第三章 鷹の目の男
夏休みも半分終わり、今日も、俺は雑用をこなしていた。
資料を持って局長室に戻ると、マリアさんとルナ姉が会議から帰ってきていた。
しかし、なぜか二人は言い争っている。
「お! リョウいいところに来たわね」
マリアさんは俺に気付くと、手招きをしてきた。俺は持ってきた資料をマリアさんのデスクに置く。
「どうかしたのか?」
「はい。これ」
すると、マリアさんは持っていた電子盤を俺の方へ差し出してきた。俺はそれを受け取り、目を通した。
内容は、東支部で手に入れた古い魔道書を本部までの輸送、及びその護衛だ。それに対しての応援の要請である。
俺は一通り読み終えると、マリアさんを呆れながら見た。
「だから、バイトにこんな仕事頼んでいいのか? じいさんが怒るぞ」
「黙っていればバレないわよ。それに、今は貴方も局員みたいなものだし」
すると、マリアさんは笑みを浮かべてきた。俺はそれを聞いてますます呆れた。
だが、ルナ姉はそう思っていないようだ。
「ですから、先ほどから申しているように、危険です! リョウさんはまだ学生でアルバイトですよ! そんな子に、誰が狙っているかも判らないところに行かせられる訳ないじゃないですか!」
と、ルナ姉は猛反対している。
まあ、それが普通だろうな
「いいじゃない。本部は『こちらから一人回してほしい』としか言ってないんだから。それに、人員がいないんだから仕方がないじゃない」
マリアさんはうんざりした表情をして、ルナ姉の意見を却下した。多分、さっきからそのことで言い争っているんだろう。二人のやり取りを見て、俺は疲れた溜息がでた。
「っで、俺はどうすればいいんだ?」
「リョウさん?」
「はい、これ。明日、これを持って東支部に言ってちょうだい。そこでこの作戦の指示がされるから。じゃあ、今日はもう帰っていいわよ」
マリアさんは笑顔でもう一つの電子盤を俺に差し出した。俺はそれを受け取ると、残っていても面倒だと思い、早々と部屋を出ることにした。
部屋を出る際、後ろでは、ルナ姉が怒鳴っていたのは言うまでもない。
次の日、俺は朝一の電車に乗って東地区に向かった。
東地区
そこは《ミズガルズ》の製造、開発が主に集中している地区である。ここで作られたものは多くの世界でも使われており、この世界の輸出の要目でもある場所だ。
東地区に着いた俺は、すぐに歩いて東支部に向った。東支部に着くと、受付で用件を言った。受付の人は少し驚いた表情をしたが(まあ、この歳だし、な)説明がある作戦室の場所を教えてくれた。俺はすぐにそこに向かった。
「あ、来たわね」
作戦室に入ると、ウエーブの掛かった金髪の女性が俺を出迎えてくれた。俺は手を上げて答える。
「久しぶり。セリーヌさん」
セリーヌさん、本名セリーヌ・ヴァルキリーは、サクヤさんとルナ姉の同級生であり、同じように学園を二年で卒業した。そのあと、本局勤務となり、今は特殊機動隊に所属している。また、俺の同級生ジークの姉でもあり、鳳凰流から生まれた、ヴァルキリー流の継承者でもある。
「ええ、お久しぶり。じゃあ、まずは席に座って。作戦会議を始めるわ」
席に付く前に、俺は部屋を見渡した。
部屋にいるのは俺を含めて九人。
その中の一人、ウエスタンハットを被った男が少し気になったが、今は席に付くことにした。
席に座ると、セリーヌさんが作戦会議を始めた。
「それでは、これから作戦会議に入ります。まず、今回の魔道書の輸送任務は、車三台とヘリ一台を使って行ないます。各々の役目は、ヘリは監視のために、車は魔道書を運ぶためと護衛のために使います。次に配置ですが。ヘリにバラク。貴方が乗って」
「……判った」
ウエスタンハット被った男は、下を向いたまま返事をした。
