No.120456

真・恋姫†無双~三国統一☆ハーレム√演義~ #22 張三姉妹顛末|月下の和解

四方多撲さん

第22話を投稿です。
最後のオリキャラが登場です。細かい言い訳やらはあとがき演義にて。
出来る限り一般受けしそうなキャラにはした積もりですが……読者様に受け入れて頂けることを祈るばかりです。
さて、そのあとがき演義ですが。以前の貯金があるので、きっと袁家縁の3人になるだろうと執筆したら……
いつの間にやら逆転! うーむ、恋人気恐るべし……。慌てて執筆し直しました^^;

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2010-01-25 00:12:48 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:46089   閲覧ユーザー数:31544

 

『和』の支配力は急速に大陸全土へと広がっていった。

 

そんな中、山越が反乱を起こすが、『大和帝国』はこれを僅か十日前後で平定し、諸外国へ磐石なる国力を見せつけた。

また、一刀は暗殺者対策も兼ねて、武術訓練を開始。しかし、逆に教師役の武官たちに危うく半殺しにされそうに……

華佗の助言もあり、まずは『気功』訓練――錬功――を積み、耐久力を鍛えることになった。

 

そして。

 

十月には桃香、愛紗、鈴々の三人が。

十一月には穏、稟の二人が懐妊したのだった。

 

時は暫し遡る。

『第三次五胡戦争』に勝利し、三国同盟軍が解散した後、各国が新王朝建立に繋がる内政に取り掛かっていた頃。

 

 

魏都・許昌にある張三姉妹の事務所には確かに、三姉妹が揃っていた。

普段なら、天和と地和が騒ぎ、それを人和が諌めるなり、無視して帳簿をつけていただろう。

 

しかし。

 

今の事務所には、澱の如き沈黙が漂っていた。

 

「「「…………」」」

 

寝台に寝そべる天和も。椅子に坐って膝を抱える地和も。机に帳簿を開いたまま動かない人和も。

三人ともが暗い表情のまま。

 

姉妹の脳裏にあるのは、半月前の楽しい日々と、先刻の魏王・華琳との謁見の場での一幕――

 

 

 

第三次五胡戦争の終結後。

各国の軍が国許へ帰参する際、張三姉妹は一刀を初めとした蜀軍に付いて、蜀都・成都を訪れていた。

 

表向きは、件の契約――蜀主催の三国会談で張三姉妹を雇うこと――に関して正式な書類を貰う為。

実際は、天和(とこっそり地和)が一刀と離れることを嫌がった為である。

 

人和などは正直、蜀将達の視線が痛くて堪らなかったのだが。

姉二人はそういった視線に関して、強い耐性がある為、ほぼ無視して一刀にべったりとくっ付いていた。

 

一刀もまた、戦勝祝いということで、兵達や庶民の慰撫の為、三姉妹へ歌の披露を依頼していた。

また、彼女達へ『数え役萬☆姉妹(しすたぁず)』という芸名を贈ってくれもした。

天界の言葉混じりで彼女達には意味不明だったが、“『天の御遣い』から賜った”という事実は、後ろ盾のない旅芸人である三姉妹にとって非常に嬉しい付加価値がある。

三姉妹は(姉二人は単純に語呂が気に入ったようだったが)喜んでその名を受け取った。

 

加えて、これは三国会談ではないが、彼が一時的に張三姉妹の“連絡役兼世話役”となることを承知してくれた。

 

(正直、長居は出来ないから……精々七日間。その内の二日か三日でも会えれば……)

 

実は、魏王・華琳より、今月の半ばまでに魏都・許昌に赴き、登城せよと命令を受けていたのだ。

その為、姉妹達と一刀が触れ合える時間はその程度と人和は考えていたのだが。

 

一刀は、それこそ寝食を惜しんで時間を作り。

数日続いた戦勝祝いに託(かこつ)けたお祭り騒ぎにおいて、必ず一日に一度は一緒に過ごす時間を作ってくれたのだった。

 

天和は常に上機嫌。地和も、口ではなんだかんだといいつつも、一刀が訪れると明らかにテンションが上がっていた。

そして、人和は……自分の心を持て余していた。

 

(幾ら契約――約束したからって……やっぱり下心かしら?)

 

アイドルとして生計を立てる身としては、スキャンダルは非常に頭の痛い問題であるのだが。

姉二人は、完全にそのことを無視(或いは忘れているのか)していた。

 

北郷一刀と言えば、直近の配下(本人は『仲間』と主張するが)の全てに“御手付き”しているという猛者である。

家族であり、同じ女から見ても見目麗しい姉達(場合によっては人和自身)のカラダ目当てでないかと最初は疑っていたのだ。

 

しかし、一刀が訪れる際には、大概何人かの仲間を引き連れ、共に遊んでいた(お供で来た者達は、張三姉妹への牽制の意味もあったのだろうが)。

 

天和は、あの性格から、蜀王・桃香を含め、大半の将と真名を交換しており、それに付き合う形で妹二人も真名を交換した。また、地和は衣装のセンスなどに共感出来る部分が多いからか、特に蒲公英と友誼を深めていた。

 

街を回り、買いもしない商品を手に取り、美味そうな店があれば一刀に奢らせる。

 

そんな中で、張三姉妹や、蜀の者達が笑顔を見せるたび。

 

一刀は本当に幸せそうに笑っていた。

 

下心など、どこにも見えなかった。寧ろ積極的に身体を接触したがる姉達に泡食っていたくらいだ。

 

 

いつの間にか。

 

 

人和の心には、一刀との思い出がその大半を占めるようになっていたのだ。

 

(きっと……姉さん達も、そうなのよね……)

 

自身の想いを自覚し、姉達の笑顔を見て。姉妹三人全員が彼に惚れ込んでいることを悟ったのだった。

 

 

 

楽しい日々は、急流の如く過ぎ去り。

三姉妹は、蜀の皆に見送られ、後ろ髪を引かれる思いで成都を旅立った。

 

――次に成都で催される三国会談を心待ちにしながら。

 

/許昌 玉座の間

 

「……失礼致します。張三姉妹、参上仕りました」

 

華琳からの“今月の半ばまでに登城せよ”との命令の通り、三人は王城を訪れていた。

 

「予想はしていたけれど、ぎりぎりまで蜀にいたのね。悪いけれど、此方も時間がないの。早速だけれど、用件に入らせて貰うわ」

「はっ」

 

基本、こういう場で依頼主などと話すのは人和のみに任されている。……何分、姉二人はどんな失言をするか分からない為だ。

 

「天和。地和。人和。率直に聞くわ。――あなた達は、北郷一刀と契約を結んでいるわね?」

「……はい。今後、蜀にて催される三国会談において、演目のひとつとして参加することとなっております」

 

華琳に隠し事など無意味。人和は素直に答えた。

 

「その際、アレを“連絡役兼世話役”として扱う。そういう話だったわね?」

「……御意にございます。御本人様より、確かに。契約の書状もございます」

 

蜀にいる間に、こっそりと(蜀の者にバレると騒ぎになる為だ)一刀に契約書を認(したた)めさせていたのだ。

 

「そう。では……これから私が言うことは一切他言無用。いいわね?」

 

三姉妹が頷くのを確認して、華琳は続けた。

 

「来月の中旬――あと一月少々で、魏・呉・蜀という三国と、三国同盟は無くなるわ」

「!!?」

「なっ……ま、また戦乱が始まるっていうの!?」

「――二人とも、落ち着いて。華琳様はまだ言い終えてないよ?」

 

華琳の言に、慌てふためく妹二人を長姉・天和が抑えた。

 

「その通りよ。三国は統一されて、ひとつの『国』となる。――『天の御遣い』北郷一刀を“皇帝”としてね」

「「「!!」」」

 

流石にこの一言には、三人ともが驚きを隠せなかった。

 

「当然、月に一度の三国会談も、もう催すことはない。何か新たな祭りが企画される可能性はあるけれど」

「「「…………」」」

 

「故に一刀があなた達と交わした契約は……破棄されることになるでしょう」

「……!!」

「そっ!? そんなの一方的じゃない! あいつは……約束は破らないと言ったわ!」

「そうだよー! それじゃ、もう一刀に会えなくなっちゃう!」

 

三姉妹の反論に、華琳は静かに答えた。

 

「約束を守ろうにも、そもそも三国会談がなくなるのよ。況(ま)してや……一刀は“皇帝”となる。それもこの大陸の殆どを手中にする大帝国の天子よ。それに一刀自身は、まだこのことを知らないわ」

「「「…………」」」

 

「帝国が成立してからも一刀に会いたいなら……相応の“チカラ”が必要になるわ。権力、武力、財力……その種類は問わない。彼と釣り合うだけの“チカラ”がなくば、最早会うことすら出来なくなる」

 

華琳の言葉、その一言一言に、三姉妹は身を切り刻まれるような感覚を覚えていた。

 

「あ、いつは……あいつは身分なんかに拘らないわよ!? ちぃが何を言ったって、笑って済ませたんだから!」

「私も、そう思います。確かに三国会談はなくなるのでしょうが、別の催しがあれば……あの方ならお声を掛けて下さる筈です!」

「…………」

 

地和と人和はそう反論した。

それは確かに真実を突いていた。しかし、華琳は目を細め、まるで自らが振るう大鎌『絶』の如く。鋭い刃のような言葉を放つ。

 

「そうね。一刀は確かに約束を可能な限り守るでしょう。今後、祭りが催されれば、優先的にあなた達に依頼することでしょう。但し……」

 

一旦の間。

 

「このまま、あなた達が一刀からの依頼をただ待つだけならば。

 たとえ新しい祭りが催されたとしても、使いの一人が手紙でも送って来て、お仕舞い。

 そして、祭りで歌われる芸人の歌唱などに、皇帝陛下自身がご覧になる為に外出するなど有り得ない。

 逆に宮廷での雅楽として呼ばれるには……あなた達の歌は騒がし過ぎる」

 

華琳はそう言い切った。

 

「あ……」

「な、なによぉ、それ……」

「…………」

 

「今この時すら状況は大きく動いているの。もう戦乱の世は終わったわ。帝国の支配が強まれば、命令ひとつで大規模な徴兵も可能になる。そういう意味でも、あなた達はもう――徒(ただ)の旅芸人なのよ」

 

「……そ、それは……」

「最初に、約束したのは……アイツじゃない! そんなの裏切りもいいとこよ……!」

 

「裏切り、ね。あなた達が、一刀を“金蔓”と思っているならば、それでもいいでしょう?

