”皇帝崩御”
その一大事件は瞬く間に大陸全土へと広がっていく。
人とはいつか死ぬもの。
その現実を誰もが受け入れられない。
悠と一刀が特別指導を施している細作部隊の報告によって、華琳達にとってその情報は確実とされていたが、他の諸侯はその死を認められず、都に対して真偽を確かめるための使者が連日のように集まっていた。
そして皆知るのだ、皇帝は死んだ。
染み渡るように誰もがその事実を信じるようになると、今度は大変な混乱が起きるようになる。
大陸の至るところではならず者達が大規模に活発化し、それを取り締まるはずの都の官軍は、もはや機能などしていなかった。
華琳や他の諸侯達は、自身の戦力を賊の討伐にあてながら、都の次の動向へ非常に注目している。
すなわち次の皇帝は誰がなるのか? ということである。
逝去した第12代皇帝劉宏には、後継者となりえる人物が直系で2人いる。
第1子劉弁と第2子劉協である。
都の情報を常に得ようと、華琳達は途切れることなく細作を派遣してゆき、過剰ともいえる数を送り続けていた。
1分でも1秒でも新鮮で正確な情報が欲しい。
そして霊帝逝去の報が知らされてから2ヶ月、事態は急進展した。
何進大将軍がその権力をもって都に董卓を召集。
董卓達の軍事力を背景に、反対勢力である宦官十常侍を牽制、あわよくば討伐しようと画策したのだ。
都に入った董卓達は洛陽の街を復興させようと尽力している。
そのことに焦った十常侍達だが、そこで事態がさらに急転。
何進大将軍と十常侍達何名かが殺害されるという異常事態が発生。
この事件および犯人の詳細が一切不明だというのだ。
これで都には何名かの十常侍と、董卓達が実質の権力者として残されることになる。
生き残った十常侍達が劉弁を、董卓達が何進から託された劉協を支持するという事態に陥った。
通常を考えれば優秀な軍事力をもつ董卓の方が有力と考えられた。
だが董卓達は突如主張を翻し、劉弁を皇帝として支持。
ここで何かがあったと考えるのは想像に難くないだろう。
だがここからが肝心な部分なのに、どうやってもこの先の状況を把握することができなくなった。
どの勢力も細作が一切帰らなくなったのだ。
そのことに対し不信感を募らせた桂花と悠は、次々に精鋭と呼べる細作を送るが誰もが帰らない。
「次は私が行・く・わ」
終いには悠自身が赴こうと提案したが、華琳達が全員で引き止めた。
だが、次の日に悠の部屋で”ちょっと行ってくるから~(ハート)”
という書置きが残されており悠が行方不明となる、恐らくは都へ向かったのだろうが……
「ふぅ、彼女の見張りが普通の兵じゃ倍に増やしても無理があったわね」
とは華琳の言。
だが、悪戯っ子を見つめるような困った笑顔だった。
こうして取りあえず悠のことは保留となり、華琳達は次の事態に備えることになる。
「袁紹が各諸侯に対して檄文を送っています」
桂花から知らされた報は華琳達にとって驚きのものであった。
やたら長い自慢話を省略して檄文の内容を要約しよう。
「董卓という田舎の若造が都で好き放題しているから、皆で倒しに行きましょう、オ~ッホッホッホ」
ということらしい、ちなみに華琳の政務室で読み上げる桂花が心底嫌そうな顔をしていた。
「……ということです」
「ふむ……まぁよくこんなセコイことには頭が回るものね。
董卓が暴政をしているというのも眉唾ものだわ、そうなのでしょう?」
華琳は桂花と一刀に目配せをすると、2人は頷いた。
「ああ、あの月達が暴政なんて信じられない」
「そうですね、細作は途切れてしまいましたがそれまでの情報を分析しますと、董卓達は洛陽入りしてから革新的ではないにしろ、堅実で確実な政策を実行していたようです。
最後の方の報告では、あれだけ荒廃していた洛陽にも徐々にではありますが、復興の兆しが見え始めていたと考えられます」
「っということは、コレは完全に麗羽のでっちあげなのね。
この茶番劇に気づいているのは後どれくらいいるのかしら?」
「恐らくですが……私達だけではないかと」
「? 確かに私達は一刀や悠達のおかげで、優秀な細作の養成が進んできているわ。
でも私達だけというわけはないでしょう? 少なくともそうね……孫堅や馬騰は私達と遜色ないはずよ」
