No.117082

「テラス・コード」 第十二話 (最終話)

早村友裕さん

 ――生きなさい――

 それは、少女に残された唯一の言葉だった。
 太陽を忘れた街で一人生きる少女が、自らに刻まれたコードを知る。

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2010-01-07 13:02:02 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:644   閲覧ユーザー数:633

第十二話 『太陽』

 

 

 

 とうとうあたしは決断した。

 震える手でヒルメを握りしめ、静かに告げる。

 

「マスターネーム・アマテラス、ヒルメ、緊急事態によりレベル2解除」

 

「レベル2解除、開放系第3段階までを許可」

 

 ヒルメが応答し、梓弓の芯が震えた。

 矢をつがえ、天を狙う。

 

「落ち着いて、テラス」

 

「分かってるっ……」

 

 狙いが定まらない。あたしが揺れている証拠だ。

 こんなんじゃ駄目だ。迷っている限り、絶対にミナカヌシを破壊する事などできない。壊さなきゃ、みんな死んじゃうから。そうしないと、みんなが……

 救いを求めて見た先に、ヨミが床に伏しているのを見た。

 当たり前だ、ここまで相当無理してきたんだろう。最後の雷(いかずち)でとうとう力尽きてしまったに違いない。

 無理しないで、って言ったのに。

 彼は根っからの異形(オズ)狩り……限界まで戦わないと済まない性分らしい。

 じゃあ、もう一人の弟は?

 そう思って探そうと視線を彷徨わせたが、その姿はどこにも見当たらなかった。

 

「ミコト……?」

 

 ばちばち、とヒルメがスパークする。その電撃はあたしの指先を少し焼いて、みしみしと揺れる部屋全体に紛れて消えていった。

 ミコトの姿が見えない。

 ただそれだけのことなのに、あたしの動揺が広がってしまう。

 

「テラス、危ない。この状態で気を抜けばあなたに被害が及ぶ」

 

 ヒルメの放つエネルギーが弾け飛びそうなくらいに膨れ上がっている。

 分かっている。

 このまま気を抜けばその瞬間、ヒルメの膨れ上がったエネルギーがすべてあたしに逆流する事くらい。

 でも、でも……

 

「ミコト」

 

 彼がいない。

 大丈夫だって励まして、死ぬなって叱咤して、あたしをここまで連れてきた張本人。

 どこ?

 

「ミコト?」

 

「落ち着いて、テラス。危険……キ・ケ・ン……」

 

 ヒルメの声がブレている。

 エネルギーの暴走が始まりかけている。

 それでもあたしは探していた。

 あの、金色の瞳を――

 

 

 

 その時、耳元で声がした。

 

「テラス」

 

 細い声。

 もう限界なんてとっくに超えた、弱い声。

 それでも強い意志を秘めた声。

 

「迷うな、テラス」

 

「……ミコト」

 

 顔の横から傷だらけの手が伸びてきて、ヒルメを握るあたしの手に重なった。

 顔は見えなかったけれど、確かに彼の気配を感じた。

 

「俺は知ってる……お前がどれだけ苦しんできたか」

 

 ミコトの声がする。

 それだけで、こんなにも嬉しい。

 

「異形(オズ)を手にかけて、どれだけの苦しみを味わったか」

 

 重なった手に力が籠る。

 ヒルメの暴走が収まり、エネルギーが矢に集約していく。

 

「悩んで、悩んで、それでもここまで来た」

 

「……ここまで来られたのはミコトのお陰よ」

 

 あたしがぽつりと呟くと、頬にかかるミコトの黒髪が少し揺れた。

 

「あなたがいたから、あたしは挫けてもまた立ちあがってここまで来たのよ」

 

 心の底からそう思う。

 

「俺だって……テラス、お前の為に……」

 

 ミコトの声が、途中から雑音に消えいった。

 その先を聞きたかったけれど、それは後でもいいだろう。

 

「お前ひとりで背負いきれないものは、俺が一緒に背負ってやるから……!」

 

 ミコトの叫びがあたしの心に沁み渡っていく。

 

「だから……」

 

 背中から温かい体温が伝わる。顔のすぐそばに揺れる黒髪には血がついて固まっていて、ざらりとした感触だった。

 あたしの両手に重ねられた手も傷だらけ。傷つけられた両腕に力なんて入っていない。

 

「一緒に闘おう」

 

 それなのにどうしてこの人は、あたしの一番欲しい言葉を知っているんだろう?