 少なくとも、依頼と謝礼の約束は守られるのだから。

 但し、皇帝となる一刀を“庶人の世話役”にすることは、周囲が認めないわ。

 そして……あなた達と一刀との“繋がり”は失われることになるでしょう」

 

人和は顔面蒼白。地和は拳を強く握って涙を浮かべ。天和は――目を見開いて華琳を見つめ、呟いた。

 

「繋がりを……失う……」

 

「そうよ。それが嫌なら。彼に侍ることを望むなら――考えなさい。求めなさい。『天の御遣い』に匹敵する、自らの“チカラ”を」

 

 

こうして魏王・華琳との謁見は終わった。

 

三人は、どうやって事務所に戻ったかの記憶すら、朧げだった。

 

 

(繋がりを、失う。もう、会えない。顔を、見ることも……出来ない)

 

天和は寝台で天井をぼんやりと見たまま、華琳の言葉を反芻していた。

 

「何よ! 裏切り者! 裏切りものぉ……。約束、破らないって、言ったじゃない……!」

 

地和は、椅子で膝を抱えたまま。自らが涙を流していることすら自覚せず、一刀への罵詈雑言を口にし続けた。

 

(どうして……? 一刀さんは、きっと約束を守る。少なくとも依頼は来るだろうし、謝礼も相応に貰える。……何も問題ない、筈なのに……。所詮、身分違い、だもの……諦めるのが当然じゃない……)

 

人和は、帳簿を開いたまま、心中で自問していた。

 

 

三人は、会話をすることもなく。徒(いたずら)に時間だけが過ぎていった。

 

 

……

 

…………

 

 

「ねえ。ちぃちゃん。れんほーちゃん」

 

どれ程時間が経ったのだろう。三人ともが、時間の感覚など疾(と)うに失っていた。

そんな状態で、天和が妹二人へと呼びかけた。

 

「……何よ、天和姉さん」

「……どうか、したの……?」

 

「――私、一刀に会いたい」

 

たった一言、そう言った。

 

「そ、そんなの無理よ。余程の理由がなきゃ……庶人の謁見許可なんて下りないわ。契約の件を持ち出せば、もしかしたら一刀さんが周囲を説得してくれるかも知れないけど……そもそも会ったところで、どうにもならないわ……」

 

「私、一刀の笑顔が見たいの。一刀に触れたいの。一刀に触れて欲しいの!」

 

「な、何よそれ……。天和姉さん、アイツが好きだとでも言う積もり!?」

「そうだよ!」

 

断言した姉に、地和はそのまま固まってしまった。人和も同様だった。

 

「初めは、ただちょっと好みかもってだけだった。でも、私やちぃちゃんが我儘言っても。蜀で街を回ってても。一刀は、身分なんかちっとも気にしてなかった。笑顔に裏なんかなかった!」

「そ、それは、その通りだけど……」

「だから、あの笑顔をずっと見ていたくなった! また逢えると思うだけで嬉しくなった! ちぃちゃんも、れんほーちゃんも、そうでしょ!?」

 

「「!!」」

 

「もう、とっくに私達は、一刀に捕まっちゃってたんだよ。だから……一刀に逢えないと思うだけで。大好きな歌を歌うことも出来ない……」

「で、でも! どうやったら皇帝になるような奴と逢えるって言うのよ!?」

「そうよ、姉さん。どうしたって、私達が庶人なのは変わらないわ……」

 

「二人とも、しっかりしてよ! 何の為に華琳様がわざわざ呼んでくれたの!?」

 

「え? どういうこと?」

「……! そう、そういうことなのね……!? 華琳様は、このままでは一刀さんに逢えなくなる私達に……助言する為に、“道”を示す為に呼んで下さったのね……!」

「??」

 

地和だけが状況を理解出来ていないようで、頭に疑問符を浮かべていた。

 

「思い出して、ちぃ姉さん。最後に華琳様が仰った言葉を」

 

 

『彼に侍ることを望むなら――考えなさい。求めなさい。『天の御遣い』に匹敵する、自らの“チカラ”を』

 

 

「は、侍る……!?」

「私達、庶人が皇帝陛下と同じ高みまで行く方法。それって私達の“想いを遂げること”と同じなんだよ!」

「そ、それって、ちぃ達が皇帝の側女になるってこと!?」

「そう。一刀さんの側に常にいたいなら。庶人は皇帝陛下に“召し上げて戴く”しかないわ……!」

「れんほーちゃんの言う通りだよ。華琳様が求めろと言った、私達の“チカラ”――私達は偶像(アイドル)だもん! そんなの決まってるでしょ?」

「そっか! 偶像(アイドル)の“チカラ”――“魅力”なら大陸の誰にも負けないわ!」

「私達が偶像(アイドル)として大陸中に名を轟かせれば……皇帝陛下が“会いたい”と思っても不思議じゃない実力と名声を得れば。……一刀さんは“ああいう方”だし、周囲を納得させることは十分可能な筈よ」

「――やってやろうじゃない! 大体、元々ちぃの野望は大陸一の偶像(アイドル)なんだから! そうよ、アイツの口からちぃが欲しいって言わせてやるわ!」

「お姉ちゃんも負けないよ~! よーっし! そうなれば、まずは……腹ごしらえしよ♪」

 

ズココッ!

 

「ね、姉さん……」

「折角気合入れたのに……」

「だって~。お腹空いちゃってるんだもーん♪」

「まあいいわ。『腹が減っては戦は出来ない』ものね。まずは一杯食べて。作戦を考えましょう!」

「「おー!」」

 

 

こうして張三姉妹の活動が始まった。

最終目標は、皇帝に侍るに相応しい実力と名声を持つ、大陸一の偶像(アイドル)になること。

 

そう。彼女らは初心に帰ることで己が道を見出したのだった。

 

 

 

三姉妹のマネージャーたる人和は、まず“基盤を固めること”に重点を置くことにした。

重要なのは名声だ。広く、深く。誰もが自分達の存在を知っていることが、目的には必要だ。

 

故に、旧魏領(特に帝都となる洛陽を中心)に数多くいる、自分達の歌迷(ファン)を更に増やし、自分達の名を庶人だけでなく貴族達にすら届くよう、精力的に活動した。

 

ひたすらに移動とライブ活動の繰り返し。

 

その地道な活動が功を奏したか、僅かひと月余りで中原において『数え役萬☆姉妹』の名を知らぬ者はいなくなった。

 

人和の情報網によると、貴人などの中でもかなり話題になっているらしい。

……相変わらずの芸風の為、華琳の言う通り、雅楽として呼ばれることはなさそうだったが。

今ではより南部の荊州や、南東部の揚州にも名が広まりつつあるらしい。

 

名を売った反面、利益を得ることを二の次にしていた為、正直生活は苦しかった。

だが、三人ともがそれを口にすることはなかった。

 

あれ程短い付き合いであったにも関わらず、彼女達の心には一刀の姿が、その笑顔が強く深く刻まれていたのだ。

 

『大和帝国』建国より、一ヶ月少々が経った新暦(つまり太陽暦)九月の中旬。

洛陽警備隊が結成され、洛陽の治安維持に奔走し。宮廷では後宮の一部が崩落するという事件を発端に、洛陽の街自体を拡張する計画が練られていた頃。

 

張三姉妹は、旧魏領のどさ回りを終え、帝都・洛陽を訪れていた。

ここまで必死に節制し、一刀がいる洛陽城のある帝都に自分達の事務所を構える為である。

 

ところが……

 

「駄目だったって、どういうことよ!?」

「……この一ヶ月で洛陽の人口は二倍以上に膨れ上がっているそうなの。それに合わせて土地の値段も上がっていて。今の資金じゃ、とても家は買えないわ……」

「そ、そんな……!」

「えー! こんなに頑張ったのに~~」

「仕方ないわ。そう遠くないし、許昌の事務所で計画を立て直さなきゃ。取り敢えず、月末くらいまで滞在して活動しましょう。今日はもう休んで。なんとか月末までに一度、大きめの会場で歌えるよう、手配するから」

「「……はーい……」」

 

流石に三人とも疲労が表に出ていた。旅の疲れだけでなく、目標が達成出来なかったことに対する反動もあるだろう。

それでも。三人は諦めてはいなかった。

 

 

次の日から、三姉妹は街外れの広場を利用して歌を披露した。

流石に名が売れていることもあり、口コミで“洛陽に『数え役萬☆姉妹』が来ている”と広まり、すぐに人が集まるようになった。

 

「みんな大好きーー!」

『てんほーちゃーーーーん!』

「みんなの妹ぉーっ?」

『ちーほーちゃーーーーん!』

「とっても可愛い」

『れんほーちゃーーーーん!』

 

「うぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」

「ほわぁぁぁほっ、ほっ、ほっわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

…………

 

……

 

 

「うーん……」

 

宿の一室で、机に帳簿を開き、人和は悩んでいた。

 

「どうしたの、れんほーちゃん?」

「野外公演の方は順調なんだけど。大きい会場を確保出来なくて……」

「こんなにでっかい街なんだから、それなりに会場もあるんじゃないの?」

「流石に数日だと予約が埋まっていて。それ以外だと予算を大幅に超えちゃうわ……。予算を度外視してでもその会場を押えるかで悩んでいて……」

「あんまりそっちでお金使っちゃうと、事務所の予算がなくなっちゃうしね~」

「そもそも、食べるにも困るような状態は、もうコリゴリよ……」

 

三姉妹は一度、行き倒れて七乃に拾われた経験がある。もし、七乃が見つけていなかったら餓死していたかも知れないのだ。あの恐怖は、心底二度と味わいたくない。

しかし、この洛陽での名声は彼女達にとって非常に重要だ。何しろここは皇帝たる一刀のお膝元なのだから。

 

「とにかく、明日の午前中、もう一度回ってくるわ。姉さん達は野外の場所取りをお願いね」

「はぁーい」

「さ、今日は寝ましょう」

 

 

 

その夜。

 

「(……)」

「う、ん……」

「(れ……ぅ)」

「んぁ……?」

 

誰かに呼ばれているような気がして、人和の意識が眠りの淵から浮き上がる。

 

「!?」

 

窓も閉じている為、完全な暗闇の室内。誰かが自分の口を塞いでいることに気付いた人和。

 

(泥棒――いえ、暴漢!? 歌迷(ファン)に居所はバレないようにしてるのに……!)