「次に、車に乗車する人は、前に私と軍曹。後ろに、二等士と局員見習い。最後にサポートは、ナミ一等士。お願いするわ」
俺は各々が返事をしていくのを、目で追いながら確認した。
それからは、一通りの内容が言い渡された。
「……私からは以上ですが、何か質問はありますか?」
セリーヌさんの話が終わり、俺は椅子にもたれて、少し気を抜いた。その瞬間、俺の前に座っていたウエスタンハットの男、バラクが手を上げた。
「ちょっといいか?」
「なに?」
「この任務は、遊びなのか?」
その瞬間、セリーヌさんの表情が強張った。俺は何となく、バラクが言おうとしてる意味が判ったが、今は黙って聞くことにした。
「なぜ、そんな当たり前のことを訊くの?」
「なら、なぜここにガキがいる?」
すると、バラクは少し振り返り、片目で俺を睨みつけた。だが、すぐにセリーヌさんの方へ向き直った。
「確かに、リョウはまだ小さいわ。でも、学園を飛び級で入学しているし、サクヤが一目置くほどの逸材よ。彼女の目に狂いわないわ」
すると、セリーヌさんもバラクを睨み返した。
「潰れてもしらねぇぞ」
バラクは吐き捨てると、そのまま部屋から出て行った。バラクが部屋を出た後、セリーヌさんは疲れた溜息をついた。すると、申し訳なさそうな表情を浮かべると、俺の方を向いた。
「ごめんなさい。リョウ。気を悪くさせて……」
「別に、慣れているから平気だ」
まあ、頭にはきたけど、とは口に出さず胸の中で付け足した。
そう、歳のことでバカにされるのはまだ我慢できる。
「そう、なら安心ね。しっかり働いてもらうわ」
セリーヌさんは、さっきとは違い笑みを浮かべた。すると、セリーヌさんは俺から少し離れた位置にいる、髪の短い華奢な女性(確かナミだったかな)の方を向いた。
「貴女も初任務なのにこんなことになってごめんね」
「い、いえ! 初任務がセリーヌ先輩と一緒の任務につけるだけで光栄です」
ナミは驚くと明らかに焦り始めた。
ナミは俺と同じ学園に通う学生で通信科の二年生だ。今は本局で研修しているそうだ。
だが、俺が気になるのは、あのウエスタンハットの被った男だ。
バラク・シグザウエル
資料によると、東支部所属の特殊機動隊の狙撃手で、セリーヌさんの同期だ。それは、まだいい。俺が一番に気になるのは、俺を睨みつけた際、帽子から覗いた遠くの獲物を狙う目。
そう、あれはまるで《鷹の目》だ。
魔道書を載せた車は今、本局に向けて高速道路を走っている。
順番は、先頭にセリーヌさんの乗る車、真ん中に魔道書の輸送車、その後ろに俺の乗っている車である。もちろん、俺は運転できないので助席だ。
代わり映えのない景色を眺めながら、俺は本局に向けて順調に進んでいった。
しばらくの間進んでいると、目の前に南地区方面と本島との分かれ道が見えてきた。
そのとき、前を走っている車の運転席と助席が急に開かれた。すると、人が二人、そこから出てくると、屋根の上に上がった。次の瞬間、一人は南支部に向かう車に飛び移り、もう一人は、セリーヌさんのいる前の車に飛び移った。
俺はその光景にしばし驚いたが、すぐに後ろに載せていた刀を手に取った。
「おい! 上開けてくれ!」
「わ、判った!」
運転手の局員は焦ったが、すぐに開けてくれた。
サンルーフが全開した。
俺は屋根に飛び出た。そして、すぐにセリーヌさんの居る車に飛び移った奴を追いかけた。
私は完全に出遅れた。
私の乗る車は、南地区方面と本島との分かれ道に差し掛かった。だが、いきなり車の上から大きな音がした。私は驚き、すぐに後ろを向くと、後ろを走っている車の両側の扉が開いていた。そして、何かが屋根から離れる音に前へ向き直った。すると、布で顔を隠した人が車から車へと飛び移りながら前へ前へと進んで行っていた。
その人が手に持っている、あの本は!