 どうしてこの人は、こんなにまでしてあたしの傍にいてくれるんだろう?

 どうして……どうして……!

 

「大丈夫だ、テラス、俺は、最後まで一緒にいてやるから――」

 

 でも本当は理由なんてどうでもいいんだ。

 ただ、ミコトがここにいて、この言葉をくれたことが嬉しいから。

 

「ありがとう、ミコト」

 

 視界は涙で滲んでいたけれど、ヒルメを握る手の震えは止まっていた。

 ミコトが一緒に戦ってくれるなら――

 だいじょうぶ、あたしはまだ、戦える。

 ゆっくりと引き絞った矢の照準を天井に向ける。

 

「さよなら……ミナカヌシ」

 

 重なった手に力が籠った。

 限界まで引き絞った矢が向かう先をまっすぐに見据えた。

 コードで埋め尽くされた、何もない天井。そこに突き刺さった青のガラスチューブの根元を狙う。

 

「テラス」

 

 絶対に手を放さないで。

 ずっと一緒にいて。

 どこにもいかないで。

 背に体温を感じ、頬に気配を受けて、ミコトに守られている事を実感する。

 

「開放系第3段階……『飛瀑(ひばく)』」

 

 大きく息を吸い込む。

 これで、最後!

 

「闇淤加美神(くらおかみのかみ)っ!」

 

 あたしの叫びを最後に、部屋は真っ青な光に包まれた。

 凄まじい破壊音と共に、目の前のガラスチューブごとタカマハラの始祖が砕け散っていく。

 崩壊していく部屋の中、あたしは硝子の欠片がヒルメの光を反射してきらきらと輝いているのを見た。闇夜に浮かぶ幾千もの煌めきは、さざめきながら舞い散って、光のシャワーとなって降り注いだ。

 

 

 ミコト――スサノオ。

 本当にありがとう。

 ただのちっぽけな異形狩りだったあたしを、タカマハラの導き手にまで押し上げた。

 『導く者』を導いたあなたは、いったいどんな名で呼べばいいのかな?

 生まれた時は一緒だった。

 苦しい事も、辛い事も、あたしは街で、ミコトはタカマハラで乗り越えてきた。

 お願い、これからも、ずっと、一緒に――

 

 

 

 

 

「……ミコト」

 

 乾いた喉からは、かすれた声しか出なかった。

 それでも、あたしは自分の声で覚醒した。

 

「ミコト」

 

 ゆっくりと瞼を押し上げる。

 でも、あたしが見たのは金色じゃなく、銀色の瞳をしたもう一人の弟だった。

 

「最初に、あいつのこと呼ぶんだね、テラス」

 

 悲しそうに笑ったヨミは、あたしの額にこつりと自分の額を当てた。

 長い睫が伏せられて、ドキドキするくらいに整った顔が近い。

 

「テラス。大好きだよ、テラス。僕のすべて賭けてもいい。僕なんて、テラスの盾になって、ぼろぼろになって、そのまま消えたらいい」

 

 その悲痛な言葉に、胸が抉られる。

 

「そんな事言わないで、ヨミ。あたし、ヨミが消えたら泣くわ。すっごく泣いて泣いて、もう立ち直れないかもしれない」

 

 目の前にあるヨミの頬を、両手で包み込んだ。

 ヨミは笑う。

 

「うわあ、残酷な事言うんだね、テラス」

 

「ヨミ、あたしは」

 

「いいんだよ、ずっと、知ってたから。でも……僕も、大好きだよ、テラス。忘れないで」

 

