・・!!!!」
彼女の真名を叫んでも、誰も答えない。
谷底に落ちる俺を冷めた目で見下ろす男に見守られながら、俺は闇の中へ消えていった。
「北郷のにいちゃーーーん・・・!!!」
「北郷さーーーーん・・・!!」
もうじき日が沈む夕刻の森の中。
二人の少女が少年の名を呼ぶが、呼びかけに答える少年はすでにいなかった。
曹孟徳が成都に到着する半刻前の出来事であった。
「全く、何をしているんですか?あなたは・・・」
「・・・・・・」
「『アレ』より先に見つけたまでは良かった。ですが、谷底に落とすとは、彼を殺す気ですか?」
「心配はいらんだろ?奴はまだ死んではいない・・・。それが奴の運命だからな」
「そういう問題ではありません。
今はあの方が追跡しているので多少予定は遅れてしまいますが、最初の目的は果たせるでしょう。
しかし、彼を探しているのは、『アレ』とて同じ。現在、我々は微妙な位置に立たされています。
少しでも間違えれば、取り返しのつかない事態になります。それが分からないあなたではないでしょう」
「ああ、それぐらい説明されんでも分かっている・・・。これから気を付けるさ」
「・・・やはり、まだ許せないのですか?」
「・・・・・・」
「そうですか。
ですが、彼は・・・『彼』ではないのです。彼に・・・」
「黙れ!!!」
「左慈・・・!」
「貴様に俺の何が分かる!俺達は何一つ否定することが出来なかった。
この外史達を見ろ!!これがあの時の結果だ!
俺は、あの外史を否定できなかった・・・、自分の運命さえもだ!!」
「その結果、今、我々がここにいるのもまた運命なのですよ」
「黙れと言っている!!」
「左慈、今のあなたは・・・まるで駄々をこねる子供そのものです」
「子供で結構。運命に抗わず、あるがままに受け入れる事が大人だというのならば、俺は一生、餓鬼のままでいいさ」
「左慈、待ちなさい」
「・・・・・・」
「ふう・・・、困ったものです。こんな事になるのなら、もう少し最後の演出をちゃんと凝らすべきでした。
まぁ・・・、今さら悔やんでも仕方の無い事ですが」
「愛紗ちゃん、そっちはどうだった?」
「申し訳ありません。くまなく探したのですが未だに・・・」
「そう・・・」
「あの辺りが急な崖が多いので、もしかすると誤ってそこから落ちたのか・・・」
「誰かに攫われた、とかはないかな?」
「その可能性はないとは言い切れませんが・・・」
「なら、誘拐の線も考慮して、もう少し調べてくれる?」
「御意。では!」
関羽は劉備に一礼し、その場を離れる。
「・・・鈴々のせいなのだ。兄ちゃんとはぐれないように気を付けていたら、こんな事には
ならなかったのだ・・・」
「鈴々ちゃんは何も悪くないよ。北郷さんだってそう思っているよ」
そういって、すこし涙ぐむ張飛の頭を優しく撫でる。
「ふにゃぁ・・・」
「桃香さまあああぁぁーーーー!!!!」
そこに駆け込んできたのは馬岱だった。
「蒲公英ちゃん、どうしたのそんなに慌てて?もしかして北郷さんが!」
「こ、これを・・・!」
馬岱は手に握っていたものを桃香の目の前で広げる。それは一刀の学生服だった。
「これって・・・、北郷さんが来ていた上着?」
「蒲公英、愛紗に言われて川の中流辺りを探してたんだ。
そしたら岩陰にこれが引っ掛かっていて・・・」
「見つけてくれてありがとう。後は私と愛紗ちゃんに任せて、食事会の方に行ってて」
「でも桃香様・・・」
「大丈夫、北郷さんの服が見つかったんだからすぐに本人だって・・・」
「そうじゃなくて・・・、曹操にはどう説明するのかって話」
「あ・・・」
言葉を失う。そうだ、華琳さんには何て言おう。正直に話すべきだろうが。
「でも、まさか着いてすぐに『北郷が行方不明なった』って言うのはどうかな~」
「曹操のお姉ちゃんも、季衣も・・・今日を楽しみにして来るのだ」
「そこにそんな話をするのは、ちょっと気が引けるね」
う~ん、と頭をひねる四人。
そして、先に口を開いたのは劉備であった。
「じゃあこうしよう。少し様子を見て、話す機会を見つけて私から華琳さんに話す。
だから、華琳さん達の前では『北郷さん』の事には触れないでおいて」
「・・・分かった」
「お願いね」
「うん・・・分かった。なら、蒲公英は先に行くね」