『セリーヌ。どうやら出し抜かれたみたいだ』
私が驚いていると、いきなり耳につけていた無線機から通信が入った。
『本島の方へ一人、もう一人は分かれ道で南地区の方の車に飛び移ったのが一人だ』
「了解! 私はすぐに―――っ!」
私が指示を出そうとした瞬間、また、何かが車の上を、音を立てて通過した。私はその正体を見て、また驚いた。
『おい。ガキが行った、ぞ』
「観れば判るわよ! もう、あの子は……」
そう、通過したのはリョウだ。私は無線から聞こえたバラクの呆れた声に苛立ちが隠せない。
まずは深呼吸をして、自分を落ち着ける。
「バラクはリョウの援護をお願い」
『……了解(ヤー)』
無線機から聞こえる不服そうな声に、頼むわよ、と付け足した。
「ナミは―――」
『今、輸送車の自動運転システムにハッキングをかけました。これから、ゆっくりと路肩に駐車させます』
どうやら、私が指示する前にナミは自分で考えて動いてくれたようだ。
「了解。いい判断よ。ナミ」
『あ、ありがとうございます』
無線から気恥ずかしそうな声が聞こえてきたとき、私の口元が少し緩むが、すぐに次の指示を出した。
「他の人は輸送車を抑えて。あと、ナミ。本局から応援を呼んで」
『『了解』』
一通り指示を終えると、私はサンルーフの開閉ボタンを押した。
「私もこれから、南地区へ行った者を追うわ」
『待て! 今からじゃ無理だ!』
無線から、バラクが静止を呼びかけてきた。
「大丈夫よ。すぐに追いつくわ」
私は車の屋根に出る。そして、すぐに高速道路の路肩の壁に飛び移った。壁の上から辺りを見渡す。すると、車から車へ飛び移りながら移動している犯人を見つけた。
私は壁から飛び出すと、急いで犯人を追いかけた。
俺は犯人を追いかけていた。
俺の前を行く犯人は、慣れた感じでどんどん車から車へ飛び移り、移動して行く。俺はそれを全速力で追いかけるが、その距離はなかなか縮まらない。
「くそ! 全然縮まらねぇ。ニア! なんとかなんねぇか?」
俺は毒き、腰に提げている刀に訊いてみた。
『無理ね。貴方、拘束系も飛行もできないでしょ? ほら、頑張って追いつきなさい』
「そうだけどよぉ。AIなんだから、少しは考えろよ」
俺は少し呆れた。
『それに、力技なんてここで使ったら、大惨事になるわ』
「結局、体力勝負しかなんだ、な」
「そういうこと」
俺は、うんざりするが、蹴る足に力を入れた。そう、とにかく急いで追いかけるしかない。
数分間、ものすごい距離を移動した。すると、前の方で、大型トラックが走っているのが見えた。犯人は、そのトラックに飛び移った。俺も急いでトラックに近づくと、荷台の上に飛び移った。
そこには、俺が追いかけていた犯人が立ち止まっていた。
そいつの右手には一冊の厚い本が握られている。
俺は犯人を睨みつけながら出方を窺う。
『おい。キャッチしろよ』
すると、いきなり耳につけていた無線機に通信が入った。
その瞬間、上空から銃声が鳴り響いた。そこから放たれた弾丸は、俺の目の前にいる犯人の右手に直撃した。犯人の手から本が引き離された。すると、本は勢いよく、俺に向かって飛んできた。俺はいきなりのことに驚いたが、間一髪キャッチに成功することが出来た。危なすぎて額には、冷や汗が浮かんだ。
「おい! 落としたらどうするつもりだ!」
俺は無線機の向こう、バラクに向かって怒鳴った。
『文句は後だ。すぐに中を調べろ』
だが、バラクは俺の文句をサラッと流し、すぐに落ち着いた声色で命令してきた。
俺はバラクの態度に、かなりムカつくが、渋々命令に従った。
適当なページを開いてみる。
そこに書かれていたのは……。
「……白紙?」