訝しげな華琳に答えたのは桂花だ。
「はい、実はまだ報告に上げれるほど正確な情報ではないのですが、洛陽へ送るはずだった細作達に余剰が出ましたので、他の領地へ多くあてる事ができました。
するといくつか気になるものが出てきまして……コレです」
桂花から手渡された紙に目を通すと、華琳の片眉が上がった。
「孫堅が主だった武将を袁術の手によって地方へ拡散させられ、軍の指揮が滞っており……
! ……それに馬騰が病で倒れた可能性あり、ですって? アノ馬騰が、本当なの?」
「まだ確定はされておりませんが、以前であればこの情報でさえ入手はできなかったかと……それに他の諸侯の間でも様々な問題が起きています。
皇帝が死去された影響が大陸全土に広がってきて混乱しており、現在私達ほどに安定した状況を保っている勢力はありません。
華琳様と違い他領地では抑圧する事で抑えていた部分が多いですから、ここで一気に不満が噴出する形となっています……ひどいところでは自国の領内の反抗勢力さえ抑えることができないほどです」
「そう、ここにきて今までの地力の差が出てきたわね。
いつ私達も予想外の状況がおきるかわからないわ、自領の安寧に気を配りなさい。
……麗羽に関しては、乗るしかないわね」
「?! おい華琳。
月達を本当に攻めるのか?」
華琳の出した答えに戸惑う一刀。
「ええ、どのみち参加しないわけにはいかないわ。
……董卓達には当てつけのようでも、攻められるだけの口実を与えてしまったのも事実よ。
こうなると、誰も洛陽の状況を把握できなくなったのが痛いわね。
不透明な洛陽の状況に、好きなように理由を後付けできるわ。
あの麗羽がそこまで考えているとは思えないけれど……ここで参加しないで静観をするのはどのみち得策じゃないわ」
理路整然としている華琳の言葉に一刀は俯いてしまう。
__確かに、それはわかるけど……
葛藤している一刀を、華琳は思案しながら眺めていた。
「………………助けたい?」
「! あ、あぁ勿論だ」
「ふぅ……全員は厳しいでしょうね。
でも助けられるのが零というわけでもないでしょう。
貴方がいう程優秀な人材達であれば、私は是非欲しいわ。
捕虜という形を上手くとれれば、いくらか命を助けることもできるでしょう。
…………………………やってくれるかしら?」
「本当か! やらせてくれ華琳!」
一刀は嬉しそうすぐさま返事をする華琳の手をとる。
桂花の瞳がジロリと2人の間の手を睨んだ。
「べ、べつに貴方のためじゃないわよ。
私の覇道には、優秀な人材がいくらでも必要なだけなのだから」
「それでもさ……ありがとう! 華琳」
本当に嬉しそうな一刀の笑顔。
「………………凪達をつけるから、桂花ともちゃんと連絡を密にしなさい」
「了解! ほんとありがとね~! 華琳!」
嬉しそうな一刀はそういい残すと、急いで対策を考えるためなのか政務室から出て行った。
「桂花はそろそろ偵察から秋蘭達が帰るから、今後のことを伝えに行って頂戴。
彼女達の意見も纏めて後で報告に上がらせるように。
それと……今晩はこれからの貴方の見解も合わせて聞きたいから、夜は閨へ来なさい」
「え、あ、はい! 華琳様それでは失礼します!」
予想外の言葉を貰えた桂花は、すっかり機嫌を直して部屋を出て行くのだった。
桂花を手早く追い出した華琳は椅子に座ると、自分の手を握ったり開いたりしている。
まだ一刀の手の温かさが残っている気がするのだ。
「/////……らしくないわ。
本当に」
華琳が片手を真っ赤な顔にあてて、机に突っ伏していた姿は誰も知らない。
「オ~~~~ホッホッホ! 皆さんよくお集まり頂けましたわ!」
それが董卓討伐連合軍、第1回軍儀の場についた華琳達が聞いた初めの言葉だった。
結局、華琳達が袁紹の集めた連合軍に合流したのは、召集を受けてから3週間後になった。
糧食の消費を抑えるため遅めに到着した華琳達は、直に軍議が始まるというのを衛兵から知らされ、華琳は桂花と夏侯姉妹をつれて一際豪華な天幕に入ると、用意されていた席についた。
「お待ちしていましたわ華琳さん。
後は……馬騰さんのところだけですわね」
「なんだ、私を呼んだか?」
!
