「ア、ハッピーニュウイヤー! ってなわけでお年玉プリーズ」
「……今日はもう一月二日です帰ってくださいな」
「え、やだむり」
久々に会った芽衣は、やっぱりいつも通りの姪でした。
玄関を開けたらファーつきのコートを着た姪が待ち構えていたとき、人はどう思うのでしょうか。ちなみにチャイムは一切鳴っておりません、こいつは何をしていた。近所に玄関前に子供をほったらかしにしていたどうしようもないお父さんみたいなイメージが定着してしまったら、どうしてくれるのだ。
呆然とする俺を尻目に、姪っ子は玄関に侵入。まだ入れともなんとも言っていないのですがどういうことでしょうか。確かに外は、寒いけれど。
「冬休みの途中からだけど、またまたお世話になるよー?」
「連絡も何もなかったんだが」
「まーね。急に決めて急に来たから」
「迷惑すぎるよこの子!」
そのうちこっち移住してきたらどうしようかと不安が襲う。いや部屋数は足りてるんだけどね、まだ独身の彼女無しの男ですよ。姪っ子を預かっている男を彼氏にしたがる女はそう多くない気がするのは気のせいでしょうか。いや、違いない。
とにかく止めようと、靴を脱ごうとしている姪っ子の髪を引っつかむ。声なき声の悲鳴が聞こえて、俺は大きな失敗をしてしまったことに気が付く。
「あ、ああ。悪い、大丈夫か」
「……ん、ヘーキ。にしてもおじさん、女の子に乱暴な事してるとモテないよー? もともとモテてないけどさ」
にかっと笑ってなんでもないふりをする姪の姿に、わずかばかりに胸が痛い。そっと頭をなでてやれば、目を閉じて気持ちよさそうに笑っていた。そう、子供はこれでいい。
「……ま、とりあえず茶くらいは出してやるよ。上がれ」
「うわ、エリーちゃんのポスター増えてる。前まで十五枚だったのに」
何故お前がマイスウィートエンジェル・エリーちゃんのポスターコレクションの数を知っている。我が家に来た回数など片手で足りる程度だろう。そして一つ訂正してもらいたい、去年お前が来たときのポスターの数は十六枚だ!
心の中の言い訳が空しくて、一人で肩を落とす。慰めてくれるような美人のお姉さんには、まだ出会えていない。
「エリーちゃんて整形美人でしょ。なんでまたそんな作った顔の人がいいの?」
「エリーちゃんの魅力は顔の整形と言う事実だけでは覆せない、そう、男のロマンがある限り!」
「あ、そっか。初恋の人に微妙に似てるんだったっけ」
拍手を叩いて姪っ子は常に俺の心の傷を抉る。悪気があまりないあたり、怒るに怒れない。
麦茶と緑茶のどちらがいいかを聞けば、麦茶だと答えがすぐに返ってくる。まだ姪の年齢では緑茶は早いのかと思いながら、けれど俺は幼い頃から緑茶生活を送っていたはずだ。
「甘栗だ。ねー応仁、食べていい?」
コタツの上に置いたままにしてあった甘栗の袋に目をつけた姪が、コタツの中に入りながら聞いてくる。
「いーぞ食べて。近所のおばちゃん達にもらったはいいが、俺はあんまり好きじゃない」
「知ってる。生チョコケーキとか、今時のスイーツしか食べない甘党なんでしょ。女々しい」
おいおいおい、スイーツが好きなだけで女々しいとか言う暴言を吐くのはどうかと思うよ。ほらあれだよ、スイーツ男子なんて言葉が流行ったこともあるしさ、甘党男子に優しくなろうよ。アンダスタン?
