No.115467

Beginning of the story 第六章 チーム解散3

まめごさん

ティエンランシリーズ第三巻。
現代っ子三人が古代にタイムスリップ!
輪廻転生、二人のリウヒの物語。

なんなんだ、こいつらは。

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2009-12-31 08:23:08 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:502   閲覧ユーザー数:486

シギに会いたい。

リウヒは粗末なベッドの上で、枕を抱えた。昔、ハヅキが使っていたベッドだった。

わたしは卑怯者だな。

枕を抱く手に力を込める。何も言わなくても、自分の気持ちは伝わっていると思っていた。シギは、ちゃんと言葉に出して、大好きだと言ってくれた。でもわたしが口に出したのは、醜い嫉妬の言葉だけだった。

次に会ったら、絶対に好きだと言おう。あの時の態度を謝ろう。例え、許してもらえなくても。もう好きじゃないと思われていなくても。

 

税が跳ねあがって、ユキノさんの暮らしも随分つましくなった。トモキが宮廷に入った時から支払われていた金は、すべてハヅキの学費に回していたそうだ。ところが、いきなりそれが止まった。ハヅキは大学にいることができず、退学することになったと手紙が来た。

「一度、母さんの様子を見ようと思ったのだけど、里心が付いてしまうから諦めます。いろいろと心配かけて、ごめんね。本当にごめん。少し旅にでます。帰ってきたら、必ず母さんに会いに行くから、それまでお元気で。兄さんとリウヒによろしく」

[あの子ったら…]

その手紙を読みながら、ユキノさんは泣いた。リウヒも泣いた。

あの時、まっすぐ大学を訪ねればよかった。もしくはハヅキがここにくれば、会うことができたのに。

[都で…子守りの仕事をしていた時に、ハヅキがそこの家庭教師をしていたんです。とても優しくていい子だった]

ユキノさんは、目を丸くしてしばらくリウヒを見ていたが、大きな息を吐いた。

[…あなたは…リウヒは、本当に不思議な子ね。とことん、この家と縁があるのね]

[本当に]

 

だけども、会ってわたしは、どうするつもりだったんだろう。今、心の中はシギでいっぱいだ。

小さく息を吐いて、枕を抱えたまま窓を見た。と、その目が驚愕に見開いた。人が窓辺に立っている。

…泥棒だ!

ところが、体が動かない。魅入られたように、黒い人影を凝視するだけだ。

[静かニ。危害は加えまセン]

女の子の声だった。驚きが二倍になる。月明かりにぼんやり照らされたのは、やはり可愛い少女だった。黒っぽいぴったりした服を着ている。その子は人差し指を口の前で立て、低く小さな声をだした。

[リウヒサンデスネ?]

なんでわたしの名前を知っている!だが、顔はコクコクと頷いた。

[シギサンから伝言を言付かっていマス]

驚きは更に倍増した。なんでシギが、なんであんたが、なんでこの子が。

[会いたい、滅茶苦茶に会いたい、ト]

混乱する頭の中で、それはクルクルと回る。

ああ、シギ。涙が出てきた。止まらずに後から後から溢れてくる。

[シギサンに、伝えたいこと、ありまスカ?]

[ある]

涙に濡れた声が出た。

[馬鹿って]

それから

[シギにすごく会いたいって伝えて]

少女は、了解したという風に頷くと、にっこり笑って窓の外に飛び降りた。

ここ、二階なのに!慌てて、窓から外をのぞいたが、誰もいなかった。ただ月だけがひっそりと輝いていた。

****

 

 

扉の向こうからひっそりとした声がする。叩こうとした手を止めて、シギは聞き耳を立てた。

[アナンさまったら、そんなことをしてらっしゃったの。あの子らしいやら、呆れるやら]

老女のクスクス笑う声が聞こえる。

[王女サマは、そこで王になると宣言しまシタ。イランが海賊に紛れ、実際に聞いたので間違いありまセン。ただ、次期が来ていないとみなサマに止められていまシタ]

[筋書き通り進んでいるのね、元王子は誤算だったけれど]

[宰相サマにも報告はしておりマス]