その響く声とともに天幕をくぐってきたのは、長身で鋭い目を宿した美人馬騰その人だ、その後ろには馬超、馬岱の2人も引き連れている。
__どういうこと? 顔色はいいように見えるけど……
報告と食い違う状況に、華琳は自分の目で馬騰を観察するが、視線に気づかれた。
「ん? 曹操殿。
何か私の顔についているかい?」
華琳と目が合った馬騰は、彼女らしく快活に笑っている。
「いえ、なんでもないわ」
こうして馬騰も席についたので、全員が集まったのを確認した袁紹の号令によって軍議が始まった。
「こほん、え~皆さん! よくぞ私の招集に応じてくださいました。
やはり三公を輩出した名家たる我が………」
この場で最も地位が高い袁紹の無駄に長い話が始まったので、どうでもいい華琳はその言葉を聞き流しながら、集まった諸侯の顔ぶれを確かめる。
__先程の馬騰達……袁紹……袁術……その後方に控える孫堅……御老体の陶謙に、公孫賛……あら? 劉備もいるわね、あとは……
この連合に参加している代表者達は大小含めて30弱。
その表情から察するに、なんとしても名声を得たい諸侯達は、お互いの腹の探りあいだということがよくわかる。
この中で心から漢王朝のためにと集まったのは、恐らく袁紹、袁術、陶謙、後は馬騰くらいの古株達位のものだろうか……
その点からついて考えると、この諸侯軍のバランスは実に難しいとも言い換えることができる。
今回集まった連合軍は約25万。
このうちの約半数12万が、この古株4人の軍勢でもあるからだ。
豊富な財力と兵力で参加した袁紹と袁術が各4万、陶謙と馬騰が2万ずつという構成だ。
他の勢力など華琳達を除けば、兵力1万以下の勢力なんてざらにいる。
割かし大目の公孫賛でさえ1万2千程度というところだ。
残りは1万も揃えられない、数千から数百程度の軍勢しか引き連れる事ができていない。
自国の反抗勢力を抑えるため、そちらに兵力を大きく割かなければならないからだ。
だが例えそれでも、この連合に無理にでも参加した連中はまだ見る目があるといっていい。
自国内の平定で手一杯の連中などは問題外だが、静観を選んだ小諸侯やその他の勢力連中はもはや駄目だろう。
まだこれからも漢王朝の時代が続くと考えているのだ。
今回の連合軍、表向きは暴政を行う董卓の討伐だが、気づいているものはちゃんと気づいている。
もうこれで漢王朝はどうなろうと終わった。
間違い無くこの戦争は連合軍が勝つだろうが、それでも近い将来必ず滅ぶのだ。
大陸中の視線が集まるこの連合で何かしら手柄を挙げ、天下にその名をどれだけ轟かせることができるかは、これからの乱世への礎となるのだ。
だが独力で戦果を挙げれる勢力は古参の4人に曹操、公孫賛のみといってもいいだろう。
どうやって漁夫の利を得るか。
誰につくのが賢いか? どう立ち回るか?
