No.118126

マジコイ一子IFルートその5

うえじさん

マジ恋一子ifルートも5回目です。やっとこさ本編(?)です。百代VS一子。最初の方で渡り合えてた理由というか根性論は次(Last)で書くかもです。
やっとこさ頂上バトルです。

2010-01-12 02:55:05 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2893   閲覧ユーザー数:2742

 会場には音が消えていた。その場にいる誰もが息をするのも躊躇われるほどに緊張している。しかしそれはこの後に控える試合に対するものではない。

「………………」

 会場の中央、試合のリングの中央で静かに立つ一人の女性。名は川神百代。稀代の武神川神鉄心の孫にして自身も最強を体現する無双の武術家である。

 その彼女が何も言わず、ただ佇んでいるだけで会場は制圧された。誰もが慄く気を発したわけではない。しかし誰も口をあけることを許さない空気がそこに完成している。ただ相手を待つその時間すら彼女は吟味しているから外野が騒ぐなと暗に示しているように、安らかに寝ている獅子を起こさないようにと、暗黙の了解がそこには成立していた。

「ワン子……」

 しかしそこで唯一声を漏らすは、彼女に最も近しい関係の者。真に彼女とその姉を想う権利を有する者たち。それまで、そしてこれからもきっと『家族』という愛称をかざし続けるであろう5人の仲間。

 そのリーダーは静かに、かみしめるように呟く。

「なんで……そこまでやるんだよ。そんなにまで傷ついてでも得たい物があるってのかよ……」

「…………」

 キャップはかすかに拳を振るわせる。風間ファミリーはきっと今皆同じ気持ちのはずだ。唯一人を除いて。

(……くっ、ワン子)

 この闘いの意味を知っているのは京のみ。この試合で彼女の夢の、人生の分岐点となるであろうことを知る数少ない人物である。

 故に彼女は胸の内で苦悶する。誰にも知られることを許さないこの問題、しかし感情は裏腹に口からこぼれ出そうなほどに激しく暴れまわる。

 話したい。

 それはただの自己満足や彼女への同情からからでたものではなく、観客として、真に身内であるからこそ、ファミリーのみんなにはこのことを知ってもらいたい。自分たちだけで抱え込まないで、私たちにも頼って欲しかった。

 しかしそれはできない。ここで我慢しきれずにしゃべってしまえば、彼女の意志を汚すことになる。彼女の誇りを踏みにじってしまうことになる。

 だから……

(ワン子……がんばって)

 彼女は静かに祈ることしかできなかった。ほかのファミリーと同様に。最大の親愛を込めて。

 

 

 道着姿で佇む黒髪長髪の美女は気を静めていた。何も考えず、余計な雑念を一切はさまずにこの試合に臨むべく。

(…………)

 それまでの試合、決闘、そのすべてにおいて彼女がこんなにも静かであったことなどあっただろうか。猛者と対した時、そこにあるのは煮えたぎるような戦意。なにものにも勝る灼熱のような狂喜しか彼女は感じたことがなかった。

 強い奴と戦ってみたい。純粋であり単純明快。原始に近い本能のような欲求が彼女の存在理由すら決定していた。

 生まれたときからの純正な武術家。まさしく彼女は混じりっけないそれであった。

そんな彼女が今まで、生まれてきて初めて味わう感覚が胸の中に渦巻いていた。きっと彼女はその感情を言葉に出して伝えることはできないであろう。しかし明確にその感情を理解することはできた。

彼女の義理の妹、川神一子。自分を本物の姉として慕い、武術家としても目標としている、明るく犬のように人懐っこいファミリーのマスコットのような存在。

愚直なまでにひたむきに努力を重ね、決して諦めることなくただひたすらに己の道を邁進する勇ましい少女。

その少女が今夢を奪われようとしていた。

かつて憧れた存在に近づきたくて。でも彼女には決定的に欠けている部分があって。憧れの人から自らの道を否定され。それでも諦められずに必死に足掻いて見せ。そしてその抵抗を最後に叩き潰すのも、また彼女の憧れのあの人。

