No.1154422

Kaikaeshi and Automata 3「交渉、そして帰還」

Nobuさん

テケテケ編の後編です。

2024-10-19 09:00:02 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:43   閲覧ユーザー数:43

 翌日の土曜日。

 琴葉は、とある家にやってきていた。

 玄関先に一人の女の子……夏純が立っている。

 琴葉は夏純に聞きたい事があった。

「テケテケに襲われた時、何か持ってなかったかって?」

「うん、教えてほしいの」

「ええっと……あの日は学校帰りに寄り道をしようと思って、本屋さんで本を見て、それからお腹も微妙に空いたなあって思って、コンビニに寄って」

 夏純は、「あっ」と声を上げた。

「そう言えば、私あの時、『アイス』を食べてたよ」

 夏純は時々、学校帰りに買い食いをする。

 ついついお菓子を食べたくなるらしい。

「お母さんに、そんな事しちゃだめって言われてるんだけどね。もしかして、買い食いした事、先生に言う?」

 先生にバレると怒られてしまう。

 夏純は不安そうに琴葉を見た。

 琴葉は何故か目をキラキラと輝かせていた。

「やっぱりそうだったんだ」

「琴葉ちゃん?」

「あ、ええっと、予想がばっちり当たってて」

「予想?」

 夏純は、琴葉が何を言っているのかさっぱり分からず首を傾げた。

「とにかく夏純ちゃん、安心して。これでテケテケの件は解決するかも!」

「ええ? どういう事??」

「任せて」

「買い食いも先生には言わないから安心してね!」

 琴葉とユズは、混乱する夏純を放って、そのまま走って行った。

 