そんな灰色の視線が交錯する中で、袁紹の甲高い声だけが響き渡っていた。
大体の概要を理解した華琳は、最後にもう一度だけ要注意人物を見直す。
馬騰はどうやら本当に”健康”のようだ、無理している様子も見受けられない。
長いこげ茶色の髪を後ろで大きく1つに束ね、その堂々とした態度から伝わる豪快さ、そして一目でわかる身に宿した大きな”力”。
後ろの馬騰を1回り小さくしたような馬超からも、相当の強さが伝わってきている。
生まれた時から馬とともに、五胡から西涼を守り抜いてきた自信が溢れている人物達だ。
次は桃色の髪を携え、誰をも魅了する笑顔を讃え続けながら麗羽の話しをしっかりと聞き続けている、ある意味猛者の劉備だ。
小兵力ながら、彼女に付き従う者の質はとても高い。
もし彼女達がこれからもちゃんとした領地を手に入れることができ、兵力を揃えられるのであればいつか大きく化けるだろう。
__今回は手柄を立てようと参加してきたようね、まぁあの甘ちゃんの劉備は悪政を行う董卓を倒そうとか言ってるのでしょうけれど……
好々爺な陶謙と、地味だが堅実な公孫賛は…………まぁ一応気をつけましょう。
こうしてある程度考えが纏まった華琳が次へ視線を移すと、袁術の後ろで控えている孫堅と示し合わせたように目が合った。
互いに視線の道を微塵も譲らない。
もし、この2人の間に人が入れば、瞬く間に気を失ってしまうであろう。
それほどの覇気を有した2人の、鋭く濃い視線のぶつかり合いは、誰にも気づかれない静かな争い。
__どうやら将兵を分散されたというのは本当のようね、黄蓋と孫策、周瑜の3人しか連れていないという報告は入っている。
だが……流石は江東の虎というべきか。
素晴らしい覇気。
しばらくして孫堅と華琳は、またも示し合わせたかのように互いに笑顔を送り合うと、2人して視線を袁紹へと戻した。
__いつか、私の前に立ちはだかるのね……
華琳の体が熱い、かつてないほどに興奮している。
__いいわ、私は絶対に貴方を打ち破ってみせる。
麗羽の話が終わった。
無意味に長く下らない軍儀の内容をここに要約すると、汜水関攻略の先陣をきることになった……いや、きらされることになったのは劉備だ。
彼女は中々決まらない連合軍総大将に麗羽を押してしまい、その麗羽自身から先陣の命を受けたのだ。
だが、劉備の少数兵力で難攻不落と呼ばれる汜水関を落とす事など到底不可能。
それどころか董卓軍とまともにあたってしまえば全滅しかねない。
麗羽にその自覚があるのかないのかはわからないが、劉備は生贄にされたようなものだ。
それ自体は彼女の自業自得な部分もあるのだが、彼女の隣にいた孔明が麗羽と話し合うのが見える。
恐らく兵力を分けてもらうとかの交渉をしているのだろう。
それでも窮地に変わりはないが……
だがもし、彼女達が汜水関を落としたらどうだろうか?
「劉備の名は大陸中に広がる、か。
これが一刀が言っていた”ちゃんす”って奴なのかしらね」
華琳はそう呟くと、外面だけはやたら格好の良い、欲望渦巻く天幕を後にするのだった。
「はぁ? 劉備が先陣?」
「えぇ、そうよ。
私も呆れてものも言えないけれど、更に付け加えるならば……はい」
華琳の手から何やら紙を受け取った一刀は手元で広げる。
その内容に目を通すと、顎が外れそうになるくらい間抜けに大口を開けていた。
現代で例えるならば、ム○クの叫びのように見えなくも無い。
「どうなされたのですか隊長?」
凪が訝しげに一刀に尋ねるが、返答が戻ってこない。
まさに一刀は言葉を失っていた。
「どれどれ~、なんてことが書いてあんやろうな~っと……」
気になった真桜が、一刀の右肩から身を乗り出して手元の紙を覗く。
すると見る見る顔色が青くなっていった。
「真桜ちゃ~ん?
