「ねえねえ、ちょいとそこのお兄さん。わしの最新のギャグを聞いてくれよ」
ぼくは街中で声をかけられた。ぼさぼさの頭に乱れた衣服、あまりかかわりになりたくはないいでたちである。
「急いでますので・・・」
そそくさと逃げるぼくの背広の端をしっかりとつかむ、泥んこの手で・・・
『クリーニングしたばっかりなのに!』
ぼくの気持ちを無視し、男は一向に手を離す気配がない。無理に逃げるよりもそのギャグとやらを聞いてやったほうがよさそうだ。
「わかりましたよ、少しだけ聞きますからまずはその手を放してください」
ぼくは男の手を振り払い、背広を整えた。すそには泥汚れの跡がしっかり残っている。少しむすっとしてぼくは吐き捨てるように言った。
「急いで家に帰りたいんですから、早くしてくださいね」
「よっよし、面白すぎて笑い死ぬなよぉ」
男は軽く咳払いすると、力強くその言葉をつぶやいた。
「ふとんがふっとんだ!」
ぼくの体を冷たい風が吹きぬけ、今日の最低気温が1度下がった。
「・・・はいはい、確かに聞きましたよ。それじゃぼくはこれで失礼しますよ」
ぼくは足早に男のそばを離れた。男はぼくの後ろ姿を見送り細く微笑んだ。
家に帰るとなんとなく熱っぽいことに気づき、今日は早めに布団に入ることにした。
「あの男の寒いギャグで風邪でもひいたかな?」
・・・これはまったくの間違いというわけではなかったのだ。
次の朝になっても一向に熱が引かない、ぼくは会社を休み近くの病院を訪ねることにした。
道に出てタクシーを止める。タクシーに乗り込むと人のよさそうな運転手が声をかけてきた。
「お兄さん、どちらまで?」
「ああ、K病院までお願いします・・・」
「大丈夫ですか、お客さん、なんか顔色が悪いみたいですよ」
バックミラーから運転手が覗き込むようにして尋ねてくる。ぼくは急に胸の痛みを覚えその場にかがみこんだ。
「おっおっ客さん・・・」
あわてる運転手の声がするが、そんなことを気にしている余裕はなかった。胸が苦しく息ができない。しかし助けを求めたつもりのぼくの口からはこんな言葉が・・・
「K病院に内科はナイカ?・・・・はっ・・・」
ぼくはあわてて両手で口をふさいだが、運転席を冷たい風が吹きぬけ車内は冬と化した。
十分ほどの道のりをタクシーは暖房を最大にかけて走りK病院に到着した。
病院についてからも待合室で待つ間、数分おきに起こる発作のたびに周りの患者にギャグや駄洒落を言い続けた。しかもどれもまったくと言っていいほどにつまらない。
ぼくの呼ばれる頃には待合室の天井にはツララができるほど寒々としていた。
名前を呼ばれ、机とベットだけでいっぱいの狭い診察室に入り椅子に腰を下ろした。
医者はお決まりの質問を二、三行った後、ぼくの胸に聴診器を当てながら険しい表情をした。
「むむむ、これは・・・」
医者の顔がさらに強張る。
「先生、ぼくはそんなに悪い病気なんですか?!」
あわてるぼくに医者は表情を崩さず静かに病名を告げた。
「あなたは『GII症候群』です」
ガガーン!鍵盤を激しくたたく効果音が頭に響き世界が真っ暗になる。聞いたこともない病名だが、どうやらとんでもない病気にかかってしまったようだ。ぼくは恐る恐る医者に尋ねる。
「いったいそれはどんな病気なんですか?」
医者は小さくうなずくと病気について話し始めた。
「GII症候群。正式名称を(G)ギャグ(I)言わずに(I)いられない症候群というのだ」
「ふざけないでください!ホントのことを話してください!」
激しく問い詰めるぼくを抑えて医者は言葉を続ける。
「ふざけてなどいない。この病気は非常に感染力が強い、空気感染ならぬ『ギャグ感染』するんだ、周期的に起こる発作によって引き起こされる『寒いギャグ』を聞いた者はみなGII症候群になってしまうんだ」
ぼくは昨日の男を思い出した。間違いない、あの時うつされたんだ。
「君は今後隔離病棟にてリハビリを行う。一切の面会は禁止だ。約1年の療養期間の後退院が許可される。これは世界赤十字機構で定められている決定事項だ。これ以上この病気を広めるわけには行かないのでな、我慢してくれ」
医者がカルテに病状を書き込み始めたとき再びぼくの体をあの発作が襲った。
「ああっ、ギャグが言いたいっ!」
体中が振るえ言葉が喉を駆け上がっていく。
「いかん!我慢するんだ!」
「駄目、です・・我慢できない・・・わぁぁぁぁ、聞いてくださいぃぃぃぃぃ!!」
「だめだぁ〜」
「ドカンがドッカーン!!」
それから1ヶ月GII症候群は日本全国、そして全世界へとすごいスピードで広まった。
寒いギャグに包まれた地球は急激に気温を下げ、史上最大の氷河期を向かえ人類は滅亡した・・・。
「と、これが前史文明を持った『ニンゲン』という種の絶滅の原因と考えられています」
新たに文明を築いた新生命体が歴史の授業を行っている。
「GII症候群はいつ何時発病するかわからない恐ろしい病気です。みなさんも十分に気をつけてくださいねもう寒いのはこおりごおり(氷氷)ですからね」
数秒の沈黙。そして、教室の中を冷たい風が吹きぬけた。
END
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