俺の名はジャック・マックレガード。「温泉ハンター」だ.全世界各地を巡り、世の人々に珍しい温泉を紹介することを仕事(なりわい)としている。
今までにもケニアの『美人の湯』や、アラスカの『リュウマチに利く湯』などを紹介してきた世界でもトップクラスの腕だ。
アラブでは温泉と間違えて油田を掘り当てたが、そんなものはどうでもいい。近くにいたじいさんに権利ごとくれてやった、聞いた話ではじいさんはその後、世界でも指折りの金持ちになったそうだが俺には関係のないことだ。
何度もいうが俺の仕事は温泉ハンター。温泉を見つけることだけが俺の生きる道なのだ。
そんな俺が今向かっているのは、ニッポンという小さな島国だ。この国は世界でも有数の温泉大国で、世界温泉協会が決めた「世界の秘湯百選」のほぼ八割がこの小さな国にあるというから驚きだ。その中には俺が見つけた『長寿の湯』オオワクダニも含まれる。あれ以来この国に足を踏み入れるのは今回で二回目だ。
前回は俺としたことが最新の情報収集をおこたったため、この国の正装としてチョンマゲに日本刀を携え、キモノまで着ていったというのに空港で取調べを受けるは、現地人に写真を取られるはで大変な目にあった。今回はしっかりと下調べを済まし、正しい旅行者の服装に身を包み、国際空港ナリタに降り立った。同じ失敗は二度としない、それが俺のいいところだ。
タラップを降りる俺。片手に紙袋、もう片方にはガイドブック。ヘアスタイルはこの国の正装七三分け。もちろん小道具の黒渕めがねとカメラも完璧だ。服装はアロハ。なぜかはわからないが、これがこの国の風習ならばそれに従うのも温泉ハンターとして他国を訪問する礼儀ってものだ。
俺はガイドブックにはさみこんだメモを確認した。
こんな小さな国にはもう秘湯と呼べる場所は存在しないと、俺も思っていた。しかしそんな俺の元にある情報がはいった。
『ニッポンにはまだ知られていない、どんな病気もたちどころに治す伝説の温泉がある』
情報の出所はあやふやで、確証はないが、長年温泉を探しつづけた俺の勘が「行け」と告げていた。はたして俺は再びこの地に足を踏み入れることとなったのだ。
電車を乗り継ぎ北へ五時間、さらにバスを乗り継ぎ山を越えた谷間にその村はあった。不確かな情報ながら乗り換えのホームや時間までがはっきり明記されていたのだ。ただ残念ながら「休日ダイヤ」までは記されていなかったため、宿を予約した時間からは二時間以上遅れてしまっていた。
何とか目的の村に到着することができた頃には、山々の合間に太陽は完全に隠れていた。
「ついに見つけたぞ・・・」
俺が見つめるその村の入り口には、七色に輝くネオン管で「ようこそ!伝説の秘湯へ!」とかかれていた。
ゆっくりと村に足を踏み入れる。大通り沿いに温泉饅頭やお土産屋さんが立ち並ぶ。俺は最初に目に付いた土産屋で『伝説の秘湯に行ってきました』というお菓子を買うと、それをつまみながらこの村に唯一あるという旅館に向かった。お菓子はクッキーで、前回食べた『オオワクダニに行ってきました』と同じ味がした。
「いらっしゃいまし、伝説の秘湯比奈日田(ひなびた)温泉にようこそ。」
旅館の女将が三つ指をついて俺を迎え入れた。これがこの国の挨拶なのだ。郷に入っては郷に従え。俺も同じように三つ指をついて挨拶を返した。
「温泉ハンター、ジャック・マックレガードです。どうぞよろしく」
「あらあら、」
女将はころころと笑い、俺を部屋に案内するといった。「荷物をお運びします」といわれたので、首にかけていた一眼レフカメラと紙袋を渡し、ほかに荷物はないと言うとまた笑った。笑顔のかわいい女は好きだ。心が和む。
部屋は純和風の畳部屋だった。この畳と言うやつは縁を踏んではいけないそうだ。何かとんでもないことが起こるのだろう。俺は気を付けながら部屋に入ると、備え付けの民族衣装『ユカタ』に着替えた。万が一に備え護身用の愛銃ピースメーカーを懐に隠した。温泉ハンターの仕事はいつでも危険と隣り合わせなのだ。
温泉は渡り廊下を渡った離れにあるという。たどり着いた小さい脱衣所には他に服はなくどうやら俺一人のようだ。好都合だ、じっくりと検証できる。俺はピースメーカーをユカタの下に隠し、生まれたままの姿にタオル一枚という姿で風呂場に向かった。
温泉は裸が基本だ。水着など言語道断。世界温泉協会ではアカフンと呼ばれる下着のみを唯一例外として認めるほかは一切の肌着の着用は認めていない。
まず目に入ったのは『縁結びの湯』とかかれたハート型の湯船。ご丁寧に湯の色もピンク色だ。温度はほのかに暖かい。なるほど、これはほのかな恋心に結びつきそうだ。これが天然とはさすが伝説の秘湯だけはある。
お、これは『獣の湯』なになに、森の動物たちと一緒にお風呂に入りましょう。なるほど。