そこには何も書かれていなかった。俺は色んなページをめくってみる。だが、どのページも何も書かれていなかった。
『はずれだな』
すると、無線機から舌打ちの音が聞こえてきた。
『俺はこれからセリーヌの援護に向かう。お前、一人でそいつを捕まえられるか?』
無線機から聞こえる声は、バカにしているようにしか聞こえない。だから、答えには皮肉を込める。
「さっさと行け。あんたの役目はもう、ここにはねぇよ」
『ガキが偉そうに、一丁前のこと言ってんじゃねぇぞ』
無線機からは、明らかに不機嫌な声が聴こえてきた。すると、ヘリが俺のところから離れて行った。
離れ際、無線機から聞き逃しそうな小さな声が、聴こえてきた。
「……死ぬな」
俺はその言葉に、頬が少し緩む。
「まだ、死ねねぇよ。こっちはまだ、やることが残ってるんだ」
俺は刀を鞘から抜くと、右半身を前に出す、正眼の構えをとった。
犯人もコンバットナイフを両手に構えた。その瞬間、こちらに向かって飛び出した。
俺はそれを迎え撃つ。
私と逃走者の追いかけっこは、すぐに終わった。
南地区と東地区を繋ぐ橋の上
逃走者は今、橋を渡る車の上を移動していた。逃走者は、何台かの車の上を移動していくと、一台の大型バスの屋根の上に飛び移った。
そこで逃走者の足が止まる。
そこにはもう、私が待ち構えていたからだ。
逃走者の左手には、本がしっかりと握られている。
「さすがだな。〝閃光〟の二つ名は伊達ではない」
犯人の言葉に、私は少し笑みがこぼれた。もちろん、目はしっかりと犯人を捉えている。
「その通り名に恥じない行動を、常に心がけているわ。さあ、その本を返しなさい!」
「素直に渡すと思うか?」
「そうしてもらうと助かるわ」
私は目の前の逃走者を睨みつけ、相手の行動を伺う。すると、逃走者の右腕に付けていた鉄の塊から、細い刃が三本出てきた。
それはまるで爪のようだ。
「それは無理だな」
「では、取り返すまで」
私は、腰に提げていた剣を、鞘から抜く。そして、右足を一歩前に出し、その足の前に剣を下げる構えを摂った。
逃走者も体を低く下げた。
「やってみろ!」
その瞬間、何時取り出したのか、右手に持っていた、手投げナイフを投げてきた。私はそれを剣で叩き落す。その隙に、逃走者はもう、私との距離を詰めていた。そして、勢いよく、爪が私の顔に迫ってくる。私は上半身を屈めて、間一髪でそれをかわした。次に、私はガラ空きになった、逃走者の腹を柄の先でおもいっきり突いた。私の攻撃は見事に当たり、逃走者はよろめくきながら、後ずさんだ。私は間髪いれず、追い討ちの横一文字を放つ。だが、すぐに回復したのか、逃走者に後ろに飛ばれ、剣は半円の空を斬った。だが、剣の先が当たったのか、顔に巻いていた布が解け、外に飛んでいった。
「あ、貴方は!」
私は、あらわになった犯人の素顔に目を見開いた。
「エギル一佐! なぜあなたがこんなことを?」
そう、彼は本局特殊機動隊であり、私の上司でもある。
エギル一佐は、何も言ってこなかった。そして、沈黙が破られた。
「お前は知らないからだ。局、いや〝時空政府軍〟が、奴らが何をしているのか、を」
エギル一佐は、私に悲しみと怒りが入り交ざった瞳を向けてきた。
「だから、俺は変える。この世界を。我ら〝深海の信仰者〟が」
深海の信仰者
レジスタンスの一つで、政府軍やそれに属する組織、魔連もその一つで、魔連のやり方に反対するチームだ。やり方は様々で、中にも、魔連の局員に直接危害を与える過激なチームもある。
「深海の信仰者! エギル一佐、いったい政府内では、何が起きているのですか?」
その問いかけに、エギル一佐は応えてくれない。だが、変わりに、懐かしい言葉が返ってきた。