 

「んん!? んぐぅ!!」

「(わ!? 暴れるなって! 俺だよ、北郷一刀だ!)」

「(か、一刀さん!?)」

「(落ち着いた? 実はお願いがあって、こっそり城を抜け出して来たんだ)」

「(……相変わらず王様――今は皇帝か――支配層っぽくない人ですね……)」

「(そうか? 王様とか皇子が城をお忍びで抜け出して、って結構定番じゃない?)」

「(言われてみるとそうかも……? そ、それでお願いとは?)」

「(その前に……この体勢のままって訳にもいかないし)」

「っ!////」

 

言われてようやく、現在の二人の体勢が非常にアレなことに気付いた人和は、慌てて上半身を起こした。

 

「(多分、追っ手が掛かってるんで、こっそり天和と地和も起こしてくれないか?)」

「(……一刀さん。念の為に伺います。私が寝ている間に何もしてませんね?)」

「(信用ないな!? ったく。俺は本人の許可もなく不埒な真似はしないぞ)」

 

暗闇の中、自身の寝衣に乱れがないことを確認する。

 

「(緊急とは言え、女性が泊まる部屋に忍び込んだんですから、不信に思われて当然です! もう……////)」

「(そ、そうだね……ごめん。でも、ホント緊急なんで、二人を起こしてくれる?)」

 

 

暫しあって、蝋燭の火を囲み、張三姉妹と一刀が机を囲んでいた。

 

「て、天和? そんなにくっ付かなくても……(む、胸の感触が……)」

「んふ♪ 気にしない、気にしない」

「だらしない顔してんじゃないわよ、一刀……#」

「はぁ……で、一刀さん。緊急のお願いとは何なんですか?」

 

微妙な空気を醸しつつも、人和が話しを進める。

 

「う、うん。実はね……」

 

一刀は、庶民の“医者に対する忌避感”を除去する為に、三人に“神医・華佗が、美周郎を治癒した実話”を元にした歌曲を作成して、大陸中に広めて欲しい、と語った。

 

「俺の『医者増員計画』の為には、どうしても大陸中に広めて貰わないとならない。その為に……君達の力を是非借りたいんだ!」

 

「……れんほーちゃん」

「人和」

「ええ。分かってるわ、姉さん達。……一刀さん。ご依頼、確かに承りました。我等『数え役萬☆姉妹』、全身全霊を以って、その目的を果たして見せます!」

「ふふん! ちぃ達に任せておきなさい! すぐにでも大陸中に広めてやるわ!」

「えへへ~、頑張るからね、一刀♪」

 

一刀が驚くほどに、やる気満々の三姉妹。深夜に叩き起こしたというのに、その眼には強い意志の光が宿っていた。

 

「あ、あのー……。まだ契約料とか何にも話してないよ……?」

 

一刀のその一言に、三姉妹は目配せし合い。代表して天和がその麗しい顔を、一刀の顔に近づける。

 

「て、天和?」

「ふふ♪ じゃあねえ……報酬には、一刀のことが欲しいな♪」

「は、はい!?」

「大陸一の偶像(アイドル)なら、皇帝とだって――『天の御遣い』とだって引けを取らないわ!」

「そ、そうだね?」

「一刀さん」

「れ、人和。これ、どういうこと?」

 

「私達からも一刀さんにお願いがあります。もし、私達がこの依頼をこなして。大陸にその名を知らぬ者のない偶像(アイドル)になれたら。……私達を、召し上げて下さいますか?」

 

三人は、真剣な瞳で一刀を見つめる。一刀は彼女達の瞳にどこか不安げな光があることに気付いた。

故に彼は一度眼を閉じた。自らの内面を探る為に。彼女達の真摯な思いに応える為に。

 

「俺は……三人が三人とも魅力的な女の子だってことは分かってる。けれど、まだ君達を深く知らない。だから、これから深く知る努力をするよ。君達が、大陸一の偶像(アイドル)になるまでに、俺も決心しよう。――今は、これしか言えないけれど、いいかい?」

 

三姉妹は、改めて目配せし合った。今度は人和から口を開いた。

 

「……分かりました。私達も、偶像(アイドル)としてだけでなく。あなたに気に入って戴けるよう努力します」

「よぉーっく見てなさい! 絶対にアンタの口から“ちぃ達が欲しい”って言わせてやるんだから!」

「へへー、じゃあコレは前払いね?……ちゅっ♪」

「んぅ!?」

「あぁー! ずるいわよ姉さん!?」

「て、天和姉さん……」

「ほらほら、二人も。最初は貰っちゃったけどね♪」

「やられた……。でも、そうね。前払いくらい貰っておいてもいいわよね?」

「ち、地和もか!?」

「あ、あの……私も……姉さん達に負けたく、ないの」

「れ、人和まで!?」

 

結局、三姉妹から接吻の洗礼を浴びてしまった一刀であった。

 

 

『数え役萬☆姉妹』は、まずはファンの多い中原を中心に活動。

その後、洛陽を拠点とし、大陸各地へ赴き『神医、美周郎を救う』の歌曲を披露し続けた。

勿論、場所の手配や予算など、一刀が様々な援助をしている。

 

彼女達が一刀に会うことが出来るのは、洛陽に滞在(最早帰郷というべきか)している僅かな間だけだったが、一刀もまた、スケジュールを調整し、積極的に彼女らと交流を持つように努めた。

 

その結果は『医者増員計画』の説明にて前述した通りである。洛陽を中心に中原には瞬く間に噂が広がった。そしてその範囲は、碌な伝達手段のないこの時代において、驚異的な速度で広まっていったのだった。

 

 

 

そして時は経ち、十二月。

たった三ヶ月で、『神医、美周郎を救う』は大陸中で知らぬ者のない程、有名な歌曲となった。

着実に医者志望の若者が洛陽に集まるようになったことを鑑み、ここにおいて『数え役萬☆姉妹』の功績は、『和』王朝の官僚達にも認められた。ようやく張三姉妹の“召し上げ”を許可したのである。

 

「天和」

「うん♪」

 

薄桃色のウェディングドレスを纏う天和。いつも以上に笑顔を輝かせ、目尻には微かな涙。

 

「地和」

「ええ!」

 

天和に対して薄青いドレスの地和。強気な態度を崩してはいないが、内面の歓喜が全身から滲み出ているかのようだ。

 

「人和」

「はい……」

 

純白のドレスを纏った人和は、はにかんで俯き気味だったが、感涙は隠しようもない程に溢れている。

 

 

「今までお疲れ様。やっと……やっと『約束』通り、答えを返せるよ。

 ――天和、地和、人和。俺も、君達を愛している。どうか、これからは俺の側で、俺を支えてくれ」

 

「「「はい!」」」

 

 

こうして、『数え役萬☆姉妹』こと張三姉妹は、『大和帝国』皇帝の正室として迎えられ、一刀と結ばれたのだった。

 

(……ま………頑……て……)

 

誰かの声が一刀の脳裏に届いた気がした。

 

(……誰、だ……? 何て、言ったんだ……?)

 

(……しには……今は………精一杯……ご主……次第……)

 

どこか野太いその声とともに、眩い光が一刀の意識を包んだ。

 

 

……

 

…………

 

 

気が付くと、一刀は急勾配の坂道を上っていた。

 

(んん? 何か違和感が……ああ、これ夢か)

 

着ているのは、Tシャツにジーンズ。履いているのもスニーカーだ。

大きなスポーツバッグを背負い、アスファルトの坂道を歩いている。

 

(何だっけ? 明晰夢とか言うんだっけ……。それにしても素っ気ねえ格好だなぁ、俺)

 

そんなことを考えていても、身体は勝手に坂を上って行く。

時間感覚が当てになるのかは分からなかったが、意識し始めてから数分。

一刀は今自分が(夢の中で)歩いているのが何処なのか、ようやく気付いた。

 

(このきっつい坂道……間違いない)

 

到着したのは、正に山頂に位置する屋敷。

大きな門構えの古民家だった。

 

(懐かしいな~……親父の実家、鹿児島の爺ちゃん家だ……。うーん、望郷の念は管輅さんのお陰で断ち切った積もりだったんだけどな。まあ夢くらいは見てもおかしくはないか)

 

門から母屋まででも百メートル以上ある、広大な敷地。

子供の頃、この山ひとつのみが祖父の資産なのだと聞いた記憶があった。

母屋である古民家の隣には、母屋より余程大きい、木造建築の道場。

一刀の祖父、北郷孫十郎は此処で古武術・剣術の道場経営者として細々と生活していた筈だ。

子供の頃から、門下生が十人を超えていたという記憶はない。

 

父・正直(まさなお)が東京浅草へと引っ越し、そちらで生まれ育った一刀がこの実家を訪れるのは、子供の頃の夏休みと、正月の帰省くらいなものだ。

正月の帰省はともかく、夏休みは始まる早々に此方へと連れて来られ、夏休みの四十日間は延々剣術三昧だった。

 

しかし、一刀が全寮制の聖フランチェスカ学園に入園して以来、訪れていない。

 

 

一刀の身体は門を潜り、道場を目指して歩き出す。

 

(まー、あの爺ちゃんに限って元気でない訳がないからな。夢とは言え、久々に面を拝んどくか)

 

 

一刀の祖父、剣術家・北郷孫十郎。

一刀が現代から姿を消した時点で御年八十八歳。大正九年(1920年)生まれ。

 

代々の士族であった北郷氏の嫡子として幼少よりタイ捨流と示現流を学ぶ。

齢十五にて単身満州(当時日本が征服し大陸に建国した国家)へと渡り、大陸浪人(大陸にて雄飛し名をあげる野望を抱く者達の総称)として大陸各地を転々と放浪した。

他の大陸浪人が、新天地を求めた貧困層民や日本軍のスパイだったりした中、孫十郎は自身の“武”のみを頼りに中国武術の深奥を求めて各地を彷徨ったのだという。

 

仁義に篤く、雄性強く、性質がさっぱりした気持ちのよい男であり、正に『快男児』とでも呼ぶべき男であった。

その友情は国家の壁を越えて幅広く、異国の友の危機の為に、時にはロシアやヨーロッパまで出向き、各国のスパイやらナチスやらと戦うこともあったと、当時の友人だという中国人の老人から一刀も聞いたことがあった。

 

しかしそんな破天荒な男も、日中戦争・太平洋戦争と続く祖国の危機の為に仕方なく帰国。不本意ながら一兵卒として戦地で銃と刀を手に戦った。

『軍刀って奴ぁ、本当に数人も斬ると切れ味が落ちやがって。やっぱ斬るにゃ確とした日本刀じゃねぇとなァ』

と酔った際にのたまった祖父の言葉を、今でも一刀は覚えている。

 

第二次世界大戦を生き抜き、戦後は元士族の資産を擲(なげう)って祖国復興に尽力。日米安全保障条約の調印・サンフランシスコ講和条約が発効され、敗戦国である日本が戦後復興を始めたことを見ると、またもや単身で世界を渡り歩いた。当時三十一歳。

 

まだ見ぬ強者と戦う為であり、己が武をより高める修行の旅であった。

 

そして十五年の武者修行を経て帰国。

ところが鹿児島へ帰郷した矢先、孫十郎は拳銃を持った暴漢に襲われる婦女子に出くわす。彼は、その婦女子を守る為、やむなく真剣による居合いで以って暴漢の手首を切り落とす。そのまま自首した孫十郎だったが、厄介にも相手が地元地方議員の息子だった為、色々あった結果、過剰防衛による懲役二年となり、なんと前科持ちとなる(但し、北郷氏も地元名士であった為、刀剣類所持の許可のみはそのまま許されるという待遇を得た)。

 

しかし、役に服し模範囚として刑務所から出所した彼をその場で出迎えたのは、その襲われていた婦女子だった。

交際を申し込む彼女に、当初は年齢差や前科、経済性などから断っていた孫十郎だったが、深く付き合う程に強くなっていく彼女の猛烈なアタックにとうとう折れ、結婚することとなる。

新郎五十歳、新婦二十歳という超年齢差結婚であった。

 

孫十郎は、唯一残していた資産である実家の山で古武術・剣術道場を開き、『北郷流』を掲げる。

地元では拳銃相手に婦女子を守った剣豪として有名であり、当時はかなりの門下生がいた。

その後も逸話に事欠かない男である。

曰く、旅路の山中で襲ってきた熊の素っ首を斬り落とした。

曰く、道場破りの剣術家とその弟子、合わせて十人を纏めて相手にし、たった一人、木刀一本で勝利した。

曰く、事故で炎上する乗用車に閉じ込められた親子を助ける為に、鉄のドアを斬って捨てた、など……

 

結婚より二年の後、長男・正直(まさなお)が生まれる。

正直は、孫十郎の剣術をある程度修めるも、結局は東京の大学へ進学。しかも正直は見初め“られた”女性と学生結婚。大学卒業前に一刀が生まれ、そのまま東京で就職、居住することとなったのだ。

 

平成の世となると、古武術や剣術を習おうという者も減り、数人の愛弟子に剣を教え、細々と愛妻と二人の生活を送っていた。

 

 

(こうして考えてみると、ウチの家系って極端だな~……。あと、女の子の押しに弱いのも血筋なのか……?)