 ヨミは、あたしの頬に軽く唇で触れると、ふいに遠ざかっていった。

 答える事が出来ずに呆然としていると、ヨミはふいに出口で振り返った。

 

「大丈夫、君が待ってる人も、もうすぐここに来る」

 

 そう、そこは見覚えのある場所だった。

 部屋の隅のケースに横たわった黒い羽根の鴉――ここは、ツヌミの部屋だ。

 怪我にはきっちりと包帯が巻かれていて、服もゆるいワンピースに着替えさせてあった。

 でも、スカートなんてはくの初めてで、なんだか落ち着かない。ウズメはよく着ていたけれど。

 あたしはゆっくりベッドから立ち上がり、部屋の隅にある『ツヌミ』の元へ歩み寄った。『ツヌミ』と二人、街で異形狩りをしていたのがすっごく昔の出来事みたいだ。

 しっとりとした濡れ羽、大きな黒眼。

 ツヌミは全く変わっていないのに、あたしを取り巻く環境は激変した。

 静かに目を閉じて、これまでの事を思い出す。

 長かった。

 みんなを助けるって決めてから、ここにたどり着くまでの道のりが。

 最後にミナカヌシを射抜いた時の事だけ、やけにはっきりと覚えている。砕け散る硝子と崩壊する部屋の中で、あたしは確かにミナカヌシの最後の声を聞いた気がする。

 ところがそこに、あたしの思考を中断させる声が響いた。

 

「……テラス」

 

 一瞬で全身が硬直する。顔が真っ赤になって、心臓の音が自分で聞こえるくらいに大きくなる。

 抱きしめられた瞬間の温かさだとか、手を重ねた時の感触だとかを思い出して、あたしは心臓がぎゅぅっと絞られる様な感覚に陥った。

 振り向きたい。振り向きたくない。

 声が聞きたい。でも、聞きたくない。

 

「よかった、無事で……」

 

 声の具合で、ミコトも無事なんだと確かめる。

 怪我の具合はどうなんだろう、怪我だけじゃない、トツカの乱用で相当な負担が全身にかかっているはずだ。

 

「ミコトも……もう、いいの?」

 

「大丈夫だ。何しろあれから、もう10日近く経っているらしいからな」

 

「10日?!」

 

 あたしは驚いた拍子に振り向いた。

 そうしたら、腕や頭に包帯を巻いたミコトの姿が目に入った。

 そうだよ、ミコトの怪我、随分ひどかったもの。10日やそこらで治るような傷じゃなかった筈なのに。

 

「テラス、お前にいくつか報告する事があるんだ」

 

 真剣なミコトの眼差しに、あたしは余計な事を考えていた自分を戒めた。

 

 

 

 

 ミコトは静かに切り出した。

 

「あの後の事だ。俺もカノに聞いた話になるんだが……ナミとミナカヌシは死んだ。ナミはヒノヤギの傷が……助からなかったらしい」

 

「!」

 

 あたしは思わず目を見開いた。

 

「だが、ヒノヤギは生きている。まだ不安定だからカノが拘束したらしいが、詳しい事は分からない。だが、時間がたてば傷も癒えるだろう」

 

「……そう」

 

 やっぱり、ナミは助からなかった。

 いや、分かっていた事だ。あの瞬間のヒノヤギの殺気は本物で、確実にナミの命を奪う攻撃をしたんだから。

 これで始祖は全滅。当人達が願ったように。

 生き残ったのは、彼らが新しい世代と呼んだあたしたち。

 

「それから、ツヌミがミナカヌシに代わってタカマハラの制御に入った」

 

「ミナカヌシの代わり……?」

 

 それは、まさか脳神経を差し出したということだろうか。体を捨てて脳だけに――

 青ざめたあたしを見て、ミコトは慌てて付け加えた。

 

「大丈夫だ、ツヌミはそのままの姿で生きている。ただ……」

 

「ただ?」

 

