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真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、人(ジン)~ 第九章 兗州虎口、曹孟徳の事件簿

テスさん

この作品は、真・恋姫無双のSSです。
冤罪を撥ね除けた曹操の反撃が始まります。

作者の勉強不足に力不足。おかしな所が多々ありますが、楽しんで頂ければ幸いです。
あと、先に謝罪を。

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2010-01-26 02:31:52 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:31550   閲覧ユーザー数:24658

真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、人(ジン)~

 

第九章 兗州虎口、曹孟徳の事件簿

 

(一)

 

華琳が釈放され、その日の夜に酒を酌み交わそうと約束した後、

 

「一刀、暇なんでしょ?溜まった仕事を片付けてくるから準備は任せたわよ」

 

と、夏侯姉妹を連れて颯爽と歩いて行ってしまった。

 

よし任されたと、時間を見計らい厨房に乗り込めば、腹を空かせてやって来る兵士達の為に、料理人達が燃え盛る炎の前で、汗を滝の様に流しながら腕を振るっていた。

 

様々な音が鳴り響く戦場宛らな厨房。そんな目の回るような忙しさの中、俺は一人の料理人に酒の肴はあるかと恐る恐る尋ねる。

 

「馬鹿野郎!見て分かるだろう!酒の肴ぐらい自分で用意しやがれ!」

 

がしゃがしゃと音を立て、野菜を炒めながら怒鳴ると、その男が右手に持ったおたまを食材の山に向ける。

 

「適当に使え!」

 

男が鍋を持ち上げると、鍋に入った色とりどりの野菜が華麗に宙を舞い、それを後ろに並べられた皿に次々と盛り付けて行く。

 

ならば遠慮なくと、その男の隣で素人当然の腕を振るう。小さい中華鍋を手にしてその重さに驚く。だが周りの料理人達は俺より大きい鍋を軽々と持ち上げていた。

 

それでも何とか形にした料理を、指定された部屋に運び終わり彼女を待つ。

 

そろそろ来る頃だと思うんだけど……

 

「一刀、いるかしら?」

 

扉の向こう側から呼び掛けられた後、勢い良く扉が開かれる。夏侯姉妹を引き連れた華琳が厳しい表情を浮かべて立っていた。

 

「華琳、お疲れ様!仕事は終わった?」

 

机の上に置かれた料理と酒をちらりと見てから、ばつの悪そうな顔をして部屋に入って来る。

 

「仕事は片付けたのだけど、残念ながらゆっくりとお酒が飲める状況では無くなったわ」

 

「何かあったのか?」

 

「えぇ。太守殺しの犯人が捕まったのよ」

 

華琳が職務に復帰した影響か、早くも犯人が捕まったようだ。

 

「と言うことは、補佐していた男が捕まったんだ。良かったじゃないか」

 

だが予想に反して彼女は首を横に振る。告げられた犯人は、

 

「真犯人は太守の友人だそうよ」

 

彼女が厳しい表情で言葉を続ける。

 

「秋蘭から聞いているわ。突然訪問した貴方達を屋敷に迎え入れ、何でもこの曹孟徳の為にと捜査に協力してくれたそうじゃないの」

 

彼女は料理の並ぶ机に向かいながら、自らの信念を語る。

 

「私の目の前で冤罪を見過ごす訳にはいかない」

 

机の前に立ち、俺の作った料理を睨みつけていた。

 

「……」

 

ちなみに並んでいるのは、卵焼き、野菜炒め、余り物の餡かけを分けて貰って、それを掛けたハンバーグ。

 

くーっ。

 

静かな部屋に何やら可愛いらしい音が鳴り響いた後、恥しそうに頬を染めた少女が、真剣な表情でこちらの様子を窺う。

 

「そ、そう言うことだから、一刀」

 

「え、冤罪を晴らすんだな?俺も付き合うよ」

 

「えぇ。お願いするわ」

 

 

(二)

 

雲一つない空が琥珀色に染まる夕暮れ時。状況を整理するために俺達は再び太守の友人の屋敷へと向かうことにする。

 

連れてこられた絶影は己の仕事を理解しているのか、華琳の傍にぴったりと寄り添う。

 

「そう言えば、この立派な馬はどうしたの?」

 

他の馬と比べて一際大きなその馬を撫でながら、華琳が俺の方を向いて質問する。

 

「此処に向かう途中にその馬の馬主とちょっとした賭けをしてね。無期限で貸して貰ってるんだ」

 

夏侯惇が一瞬固まり、妹の夏侯淵に確認する。

 

「無期限と言うことは……貰ったってことだよな、秋蘭?」

 

「あぁ。貰った様なものだな、姉者」

 

だよなぁと、何故か夏侯惇が安堵すると、

 

「なぜ、そんな言い種をする!はっきり貰ったと言え!貰ったと!」

 

気に入らないと、言葉を濁した俺の言い方を正そうとする。

 

「んー、旅の途中で馬の面倒を見る余裕なんて無いし。でも華琳の元へ駆けつけるには、絶影の力が必要だったんだ……」

 

「絶影、良い名ね。――そう、事情はどうあれ、面倒が見れないなら私が喜んでこの馬の面倒を見ましょう。この子には本当に助けられたわ」

 

そう言って、絶影に軽く飛び乗る華琳。

 

「正直助かるよ。困ってたんだ。あ、ちなみに暴れ馬らしい――」

 

「なっ!何故それを先に言わん!華琳様!」

 

夏侯惇の大声に驚いて暴れることも無く、絶影の上から心配無いと告げた華琳が、納得の一言を口にする。

 

「一刀、それは乗せる主人を選ぶというだけのことよ、はっ!」

 

掛け声とともに、華琳は絶影で走って行ってしまう。

 

「おぉ、華琳様の素晴らしさを肌で感じ取ったか。馬の癖にやるではないか!」

 

「だな。そうだ北郷殿。どうせ乗れぬ馬なら、華琳様に献上しておくと良いぞ」

 

夏侯惇もそれが良いと言って、二人も馬に跨って走って行ってしまう。取り敢えず華琳が乗る筈だった馬に跨り、俺も彼女達の後を追うことにした。

 

――余談だが、絶影から降りた華琳は興奮冷めやらぬ顔で近付いて来ると、俺の手をがっちりと握ってから太守の友人の宅へと向かっていった。

 

 

(三)

 

客間に向かう途中、擦れ違い様に従者達がこちらを睨みつけてくる。まるで華琳が捕まっていれば主人に飛び火することも無かったと言わんばかりだ。

 

ついに耐えきれなくなったのか、不愉快極まりないと夏侯惇が怒りを露わにする。

 

「御忙しい華琳様が、わざわざ足を運ばれたというのに――。この家の者どもはっ!」

 

それを妹の夏侯淵が宥めようと声を出す。

 

「無理もないさ。免罪が晴れなければ、この厳しい時代に路頭に迷うことになるからな……」

 

「だから、こうして華琳様が――」

 

「春蘭、秋蘭、私語を慎みなさいな」

 

そんな二人を華琳がやんわりと咎めた後、先日お茶を出してくれた女性が俺達の前に現れる。俺と夏侯姉妹はその女性を見て言葉を失う。

 

「孟徳様。主人が居ない今、この家に何用でございましょうか?」

 

この前の婦人とはまるで別人。憔悴しきった女性が、虚ろな目で華琳だけを見据える。

 

「……簡潔に要件を言うわ。この屋敷の主人を助けたいなら、私に協力しなさい」

 

華琳の言葉を聞いた女性の目が一瞬見開かれるも、その瞳はすぐに閉じられる。

 

「残念ですが、この家には主人を助けだせるほどの金銭の余裕などございません」

 

その一言を聞いた夏侯惇が怒りを露わにする。

 

「そこらの役人と華琳様を一緒にするとはっ!――叩き斬ってくれる!」

 

大剣を手にし、今すぐにでも襲いかからんとする夏侯惇を華琳が制する。

 

「やめなさい、春蘭!構わないわっ!……このまま何も手を打たず、愛する者を見捨てると言うの?」

 

「私だって、黙って見ていた訳ではありません!ですが、あらゆる親族の元へ走り回ったのに――誰も!」

 

その悲鳴のような叫びの後、婦人は泣き崩れてしまう。夏侯惇は何と声を掛ければ良いか分からず、再び椅子に座り直す。

 

主人を助けたくばと、役人から金を要求されたのだろうか。

 

まるで美味い蜜に群がる――。奪える所から奪い尽くそうだなんて。役人も賊と対して変わらない。この国は何処までも腐っている……

 

