No.117154

サンタの事情

柊 幸さん

サンタクロースにもいろいろと事情があるようです。
 
 

2010-01-07 18:59:01 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:509   閲覧ユーザー数:494

 

「サンタさんはいるもん!」

 コンビニで買った肉まんで手を温めながら歩くのにちょうどいい十二月のある日のこと、三田卓郎は高校からの帰り、自宅の前で言い争うまだ小学校にも上がらないような子供たちの姿を見た。

 まだたどたどしい言葉遣いで必死に抵抗する少女に対し、わんぱくそうな半ズボンの男の子二人が執拗にサンタの存在を否定していた。

「まだ信じているのかよう。こどもだなぁ」

「そうだそうだ、プレゼントは夜中に父ちゃんがおいてくんだぜ」

「ちがうもん、サンタさんだもん」

 頬を膨らませ花柄のスカートを揺らして足をふみならしながら、少女は全身で男の子たちの言葉を否定していた。そんな微笑ましい光景を横目に卓郎は自宅の門をくぐった。

 サンタクロースを信じていたのなんていつのことまでだっただろうか、父親と祖父は年末はいつも忙しくしていて、ほとんど家にいたためしがない。そのためか、うちではクリスマスを祝ったという記憶がまったくなかった。プレゼントだけはもらっていたが、あの少女くらいのころにはもうサンタは自分の父親であることを悟っていたような気がする。

「サンタはいるんだもん!わーん」

 かわいそうに、門の外ではついに少女が泣き出してしまったようだ。

 そんな泣き声を聞きながら、卓郎は今朝のニュースを思い出していた。

 サンタは確かに存在する。ただし、それが少女の信じるホントのサンタクロースと同じであるとは限らない。

このあたりでここ数年この時期になると現れる。その名も『怪盗サンタクロース』神出鬼没でどんなに警備がきつく、厳重なカギのかかった屋敷でも簡単に忍び込み、大量のお宝を盗み出す。

 仕事を働くのはいずれも悪いうわさのある社長や悪徳政治家の家ばかり。ニュースはこぞって『平成の義賊』と名を打って毎日報道を繰り返していた。

 なぜ、サンタクロースなどという名前がついたかというと、出没する時期が十二月の初めから、きっちり二十三日までだからだという。なんでも二十四日は本業が忙しくなるらしい。逃走する姿を目撃した人によれば、服装はおなじみの全身赤と白で彩られたサンタの衣装で、背中には大きな白い袋を担いでいたという。まさに絵本に描かれるサンタクロースそのものだが、大きく違うのは袋の中身がプレゼントではなく盗んだお宝であるという点であろう。嘘かほんとか空飛ぶトナカイのそりで空へと逃げて行ったとの話も聞く。そこまでいくとさすがに眉唾だ。

 まあ、一介の高校生である卓郎には関係のない話だ。

「ただいまポチ」

 犬小屋で丸くなるペットにあいさつを交わし、玄関を開けた。

「ただいまー」

 居間に入ると、父親とじいさんがコタツに入ってテレビを見ていた。

「おお、卓郎お帰り」

 じいさんが部屋に入る卓郎に声をかけるが、父親は黙ってテレビを見つめたままだ。テレビの画面には夕方のニュースが流れ、その内容は相も変わらず、怪盗サンタクロースの話題だった。世の中はあきれるほどに平和なようだ。  

 かばんをほうりだし、卓郎もコタツにもぐり冷え切った手を温める。テレビでは怪盗サンタクロースが今日は悪徳新興宗教の教祖の家に盗みに入ったと伝えていた。神への信仰を食い物にする悪徳宗教に、神の使いを語る泥棒。どっちもどっちだな、などと考えニヤケていると、テレビが急に消された。

「卓郎、ちょっと話がある」

 リモコンを置くと急に真剣なまなざしで、父親が話し始めた。

 急に改まってなんだろう。何か悪事がばれたのだろうか。ベットの下に隠したエロ本だろうか?それともこの前友人たちと未成年にもかかわらず酒盛りしたことだろうか?