 交差点の近くの公園。

 夏純と別れた琴葉とユズは、そこへやってきた。

「もう来てるかな?」

「探す」

 琴葉とユズは園内を見渡す。

 滑り台の近くに光一郎の姿があった。

「……聞き込み、終わった」

 琴葉とユズは、光一郎の傍に駆け寄り、話しかける。

 彼女は甘いものが大好きで、スーパーの前でクレープの移動販売の車を見かけたらしい。

 そのクレープを買って、食べながら歩いている時、テケテケと遭遇したのだ。

「だけど、どうして彼らが甘いものを持っていたって分かったんだい?」

 光一郎にはその理由が全く分からなかった。

 すると、琴葉がニッコリと笑った。

「テケテケに襲われそうになったあのおじいさんが、ヒントをくれたの」

 昨日、琴葉はおじさんと話をしていて、ある事が気になった。

 それは、テケテケが、おじいさんの持っていた物を無理矢理奪おうとしてきた事だ。

「おじさんが持っていたのはね、『ケーキ』だったの」

「……ケーキは、確かに甘い」

 おじいさんは、犬の散歩の途中で、ケーキ屋でケーキを買った。

 おばあさんが大好きで、買って帰ろうと思ったのだ。

 だが、買った直後、テケテケが現れ、驚いた拍子にケーキの入った箱を落としてしまったのだという。

「何故テケテケがケーキを奪おうとしたのか不思議に思ったの。そんな時、夏純ちゃんの事を思い出して」

 夏純がテケテケに襲われそうになった直後、琴葉は彼女に会っていた。

 夏純は真っ青な顔をしながら、アイスを持っていたのだ。

「それで、もしかして他の人も甘いものを持ってたのかもと思って」

 琴葉の予想通り、中学生の男の子も女子大生も甘い食べ物を持っていた。

「つまり、テケテケは人間を食べたいんじゃなくて、甘いものを『食べたい』って言っていたんだよ」

「……多分、あいつが狙っていたのは、ホワイトチョコだったかも」

「なるほど、確かにそうかも」

 光一郎は、琴葉の名推理に「う~ん」と唸った。

「……まさか、あの凶暴そうな怪が甘いものを狙っていたなんて」

 とてもじゃないが信じられない。

 だが、琴葉とユズは首を横に振った。

「……テケテケ、弱かった」

「えっ?」

「昨日テケテケとすれ違った時、顔を見たの。緑色の大きな顔で迫力はあったけど、目は涙ぐんでいたから」

「まさか」

「おじいさんが言ってたでしょ。タローが吠えたら逃げたって。テケテケはきっと怯えてたんだよ」

「……テケテケ、弱い。攻撃も体当たりくらい」

「怪が、怯える??」

 光一郎は、その言葉に思わず困惑したように顔をしかめた。

 その様子を見て琴葉は尋ねた。

「ねえ、光一郎君は、テケテケの事をどこまで知ってるの?」

「どこまでって、名前と姿形ぐらいだけど」

「それだけ?」

 光一郎は何も反論できなくなってしまい、ガックリと肩を落とすと、大きな溜息を吐いた。

「……やっぱり、僕は一人前の怪帰師になんてなれないんだ」

「光一郎君……?」

「落ち込んだ」

 戸惑う琴葉と淡々としたユズに、光一郎は力なく笑った。

「実は、今回が怪帰師として初めての仕事なんだ。ユズは護衛を何回かしてるけど」

「えっ」

 光一郎の一族である「天草家」は代々怪帰師をしているという。

 12歳になると、右手の甲に怪帰師の証である紋章が現れ、仕事ができるようになるらしい。

「この前言った通り、怪帰師は怪と交渉して、元の世界に帰すのが仕事なんだ。

 そのためには、怪が帰る事に納得する『願い』や『条件』を聞き出して叶えてあげる必要がある。

 だけど僕達怪帰師は肝心の怪の言葉が分からない。そこで、言葉を聞き取る事ができる『通役』が必要になるんだよ。護衛は必要ない時もあるけどね」

「……」

「つうやく??」

「怪帰師は、常に通役の力を持っている人間とコンビで仕事をするんだ」

「もしかして、私がその通役って事?」

 琴葉の言葉に、光一郎は「ああ」と答えた。

「普通、通役とは小さな頃から交流して、幼馴染として仲良くなるんだ。だけど僕はある事情で、通役がいないままこの町に来た。

 一人で何とかしようと思ったけど、父さんは、そんなのは絶対に無理だから帰ってこいって電話で言ってきて」

「それって」

 琴葉は、昨日の昼休み、光一郎が渡り廊下で電話をしていた事を思い出した。

「あれは、お父さんとお話ししてたのね」

「父さんには、無理じゃないって言ったけど、正直どうすればいいのか分からなかった」

 光一郎はそう言いながら、琴葉を見た。

「だから、君が通役の力を持っていると分かった時、ユズが守ってくれた時、これで怪帰師として一人前の仕事ができると思ったんだ。

 だけど、ユズがいたのに結局、全然上手くいかなかった。

 君がテケテケが甘いものが好きだと気づかなければ、僕は未だに追いかけ回していただけだったと思う」

 光一郎は、また大きな溜息を吐いた。

 ユズは、相変わらずの無表情である。

「……光一郎は必要以上に必死だから、わたしが守らなきゃ」

 光一郎は勉強もでき、スポーツもできる。

 転校初日にみんなの人気者になって、非の打ちどころがないように思える。

 だが、琴葉と同じように気が弱く、不安でいっぱいだったのだ。

(私が何とかしなくちゃ……)

 何故、自分に通役の力があるのかは分からない。

 だが、怪の言葉が分かるのは、自分しかいない。

 光一郎を放ってはおけない。

 琴葉は勇気を振り絞って、一歩前に出た。

「みんなで一緒に、テケテケを元の世界に帰しましょ」

「遠野さん」

「琴葉でいいよ」

「……琴葉さん」

「……琴葉、凄くやる気ある」

 光一郎は一瞬嬉しそうな顔をするが、すぐに表情が曇った。

「だけど、どうやってテケテケを見つければ?」

「それはええっと」

 瞬間、琴葉は夏純や襲われた人達の事を思い出して、ハッとした。

「そうだ。見つけなくても大丈夫かも」

「どういう事だい?」

「向こうから来てもらえばいいんだよ。……私に、いいアイデアがあるよ」

「……獲物をおびき寄せるのは、狩りの基本。琴葉、よくできてる」

「褒めてくれてありがとう」

 ユズに褒められた琴葉は満面の笑みを見せた。

 

