4.3.Star Date(Latter part)
「――そのまま行くと危ないっ」
迂闊なことに、ぎりぎりまで気が付かなかった。
森の奥の方まで入ってしまっていて、足元が見え辛くなってたせいもあるけど、進行方向、茂みの向こう側に道がなくなっていた。
「え? ――わっ!」
「! ――きゃぁっ!」
間一髪、止めるのが遅かった。
シェリオに伸ばしたては届かず、ふわりと体が浮いてジャイロバイクごと宙に放り出される。
「う……うーん」
盛大に草木を撒き散らせて、地面に転がる。
幸か不幸か、木々の落葉と草とがクッションになってくれて、落下の衝撃は多少軽減されたみたい。
――っていうか、痛く、ない? ……それに、何か、暖かい?
「――きゃーっ!」
自分の置かれた状況が……シェリオの上に乗っかってしまっているという現状に悲鳴を上げる。
反射的に飛びのこうと……して失敗した。
「自分から人の上に乗っかってきて、それはないんじゃない?」
「これ、不可抗力だし! 放してよ!」
盛大に気分を害した風のシェリオががっちり腰に腕を回してて。
お陰で体は密着したまま至近距離。
じたばたしても全然放してくれそうになかった。
――ううう、絶対、これ、面白がられてる。
「もう、せっかくクッションになって助けたげたのにツレナイわね」
「え、あ……ごめん……ありがとう」
言われてみて、冷静に考えてみた。
確かにこのシチュエーションは明らかに私のことを助けてくれたからだろう。
……もしかして、怪我してるかもしれないのに、暴れた自分がちょっとイヤになる。
「そんなにしょげられたら調子が狂うわね」
「むぐぐぐ……」
信じられない!
せっかく人が素直に謝ってるのに、苦笑いしながら、人の鼻を摘むなんて!!
「何するのよっ!」
「そうそう、そうでなくっちゃ。その方がずっといい」
息苦しくてもがいたら、今度はあっさり体を放してくれた。
息も絶え絶えになってシェリオを睨み付ける。
もう本当にシェリオと一緒だと疲れる……。
「ねえ、フロンティアって本当に不思議な場所ね」
「そう? ずっとここにいるから、わからないけど」
体を起こしてシェリオは空を見上げた。
太陽の光に手をかざして、眩しそうに瞳を眇める。
「思ってたのと違ってたせいもあるかな」
「………」
そう言って肩をすくめて浮かべた笑顔は何となく自嘲的な表情に思えた。
――一体、どんな場所を想像してたんだろう?
「……あ、腕」
今まで気が付かなかったけど、シェリオの腕から血が出ていた。
――さっき落ちた時に怪我したんだ。
私の言葉にシェリオは傷を見て肩を竦める。
「ああ、このくらい大したことないわよ」
「――ダメだよ」
軽くそう言うシェリオの腕を問答無用で掴む。
まだフロンティアに来たばかりだってこと、忘れてるんだ。
「え? ちょ……ちょっと、アルト、どうしたの?」
「じっとしてて。ちょっとだけ我慢してね」
「?!」
突然のことにシェリオが目を丸くして言葉を失う。
説明する間も惜しんで、傷に口付けて、血を吸い出した。
あまり褒められた行為じゃないけど、今はこうするしかない。
「………」
何度か血を吸い出し、持っていた消毒剤で消毒して、抗生剤フィルムを傷口に貼り付けた。
――これで、とりあえず、大丈夫なはず。
「傷、消毒して抗生剤フィルム貼ったから」
「え……?」
「応急処置。シェリオ、あなた、まだフロンティアに来たばかりでここの細菌に免疫ないでしょう?」
いきなりのことに面食らって、未だに状況をつかめていないシェリオに突然の行為の説明をする。
ギャラクシーはここと違って、機械化が進んでいるなら、きっと細菌に対する抵抗力は低いはず。
ちょっとした怪我でも命取りになるかもしれない。
「ああ、そういうことだったのか……Merci beaucoup.(どうもありがとう)」
しばらく考え込んでから納得したように頷いた。
あれ? 手で隠してて良く見えないけど――何かちょっと顔が赤いような気がするのは、気のせい?