「俺達はそんな腐った奴等じゃありません。思い出せる範囲で構いません。何が在ったのか教えてくれませんか?」

 

俺の一言に、華琳も頷く。

 

「これは私の信念に基づいて行動しているの。目の前で冤罪を許す訳にはいかないのよ。協力して頂戴」

 

その言葉に落ち着きを取り戻した女性が話し始める。

 

「突然兵士達が押し掛けて、主人を太守殺しの罪で逮捕すると……。勿論、私どもは否定致しました。ですが曹孟徳でないのなら、犯人は主人しかありえないと……そう言って、主人を連れ去ってしまったのです」

 

声を震わせた婦人の口から衝撃的な事実が告げられると、華琳は静かに立ち上がり、目の前に座る婦人に頭を下げる。

 

「許して頂戴。碌な捜査もせずに犯人と思い込んだ部下の不始末としか言えないわ。再調査を命じて真相を徹底的に追求するわ」

 

「ですが、皆が口を揃えて言うのです!曹孟徳が県令に復帰したにも関わらず、このような適当な仕事が許される筈は無いと。主人を疑う者もまで……」

 

華琳はしばらく考え込んだ後、

 

「だとしたら、何か大きな力が働いているのかもしれないわね。だが、例えどんな力で真実を捻じ曲げようとも、この曹孟徳の前では無駄であることを……皆に証明してみせましょう」

 

その一言に、婦人は華琳に縋り付いて服を掴む。

 

「曹操様、夫は無実です!どうかっ!どうか夫をお助け下さい!」

 

「えぇ。必ず助けだしてあげるわ。――御祖父様の名に掛けてっ!」

 

決め台詞が恰好よく決まったまでは良かったのだが、俺に向かって彼女が頻りに目配せしてくる。

 

えっ?――何?

 

……もしかして、今の一言に突っ込めと?突然過ぎると思いつつも、その名台詞に俺は素直に突っ込むことにする。

 

「お、御祖父様?――華琳のお祖父さんって、名探偵だっけ?」

 

「めいたんてい?」

 

皆の頭の上に、はてなマークが浮かぶ。まさか探偵が通じないとは思いもしなかった。

 

華琳と目が合う。それはもう凄まじい鋭さで俺を貫かんと光輝いている。

 

「えっと、犯人を付きとめたりする人のことなんだけど……あ、あ、あれ!?確か宦官だったよな!?」

 

そんな俺達を見かねて、夏侯淵が助け船を出してくれる。

 

「北郷殿。華琳様のお祖父様は、四代の皇帝に仕え、宦官の最高位である大長秋まで上り詰められた曹騰様だぞ」

 

夏侯淵の一言を聞いた従者達から、歓喜の声が上がる。もしかすると主人が助かるかもしれないと。

 

 

(四)

 

屋敷の外に出た途端、華琳は眉を吊り上げこちらに近付いて来る。

 

「一刀、もう少し周りの状況を把握するべきではなくって!?」

 

言葉を強めながら、人差し指を立て俺の胸にバシバシと叩きつける。

 

「えっ!さ、さっきのは行き成りすぎるって!?」

 

どう考えても無茶ぶりだろうと俺が反論するも、

 

「状況は常に目まぐるしく変化するの!咄嗟に反応できないでどうするのっ!……それとも戦場でも先程の様に、ぼーっとしているつもりかしら?」

 

「なっ、ここは戦場じゃ――」

 

「普段からできないのに、重要な局面で対応できる訳ないでしょうが!!!」

 

やれやれと夏侯淵は呆れ、夏侯惇はざまーみろと笑っていた。

 

「余所見しない!正座!!」

 

「は、はいっ!」

 

慌てて正座した俺の頭の上で、華琳の雷が鳴り響く。

 

「今すぐに改めなさい、一刀!貴方が居た国ではそうやってでも生きて行けたのかもしれない。でもこの国は違う。そんな甘い考えでは何時か命を落とすことになるわ!」

 

夏侯姉妹が華琳の言葉に相槌を打つ。

 

「北郷、良い機会だから教えておいてやる!華琳様は何時でも命を狙われておられる。もし私達が居ない時は、お前が華琳様を御守りせねばならんのだ。良く覚えておけ!」

 

そう言って、彼女は後ろを振り向く。

 

「ふふっ、そう遠回しに言わなくても良いのではないか?姉者」

 

「よ、余計なことは言わんで良い!秋蘭、行くぞ!」

 

あぁと彼女が呟いた瞬間、一瞬で矢を番えて木の上に放つと、どさりと何かが落ちて来た。

 

全身黒い服を纏い、顔を隠した数人の暗殺者が、闇夜に紛れて俺達に襲い掛って来たのだ。

 

突然の出来事にどうすれば良いのか分からずにいると、命を狙われていると言うのに面白い見世物だと言わんばかりの表情をしながら、俺に話しかけて来る。

 

「一刀も彼女達と同じように、将として一軍を率いて貰う事になるのよ?」

 

「えっ!?俺が将!?もっと優秀な人が――」

 

「人材がその辺に転がっているなら、こんな腐りきった世の中にはならなかったでしょうよ。貴方は今まで何を見て、何を学んで来たのかしら?」

 

何も言い返すことのできない俺を横目でちらりと見ては、これでは先が思いやられるわねと呟いて溜息を一つ吐く。

 

「兵士の命を預かる将が、そんな悠長なことを言っては示しが付かないでしょ。もし一刀自身に力が足りないと感じたなら、それを払拭出来るように、大丈夫だと思えるようになるまで頑張ってみなさいな」

 

「……が、頑張ってみるよ」

 

華琳は前を向いて小さな声で何やら呟く。聞き取れなかったので俺はもう一度聞き直すことにする。

 

「ごめん、聞き取れなかった。何て言ったんだ?」

 

「べ、別に何も言ってないわよ!しっかり前を向いてなさい!」

 

俺が夏侯姉妹に視線を向けると、暗殺者は逃げ去った後だった。傷一つなく二人がこちらへと戻って来る。

 

「お待たせ致しました、華琳様」

 

「我等姉妹がいる限り、華琳様には指一本触れさせはしません!」

 

「ふふっ、頼もしいわね。さて帰りましょうか」

 

そう二人に告げてから、俺の方を見て絶影に跨る。

 

「そう言えば一刀はどこで寝泊まりしているのかしら?」

 

「えっと、宿だけど?」

 

夏侯姉妹が馬に跨ったのを見て、俺も馬に跨る。

 

「城に客室があるから、今日からそこに寝泊まりしなさい。路銀、少ないんでしょ?」

 

「あぁ、それは助かるよ」

 

空は濃紫色に染まり、先程とは違う街並みが後ろへと流れて行く。そんな中、華琳が速度を落として俺の横に並ぶ。

 

「この案件、どんな大物が釣れるのか。楽しみね」

 

命を狙われていたとは思えないくらい――、純粋な笑顔を浮かべていた。

 

 

(五)

 

客室に案内され、その扉がゆっくりと閉められると、ふと晩飯を食べていなかったことを思い出す。

 

「腹、減ったな……」

 

思い出したが最後、空腹で眠れそうにない。そういえば俺の作った料理はどうなったのだろうか。もしかして放置されたままかもしれない。

 

夜遅くに部屋から抜け出し、怒られでもしないだろうかと思いつつも、空腹に負けた俺は蝋燭に火を灯して部屋を抜け出すことにする。

 

「迷わない様にしないとな……」

 

ふらふらと城の中を歩き回る。その場所を思い出しながら、何とかその部屋の前に辿り着く。

 

きっと空室なのだろうと軽い考えでその扉をノックする。大きく音が響き、返事が無いことに安堵してその扉をゆっくりと開ける。

 

「お、良かった。まだ置いたままになってる!」

 

せっかく頑張って作ったのに、手をつけずに捨てるなんて勿体無いからな!