そんな役目を率先して受けた百代が、あの誰よりも一子を愛していた彼女が、大丈夫であるはずなどない。

押さえつけている心のタガは今にも決壊しそうで、それでも鋼鉄の意志を持って押さえつける彼女には、一分一秒の時間の経過自体が刺のように肌をさす痛みであった。

故に静めるしかなかった。ただこれから始まる一つの決着にすべてを注げるように、相手へ最大の敬意を表せるように、無情で残酷に彼女へはっきりと現実に向き合わせるために。

たとえ彼女が二度と自分を見なくなろうとも。絶対に。

 

長いようにも短いようにも感じた静寂は彼女の入場とともに少しずつ破られていった。

会場に向かい、静かに川神一子は入場する。

「…………」

 前回の試合までに負った傷により汚れた体操着は予備のものと換えてあるが、それでもところどころ見える肌には黒々と残る痣に内出血の跡が彼女の状態をまざまざと表している。

 既に満身創痍。これ以上ない程に傷ついている彼女は、それでも平然と身の丈よりはるかに高い薙刀を振るい感触を確かめている。その姿に一切の無駄はなく、それまでの披露や怪我を感じさせない動きは過去最高の洗練された動作だ。

「……ついに、この時が来たわ。お姉さま」

誰にも聞こえぬ程小さな声で微かに語りかける一子は笑みを浮かべていた。実に清々しく、見るほどに雄々しく、その内に秘める思いは隠す必要もないくらいに猛々しい。

誰が見てもわかる。その姿は一人の勇猛な武士。大和撫子という言葉も霞んでしまうほどに元気に溢れた存在感を放っている。

もはや歩く体力もない程に痛々しいその姿。現に顔色も人形のように白さが際立ち、唇や目元の血色は明らかに深刻な状態だと警告を出している。

しかし、それでも彼女は生き生きとしている。この大会で最も輝きを放っている。その理由は目の前にある。しかし会場の全員はその理由を知らずも、この試合への大きな不安が僅かながらも減り始めていることに気がつく。

「……本当にいいのか、ワン子」

 そんな一子とは反対に、百代は徹底的に冷徹になる。もはや彼女が舞台に立ってしまった以上、すべての感情を殺して彼女を打つ。

 そんな彼女の最後の問い。

 そして決定的な、決別の確認。

「もちろんよお姉さま。悪いけど、本気で勝ちにいくわよー!」

 一子はいつもの調子で答える。あたかもそれがいつものことであるかのように。これが特別なことではないかのように。

「だから、お姉さまも本気できてよね……!」

「あぁ、無論だ。酷ではあるが、ワン子。お前をここで打ち倒す!」

 決別の言葉に一子は軽く苦笑い。

(あはは、お姉さま感情殺しきれてないわ)

「両者、よいか」

 そこで審判の声が上がる。

 よく見ると舞台の周りに師範代候補が何人も待機している。それは会場への被害の緩和のためか、それともこの勝負における決着後の対応のためか……

「ハアッ!」

 すると師範代候補は皆気を張り巡らせドーム状の結界を作った。これで闘いの余波が会場の観客にくることはないだろう。しかし、逆を言えばこの結界内で起こることはそれ相応のものとなることを意味する。

(本来ならわしとの試合においても十秒以内という制約を設ける必要があるのじゃが……、いざとなったらわしが百代を止めなくてはのぅ)

 彼女は手加減をしない。それは彼女が真に武人であるがゆえということを鉄心は心得ている。いや、そもそもその精神を長年かけて教え込んだ張本人であるがゆえに彼女の試合内容を予測することができるのだ。

 真剣勝負であるとはいえ、今の状態の一子を相手に百代が相応の攻撃を仕掛けたとき、最悪彼女は武道家としての生命を奪われるだけでは済まなくなるかもしれない。そう踏んだ上での決断である。

 その覚悟の上で彼女は意志を示す。

 大きく振りかぶり、風を切る音とともに構えの姿勢をとる。

 もういつでも戦えると言うかのごとく。それは誰の目にも見て取れる、明らかな戦意の象徴であった。

 そして、それに呼応するかのごとく百代も戦闘の態勢に移る。その様に一切の隙はなく、相手を格下だと見下さず、必ず勝てると侮らず、手傷を負っているからと容赦せず、ただ目の前の敵を無表情のまま見据える。