「あれ、ホントだったのね。インプラント、受けてないって」
「まあな。つーか、疑ってたのか?」
呆れた感じに苦笑するシェリオ。
別に疑ってたわけじゃないけど、話を聞いてちょっと不思議に思ってたのは本当だった。
インプラント手術を受けることでいろんな面で優秀で便利な機能を使うことが出来るから。
「あ――また、その口調」
「? ああ、これね」
シェリオの口調が変わったことを指摘する。
ライヴの時にはあっさり流されたけど……。
「シェリオ・ノームもたまには素になったっていいだろ?」
軽くウインクしてみせるシェリオ。
何か、かわされた気がしないでもないけど、そういうものなのかな。
「しかし、随分、用意がいいんだな」
「この前、訓練で使ったから、たまたま持ってただけ」
「訓練……そっか、軍人なんだっけ?」
「軍隊じゃないんだ。――上からの命令一辺倒なのは私にはムリ」
シェリオの言葉に首を振る。
トップダウンが徹底されてる軍隊だったら、多分、ムリだったと思う。
それじゃ、家にいた頃と何も変わらないから。
「それじゃ、民間軍事会社とか?」
「知ってるの?」
さらりと言った台詞に今度は私が目を丸くする。
一般人が民間軍事会社のことを知ってるなんて思わなかった。
「まあね。お金を貰って命を掛けるってヤツだろ?」
「お金のため……って訳じゃないけどね」
「それもいいんじゃない? 戦いのプロってことで」
「戦いのプロ?」
「そ。俺は歌のプロでアルトは戦いのプロでいいじゃん」
おどけてマイクを持つ格好をしてウインクする。
戦いのプロ、か――。
「私は、できれば空を飛ぶプロがいいな」
「空か……」
「いつか、大気のある星で空を飛ぶことが私の夢だから」
そう言って、青く晴れた空に手を伸ばす。
ここでは見ることの出来ない本物の空。
小さい頃からずっと憧れている場所をいつか飛びたい。
「大気のある星――もっと色んな匂いがするんだろうな」
「え? ――シェリオ?」
同じように空に手を伸ばしたシェリオが突然立ち上がった。
靴を脱いで、ズボンの裾を折り上げる。
――一体、何をしようっていうの?
「♪~」
聞いたことのある歌を口ずさみながら、目の前に広がっている湖の浅瀬に入っていく。
『アイモ』のメロディが風に乗って空に上っていった。
「アルト、『アイモ』のこと聞きたいんじゃなかったっけ?」
「え、うん。そうだけど」
「これは小さい頃、母さんがよく歌ってた歌なんだ。祖母さんがどこかの星で聞いたんだって言ってた」
突然のことに驚いて戸惑っているとシェリオは小さく笑って、そう話し始めた。
「どこかの星で……それをランタが知ってたんだ」
「正直、驚いたよ。俺以外にこの歌を知ってる人間がいたなんて」
多分、ランタも同じ気持ちだったと思う。
記憶を失ったランタがたった一つだけ覚えていた歌。
それを共有する人間がいるなんて思わなかったはずだから。
「11年前の事故に関係あるのかな……」
「――11年前の事故?」
「あ……ううん、何でもない」
「………」
無意識に呟いた言葉を訊きとめられて、思わず誤魔化す。
簡単に誰かに話していいことじゃないから。
「そういえば、運命的な歌だって言ってたな」
「運命的な……」
同じ言葉を繰り返すとシェリオは薄く微笑んで頷いた。
「本当にそうなのかもしれない」
「え?」
シェリオは湖から上がって来て、どこか遠くを見ながら言葉を続ける。
丘の上で聞いたランタの歌のことを思い出してるのかもしれない。
「ランタの声、いい響きだった。一人ぼっちでちょっと物悲しい感じで、優しくて。
――誰かに聞かせたいっていうより、木々や動物たちに聞かせてるみたいに思えた」
「よくわかるんだね、ランタの歌のこと」
「まあな。これでも歌のプロなんで」
そう言って、にやりと笑うシェリオ。
ハイ、そうでした。『銀河の帝王』サマだものね。
「そして、ランタはアルトのことが大好き」
「え? 何、突然。そんなことないでしょ?」
「――歌は正直だよ? 気持ちがストレートに伝わるから」
「え……えっと……」
突然の言葉に頭がついていかなくてあわあわしてしまう。
ランタが私のこと好きとかってこと、考えたこともなかった。
私はランタの歌は好きだけど、そんな風に思ったこともなくて……。
シェリオは「歌は正直」っていうけど――わからない。
「さ、そろそろ次の場所に行こうか」
混乱してる私を尻目にシェリオは大きく伸びをして、そう言った。
「え? まだ、行きたいところあるの?」
「今日一日付き合う約束だろ? 文句は聞かない」
話の展開についていけない。
ぽかんとしてるとシェリオに手を摑まれた。
「ぼーっとしてたら、時間が勿体ない」
「ちょ、ちょっと――」
有無を言わさず、走り出すシェリオ。
引きずられるみたいになって私も付いて行くしかなかった。
あの後だし、ジャイロバイクは安全運転。
次に到着したのはショッピング・モールだった。
こういう場所もギャラクシーにはないのかな?