 

俺は部屋の蝋燭に火を灯して、席について両手を合わせる。

 

「――頂きます!」

 

「……うめぇ!」

 

自分の作った料理を頬張りながら絶賛する。趙雲と別れて一人言が多くなったなぁ。なんて思いながら椅子の上で寛いでいると……

 

突然扉が勢い良く開かれ、ぞろぞろと兵士が入って来ては一斉に矛先を俺に向ける。

 

「貴様、何をしている!」

 

「あ……、えっと、お腹が減ったので、晩御飯を食べてました」

 

部屋を赤々と灯し、空になった皿を前にして寛いでいた俺を前に、その兵士は渋い顔をしながら夜中だと言うのに大声を出す。

 

「……空室で飯食ってる奴を、怪しい奴と言わずして何と言うのだ!牢屋へぶち込んでおけ!」

 

俺は牢屋へと連行され、そこで一夜を過ごすことになった。

 

 

 

 

――翌朝

 

「春蘭、一刀はどうしたの?」

 

「それが……、華琳様に言われた通り、北郷を優しく優し~く、起こすために部屋へと向かったのですが、すでに蛻けの殻でして」

 

「一刀の奴、何処へ言ったのかしら。まぁ良いわ。朝議を始めましょうか」

 

曹操を中心に、両脇に夏侯姉妹が。向かい合う様に文官、武官が各数名ずつ一列に並ぶ。

 

「さっそくですが曹操様。昨夜遅く、城に侵入した怪しい若い女を捕まえました」

 

「若い女?」

 

「はい。それが……、空室で灯りを明々と灯して、飯を平らげて寛いでいた所を捕獲致しまして、暗殺者とも、盗人とも言えぬ全く不可解な行動を」

 

彼女は頭を抱えつつ、部下である夏侯淵に命令する。

 

「……秋蘭、その馬鹿の顔を確かめて来て頂戴」

 

 

 

寒い。惨めだ。というか華琳、布一枚でよくこんな寒い所に……居たよな。

 

歯をカチカチと鳴らしながら、俺どうなるんだろうと震えていると、

 

「こんな所で、何をやっているんだ。北郷殿?」

 

「その声は!」

 

何やら面白いモノを見つけたという表情で、夏侯淵がこちらに歩いて来る。助けに来てくれて俺は少し泣きそうになった。

 

「うぅ、お腹減って、昨日作った料理をそのままにしたのを思い出して――」

 

「部屋を抜け出し、見つかったと」

 

彼女の端正な顔立ちから、ニヤニヤと笑いが漏れる。

 

「そうかそうか。まぁ、しばらく其処で頭を冷やしておけ」

 

そう言って、夏侯淵は踵を返してしまう。

 

「えぇっ!?助けてくれないのか!?」

 

こちらを振り向かず、軽く手を上げて歩いて行く。

 

「安心しろ。華琳様には一言一句違わずに伝えておくさ」

 

 

 

 

「秋蘭、どうだった?」

 

「はい、北郷殿でした」

 

夏侯淵が耳元で伝える。

 

「朝議が終わった後でからかいに行きましょうか。さて、皆には迷惑を掛けたわね。侵入者は私の客人だったわ」

 

「も、申し訳ありません!まさか、曹操様の客人だったとは!」

 

「構わないわ。間違われる行動をしたあの子が悪いんだから。一晩牢で過ごして、頭も冷えたことでしょうよ。それよりも、太守殺しの件で県尉に問うわ。なぜこのような杜撰な捜査をしたのかしら?」

 

県尉が少し声を荒げて反論する。

 

「杜撰とは心外ですぞ!」

 

「殺された太守が別人である可能性は疑わないのかしら?」

 

だが否は無いと。誰が考えても正論だと言わんばかりに曹操に噛みつく。

 

「……太守の部下や友が、太守の顔を見間違えましょうか?」

 

「貴方が逮捕した太守の友人は、無き太守の髭だけを見て、太守本人だと思い違いをした可能性がある。声もおかしかったと証言しているでしょう?犯人と断定するには早計では無くて?」

 

「犯人の証言を鵜呑みにせよと?それは太守が喉を痛めていたからと、前に会ったという二人の証言もあります。犯人は最後に生きていたと証言した太守の友人しかありえませぬ!」

 

こんな簡単な事が何故分からんと大きく声を荒げた後、何やら手紙を手にした県尉が、この案件に関してはこれで終わりだと宣言する。

 

「そして中央から出向かれた太守がこれ以上の捜査は無用と、昨晩早馬で文が届きましたぞ!」

 

「何ですって?新任の太守が?」

 

「左様でございます」

 

それを乱暴に掴み取り、几帳面に折り畳まれた文を広げた曹操の口元が釣り上がると、そのまま目の前に居る県尉に向けられる。

 

「あら、県尉。私の顔をじっと見て、何か不満があるのかしら?」

 

「ふ、不安でございます。曹操様がまた無茶をなさるのではないかと、不安で仕方がありませんぬぞ」

 

「ふふっ、今からそう身構えていては疲れるわよ。そうね、どうして太守が捜査を打ち切りにしたのかしらね?」

 

「そ、それは……、中央の圧力としか」

 

「県尉。私は誰?」

 

「そ、曹孟徳です」

 

「わかってるじゃない」

 

「……」

 

その紙を破り捨てた後、その紙屑を県尉の手に置き、朝議の終了を宣言した。

 

 

(六)

 

朝議が終わり、まずは秋蘭に指示を出す。

 

「秋蘭、太守を補佐していた男の様子を探ってきてくれるかしら?」

 

「御意」

 

「それから春蘭は私に着いて来なさい。二人目の男に会いに行くわ。聞く話によると、何でも春蘭の渾身の一撃を真正面から受け止めたとか聞いているわよ?」

 

「はい。中々の武を持っているようです。ですが華琳様直々に出向かれるほどの者では!」

 

「ふふっ、何をそんなに慌てているの、春蘭?」

 

「そ、それは……!」

 

「安心しなさいな。太守殺しの件でよ。声を掛けるかどうかは……ふむ、その場で見て決めるわ」

 

「か、華琳様ぁ」

 

春蘭の可愛い顔に満足した私は、その男がよく姿を見せる中庭の池へと足を運んだ。

 

 

 

 

「そ、曹操様直々に、お、俺っちに何の様だ?」

 

「……春蘭、この男で間違いないのかしら?」

 

「はい、確かにこの男です」

 

「そう」

 

腕は立つ様だけど、見た目が良くないわね……。

 

「探したわよ。こんな所で何をぼーっとしているのかしら?」

 

「……何もする気がおきねぇんだ」

 

「貴方の主が殺されたからかしら?」

 

男は沈黙を守る。

 

「何でも良いわ。事件当日の事を話しなさい」

 

「も、もう話した。あれ以上話すことはない!」

 

「華琳様、この男、給金を上げろと太守の部屋に出向いて、上げて貰ったそうですよ?」

 

「それは確かなの?あの人は絶対に給金を上げるつもりは無いと言っていたわよ」

 

「太守の癖になんと小さい男でしょうか……」

 

馬鹿にしたような春蘭の答えに、男の目が一瞬細まるも、何事も無かったように目を閉じて沈黙を貫く。

 

「春蘭、十分よ」

 

「はぃ?……はい!」

 

「確かめる為とはいえ、部下の非礼を許してほしい。私は太守と知り合いだったのだけれど、惜しい人を無くしてしまったわね」

 

男は黙って頷く。

 

「彼からこんな話を聞いたことがあったわ。最近臣下の者達の間で賭博が流行っていると」

 

「あぁ、賭博が大流行してるからな」

 

「負けても負けても、次で勝てばと、結局賭博から抜け出すことが出来ずに、武人の魂である武器まで手放して博打にのめり込んでしまう大馬鹿者まで出始めたと、彼……頭を痛めていたわ」

 

「……」

 

「賭博を禁止しても一向に聞かない。彼は給金を下げ、食べていける分だけを彼らに手渡すことで、何とか賭博から引き離すことができたと、恥しい話しだと笑いながら言っていたわ」

 

男の顔に一筋の汗が流れ落ちる。

 

「どうして恨みを買ってまで、其処までするのかと問うと、太守は清々しい顔をしてこの私に言ったわ。例え憎まれても主君は臣下を守らねばいけないと。素晴らしい人だったのでしょう?」

 

男は震えながらに私の問いかけに頷く。

 

「そんな人の顔を、貴方は見間違えるのかしら?」

 

「お、俺は……!」

 

色々と噂されているとは言え、主を慕っていた男。

 

「何を隠しているのかしら?」

 

「し、しらねぇ。俺っちは何も知ねぇよ!」

 

飽く迄、白を切るつもりね。ならば……

「話を変えましょうか。貴方の主人が殺されたんだけど、敵を討ちたいとは思わないのかしら」

 

「そ、そりゃ、できるものなら敵は討ちたい!」

 

「なら討たせてあげましょう。確か、貴方の主人の朋友だったわね」

 

「か、華琳様!?」

 

この男に主人の朋を切れるか?答えは否。それは目の前で震える男から、徐々に血の気が引いて行くのを見れば分かる。

 