 

一刀の身体は躊躇いなく道場の扉を開け放つ。

 

「たのもぉーーーー!!」

 

声もまた勝手に出た。

道場は、扉を開けるとまた地面である。木の床ではない。

その道場の最奥、地面にそのまま置かれた座布団……師範の席に一人の老人が胡坐を掻いていた。

 

「……本当に来やがったか。久しいな、一刀」

 

奥まではそれなりに距離があると言うのに、その老人の声ははっきりと伝わってきた。それだけでも、この者が強靭な横隔膜を備えた、鍛え上げられた人間であることを示していた。

 

「……久し振り、爺ちゃん。相変わらず、元気そうだね」

「おうよ。このオレが然(そ)う簡単にくたばる訳ねえだろう? がっはっはっは!」

 

とても九十近い老人の声ではなかった。身体の奥底から響くような強い発声。

老人は立ち上がり、道場の入り口まで歩いて来た。

 

背は低い。精々が百五十センチ程度。一刀よりもふた回りは小柄だ。しかし、発する迫力が老人をそれ以上の大きさに見せていた。

 

「オメエが三年近くも行方を眩ましたのも驚(おでれ)えたが……帰って早々、復学もしねえで剣術を習いてえとはなァ……」

 

(は? あ~、現代に帰ってきた設定ってことね……。俺、学園休学扱いなのか、この夢だと)

 

「ああ。俺はどうしても強くならなきゃならないんだ。彼女達を。そして俺の子供達を守る為に」

「はぁ!? なんでぇ、ガキもいんのか、オメエ。……つーか複数かよ」

 

(ちょ!? 殺されるんじゃ、俺!?)

 

言葉は勝手に口から出ており、制御出来ていない。心で悲鳴を上げた一刀であるが。

 

「……くくっ、がっはっはっは! 流石はオレの孫よ! オレも若え頃は色々無茶したもんだ。……淑子にゃ内緒な?」

 

孫十郎は破顔一笑、豪快に笑いとばした。

なお、淑子とは孫十郎の妻、一刀の祖母のことである。

ひとしきり笑うと、孫十郎は眼を鋭く細めた。

 

「まずは覚悟の程を見せて貰おうじゃねえか――」

 

そう言うや否や。孫十郎は一喝。

 

『――喝ァァァァァァァ!!』

 

凄まじい大音声。その一喝は声の大きさだけでなく、まさしく殺気までもが籠められていた。

常人なら気を失いかねない迫力である。

 

(いきなりかよッ! ――けど!!)

 

突如戻った身体の感覚。

一刀は肚(はら)に力を籠めて、その気当たりに抵抗する。

二年以上もの間、本物の戦場を経験し、数々の修羅場を潜り抜けた一刀である。まして彼は『三国志』に名高き武将達の気迫を直に受けてきたのだ。

 

「――ふんっ!」

 

見事、孫十郎の一喝を弾き返して見せた。

 

「がっはっはっは! やるじゃねえか! この半世紀で、オレの一喝に一歩も引かなかった奴ァ、久々だぜ?……相当な修羅場を潜ったと見えらあ」

「まぁね……何度死ぬかと思ったか」

 

何分の一かは味方である女性達の嫉妬やら暴走やらが原因だったりするが。

 

「よし、入門試験は合格だ。今日よりオメエは我が『北郷流』の内弟子として扱う。扱き使ってやるから、覚悟しときな。がっはっはっは!!」

 

その祖父の笑いを聞きながら、一刀は意識が遠のくのを感じていた――

 

 

……

 

…………

 

 

「う、うぅ……ん……。あ~、もう朝、かぁ」

 

一刀は寝台から身体を起こす。

 

「……んん? なんか、懐かしい夢を見てた気がするんだけど……何だったっけ?」

 

首を捻りながら、服を着替える。

どこか、心に靄がかかったような。夢の残り火とでも言うべき、不思議な感覚が残っていた。

 

「ご主人様、おはよー♪ 今日もいい天気だよ~♪」

「おう! 今行くよ、桃香」

 

起こしに来たらしい桃香にそう返事をし、私室を出る。

洗顔を済ませる頃には、一刀は不思議な感覚のことなどすっかり忘れていた。

 

建国から四ヶ月が経ち、既に十二月も半ばを過ぎた。

宮中のみならず、市井も年末で大わらわという時期である。

 

ある夜。一刀は一人、後宮の中庭で中天の半月を眺めていた。

 

(体調は完全に戻ったし。政務もほぼ順調。雪蓮のサボリ癖はちょっと困ったもんだけど……)

 

洛陽を初め、大都市には多くのヒトとモノが溢れている。

秋の収穫期を過ぎ、大陸全土から徴税したことで、『和』王朝はその力を更に増した。

そして、その財を以って『洛陽拡張計画』は急ピッチで進められた。敢えて新しい宮廷の設計図の作成を遅らせることで、市街地の工事を優先に進めさせたのだ。これによって、この冬の凍死者を大幅に抑えることが可能であると見込まれている。

 

山越の反乱を僅か十日前後で収めたことで、国内外へ『大和帝国』の強大さ、その基盤が磐石であることを示した。

 

また、医者増員計画も順調だった。

『医聖』張仲景主導による薬草の栽培も既に始まっており、来年の春にはかなりの量の収穫が見込めている。

何より張三姉妹の『神医、美周郎を救う』の歌曲のお陰で、洛陽の医師学校にも志願者が増え始めている。

華佗も、後進の育成に暑っ苦しい程に熱血しており、弟子の育成も進んでいると聞く。

 

この功績により、一刀の正室として後宮に迎えられることとなった張三姉妹であるが。

彼女達がアイドル稼業を続行することを強く望み、一刀がそれを支持した為、正式に国民へ“張三姉妹の召し上げ”について御布令は出されなかった。

これはファンの暴動を抑える為であり、同時に彼女達の活動の障害とならぬように、との配慮である。

ということで『数え役萬☆姉妹』こと張三姉妹は、アイドル稼業で洛陽を留守にすることもしばしばであった。

 

しかし、これには予想外な効力があった。

彼女達が巡業各地で一刀を褒める(要するに惚気だ)為、ファンからは少々敵視されつつも、一般的な国民、特に若い世代から更なる声望を集めることとなったのだ。

 

 

『和』王朝は、皇帝・北郷一刀を中心に、確実にその基盤を固めていく。

 

しかし、一刀は満足していなかった。

 

(民が、子供達が心安く生きる為に、俺がやらなきゃならないことはまだまだある。特にこれからは都市部だけじゃない、農村部の生活を如何に安定させるかが重要だ――でも、焦らず、確実に。俺には、頼りになる仲間がたくさんいるんだから)

 

 

決意も新たに、目線を上から戻した一刀は、東屋に人影があることに気付いた。

 

(――月と、詠?)

 

二人は、抱いた赤子を見つめたまま。

東屋で語らうでもなく。月下に相応しくはあろう静けさ。

 

そんな二人にどこか違和感を覚えた一刀は、思わず声を掛けていた。

 

「――こんばんは」

「あ、ご主人様……」

「げ。な、なんか用!?」

「いや……その、なんて言うか。二人が寂しそうというか、悲しそうだったから……」

「ほ、ほっといてよ!」

「……詠ちゃん。白ちゃんが起きちゃうよ。それに……本当のことだし」

「ご、ごめんなさい、月……」

 

最早詠が素直に一刀に謝らないのは誰もが認める所。一刀本人も気にしない。

 

「どうしてか……聞いてもいいかい?」

「はい」

「ええ!? 月ぇ~~、ボク、こいつに知られたくないよぉ……」

「大丈夫だよ、詠ちゃん。きっとご主人様に話したら、すっきりすると思うから」

「うぅ……わ、分かったよぅ……」

 

頑なに一刀と目線を合わせようとしない詠に苦笑しつつも、月は愛娘を抱きなおし、静かにゆっくりと語り出した。

 

「ここ、洛陽は……私と詠ちゃんにとって、辛い思い出しかありませんでしたから……」

 

その一言に、一刀は自らの浅はかさ加減に自分の顔を殴りたくなった。

 

「そ、うか。そうだよな……。ゴメンな、二人とも。もう、ここで生活し始めて何ヶ月も経つのに……そんなことにも気が回らなくて……」

「ふ、ふん! アンタの気が利かないことなんて、もう慣れっこよ!」

「うふふ♪(いつもの詠ちゃんに戻ってくれたね)」

 

月は更に語り続ける。

 

 

当時、涼州にて一大勢力を築いていた董卓こと月の一族と、その軍師である賈駆こと詠。

彼女達は涼州の隣、并州刺史として穏やかな日々を送っていた。

 

しかし、そんな二人へある勅命が下された。

 

命じたのは十常侍・張譲。

彼は、政敵である大将軍・何進を暗殺したはいいものの、その報復に宮中へ攻め入った袁紹・袁術軍に抵抗出来ず、少帝・弁とその異母弟・劉協と共に洛陽を脱出。連れ出した少帝弁の威光を笠に、月と詠を強引に招いたのだ。

 

精兵たる元涼州兵の武力を背景に、張譲らは洛陽へと帰参。宮中の帝と十常侍を守る武力として、月と詠をそのまま高級の武官・文官として任命した。

 

しかし、それからさして時間もおかず、張譲は殺されてしまった。犯人は不明。しかも、唐突に宮中・市井を問わず流れる“張譲を殺したのは、権力を欲した董卓である”という噂。

 

十常侍はトップを失い、誰が後釜に座るかで混乱。

同時期に一旦は政権から遠ざけられていた、大将軍・何進配下の将軍たちが暗躍。

 

詠は月を守る為、敢えて噂に乗る形で政権中枢を掌握。洛陽を支配することで他の権力者を抑える。

これで暫くは問題ない、と詠は胸を撫で下ろしたが。

 

そこに届いたのは、少帝弁の廃位と、劉協即位の報告。

権力を奪われたことによる宦官……十常侍たちの暴走であった。同時に、またもやその命を下したのは董卓であるという噂が洛陽に蔓延した。

 

その後、詠がようやく十常侍らを更迭することに成功した矢先。

全国から反董卓連合結成の報せが送られてきたのだった。

 

防備を固めるも、汜水関、虎牢関が相次いで破られ、協力してくれていた武将達は次々にその消息を絶った。

 

いよいよ二人は洛陽を捨てることを決意。

 

そして……その逃亡の途中、『天の御遣い』北郷一刀によって劉備陣営に保護されたのだ。

 