「そういや、冬休みが明けたらテストがあるんじゃないか? 勉強しろよ」
麦茶の緑茶のカップの両方を持ってコタツに突撃する。ああ寒い寒い。
「ん、ふっふっふ。心配ごむよー、なのだよ」
含み笑いをして、姪は肩掛け鞄の中をがさごそと漁り始める。一昨年の誕生日に、ねだられて買ったものだった。そういえば知っているだろうか、『ねだる』も『ゆする』も漢字で書くと『強請る』となる。ようはやっていることは同じということだ。
物持ちがやけにいいなと思いながら、カップを机の上に置いてコタツに入り込む。ものの数分で冷え切った身体を、コタツは暖かく包んでくれた。至福の一時、というやつなわけ。
「どどーん。聞いて驚け見て驚愕せよ、これが私のこのまえの定期テストの結果じゃよ!」
直訳すると、とりあえず驚けということですね。誰が驚いてやるかよ。
ちらりと差し出された紙切れを見る。数学のテスト用紙だった。そして俺は前言を撤回せねばならなくなる。
「……百点?」
「おう、いえーす」
「……知らなかったな、最近のテストは二百点満点だったのか」
「ひどい」
数学のテストにくっきりと書かれている『100』の数字と花丸。おいおいおいおい、俺の記憶違いでなければ前に見たテストは『47』という虚しいものだったはずだぜ。ホワッツ、ドゥーイットミーン?
「まさか、カンニングに手を出したんじゃないだろうな!? 止めろよ、今なら引き返せる」
「ちょうひどすぎる。いやいやいや。百点満点よ、マイベストよ? 褒めてよ」
腰を上げて、コタツの向かい側に鎮座する姪の頭をぐわしと両手で掴む。そう、これは漫画にありがちかもしれない展開だ。可能性としては、宇宙と交信してしまったか実は宇宙人が芽衣に化けているかのどちらかしかない。
前者はどうしようもないが、後者ならば助けねばならん。
「お前実は芽衣じゃないな。俺の姪っ子の芽衣じゃないな。宇宙人め、芽衣を返せ」
「本人です、まいねーむいずめい」
観念してコタツに座りなおして、テストに再び目を向ける。書かれている数字は何にも微動しない。
「どうしたんだいきなり、勉強とかいい高校とか興味ないって言ってただろ」
「よくおぼえてるね。色々あったんだよ」
その『色々』に何が入るのはなど知らない。悲しい事や苦しい事かもしれないし、もしかしたら嬉しい事かもしれない。けれど聞くのははばかられる。
甘栗の横にあった蜜柑を手で弄びながら、芽衣の顔をじっと見る。
「とりあえず、ね。勉強、できるとこまで頑張ってみようかと思って」
笑う彼女の顔は、自分の行く道を決めたものだった。かつて俺も通ったはずの、同じ道を通ろうとしているのだ。
去年のハロウィン、十一月三十一日。『商業高校にでも行って、大学に行かずに就職するから。早いところ家からも離れたいし、ね』と寂しげに呟いた言葉が霧のように消えている。何があったかは俺には分かりようもないが、けれどそれは芽衣にいい影響を与えたことに違いない。心なしか、少しだけ頬が緩んだ。
コタツを挟んで向かい合い、頭をなでればくすぐったそうに身じろぎする。
「だけど心配しなくても、大学か高校か卒業したらこっちに居候するから」
それは勘弁してくれ。彼女なしの姪っ子居候の男って案外虚しいものがあると思うわけよ。
「エリーちゃんにわいわい言ってるのは良いけど、早くしないと彼女できないよ? 世話くらいなら、私がしてあげても良いけどさ」
「いや、結婚はしたいです。だけど美人で素敵なお姉さんがいないんですよ?」
「高望みしすぎー。応仁叔父さん、一日に何回鏡見てる? もっと回数増やした方がいいよ」
地味に容姿を貶してくる姪っ子こそ、こんなところに来たら婚期を逃す気がするのは俺の気のせいだろうか。それとも血は争えないということだろうか。いい結婚に恵まれない血筋、嫌すぎる。
ふと窓の向こうに視線を投げれば、白いものが空からちらちらと降り始めていた。去年はなかったホワイトクリスマスの代わりに、まさかのホワイト正月と言ったところだろうか。
「雪だあ!」
俺の視線の先に気付いたのか、姪っ子も窓に顔を向けて嬉しそうに声を上げた。こういうところは年不相応に思えるほど子供だ。ほんの少しだけ、微笑ましくて可愛い。
「A Happy New Year FOR Mei」
練習のように小さく呟いて、けれども妙に恥ずかしくて言うのは止めた。雪に神経を向けている芽衣は気付かない。けれど、それでいい。
少し遅くなったけれども、今年も幸せな年でありますように。
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一月二日、新年を迎えた次の日。何故か姪っ子がおりまして。あけましておめでとうございます!