なんなんだ、こいつらは。シギの背筋を冷や汗が伝う。

[ただ、そノ…。変な男が王女サマたちを付け回しているようデ…。接触はしていないのですが、なぜか王女サマたちが現れる所に先回りしているんデス]

[害は有りそうなの]

[なんとも言えまセン]

カスガだ。冷汗は止まらない。御寒もしてきた。

[邪魔だと判断したら、消してちょうだい]

[はイ。ジュズサマ]

つい、シギの喉が鳴った。扉の向こうの声がぴたりと止まる。慌てて、ドアを叩いた。

[朝餉をお持ちいたしました]

ワカはいつものように盆を受け取ると「どモ」にっこり笑った。奥に見える老女は、何かを思案するように明後日を見ている。

 

台所に戻ったシギは、全身にびっしょりと汗をかいている事に気が付いた。

なんなんだ、あの会話は。あの老女は、あの少女は。回転する頭の中で、先ほどの会話を反芻する。王女はただ、踊らされているだけなのか。利用されているだけなのか。それにしても、あの老女は何者だ。いやいや、それよりも、カスガがヤバい。消すとは殺すという意味ではないか…。そしてワカは、お使いを頼まれた子供のように、返事をした。

だいたい、あの子も何者だ。

 

リウヒを探すと約束したものの、何事もなかったように毎日を送っている少女を疑問に思い、老女の部屋を出たワカを付けたことがある。お休みなサイ、と退出した少女は、歩きながらおもむろに服を脱ぎ始めた。思わず口に手を当てたシギに気付く事もなく、出現したのは体にぴったりとフィットした黒装束だった。

脱いだ服を廊下の一角にほると、長い焦げ茶色の髪をポニーテールに括った。そして、無造作に窓から飛び出した。

人間業ではなかった。まるでボールを投げるようなきれいな曲線を描いて、少女はあまりにも身軽に飛んで行った。

夢でも見ているのかな…。非現実さに窓から呆然と見送りながら思ったが、少女が脱ぎ捨てた衣はそこにあった。翌朝のワカは、普段通りの呑気な顔をしていた。

 

[シギ]

当の少女に突然、顔を覗きこまれ、動揺のためシギは椅子から転げ落ちた。

[ななな、なにかな?なんなのかなっ?]

尻持ちをついている男をきょとんと見ていたワカは、しゃがんでその耳に口をつけた。

[リウヒサンが見つかりまシタ]

ワカの顔を見る。至近距離で目が合った。少女はにっこりと笑う。

[シシの村にいマス。中年の女性と二人で暮らしていまシタ。伝言の返事ももらってきまシタ]

[なんて…?]

心臓が跳ねた。ドキドキして止まらない。つい、ワカの肩を掴んでしまった。

[馬鹿、ト]

あまりの脱力感に、シギがべちょ、と崩れた。

馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。あのあんぽんたんめ。

[もう一つ、もう一つありマス!]

慰めるようにワカが肩を叩く。

[シギにすごく会いたいっテ。泣いていまシタ]

ああ、リウヒ。目の前の床に水滴が落ちた。なんのことはない、自分の涙だった。

[あの…、こんな時になんなんですが、あなたは何者なんでスカ…?それにあの人は、名前も、顔もそっくりでシタ…]

王女に、とは言わなかった。少女の顔は、疑いとおそれの表情が入り混じっている。

[おれも、あいつも、ただの旅人だ]

それよりも。シギは、顔を拭い壁に背をもたせて、ワカを凝視した。

[お前も、あの奥方も、何者だ]

色眼鏡で見れば、小さい頃テレビで見た戦闘ものの、悪役ボスと子分のようだった。

[…あたしはただの雇われている者で、あの方はその雇い主デス]

[何を企んでいる]

[それは言えまセン。知らなくていいことだってアル。あまり知り過ぎると、あたしハ…]

その顔が、苦しそうに歪む。沈黙が流れた。

なんにせよ、とシギが小さな声を出した。ワカが顔を上げる。

[リウヒを見つけ出してくれてありがとう。ものすげえ感謝してる]

なんのこれシキ。ワカがにっこりと笑った。

****

 

 

シラギの手を取ってしげしげと見ているリウヒに、もうよいだろう、と苦笑が落ちる。

「武人の手とは、美しいものだな」

大きくてゴツゴツした、その手はとても安心感がある。自分の小さくて頼りない手とは大違いだ。手を合わせてみると、倍近くあった。

「はじめて言われたな、手を褒められるなど」

 