「おそらく、あの場所を一歩たりとも離れる事は出来ないだろうとカノが言った。ツヌミ自身、会話もできず完全にシステム制御に徹している」

 

「動けない……?!」

 

 動けなかったら一緒だ。死ぬまでそこに縛り付けられるという事なのだ。

 あたしの脳裏を、コードに繋がれて罪人のように磔にされたツヌミのイメージが過(よ)ぎる。

 

「大丈夫、すでに残された研究者たちがツヌミの代わりにタカマハラ制御を行うシステムの開発に取り掛かった。それが完成すればツヌミはまた戻ってくる」

 

 それでも、それでもツヌミは自らの命をタカマハラに捧げた事に変わりはない。

 あたしが、ミナカヌシを破壊したせいで……!

 

「ツヌミはこうなると分かっていたんだ。自分が犠牲になると分かっていて、それでもタカミムスビを……」

 

 ミコトが悔しげに唇を噛んだ。

 ああ、彼もあたしと一緒。

 自分の無力さが悔しいんだ。ツヌミやカノが心血を注いでいる間、何も出来ない自分が情けなくてどうしようもないんだ。

 今度はあたしが慰めてあげられないだろうか。

 泣きそうな顔をしたミコトを見て、あたしは一歩、前に出た。

 

「泣かないで、ミコト」

 

「……泣いてない」

 

「嘘、でも、泣きそうでしょう?」

 

「……っ!」

 

 かぁっとミコトが真っ赤に頬を染める。

 あ、言いすぎただろうか。

 そう思った瞬間、ミコトの金の瞳からほろりと雫が零れおちた。

 

「あーもうっ、かっこわりぃっ!」

 

 包帯の巻かれた腕でごしごしと擦るミコトの腕を押さえて、代わりにあたしはミコトの頬に手を当てた。

 泣かないで。

 あたしは、生きてここにいるから。

 

「テラスっ……!」

 

 ミコトはあたしを大きな腕で包み込んだ。

 苦しいくらいにきつく抱きしめて、それでも足りないとさらに強く抱きしめる。

 その全身が悔しさとやるせなさで震えていた。

 

「いつもそうだ、ツヌミは俺に……いつも、考えなしって言って、それで、俺は、それでも考えずに突っ走って、その結果……ツヌミの自由を奪ったのは、俺だ」

 

 ミコトが泣いていた。

 いつも強い金の瞳で導いてくれた彼が、肩を震わせていた。

 

「テラスは……みんな助けるって頑張ったのにっ……俺は、俺は……いつだって何も出来やしないっ」

 

 痛いくらいに回された腕が、あたしの心も抉っていった。

 

「誰ひとり救えやしない……!」

 

 ああ、同じだ。

 ミコトはあたしと同じだった。

 

「だいじょうぶよ、ミコト」

 

 この世に本当に強い人間なんて、いないのかもしれない。

 それでも、ミコトがあたしの前で泣いてくれたこと、少し嬉しいと思ってる不謹慎なあたしもいた。

 

「あたしは、生きてここにいる。ナギがずっと『生きなさい』って言ってた、その意味が分かったから」

 

 あたしにはミコトが必要。ミコトのいない世界なんて、考えられない。

 

「ありがとう、ミコト。あたしがここにいるのはあなたのおかげよ。異形(オズ)に襲われた時も、ナミに連れ去られそうになった時も、生きるのをやめようとした時も、カグヤで非難された時も」

 

 いつだってミコトが傍にいた。

 

「きっとこれからも、ううん、これからの方がすごく大変になるわ」

 

 始祖を失い、コードを手に入れた。

 やるべきことが目の前に山積みになっている。

 そんな中で、ツヌミはいち早く自分にしかできない事を見つけたのだ。

 だとすれば、あたしたちに出来るのはそれに続く事だけ。

 

「がんばりましょう、ミコト。一緒に、闘ってくれるんでしょう?」

 

 それでもミコトの震えは止まらなかった。

 何度もあたしの名を呼び、何度もツヌミに謝った。

 その声はこのタカマハラで犠牲になった人たちすべてへの懺悔に聞こえて、気づけばあたしも一緒に涙を流していた。

 

 

 

 

 ミコトの声がおさまって、あたしの涙が止まるまで、随分と長い時間がかかった。

 最後に、ミコトはツヌミではなくあたしに謝った。

 

「すまない、テラス」

 

 ちょっと照れた声なのは、あたしの前で泣いてしまったから?