なんて書いてあるの~?」
「美しく、優雅に……華麗に前進、せよ」
「も~こんな時にまで真桜ちゃんウケ狙いなの~?」
「阿呆か! こんなしょうもないボケをうちがしてたまるかい!
沙和……こりゃあ本気と書いてマジって奴やで、この連合軍の総大将さんは頭ん中がピーーーでピーーーの上ピーーしとるんちゃうか!?」
「真桜ちゃ~ん、ちょっと下品過ぎるかも~」
「それにしても本当にそれだけしか書いていないのか?」
凪が真桜に尋ねるが、力ない頷きが返るだけだ。
「あぁ、そやで。
こんなんで先陣きらされる劉備さんってとこはほんま気の毒やな。
言い換えれば死んでこいっちゅーてんのと変わらんで」
「隊長? ……隊長! しっかりして下さい!」
凪の呼びかけに一刀はハッと目を覚ますと、その手紙をまだ見ていない者達に回した。
「……コホン、あ~劉備さんのところは確かに気の毒だが多分、大丈夫だろう。
それよりも汜水関は誰が守将をしているのかが気になるな。
華琳、誰だかわかっているのか?」
「えぇ。
現在汜水関には2つの旗が立っているわ。
その牙門旗は”華”と”張”よ」
「華雄と霞か……」
一刀は以前洛陽で出会った2人の事を思い出す。
__なんとか助けたい。
だが今の自分では何もできない事を一刀は理解していた。
せめて華琳の軍で汜水関攻略にでもあてられない限り、チャンスは限りなく低い。
だが諦めるわけにはいかないのだ。
「大丈夫よ一刀。
貴方が認める程の強さを持っている2人なのでしょう? そうそう遅れはとらないわ」
目を瞑り思案する一刀の心情を、的確に察した華琳が客観的な事実を述べるが、それでも一刀の懸念は消えない。
誰にも言えない、伝えられない、相談できない。
それはこの大陸で北郷一刀、ただ1人が持つ最強と最弱を兼ねた諸刃の剣。
未来の歴史という究極の情報。
__華雄は三国志において、関羽に討ち取られている……ここ汜水関で、だ。
一刀は俯いた顔を上げると、華琳へ真剣な眼差しを向けた。
「華琳、ちょっと俺さ……出かけてきてもいいかな?」
「……何時戻るの?」
「それはわからないんだけど」
冷や汗を浮かべながら笑う一刀と、疑いの眼差しを向ける華琳との視線がぶつかる。
しばらくは不服そうにしていた華琳だが、仕方がないとため息をついた。
「……はぁ、わかったわ。
貴方の好きなようにして頂戴。
ただしたまには報告をしに戻ること、これが条件よ? わかった?」
呆れたように条件を提示する華琳は、やれやれと肩を竦めている。
だがこの条件はあってないようなものだ、”たまに”とは一体何時を指すのだろう。
これはつまり華琳が北郷一刀へ預ける信頼の大きさなのだ。
一刀は華琳の心遣いに感謝して凪へと振り返る。
「というわけで、北郷隊の総指揮をしばらく凪に一任する。
ここでそんな危ない事態にはならないとは思うが、万一の時には俺も戻るからさ、それまで頼んだよ」
「は、ハイ! 隊長もお気をつけて!」
「なんや隊長~どっかいってまうんか?」
「え~沙和寂しいの~」
「何、そんなに長い時間はとらないと思うよ。
じゃあ2人は季衣と流琉に、このことを伝えてくれよな」
「ちょおっ?! なんでそない厄介なことをウチらが?!」
「頼む! 終わったらなんか奢ってやるからさ!」
