袁術を撃退し、本城に戻ったレーヴェたちに届けられたのは孫策が武装蜂起をおこし、袁術の本城を落としたという情報だった。これにより、隣国に強大な国が出来てしまったというわけだが、それは今さらどうにかなるものではない。そしてもう一つ届けられたのが袁紹の滅亡だった。袁紹が曹操へと攻め込み、返り討ちにあったらしい。そしてその情報を、影を曹操のところへ間諜に送るまでもなく裏付けたのが、袁紹の保護だった。曹操との戦いに敗れ、文醜と顔良を連れてレーヴェたちの国に隠れていたのを鈴々が偶然見つけたのだった。当初、レーヴェはこの国に置いてもいらない問題を起こすだけだろうと、袁紹を曹操に突きだそうと思っていたのだが、桃香を始めとした何人かに猛反対され、結局この国に置くことになっていた。もちろん、何かこの国で袁紹が何か問題を起こせばすぐに曹操に送るか、首を刎ねると言い聞かせたうえで。そのかいもあってか、袁紹は大人しくなっていた。一番の問題は白蓮だったのだが、意外なことに、彼女たちを素直に受け入れた。流石に文句というか愚痴というか、そのようなことは言っていたが。
そんなこともあり、レーヴェたちは結構な大所帯となっていた。レーヴェの風評もあり、人材や資金、そして人々の心も集まるようになり、なかなか勢力になっていた。しかし、未だ曹操に対抗できるほどまでにはなっていなかった。そしてあるとき、傷ついた兵士が必至の表情で駆けこんできた。
「も、申し上げます!曹操の軍が北方の国境に現れ、関所を突破し、我が国に雪崩れ込んできています!」
「く…オレの見込みが甘かったか。もう少し猶予はあると思っていたのだが、この分だと影も間に合わなかったか」
レーヴェは珍しく苦々しい顔で呟いた。袁紹のこともあり、少々内のことに気を取られすぎていたのが災いしていた。だが、それを仕方ないで済ませる事はレーヴェには出来ない。
「む…北方を平定し、治安を維持している曹操の手腕は認めるが、なぜ更なる戦いを求めるのだ」
愛紗も厳しい声で呟いた。それに応えたのは真剣な表情をしている朱里だった。彼女の頭の中ではすでにこれからどうするべきかという思考が駆けまわっているのだろう。
「覇王として大陸を統一し、己の理想を実現させるためでしょう」
「あの人が本腰を入れて動き出せば、大陸には再び戦火が広がっていくでしょう」
「そうだな、ところで敵の数はどれだけいる?」
朱里、雛里の言葉に尤も、と頷いた星は兵士へと問いかけた。
「それが…五十万ほどになるかと思われます」
兵士は荒い息をつきながら必死に答える。レーヴェはその答えを聞き、顔を険しくしながらも、そろそろ限界だろうと人を呼んで兵士を下がらせ、治療に向かわせた。
「五十万…ですか。我が軍の規模は三万。義勇兵を募ればどうにか五万には届くと思いますが…」
「勝負にならんぞ」
朱里の言葉に星が厳しい顔で唸る。レーヴェならば敵を突破して曹操軍本陣に侵入、曹操の頸を取ることができるが、それでもその取るまでの時間で多くの犠牲が出るだろう。それではこの国はやっていけなくなってしまう。五十万が相手でも時間稼ぎなら十分できるが、兵が結局は足りないのだからどうしようもない。だが…
「しかし、我が国の住民を守るためにも、曹操軍を止めなければ…!」
愛紗が悲痛な顔で呟く。誰もが同じことを思っているだろう。
「ああ、そうだ。しかし、まともにぶつかったのではすぐに蹂躙される。何か策を考えようにもそんな策があるわけがない」
「そうなのだ…五万で五十万の敵に勝つ方法なんてないのだ」
ドラギオンさえあれば、そうレーヴェは思うが、そうはいってもないものはない。そして今の時点では曹操軍に抵抗も出来ない。だからレーヴェは決断した。
「この国を放棄し、オレたちは南西、蜀の地方へと向かう」
「放棄って…逃げるのですか!?」
レーヴェの言葉に愛紗が詰め寄って来る。愛紗だけではない、他の面々も驚きの顔をしていた。