どうやら、トモキに再会時抱きついてから、触れられる恐怖は消え去ってしまったらしい。それが嬉しくて堪らず、リウヒはここ最近、いつもの仲間にべたべたと触りまくっている。みなは苦笑しつつ喜んだ。キャラやトモキには何かと言えば抱きつく様になったし、マイムは、からかいを含めてリウヒを抱きしめ、何回か胸の谷間で死にそうになった。わたしも大人になったら、あんなにふくよかな胸になるのだろうかと、湯浴みの度に、自分のものを見るのだが、残念ながらこれ以上成長してくれそうになかった。

カガミの腹にも触らせてもらった。案外硬くてびっくりした。

「ここに詰まっているのは脂肪じゃないんだよ。限りない知識と希望がつまっているんだ」

酔ったオヤジの戯言は

「なるほど、ではカガミさんの腹をかっさけば、素晴らしいものが見られるのですね」

カグラの感心した皮肉で打ち返された。

そのカグラは誰もいない宿の一室で、微笑みながらリウヒを膝の上に乗せて甘く囁いた。

「夢の世界に行ってみたいと思いませんか」

そこにけたたましく扉を開けて黒と金が乱入し、シラギはリウヒを抱き上げ、マイムは銀髪を殴った。

「幼児虐待、色魔退散!この外道!」

馬鹿じゃないの。あんた馬鹿じゃないの。殴る事はないでしょう。言い合いをしている二人を部屋に残し、シラギはさっさと下に降りる。

「なあ、シラギ。夢の世界ってなんだ。それにマイムはなんであんなに怒っているんだ」

「リウヒはまだ知らなくていい」

危ないところだったと一人ごちて、シラギがリウヒを下ろすとトモキとキャラが駆けてきた。

「ねえ、旅芸人が港に来ているんだって」

「リウヒもいこう。シラギさまもどうですか?」

「行っておいで。ただし、気を付けて」

三人ははしゃいだ声で返事をして、じゃれながら走っていった。その後ろ姿をシラギは、宿の戸に凭れて見送っていたが、小さな笑みを浮かべると、中に入って行った。

****

 

 

扉の中に入ると、窓際に老女が椅子に座って茶を飲んでいた。ただそれだけなのに、絵になっている。

[そろそろ、また旅に出ようかと思いまして]

バイトで培った精一杯の愛想笑いをしながらシギは言った。

[今までとてもお世話になって申し訳ないのですが、明日にでも発とうと思っているのです]

[あなたのお国はどちらだったかしら]

[ジンです]

[まあ。そうだったの。ヤン・チャオはお元気?]

誰それー!いやいや、まてまて、知っているはずだ。かなり重要な人物だ。今まで勉強した二年前の知識を必死で繰る。しかし、焦ったシギの頭は空回りを続け、結局思い出せなかった。

[げ…元気です、多分]

そう。老女はゆったりと微笑むと、傍で控えていたワカにティーカップを渡した。

[残念ね。一生懸命働いてくれたから、心名残もあるのだけど…。明日は、ワカ、あなたお見送りして差し上げなさい]

ワカは一瞬顔を引き攣らせたが、はイ、と素直に返事をした。

その後、台所に来た少女を捕まえヤン・チャオとは誰かと聞いた。

[ジン国の第三王子デス。なんでそんなこと聞いたんだロ…?]

思い出した。冷血王!ティエンランに攻め入ってきた王だ。でもあの老女となんの関連性があるんだ。ああ、もっと歴史を勉強していれば、カスガがここにいれば。

[シギは、明日、本当にここを出て行くんデスカ]

[ああ。あいつに会いに行く]

もう、待ってられない。居場所が分かったら、ここにいる理由もなかったし、なんとなく薄気味悪さも感じていた。

[どんな人?]

好奇心に輝く少女の顔は、いつかの王女の顔とダブった。恋に恋する顔は、みな一様に同じなのだろうか。

[我儘で、自分と飯の事しか考えていない色気皆無な女だよ]

小さく笑って答えるシギに、ワカは目を丸くした。

[それは中々に、苦労しそうデスネ…]

[まったくだ。お前の好きな人はどんなだ?]