 

「あの頃。洛陽に来てから、詠ちゃんは殆ど笑うことがなくなりました。毎日毎日、私を守る為に方策を巡らせて。常に周りは敵だらけだったから」

「そんなこと言ったら、月だって! ……いつも悲しげで……。恋やねね、霞、華雄たちと話すときは多少笑ってくれたけど、彼女達には軍を纏めて防衛に回って貰うしかなくて。結局ボクは月を独りにするしかなくて……」

「そんなことないよ! いつだって私はみんなに守って貰うばかりで……でも」

 

月は一刀を見つめる。

 

「今、此処には皆さんがいます。華雄さんもどこかで元気にしていると聞きました。私の『天命』は、やはりご主人様――北郷一刀様と共に在ることだと。我が子の顔を見て、改めてそう思います。そして、きっと詠ちゃんの子を見ても、そう思うでしょう」

「ちょっ、月!?」

「ふふっ♪ ……私は詠ちゃんのように政治のお手伝いは出来ませんが……ご主人様が作る平和を見続けます。この子や、これから生まれてくる多くの子供達と共に。それこそが私の『天命』であると信じます」

 

月は、その真名の如く、柔らかな月の光のように微笑んだ。

 

「……そっか。ありがとう、月。俺は……詠やみんなと一緒に。この平和が少しでも長く続くように頑張るよ。だから――ずっと、ずっと見守っていてくれ」

「……はい」

「勝手にボクまで引き合いに出すなっての!//// ……って、あぁっ!?」

 

詠の照れ隠しの大声に、董白が起きてしまったらしい。赤子の泣き声が辺りに響く。

 

「ど、どうしよう!? ご、ごめんね、月!」

「だ、大丈夫だよ、詠ちゃん。……はいはい、どうしたの? 白ちゃん」

「だ、誰かお手伝いに呼ぼうか?」

 

月が宥めるが、董白は一向に泣き止まない。月も詠も、勿論一刀も今まで子育ての経験などなく。

誰か、人を呼ぼうとした一刀を抑えたのは。

 

「はいはい、大丈夫ですよ。どれどれ~?」

 

張勲こと七乃だった。

 

「はいはい、これはお乳ですね。お腹が空いたんでしょう。董卓ちゃん、大丈夫ですか?」

「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます、張勲さん」

「ほらほら、北郷さん。男の方はあっち向いて下さいねー」

「ええ~!? まあ仕方ないか……」

 

渋々後ろを向いた一刀は、こそこそしている人影に気付いた。

 

「……美羽と、麗羽?」

「ひゃう!?……気付かれたのじゃ……」

「ふぅ……こんばんは、一刀さん。よい月ですわね」

 

気まずそうに現れたのは、赤子を抱いた袁術・美羽と、その従姉・麗羽だった。

 

「なんでこんな時間に後宮にいるのかと思ったら、また麗羽に呼ばれたのか」

 

美羽と七乃は、一刀の正室という訳ではない。後宮に立ち入るには相応の人物の許可が必要になる。

その点、正室たる麗羽の呼び出しとなれば、基本的には問題ない(武装解除が大前提だが)。

麗羽は美羽を着せ替えたりして弄る為に、度々後宮へと招待していた。

 

「(以前も言ったけど、呼び出されるのが嫌なら嫌とはっきり言っていいんだぞ? 官位とか気にしないで)」

「(わ、分かっておるのじゃ!////)」

 

一刀はまさか美羽が自分に会う口実のひとつとして、従姉の招待に応じているとは思いもしない。

美羽自身は、従姉の招待に応じるのが、一刀に会いたい為だとの自覚が極めて薄い。

そして、そんな美羽の様子をこっそり窺い、にやにやくねくねする不気味な七乃、という構図である。

 

「で、なんで隠れてたんだ?」

「……相変わらず、変なところで鋭いくせに、肝心なところでは鈍感ですわね」

「酷い言われ様だ……」

「事実なのですから、当然ですわ。全く……今のあなた方の話の内容を聞いて、わたくしや美羽さんがのこのこと顔を出せるものですか」

「……あ、あぅ……」

「……ああ、そう、か……」

 

先刻、月の口から語られた、洛陽で彼女達を陥れた張本人。それこそ、大将軍・何進の重臣であった袁紹と袁術。つまり麗羽と美羽であったのだ。

 

張譲を暗殺し、その犯人が董卓であると噂を流し。

更迭・降格された何進の配下だった将軍たちを、今こそ好機と唆し。

政権中央を詠が固めるのに合わせ、権力を奪われた宦官たちをまたも唆し、少帝弁を廃させ、かつ、それを命じたのが董卓であると再度噂を流す。

そして大陸全土の諸侯へ“巨悪・董卓討つべし”と伝令を飛ばし、反董卓連合軍を編成。

 

洛陽を自らの手中に収め、皇帝を傀儡とし、何れは漢王朝から帝位を簒奪する為の策謀……全ては自らが権力の頂点に立つ為。

その為に二人は、月と詠を利用したのだ。

 

 

「……ご主人様、もう大丈夫ですよ」

 

暫し、沈黙した一刀、麗羽、美羽の三人に月が声を掛ける。

 

「……ああ」

「こんばんは、月さん、詠さん。……少々時機の悪いところで来てしまい、申し訳ありませんわ」

「(そわそわ)」

「いいえ。こんなに良い夜ですから。庭に出たくなってもおかしくないです」

「ふん!」

 

一刀は、沈黙を保ちつつも何か言いたげな美羽を見守っていた。

何を言いたいのかは察しがつくが、敢えて手助けはしなかった。

それは美羽の成長の為。そして……

 

「あらあら。董白様、おむずかりみたいですねぇ」

「へぅ~、本当に。よしよし……」

 

愚図る赤子の背を軽く叩きながらを月が抱き上げる。

七乃は美羽にちらと一瞥をくれた。

 

「!! ……と、董卓よ。良ければ、妾が子守唄を唄って進ぜようか?」

 

「……はい、お願いします」

 

月は笑顔で快諾した。

 

 

「~~♪~~♪~~♪~~♪~~♪」

 

 

月下に柔らかく繊細な歌声が響く。波のように大きくなっては小さくなり。夜闇に沁み込むように。

 

いつしか董白は寝息を立てていた。

 

「……ありがとうございました、袁術ちゃん」

「う、うむ……これくらい何ということはないのじゃ……。の、のう。董卓、賈駆」

「……はい」

「…………」

 

美羽の言葉に、月が声で応じ、詠は目で応じる。

半月の月明かりでも、美羽が酷く緊張しているのがはっきりと分かる。

幾度かの嚥下。ようやっと美羽は言葉を繰り出した。

 

「……ごめんなさいなのじゃ!」

 

大きく頭を下げ。少しばかり涙混じりの声で。

確かに美羽は謝罪を口にし、身体で表した。

 

「……はい。でも……」

「で、でも!?」

 

月の反語に強烈に反応する美羽。月は詠に目配せし、発言を任せて貰った。

 

「袁術ちゃん。あなたの従姉である麗羽さんは、この件について謝って下さったとき、どうして謝ったのか。これからどうしたいのかをはっきりと伝えて下さいました。……なら、袁術ちゃんも出来ますよね?」

 

「あ……」

 

過ちに対し、謝罪する。それは大事なことだろう。だが謝罪するだけが目的の謝罪に何の意味があろうか。

月は、美羽へ“これから”を問いかけたのだ。

 

「妾は……皆と同じように。かつては仲の悪かった雪蓮たちと同じように。董卓や賈駆とも仲良くなりたいのじゃ!」

「はい。私も袁術ちゃんと仲良くしたいと思っています。ですから……勇気を出して、謝って下さって。ありがとうございます」

「ふぅ……まあ月がこう言うなら仕方ないわ。ボクもお前の謝罪を受け入れるよ」

「すまんかったのじゃ……ひっく」

 

とうとう泣き出した美羽に一刀が傍により、その頭を撫でてやる。

 

「……よかったな、美羽」

「ぐすっ、ぐすっ……うむ……うむ! 董卓、賈駆よ、妾の真名を受け取ってくれるか?」

「はい、喜んで」

「……月がいいなら」

 

「妾は袁術……真名は美羽じゃ。これからは仲良くしてたもれ」

「此方こそ、よろしくお願いします、美羽ちゃん。私は董卓……真名は月です」

「ボクは賈駆、字は文和、真名は詠よ。……子守唄、綺麗だったわ。美羽」

「あ……出来たら、妾の側近の張勲の真名も受け取って貰えぬだろうか? 妾と七乃は、そなたらのように離れることのない存在なのじゃ!」

「まあ! まあまあ! お嬢様、なんと有り難きお言葉~! 七乃感激です~!!」

「落ち着け、七乃」

 

暴走し出した七乃を一刀が抑える。

 

「は、はい。勿論です」

「……待って、月。まだ早いわ」

「へぅ?」

「……そうだな。詠の言うことも尤もだな」

 

今し方、美羽が謝罪したが、謂わば美羽を責任者とすれば、七乃は計画犯、或いは実行犯である。

ならば七乃も謝罪するのが道理、ということだ。

 

一刀と詠の言葉に、七乃の表情が軍師のそれへと変貌する。

 

「……はい。お二方を陥れる計画の一端を担った者として。言葉にて赦されるようなものではありませんが――申し訳ございませんでした。どうか主共々、ご容赦下さいますよう。伏してお願い申し上げます」

 

土下座ではないが、七乃は最敬礼を以って謝罪を述べた。

 

「は、はい。勿論、です。どうか、真名をお教え下さい」

「(ぽかーん)」

(軍師って、普段の顔と、頭を働かせてるときの顔で、ギャップあるよなぁ……変わらないのは冥琳くらいか?)