「ああ、この戦勝ち目はない。無為にオレたちがここに留まっても無駄に犠牲が出るだけだ。街への被害も大きなものになるだろう。だからそうなる前にここから逃げる。そして再起を図る。益州は現在内乱寸前状態、太守も評判は良くなかったな?」
「あ、そういうことですか」
レーヴェの言葉に朱里が納得したのか、先とは違う驚きの入った顔で頷いた。
「内乱の隙をついて入蜀して、本城を落とせば私たちは新たに領土を手に入れられる、内戦による犠牲を少なくできる、圧政に苦しむ民を助けられるということですね」
「そこまで考えたわけではないが、おおむねそういうことだ。納得したか?」
「今は贅沢を言っていられる立場じゃないし…そうしよっか」
「そういう事情なら私は構いませぬな」
「よし、ならば全土に撤退命令を出せ。撤退する際には曹操軍に吸収されないように糧食と資金は民に分け与えてやれ。ある意味これがせめてもの抵抗というわけだ。そして各自は撤退するために出来る事をやってくれ。袁紹たちのことは…華苑、頼めるか?」
「お任せされましょう。もしわがままを言っても首に縄をつけてでも言うことを聞かせましょう」
レーヴェの言葉に納得はしたのか、愛紗たちはレーヴェの決断に否はないようだった。そしてレーヴェは矢継ぎ早に指示を出し、そしてレーヴェも桃香と共に説明を行うために長老のもとへと向かった。
「華琳様。全軍徐州へ入り終えました。あとは行く先の関所を落とし、彭城へ向かうだけです」
「御苦労さま。それにしてもあのレオンハルトにしてはやけに動きが鈍重ね。別に私たちが素早く動いているわけでもなく、普通の進軍速度なのに」
「向こうに何かあったのではありませんか?」
曹操の言葉に荀彧が応えるが、曹操は首を横に振った。
「それはないわね。あの男がそんなこと失態を起こすことは考えられないわ」
「先行して威力偵察を行いますか?」
「そうね。春蘭、秋蘭は季衣を連れて、先行して彭城へ向かいなさい。ただし、敵の本隊を見つけた場合は距離を置いて追尾しなさい。支隊ならば粉砕しなさい」
「御意!あのレオンハルトとは一度戦いたかったのです。腕が鳴る」
なにやら期待して笑う夏侯惇に夏侯淵が溜め息をつきながら釘を刺した。
「姉者。華琳様は本隊とは戦うな、と仰ったのだ。それを分かっているか?」
「分かっているとも」
あまり信用のできない返事にまた溜め息をつきながら夏侯淵は指示を出して先行部隊の編成を始めた。
「桃香さまー!ご主人様―!」
後方の様子を見に行っていた朱里がこちらのことを呼びながら駆け寄って来る。レーヴェたちはそれを出迎えると状況を聞くことにした。
「国境の拠点を落として以降、曹操さんの軍は破竹の勢いで進軍してます。進路の方は東方から彭城に向かう一隊、西方から向かう一隊、そのまま南下する本隊。そして先行し、私たちの動きの偵察を目的とした部隊が一隊です」
「ということはまだ我らの動きに向こうは気づいていないということか、しかし…」
「ああ、ばれるのも時間の問題だな」
星の言葉に愛紗が続けた。
「だが、今はその先行部隊にかまっている暇はない。とにかく全力で逃げる事が先決だが…」
レーヴェは自身の後ろに連なる人の群れを見据えた。彼らは兵士などではなく、劉備やレーヴェを慕ってついてきた人民だった。彼らは自分たちの主人を曹操ではなく、レーヴェたちを選んだのだった。そのまま残っていれば今までの生活は保障されていただろうに、それでもついてきてくれた彼らにレーヴェは感謝していた。
「彼らを守らなくてはならない。そのためには追いかけてくる曹操軍を足止めしなければならない」
「はい。その通りです、ご主人様。部隊を二つに分けましょう。先導し、先行して益州の城を落とす部隊。それと共に、後方に手曹操軍の攻撃を防ぐ部隊を」
「それしかない…か。後方の部隊に三万。前方に二万を割り振り、残りを民たちの護衛に回す、ということでどうだろう」