「……真実は人の口からではなく、自分の目で確認しろ。俺はそのようにお前に教えたはずだ、が? それに、今、お前の目の前にいる男は、お前の敵だぞ?」
すると、混乱している私は、その懐かしい言葉で我に返った。まずは、深呼吸をして一つして心を落ち着かせる。そして、目の前にいる敵に向かって、剣を構え直した。
すると、エギル一佐の口元が緩んだ。
「そうだ。今は目の前の任務のことだけ集中しろ」
「……行きます」
その瞬間、私は地面を勢いよく蹴った。最速で、離れていた距離をすぐに縮めると、剣を横一閃に振る。エイル一佐は、剣を右手に付いている爪で受け止めると、カウンターで蹴りを繰り出してきた。私は、すぐにバックステップで距離を取ってかわす。だが、すぐに追い討ちの爪が、私の心臓を貫こうと、真っ直ぐ向かってきた。私はそれを、ギリギリのところで体を捻ってかわせた。そして、すぐに反撃にでる。
激しい攻防はすぐに均衡が崩れ、徐々に私の方へ傾き始める。
私の横一閃に、エイル一佐は、バックステップをとったが、体に赤い筋をついた。
私との距離が開いた。
「さすがだな。このままじゃあ、俺の方が、分が悪いな」
エイル一佐は、不適な笑みを浮かべた。
「もう、おとなしく投降してください」
私は構えを崩すと、降参するように進めた。
「いや、これを使わせてもらう」
すると、エイル一佐の視線が、左手の魔道書に向いた。
私は、偽者であってほしい、と胸の中で祈る。だけど、
「残念だが、本物だ」
私の表情を読み取ってか、エイル一佐は、本を開き、文字の書いてあるページを、私に見せてきた。
間違いなく本物だ。だけど、
「残念ですが、あなたにその魔道書は使えない」
私は最後の抵抗で、エイル一佐に告げた。
「まあ、な。だが、ほかにも使い方がある」
すると、エイル一佐の左手が、バスの外に伸びた。
その瞬間、私の緊張の糸が、一気に張り詰めた。
まだ、バスは橋の上。
もしこの状況で魔道書を投げられたら、間違いなく海に沈んでしまう。だが、もし魔道書を取りに行くと、無防備に攻撃を受け、さらに逃げられてしまう。
額に浮かぶ汗が、頬をつたう。
「セリーヌ。これがキープレイだ」
次の瞬間、エイル一佐は、持っていた魔道書を海の方へと投げた。
魔道書は、ゆっくりと海へと落下していく。
だが、私の口元に笑みがこぼれた。
私はエイル一佐に一瞬、視線を向け、
「エイル一佐。私は貴方にもう一つ、教わったことがあります」
そして、すぐに魔道書へ向き直ると、
「『信じるものは、己の剣と、後ろを任せられる仲間』だと!」
屋根をおもいっきり蹴り、魔道書に向かって飛び出した。次の瞬間、頭上で銃声が聴こえた。弾丸は、エイル一佐に、真っ直ぐ向かった。だけど、エイル一佐は、すぐに反応すると、バックステップでかわした。しかし、そのおかげで、私への攻撃のタイミングが間に合わなくなった。
勢いよく飛んだ私は、一直線に魔道書に向かう。落ちる魔道書に近づく私は、左手を一生懸命伸ばした。そして、なんとか魔道書を掴むことができた。
だけど、海までの距離は、もうなくなっていた。
今のスピードのまま海に落ちたら、確実に骨が砕けてしまう。私は、魔道書を手放さない為に、持つ手に力を入れ直す。海が目の前まで迫ってくると、私は覚悟を決め、目を瞑った。
だが、何時まで経っても、衝撃が私の体を襲うことはなかった。
目を開けると、私は、大きな泡に受け止められていた。私はなにが起きたか判らず、固まってしまった。
「……まったく。大胆な行動をとるのは、やめてください。いつか、怪我だけでは済まなくなりますよ」