 夕方、町は薄暗くなっていた。

 商店街の外れにある遊歩道の茂みに、何かが隠れていた。

 緑色の大きな顔に、手足がついている……テケテケだ。

 テケテケは、人々に見つからないように身を縮めながら、遊歩道の向こうを眺めていた。

 そこには、ケーキ屋がある。

 ガラスごしに見える店内には、美味しそうなケーキが並べられていた。

 テケテケはそのケーキをじっと見つめている。

 不意に、テケテケは鼻をヒクヒクと動かし、遊歩道の方に顔を向けた。

「ウウウウ」

 さらに鼻をヒクヒクさせる。

 何かの匂いを嗅ぎ取ったようだ。

 テケテケは茂みを出ると、導かれるかのように遊歩道を歩き始めた。

「ウウゥゥ、ウウウウ」

 できるだけ身を縮め、人々に見つからないように、テケテケは歩き続ける。

 歩きながらも、その鼻はヒクヒクと動いていた。

 やがて前方に、一人の影が見えた。

 テケテケはその人物を見る。

 その人物は大きな皿を持っていて、そこにはパンケーキが載っていた。

 ハチミツがたっぷりとかかり、クリームとイチゴが山のようにトッピングされている。

 テケテケはそれを見て、目を大きく見開いた。

「ウウウウウ!!」

 テケテケは大きな口を開けて、パンケーキのもとへと走り出した。

「ウウウウ! ウウウウウウウ!!」

 テケテケはパンケーキを食べたい一心で走り続ける。

 だが目の前まで迫った瞬間、パンケーキを持っていた人物が顔を向け、テケテケは立ち止まった。

 それは、琴葉だ。

「ウウウウ!!」

 テケテケは、先日追いかけてきた人物の仲間だと気づいたようで、慌てて身体を反転させると、来た道を戻ろうとした。

 だが、その行方を阻むかのように、物陰から二人の人物が現れ、両手を広げた。

「落ち着くんだ!」

「逃がさない」

 光一郎とユズである。

 テケテケは、三人に挟まれ、逃げられなくなった。

 光一郎、ユズ、琴葉はそんなテケテケを挟みながら、互いに見合い、小さく頷いた。

『とっておきスイーツおびき出し作戦』

 それが、琴葉が考えたテケテケに出てきてもらうアイデアだった。

 テケテケは甘いものを食べたがっている。

 だから、琴葉達はこの町で一番甘くて美味しいと評判の、雨宮スイーツ店のスペシャルDXいちごパンケーキを用意した。

 これを皿に載せて歩けば、甘くて美味しそうないい匂いが辺りに漂い、きっとテケテケが現れるだろうと思ったのだ。

 

「まさか、ほんとに成功するなんて」

「凄い……」

 光一郎とユズは、琴葉のアイデアに感心しながら、テケテケの方を見る。

 テケテケは逃げることができなくなり、身体を震わせて怯えていた。

「君に危害を加えるつもりはない。元の世界に帰ってほしいだけなんだ」

「ウウウウウ」

 光一郎は優しく声をかけるが、テケテケは怯える。

「安心してくれ。僕は君の事を思って」

「ウウウウウ」

 テケテケはますます怯える。

「どう説得すればいいんだ……」

「……戦意がない相手に痛みを与えるのは、暴力と同じ」

 光一郎はテケテケを見て困り果て、ユズも戦意がない相手に暴力を振るいたくなかった。

 すると、琴葉が口を開いた。

「怪を元の世界に帰すためには、怪が帰る事に納得する『願い』や『条件』を聞き出して、叶えてあげる必要があるんでしょ?

 だったらテケテケにもそれをちゃんと聞いた方がいいかも」

「そう言われれば」

 光一郎は、腕を組み、考え始めた。

「願いかあ。テケテケは食べタイって言ってた。それはつまり、甘いものを食べたくて、それで何度も甘いものを持ってた人を……あっ!」

 光一郎はハッとして、琴葉の方を見た。

「テケテケは、甘いものを食べたら帰ってくれるかもしれない!」

 それを聞き、琴葉は大きく頷いた。

「そう、それ! 私も同じ事、思ってたよ!」

「……だから持ってきたんだ」

 琴葉は、持っていたパンケーキをテケテケに差し出した。

「さあ、召し上がれ。とっても甘くて美味しいパンケーキだよ!」

「ウウ! ウウウウウウウ!!」

 テケテケは大きな声を上げると、琴葉が持っている皿を手に取った。

 大きな口を開き、パンケーキを一気に食べる。

「ウウウウウウウ!!」

 テケテケは食べながら、楽しげに大きな顔を揺らした。

 それを見て、琴葉は笑顔になり、光一郎とユズも微笑んだ。

「……琴葉さん、僕にも今なら何となく分かるよ」

「えっ?」

「テケテケが何て言ってるかだよ。……『美味しい』だろ」

 琴葉はその言葉に、「うん」と答えた。

「……こうやって解決する。戦い以外でも……」

 三人は、嬉しそうにパンケーキを食べるテケテケを、いつまでも見守り続けた。

 