「問題はないですね。先鋒は愛紗さんと白蓮さん。護衛部隊には星さん。恋さんとねねちゃんは桃香さまの護衛をお願いします。殿なんですが…」
「殿はオレがいく」
桃香が口を開こうとしているのを制してレーヴェが先に言った。反論してこようとする桃香を制して、再度口を開く。
「桃香はこれから人を導き、再起を図ってもらわなければならない。それに人の先頭に立って人を率いていくということは誰にでもできる事ではない。それに誰かを守ったりすること、そのために策を考える事。それも誰にでもできる事ではない。それぞれに役割があるということだ」
「主の言うとおり。桃香様は導き手だ。それは桃香様にしかできないこと。そして主も導き手です。ここは鈴々にでも殿は任せて先頭にいてくだされ」
「いや、それは聞けない。オレは後方にいるべきだ。オレの天の御使いとしての虚名、『剣帝』としての知名度、そして今まで戦闘の際にオレがいつも最前線で戦っていたこと、ということから考えて、オレが後方にいれば曹操は決戦を行うつもりではないかと考えるだろう。鋭い曹操だからこそ引っかかる。それに…」
「それに…なんですか?」
「オレならば、五十万を倒せというのはともかく、足止めするだけなら十分にできる。今までは必要以上に力を見せて大国に攻め入られるわけにはいかなかったから力を抑えていたが、今となってはもう抑える意味もない。本気でいく」
レーヴェの言葉に皆は絶句する。レーヴェの言葉では五十万を一人で止められると言っているように聞こえたからだ。
「いま重要なのは桃香を守り、生き抜いて再起を図ることだ」
「…了解した」
「星!?」
「愛紗よ。主の決意を無駄にしてはならん。それに死ぬために行くわけではないのだ」
「く………分かりました。ご主人様を信じます。だから無事に戻ってきてください」
「善処しよう」
「鈴々もついて行くから大丈夫なのだ!」
「ふ、頼んだぞ。オレが本気を出すとなると巻き添えを食らう可能性がある。オレの部隊、愛紗に預ける」
レーヴェの言葉に不安そうにしながら愛紗が頷いた。そしてレーヴェに桃香が一番不安そうな顔をしながら声をかけてきた。
「ご主人様!絶対に無事で戻ってきてくれなくちゃ…いやだよ?」
「善処しよう。桃香もみんなを率い、無事に益州に向かってくれ。それでは各自行動を開始する!己の責務を果たせ!」
そう言ってレーヴェは鈴々を連れて後方へと向かっていった。
そしてしばらくして曹操軍もようやく事の次第に気づき、レーヴェたちに向けて追撃の部隊を送っていた。レーヴェたちはすぐに追撃部隊が来ると想定して、地図を取り出して迎撃地点を決定しようとしていた。そのとき、恋がねねねを連れてついてきてしまっていたのだが、仕方ないということで、迎撃部隊の方へ残ってもらうことにした。そしてねねねの意見もあり、しばらく行った先にある長坂橋を渡ったところで迎え撃つことにした。
「申し上げます!後方に砂塵を確認!恐らく曹操軍の追撃部隊だと思われます!」
「来たか…鈴々、指示を頼む」
「りょーかいなのだ!兵を三つに分けるのだ!一隊は鈴々が、もう一隊が恋、そしてもう一隊がねねなのだ!」
「…わかった」
「わかったであります!」
「陣を敷いて敵と対峙しながら、うまく時間を稼ぐのだ!それとお兄ちゃんの邪魔はしてはいけないのだ!その間にみんな逃げるのだ!」
「一部の兵は非戦闘員を逃がすことに集中しろ!一般人に被害を出させるな!」
「はっ!」
レーヴェは決意の籠った声で返事をする兵士たちの声に頷くと背後を見据えた。
「夏侯惇将軍!前方に集団を発見!恐らくレオンハルト、劉備軍かと思われます!」
「よし、やっと追いついたか」
「兵数は?」
「はっ…兵数は、分からないとのことです。難民らしきものたちが併行しているため、正確な人数が把握できず…」
「難民って…レオンハルトを慕ってついていったっていう?」
