No.118156

Black cat

まめごさん

黒将軍の懇願。

ティエンランシリーズ番外編。
時間軸は「Far and away」キジが海に帰っていた後。

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2010-01-12 08:26:02 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:723   閲覧ユーザー数:708

「悪いな、シラギ。付き合わせて」

「滅相もございません。きっとダイゴ殿も喜ばれますよ」

 

二人は中将軍の室へ向かっている途中だった。横を歩くリウヒをちらりと見ると、黒い冠を頂いた頭上が見えた。上部だけを結って、後は藍色の髪を流している。その顔は好奇心にキラキラと輝いていた。

何かを察したらしいトモキは

「ぼくは先に東宮へ戻ります。しかし陛下」

主(あるじ)兼、妹の両肩に手を置いて大真面目に進言した。

「物陰などに連れ込まれたら、大声を上げて助けを求めなさい。すぐに宮廷兵が駆けつけますからね。中将軍の室からは、まっすぐ東宮へ戻られるのですよ。道草などしたら今日の晩御飯は菜飯のみとしますからね」

「う、うん。分かった」

 

 

チンピラ男が消えてから、リウヒはみるみる間に元気がなくなった。

眼の下には濃い隈ができ、彼方を見ては深いため息をつく。

夫だ、結婚だ、子供だ、世継だと口やかましい重鎮に辟易していることもあるのだろう。

「大好物の豆大福にも手をつけないし…。これはかなり重症なのかも…」

トモキも頭を抱えている。

豆大福が基準なのか、と思ったもののシラギは何も言わなかった。

かといってどうしたらいいか分からない。

なけなしの勇気をかき集めて放った言葉は、クリーンヒットで打ち返された。

 

そんな時、シラギに声を掛けた者があった。

中将軍、ダイゴである。発言した翌日は雨が降ると言われているほど寡黙な青年だが、まあともかく、そのダイゴにシラギは呼び止められた。

「猫を飼っているのです」

「猫?」

左様。とダイゴは頷いた。

要約すれば、その猫が子を産んだ、このところ気落ちされている陛下に献上すれば、気分も変わるかもしれない、ということだった。

「分かった、聞いてみよう」

ひっそりとダイゴは頭を下げた。

 

何故、自分で言わずにわざわざシラギに頼むのか。

そりゃもう恋心が駄々漏れだからである。それを本人が気付いてないからである。

遠ざかる黒将軍の背中を眺めながら、ダイゴは袖の中で小さく拳を握った。

己の偉業に満足するかのごとく。

 

 

中将軍の部屋に到着した二人は、挨拶もそこそこに奥へ案内された。

木箱の中で、数匹の猫の鳴き声がする。その横で母猫が優雅に座って身繕いをしていた。

「わあ!」

覗きこんだリウヒが喜びの声を上げる。

ああ、なんて可愛らしい声だと相好を崩したシラギは次の声に仰天した。

「シラギがいる!」

「えっ!」

喜々としてリウヒが抱き上げた子猫は、真っ黒だった。

「すごいな、お前。シラギそっくりではないか」

黒猫は応えるようにミューと鳴いた。

「あはは、返事をした。ダイゴ、この子を貰ってもいいか」

「ええ、勿論」

他の四匹の猫は、それぞれにブチがあるもののリウヒが手にしている子猫だけは見事に黒一色だ。眼は金色だった。

「あの、陛下。もしかして…」

黒髪、黒目、黒衣のシラギが恐る恐る尋ねると、リウヒは笑顔で返事をした。

「うん、決めた。この子の名前はシラギにする」

さあ、シラギ。お家に帰ろうな、と愛おしそうに黒猫に頬ずりするリウヒを見て、人間のシラギはとても複雑な心境になった。

「ありがとう、ダイゴ。シラギを大切にする」

頼むから止めてくれ。

「どういたしまして」

ダイゴはひっそりとほほ笑んだ。

その笑みにリウヒとシラギは驚いたが、一番驚いたのは当人だった。

 

小さな黒猫を両手に抱いて、リウヒははしゃいだ声を上げている。

「なあ、シラギ。帰ったらリンに首輪を用意してもらおうな。お前専用の皿も用意しような。夜は一緒に寝ような」

「あの、陛下。猫にわたしの名前を付けるのは、やめていただけませんか…」

「どうしてだ。そっくりだぞ、お前たち」

シラギの苦言も、浮ついたリウヒの頭には入らない。

東宮では三人娘とトモキが待っていた。

「陛下、心配…まあ、可愛らしい」

リンが声を上げた。

「ダイゴからもらったんだ。ほら、今日からここがお前の家だよ」

しゃがんだリウヒがそっと黒猫を離すと、小さな両手をついて、テン、と降りた。広い室内に驚いたように、クルクルと回っている。

「子猫一匹で、陛下の御顔が全く変わられている」

トモキが嬉しそうに言った。その通りだった。小さなものは心を和ませる。ここ最近、暗い表情しかなかったリウヒの顔は、猫を見てからずっと笑顔だ。

良いか。別に、名前くらい。

ひっそりと微笑んだシラギは、すぐにその思いを打ち消した。眩暈と共に。

 

「ああ、こら、シラギ。そんな所で粗相をしてはいけない」

 

「……後生ですから」

リンたちは口に手を当て笑いを噛み殺し、リウヒはきょとんとしてシラギを見、トモキは堪え切れず爆笑した。

「後生ですから、猫にわたしの名前は止めてください…」

国一番の剣士、黒将軍シラギはほとんど泣きそうな声で、国王陛下に懇願した。

 

結局、黒猫の名前は「クロ」という捻りの欠片もない名前に決定した。

 


 
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