すると、すぐ横から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。その瞬間、私は気が緩み、自然と笑みがこぼれた。
私は声がする方へ視線を向ける。
「大丈夫よ。来てくれるって、信じていたから」
そこには〝飛行〟の魔法で飛んでいたルナが、怒りと心配が混ざった表情を浮かべていた。
「人を正義の味方のように言わないでください」
「冗談よ。ありがとう」
「もう。どういたしまして」
すると、ルナは気を緩めたのか、私に苦笑いを浮かべて応えてくれた。
俺はヘリから降りると、みんなが集まっていた。
南地区に入って、橋の出入り口にヘリは降りた。多くの局員が居たが、中にもセリーヌさんとバラク、そして、なぜかルナ姉の姿がそこにはあった。
俺はすぐに、三人に合流した。
「ルナ姉、なんでここにいるんだ? 確か、朝一の便で〝ヴァルハラ〟に行ったはずじゃあ」
「いえ。それが、マリアさんの指示で残ったんです」
ルナ姉は俺に微笑みかけてきた。
訳を訊くと、世界を越える〝時空船〟に乗る直後に、マリアさんが残るように言ったらしい。その理由は『マナがざわついている』という、俺には意味が判らない理由だった。
「ですが、そのおかげで、セリーヌを助けることができました。もしかしたら、マリアさんは、このことを言っていたのかも知れませんね」
ルナ姉は、言うので納得するしかないか。
だが、そうすると、一つ疑問が浮かぶ。
「マリアさんは一人で行って大丈夫なのか? ルナ姉と一緒に行くほどの任務なんだろ?」
すると、ルナ姉は、サラッと答えてくれた。
「任務の内容は、その世界にある一つの村に、魔物の大群に迫っているとの報告があったので、村人の救助と、その魔物の殲滅です」
「それって、めちゃめちゃ危険じゃねぇか?」
俺は、サラッと言った内容に呆れると、半目でルナ姉を見た。
だが、ルナ姉は微笑みかけてくる。
「大丈夫ですよ。リョウさんがここに到着する少し前に、南支部から無事に終わったとの連絡が入りましたから」
その言葉を聞いたとき、改めてマリアさんの凄さが垣間見れた気がした。
まあ、あの人の強さは、身を持って体験しているから、判っているが。
「リョウ」
ルナ姉と会話していると、急に、セリーヌさんが近づいてきた。
「よく犯人を捕まえてくれたわね。さすが、サクヤの弟子だわ」
すると、セリーヌさんは俺の頭の上に手を置くとやさしく撫でてきた。
「別に、あれくらい余裕だ」
俺は恥ずかしいので、すぐに、頭からセリーヌさんの手を退かせた。
「当たり前です。私の弟ですから」
セリーヌさんの言葉に、なぜかルナ姉が、胸を張って言った。俺はルナ姉の姿に呆れた。
そのとき、俺はすぐ近くから視線を感じた。
俺はすぐに、視線の主を睨みつける。そこには、タバコを吸っているバラクがいた。
バラクは口から煙を吐く。
「まあ、ガキにしては上出来だな」
俺は、バラクから出た意外な言葉に、驚き、まじまじと見てしまった。
「なんだ? その意外なものを見たような目は」
それが嫌だったのか、バラクは、不機嫌な表情を浮かべた。
「……そんなことより……」
すると、セリーヌさんは、さっきとは違う不機嫌な表情を浮かべて、バラクに接近した。
「いつも言っているでしょ! 未成年がタバコを吸うのは駄目だって!」
セリーヌは、バラクを怒鳴りつけた。すると、バラクはメンドくさそうな顔をした。
「これは、チョコレート―――っ!」
と言おうとした瞬間、バラクが銜えていたタバコが、いきなりまっぷたつに割れた。
さすが閃光、俺は二人のやり取りに、苦笑が漏れた。
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