[怖い人デス]

少女も小さく笑った。

[でも、優しい人]

思い出したのか、顔がほんのり赤くなる。

[お前も苦労しそうだな]

[まったくデス]

二人は顔を見合せて、クスクス笑った。

 

翌朝。旅立つシギにワカも、トホトホと付いてきた。見送りの割には、ずっと一緒にいる。その顔は、悩むように歪んでいた。

[お前、どこまで付いてくる気だよ。あんまり遠くなると、帰りが大変だろ]

シギが苦笑すると、ワカは仕方なさそうに止まった。

[じゃあ、ここデ…。あの、最後にお願いがあるのデスガ]

なんだよ。キョトンとするシギに、思い余ったように顔を上げた。

[シギが身につけているものを一つくだサイ。何もなければ指でも目ん玉でもかまいまセン]

[どんなお願いそれ!]

驚愕して身を引くシギに対し、ワカは真剣だった。

[何でもいいんデス。お願いシマス!]

そんな事言われても…。困ったように体に手を巡らす。ふと触ったのは首から下がっているクロスのネックレスだった。別れた女にもらったものだが、気に入っていた品だ。指よりはマシか。おしい気もしたが、ぶちりと引きちぎって少女に渡す。ワカは喜ぶと思いきや、安堵の息を吐いて、それを受け取った。

[ありがとうございマス。お元気デ。道中の無事を祈ってマス]

[ワカも元気で]

にっこり笑う少女に手をあげて応え、シギは踵を返して歩き始めた。

****

 

 

男の姿が見えなくなると、ワカは笑顔を引っ込めた。そして、道脇の雑木林の中に入ってゆく。そこには、短髪黒髪の端正な顔をした男が木にもたれ掛かっていた。

「どうしてあの男を殺らなかった」

「申し訳ありまセン…。でも、計画には無害だと判断しまシタ。いたずらに人を殺すのハ…」

男の手が下から上へなぎ払われる。乾いた音がして、ワカの頬が打たれた。

「だからお前は、いつまでたっても半人前なんだ」

おっかねー。クスクス。上の木々から声がする。

「どうすんだ。おれが行ってこようか」

「ワカ。本当にあの男は、無害なんだろうな」

「はイ。自信をもって言えマス」

「なにかあったら、半殺しじゃあすまねえぞ。…そういうことで、あれは放っておいていい。お前ら、先に行け。おれはこいつを説教してから追いかける」

もう結局イランはワカに甘いんだから。あー酒飲みてー。木々が揺らめく音がして、二つの気配が消えた。

俯いているままのワカの頬を、男の指が這った。

「痛かったか」

「痛かったデス」

打たれた頬は、ジンジンと痺れている。その内腫れてくるだろう。指はしばらく頬を撫でていたが、顎に回り持ち上げられた。ワカの顔が上がる。短髪の男…イランと目が合った。底冷えのするような目だった。

「どうしてあの男を殺らなかった」

もう一度、同じ事を聞かれた。

「情が湧いたか。それとも惚れたか」

「…少しだけ、情が移ってしまいまシタ」

会いたい。ただその言葉だけで男と女は泣いた。それを見た時、ワカは仰天を通り越して感動してしまった。

「ジュズサマには、消したと伝えマス」

これもあるシ、と男が首から引きちぎった、けったいな飾り物を見せた。

「雇い主に嘘の報告をするつもりか。そこまで執着しているのか」

「嘘も必要な時があるでショウ?そう教えてくれたのはあなたデス。それに、あの男は恋人に会うために出て行きまシタ」

「ふん」

「イラン」

顎にかかっていた男の手を取り、自分の口にそっと付けた。

「あなただけが、あたしの全てなんデス。それは分かってくだサイ」

「当たり前だ。おれがそういう風に教育したからな」

そして認めてもらいたいんなら。イランはその手を、勢いよく横に払った。反射的にワカの体がビクリと跳ねる。

「仕事で結果を残せ」

口の端を歪めて言い残すと、去っていった。

ワカはぽつねんと雑木林の中に立っていたが、涙をこらえると跳ねるように駆けだした。

 


 
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