 その視線は餓えた獣すら射殺す一つの凶器と化して一子に襲いかかる。

 彼女の視線の先、しかし彼女は動揺しない。幾重にも突き刺す鋭利な刃のごとき威圧は彼女を体もろとも吹き飛ばすようにやってくるが、それでも彼女は眉の根すら微塵も揺らさずじっと構えたまま百代を迎える。

 彼女の後方付近に位置した風間ファミリーは百代の威圧の余波に全身を強張らせる。

 一瞬でも気を抜けばそれだけで意識が飛びかねないと本能レベルで理解して。それでもなんとか耐えられたのはいつも彼女のそばにいて慣れていたからか。モロやキャップ達はなんとか全力で耐え抜きやっとのことで持ちこたえ、京やまゆっちですら冷や汗を垂らしその異質に畏怖している。なので彼らの周囲にいた一般観客の数人は耐えきれず気を失う者もいた。

 裂帛の気迫。既にこの時点から試合は始まっていた。

 彼女の目の前に立つは最強を体現した女性。己の憧れであり追い続けた儚い夢の先。その希望が今目の前で自らを打ち倒そうと本気で構えている。

 それだけで既に奇跡にも近い。それだけで胸が跳ね上がりそうな程嬉しく、また死を前にするより恐ろしく、まだ……

 

「準備はできてるわね、お姉さま?」

 

「……無論だ、ワン子」

 

 二人の間に広がる空気が飽和まで膨れ上がる。

 会場は次に来るであろう衝撃に緊張し、審判の鉄心はゆっくりと口を開き告げる。

「それではいざ尋常に――」

 

「………………」

「………………」

 

「はじめいっ!!!!!」

 

 鉄心の掛け声の終わる前に列強と無双は激突した。

「はああああっ!!!」

 刹那を超える速度の一撃。それは単純な右ストレートであった。

 しかし彼女が繰り出したのならそれは破砕の一撃。大地を抉り大気を破る魔の鉄鎚と化す。

「…………」

 鬼の拳は一瞬で彼女の目の前に繰り出される。しかしその時一子もともに走り出していた。スピードにこそ差があれど、彼女が三度地に足をつけたと同時に百代の打撃がやってきたとしても、彼女の顔に焦りなどなかった。

 諦めでも気付かないのでもなく、その表情は試合直前のものと変わらない。

 そのことに感心することなく拳を打ち込む百代。試合の開始をもって完全な武神状態に移行した彼女には、もはや相手を肉親と思うことも、自分より下だと認識することも許されない。

ただ最強の一撃をもって討ち倒すのみである。

 

しかし、その拳は空を切った。

 

「!!!」

 

 空振りした打撃は空気を切り裂き会場端の結界に激突する。

 その威力に会場全体が僅かに揺れ、それだけで結界に亀裂が入った。

 しかし驚くべきはそこではない。

「…………」

 その一撃を紙一重でかわし、あまつさえ絶好の死角に潜り込んでいることだ。

 常人にはいまだ情報が脳まで届かない程の僅かな時間に、その一連の動作は行われていた。

 突き出された拳を避けるのではなく利用する形で。高速でやってくる一撃に対し、同速度で体全体で円運動により受け流す。

「……くっ!」

突き出した右拳を戻す反動を利用し、自分の左背後に回った一子に回し蹴りを放つ。

神速の一撃。だが、彼女が百代の足を刈る方が速かった。

最高の状態で最上のタイミングから繰り出す最大の蹴り。タメを効かせ、百代の一撃を円運動でそのまま威力に換えた強烈なローキック。

「グ…ッ!」

 それは変則的ではあるが川神流『地の剣』。放った相手を地に突き刺す強力無比の一撃。

 一子の奥義を食らい、体勢を崩した百代は地に手をついた。

「!?……ぉ、おおおおおおおっ!!!」

 一瞬の出来事に数秒静寂が続くも、その光景に会場からはそれまでにない雄叫びが響き渡った。

「…………」

 手をついた体勢のまま百代は一子を見上げる。

「…………」

 いつまでも体勢を戻さない彼女は、そこで初めて顔に感情を露わにした。

 

 この私が初撃を外すだと!?