一刀の言葉に真桜と沙和はピタリと止まると、爽やかな笑顔で手を振った。
「……気ぃつけてな~」
「バイ~バイ~なの~」
まったくもって現金だ。
一刀がその姿を陣中から消して数日後、汜水関の前に展開された劉備軍が侵攻を開始したとの報が入った。
華琳達大多数の連合軍は後方での支援が主であるため、その行方をただ見守るだけである。
袁紹から多少兵力を供出させたとはいえ、まだまだ少数と言わざるをえない劉備軍。
どのような策を使うのかと各諸侯達が注目している中。
優秀な人材の多い劉備軍内でも特に名高い関羽雲長、そして最近劉備に仕えることとなった趙子龍が汜水関の前に現れた。
そこでの会話は後方の華琳達には聞こえないが、彼女達が何をしていたのかは理解ができる。
通常、城や関所を攻略する場合、攻める方は3倍の兵力が必要とされる。
劉備達の軍勢は、むしろ汜水関の董卓軍の主兵3分の1以下であろう、立場が逆転しており勝ち目は無い。
ならばわずかでも勝機を見出していくのであれば、関から相手を引きずり出さなければならない。
という事は相手を挑発して外へ出させるという手段が有効である。
関羽という人物に実直な印象を抱いている華琳達には、どうして彼女が? と疑問にも思ったが、どうやら趙雲が上手くそれを補助しているらしい。
汜水関の上方が慌しく揺れているのがわかった。
__これでなんかとなるのだろうか……
だが、董卓軍は連合軍に属する諸侯達の期待を裏切ることになった。
董卓軍は誰1人として、汜水関から出てくることはなかったのである。
「放せ! 霞!
私を侮辱した者共を八つ裂きにしてくれる!」
城壁の上では先程の関羽達による挑発を受けた華雄が、今にも飛び掛らんと怒り狂っていた。
「阿呆! あんなみえみえの挑発なんざ乗るなや!」
「だが、あいつは私の! 私の武を!」
例え単機でも飛び出してしまいそうな華雄を、霞は羽交い絞めにして取り押さえて説得している。
「じゃかしいわ! 華雄が強いんなんてこたぁここにいる兵も! ウチも! よう知っとるわ!
それじゃああかんのか! 足りへんのか?!」
「! ……ぐ、ググゥ」
下唇をかみ締める華雄に霞は耳元へ口を持っていき、周りの兵達に聞かれないように声を潜めた。
「それに忘れたわけやないやろぅ?
ウチらには、やらなあかん事がある。
こんなところで死んでも誰も助からん……気ぃつけぇや」
張遼こと霞の説得を受けて、頭に血が上っていた華雄が徐々に落ち着きを取り戻し始めた。
特に最後の部分については華雄もビクッと肩を揺らし力なく俯くと、自分の軽率さを心から反省したようである。
「そう、だったな……私が悪かった。
もう大丈夫だ、放してくれ」
力の抜けた華雄に安堵した張遼は手を放すと、今度は霞の方が悔しそうな顔になる。
「華雄が悪いわけやない、あんなん言われたらウチかてキレたくなるっちゅーねん。
口惜しいよなぁ、クソ…………だけど忘れたらあかんで。
ウチらはもう……どうしようもないんや」
「あぁ、そうだな……」
結局、それから董卓軍からのアプローチはなく、状況は膠着したかのように思われた。
だが劉備軍に近寄っていく新たな軍勢が現れる。
今は袁術の子飼いに甘んじているが、”江東の虎”孫堅文台が率いている、将来呉と呼ばれる勢力達だ。