「恐らくな。しかし厄介だ。レオンハルトが庶民を盾にしているということはありえんだろうが、やりにくいことには変わりない」
許緒の言葉に夏侯淵が眉を顰めて唸る。
「ということはしばらく様子見でええんか?」
張遼の言葉に仕方ないというように夏侯惇が頷いた。
「恐らく、この先にある長坂橋で事態が動くだろう。それまで敵を追尾だ」
「応!!」
夏侯淵の言葉に兵士たちは返答し、再び追尾を始めた。
「来たか…。鈴々。敵は恐らく一般人への被害は避けたいはずだ。長坂橋までは攻撃してこないだろう。ゆっくりと後退させてくれ。ねねは先行して陣を構築しておいてくれ」
「分かったのです!」
ねねねはそう言って先行していった。そしてレーヴェの読みは当たり、長坂橋までは曹操軍は全く攻撃してこなかった。
「ねね、民間人の様子は?それに陣地の構築は?」
「民間人は無事に橋を渡り、距離を稼いでおります。陣地の方はばっちりですぞ!」
「よし、全軍反転!」
「応っ!」
レーヴェの号令に兵士たちは一斉に反転する。
「お兄ちゃんと鈴々、恋とねねの旗を力一杯立てるのだ!」
「これは勝つための戦いではない!敵の足を止めさせるだけでいい!焦って自分の命を無駄にするな!」
「応っ!」
兵士は声高く返事を返した。
「前方、レオンハルト、劉備軍が橋の向こうで方向を転換しております!」
「よっしゃキターっ!奴らようやく戦う気になったで!」
兵の報告に張遼は嬉しそうに声を上げた。実際、ずっと追尾していただけだったので鬱憤がたまっていたのだろう。
「そのようだ。敵の旗は!」
「はっ、牙門旗には獅子の紋章!その横に、張、陳、そして…呂!深紅の呂旗です!」
「呂布!?確か呂布ってレオンハルトが討ち取ったって…」
「見事に一杯喰わされたということだな。だが、これはまずいな。張飛に陳宮、そして呂布。さらにはレオンハルト。まさか天下無双といわれる二人が手を組むとは」
「恋のやつ無事やったんか。良かったな~。でも、ウチは容赦せんで!呂布はウチがもらうけんな!」
「いいだろう!霞、秋蘭、季衣。奴らを突破してそのまま劉備の頸を上げるぞ!」
「ああ、それしかないな。行こうか、姉者」
「応!全軍抜刀せよ!」
春蘭は声高く命令を出す。それに応え、兵士たちは一斉に武器を抜き放つ。
「曹孟徳の覇道を邪魔するレオンハルト、劉備軍を、我らの剣で粉砕する!各員命を惜しむな!名を惜しめ!奴らの手で曹孟徳の覇道を美しく染め上げるのだ!突撃!」
そして、長坂橋での戦いが始まった。
レーヴェたちは敵の一陣を押し返す。そこで敵に隙が出来たのを確認するとレーヴェは指示を出した。
「ねね、兵と先に後退しろ!負傷兵も一緒にだ!オレと鈴々、恋で殿を務める!」
「わかったであります!」
ねねねはレーヴェの言葉に素直に頷くと、兵を纏めて先に後退していった。レーヴェはそれを見送ると、橋の手前まで後退した敵を見据え、橋を渡り、敵の橋を背にして剣を地面に突き立てた。その横に恋と鈴々が並ぶ。
「あれはレオンハルト!」
曹操軍の方から声が聞こえてくる。まさか主であるレオンハルトが殿まで務めるとは思っていなかったのだろう。
「夏侯惇か。悪いが、これより先には一歩も進ませない。ここでお前たちを止めさせてもらう。全員一斉に掛かってきても構わんぞ?こちらは三人で相手しよう」
レーヴェは冷たい視線を夏侯惇たちに向けた。
「なに!?たった三人でだと?」
「鈴々たちを忘れてもらっては困るのだ!」
「…こんにちは」
「こんにちは…って何を言わせる!」
夏侯惇は思わず恋のあいさつに挨拶を返してしまったが、すぐに顔を赤くして大声を上げた。
「恋!ほんまにそこのレオンハルトとかいうやつの仲間になっとったんやな」
「…霞。恋、ご主人様のこと好き。気に入ってる」
「恋が恋か。おもろいやんけ。ならウチが恋もそこのレオンハルトも一緒に曹孟徳のとこにひっぱっていってやるわ!」
