瞼の隙間から、彼女の目に外の世界が潜り込んでくる。
そこは美しい。白が満ちた世界。
ひっきりなしにワイパーが首を振る。彼女の世界を阻害するように、ずずずっ、ずずずっ、と気色悪い音をたてた。だが、そのたびに世界は鮮明に映されるのだ。
隣の彼は何か怖いモノでも探すかのように、ちらりちらりとあちらこちらを見ては、のらりくらりと進んでいた。その微妙な揺れが、また彼女をまどろみへと誘った。
相変わらず、彼らは世界から落ちてくる。
もし、ここに天井がなければ。
もし、阻害するもの一切がなければ、彼らは彼女に激しく当たり散らかしていただろう。だが、それは硬い鉄によってさまたげられる。ただ、あるはずのその世界が彼女の瞳に映りこむだけだ。
それは、彼女の自我同一性を失わせる。まどろみの淵にいる彼女は、その幻想にますます入り込んでいってしまう。己は雨なのだと。
急カーブ。彼女の首が左へと回された。
そこには、渓谷に降り注ぐ、彼、彼、彼。大小様々な雨粒たちは、遠くの風景も、近くの木々も、全てを白で覆い尽くしていた。
Emmanuel Villermaux、隣の彼がそう呟いた。確かにそうだ、と彼女は頷き返した。
心なきもののことば、いとすごし。されど、ああ、はれ。
白い世界に包まれたまま、彼女は黒い闇に落ちた。白い世界の夢を見ながら。
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