 さまざまな記憶が瞬時に頭の中をよぎる。不安そうに話を聞く卓郎に父親は言った。

「お前は、怪盗サンタクロースについてどう思う?」

 どうって、なんだろう、新手の心理テストか何かだろうか。ますますわけのわからなくなる卓郎だったが、無難に「泥棒は悪いことだと思うよ」と答えた。

「そうか……」期待した答えと違ったのか、落胆した表情をこぼす。少し悩んだ様子を見せたが、父親はそれに続けてさらにとんでもないことを言い出した。

「実は、怪盗サンタクロースは父さんとじいちゃんなんだ」

 突然の告白。助けを求めてじいちゃんを見るも、同じように真剣なまなざしで小さくうなずくだけだ。この年になっても息子に自分の職業を教えなかった裏側にはそんな秘密があったのか。

 しかしまさか実の父親、しかも祖父まで二代続けて泥棒だったとは……人間本当に驚くと声すら出なくなるようだ。

「へ、へえ、そうなんだあぁ」 

 かろうじてそれだけを絞り出す。でも頭の中は真っ白だ。

「卓郎、落ち着いて聞いてくれ。父さんたちの仕事は決して泥棒が本職ではないんだ」

 取り繕うようにあわてて言う父親。しかしそのほとんどは卓郎の耳には届いていなかった。しかし、次に放った一言で卓郎は正気に戻ることになる。

「父さんたちの本当の仕事は、本物のサンタクロースなんだ」

「ふざけるなぁ!」

 吉本興業に持っていっても百点満点の突っ込みを決めた。

「どこの世界に自分の父親から『私はサンタです』なんて話を聞いて、ハイそうですか。と納得する子供がいるんだよ」

 ちゃぶ台ならぬコタツをひっくり返して叫ぶ卓郎をじいさんが押さえつけ、すまなそうに言った。

「すまないのう、わしがもう少し頑張れればいいんじゃが、もう歳で足腰が言うことを聞かんのじゃ」

「卓郎、おまえには黙っていたが、うちの家は三田と書いてみたではなく、本当は『サンタ』と読むんだ」ひっくり返ったコタツにつぶされ、下から這い出すようにして父親が言った。「そして代々この東京多摩地区を受け持つ本当のサンタクロースなんだよ」

 呆然と立ち尽くす卓郎の肩に手を置きじいさんが続ける。

「いきなりのことで信じられないだろうが、これは真実なんじゃ。お前には犬だと教え続けていたが、実はポチもトナカイなんじゃよ」

「!?」

 衝撃の真実だ。確かになんでうちの犬にだけ角があるのかと疑問に思っていたが、ずっと父親の「雑種だからだ」の言葉に納得させられていた。まさに目からうろこが落ちる思いだ。家族中がサンタの関係者だということは、

「まさか、母さんもなのか」

 卓郎はミニスカサンタな母親の姿を思い浮かべあわてて否定した。確かにまだまだ若くて美人ではあるが、コスプレはちょっと……

「いや、母さんだけは一般人だ。もちろん私たちの正体は知っているがな。仕事はすべてじいさんと私で行っている。だがじいさんの腰痛が悪化して、医者にも激しい運動は控えるように言われている。そこでだ……」

 父親の語気が強まる。ここでじいさんの老後の世話をどうこう、という話にはならないだろう。

「今年から卓郎、おまえにもサンタクロースになってほしいんだ」

 予想していたとはいえ、卓郎は大きなため息をついた。まさか自分にそんな運命が待ちうけていようとは思ってもみなかった。しかし、本物のサンタはともかく怪盗サンタクロースはどういうことだろう。

「百歩譲ってサンタなのは認めるよ。でもなんで泥棒なんかしてるんだよ」

「うむ、実は昨今の不況でサンタの資金管理団体からの支援額が年々縮小されていてな、子供たちに配るプレゼントのグレードが年々下がっているんだ。日本の子供たちはやれPS3だ、Wiiだと、希望プレゼントの金額は高騰するばかり」