 

「姓は張、名は勲。真名は七乃にございます。既に尚書として官を拝命しております故、これからも宜(よ)しなにお願い致します」

 

「はい、七乃さん。私は月です。この国と大陸の平和の為に頑張って下さい」

「……普段から真面目に出来ないの? まあいいけど……詠よ。仕方なく侍中(皇帝の諮問に答える側近)をしてるわ」

「……ほんとに詠はツンツンツン子ちゃんだなぁ」

「っるさい!(ゲシッ)」

「もう、詠ちゃん。ご主人様を蹴っちゃ駄目だよ~」

「あらあら。お三方は仲がよろしいですね、お嬢様?」

「う、うむ……」

「羨ましいですか?」

「しょっ!? しょのようなことはないぞ、七乃!」

「そうですかー♪」

 

美羽が無事、月と詠に赦されることを、沈黙して見守った麗羽は、夜空を見上げ。

 

「……本当に、よい夜ですわ」

 

そう呟いた。

それを聞いていた一刀は、まだ彼女達に伝えられずにいた、彼の言葉を伝えることにした。

 

「――今、この場に麗羽と美羽、月と詠がいるなら。みんなに睡蓮……先帝・劉協からの伝言を伝えようと思う」

「「!?」」

「…………」

「睡蓮様のご伝言、ですか?」

「うん。基本的には麗羽と美羽への伝言だけど……二人も聞いていて」

 

一刀の言葉に月が頷く。

麗羽は美羽と七乃に目配せし、跪いた。

 

「袁本初。謹んで拝聴致しますわ」

 

美羽もそれに倣い、慌てて跪き。七乃は二人よりも数歩後ろに沈黙したまま跪いた。

 

「(あわあわ) え、袁公路。同じく拝聴しますのじゃ」

「……」

 

「では先帝・劉協よりの言葉を伝える。――『唯々、天下泰平を求めよ』。以上だ」

「「「「!!」」」」

 

「……確かに拝聴致しました。慈悲深きお言葉、ありがとうございます……」

「……天下、泰平……」

「………」

「睡蓮様の異母兄、劉弁様が殺されたのは、ボクが十常侍どもの暴走を抑えられなかったせいでもある。だから……その言葉、ボクも胸に刻んでおくわ――」

「詠ちゃん……」

 

麗羽は恭しく、また深く深く頭を下げた。美羽は、その言葉の重さに気付き始めており、七乃はそんな美羽の様子をじっと窺っていた。

 

そして、当時の犠牲者側でもある詠は、眼鏡の奥の瞳を更に細め。決意を口にした。

 

麗羽・美羽の謀には劉弁の暗殺は含まれていなかった。だが、劉協を雍した(積もりになっていた)宦官一派が、劉弁の復権を恐れ、彼を実母共々毒殺してしまったのだ。

 

「妾は……七乃が死んだら……同じことが言えるじゃろうか……」

「誰もがそう思うんだよ、美羽。翠や劉協、或いは争った山越の民と旧呉の民のように、愛しい者を奪われた“怨嗟”を呑み込むことが、どれ程苦しく、辛いことなのか。それは本人にしか分からないんだ……だから」

 

一刀は美羽の前に座り、目線を合わせる。

 

「睡蓮が――劉協が言う『天下泰平』ってのは。誰もそんなことなんかしないでいい世界を創るってことだ。俺や詠や仲間達は、その為に毎日頑張ってる。美羽も……その為に自分に何が出来るのか。考え続けるんだ」

「……分かったのじゃ。妾に……出来ることを探そう。謝るだけでは駄目なことは、月が教えてくれたのじゃから」

「そうか。偉いぞ、美羽」

 

幼いながらに覚悟を語る美羽の頭を、一刀は優しく撫でてやった。

 

 

こうして、反董卓連合の裏側で携わった者達は、その過去を呑み込み。友誼を結んだのだった。

 

十二月下旬。官も民も、どこもかしこも年末進行(?)である。

年末から年始にかけ、宮廷では数々の儀式が執り行われる。その為、官僚らは通常の職務のみならず、その準備にも追われていた。

特に一刀が新暦として太陽暦を採用した為、正月としての行事と、陰暦時代の『二十四節気(陰暦の季節区分)』の行事が重なることで、尚更に忙しくなっているのだ。

宮廷の行事の主役は結局のところ、天子たる皇帝である。故に一刀も政務と儀式参加を行ったり来たりと、慌しい日々を送っていた。

 

 

そんなある日。昼餉の為、執務室から後宮へ戻った一刀は、中庭で一人ぼんやりとしている恋を見つけた。

 

(んん? 何してるんだ……)

 

見る限り、片手には愛器『方天画戟』、もう片手には饅頭。

しかし、その饅頭を食べるでもなく、ぼうっと空を見上げている。

 

「恋、こんなところで何してるんだ?」

 

そう声を掛け、彼女の肩に手を置く。

 

「ッ!?」

 

すると、凄まじい速さで一刀から距離を取り、愛器を構えた。

 

「どわぁっ!? お、俺だって! 北郷一刀だよ! なんで武器構えるの!?」

「…………ご主人様。吃驚した」

「いやいや、吃驚したのはこっちだって。天下の呂奉先ともあろう者が、俺の気配に気付かないなんて、一体どうしたんだ?」

「…………?」

「そこで首を傾げられても、こっちが困るんだが……ん?」

 

そう言いつつ恋へと近付いた一刀は、恋が饅頭を落としていたことに気付いた。

 

「あ~あ、勿体無いな。土の上じゃあ、拾って食べる訳にも……」

「――!」

 

饅頭を拾おうとした一刀。

だが、自身が饅頭を落としたことに今更気付いたらしい恋は、凄まじい迫力を放ち、一刀へと迫る。

 

「え? ちょ――」

「恋の……饅頭ッ!!」

「――ごふぁ!?」

 

次の瞬間には、一刀は戟の柄による振り上げを腹にもろに喰らい、十数メートルも空高く打ち上げられていた。

 

がざざっざざっ!!

 

幸運にもそのまま地面に叩きつけられることはなく、木の枝のクッションにより、相当に衝撃を和らげた上で、一刀はその木の根元に落下した。

 

「げほっ、ごほっ、しゃ、シャレにならねぇっ!? つか、俺が何をした……?」

「あ…………ご、ご主人さ、ま……っ」

 

自分が何をしたのか、それこそ今更に理解したらしい恋が心配そうに駆け寄ってきた。

 

「…………ご、ごめん、なさい……」

「う、うん。そ、それは……いいんだけど、ね? どうして、俺を殴っちゃったのか、教えてく……げほっ!?」

 

腹部の痛みを堪えつつ、恋に説明を求めようとするが、腹から込み上げる吐き気に近い何かに、一刀は口を手で押さえて大きく咳き込んだ。

そして、掌に何かを吐き出した感触。

 

「げ。血が……」

 

微量ではあったが、確かに一刀は吐血していた。

 

「――あぁあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「わ!? だ、大丈夫だって!」

 

それを見た恋は、突如泣き出してしまった。

付き合いの長い一刀も、これ程まではっきりと泣く恋は初めて見た。

どうしたものやらと困惑し、一刀は腹部の痛みと嘔吐感を我慢して立ち上がり、恋を抱き締めてやる。

 

「(めっちゃ痛ぇ! けど、男の子は我慢の子!) 俺は大丈夫だから……ね?」

「ああぁぁぁぁ……ごめん、なさい……! ごめん、なさ、い……!」

(こ、困った……正直、腹の痛みもシャレになってねぇ……! かと言って恋を放っておけないし……。あ、そうだ!)

 

恋を抱き締め、あやすようにその背を撫でつつ。一刀は精神集中を始めた。

 

(こんなときの為の『気功』だろ……!)

 

体内を膨大な『氣』が巡り始めると、徐々に腹部の痛みや嘔吐感が消えていく。

数分もしない内に、腹部に多少の違和感がある程度まで治まっていた。

 

(……よしよし、我ながら上出来じゃないか! 次は恋を……)

 

「よしよし、もう大丈夫だ。俺はもう元気だぞ? だから恋も元気に……いつもの恋に戻ってくれ……」

 

そう耳元で囁き、優しくキスする。

 

「……んぅ……ぺろっ」

「ん……落ち着いたかい?」

「…………(こくり)」

「そっか。よかった……」

「…………血の……味…………」

「はい?」

 

どさり。

 

気付くと、一刀は恋に押し倒されていた。

 

「……あれ?」

「…………ご主人様。もう元気?」

「え? ああ、腹はもう大丈夫だけど……なんで俺を押し倒す?」

「…………しよ」

「な、何を?」

「…………子作り」

「はい!? 一体何がどうしてそうなるの!?」

 

戸惑う一刀を歯牙にもかけず、恋はいそいそと“子作り”の準備を始め出す。

 

「ま、待てって! こんなところ誰かに見られたら……!」

 

そして、こういう時こそ誰かが見ているというのが天の采配というものだ。

 

「――このへぼ皇帝っ! 真昼間から恋殿に何をしているのですか!?」

「ねね!? い、いや、これはだな……!」

「言い訳無用っ! ちんきゅーきっく『弐式』――」

 

ねねが一刀へスライディングからの蹴りを見舞おうと助走し始める。しかしそれを遮ったのは。

 

「……ねね。邪魔するなら許さない」

「ぴぃ!? れ、恋殿ぉ……?」

 

またもや凄まじいプレッシャーを放つ恋だった。その迫力に怯えた音々音は動きを止める。

つうと言えばかあという主従である。音々音も、この状態を作り出したのが恋の側であることを悟った。

 

「で、ですが恋殿ぉ~……今は昼間で、しかもここは中庭なのですぞ~……。後宮の廊下からですら丸見えで……」

「…………じゃあ、ねねも、一緒」

「「なっ、なんですとーーーー!?」」

 

思わず一刀も音々音と同じ口癖で叫んでしまった。

最早二人には恋が正気でないとしか思えない。

 

「(へぼ皇帝! 一体、何がどうなっているのです!?)」

「(俺にも全然分からないんだよ! 普段感情を表に出さない恋がこんなに……)」

 

一刀と音々音がこそこそと会話する間にも恋の準備は進み、いつのまにやらセミヌード状態。

 

「…………ご主人様と、ねねも、脱ぐ」

「ちょっと待ってぇ~~!?」

「お待ち下され、恋殿ぉ! 此処はまずいのです! せめて恋殿かねねの部屋へ参りましょう!?」

「…………面倒」

「そ、そんなぁ~~~~!?」

 

と、混沌し始めたところに、大きな犬が一匹、とてとてと現れた。

音々音の愛犬、張々である。

 

「おぅん?」

「…………張々も、仲間に、入りたいの?」

「なんですとーーーー!?」

「それは駄目だぁーーーー!?」

「うぉん?」

 

恋の言葉に一刀と音々音は大声で拒絶するが、当の張々は(当たり前だが)何のことか分からず、その場に座る。

そしてひと吠え。

 

「うぉ~~ん」

「あぅん?」

 

その声に反応して現れたのは、今度は恋の愛犬であるセキトだった。

セキトはちょこちょこと一刀に跨る半裸の恋に近付く。

 

「…………セキト?」

「(くんくん)……わん! わん!」

「…………そうなの?」

「わぉん!」

「「??」」

 

セキトと会話(?)出来るのは恋だけ。一刀と音々音は何のことだと首を捻る。

 

「…………ご主人様」

「な、なにかな、恋」

「…………恋、赤ちゃん、出来たって、セキトが」

「「なんですとーーーー!?」」

 

またもや一刀と音々音の叫び声が重なって中庭に響いた。

 

 

 

すぐさま恋を華佗に診察して貰ったところ、本当に恋は懐妊しているという。

途端に上機嫌になった恋と、嬉しいような悔しいような複雑な心情の音々音。

そして。

 

(妊婦さんは情緒不安定になるとは聞いてたけど……。『万夫不当』の不安定は、ヤバ過ぎる……!)