 ああ、どうしようもなく愛おしくなってきた。

 真っ直ぐな心であたしを導いて、あたしと同じ後悔を引きずって泣いた彼が。

 そんなミコトは、何かを決意したように呟く。

 

「あと、テラス、一つだけ、聞いて欲しい」

 

「なあに?」

 

 ミコトは逃さないようにとあたしを抱きしめたまま、耳元に唇を近付けた。

 が、あたしははっとする。

 冷静になってみると、この状態、すっごく恥ずかしいんだけど!

 

「ごめん、その前に恥ずかしいから放して!」

 

 手足を動かして拘束を解こうとするけれど、ミコトは頑として放さなかった。

 

「駄目だ。一人にしておくと、またお前は無茶をするからな」

 

「そ、それはミコトだって同じじゃない!」

 

「俺はいいんだ」

 

「よくないっ! あたしだってミコトが傷つくところなんか見たくないもの!」

 

「なっ……!」

 

 絶句したミコトの隙をついてあたしはひょいっと腕の中から抜け出した。

 彼の目は真っ赤で、頬にはまだ涙の跡が残っている――きっと、一番見られたくない顔だろう。

 

「この……!」

 

 また顔を赤くしたミコトがあたしの方に向かってくる。

 ところが、逃げようとしたあたしは、ふいに躓き、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 

「……あ」

 

 ミコトはその隙を逃さずに、あたしの両手をベッドに縫い付けた。

 金の瞳から目が離せない。

 あの時、ヨミに襲われそうになった時と同じだ。

 

「テラス。どうしても、言いたい事があったんだ」

 

 真剣な金色の眼差しに、あたしは動けないでいた。

 

「お前は弱いくせに、それを隠して強がったり、そのくせ誰も見捨てられないお人好しで、目の前の人間みんな助けようとする……危なっかしくて見てられねぇ」

 

 だめだ、心臓が破裂しそう。

 それなのに、ゆっくりと近づいてくる金色の瞳から、目を離せない。

 

「でもテラス、俺は――」

 

 その表情は真剣で。

 とてもあたしをからかっているようには見えなかった。

 息がかかりそうなくらいに近くで、ミコトが呟いた。

 

「お前が、好きだ」

 

 その言葉に、心臓が跳ね上がる。

 ミコトがあたしのことを好きって――

 どうしてこの人がぼろぼろになるまで戦ってくれるのか、世界の誰が敵になってもあたしの味方でいてくれるのか。

 考えてみれば簡単な事なのだ。

 

「知ってるわ、そんなこと」

 

 でも、それを言葉にされると、本当にどうしようもなく恥ずかしくって、あたしは思わず可愛くない台詞を吐いていた。

 ああもう、こんな時、意地っ張りな自分が嫌になる。

 ちゃんと勇気を出して、あたしも好きだと言えたらいいのに。

 それなのに、ミコトは嬉しそうに笑った。

 だから、その笑顔は反則だって!

 

「よかった」

 

 何が、よかった、なのよ?!

 あたしは何にもよくない!