「どうしたのかしら?この曹孟徳が直々に敵を討たせてあげると言っているのに、嬉しくないのかしら?」

 

追い詰め、その首をじわりじわりと締め付ける。一生その罪に苛まれて生き続けるか。沈黙を守り何かに怯えながら生きて行くのか。この男にとって、一体どちらの方が得なのかしらね。

 

「もう一度だけ問いましょう。何を隠しているのかしら?」

 

逃げられぬと判断した男が私に振り向く。声を掠れさせながら、内に秘めた思いを絞り出すように呟く。

 

「……殺される!俺っち殺されちまうよぉ!」

 

男の震える手が私の腕に触れようとした瞬間、それが春蘭に阻止される。

 

「き、貴様ーっ!どさくさにまぎれて華琳様に触れって、ええい!私に触るなっ!抱きつこうとするなっ!」

 

「――静まりなさい!」

 

春蘭に縋り付こうとする男と、その男を寄せつけまいと、その頭を両手で掴む夏侯惇の動きが止まる。

 

「それで、何故殺されると思ったのかしら?」

 

「あれだけ給金上げねぇって言ってた主だ。呆気なく上げるって言いだして変だと思ったんだ」

 

「それで?」

 

「しばらく外で見張っていたら……」

 

ごくりと唾を飲み込み、

 

「県尉の野郎が太守の部屋に来た。そこから出て来た男は……」

 

「補佐していた男ね?」

 

「そ、そうだ。最初は気にしていなかったんだが、主が殺されたって聞いて……俺、怖くなっちまって」

 

「な、何故黙っていたのだ!」

 

「県尉がグルなんだぞ!?もし誰かに話して、俺がその現場を目撃していたことが知れたら、消されちまうじゃねーかっ!」

 

「う、うむぅ。それで太守は生きていると発言していたのか」

 

「そ、そうだよ!仕方なかったんだよっ!」

 

「そう。でも残念だけど、私と接触した時点で、貴方は命を狙われるでしょうね」

 

「な、なんでだよーっ!」

 

「この事件を調べ回っている内に、昨日の夜に、二回。刺客を向けられているもの」

 

男が絶望したと言わんばかりに、頭を抱える。

 

「安心なさい。貴方の身の安全は私が保証しましょう。春蘭」

 

「はっ!」

 

「この者の護衛を。但し怪しまれないように姿を隠しておくこと。この事件が解決するまで守り通しなさい」

 

「御意!」

 

まさか県尉まで肩入れしていたなんて思わなかったわ。平気な顔をして朝議に出席しているなんて、褒めてあげるわ。

 

 

(七)

 

「秋蘭、何か動きは?」

 

「いえ。いつもと変わりありませんでした」

 

「さて、どうしたものかしらね……」

 

考えを巡らせていると、秋蘭から声を掛けられる。

 

「華琳様?」

 

「あら、どうしたのかしら?」

 

「北郷殿は?」

 

「あっ……」

 

すっかり一刀の事を忘れていたわ。

 

「……そうね。気分転換に一刀の顔でも見に行きましょうか」

 

 

 

 

「華琳~!」

 

「あらあら、如何したの?そんなに甘えるような声を出して……。私に会えて、そんなに嬉しいの?」

 

「あぁ、もう嬉しいを通り越しすぐらいに!此処から出してくれ!」

 

華琳が来てくれて安心したのも一瞬、二人の会話を聞いて俺は泣きそうになる。

 

「嬉しいわね。でもこれは一刀の浅はかな考えが引き起こした事だし?別に私が助けてあげる義理なんて無いのだけど?ねぇ、秋蘭。私はどうしたら良いかしら?」

 

「はい、このままと言うのは如何でしょうか、華琳様」

 

「悪くないわね」

 

「ちょっ!」

 

「何かしら?」

 

「華琳、頼む!此処から出してくれ~」

 

「……最近、一刀の声が聞こえ難くて。何ですって?」

 

条件反射とは恐ろしいもので、俺はそのボケを拾ってしまう。

 

「聞こえてるだろ!」

 

「それじゃ、私達は行くから」

 

「あーっ、待って下さい!華琳様!お願いします。お願いだから見捨てないでください!」

 

何やら心に響くものが在ったのか、華琳の唇が妖しく釣り上がる。

 

「別に私は一刀のことを見捨てようだなんて、これっぽっちも思っていないのだけれど~」

 

「ど、どうしたら良いんでしょうか?」

 

「さぁ~、泣いて懇願してみれば?ただ、これだけは言っておくわ。自らの非を認めず、ましてや私の傍から離れようと考えているような者に、――手を差し伸べて助けてやるほど私は甘く無くってよ?」

 

「うっ、華琳」

 

「華琳!?」

 

信じられないと言わんばかりに、語尾を強める。

 

「いえっ、華琳様!夜遅く部屋から抜けだした私奴の不徳の致す所でございます!反省してます。どうかお願いします。此処から出して、お傍に置いて下さい!」

 

「くっ……、あははははっ!」

 

「華琳様?」

 

「――嫌よっ!」

 

「えぇぇ!」

 

「一刀、嘘を吐くならもう少し上手に吐きなさいな。そうね……、私に嘘を吐いた罰として、もう一日此処で頭を冷やしてなさい」

 

華琳は軽く笑みを浮かべると、踵を返して歩いて行ってしまう。

 

「秋蘭。何をしているの?行くわよ」

 

状況が飲み込めない夏侯淵に来るように促し、彼女は歩いて行ってしまった。

 

 

 

 

私の真名を戸惑う様に呟く一刀の声が、この耳にハッキリと聞こえる。

 

私達は相成れぬ存在なのでしょう?だったら、小細工など無用。堂々としていなさいな。

 

「華琳様、何故北郷殿を突放す様な事を……」

 

理解しかねないと秋蘭が不思議そうに問いかけてくる。

 

「そうね。どうしてからしらね」

 

「その割には、何やら嬉しそうに笑みを浮かべて居りましたので……」

 

「そう?顔に出ていたなら、気をつけなくてはいけないわね」

 

私はその質問には答えず、前を向いて歩く。

 

そう。例えどんな手段を用いようとも、この曹孟徳の目の前で跪かせてあげる。その体を縄で縛り、その喉元に絶を当てて、私の傍からはもう離れられないと、その心に刻み込まれる日を心待ちにしてなさいな、一刀。

 

 

(八)

 

翌朝、華琳から釈放の許可が下り、彼女の部屋を訪ねると、身支度を整えた華琳が俺を出迎えてくれる。

 

「猛省したかしら?」

 

「あぁ、痛い目に遭った。もうこりごりだよ」

 

「ふふっ、これからは気をつけることね」

 

華琳は軽く笑い飛ばしながら俺と擦れ違い、そのまま歩いて行く。

 

「さっさとついて来なさい。朝食、食べに行くわよ。一刀がいない間に進展があったわ。その話もそこでしましょう」

 

 

 

 

食堂のご飯に泣きそうになる。暖かくて、美味しかった。

 

「さて、県尉が裏で動いている。しかも新しく任命された太守まで一枚噛んでいる。一刀なら次の一手をどう指すのかしら?」

 

「んー、華琳が本格的に捜査を始めているし、刺客まで飛ばしているぐらいだから守りも堅そうだ。正直、打つ手無しって感じがするんだけど……」

 

俺はふと疑問に思った事を、華琳に聞いてみる。

 

「なぁ、太守に任命された男も一枚噛んでいるって言ってたけどさ、そいつを任命した中央の人間って怪しくないか?」

 

言われてみればそうねと、華琳は考え込んでしまう。そして出た結論は、

 

「……危ない橋だけど、渡ってみましょうか」

 

「おいおい、何をする気だよ」

 

「仕方がないじゃないの。この状況を打開できる証拠らしい証拠が無いのだから。虎穴に入らずんば虎児を得ず、よ」

 

 

(九)

 

華琳が思い付いた打開策。それは……

 

太守から中央へと送られる密書の横取りである。

 

「そっちへ行ったわ!」

 

「せぇぇぇぃ!」

 

闇に紛れようと漆黒の姿をした、いかにも私は密偵ですよという人物を片っ端から捕まえて行く。まさに暴挙という手段である。勿論、正体が知れれば只では済まない。俺達四人も全身黒い服に身を包んでいる。

 

「はぁ……、太守から出された密書の四枚目です」

 

「どいつもこいつも、選りすぐられた素晴らしい密偵ね。でもこの太守は駄目よ!貴方も私に下りなさい!」

 