 

と一人戦慄し、恋には早めに休職して貰おうと決意した一刀である。

 

因みに、一刀の症状は、胃に軽い傷が出来ている程度と診断され、華佗の五斗米道の治癒術によって即時完治したのであった。

 

(……様、頑……)

 

脳裏に響く、印象的な野太い声。

 

(……いつだったか、聞いたような……)

 

(……次第……応援…………)

 

 

……

 

…………

 

 

ふと気が付くと、一刀は祖父と二人で向き合っていた。

場所も地面剥き出しの示現流特有の道場。一刀はジャージ姿だった。

 

(また、この夢か……)

 

「で、一刀。オメエが欲しい“強さ”ってのは、どんなのだ?」

 

どうも今回は最初から自分で喋れるようだった。

 

(この夢……何か只の夢じゃない気がするんだよな。単なる勘だけど……うん、正直なところを答えよう)

 

一刀は自身の直感を信じ、『三国志』の時代での経験を踏まえた説明を始めた。

 

「……信じられないかも知れないけど、聞いてくれ。槍や戟の一振りで十数人もの人間を弾き飛ばしたり、素手で石壁や地面を砕いたり。そういう、人外と言ってもいい“武力”を持つ人達と渡り合う為の“技術”が欲しい」

「…………」

 

一刀の発言は、現代人からすれば滑稽な話だ。だが、一刀の真剣な瞳を見たまま、祖父・孫十郎は微動だにしない。

 

「一刀。オメエはそういう“奴等”と死合ったのか?」

「俺自身が直接戦ったことは殆ど無い。精々が手加減して貰っての手合わせ程度だった。でも……いつそうなってもおかしくは無い状況だった」

「……それで?」

「……一応の平和は成された。でも、俺はいつ襲われてもおかしくない状況にある。……なんでか代表者になっちゃったからね。だから……自衛の力、生き延びる技術を身につけておきたいんだ。俺が死ぬことで……やっと手に入れた平和が崩れる可能性がある以上は」

「……つまり、勝つ為の技術よりは、生き延びる技術が欲しいんだな?」

「うん。正にその通りだよ」

 

そこまで真剣な表情で話していた孫十郎は、突如にやりと笑みを浮かべた。

 

「かぁ~、羨ましいぜ、一刀。オレもそういう奴等と死合ってみてえもんだ」

「物騒なジジイだな……」

「そう言うなよ。これも武人の性って奴さ。がっはっはっは!」

「とにかく。俺は“勝つ”必要はないんだ。俺にとっての勝利は“生き残る”ことだ」

「ふぅむ。そこまで心が決まってるなら、特に問題はねえ。とにかく『北郷流』を修めることを考えな」

「そうなの?」

「おうよ。まあオレを見ろよ。同世代と比べたって小柄だろう? 『北郷流』ってのはな、オレがこの小さい身体でタイ捨流や示現流を有効に使う為に創ったモンだ」

「じゃあ爺ちゃんが開祖なんだ?」

「ま、そういうこった。ウチ――北郷氏に伝わったのはタイ捨流と示現流だが。特に示現流ってのは所謂『剛剣』だ。つまり身体性能が物を言う。奥義まで極めりゃ違うんだろうが、当時のオレはそこまで至れなかった。だから若え頃、でっけえ連中に勝つ為に、あっちこっちの武術の技法を盗んで組み合わせたのよ。そう言う意味じゃ、タイ捨流が基本だわな。オメエにもガキの頃から、その精神論は叩き込んだろう?」

「ああ、よく言われたなぁ。『体を捨て、待を捨て去れば、心は自在になる』って。行方を眩ましてた間、この考えは本当に役に立ったよ」

「ま、戦場の経験者が言うんだ。修羅場で役に立つのは当然よ。さておき……小兵がより大柄なモンに勝つ――つまり殺されねえように戦う為に編み出したのが『北郷流』ってこった」

「成る程ね……」

 

世界を巡って修行したという流派開祖の言葉だ。その言葉が祖父の言葉であるからではなく、その経験から来る言葉の重さ故に、一刀は信じるに値すると判断した。

 

「能書きは此処まで。まずはオメエの実力を見てみっか。ホレ、こいつを構えてみな」

 

孫十郎は一刀に木刀を放り投げ、そう言った。

 

「ッス」

 

正眼に構えた一刀だったが。それを見た瞬間、孫十郎は頭を掻いた。

 

「駄目だ、こりゃ。すっかり剣道の構えになっちまってらぁ。そういや東京じゃ剣道やってたんだったな」

「基本は出来てるって“向こう”でも言われたんだけどな……」

「武術的にはな。剣道がどうこうって話じゃねえ。オメエがこれから覚えるのは所謂“古流”って奴で、しかもオレ流よ。理屈が違えんだよ」

 

孫十郎は一刀の足元……爪先を指差す。

 

「踵を上げて親指の付け根……拇指球を使って踏み切るのは、確かに俊敏性を発揮し易い。が、オメエ俊敏さで黒人に勝てるか?」

「……無茶言うなぁ……」

「そう言うこった。“古流”ってのは『戦場で死なない為の技術』が基本だ。先手必勝か、後手必殺かはともかくな。オレはそれに『自身が相手より基本性能で劣る』ことを前提として技術を組み立ててんだ」

「ふむふむ……」

「ついでに言やあ、爪先立ちは足場が悪いと体(たい)を崩し易い。要はリスクが高えんだよ、戦場(いくさば)じゃあな」

「ははぁ……」

「こりゃ暫くは基礎修行だな。ちっと待ってろ……」

 

孫十郎はそう言って、道場の横へと繋がる倉庫へと入って行った。

暫くすると、その手に奇妙な下駄を持って出て来た。

 

「爺ちゃん、何それ?」

「下駄も知らねえのか」

「それは分かってるっての。何かおかしくない、それ?」

「こいつは『一本歯下駄』って奴でも特別歯が高い『天狗下駄』ってんだ。おら、履け」

「う、うん……」

 

孫十郎が持って来たのは、歯が一本しかなく、しかも普通よりも相当“高い”下駄である。一刀は促されるまま、天狗下駄を履く。

 

「っとと……バランス難しいな、コレ」

「まずはそれを履いたまま、バランスを崩さねえで“立つ”ことからだ。いいか、『重力に合わせて真っ直ぐ立つ』ことをイメージしろ。自分の身体の中の『骨』と『肚(はら)』を意識するんだ。筋肉で立つんじゃねえ。腰の骨に背骨を真っ直ぐ“立て”るんだ」

 

孫十郎は、五円玉を括りつけた紐を一刀に手渡す。

 

「コレを見りゃ重力の方向は分かるだろ?」

「……これ持ったまま、延々立ち続ければいいの?」

「そうだ。偶にオレが『一喝』してやっから。それでも微動だにしなくなったら合格だ。……さぁて、どれくらい掛かるやらなぁ? がっはっはっは!」

 

如何にも楽しげな孫十郎。訝しげな一刀。かくして修行は始まった。

 

 

 

一刀の時間感覚では、既に六時間以上が経過していた。

 

(夢なのに、本当に疲労を感じるぞ……普通、夢って走っても息切れしなかったりするもんじゃなかったっけ……)

 

最初はふらつきっぱなしだった一刀だが、流石は元武道経験者か。ようやく立つこと自体には慣れてきていた。

しかし……

 

『喝ァァァァァ!!』

「うわっ!?」

 

不定期に発せられる背後からの孫十郎の一喝。一刀はその度にバランスを崩して転んでいた。

一体何回転んだのか分からないが、三桁は確実に数えていただろう。

既にジャージの膝の部分は破けており、血も出ていた。

 

「ま、初日ならこんなモンだろう。合格するまでは続けるぜ?」

 

孫十郎のその一言を聞くと、一刀の意識は急速に闇へ落ちて行った。

 

 

……

 

…………

 

 

「う~……痛っ!?」

「…………どうしたの、一刀?」

「ああ、起こしちゃったか。こめんな、華琳」

 

一刀は華琳の頬を優しく撫で、謝罪した。

痛みで目を覚ました一刀だったが、同じ寝台で寝ていた華琳はその声を敏感に察知して、同様に目を覚ましたらしい。

華琳の逆側の隣では、蓮華がすうすうと寝息を立てている。

 

(なんだ? なんか膝が……)

 

疼くような、痺れるような、そんな痛みが膝にある。

既に日は昇っており、灯りは不要な時間のようだ。一刀は夜着の裾をめくりあげ、両の膝を露出する。

 

「血が出てるじゃない」

「本当だ。おかしいな、昨日までこんな怪我してなかった筈なんだけど……?」

「……(ぺろっ)」

「おひゃっ!? な、なんだよ、華琳。大丈夫だよ、これくらい」

「あら。この私がしてあげているというのに、何が不満なの? ……それとも、別の場所を舐めて欲しいのかしら? ふふっ♪」

「う゛……」

 

艶かしい笑みを浮かべる華琳に、思わずどきりとしてしまった一刀だったが。

 

「……朝から何をしているの、二人とも#」

 

背後から掛かった蓮華の冷たい一言に完全に沈静した。

 

「(ひょえっ!?) あ、ああ。ごめんな、起こしちゃったか……いや、殆ど華琳のせいな気もするけど」

「うふふっ、いいじゃない蓮華。まだ日も出たばかりの早朝よ。時間ならあるわ」

「そっ、そういう問題じゃないでしょう!?////」

「丁度いいわ。一刀、これを取り敢えず傷に巻いておきなさい。敷布やらに血がつくと後始末が大変でしょう。あなたの『内功』なら放っておいても一刻(二時間)もあれば治癒出来るでしょうし」

 

と、華琳は寝台の隣に置いてあった手ぬぐいを二つ、一刀へ手渡す。一刀もそれはそうかと手ぬぐいを膝に巻きだした。

それを確認した華琳は、こっそりと蓮華の隣へと移動し、こそこそと耳打ちする。

 

「(蓮華。実はこの手ぬぐいは、昨晩の閨事で使う積もりのものだったのだけれど)」

「(……手ぬぐいを?)」

「(昨晩はあなたに“子種を授かる権利”がなくて、少々不満でしょう?)」

「(そそそそんなことは!?////)」

「(今なら、私さえ黙っていれば誰にもばれないわ。どう?)」

「(……あなたのことだから、交換条件があるのでしょう?)」

「(ふふっ、その通りよ。条件はひとつだけ。コレで、あなたを“縛らせて”頂戴♪ 出来れは“目隠し”も♪)」

「(…………はい?)」

「(私は見ているだけでいいわ。決して手を出さないと約束しましょう)」

「(だからっ、そういう問題じゃないでしょう!?////)」

「(無理にとは言わないわ。でも……)」

「(で、でも?)」

 

華琳の眼がギラリと光る。

 

「(“その状態”で寵愛を受けた時の、一刀に全てを支配されたというあの“背徳感”と“満足感”……。私が見るに、蓮華にもきっと分かって貰えると思うのよ? ふふふふ……)」

 

蓮華よりも一回り以上小柄な華琳が放つ色気に、蓮華は思わず唾を飲み込んだ。

蓮華としても興味はあるような、怖いような……。

 

「――ふぅ。いや~『気功』って便利だなぁ。もう傷が塞がっちゃったよ」

「!!?////」

 

いつの間にやら発氣して傷を治癒していたらしい一刀が二人の下へと近寄る。

 

「あら、手ぬぐいは不要だったようね。――ねぇ、一刀。折角早起きしたのですもの。少しお相手して貰っても……いいでしょう?」

「あ、あの華琳さん。どこ触って……」

「ねぇ?(ふぅ~)」

 

ぞわわわわ!