 

「好きだ、テラス。お前がタカマハラにいた頃からずっと」

 

 もう一度そう言って、ミコトはあたしの額にこつりと額を当てた。

 あたしたちの、おまじない。

 手首を拘束していたはずのミコトの手は、いつの間にかあたしの掌を握っていた。

 目をそらす事も不可能。逃げる事も不可能。

 もう、観念するしかない。

 

「……バカ」

 

 眼を閉じて、あたしは囁いた――絶対に、一度しか言いはしないから。

 

「あたしも好きよ、ミコト」

 

 そして、唇に優しい感触が触れるのを待った。

 

 

 

 

 もちろん戦いがこれで終わったわけではなかった。

 本当の戦いはこれからだった。

 コードを街の全員に埋め込むのは容易ではなく、まず、カノがその方法を発見するまでに1年以上を費やした。

 タカマハラと街の確執。異形(オズ)とカグヤの問題。新たな設備と、統率方法の確立。

 問題は山積みだ。

 タカマハラ、街、そして研究者たちすべてを統率するだったナミを失った代償は大きすぎた。

 

 

 それから3年かけてコードの埋め込みと光を通す素材で出来た新たな放射能遮断壁を構築した。

 言ってしまえばたったそれだけの事だけれど、ここにたどり着くまでの道のりは苦難の連続だった。

 

 

 研究者たちの努力の甲斐あって、ツヌミは今から半年前にシステムから解放されており、今ではこの街で、太陽光を通し、放射能をある程度遮断する新たな防御壁を構築する工事の陣頭指揮をとっていた。

 

 

 だから、その瞬間を迎える時、あたしは絶対にカグヤに行こうと決めていた。

 

 

 

 

 ついこの間、あたしはとうとう20歳になった。

 ナギがあたしにコードを託してから20年も――ああ、なんて長い。

 街全体を覆っていたドーム状の防御壁が、今日、とうとう破壊される事になったのだ。

 

 防御壁の破壊を前に、ツヌミ、カノ、ヨミをはじめとするトップメンバーと最後の打ち合わせが行われた。

 現在、タカマハラを単独で仕切る総長は存在しない。

 あたしとミコト、ヨミの3人が象徴的に街とタカマハラのリーダーという事になってはいるが、実質的にここを動かしているのは今でもツヌミとカノの力が大きかった。

 

「……というわけで、いいね、テラス、ミコト?」

 

 今でも、最終の了解をとるのはヨミ。

 銀の瞳の少年は、落ち着いたトーンで話す聡明な青年へと成長した。今ではカノに次いで生物分野、特にコードの管理を取り仕切っている。

 

「ああ、問題ない」

 

「いいわよ」

 

 あたしは、いつからか地質学を学ぶようになっていた。

 自らを犠牲にしてまで人類の存続を願ったミナカヌシ、彼が平和だった時代に学んだ学問がいったいどんなものだったのかを知りたかったからだ。

 地質学を学んでいる限り、あたしはカノの役にもツヌミの役にも立てない。

 でも、あたしはやめなかった。

 地学を知る事は地球を知る事――きっと、防御壁を取り去って世界が広がったあと、この知識は必要になると思ったからだ。

 

「じゃ、今から30分後に爆破開始、後、1分間で爆破終了、作戦完了には3分10秒を見込んでるから、それが全部終わったらもう一回ここに集まってね」

 

 ヨミが最終確認を行った後、あたしはその足でカグヤに向かった。

 もちろん、金色の瞳の彼もいっしょだ。

 自分の無力を嘆いていた彼も、今ではツヌミに次ぐ情報系担当の研究者へと成長していた。もともとナミの遺伝子を継いでいるのだ、その気になれば難しい事ではなかったようだ。

 

「ヨミの合図だ」

 

 小型の通信機に、ヨミから作戦実行のゴーサインが入った。

 そしてそれから数秒後、凄まじい爆音がして街全体が揺れた。

 

 

 

 

 がらがらと音を立てて、防御壁が崩れ去っていく。

 その隙間から、少しずつ陽光が指してくる。壊れた街の様子を照らし出し、少しずつ癒していくかのようにゆっくりと、ヴェールがはがれていく。見た事もないような真っ青な色が、防御壁の隙間から顔を出し始めた。

 街全体から歓喜の声があがる。

 人間は、太陽がないと生きられない。

 

 