いや、優秀な密偵が下るってどんだけだよと、……思うこと無かれ。

 

「くっ、密偵となり主に忠誠を誓った俺がそう易々と……って、お前は密偵其の三!それに其の一と、其の二まで!」

 

実は其の三まで連続で下っている。彼らのお陰で俺達は密偵達の先回りが出来た訳で……。

 

「くっ、貴様ら、密偵としての誇りはどうした!」

 

「ふん、何を言うかっ。俺達が血の滲み出る様な訓練を積み重ね、一体どれだけ多くの仲間の犠牲を乗り越えて来たと思っている。……この悔しさ、俺は忘れんぞ」

 

「くっ、俺達の気高い誇りを忘れたわけではないようだが、一体何があったと言うのだ!」

 

「君達が命を掛けて運んでいた密書だ」

 

俺は三枚の密書を男に見せその一枚を開き、これを書いた太守の気持ちになって、心を込めて読み上げる。

 

「其の一、兗州最高!――背が小さい癖に!睨むと怖い!――曹操さえ居なくなれば、この兗州はきっと俺の物間違い無し!……兗州太守より」

 

密偵其の四が唖然とする中、その密書を男の前に置くと縋り付く様に手に取って黙々と読み始める。続けて、

 

「其の二、毎日山の様に贅沢な品が送られてくるよ!働かなくても贅沢三昧。まるで天の国のようだ!――ただ胸が小さい癖に!無駄に威張ってる!――曹操がかなり厄介らしいんだけどね。まぁ、所詮県令だし、太守になった俺の敵じゃないさ!曹操なんて気にしないで、ぜひ一度遊びに来てね!兗州太守より」

 

わなわなと密偵達が震え始める。無理もない。自ら賄賂を受け取っていると暴露しつつ、ご丁寧に兗州の太守印までが押されているのだ。

 

「其の三、曹――ぐふっ」

 

突然腹に一発入れられ、くの字に体が前のめりになった所に、すかさず布の上から髪が掴まれ引き寄せられる。

 

「どうして名前に掛る修飾部を無駄に強めて読むのかしらっ……どういう見解か!答えなさいっ!」

 

――か、華琳さん!?

 

「こ、この密書を書いた太守っぽく読めば、どれだけこの太守が馬鹿げているか密偵達に良く分かるから、そう読めって……二人が」

 

「二人の所為にしようって言うの!?どうせ、貴方もこの太守と同じ様に、私の事を胸の無い女だとか、気の強い女だとか、婿になる男が可哀想だの、思っていたのでしょう!?」

 

思ってました!

 

なんて言ったら、それこそ――

 

「春蘭!!」

 

「はっ!!」

 

――って奴じゃんかよっ!

 

「断じて――」

 

「ぁあっ!?」

 

ひぃぃーっ!

 

嘘も本音も、即死ルートですか!?――それはまるで指し込む穴がたった一つの酒樽ゲーム。飛んで行くのが俺の首だから洒落にならないぞ!

 

ただ絶対に嘘は吐くなと、俺の勘が物凄い勢いで警鐘を鳴らしている!そうだ、彼女をフォローするんだ!――でも、なんてフォローすれば良い!?

 

一度、死んでみる?っと、どすを聞かせた華琳の声に震えながら、この一瞬の時間で頭をフル回転させ、この死亡フラグ緊急回避策を練り上げ、それを言い放つ!

 

「――死ぬのなら、君の胸の中で死にたい!」

 

「……」

 

――お、悪くない反応?

 

華琳が無言を突き通している。この状況でふざけているのか。それとも本気なのか。俺の真意を見極めようと華琳は考えているようだった。そんな彼女に俺はすべてを曝け出す。

 

「――俺は、俺は貧乳も大好きだっ!そんな君が大好きだーー!」

 

俺の体が宙に浮いたと思った瞬間、地面に叩きつけられ激しい痛みが全身に走る。

 

そして靴の裏で華琳が俺を数回踏みつけ、二人にも合図を出す。

 

「二人とも、蹴って構わないわ!」

 

状況からして、蹴りなさいって命令してるようなものじゃないか!?

 

「ふははははっ!喜べ北郷!蹴ってやるぞ!」

 

ぐふっ!

 

「姉者、うっかり名を口走っている、ぞっ」

 

そう言って、彼女達は遠慮なく俺を蹴みつける……

 

「おっと、こいつはうっかり、だっ!」

 

蹴りの嵐が止み、俺は恐る恐る華琳を見上げる。辺りが薄暗い上に顔を隠しているため、その表情は分からない。でもそれでも分かった事がある。

 

……い、命繋いだ!

 

ジロリと夏侯姉妹に目を向けると、プイっと目を逸らされる。ったく……、なんて最悪な役が回って来たんだ。

 

「……そういうことよ。こんな太守に体良く使われてなんて割に合わないでしょう!見切りなさい。そして私に下りなさい!」

 

俺を指差しながら、華琳が密偵達に迫る。しばらく沈黙が支配した後、四人目の密偵が最後の希望を胸に抱いて華琳に問い掛ける。

 

「そうだっ!四枚目は!俺が運んでいた、四枚目は!」

 

だが、華琳は容赦なくその希望を踏みつけて蹴り落とす。

 

「この三枚で、この太守がどのような人物かが分からないような無能は、今すぐ舌を噛み切ってここで死になさい!」

 

その男が目の前に置かれた密書を丁寧に拾い上げ、華琳の前で両膝をつき、密書を両手で差し出し臣下の礼を取る。

 

それを手にした華琳が密書を握り締め、俺の前を通り過ぎる。

 

「城へ戻る!――見てなさいっ!必ず、兗州太守を引きずり落としてやる!」

 

 

(十)

 

次の日、俺達は兗州刺史に進言するためにその城へと乗り込む。

 

私は賄賂を貰っていますと書かれた手紙に、太守印がくっきりと押されているのだ。擁護してやることもできずに、頭を抱えるも一瞬。俺達の進言を受け入れる。

 

「曹操。この太守は中央の結びつきが強いと聞く。この男を敵に回すのは危険だと忠告しておくが……」

 

「御忠告どうも。でも私には関係無いわ。この曹孟徳を敵に回した事――死んでも後悔させてやる」

 

やれやれと、頭を掻いていたその手が止まり、紙を一枚取り出して何やら筆で書き始める。

 

「どうなっても知らんぞ。まぁ兵八十あれば足りる筈。連れて行ってあの救いようのない馬鹿を収賄罪で逮捕してきて……、ちょーだい!」

 

そう言って、逮捕状と書かれた書類に兗州刺史の印が捺印された。

 

 

 

 

「兗州太守は何処に居る!」

 

華琳を先頭に、兗州刺史の旗を持った部隊が城の中を練り歩く。ある者は太守の居場所を指差し、ある者は慌てて走り去って行く。

 

立派な扉を勢い良く開けると、椅子から立ち上がった太守が睨みつける。何事か!と一喝するも、その旗を見ると一転、そんな馬鹿なと驚愕する。

 

「全員その場から動くなっ!……東郡頓丘県令の曹孟徳と言えば、何をしに来たか分かるかしら?兗州太守?」

 

「そ、その頓丘県令が、刺史の兵を連れて何しに……」

 

「収賄罪の罪で逮捕するわ。貴方の周りにある物すべてを押収させて貰いますからその心算で。何が残るか楽しみね……始めっ!」

 

華琳の掛け声で部屋に流れ込んだ兵士達が、物や資料を押収し始める。その中から誰が太守に何を送ったかが書かれた証拠が見つかれば、兗州各地で芋蔓式に逮捕者が出ることだろう。

 

だが俺達の目的はそれとは違う。県尉と密に連絡を取り合ったであろう、前太守殺しの決定的な証拠。それを探し出す事にある。

 

男は顔色を変えずに、次々と押収されていく物を眺めながら華琳を脅す。

 

「曹孟徳。この様な真似をして、タダで済むと思っているのか?」

 

その問いに華琳は一言も返さずに、必死に探す俺に近付いて声を掛けてくる。

 

「一刀。寝屋の下を探して、一体何を探しているのかしら?」

 

「あ、いや。隠すと言ったら、男なら此処かなって」

 

「そう。……ふざけている訳では無いようだから、許してあげましょう。でも見つかってはまずい物を、そんな定番な場所に隠すなんて、見つけて下さいと言っているようなものでしょ」

 

そう言って、華琳は迷うことなく目を付けた場所へと歩いて行く。

 