「こういうところってギャラクシーにない?」
「そうだな。ないこともないけど、まあ珍しいよ。大抵の物はネットワーク経由で手に入るし」
「へえ、そうなんだ」
「ほら、行くぞ」
ジャイロバイクを止めて、お店に入った。
洋服、日用雑貨、食料品――いろんな種類のお店が軒を連ねてる。
シェリオはあちこちのお店を楽しそうに見て回っていった。
「こういうのって効率悪いだけだと思ってたけど、実際にこうして見るのは面白いな」
「面白い?」
「これが買い物の醍醐味ってやつなんだろう? 自分の足で探し当てるってヤツ」
「何それ。面白いこと言うのね」
「そうか?」
「うん。何か、可笑しい」
何か無邪気な反応が可笑しくて笑ってしまう。
瞳がきらきらしてて子供みたい。
「へえ、ああいうのも売ってるんだな」
「え? ……ああ、そうみたいね」
シェリオの視線の先を見て、一瞬言葉に詰まる。
そこはピンクと白を基調にしたカワイイお店だった。
お店の中には同世代くらいの女の子たちの姿があった。
「こういうところであんまり買い物しないのか?」
「う……だって、似合わないし」
ルカみたいに、女の子らしくてカワイイなら、こういうお店が似合うけど、私じゃ浮くだけなんだもん。
本当は好きなんだけど、どうも敷居が高いのが現実だったりする。
だから、あまり近づかないようにしてるんだよね。
「そうか? そんなことないと思うけど」
「……別に無理して言わなくていいわよ」
「ふーん、意地っ張り」
「な、何よ」
微妙な反応を返す私ににやにやするシェリオ。
ううう、どうせ素直じゃないですよ。
「まあ、そこがいいんだけど。――ちょっとここで待ってて」
「シェリオ?」
あっさりそう言って、シェリオはそのお店のほうに向かって行ってしまう。
(す、すごい……)
さすがというか、何と言うか。
私にとって敷居が高いと思ってるお店もシェリオにはどうってことがないみたい。
お店にいる女の子たちにあっさり混じってお買い物。
――違和感があるようなないようなところはお見事と言うしかないかも。
「お待たせ」
「何買ったの?」
「ふふん、それはナイショ」
「――意地悪」
ちょっとしてから戻ってきたシェリオにあっさり却下されてむくれてみる。
シェリオが何を買ったのか、ちょっと興味あったのに……。
その後もあちこちお店を覗いて、シェリオの買い物に付き合った。
お店が途切れて中庭を通りがかった時、ふとシェリオが足を止める。
「あれ……俺の歌?」
「え? あ、この声って――」
唐突に聞こえてきた歌声。
それは、私もシェリオも知っていた声だった。
声が聞こえてきた方に向かって歩いていくと、予想通りの人影が目に入ってきた。
「やっぱり、ランタだ」
堂々と歌っている姿に目を丸くする。
引っ込み思案なところがある子なのにこんなにたくさんの人の前で歌ってるなんて。
「すごい。皆の前でちゃんと歌えてるじゃない」
「――こういうのはちょっと嫉妬するもんだな」
「え?」
「っと、タイムアップか」
シェリオの携帯が鳴った。
――アラームをセットしていたみたい。
時間を確認して、シェリオはポケットからお守りを取り出した。
「そろそろ戻らないといけない時間だ。今日はありがとう。これ、返す」
「――いいの?」
手元に戻ってきたお守りに思わずそう聞き返していた。
――予想外かも。こんなにあっさり返してくれるなんて思ってなかった。
「約束だろ。それとコレ」
「何?」
「開けてみたら?」
シェリオから小さな包み紙が渡される。
訳が分からなくて言われたとおりに開けてみる。
(わぁ、カワイイ!)
ふわふわの小さな白ウサギと黒ウサギのマスコット。
手の上にちょこんと乗って、まん丸な目でこっちを見てる。
「今日、付き合ってくれたお礼。
本当は好きなんだろ、こういうの。ロッカーにもあったし」
「! み、見たの!」
朝のあの一瞬の間にロッカーの中見られてたなんて!
驚いたのと恥ずかしいので顔が真っ赤になる。
「別に俺は隠す必要ないと思うけどね。
カワイイの好きっていいじゃん」
「~~~」
頭の中が混乱して言葉に詰まっている間に、すっとシェリオが一歩近づいてきた。
意図が分からないでいる間に顎を持ち上げられる。
「○△■※☆★◎%!!」
顔が近づいてきたと思ったら、あっという間に唇にキスされてた。
シェリオの閉じた瞳の睫の長さが目に焼きつく。
どれくらいの時間そのまま固まってしまってただろう。
――ほんの一瞬だったような気もするし、とても長い時間だったような気もする。
我に返った時には、シェリオは唇の温もりだけを残して、離れていった。
「Merci,jolie fille.(ありがとう、カワイイお嬢さん)」
最後に耳元にそう囁いて、後ろ手に手を振ってシェリオは去っていく。
「それじゃ、イヤリングのこと、よろしく。――Au revoir.(またね)」
私はただ呆然とその後姿を見送っていた。
唇に残る感触にどうしていいかわからなくて、ただ立ち尽くす。
――ほんっとになんて奴! 人を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して。
あげくにキスまでするなんて一体何を考えてるんだろう……。
その後、キスの現場を見られてしまったランタとミシェルに散々突っ込まれて酷い目にあった。
ランタも芸能プロダクションにスカウトされて歌手になるって言い出して、何かいろいろ目まぐるしい一日だった。
(ホントに、何もかもよくわかんない……本当に疲れた……)
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マクロスFの二次創作小説です(シェリ♂×アル♀)。劇場版イツワリノウタヒメをベースにした性転換二次小説になります。