 それどころかこちらが一撃もらうだと!??

 

 初めて出てきた感情は戸惑い。今起こったことがあまりにも想定外であったために起こった軽いパニック。

 鬼神と恐れられてきたあの川神百代が。自身よりはるかに弱い相手を前に。一切の手加減などせずして。カウンターをもらった。

 それが理解できるはずもない。ただでさえ会場がこんなにもどよめき立っているのに、当の本人がこの事実を認められるはずもない。

 彼女の夢を破壊するために臨んだ試合なのだから。

 そんな彼女の目の前で一子は薙刀の切っ先を百代の眼前に向けて言い放つ。

 

「なめているなら叩き潰すわよ。本気で来なさい、川神百代!」

 一瞬の間。

 自らに向けられた言葉に愕然とする。『本気で来い』と言ってきた。この私に向かって堂々と、あたかも自分が対等以上の関係であるが故に侮辱されたと憤慨するかのごとく。

「…………」

 そう、このときようやく理解した。自分の甘さを。『手加減しない』などという相手への侮辱を。

「く…はは……」

 目の前の『敵』はこんなにも自らの脅威になりえた。これが果たし合いなら確実に首をもっていかれていた。

 その覚悟のいかに甘かったか。

「いいぞ……ワン子…………」

 今そびえているのはそれまでのがむしゃらに決闘を挑む無謀な挑戦者ではなく、自らを脅かすに相応しい一人の猛者。それがようやく脳の隅々まで染みわたっていく。

 

「クハハ……、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

 

そしてそこでタガが外れた。

それまで必死に封印していた感情が洪水のように体を駆け巡っていく。

(いかん!!!)

 その圧倒的なまでの狂喜に会場は再び凍りつき、審判を務める鉄心は焦りに冷や汗を流した。

 しかしそれでも一子は動じない。それどころかこちらもうっすらと笑みすら浮かべている。

「クハハ、面白い……面白いぞワン子ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

 雄叫びとともに闘気が爆裂する。その勢いが来る前に一子は十メートルの距離を一足であける。その表情にもはや笑みはない。ただ意識を内に凝縮するのみ。これから真の戦いが待っているのだから。

 

「……ついに始まっちまった」

 セコンドとして控えている大和は全身を縛り付ける緊張と絶望に必死に耐えて見守っている。

 彼が用意した策。それは最初の百代に放った『地の剣』ではない。それはあくまで策を展開するためのスイッチにすぎなかった。

 だがそれだけでもすでに無謀。成功するなど軽い口でほざけない程に可能性の希薄なものであった。

しかし彼女は成功した。成功させてしまった。

これからが策の中枢となる展開。これまでのように可能性が残された策ではない。いや、もはや策とも呼べない愚行の域の所業。

だがそれでも彼にはこれしか浮かばなかった。これしか彼女の夢を叶えられる可能性が残されていなかった。

「…がんばってくれ。ワン子……!!!」

 この策を聞けば、誰であろうと止めたであろう。もはや考えるまでもなく可能性0の挑戦。

 だがそれしか彼女には残されていなかった。

 だから戦う。

 命を賭けてでも手に入れたいものがあったから。

 なら彼は祈ることしかできない。ただ試合の行く末を祈って、その先に彼女の幸福な未来があるのだと信じて。ただひたすらに祈り続ける。

 しかしその祈りも願いも夢の全て奪い蹂躙するかのごとく鬼の叫びが全てを塗りつぶしていく。

 そして目の前で鬼の叫びは最高潮に達した。

 辺りを染め上げる圧倒的力の奔流。もはや一片の希望も潰えていく会場で、彼女は静かに武器を構える。ただ信じるは己の肉体。この身を支えるは鍛え貫いてきた我が精神。

 この瞬間に全てを注ぎ、今最凶に正面から挑む。

 


 
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