「あら、残念……。はずれのようね?」

 

そう言って、太守に目を向ける。

 

太守は華琳の重圧に耐えるように、だんまりを決め込み歯を食いしばる。

 

そう言って、次の場所に迷わずに歩いて行く。まるで太守を弄ぶかのように薄い笑みを浮かべながら……

 

「ここかしらね……?それとも……」

 

華琳が太守に近付いて行くに連れ、一文字に結んでいた太守の口元が歪んで行く。

 

「そうね、一刀。良い事を教えてあげましょう」

 

「ん?探し物のコツみたいなのがあるのか?」

 

「えぇ。見つかってはまずい物を隠す者の共通点。それは自らが死守できる範囲、つまり目の届く範囲に隠そうとすることよ」

 

「確かに目に届く範囲にあるなら安心だけど……」

 

「そう。何時でも目が届き、死守でき、安心できる。例えば……」

 

そう言って、太守に向かって歩いて行く。

 

「ち、近寄るな!小娘」

 

そう言って華琳から逃げようとするも、兵士達が太守を取り押さえる。

 

必死に抵抗する中、華琳は太守が被っている四角い黒い帽子を手に取り、それを俺に向かって放り投げる。

 

「帽子?確かに身につけている物なら安心できるけど、中には別に何も入って無いぞ?」

 

中を確認した俺はそれを華琳に投げ返す。

 

「そう、種も仕掛けもない、只の黒い帽子。でもこれを三回叩くとあら不思議」

 

その中に手を突っ込んで、嬉しそうに視線を俺に投げ掛ける。そしてゆっくりと紙を摘まみ出しては俺の手の上にそれをぽとりと落とす。

 

歯を食いしばっていた太守が、華琳を睨みつけながら吠える。

 

「覚えておけ!貴様など、あの方の前では赤子当然!後で後悔しても遅いんだからなっ!」

 

「引っ立てなさい!」

 

 

(十一)

 

俺達はその足で、もう一人の真犯人の元へと向かう。

 

「春蘭!」

 

「はっ!」

 

勢い良く開いた扉の留め具が外れ、向こう側に倒れて土埃りが勢い良く舞い上がる。県尉はこの出来事に顔色一つ変えず、とうとう来たかとこちらに振り向く。

 

「残念だわ。良く働いてくれたのだけど、何か言い残すことはあるかしら?」

 

「……さすが曹孟徳殿。と言いたいところですが、太守の後ろに潜む御方までは手に負えますまい。私達は再びこの兗州に舞い戻って見せましょうぞ。其の時こそが貴女の最後だ!」

 

大物の影をちらつかせ、さぁ怯えろと県尉は嬉しそうに叫ぶ。だが当の本人は鼻で笑っていた。

 

「この曹孟徳を出し抜こうなんて……千と八百年早いのではなくて?」

 

「何だと?」

 

その意味を理解できず県尉の表情が曇ると、華琳はやれやれと肩を竦める。

 

「その見る目の無さ、本当に救いようが無いわね」

 

何が言いたいと、低く唸る県尉に華琳は格の違いを見せつける。

 

「県尉、再び問いましょう。私は誰?」

 

「……そ、曹孟徳……ま、まさか!――そ、そんな事できる筈がない!相手はあの十常侍だぞっ!」

 

「十常侍ですって?」

 

しまったと手で口を塞ぐも後の祭。見る見る血の気が失われ、ガタガタと震え出す。

 

華琳は溜息を一つ吐いて、男を連れて行けと命令する。

 

兵士に連行される県尉の背中を見送ると、華琳は両手を高く突き上げて、左右に体を捻じ曲げながら、小さな身体を目一杯伸ばす。十常侍という恐怖も、その可愛らしい姿で一瞬に吹き飛ばしてしまった。

 

「……何よ?嬉しそうにして笑って」

 

「……いや、何でも無いよ。お疲れ様、華琳」

 

「まだ終わって無いわよ。でもまぁ、終わった様なものかしら」

 

その後、太守を殺した男を逮捕したとの報告を受け、前太守殺害事件は終わりを告げた。

 

 

(十二)

 

事件も解決し、俺達は晴れて酒を酌み交わす。机の上には華琳が用意してくれた様々な一品料理が並べられ、芳醇な酒をより一層引き立てる。

 

ほろ酔い気分に口も軽く、旅の醍醐味を華琳に何とか伝えようと、俺は両手を大きく広げながら熱弁する。

 

「旅って、行きたいと思うと無性に行きたくなるから困るのよね」

 

盃を愛でながら呟くと、思い出したかの様に俺に振り向く。

 

「でもただ見聞を広めて来ただけでは駄目よ?それを活かさないと意味が無いわ」

 

彼女は酒をそっと口に含みそれを飲み込む。

 

「て、手厳しいなぁ」

 

「……ぷっ」

 

すました顔をして、話をしていた華琳が突然吹き出す。

 

「あははは!それにしても一刀が南陽太守ねぇ~!?」

 

一頻大笑いした後、大きく息を吐き出して再び盃を唇に近付ける。

 

「そ、そんなに笑う事じゃないだろ!?」

 

「でも信じろって方が無理な話じゃない。信じたら信じたで可笑しくって……笑うなと言う方も無理よ」

 

「まぁ、普通は信じてくれないか」

 

「偶然が三回重なってもあり得ないわよ。私としては南陽を立て直すために利用されたと言った方がしっくりくるんだけど。――で、一刀は一体何をしていたの?太守印をぼーと、押していたんじゃないでしょうね?」

 

「えっと、……正確には単福が押しても良い書類をまとめてくれて、それを押していたのが大半で――」

 

机の上を軽く叩いた華琳がこちらを睨む。

 

「ちょっと!太守の仕事、舐めてんじゃないでしょうねっ!」

 

「で、でもさ。やることが決まって、俺よりも南陽に詳しい人達が、作業を進めて行くわけだからさ。何も知らない俺が口を挟むのもどうかと思うんだけど」

 

「決まってるでしょ!そんなことしたら、一瞬で信頼を失いかねないわよ!」

 

「だろ?」

 

華琳が呆れて溜息を吐く。一刀に求めたのがそもそもの間違いだったわと、さり気無く酷い事を言って言葉を続ける。

 

「意見をまとめ、状況を把握し、最終的な決断を下しその責任を負う。それが上に立つ者の仕事よ。気を悪くするかもしれないけど、もしその単福って子が裏切りでもしたら……それこそ足を掬われて取り返しのつかない事になるわよ?」

 

「その時は――俺が太守に向いていなかった。それだけの話さ」

 

華琳がその真意を見定めるかのように、俺の瞳をじっと見詰める。

 

「はぁ……、この駄目君主の下で働く者の気がしれないわね」

 

呆れながら言いつつも、その瞳の輝きが増した様な気がした。

 

 

 

 

私は残っていた酒を飲み干す。

 

仮にも新任の太守が派遣されるまでという短い期間ではあるものの、彼の旗の元に南陽の中枢が集い、危機を乗り切ったのだ。一刀には十二分に上に立つ素質がある。

 

自らが無能であると力量を把握し、これと言った欲も無く、集った部下を信じ早期に信頼関係を構築する。適応力も高い。

 

そんな一刀と私を比べて思う。――気持ちが良いくらいに対極であると。

 

孟子が説いた仁義による王道政治。それを一刀は無自覚で、しかも無意識に演じたのだ。だからと言って、彼は甘ったれた理想を口煩く叫び、いざ都合が悪くなると言葉を濁して逃げようとする者とは違う。理想は理想だと理解しているし、理想だけでは駄目だと、力による秩序も、その大切さも理解している。まぁ……その部分に関しては、まだまだ甘い所があるようだけど。

 

「それよりもさ」

 

「何かしら?」

 

――私とは違う王の素質を持った一刀様?