 しばらくして、琴葉達は、人気のない近くの林の中にやってきた。

 テケテケはすっかり三人に懐き、彼らの後を大人しくついてきている。

「よし、この辺りで大丈夫だ」

 光一郎は、林の中の少し開けた場所で立ち止まると、琴葉とユズの方を見た。

「始めるよ」

 光一郎はそう言うと、右手を強く握り締めた。

「鑰!」

 次の瞬間、光一郎の右手の甲が光り輝く。

 そして、鍵のような紋章が現れた。

 光一郎は、そのまま開けた空間を見つめ、右手を突き出した。

「人は人の世に、怪は怪の世に。安住の地へ、今帰らん!」

―ゴオオオ……

 瞬間、大きな音が響き、地面から光の扉が現れた。

「凄い!」

 琴葉は思わず見入る。

 光一郎は光の扉に近づくと、鍵の紋章が浮かび上がった右手で光の扉のノブを掴んだ。

「開!」

 ドアがゆっくりと開き、その向こうに眩い光が広がった。

「さあ、自分の世界に帰るんだ」

 光一郎はテケテケにそう言う。

「ウウゥゥ!」

「さよなら」

 テケテケは、声を上げると、ゆっくりと扉へと向かった。

 その足取りは軽やかで、表情は明るく、満足そうだった。

 テケテケはドアを潜り、光がその全身を包み込む。

 テケテケは、ユズのさよならの手と共に、光の中に消えて行った。

 やがて、ドアがゆっくりと閉まる。

 光の扉はまるで線香花火のように四方に光を散らすと、そのまま消滅した。

 

「う~ん、テケテケを帰せてよかったね」

 夕方、琴葉は光一郎達と共に家へと帰っていた。

「それにしても、ほんとに怪がいるなんてねえ」

 怪がいる事も驚きだが、そんな怪を帰す怪帰師という仕事があるのも驚きだ。

 何より、自分に怪の言葉が分かる通役の力がある事が信じられなかった。

「だけど、その力のおかげで、無事テケテケを元の世界に帰せたんだよね」

 最初は怖かったが、あの怯えていたテケテケを見たら、放っておけなくなった。

 テケテケは甘いものを食べる事ができて、喜んでくれたようだ。

 見た目はちょっと怖かったが、琴葉は嬉しそうにしていたテケテケを思い出し、何だか可愛く思えた。

 その時、前を歩いていた光一郎が立ち止まり、琴葉の方を見た。

「君は、やっぱり運命の人だ」

「えっ??」

 琴葉はまた運命の人と言われてドキッとしたものの、それが通役の力の事だと気づき、慌てて心を落ち着かせた。

「ええっと、ちょっとは力になれたかな?」

「ちょっとどころじゃないよ!」

 光一郎は、真面目な表情で、グッと顔を近づけた。

「これからも、通役として僕の仕事を手伝ってくれないか?」

「これからも??」

「ああ、この町にはテケテケ以外にも何体も怪がいるんだ」

「……わたしも怪だから」

「えええ、そうなの??」

 テケテケは凶暴な怪ではなかった。

 だが、他の怪も同じなのかは分からない。

 琴葉は危険な目に遭うかもしれないと思い怯む。

 すると、そんな琴葉の気持ちに気づいたのか、光一郎がさらに顔をグッと近づけた。

「君は僕が必ず守る。だから、僕の力になってくれ!」

「わたしも光一郎を守る」

 光一郎の顔が目の前に迫る。

 ユズも無表情ながら必死で光一郎を守ろうとする。

「あ、あの、ちょっと」

 そのあまりの近さに、琴葉はさらにドキドキする。

 光一郎は、やはりカッコいい。

 いつの間にか随分交流している。

(通役の力なんて、正直あっても困るだけだけど、それで光一郎君の力になれるなら、ありかも……)

 琴葉は、ドキドキしながら、光一郎を見た。

「う、うん。私、どこまで頑張れるか分からないけど、怪帰師のお仕事、手伝ってもいいかも」

「ありがとう、琴葉さん!!」

「琴葉が力になるなら、わたしは嬉しい」

 光一郎が満面の笑みを浮かべて、琴葉の手を握る。

 琴葉も、思わず笑顔になった。

 ユズは、二人を無表情で見守っていた。

 怪帰師の仕事の手伝いをするのは、正直不安しかない。

 しかし今は、光一郎と仲良くなれた喜びの方が大きい。

 

(不思議な声が聞こえるようになって、ちょっとだけよかったかも)

 琴葉は、光一郎を見ながらそう思うのだった。


 
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