彼女達は袁術にこの状況下でいいところを見せることができれば、袁術の評判は鰻上りと説得し、許可を得て劉備軍へと近寄っていったのだ。
勿論彼女達に袁術の名声を高めるつもりはさらさらない。
兵数の劣る劉備軍と結託し、汜水関を打ち破って本当の名声を得ることで、呉の独立のための足がかりにするためだ。
孫堅は劉備との会談を経て、互いの利益が一致した事を確かめると、協力して汜水関攻略へと取り掛かる事になる。
勇猛な孫堅の兵達を味方につけることができた劉備達は、備えがより磐石となったことで更に強気の挑発を繰り返していく。
だが、何度繰り返そうとも汜水関内に動きは何も起きなかった。
これでは埒が明かぬと判断した孫堅は、遂に自らが動くことを決める。
どうしてここで孫堅自身が動くかと言うと、もともと孫堅と華雄には過去の因縁があり、そこをつついて挑発するからだ。
孫堅と一緒についてきた劉備達も、共に好き勝手な挑発を繰り出し始める。
特に孫堅の罵倒は、言われる本人であれば腸が煮えくり返ってもおかしくないほど辛辣なものだ。
「おいおいどうした華雄! 以前のお主の方がまだ骨があったぞ! といってもしょせんスズメ程度の小骨だったか……だがついにその小骨までも失なったのか腰抜けよ! 今のお主の腑抜けた姿、逝っちまったあいつが見たらどう思うかな? わっはっはっはっはっは!!!」
孫堅の大声は汜水関のどこにいても響き渡るようだ。
そして更に孫堅軍と劉備軍から一斉に笑い声が巻き起こり、汜水関を揺らしていく。
これにはとうとう華雄も耐え切れなかったのだろうか? ようやく城壁で動きが見え始めてきたのだ。
孫堅と劉備は襲撃に備えるため気合を入れなおそうとするが、突如大地を揺らす轟音と城壁から落ちてきた岩の破片に2人ともギョッと驚き、視線を遥か上方へ向ける。
そして、目が合ってしまったのだ。
「………………う、ぁ……」
「………………………………」
その遥か上方の光景に、孫堅は重い汗を浮かべながら睨み返し、劉備はあまりの恐怖に身を震わすのだった。
毎日繰り返される罵詈雑言に誹謗中傷、それらを華雄はずっと耐えていた。
劉備達に何を言われようが、ずっと……ずっと静かに耐えていた。
途中で何度も怒りに身を焦がれようとも、華雄は城壁にドンと座りこんで歯を食いしばり、唇を噛み切って血を流しならがもなお耐え続けていた。
深く項垂れ、赤い血をポタポタと落とす華雄から思わず目を逸らしてしまう霞には、その口惜しさがよくわかる。
武人として己の誇りの結晶である武を汚される屈辱を、自分達の状況の理不尽さをわかりもせぬ無神経な言葉への怒りを……
ただそれでも華雄はひらすら耐えていたのだ。
だが、それも孫堅が出てきて状況が変わってしまった。
過去の因縁から放たれる言葉が、暴虐的に心を抉り彼女を容赦なく傷つけていく。
「……グ……ゥゥ……」
思わず耐え切れなくなりそうになった華雄がきつく目を瞑る。
ハッと霞が気づくと、華雄の陶磁のような白い頬に、さめざめと涙が流れていた。
その姿を目の当たりにした華雄の兵達の方が、むしろ険悪な空気に包まれる。
自分達の敬愛する華雄将軍を貶める外の連中に、明らかな憎悪の念が巻き起こった。
大気も歪むほど重い殺気に場が満ちていく……誰かが少しでも動きだせば、もう止める事は霞でさえ出来ないだろう。
だが……
ドゴオォォッッ!