 

「俺に気付いたのって何時?」

 

全く……、真面目に考えていた私が馬鹿みたいじゃない。それに一刻も早く忘れ去りたいというのに、この男は……

 

私は一呼吸置き、その問いに答えることにした。

 

「一刀が兵士に連れて行かれた時よ。女性の姿をして一言も話さないのだもの。一刀だなんて思いも寄らなかったわ。普通に考えて、この私が本気で男を口説く訳ないでしょ?」

 

「へっ?それだけで?」

 

「――なっ!それだけですって!?この私を侮辱しているのっ!?」

 

「え、何!?俺、まずい事言ったのか!?」

 

私が何故怒っているのか本当に分からない?――なら、余計に質が悪いわ。

 

「一刀……、ちゃんと思い出して置きなさい。でないと、何時か背中から刺されるわよ」

 

「せ、背中から刺される!?」

 

頭を抱えながら必死に考えるも答えは見つからなかったようだ。これだから男は……。

 

「……ごめん」

 

「仕方ないわね……。今回だけは許してあげる」

 

この話はこれで終わりと、私は話を変えるために体を前に突き出して小さな声で呟く。

 

「一刀は知らないでしょうけど、私が此処の県令になる前、一度だけ十常侍の罪を霊帝に上奏する機会を得たの」

 

「上奏ってことは、霊帝直々に?」

 

「えぇ。でも駄目だった。十常侍が民を苦しめていると知っても。意見を……聞かせてくれないかしら?」

 

自ずと分かるくらいに、尻込みしながら危険な話題を振る。だが一刀は淡々と答える。まるで畏怖の念は持ち合わせていないと言わんばかりに。

 

「まぁ、十常侍しか周りに居ないんだろ?彼等を信じるのは仕方無いんじゃないかな。操り人形って言われても仕方が無い気がする、……華琳。そんなに近付いてどうしたの?」

 

頬が引き釣るのが分かる。この男と帝の話をしていたら、命が幾つあっても足りないわ……。それでも私はもう一歩踏み込む。

 

「そ、そんなことを聞きたいんじゃないわ。この漢についてよ……」

 

「じきに滅ぶ。……んじゃ、ないかな?」

 

「断言したわね。あと、残念だけど後付けしても無駄よ」

 

やっと気付いたわね。誰かに密告でもされたら、仲良く首を刎ねられかねないこの状況を。見えない恐怖が私達を包み込む中、さらにもう一歩踏み込む。

 

「ねぇ一刀。歴史からこの国が滅びるのは明白よ。力を貸して頂戴。この腐りきった時代を終わらせるために」

 

案の定、返って来たのは否定の言葉。だが私は純粋に面白いと思った。一刀がこの国が滅んだ後の一歩先を見据えていたことや、私の前に立ち塞がると断言した事の方が。

 

 

(十三)

 

「旅をして沢山の人と知り合ってさ、その人達を守りたいって思ったんだ。その中には将来、華琳の敵になる人もいる。きっと君の顔に泥を塗ることになる」

 

華琳は私の元で守りたい者達を守れば良いと言ってくれた。でも、もし俺の知っている通りに歴史が動いたとしたら……。

 

「良くそんな子供染みた理想を私の前で吐けたわね……。まぁいいわ。それならそれで私にも考えがありますから。精々頑張って、私から逃げ切って頂戴」

 

少し不機嫌になりつつもあっさりと引いてくれた華琳。すっと手を伸ばし、俺の盃に酒を入れてくれる。

 

「華琳のそう言う所、好きだよ。ありがとう」

 

「勘違いも大概にしておきなさいな。……でもまだ先なんでしょ?それまでは手伝ってくれるわよね?」

 

「俺なんて、役に立つのか?」

 

「立って頂戴。――決まりね。では私の下でしっかりと働くように」

 

「分かった。華琳が覇を唱える日まで、よろしく」

 

俺は空になっていた彼女の盃に酒を入れて、それを重ねる。

 

「盃を重ねて、何か意味があるのかしら?」

 

「俺の国の乾杯の一つさ」

 

「へぇ、変わっているわね……」

 

 

(十四)

 

しばらくして、俺は出来上がっていた。

 

「それでさ、聞いてくれよ華琳!」

 

「一刀、絡み酒は良くないわよ?まぁ、今はまだ許してあげますけど、私が王になった時にこんな態度を取りでもしたら、貴方の首を遠慮なく刎ねますから……その心算でいなさいよ」

 

俺の頬を華琳がぎゅっと抓る。

 

「以後、気をつけましゅ……」

 

「よろしい。で?」

 

俺は華琳が捕まったと知った時、袁紹さんの所にいたことを説明する。華琳の一大事だと知るも、心配する処か呆れていたあのくるっくるの行動が俺には理解できないと。

 

「そんなことがあったの。頭の中もくるっくるな麗羽はあれでも袁家当主よ。私が捕まった程度で彼女が動くことはないでしょうよ」

 

「其処まで言って無いんだけど……。でもさ――」

 

「一刀、公と私を混同してはいけないわ。それは上に立つ者の最低条件よ」

 

姿勢を正した華琳が、まだ酔って無い俺の目を見据える。

 

「もし私が麗羽の立場で、一刀が今回の私の状況になったとしても助けに行くことはできないわ」

 

大事な話よ。しっかり聞きなさいと両頬を容赦なく打たれ、ヒリヒリと痛みが広がる。

 

「兵にも生活がある。もし一刀を助けるために怪我をさせてしまったら、死んでしまったら、私はなんてその家族に詫びれば良いのかしら?友を助けるために、貴方の大事な人を身代わりにしたとでも?そんな言い訳通じる筈ないでしょう?」

 

ふと、彼女の表情が緩み笑顔が零れる。

 

「民から税を徴収して、民の為に使うからこそ民は付いて来てくれるの。だからそんなに麗羽のことを責めないであげ――」

 

急に立ち上がり、素晴らしい名案が浮かんだとその視線を俺に投げ掛ける。

 

「麗羽を使いましょう!……・本能とは恐ろしいものね。あの存在を今の今まで忘れていたわ!」

 

 

(十五)

 

俺は四枚目の密書を持って、華琳の名代で袁本初の元へと出向くと……・

 

「まじかよ」

 

この前の祭の後とは異なり、驚くほどの文官と武官が並んでいた。端っこの方なんて顔が見えないですけど……。

 

彼女に話しかけるのも叫ばないと聞こえない位の距離があり、そんな中を拡声器を持った袁紹さんが言葉を発する。

 

「皆さん、朝早くから御苦労さまですわ。それで?華琳さんの名代が来たと聞いていましたけど貴女でしたの?」

 

「曹孟徳の名代で参りました!その前に、まずは謝らせてほしい!」

 

「発言を許しましょう。それで?泣いて謝りたい事とはなんですの!?」

 

あー、やっぱり怒ってるよな……

 

「その……友達が危機に陥っているというのに、助けに行かない君を見損なったと言ってしまったことを、許してほしい!」

 

俺が頭を下げると、袁紹さんは何の事かしばらく考えた後、

 

「……あぁ、思い出しましたわ。で、助け出したから、袁家に奉仕したいと?」

 

「いや、全く」

 

「何ですって?聞こえなくってよ!?」

 

本当に聞こえていないのか、それとも都合の良い話ししか聞こえない振りをしているのか。この違いでこの袁本初という人物評が違ってくるんだけど……まぁ、ここは流してしまえ。

 

「その時の話を華琳に話したんだ!そしたら、袁本初は上に立つ者!公私を混同していては袁家当主は務まらないと!例え友だとしても助けに行けないのだと彼女が教えてくれたんだ!俺は君を勘違いしていた!本当にすまなかった!」

 

その話を聞いた周りの文官や武官達がざわめき始める。

 

「くっ、ご友人を助けに行けず、人知れず姫が心を痛めておられたとは!」

 

「さすが袁紹様!袁家当主という立場を貫き通したその強い御心!我等感服致しましたぞ!」

 

「まさか儂らが寝込んでおった時にそんなことが……。立派になられましたなぁ、姫!」

 

姫、姫!っと、文官、武官が彼女の前に押し寄せるそんな中、冷静な二人組が其処に居た。

 

「なぁ、斗詩?ぜーったいに、違うよな」

 

「だよね~」

 

「……。おーほっほっほ!――そう!袁家当主である私にとっては、当前の事ですわっ!」

 

袁紹が数回手を叩き、前に集まった者達に戻る様に促す。

 

「この私のとーっても清らかな心内を理解致しましたの。なら許して上げてもよろしくってよぉーほっほっほ!」

 

只でさえ良く通る声で高笑いし、さらに拡声器を利用しているため余計に頭に響く。耳を押させられないのが本当に辛い……。こりゃ、二日酔いで休むのも無理ないな。

 

「それで、華琳さんの要件って何かしら?」

 

俺は近くに居る人に密書を手渡すと、長い階段を上り一礼して袁紹に手渡す。

 

「華琳が言うには、綺麗なお姉さんを見つけたって」

 

華琳が言うと、そのままの意味で取れそうだが、十常侍関連だという合言葉なのだそうだ。

 

「何ですって!」

 