確かにその湯船にはクマとライオンとウサギが入っていた。しかし本物ではない。よく遊園地などで風船を配っている。着ぐるみといわれるあれだ。かわいそうに、いつから浸かっているかは知らないが明らかにのぼせている。
アルバイトか何かだろうか、俺が湯船に浸かると弱々しく手を伸ばしたがそのまま倒れ、湯船に浮かんだまま動かなくなった。なるほど、世界温泉協会が服を着ての入浴を認めないのはこういうことなのか。ひとつ勉強になった。
そのとき静かになった風呂場の隣から妙な機械音を俺の耳は聞き取った。「まさか!この音はっ」俺は手近に会った桶とタオルを持つと風呂場を飛び出した。
関係者以外立ち入り禁止。そう札のかかった扉をそっとあけて中に入る。中には大規模なボイラー装置があった。
「こ、これは・・・」
「見てしまったのね、」
扉から入ってきたのは、旅館の女将。手に握られているのは俺のピースメーカーだ。その銃口は紛れもなく俺のほうを向いている。
「どういうことだ」俺はできるだけ動揺を隠してつぶやいたが、素っ裸では限界がある。
「見てのとおりよ、ここの温泉はすべてこのボイラーで沸かしなおした循環湯よ」
循環湯、それは温泉の使いまわしを意味する。一度流れた湯を浄化し、再び沸かしなおし湯船に戻す。これの繰り返しだ。もちろん温泉業界では禁忌とされている。
「なぜだ。ここはもともと温泉が沸いていたのだろう?」
「そうよ、一時は幻の秘湯としてテレビなどにも放映されたわ、でもそれも昔のこと。温泉はあっという間に枯れ果てて村は貧困に襲われた。このままでは村の復興はないと、温泉ハンターとして名の知れたあなたに手紙を送ったのよ。『伝説の温泉』ってね」
女将の目は真剣だった。彼女がここまで思いつめるには相当な苦労があったのだろう。
「オッケイ、理由はわかった。しかし俺が殺されかけてるのはなぜだい?」
「あなたをこのまま返したら比奈日田温泉が枯れていることが世界温泉協会にばれてしまう。あなたが死ねばまた別の温泉ハンターに手紙を出すわ。そしてここが世界の秘湯百選に選ばれればこの村も昔の活気を取り戻せる。他に方法はないの。この計画のために消費者金融からも多大な借金をしてるの。看板、ボイラー装置、お土産パッケージの印刷・・・。だから、この村の再建のために死んで!」
「温泉ハンタージャックは秘湯捜索の途中で行方不明ってことか・・・。あいにく俺はまだやらなくてはいけないことがあるんだ。こんなところで殺されるわけにはいかない」
俺の言葉に女将は決意を決めたようだ。唇をかみ締め俺に向けてトリガーを引いた。
『ズキューン』
激しい銃声が狭いボイラー室に響いた。
俺は左手の濡れタオルを一閃、鉛の弾丸は濡れタオルにからめとられ足元に転がる。二発目が放たれる前に右手の桶を女将に向かって投げつける。
『カポーン』
ケロヨンの桶が女将の手から銃を弾き飛ばし乾いた音を響かせた。
俺はすばやく落ちた銃を拾い女将に向けて構えた。
「悪いが、あんたらの茶番に付き合ってるひまはないんだ」
それだけ言うと、俺はピースメーカーとタオルをケロヨンの桶にしまい、ボイラー室の扉に手をかけた。
立ち去り際、俺は女将に声をかけた。
「今回のことは俺の胸だけにしまっておく。協会には連絡しないから安心しろ。それと早く温泉のクマたちを助けてやるんだな」
それだけいうと振り返ることも泣く俺は立ち去った。温泉ハンターである俺は多忙を極めるのだ、いちいちこんな事件まで報告している暇はない。後には泣き崩れる女将の姿があった。
部屋に戻り荷造りをしていると、担架に載せられたクマ・ライオン・ウサギが救急車で運び出されるところだった。
後で知ったことだが、彼らは俺の到着が遅れたのを知らず、ずっと風呂の中でスタンバイしていたのだそうだ。
扉をあけて靴をはこうとすると足元に置かれたメモが目に入った。
「村人一同、力を合わせてもう一度一からやり直します。 女将」
俺は小さく微笑むとそのメモを紙袋に滑り込ませた。
村を出て悲しげに輝く「ようこそ!伝説の秘湯へ!」の看板を首のカメラで写真に収めるとちょうどやってきたバスに乗り込んで岐路についた。再びこの村に温泉が沸いたとき、必ずや訪れようと心に誓って・・・
俺はジャック・マックレガード。人情に厚い温泉ハンターだ。
END
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温泉ハンター。それは世界をまたにかけ、まだ人知られぬ秘湯を巡る冒険家だ。その仕事はいつも危険と隣り合わせだ。
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