 あたしは、隣にいるミコトの手をぎゅっと握りしめた。彼もその手を握り返してくれる。

 これは、始まりだ。

 太陽を取り戻したあたしたちが次に闘うのは、外に蔓延する放射能。

 でももし、とてつもなく辛くて、苦しい未来が待っていたとしても、きっと人類はそれを乗り越える力を持っている。

 人類は進化するのだから。

 ヒトが、生きる事を願い続ける限り。

 

 

 防御壁が完全に崩れ去り、街全体が太陽の光に包まれる。

 この街は、太陽を取り戻した。

 

 

 

――生きなさい

 

 

 

 ふっとナギの声がした気がして、あたしは振り向いた。

 でも、そこにあるのは一面の緑だけ。

 

「行くぞ、テラス」

 

「……うん!」

 

 もうだいじょうぶよ、ナギ。

 あたしは生きていく。

 どんな世界でも、みんなで生きていくから――

 

 

 

 

 見上げた真っ青な空に、ただ一つ、光を放つモノがある。

 それは、あたしたちがずっと切望していた――『太陽』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■ 少し長めのあとがきのような何か。 ■■■

 

 

 こんなにも長い話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

 

 これでだいたい単行本一冊分くらいでしょうか。

 思ったよりも壮大な話なってしまったので、設定を使いきれず消化不良な点が多々ありますが、とりあえずは最後まで書けた事を感謝したいと思います。

 

 

 もし、心残りがあるとすれば、できれば始祖には悪役に徹してほしかった。

 進化と選別を盾に、最後まで主人公たちと敵対してほしかった

 

 でも、残念ながら、執筆してる本人が悪役キャラじゃないので、どうしても悪らしい悪は書けないのでした。

 

 

 おかげでなんかありがち、かつダレるラストになってしまったことが悔やまれてなりません。

 

 ああ、いつかカッコいい悪役書けるようになりたいなあ……

 

 

 

 

 

 テラスは、だいたい思ってた通りの女の子になりました。気が強くて、もろくて、真直ぐな女の子。ヒステリー起こしたり泣いたりすねたり、感情表現は豊かです。

 そして、『ただ守られる事』を望まない子です。自身が強くなりたい。それでもダメなときは支えてほしい――自分の小説にでてくる女の子たちはみんなそうですが。

 

 

 ミコトの口調も性格も安定しない。けっきょくどんな奴なんだ。ほんとにわからない。それも心残り。

 無愛想なくせにすぐヨミとケンカするし、賢そうなのにバカだし、鋭いかと思えばバカだし、ああ、ほんとわかんない。

 一番理解できてないかも。

 

 

 

 キャラクターでいえば、ヨミが一番動かしやすかったですね。性格も口調もはっきりきまってたしね。

 もうちょっとくらい黒くてもいいと思うよ!

 テラス大好きだけど、報われないね。

 

 

 あと、ツヌミの後日談をすっ飛ばしたのは無念です。ほんとは書きたかった。文字数が最終章に入らなかったし、とってつけたようになるからカットしたけど。

 ごめんよ、ストーカー。

 あんまり出なかったけれど、悲観主義で現実主義。そしてオトナ。しかも賢い。

 

 

 

 

 古事記を下敷きにはしたものの、性別があるので母と父がいるという事態に陥って、もう無理です。

 

 ほとんど原形とどめてません。

 

 

 それでも、ナミの最後はどうしてもそうしたかったから、最後ギリギリで無理やりヒノヤギを出してしまった。

 そしてヒノヤギの過去とか葛藤とか書き切れず消化不良。

 でももうめんどいので察してください(最低)

 

 

 

 続編の構想はあるにはあるのですが、今はまだいいかな。そのうち気が向いたら書くかもしれません。

 主人公はテラスたちじゃなくなっちゃうし、世界が広がった事で全く違う感じになってしまうと思います。

 

 あとは、番外とか書いてみたい気もしなくもないようなするような(どっちや)。

 

 

 

 

 さて、それでは、最後までお付き合いくださった皆様と、イラストを描いてくださった拓平さまに、最上級の感謝を。

 

 本当にありがとうございました!

 

 

 

2010年1月8日 早村友裕


 
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