蒲公英はその場から離れ、食事会の会場に向かった。
「お姉ちゃん・・・、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。ほら、北郷さんって・・・結構体は頑丈な方だろうし」
「・・・・・・」
一刀ではなく、天然の自分の義姉が口を滑らす方を心配する義妹・張飛。
「曹操殿、成都に到着したとの事です」
門番の兵が桃香の前で報告する。
「うん、報告ありがとう。あとは、私がやるから仕事に戻って下さいね」
「御意」
「じゃあ、風ちゃんと稟ちゃんを連れて華琳さんの迎えに行こう、鈴々ちゃん!」
一刀が行方不明になってから半刻が過ぎた時の出来事であった。
「・・・ようやく見つけたわ。全く、左慈の馬鹿者め。仕事を増やしおって。
じゃが、『アレ』の事もある。結果的には良かったのかもしれん。
・・・さて、ではまずはコレを」
これは現実か、それとも夢なのか。
周囲の音が聞き取れず、意識がはっきりとしない。
そこには人と思われる影。だが、よく分からない。
こちらに喋っているようだが聞き取れない。
何かを取り出したようだが、よく分からない。
そして影は視界の全てを覆う。そこで・・・意識が消えた。
「これで良し、と。さて後はどうしたものか。
・・・いかん。人間が・・・二人か?こっちに近づいて来る」
「ん~~~~~、ふふ~~~~ん、ら~~♪」
細い小道を歌を歌いながら歩く少女。
白い虎と白黒模様の熊がその後ろから付いてくる。
それは何とも言えない異様な光景。
さらに後方より、背中に日本刀に似た長剣を携える少女が近づく。
「小蓮さま~、何処に行かれるのですか?!お待ち下さーい!」
「あら、明命。どうしたの♪」
「どうしたのではありませんよ!勝手に一人で城を出てはいけないと雪蓮様に言われているではないですか!」
「周々と善々いるから別に一人じゃないよ」
「ガウガウ」「グルルル」
「あ、そうですね!・・・って、そういう事では無くてですね・・・って待って下さい、小蓮様ー!」
「もう~~、明命は心配しすぎだって」
「ですが、小蓮様。昨晩、この辺りで不審な影を見たという報告がありました。
何処かの賊、もしかしたら五胡の人かもしません」
「大丈夫、大丈夫♪その時はシャオがやっつけちゃうんだから」
「ガウガウ」「グルルル」
「はあ・・・」
小蓮に振り回される自分に溜め息を吐く明命。
少し歩くと辺りは開け始め、右方には緩やかな小川が流れている。
「ひゃっほおおーーーー!!!」
「わわ、小蓮様!?」
下着一枚となった小蓮はそのまま小川に入っていく。
周々と善々はそれぞれ気ままに遊んでいる。
「小蓮様、遊ぶのは結構ですけど、午後からお勉強があるの忘れないで下さいね」
「むう~~~、せっかく忘れていたのに~・・・明命の意地悪っ!!」
小蓮は、そのひんやりと冷たい小川の水を両手で汲み取ると、そこに立っている明命にかける。
「わわわ、お止め下さい小蓮様ーー!」
「へっへーーん、いやな事を思い出せた報いだよーーだ♪」
「もう、小蓮様ってば・・・あれ?」
「どうしたの、明命?」
そう言って、明命の顔が向く方向の先を見るとそこに人が倒れいた。
曹操孟徳が成都に到着し、一夜が明けてから二刻後の出来事であった。
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こんばんわ、アンドレカンドレです。
どうして魏・外史伝を再編して投稿しようと思ったのか?投稿済みの作品を再編すればいいのでは、と思う方々もいると思います。無論、僕自身もそう思っています。ただ、このサイトでは投稿した後の作品の文章を書きかえるという事は出来るのですが、挿絵を差し替える・・・という事が出来ない(サイト側にはこの辺りのシステムをどうにかして欲しい)。後、去年の時間の都合上、一作品辺りの尺がまばらになってしまったのでその尺の調整(元々二十四章構成が二十六章構成になってしまったわけで)。さらに後になって内容の表現があまり良くない個所を修正、一刀と露仁の珍道中といったエピソードなどを加え、さらに内容のしっかりしたものにしたかったためです。
それでは、真・恋姫無双~魏・外史伝・再編集完全版~
第二章・すれ違う二つの運命をどうぞ!