 

「ひょえっ!? ……ま、マジでやる気……?」

 

「(さあ。蓮華、どうするのかしら?)」

「(…………////)」

 

(そ、そうよ。私だって、一刀の子を授かる気構えは十分したのだから!)

 

それは多分に好奇心を隠す言い訳くさかったが……結局、蓮華は首を縦に振ったのであった。

 

 

 

続。

 

諸葛瞻「しょかっちょ!」

曹丕「そうっぺ!」

周循「しゅうっちの!」

 

三人「「「真・恋姫†無双『乙女繚乱☆あとがき演義』~~~☆彡」」」

 

諸葛瞻「お読み戴き多謝でしゅ。諸葛亮こと朱里の娘にして北郷一刀の第23子、しょかっちょでしゅ!」

曹丕「乱文乱筆なれど楽しんで戴けたかしら。曹操こと華琳の娘にして北郷一刀の第9子、そうっぺよ♪」

周循「少しでも面白いと思って下されば重畳。周瑜こと冥琳の娘にして北郷一刀の第25子、しゅうっちで~す☆」

 

 

諸葛瞻「何やら、お話が一気にファンタジーな感じになってきた感じでしゅね?」

 

周循「ふむ。気功と剣術の二つがクライマックスで必要ということらしいな。筆者としても父さんを強くし過ぎず、かつ必要なだけ強くなって貰わなくてはならないということで、結構気を遣っているらしい」

 

曹丕「そうね。いよいよ登場した最後のオリキャラについては議題でお話ししましょう」

 

 

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○議題:剣術家・北郷孫十郎について

 

諸葛瞻「という訳で、最後のオリキャラは北郷一刀の祖父である北郷孫十郎でした。つまり、しょかっちょたちの曽祖父に当たる方でしゅね」

 

曹丕「原作中では“爺ちゃん”としか出てきていない為、名前から全てオリジナル設定となっているわ。原作とリンクしているのは、(恐らく)タイ捨流の剣士であろうという点だけ。本作における立ち位置は、ズバリ『北郷一刀の剣の師匠』よ。また、『北郷流』なる剣術一派も筆者の創作ね」

 

周循「なお、その名前の由来ですが。父さんが“一刀”なので、子連●狼の主人公の祖父から拝借したそうです。父・正直(まさなお)についても同様です。剣術家っぽいですしね。あと、孫十郎の伴侶『淑子』は、設定の生年(1950年)の著名人で良さげな方を探していたら、高名な某声優さんがいらっしゃったので採用したとか」

 

曹丕「さて、このキャラについての最大の問題は、読者様が読まれたときにメアリー・スーではないかと感じられた方がいらっしゃるかも知れない、ということよ」

 

諸葛瞻「『メアリー・スー』……原作の主要キャラクターよりも格段に優秀な、作者の分身であるオリジナルキャラクターを総称した言葉でしゅね」

 

周循「もし孫十郎が恋様と戦ったら……とか、その辺りが問題になる訳ですが。筆者としては、北郷一刀が元いた世界が、(これまた恐らく)BaseSon様から販売されている『春恋*乙女』であり、そうなるとヒロインの一人に某強キャラの存在があることから、その世界の『達人』ならばこのくらいは在り得るだろうとの判断です」

 

曹丕「敢えて孫十郎というキャラがどのくらい強いかは明言しません。ただ、『剣の師匠』として北郷一刀との関わりにおいて、その背景が薄いと説得力に欠けるとの判断により、詳細な設定を用意し本編にて描写しているわ」

 

諸葛瞻「あとは序文にありましゅ通り、読者様に受け入れて戴けることを願うばかりでしゅ」

 

 

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曹丕「それではゲストコーナーよ。自己紹介をお願いします」

 

 

陸延「はぁ~~い。陸遜こと穏の娘で~~、北郷一刀の第5子。陸延(えん)です~~。諱は~~、史実の陸遜の実子から~~、だったような?」

 

呂紅昌「(こくり) 呂布、恋の娘。北郷一刀の、第7子。呂紅昌(こうしょう)……だよ。諱……は、元代の雑劇、貂蝉の氏名『任紅昌』、から」

 

 

諸葛瞻「今回はお二方とも年長上級(小6クラス)でしゅね。それにしても、何だか時間がゆっくりになったように錯覚しそうでしゅ……」

 

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○質問:特技・特徴は何ですか?

 

陸延「ん~~、特技? そうだなあ~~、やっぱり~~、『妖術』や『方術(道教の術)』かな~~?」

 

周循「(ぺ、ペースが狂う……) そ、そうですね。陸延おねえちゃんは、地和様から妖術の基礎を習い、その後は独学で数々の術を習得されていますね」

 

陸延「地和さまの妖術は~~、光ったり、音を大きくしたりとか~~。あんまり好みのがなかったの~~。だから~~、おとうさまにお願いして~~、大陸中から妖術や方術の書を取り寄せて貰ったの~~♪」

 

諸葛瞻「陸延おねえちゃんは甘え上手で有名でしゅしね……。それにしても、好み、でしゅか?」

 

曹丕「基本的に陸延おねえちゃんの得意技は、『呪い』よ……」

 

陸延「ええ~~、『お呪(まじな)い』だよぉ~~。ぷんぷん。そんなこと言う娘は、呪っちゃうぞぉ~~?」

 

諸葛瞻「『お呪い』でしゅかぁ~……って、今“呪う”って言いましたでしゅよね!?」

 

陸延「てへっ♪」

 

周循「あ、あはは……次に行きましょう。もう既に我々はペース乱されっぱなしですが。これこそが陸延おねえちゃんの『延時空』。周囲を強制的にまったりさせる、強烈な癒しキャラ……と見せかけて、実はドSなんですよね~……」

 

陸延「うふっ♪ しゅうっちは苛めて欲しいの~~?(にこにこ)」

 

周循「えええええ遠慮させて下さい~~(平伏)」

 

陸延「延はふつ~~に喋ってるだけなのにね~~?」

 

曹丕「そ、そうですね~……ってほら、影響されちゃうのよ……。え~、あとは穏様の御子ということもあり、才媛としても有名ね。年長上級だと郭奕(えき)お姉様【稟】とでツートップですね。文武両道で鳴らす、さしもの関平お姉様【愛紗】も、勉学ではお二人に一歩及ばず、と言ったところかしら」

 

陸延「えへへ~~、褒められちゃったぁ~~♪」

 

周循「よかったですねぇ~~……ハッ!? また引き摺り込まれていた……。で、では次に呂紅昌姉さん、どうぞ」

 

呂紅昌「……特技。…………特技?(首を傾げる)」

 

陸延「あぁ~~ん、呂紅昌ちゃんったら~~、可愛い~~♪」

 

諸葛瞻「無口、無表情、小動物的雰囲気、大喰らいは、ご母堂である恋様の血が濃いでしゅね~。でも恋様と決定的に違うのは、家事全般のエキスパートであることだと思いましゅ」

 

呂紅昌「(こくり) 家事、得意、だよ。料理、洗濯、掃除、縫い物、庭園の手入れ、家の修繕(日曜大工)、くらいなら、出来る、よ」

 

曹丕「……後半二つは家事の範疇を越えている気もするけれど……。後宮ではよく月様を手伝う呂紅昌お姉様を見かけるわね。それはともかく、ひとつ重要な特徴があるじゃない」

 

周循「ああ、そうですね。呂紅昌姉さんは、恋様と同じく、動物全般と意思疎通が出来るのですよね?」

 

呂紅昌「(こくり)」

 

周循「(話が膨らまないっ!?) あ~、それから……そうそう! 呂紅昌姉さんは『食事』というものをとても大切なものと捉えています。ですので、嫌いだからと食べ残すと、そりゃもう凄いプレッシャーを放つのです。その為、好き嫌いの激しい小さな妹達からはこっそり恐れられています」

 

呂紅昌「食事は、大事。残しちゃ、駄目、だよ」

 

諸葛瞻「は、はぁ~い……」

 

曹丕「こうして見ると、呂紅昌お姉様は特に幼い皇女らの“お母さん役”とも言えるわね。所謂『お嫁さん』に一番近しい感じかしら?」

 

呂紅昌「…………あり、がとう(ぽつり)////」

 

三人「「「(かっ、可愛い!)」」」

 

 

------------------------------------------------------------

 

○質問:特に仲の良い姉妹は?

 

陸延「延はね~~、黄越ちゃん【紫苑】が一番の仲良しかな~~?」

 

三人「「「(そりゃ『延時空』の影響を受けない数少ない皇女だし……)」」」

 

陸延「なにかな~~?」

 

周循「いえいえ、なんでも!? あと、前々回のあとがき演義で孫登様【蓮華】から強烈なラブコールがありましたが」

 

陸延「そうだね~~♪ 孫登さま【蓮華】って、とっても可愛いの~~。ちょっと困らせると、すぐ涙目になっちゃうところとか~~♪」

 

三人「「「(やはりドS……)」」」

 

陸延「なんだかんだ言っても~~、延に『お呪い』の依頼に来る娘って多いのね~~? だから~~、あとはみんな同じくらいかな~~?」

 

曹丕「そう、ですね。陸延おねえちゃんは皇女内でも圧倒的な“発言力”がお有りですが、常に中立の立場を崩されることがありませんね」

 

陸延「人生は第三者――観察者でいるのが一番愉しめるものなのよ~~♪」

 

三人「「「…………」」」

 

呂紅昌「次、紅昌で、いい、の?」

 

三人「「「……ドウゾ」」」

 

呂紅昌「お母さん達が、仲良い。だから、陳律【音々音】と、仲良い、よ。楽器の整備なんかも、してるんだ、よ」

 

周循「楽器の整備まで出来るのですか。完全に家事とは関係なくなってますね……」

 

呂紅昌「最初は、陳律【音々音】に、習ったんだ、よ。それから……最近、孫登様【蓮華】と、仲良くなった」

 

曹丕「本当にあの娘は交友関係が広いわねぇ……」

 

 

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諸葛瞻「さて、今まではここでアンケートを募集しておりましたが、ラストまでは以下の順序でゲストを呼んでいく予定でしゅ」

 

第23話 : 美羽・七乃の娘達(義理の娘である袁燿含め3人)

第24話 : 稟と美羽の娘達(らぶらぶ姉妹)

第25話 : 桃園の三義姉妹、桃香・愛紗・鈴々の娘達

 

 

曹丕「まさか、今回がこのお二人になるとは思ってなかったから、袁家縁の皇女が連続になっちゃったわね」

 

周循「筆者の計画性がないせいですから仕方ありませんね……」

 

諸葛瞻「本編ですが、次回から一気に時間が進んでいくそうでしゅよ。ここまで懐妊は一人ずつ描写がありましたが、以後どうなるか……まだ悩んでいるレベルだそうでしゅ」

 

曹丕「一週間で書ききれるのかしら? 次回は容量が大きくなる可能性があるそうじゃない」

 

周循「『行き当たりばったりでやるだけやる!』そうですので……読者様におかれましては、どうか気長にお待ち下さります様、お願い致します。それでは次回まで暫しのお別れです。せーのっ」

 

 

五人「「「バイバイ真(ま)~~~☆彡」」」

 


 
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