はちきれんばかりに緊縛した空気を食い破る轟音が、汜水関に響いたのだ。
突然の轟音に、兵達は雷でも落ちたかのような衝撃に身を縮こませ、その音の発生源へ視線を集める。
そこでは華雄が己の戦斧を城壁へ叩きつけ、石で出来た重厚な壁を粉々にしていた。
石壁にできた大穴からは、劉備や孫堅達が驚愕に満ちた瞳で佇んでいるのが見下ろせる。
そして涙に濡れている華雄は顔を上げ、霞へ叫んだ。
「私を……ッグ、私を殴れ! 霞!!!」
「なっ?!」
「早くしろ! さもなくばもう……もたん!」
瞳から落ちる涙が、口から流れる血と合わさり、血涙のように地を赤く染めていく。
でも、華雄の瞳には未だ理性の光が残っていた。
この場でただ1人、華雄と視線を合わせている霞は、その強い意思を受け取ると同時に鳥肌が立つ。
霞は息を飲んだ。
彼女の想いが解ったのだ。
華雄は彼女なりにその身をもって、必死に兵達を諭そうとしている……”耐えろ”と。
__本当の、将の姿を見た気がした。
険しい表情の霞は頭を振るうと、意味のある一歩を踏み出す。
「華雄……わかった。
ウチはあんたと仲間で誇りに思うで……ちょっとだけ、眠っててな」
声が震える霞は言葉を終えると歯を食いしばり、兵達が見守る前で華雄の腹に強烈な一撃を入れる。
ビクッと震えた華雄は一瞬だけ瞳孔を開くと、すぐさま瞳から色を失い、そのまま霞の肩に頭を乗せるようにして気を失った。
手から抜け落ちた戦斧がガランと音を立てて転がっていく。
抱きつくようにして華雄を支えた霞は、彼女が作った大穴から連合軍を見下ろして睨む。
その視線に貫かれた劉備と孫堅は鬼気迫る迫力に身震いするが、気づいた時にはもう霞達の姿は消えていた。
結局……連合軍はこれから2週間、汜水関を抜けることはかなわなかったのである。
どうもamagasaです。
皆さん応援ありがとうございます!!!
たくさんのコメント、応援メール、御支援……ここで改めて感謝の意を!!!
皆さんのおかげで第2部にまで辿りつけました、本当にありがとうございます!!!
さて、ちょっと状況説明をば。
気づいている方も、もしかしたらいるかもしれませんが、第0~9話までを改訂しました。
ここで厚かましいお願いでありますが、0話から3話を…………いえ! 第0話をお暇な時にでも読んで下さいませんか?
それ以外は書き直しで表現を変えたりはしていますが、読まなくても多分問題は無いはずです。
ですが第0話だけは、ちょ~っと読んで頂かないと後々響くかもしれない感じとなっております。
本当にスミマセンでした。
現在第一部の改訂中であります。
順次改訂していきますので、その都度報告させて頂きます。
そして個人的な話になるのですが、雷砲さん誠に申し訳ありません。
今までの書き直しに時間がかかっており、まだ訂正ができておりません。
今月中までには頑張らせていただきます!!!
今回は汜水関編ですね。
第2部1話目からずいぶん飛ばしたと感じています。
初めはもっと状況説明とかなんだとかで、ここ汜水関だけで2、3話位引っ張ろうかと考えていたのですが、あまりに長くなるし、皆さんにとっても焼き増しのような状況説明はつまらないだろうと考え(真恋姫†無双……勿論プレイしましたよね?)ある程度省略して、本編をより進める形にしてみました。
あくまで季流√は恋姫†無双のSSでありますので、三国志について詳しく状況を知りたい方は本家を御覧下さい。
そして~華雄の姉さんです…………どうでした?
自分としては当初から生存させるつもりでした。
でもこういう形になるとは……ちょっと意外でしたが自分的には良かったです。
それにしても蜀とか呉とか、影うっすいなぁ~~~…………
まぁこれも季流√ですので、ご了承下さい。 (別に蔑ろにしているわけではないです、うん。そのうち頑張ります)
次は虎牢関編ですね、遂にあの最強娘!!! (色々な意味で!)
それでは~
一言
真恋姫†無双 コミックアンソロジー五巻…………読みましたか?
季衣と流琉、そして思春メインの話が2話ずつありました。(基準は3分の1以上のコマに出ていれば自分の中ではメイン扱いです、もう……ヒャッホゥ~! ですよ)
自分は最高に超テンションだだ上がりです!!!
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第2部、汜水関編です。
お楽しみ頂ければ幸いです。