「させない。ご主人様には指一本触れさせない。だから恋は霞を倒す。…来い、恋の本気、見せてやる。
恋が珍しく一杯話している。その内容にレーヴェは少し苦笑するところがあったが、今は何も言わないでおいた。
「くく、本気みたいやなぁ。ゾクゾクするわ!春蘭、秋蘭、手出し無用やで!いくで!飛将軍、呂奉先!張遼が神速の槍、たっぷり味わえぃ!」
張遼は恋と対峙して、戦闘を開始した。
「あのお姉ちゃんは恋に任せるとして…鈴々の相手は誰だー?」
「ならボクが相手だ!」
「なんだ、ツルペタハルマキか。いいのだ、相手になってやるのだ」
「…馬鹿にするな!」
ここではチビッ子対決が勃発する。よほどのアクシデントが起こらない限り鈴々が負ける事はないだろう。レーヴェはそう思って夏侯惇たちに視線を向けた。そのとき、夏侯惇たちの後ろから声がした。
「まさか、あなたが殿を務めているとはね。主としては問題があるんじゃないのかしら」
「曹操か」
目の前に曹操がゆっくりと姿を現した。
「ここであなたを討ち取れば劉備が生き残っても結局は瓦解する。それが分からないあなたではないでしょう?」
「オレを討ち取る?それは…無理だな」
レーヴェはゆっくりと剣を構え、闘気を解放した。その瞬間、誰もが動きを止めざるを得なかった。
「この…闘気…なんということだ」
「ぐ、…まさか、呂布の戦いでも本気でなかった、とでもいうの?」
レーヴェの闘気に呑まれた夏侯惇たちは動けずにいた。兵士などはすでに体から力が抜け、座り込んでしまっている者までいる。
「く、春蘭、秋蘭!なんとしてもレオンハルトを討ち取りなさい!」
そのとき、曹操はいつもなら決して出さないであろう命令を出していた。命を捨ててでもレーヴェを討てと命じていたのだ。
「ぎ、御意!」
夏侯惇、夏侯淵だけでなく、他の武将までも動こうとしたそのとき、
「それは困りますね。レーヴェには幸せになってもらわなくてはなりませんし、私の望みをかなえてもらわなくてはいけないので」
丁寧な、それでいて鋭さの宿った声が響き渡った。その声に夏侯惇たちは動きを止め、レーヴェは驚愕の表情を作っていた。あり得ない、この声の持ち主がここにいるはずはないと。
「誰だ!?」
夏侯惇がその声のした方に剣を向けると、そこには細い体だが、ひき締まった体つきをした男が立っていた。そしてその夏侯惇の言葉に応えたのはレーヴェだった。
「蛇の使徒…第七柱…あなたがなぜここに?」
「ひさしぶりですね、レーヴェ。貴方が元気そうで良かった。なぜ、いるのかは…私にもわかりませんね。空の女神の導きということにしておきましょう。さて、曹操でしたか、今貴女にレーヴェを討ち取らせるわけにはいかないのですよ。だから…今すぐ兵を退いてもらえますか?」
「貴様…我らの戦いに口を出すな!」
そのとき、夏侯惇が第七使徒に向かって斬りかかった。だが、どこからか現れた剣に受けとめられ、そして弾き飛ばされた。
「その程度の腕ではレーヴェに傷一つつけることはできませんよ」
「な…私の剣が!?」
使徒がそういった瞬間、夏侯惇の剣が途中から地面に突き立っていた。折れたのではなく。斬られていた。
「曹操、彼に手を出すな。彼は、お前たちの敵う相手ではない」
「なんですって?」
レーヴェの言葉に曹操が眉を吊り上げた。だが、レーヴェは使徒の方に意識を向けていた。
「さて、ちょうど良いですね。貴方がどこまで強くなったのか、試してみましょう」
次の瞬間、使徒の姿が消え、レーヴェは彼が振り下ろした剣を正面から受け止めていた。受け止めたときの剣風で二人の髪が舞い上がる。
「いいですね、反応が以前よりも速くなっていますよ!」
「いつまでもあなたに負けてはいられないのでな!」
そして二人の姿が離れ、離れたところで対峙する。そして皆が見ている前でレーヴェが四人に分かれ、そして使徒へと斬りかかった。だが、使徒はそれを最小限の動きで避け、そのうちの三体を一瞬で斬り倒した。