 困ったようにうむく父親に代わって、じいさんが続ける。

「そこでわしらはサンタの能力を使って悪い大人からお金を奪って子供たちに分け与えることにしたんじゃよ」

 じいさんは得意げに話した。なんでもサンタは子供たちの枕もとにプレゼントを届けるためどんなカギでも簡単に解錠できる力があるらしく、その力を悪用し目標に侵入。空飛ぶトナカイ、ポチの引くソリで夜空に逃げるというパターンらしい。派手に見えるサンタの衣装も特殊なステルス迷彩が施されており、監視カメラの類には一切映らないようになっているため証拠は残らないらしい。ただ人の目と記憶には強烈に残ってしまうのが難点だ。

「というわけで、今日から早速働いてもらうぞ」

 卓郎は断る気力も残ってはいなかった。

 

 

 その夜、卓郎はサンタクロースデビューを果たした。といってもクリスマスはまだ先、今日の仕事は怪盗サンタクロースのほうだ。

 確かに窓のかぎから金庫のカギまで、卓郎が手をかざすだけですべてのカギは簡単に開いた。大量の監視カメラが映しているのにもかかわらず、仕事は何の問題もなく進んだ。

金庫の中の札束をおなじみの白い袋に投げ込む。普通なら持ち上げることもままならないような重量のはずなのに、白い袋はまるで羽根でも生えたかのように軽かった。これもサンタ秘密道具の一つらしい。確かに普通の袋では何万人もの子供たちへのプレゼントを運ぶのは不可能だ。

 あらかた金目の物を袋に投げ込むと窓から逃げ出し、ポチの引くソリで月の輝く夜空を飛んだ。少しの快感と多大なる罪悪感を抱えて卓郎は少し大人になった。

 

 それから卓郎は父親とともに毎晩、怪盗サンタクロースとしての仕事を続けた。不況といわれつつも、お金はあるところにはあるものだ。クリスマスを前に無事目標とする金額を集めることができた。

あとは残すところは二十四日。本当のサンタクロースの仕事のみとなった。

「卓郎、今日はクリスマスイブ。我々サンタの一年に一度の大仕事だ。子供たちにプレゼントを配るうえで気をつけなくてはいけないことが一つだけある」

 二十四日の夜、出発の直前になって父親は真剣なまなざしで卓郎に言った。

「我々サンタの掟で、絶対に私たちの正体は家族以外には知られてはいけないことになっている。子供たちにはとくに注意しろよ」

「もし見つかってしまったら……」

「それによって、おまえの人生が大きく変わってしまうことは確かだ。とにかく見られなければいい。ほとんどの子供は眠っている。プレゼントを置いたらさっさと帰る。それだけだ」

 父親はそれだけを言うとさっさと、ソリに乗り込んだ。

 何か腑に落ちない卓郎だったが、これだけ非現実なことが続いては何があってもおかしくはない。とにかくヤバイことなのだろう。十分に注意していこう。

 父親を追ってソリに乗り込む卓郎のもとに母親が駆け寄りお守りを渡した。

「卓郎、これを持って行きなさい」

「母さん、ありがとう」

 握らされたお守りを見て、卓郎は目を疑った。

「母さん?なんで縁結び?」

 普通なら交通安全、せめて商売繁盛ってところじゃないだろうか。

「ふふふ、だってクリスマスですもの。かわいい女の子を見つけなさい」

「卓郎、もういくぞ」

 いらいらした様子で手綱をもった父親がせかす。何かを含んだ笑みを残す母親と、二人の無事を祈り手を合わせるじいさんを残して、空飛ぶトナカイにひかれたサンタのそりは三田家の庭を飛び立った。

 

 町はいたるところでイルミネーションが飾られ、空だけではなく下にも星空が広がっているようだった。毎晩泥棒の仕事で飛び回っていたが、今夜は聖なる夜、それだけで世界が違って見えた。

 今晩中にうちの受け持つ何万という子供たちに間違いなくプレゼントを配らなくてはいけない。ポチは流星のような速さで空をかけ、卓郎と父は次々に子供たちの待つ枕元へプレゼントを届けていった。