几帳面に折り畳まれた密書を乱暴に広げ、それを読んでいた袁紹の手が徐々に震え始める。

 

「……でかしましたわっ!捕まった華琳さんを助けに行くと言ったときは正直、頭の中を疑いましたけど、やはりこの袁本初の元が恋しくて戻って来たのでしょう?おーほっほっほ!」

 

「いや、別にそういうわけじゃ、――んんっ!」

 

「だよなっ!なっ!」

 

「曹操さん厳しいですもんねー!麗羽様!北郷さんもこんなに嬉しそう!」

 

いつの間にか俺の隣にやって来た二人に、口元を押さえられる。

 

「おーほっほっほ!そうでしょう!そうでしょう!猪々子さん、斗詩さん。彼女も長旅で疲れているでしょうから、休ませてあげなさいな」

 

「はい!」

 

「すぐに何進殿の所へ行きますわよ!あ、気が変わりましたわ。斗詩さんも後で合流する様に!」

 

「え、私ですか!?」

 

「姫~」

 

「猪々子さん、何ですの?急いでますの!手短に話してくださいな!」

 

「姫の仕事、結構溜まってるんですけど……、どうするんです?」

 

「あぁっ!この忙しいときにっ!猪々子さんが何とかしなさい!任せましたわよ!」

 

その一言に誰もが文醜さんを見て驚愕の声を上げる中、慌てた袁紹さんは御供をつれて走り去ってしまった。

 

 

(十六)

 

一体自分の身に何が起こったのか、文醜さんは分からずに動けないでいた。そんな中、周りの文官達がひそひそと物騒な話を始める。

 

「失敗すれば、それこそ袁家の名に泥を塗ったと首が飛びますな。姫の為とはいえ、考えも無くあのような事を口走ってはいけませんぞ」

 

その言葉を聞いた、武官達が彼女の肩を叩いて励ます。

 

「生きるか死ぬか!人生最大の大博打じゃないか!散って来いや!文醜!」

 

「骨は拾ってやる。あと短い付き合いだったな。お疲れ!」

 

ぽかーんと口を開けた文醜を見て、無二の親友である顔良が彼女の事を心配していた。

 

「ど、どうしよう。姫の仕事なんて、文ちゃんじゃ手に負えないよぅ!」

 

「ちょっ!誰も助けてくれないんっすか!?」

 

「すまん文醜!短い付き合いだったな!」

 

「なんとかなるって!」

 

「なる訳ないっつーか!……ちょっ!斗詩、助けてぇ!」

 

「ご、御免。後で姫が合流しろって……」

 

「誰かぁ~!」

 

首を横に振って、一人、また一人と消えて行く。中には手を振って笑いながら出て行く者も。

 

最後の一人が大声で謝罪の言葉を告げて走り去った後、この場には俺と文醜さん、顔良さんの三人だけになっていた。

 

「な、何だか大変なことになったね」

 

二人に声を掛けると、文醜さんが泣いて飛び込んで来た。

 

「うぅ……、誰も助けてくれないっ。あたいを見捨てないで!お願いだからっ!」

 

「北郷さん、私からもお願いします!文ちゃんを助けてあげて下さい!南陽太守を勤め上げた北郷さんならきっと何とか出来る筈です!」

 

「いや、俺、太守印押してただけで何もしてないんだけど」

 

でも胸の中で震えて泣いてる女の子を見捨てる訳には……いかないよな。俺の胸にくっついた、ぼさぼさの頭を軽く手で撫でてやる。

 

「ほら、泣くな。手伝ってやるから」

 

「北郷さん!」

 

「う、うわーん!アニキー!アニキー!」

 

こうして俺は彼女と共に、袁紹の手伝いをすることになってしまった。……華琳に手紙書かなきゃ。

 

 

あとがき

 

お待たせ致しました!第九章、兗州虎口、曹孟徳の事件簿。お楽しみいただけましたか?

 

 当初は袁紹の仕事を簡単に済ませて、話を進めようと考えていたのですが、文醜ネタを入れるか居れないかで、彼女達の言葉の重みがかなり違うことに気付き、その話を入れることにしました。そんな訳で最後の大切な台詞が拾えなかったということに。……次回に必ず!

 

内容

 なんて無理やり、なんて力技と、作者であるテスは深く反省しております。でも事件解決まで書けてほっとしております。

 

死亡フラグについて

 テスにはあれが限界でした。もっと良い回避ネタがあればぜひ教えて下さい。待ってますw

 

華琳の一刀の評価

 間違えて無いか、勘違いしてないか、ちょっと心配です。王道と覇道、どちらにも柔軟に対応できる。それが北郷クオリティ?

 

 さてさて、少し先の話になるんですが、真・恋姫無双の本編とアニメ編では、若干ズレがありまして少し悩んでました。結論としては、都合の良い部分でアニメ設定も取り入れることにしました。宜しくお願いします!

 

 最後に、沢山のコメント、応援メッセージ、そして不定期更新であるこの昇龍伝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです!

 

それでは!

 

 

このページは、第八章のコメント返しとなります!沢山のコメントありがとうございます!毎回返事が遅れてしまうこと、お許しください。

 

鳳蝶様 > 華琳が余裕なのは、夏侯姉妹を信じているからですね。でもまさか彼女達が出入り禁止になっているとは思っても居なかったでしょうね。

 

田仁志様 > いいものとは!?う~む、気になるw今回もいいものはありましたか?仕事も落ち着いて、こんな感じで公開となりましたw

 

ジョージ様 > なかなか本編の様に、これぞ春蘭!という表現できません。愛が足りないというのかっ……。

 

kayui様 > まさかの変態さん二段オチでした。これは一刀も予想外w

 

ルーデル様 > おかえりなさい!約一ヵ月ペースでのんびり進んでおります。今回の話でも、華琳の誘いを断りましたね。そして一刀も上を目指す発言が!

 

りょんりょん様 > 予告ネタで、まさかの後悔ですorz

 

自由人様 > 推理物では無くなってしまいました;まぁ、いろんなことに挑戦してみようと思いまして。失敗は次の機会に活かしたいと思います。物語の舞台は中央に飛びます。中央と言えばやはりあの人でしょう!

 

moki68k様 > 一刀が来て、もっと元気になりましたけどねw 口説きには自信があるようですが、ただ一刀は正真正銘、男の子ですからね。今回は華琳と言えども難しかったようです。

 

夜の荒鷲様 > 華琳「春蘭!!」 夏侯惇「はっ!!」

 

出雲猫様 > 女性関係では一刀に負けていませんからね。凛々しい華琳様、健在ですよ!

 

むんす様 > 今回は難しいかったのでそのままに。でも二回目からは特別編決定ですね。さらにいろんな人が書く曹孟徳の事件簿とか、そういう企画も案外ありかもしれません。

 

とらいえっじ様 > 事件後の二人の会話に簡単なヒントを。刺されかねない言えば……、もうお分かりですね?答えは第八章の六ページです。つまり確信犯です。

 

st205gt4様 > おぉ~、ちゃんと笑いが取れているのかと、心配で仕方ありません。

 

MATSU様 > ちょっとやりすぎかなと思いつつも、こういう華琳様もありかなと。王になる前なら、大丈夫かなっとw

 

motomaru様 > 確かに。でも感づく人はごく一部だという……。不思議な話ですよねw

 

サイト様 > 深い意味はあまりなく、何となくそう思ったのでしょうw

 

ブックマン様 > 確かに。後もうちょっと続きます。二回に分けて正解でしたね!

 

すずか様 > 昇龍伝での華琳のイメージが壊れてしまったかもしれません。やはりいろいろと気にしておられたようです。

 

MiTi様 > 一番最後だろうか!最後の見せ場でしたし……。もしそうだとしたら、本当にごめんなさいっ!

 

大うつけ様 > くるくる健在ネタが受けている!本人としてはまったくの予想外でした!

 

trust様 > その時には一刀だと分かってましたから、どうでも良かった訳ですね。勘違いしてたほうが都合が良いと判断して惚けただけですw あとデレデレと言いますか、本音トークできる仲ですね。裏切り、陰謀、騙し合い、人としての悪の部分が横行するこの時代では、彼の存在は華琳に取っては大きいかと。

 

jackry様 > 女装は未だ健在ですwもしかすると、このまま最後までなんてことに――!

 

相駿様 > 予告の最後は、第九章、最後のオチだったのですが……、何となく予想できるかと思います。途中で気が変わりまして、袁紹の所の話を噛ませようと思います。そのほうが、言葉の重み増しますので。

 

 


 
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