「流石に本体までは斬れませんでしたか。しかしいいですね、貴方の実力は間違いなく上がっている。守るべきものができたからですか?愛しいものたちができたからですか?」
「両方だ。オレはこの世界で大切なものを手に入れた。そのためならいくらでも強くなってみせよう。誰が相手でも打ち倒そう。例え、あなたが相手でも!」
レーヴェは再び斬りかかる。そして、それをその場で迎撃する使徒。二人は一進一退の攻防を繰り広げている。並の武将ではもうすでにどういった攻防が繰り広げられているのか分からないだろう。
「あれが…人間の動きなんか!?」
張遼はその攻防をなんとか視認できている。一般兵には二人が消えたり現れたりしているだけに見えるだろうが、張遼には二人がぎりぎりの戦闘を繰り広げているのが見えている。他の武将も同じだろう。互いの剣の切っ先が首筋を僅かに外れる軌道を描き、そしてときには囮の動作を入れ、相手の心臓に向かい突き出し、それがはじかれ、僅かに衣服を削っていく。上段から振り下ろされれば、僅かに髪の先を巻き込んで回避し、横薙ぎの斬撃で反撃する。そのどれもがこの二人以外ならばすでに相手の命を幾度となく絶っている攻防。そんなものを目の当たりにしていた。
「さて、そろそろ決めましょうか」
「ああ、そうしよう」
そして二人はそれぞれ剣を構えた。
「燃え盛る業火であろうと砕き散らすのみ…はぁぁぁぁぁぁぁ、滅!絶技・冥王剣!」
「私の剣の前にひれ伏しなさい。神斬り!」
レーヴェからは凍てつく絶対零度の刃が放たれ、周囲を凍りつかせていく。対称に、使徒からは一筋の閃光が放たれる。そして二人は交錯し、立ち位置が入れ替わったあと、使徒の右肩は凍りつき、そして出血する。レーヴェは右肩から袈裟がけに出血し、地面に倒れた。
「もっとです。もっと強くなりなさい。私を超える剣士になりなさい。また、貴方に会いに来ます」
レーヴェはそんな声を聞いたのを最後に、その意識を手放した。
倒れたレーヴェを見て、そこにいた人間は信じられないという顔をしていた。だが、恋が珍しく怒りの表情を見せて使徒の前に立ちはだかった。
「お前…許さない。よくもご主人様を…」
恋は戟を使徒に突き付けた。そして鈴々も隣に立って矛を構えていた。
「やめておきなさい。貴女たちでは私の相手にはなりません。それにレーヴェは死んでいませんし、元から殺すつもりはありませんでした。しかし、早く治療をしないと大変なことになりますよ。ここは私が引き受けますから早く撤退しなさい」
「…いつか絶対に斃す」
「私を倒すのはレーヴェの仕事です。さて、貴女たちも撤退していただけますか。このまま進軍するというのなら…貴女達を全滅させなければならないので。私はレーヴェよりも容赦ないですよ?」
使徒の言葉が真実だと感じ取ったのだろう。曹操は一度憎々しげな表情で使徒を睨むと、口を開いた。
「いいでしょう。ここは撤退してあげるわ。張飛、劉備に伝えなさい。いずれまたあなたと戦いに来ると。あなたの理想の力がどれほどのものか楽しみにしていると。全軍転進!帰還する!」
それだけ言うと曹操は撤退していった。そして鈴々たちも傷ついたレーヴェを抱えて、急いで撤退していった。それを見送ると使徒は煙のように消え去った。
長坂橋の戦いはたった一人の介入によって終結を迎えた。迎えてしまった。
あとがき
今回、第七使徒を出してしまいました。しかし…彼の名前が思いつきません。
それに彼の強さも分かりません。よって妄想120%の強さになってしまいました。
と言い訳を言ってみたところでまた次回お会いしましょう。
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こんにちは
今回、といっても毎回ですが賛否両論激しく分かれそうな展開になっています。