今現在、黒将軍シラギは腕を組んで一点を睨みつけている。
大男が只ならぬ気を発して仁王立ちをしており、背後には複数の兵たちが緊張に身を固めている。
その光景は気弱なものでなくとも震えあがってしまうほどの迫力があった。
凝視するその先で人影が動いた。
来た。
あれほど言ったのになぜだ、という悲しみ。
やはり張っていてよかった、という安堵。
心中に微妙なブレンドで混ぜ合わさってゆく。
その人影はこっそりと外の様子を窺っていたが、シラギと目が合った瞬間
「げ」
慌てて引っ込んだ。
「陛下ッ!!」
思わず鋭い声が出る。すると室内でパタパタパタ…と駆ける音が聞こえた。
「陛下は扉へと回られた、お前たちはここを動くな!」
「はっ!」
急ぎ東宮の寝殿前にかけ付けると麗しの国王陛下が部下たちと悶着を起こしているところだった。
「わたしは国王だぞ!お前たちはその王よりもシラギの命を聞くというのか!」
「恐れながら右将軍さまのご命令でありますので」
「だから!」
リウヒは地団駄を踏んで怒っている。
「陛下」
低いその声に小さな肩がビクンと跳ねる。
「昨夜、あれほど言ったではないですか。それともまだお聞き足りないのですか」
少女は不貞腐れたように、プイと顔を逸らした。
シラギは深いため息をついた。
半年振りに、大切な国王が帰ってきた。
愛しい大切な国王が。再会した時、シラギは思わずトモキを突き飛ばして、リウヒを抱きしめた。
あの細くて華奢な体を思いっきり抱きしめてしまった。
危うく、絞め殺してしまうところだった。
そのあとの小さな宴で、リウヒは楽しそうに笑い、幸せそうにトモキに凭れて寝てしまった。可愛らしくあどけない寝顔に、うっかり見とれてしまい、カグラに笑われた。
そこからは幸せで平和な日常が続くはずだった。
はずだったのに。
リウヒは、命を助けてもらったというアナンの船に乗っていた、橙頭の男の部屋に夜な夜な通っている。寝室に「キジの部屋にいってきます」と書置きをのこして。
橙男は嫌がっているように振舞うが、実は嬉しいことをシラギは知っている。
それくらい分かる。
そして血相変えて迎えに行くと、もう少しだけ、とリウヒはタダをこねる。
「おまえさー。明日も仕事があるんだろ。早く寝ろよ」
「じゃあ、キジと一緒に寝る」
「馬鹿!この馬鹿!」
シラギは愕然とした。この男はなんて事をいうのだ!
「我が王陛下を侮辱するとはなんたる不届き千万!貴様そこに直れ!」
怒りのあまり柄に手をやり、そのまま叩き斬ろうとした瞬間、リウヒが手を広げて橙男の前に立ちふさがった。
「止めろ、シラギ!」
刺すような口調と目線で睨みつける。
「キジはわたしの命の恩人だ。その男に剣を向けるのか、お前は!」
再び愕然とする。なぜ、こんな男を庇うのだ。
「ほらさ、おっさんも怒っているから帰れよ、な?」
わたしはお前に腹が立っているのであって、リウヒにではない!
そしておっさん言うな!
「はいはい、じゃあかえりましょうねー。はい、1,2,1,2」
リウヒの肩を押してそのまま扉に押してゆく。
軽々しく触るんじゃない、わたしの大切な国王に。
廊下に追い出されたリウヒの前で
「じゃあな、お休み」
扉が閉められた。
「あ…」
とてつもなく悲しそうな声をあげて、リウヒは扉に両手をかけて縋るように背伸びをする。
「陛下、寝殿に戻りますよ」
しょんぼりとおとしている小さな肩を、押しながら誘うとしぶしぶ歩き出した。
「本当にどうされたのです。毎晩、寝室を抜け出して、それもあの手この手で…」
つい小言がでる。
「万一のことがあったらどうするのです」
ふてくされたように、聞き流していたリウヒが振り向いた。
「万一のこととはなんだ」
言葉に詰まる。
「その…あの男となにか間違いがあったら…」
リウヒは、ゆっくりとほほ笑んだ。嬉しそうに。
「わたしはそれを望んでいる」
あまりの衝撃に腰が抜けた。
廊下でへたり込んでいる黒将軍を尻目に王陛下はさっさと、寝殿へもどっていった。
で、結局、今日も脱走して橙男の部屋へ向かおうとした挙句にシラギに捕まった。
「よいですか、陛下。年頃の娘が夜な夜な男の部屋へと押し掛けるとは何事ですか。もっと慎みをお持ち下さい。それでなくとも陛下は国王なのです、陛下の御身は…」
「今日はえらい饒舌だな、黒将軍」
そっぽを向いたまま、ぶっすりとリウヒが言う。
いや、全く。
二人を取り囲んでいる宮廷兵の面々も内心深く頷く。
いつもは無口な上司がここまでしゃべくる姿を初めて見た。
まあ、彼らも気付いてはいる。尊敬し敬愛している右将軍は、十五も年下の国王陛下を愛している。
不器用な男の恋心は駄々漏れだった。
ところがどっこい、小さな国王は下衆な橙頭の男に夢中である。
諌める言葉に棘が含まれるのはいたしかたないことであろう。
リウヒはついに、横を向いたまま人差し指を耳に突っ込んだ。
悲しいかな、その男の恋に国王本人は気が付いていない。
がんばれ、シラギさま。負けるな、シラギさま。GOGOシラギさま!
ギャラリーと化した宮廷兵が、手に汗を握って見守る中、なけなしの勇気を振り絞ったのだろうか、シラギはついに言った。
「今宵はわたしが陛下のお傍におりますから…!」
うおおう、言いおったよ!
「肌身離さず、一晩中ご満足させますから!」
そしてつっぱしちゃったよ!
どんな絶倫宣言!?
だが、しかし。
「シラギが?なんで?意味が分からない」
無邪気な顔で、愛しの国王陛下は木端微塵に打ち砕いた。
「今日は諦めてわたしも寝る。だからお前も馬鹿なことを言ってないで、もうお休み」
鈍感にしても程があるゥ!!
お願い、言わないであげて!
一世一代の告白を馬鹿なことだなんて言わないであげて!
兵たちは涙を流して王に縋りたい衝動を必死で押さえた。
そうとも知らず、リウヒはくふぁとあくびをすると扉の中へ消えた。
「し…シラギさま…」
おそるおそる上司を見ると、その男は蒼白な顔をして斜を纏っていた。
そうとうショックだったに違いない。
「その、あの…」
「おれたちがお傍におりますから!」
慰める言葉が見つからない彼らは、混乱していた。
なんならこの身を捧げても構わない!いや、喜んで捧げちゃいたいッ!
そこまで瞬時に思いつめてしまった。
「いや…」
自失呆然としながら、手を上げたシラギに兵たちはぴたりと口を閉じた。
「陛下を頼む…」
傾ぎながらフラフラと歩き出した。
そのあまりにも痛々しい後ろ姿を見て、彼らが男泣きに泣いたのは言うまでもない。
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黒将軍のため息。
ティエンランシリーズ番外編。
時間軸は「Far and away」リウヒが宮に帰ってきた後。
おっさんは小娘に振り回されるといいよ。