 すべては順調に進んでいった。時計はすでに朝の四時を指している。担当区域の端から順番に回ってきたがついに残すところは卓郎の家の近所だけとなった。

「卓郎、よく頑張ったな。もう一息だ」

 父親が檄を飛ばす。雪が降り出してもおかしくない寒い夜だというのに体中から汗が噴き出している。なんでもいいから早く終わらせて布団で眠りたかった。

「じゃあ父さんは山田さんちの方面に行くから、おまえはこのマンションを頼む」

 卓郎の疲労を考慮して、手間のかかる一軒家を父親は担当し、息子にはまとめて回れるマンションを担当させた。卓郎が頷いて了解を示すと、父はポチを駆ってもう早朝ともいえる空にソリを走らせた。

「さてと、さっさと片付けるか」

 マンションの屋上に一人残された卓郎は足元の白い袋を担ぎベランダづたいに目標の部屋に侵入し、子供たちの枕もとにプレゼントを届けた。

 新人サンタの卓郎とはいえ、一晩続ければ仕事にも慣れが出る。残すところ一軒というところで、慣れと一日の疲労が卓郎の注意力を奪った。普通なら絶対に気付く、子供の仕掛けたトラップに卓郎は引っかかってしまった。

 枕元に近づいた卓郎の足元には大量の鈴が転がされていた。そのまま上に乗ってしまった卓郎は豪快な鈴の音をあげてひっくり返った。

 あわてて手をついて尻もちだけは防いだものの、シャンシャンという鈴の音だけは狭い子供部屋に響き渡った。

「ん~、サンタさん?」

 むっくりと起き上がり両手で目をこする少女がそこにいた。ピンクのパジャマに身を包んだ可愛らしい顔に卓郎は見覚えがあった。

 この子は、この前サンタはいるんだって、うちの前で泣いていた娘だ。

 いけない、さっさとプレゼントを置いて逃げなくては。袋から取り出したプレゼントを投げすてるように渡すと、鈴の音を立ててその場を離れようとした。

「待ってよサンタさん」

 少女の小さな手が卓郎の髭をつかむ。もちろんつけヒゲだ。ゴムで止められただけの白いひげはあっけなくむしり取られた。

「あれ?サンタさんずいぶん若いのね」

 少女は卓郎の顔を覗き込んでにこりと微笑んだ。

「卓郎っ、しまった、遅かったか……」

 あわてて飛び込んできた父親は少女と向かい合う息子をみて溜息をついた。

「戻りが遅いから心配で来てみたら、なんということだ」

「父さん、おれどうなるんだ?」

 不安そうに振り返る息子と息子の足に抱きつく少女を目の当たりにして父親は衝撃的な言葉を発した。

「サンタの正体は家族以外には絶対に秘密だ。見られたものは、家族に迎え入れるしかない」

「それはつまり……」

「私、サンタさんのお嫁さんになれるのね!」

 少女が歓喜の声を上げた。

 

「私の上げたお守りは効果絶大だったみたいね」

 がっくりと肩を落として戻った卓郎に母親が楽しそうに笑いかける。父親のとってきた少女の写真を見て、一人うんうんと頷く。

「かわいいじゃない、彼女将来美人になるわよ。それにもうずいぶん仲良しみたいじゃない。かわいいお嫁さんでよかったわ」

 写真に写る少女は満面の笑みを浮かべて、卓郎の横におさまっていた。

「あのね、その子はまだ五歳だよ。十以上離れてるんだ。結婚なんて……」

「あら、サンタの掟は絶対よ。私とパパも十二離れているけど、何の問題もないわよ。ホント親子よね」

 そう言って卓郎の父親をのぞき見る。父親は居心地悪そうにポチからソリを外している。来年の今頃まで倉庫に隠しておくのだ。あえて話題に触れないよう無視を決め込んだ父親に卓郎は首をかしげる。

 そんな卓郎の疑問に母親はそっと耳打ちした。

「パパもね、プレゼントを届けに来た時私に見つかっちゃったのよ」

 

 

 二十五日クリスマス。

 今年、卓郎の受け取ったクリスマスプレゼントは自分の運命と将来のお嫁さんだった。

 駅前で飾られていた大きなツリーも早速解体が始まっている。年に一度の祭りは終わりを迎えた。聖なる夜を明けた町は、なんだか少しさみしげに見えた。

「メリークリスマス」

 卓郎は白いものが降り始めた空に向かいそっとつぶやいた。

 

END

 

 

 

 
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